中級P試験を終えた2日後。事前に告知していた案件配信を行う日がやって来た。
「こんばんはー! トモリの配信へようこそ。本日も来ていただいてありがとうございます。ゆっくり見ていってくださいね」
ノートパソコンのカメラに映るトモリの前には、今回依頼された携帯食が幾つか置かれている。
「告知した通り、今回の配信は
普段行っている共有体験のときと変わらない流れで商品を紹介する。担当者から渡された資料を元に説明をしていき、実食に入るといつものように運ゲーに勝利した希望者たちに《共有》しながら食べていった。
今回食べるのは、水で戻すフリーズタイプの豚丼が1つに、口栓付きのパウチに入ったゼリー飲料が2つ。
「魔法って本当に便利ですよねー。水魔法のおかげで水道代がほとんど掛からないですし」
最初に選んだのは、豚丼であった。何だか主婦っぽいことを語りながらも、慣れた手付きで必要分のお湯だけを生み出して注ぐ。ちなみに、ほぼ基本料金と下水道の使用料だけで済んでいるため節約に繋がる話は、DTuberが一度は口にする定番ネタだった。
DTuberは派手な戦闘のイメージが強いかもしれないが、雑談枠では一般人なのである。
◎ まあ、探索者資格持ってなくても取得する人多い魔法だしな
◎ 最近は硬水作れないか研究中
◎ 極めれば小数点単位で温度調整可能だじぇ
◎ おかげで赤ちゃんのミルクが簡単に作れるようになりました^^
◎ 指先から水を噴射して掃除するのマジ楽
そんな水魔法による家庭の便利術をコメントから拾いながら話していると、すぐに3分が経ち携帯食が美味しく完成した。
「香りだけで空腹が加速していきますね。まだ食べる前ですが、これまで食べた中で一番美味しいような予感がします」
そう言って期待を高めてから出来上がった豚丼の一口目を口にした。トモリの語彙力では表現しきれないほどに美味しい。携帯食なのに絶品。ウマすぎる、最高だァといった驚きのコメントで盛り上がった。完食すると、そのままの勢いですぐゼリー飲料に移る。
2つのゼリー飲料は、それぞれ味もコンセプトも違っていた。瑞々しさと柔らかい甘さのマスカット味の方は、デザート感覚で楽しめる美味しさを追及している。栄養も意識しているが、何よりも食後の満足感を重視しているようで上品な味が口いっぱいに広がっていた。
ゼリー飲料特有の喉をスルスルと流れていく心地良さに、噛めば程よい弾力のあるプルプル感。高品質のフルーツが使われているようで、味も上品な美味しさがあった。また、果肉が入っていることにも拘りが感じられた。
「これ、頑張った自分へのご褒美に最適ですね。神経すり減った状態で食べたら一気に心の活力が満タンになりそうですよ」
◎ 確かに最上級のスイーツレベルだわ
◎ しかもこれで完全栄養食ってマ?
◎ うめぇ、うめぇよ……
◎ うーむ、これは高級フルーツのお味
◎ いいなーいいなー俺も《共有》して欲しいなー
◎ 厳選なる抽選に落ちたんだから諦メロン
残念ながら、今回も選ばれし20人だけが《共有》してもらえている。半分ほど食べた時点で再抽選したが、それでも40人とまだ少ない。
――のだが、ふとトモリは何かを掴んだ感覚を得ていた。
「……ん? あっ、もう少し増やせる気がします」
そう言って、見覚えのある名前から10人選び、追加で《共有》をした。
◎ へぁっ!?
◎ お、おいしいっ
◎ う、うまっ
◎ これは、まさか輝くマスカッツじゃねぇか
◎ え、え? 対象人数増えたの!?
突然の成長に驚くチャット欄。その元凶は感覚頼りに成功したことでやや誇らしげな表情をしているが、口元にゼリーが付いているために威厳はなかった。
とはいえ、前回トモリの《共有》による対象人数が増えたのも配信中にこんな感じで突如起きていた。物語性のないタイミングであったが、ユニークスキルの成長は持ち主の心の状態が大きく作用されるという説が有力なため、そんなもんなのである。
「いやあ……成功しちゃいましたね。と、残念ながらゼリー飲料の方は空っぽになっちゃいました。次のレモン味で最後ですね……では、再び抽選タイムです!」
残り1つとなったことで一瞬存在しない犬耳が垂れるのを極一部の
残りのレモン味も選ばれた30人と《共有》しながら食べ、さっぱりとした口当たりや爽快感などの良さで大盛り上がりした。こちらは滋養強壮や疲労回復といった栄養的な効果を追及している。なので味の面では先ほどの方が良かったが、物理的な回復としてはこちらの方が良いようだ。
「ご馳走様でした!」
◎ ごちになりました!
