初回配信の翌日。トモリは再び同じダンジョンに来ていた。
昨日の終わりに告げた予定通りに配信をするつもりなのだ。雑談だけで終わった前回を反省し、今日こそは探索をするぞと意気込んでいる。
現在の時刻は、SNSで事前に告知した予定の10分前。
配信を始める前に探索カメラの最終確認をしているところだ。
探索者が使用するカメラは、ダンジョン用に作られた特殊な機材になる。地面は常に平らとは限らず、凸凹であったりぬかるみであったりと地上を走るには分が悪い。それに、戦闘中の流れ弾が直撃するかもしれないので、一定以上の耐久力も必要となる。
そういった条件を満たすために開発されたのが、探索カメラだ。
ダンジョン素材の研究から生まれた、設定した探索者を浮遊しながら追い掛ける機能を備えているので地面の影響を受けない。球体型のデザインは、素材の柔軟性も合わさって中級レベルのモンスターの攻撃までならある程度耐えることができる。正に探索のために設計された自慢の逸品だ。しかも、動力源は魔石なので現地での補充が可能なのも良い。
元はダンジョンの内部情報をリアルタイムで地上に送るために開発された物だった。初めは未開のエリアを調査する者や一部の探索者だけにしか回せなかったが、量産化に成功したことで全体に普及できるようになった。これでもし不測の事態が起きても情報がすぐに伝達できるようになる。と期待したのだが、残念なことに操作を覚えるのが面倒くさいと思ったり使用者はあまり増えなかった。
転機が訪れたのは、ある1人の探索者の思い付きだった。探索中の映像を配信サイトでも流してみたいと協会に許可を申請したのである。最初は職員に固く突っ撥ねられていたが、何度も諦めずお願いした甲斐があり、上の方まで話が伝わっていき最終的には許可が降りた。そして職員立ち合いの元行われた結果、見事に大ウケしたのである。
その影響で、自分も自分もと配信するために探索カメラを使うようになる者が急増。探索者の実情を知って本気で目指すようになる若者も爆増。今では生産量も増えて各ダンジョンに隣接する出張支店に複数台置かれ無償で貸し出されるようになったし、探索カメラの機能に配信設定がデフォルトで組み込まれている。
「……ん、カメラ良し。マイク良し。スマイル良し」
機材の上部に映るホログラムモニターには、正面から見つめるトモリの姿が表示されていた。これが、配信の際に映される画面である。カメラ映りも問題ないこと、声がちゃんと拾われていることの確認を取る。
全て問題なく良好だったので、最後にカメラへ向かってニッコリと笑顔を浮かべた。
「なにせ、昨日の10倍も来ますからね。しょうもないミスは絶対に避けないと」
気合いを入れるため、自身を鼓舞するように呟く。配信の待機画面では、すでに20人を超える視聴者が待機していた。今朝の内に気付いてなければ、今頃は大慌てで何か大きなポカをやらかしていただろう。
昨日は、SNSを開設して今日の配信の告知をしたらすぐに就寝した。朝目覚めて普段通りに過ごし、ご飯を食べ終わった後にスマホを覗いたら大量の通知が来ていたことに気付いた。予想外の出来事に驚き、椅子からひっくり返ったのは秘密である。
フォロワーが50人になっていた。告知の投稿への返信で書かれた中に「オススメされて来ました」という内容があったおかげで、昨日来てくれた2人のどちらかが周りに広めてくれたのかと思い至った。
それから各コメントにお礼を含めた返信を行い、ダンジョンに着くまでずっとソワソワしている。
「スーッ、ハー……」
探索カメラに問題がないことを確認し終え、後は開始の合図を出せば配信は始まる。最後に大きく深呼吸をして気持ちを整えてから、力の入った人差し指で開始ボタンを押した。
***
「みなさま、こんにちはー!! 今回で2回目となるひよっこDTuberのトモリです。大変喜ばしいことに、沢山の方が見に来てくれてとっても嬉しい気持ちでございます。今日からはダンジョンの探索もやっていくので、良ければこのままお付き合いお願いします」
カメラに向かって、両手を大きく振りながら挨拶をする。初見の人が大半なこともあり、逃してたまるかという精神から普段より少しだけ媚びが入っていた。
◎ きたか
◎ 初見です
◎ わこつー
チャット欄には様々な挨拶が書き込まれている。配信者であれば特定の挨拶を決めているものだが、残念ながらこのチャンネルでは決まっていない。故に、思い思いの挨拶が飛んでいた。
◎ 共有まだー?