◎ ご馳走様でした!
◎ 実に美味であったぞ
◎ 裏山、次回に向けて徳を積んどくわ
両手を合わせて食材と生産者に対しての感謝を伝える。《共有》により一緒に味わえた共有者たちも各々が感謝の言葉を書き込み、お祈りされた者は自身の不徳を恥じた。
「とっても美味しい上に、栄養バランスも考えられている。しかも、場所を取らないコンパクトな容器になっているおかげで荷物が
今回食べた二品に関しての感想を述べる。満足そうに笑顔で語り、探索者の携帯食として良い物であると告げた。
1つ難点を言えば、物が良いために他メーカーより少々お値段が高めなことぐらいである。味を格段に良くするために材料に拘っている上に、滋養強壮などの効果があるダンジョン植物まで使われているのが原因だ。まだ歴の浅い探索者であるトモリが常用するには家計をやり繰りしなければ辛い程度には高かった。
◎ ふむ、買ってみるか
◎ とりあえず2箱予約注文した
◎ 明日店に予約してくるわ
逆を言えば、ベテランの探索者にとっては嗜好品としてちょうど良い価格とも言える。この配信で興味を持った懐が暖か過ぎて燃え盛る者はお試し感覚で大量購入をすることにしたようだ。
つまり、案件は成功である。
「これにて案件はおしまいです。そして、大変お待たせしました。中級パーティ試験の結果をお伝えします」
◎ おお!
◎ 待ってましたー
◎ さあ、貴方の成果を数えるのです
◎ 待って、クラッカーの準備してくる
食べ終わった容器を片付けて画面外に移動させると、共有者たちが待ち望んでいた時間に入る。合格したと信じてお祝いの準備をする者も居るようだったので、少しだけ待ってから発表をした。
「見事、合格です! 友情、努力、勝利。3つの結束によって無事皆さんの期待に応えて中級に潜れる権利をゲットできることができました♪」
◎ やったー!
◎ 祝えや騒げやどんちゃん騒ぎ~
◎ トモリなら合格すると信じてたわ
◎ 良かったー。筆記も無事に通ったんだね
◎ てことは、ついに発表するのか
試験を終えた段階でほぼ確信していたが、予想通りの結果である。お祝いの言葉で大盛り上がりのチャット欄を見て更に嬉しくなりながら、トモリはもう1つの約束を果たすことにした。
「祝福感謝です。そして、共有者の皆さんは第2回のときに俺が言ったことを覚えてますでしょうか? ……そう、通っている学校を公表する時が来ました!」
◎ ふぁ!?
◎ おおおおおおおお
◎ 当然覚えてたぜ
◎ っしゃ!待ってました!!
◎ さあ、答え合わせの時間だ
2回目の配信のとき、トモリは中級パーティ資格を取得したら公表すると口にした。当時秘密にしたのは、境専生だと明かしたことで探索者としての期待値が高まるからが理由である。そして、今回の試験合格によりその高いハードルも飛び越えられると判断した。
「私立境界探索専門高校。地獄合宿で有名な歴史の浅い名門校が、俺の通っている学校です」
◎ 境専!?
◎ おおーやっぱりかー
◎ 通りでバランス良く強い訳だ
◎ イレギュラーとの戦闘場所的にそうだとは思ってた
◎ これが地獄合宿を乗り越えた探索者か、面構えが違う
小さく息を吸い、一度間を取ってから自身の通う学校を明かす。それから数秒して、様々な反応のコメントが大量に書き込まれていった。
「あら、驚いてる人よりも納得する人のが多いのは意外でしたね。……ああ、確かにイレギュラーの件で予想が付いちゃってましたか」
もっと驚く反応を予想していたので少し拍子抜けしたが、その原因をすぐに理解して納得する。そして、書き込まれたコメントの中にちょうど言おうと思っていたことがあったので拾った。
◎ 境専ってことは
「お、よく気付きましたね。実は0karenとはクラスメイトでしたー。ボーリングで勝負したこともありますよー」
◎ え、つまり記念配信のときのあの言葉は嘘だったってこと!?