◎ お手手ブンブンでかわよ
◎ ニッコニコで草
後は、挨拶以外にも《共有》への催促やトモリの動きに対して触れるものもある。
「共有体験はもう少々お待ちを。先にスキルの説明をさせてください」
振っていた手を下ろし、まずは必要な前振りを話し始めた。
「《共有》は俺が味わっている感覚を相手に伝えるスキルです。対象に取る条件は、俺と相手が互いに認識していることただ1点になります。一度に共有できる人数は3名まで。それと、伝えられるのは感覚だけでカロリーやビタミンといった栄養素はお届けできません!」
1点と言いながら人差し指を立て、3名と言いながら中指と薬指を追加で立てる。口にした数字を手でも伝えながら、言い忘れがないよう丁寧に説明した。
「今のところ伝えられるのは五感だけですが、知っての通りスキルは成長する可能性があります。他にも共有できることが増えるかもしれないし、共有人数も増やせるかもしれないので、そこは俺の頑張りを見守ってください」
スキルが成長するのには、様々なパターンがある。高い壁を乗り越えたときだったり、瞬間的に感情が爆発したり、何度も使い続けていつの間にかだったりと様々だ。
そのため、トモリにとって《共有》を成長させるのにDTuberは都合が良かったのだ。高い壁が現れる機会はないだろうが、感情が大きく動いたり何度も使ったりしていくのに最適なのである。
◎ 把握した。じゃ、頼むわ
◎ おれもおれも どうせなら酸っぱいので頼む
◎ きぼんぬw
説明が終わると、すぐに《共有》を希望するコメントが幾つも書き込まれた。人数を数えながら、どうするかを口にする。
「わーお、希望者いっぱいで冥利に尽きますね。コメントが早かった順に3名ずつ《共有》していきますので、綺麗に列を作って待っててください」
希望したのは18名。ちょうど、3で割り切れる人数だった。
◎ はーい
◎ ヨシ、最前列はおれがもーらい
◎ おまえらー、3列に並ぶぞー
◎ オレが最後だな
実際に並ぶ必要はないのだが、視聴者たちはノリが良くそれに合わせている。
「規律ある行動に感謝です! 最後尾の人は看板を持っててくださいねー」
お礼とノリへのお返しをすると、ポーチからお菓子を1つ取り出した。最初の3人は希望に応えて酸味の強いグミを選ぶ。
「DogKingさん、モンキーテイルさん、草生えるさんのお三方は準備オッケーですか?」
共有をする3人の名前を読み上げ、大丈夫か確認を取る。すぐに了承のコメントが書き込まれたので、グミを1粒手に取って口に放った。
「――ッ!?」
酸っぱいのが来るぞという警告が全身に広がる。次の瞬間、舌の上にグミが転げ落ちると同時に脳にまでビビビッと強いレモンの酸味が走り抜けた。下手人は、グミが纏う強力な酸っぱいパウダーである。
◎ 酸っぱwww
◎ ぅおおおおおおおお!?