◎ そんな……騙されてたなんて……
◎ 俺たちの純情を返せー!!!!!
◎ こーれはワイらに何かしらのお詫びをせなあきまへんなー
そんな2ヶ月半前のことを思い出すトモリに対し、共有者たちの反応は酷いものである。その様は、ソシャゲで不具合があったときに詫び石を要求するように激しい。しかし、過去の自身の発言をしっかり覚えている彼の反応は冷静だった。
「あれ、嘘付きましたっけ? 確かに記念配信のときに0karenの配信が面白くて凄いなーとは言いましたが、別に嘘は言ってないですよ」
◎ うぐっ!?
◎ くっそ、バレちまったか
◎ これをダシにサービスショットして貰おうと思ってたのに
そう、トモリが言ったように何も嘘を言っていない。そのことは共有者も理解した上での避難であったこともあり、失敗に終わり悔しがるコメントが露見された。どうやら上手く言い包めて、トモリに普段やらないようなナニかを期待していたようだ。つまり、そんなグヘヘと心の汚れた視聴者に純情なんて綺麗なものは最初からなかったのである。
「……はあ、色々と文句を言いたいところですが、残念なことに寝落ち10秒前ぐらいに睡魔がここまで近付いてるのでスパッと終わらせます」
ここ数日、イレギュラーの件もあり色々と慌ただしい日々が続いた。境専の重役や協会の職員、ダンジョン省の関係者といった偉い人たちと話す機会が多かったために精神的に疲れているのだ。探索やトレーニングといった身体の疲れであれば平気だったのだが、空気の重たい世界にトモリはまだ慣れていない。
そのため、この3ヶ月弱でトモリが怒らないラインを見極めた悪ガキっぷりを披露する共有者たちに文句を言いたかったのだが、今回は溜め息1つで諦めて配信を締めくくることにした。
「本日の配信はここまでです。ご視聴ありがと~ございました~。また次回もよろしくお願いしま~す。それでは……お疲れさまでした~」
◎ 乙おつ~
◎ おつともー
◎ おつともり~
コクリコクリと意識が飛びそうになりながら、いつもよりフニャフニャとした口調で終わりの挨拶をして配信を閉じた。
「……ん、ちゃんと閉じてる」
敬語が抜けた端的な口調で最後に確認をすると、ゆっくりと立ち上がりすでに敷かれた布団へとフラフラしながら向かっていった。
もうすぐ1学期が終わり、夏休みが始まる。配信者としては知名度を上げる格好のチャンスであり、中級エリアを探索するには3人以上でなければならない。なので、色んなゲストを招いて配信することが増えるだろう。それに、同業者からも幾つかコラボを誘う連絡が来ているので横の繋がりも広がっていきそうだ。
それ以外にも、企業からの案件が学校を介して来ているし、五感難の治験も僅かにだが良い兆候が出てきている。昨日一緒に食事をしたとき、志乃が《共有》しなくてもほんの少しだけ味が解かったかもという嬉しい話も聞けていた。
あとは、施設の子たちと一緒に出掛ける約束もしている。
今年はとても充実した長期休暇になりそうだ。そんな期待に胸を膨らませながら、何とか布団まで辿り着いた友真は倒れるように中に入り眠りにつくのだった。
【あとがき】
・
案件を出した数人のインフルエンサーたちのおかげで多くの人に新商品が知れ渡った。来月発売予定の商品は現時点ですでに大量の予約が入っており、探索者向けの携帯食開発は軌道に乗りそうである。《共有》の有用性を高く評価しており、他のライバル企業が動き出す前にスポンサー契約するべきだと会議で討論中。
・境専探索科1年男子ボーリング対決
各レーンをチームとした対抗戦が行われた。投球の順番が同じだったトモリと0karenはレーンが隣同士だったこともあり、同タイミングで投げることが多かったため自然と勝負を意識することとなった。結果はトモリが最後にスペアを逃し敗北した。