◎ あー唾液さまー困りますー唾液さまー
反応は上々のようだ。共有した3人の視聴者の口の中では、トモリと同じ世界が広がっていた。刺激された防衛反応により分泌された唾液によって酸味が抑えられてくると、今度は甘さが広がってくる。少しの間、甘さを満喫してから舌先で転がして歯で挟むと強い弾力で跳ね返された。
「どうでしたか? こんな風に五感を共有することができます」
少し強めの力で噛み切り飲み込んでから、話を再開した。
◎ 何も食ってないのに食べた気分味わえておもろかったわ
◎ 梅干し想像したときよりも唾液ドバドバ出た
◎ 草枯れるかと思った
◎ おお、自分の番が楽しみだぜ
初めての体験にやや興奮気味な感想が返ってくる。その反応を見た順番を待つ者も期待を膨らませているようだった。
「満喫できたようでなによりです。まだ最初の1組だけですが、このままだと探索が遅くなるので移動しながら続きをやっていきますね」
そう言って、正面にある3つの分かれ道から中央の道を選んで進み出す。
「では、次の3人に移ります。味のリクエストはありますか?」
宣言通り、希望に応えながら《共有》をしていった。
***
《共有》の体験コーナーが終わったのは、それから20分後だった。新人ながらに視聴者数がそこそこ居た配信だったおかげなのだろう。新たにやって来てくれた人にも説明をすると希望者が増えたのだ。
そうして賑やかになったチャット欄に時々視線を向けて、雑談をしながら狭い通路を進んでいる。ちょうど今の話がキリ良く終わり、次は何を話そうかと考えていると1つのコメントが目に入った。
◎ トモリって何歳なの?
そういえば、自己紹介をほとんどしてなかったことを思い出す。少し先に小部屋を見つけ、何もないことを確認したところでその質問を拾った。
「何歳か? 今年で15歳ですよ。早生まれだから誕生日が遅いんですよねー」
先へ進む道が3つに分かれていたので、右の道を選ぶ。そうして再び狭い通路を進みながらコメントを見ると、あったのは驚きの反応だった。
◎ わっか!?
◎ てことは最速で試験合格したんかよ
◎ ……え、あの実技突破できたん?
◎ 若者の人間離れを高1で!?
◎ もしや、かなり上位の探索者学校生でごぜーますか?
誕生日の話に流れるかと思いきや、食いつかれたのは探索者試験に合格したことに関してでだった。トモリはすっかり忘れていたが、高校1年生の春に資格を取得できるのはほんの一握りである。そして、その一握りの大半が上位の探索者学校に通う生徒であるために推測するコメントが書き込まれた。
「ええ、どことは答えられませんが、探索者学校の1年生でごぜーますよ」
それに対して、トモリはぼかす形で答える。視聴者たちの予想する通り、かなり上位の探索者学校に通っているのだが、現状で明かすメリットは少ないと判断したのだ。
理由は、学校の知名度による期待のハードルを上げないため。身バレによるリスクなどについては、探索者という仕事が国を支える要の1つである故に極力問題ないような仕組みが作られているので気にしていない。
何せ、探索者というのはふとした活躍から一気に知名度が向上して有名になるケースがなかなかにある。そこから名前や母校などが知れ渡ることも多いのだ。
なお、仕組みというのはリア凸やストーカーなどの行為に対しての正当防衛がかなり大らかであったり、ネット上での誹謗中傷や個人情報を晒した者に対して即時開示が通ったりなどといったものである。
その辺りについては、インターネットが一般家庭に普及するより前にダンジョンが降って来たことが大きな要因となる。そこからダンジョンの影響で生じた暗黒期と呼ばれる大騒動、探索者という仕事の誕生、その後でインターネットが普及し出すといった流れだ。
なので、インターネット上で何かあればお上がすぐに動ける環境が作られているのだが――これ以上は蛇足なので割愛する。
話は戻り、トモリの学校に関する話である。彼の通う学校がどこか興味津々な視聴者が多いので、少し考えてから公表する条件を提示した。
「……んー、そうですねー。俺が中級のパーティ資格試験に合格したら、その時は通っている学校を明かしましょうか」
そのタイミングを選んだのは、そこまで強くなれば学校の知名度による期待のハードルを越えられると判断したからだ。3人以上のパーティを組んでいるという条件はあるが、中級エリアの探索が許可される資格で、これを得て漸く一人前を名乗れるようになるのが理由になる。
ついでに、パーティ活動が前提となるのでソロ資格を取るまではゲストを招いての配信が多くなる。そのため、学校を秘密にしたままだと少しやり辛くなることも理由の1つだった。
◎ 直近だと7月かー
◎ まー公表タイミングとしては定番だよね
◎ そのときが待ち遠しいな
◎ ワイらのためにも一発合格期待してんで
◎ どう、最速合格の自信はある?
トモリの出した条件を聞いた視聴者たちは、よくあるパターンだと判断してその日が来るのを楽しみにした。最速で探索者資格を取得したDTuberは、大半が1年以内に中級のパーティ資格に合格する。故に、配信を追っていればそのうち聞けるだろうと解釈したのだ。
ちなみに、トモリの通う探索者学校――私立
元は、崩壊した街の復興に併せて設立されたダンジョン分野に明るい人材を育てるための学校だった。しかし、育成カリキュラムを作る過程で生まれた地獄のような合宿がえげつない成果を叩き出したことで一気に一流と呼ばれるようになってしまった。その地獄合宿を設計した者は、暗黒期を終わらせた英雄の1人である。
◎ どこだろ……?
◎ やっぱ東の湘南探育じゃね
◎ 口調丁寧だし、セイルクとかどうよ
◎ 初手で資格取ってるし境専もありうる
◎ 実は男装していて聖境説
◎ 聖境は今年から共学やで
◎ 北のアシリレラに1票
学校の話を締めくくったのだが、配信主の意向を無視して予想を書き込む者は10名近く残っていた。ほぼ初配信と変わらないこともあり、こういったマナーの悪い者はどうしても現れる。
「はい、詮索するのは止めましょうねー。これ以上続けるのであればお仕置きタイムが始まりますよー?」
後から見に来た視聴者の中にそういったノリが許容されている配信の常連が多かったのだろう。ただ運が悪かったとも言えるが、ここでビシッと取り締まれれば今後の治安を良くすることができる。そのため、逆に幸運だとトモリは捉えた。
◎ えー、予測ぐらい良いじゃん
◎ トモリは都会っ子っぽくないし西の学校だろ
◎ は? 西が田舎って言いてぇんか?
◎ 境専でなくても、紫栞みたいな一般探索者学校で受かる子だって居るぞ
◎ 他所の配信者の名前出すんじゃねぇよ!!!!
そして、予想通り忠告を聞かない者ばかりであった。段々と荒れていくチャット欄を見て、宣言した通り行動を起こすことにする。
「どうやら聞き分けの悪い方が居るようですね。誠に残念ですが、お仕置きタイムに入ります」
◎ え
◎ ちょ、まっ!?
◎ 一旦落ちるわ
◎ 諦めろ、すでに対象に取られてるから無駄だぞ。
◎ 最強サイクロンが通じないってこと!?
一部、自身が対象になっていると悟った者が慌てふためいているがもう遅い。先ほどまで荒らしていた者たちに対してはすでに《共有》を使っており、すでに逃げ場は塞いでいた。
本来であれば3人が限界であるのだが、1人も逃してたまるかという強い思いのおかげかマナーの悪かった者たち全員を対象に取れている。しょうもない切っ掛けかもしれないが、ユニークスキルというのは変なタイミングで成長することもあるので仕方がない。
そして、トモリの口の中に、大量のお菓子が放り込まれた。十数個に及ぶ刺激つよつよの連続爆撃が口内に拡散される。対象にされた物分かりの悪い視聴者たちの阿鼻叫喚な悲鳴が各地で響き渡った。
「―――――ッ!?」
当然ながら、発信源であるトモリも同じように多大な自傷ダメージを負うこととなる。必死に口を抑えて悶絶する姿がカメラに収められていた。辛い自傷行為であったが、その分の効果は絶大である。
おかげで、以降に場を荒らす者は現れなくなったのだから。
【あとがき】
・私立境界探索専門高校(通称:境専)
ダンジョンによる様々な騒動が落ち着いた後、瓦礫の山と化した街の復興に合わせて設立された学校の1つ。出資した理事たちがダンジョン産業に関わる者が多かったため、そっち方面の人材を育てる方向に舵を切った。
元は多くの孤児となった子たちを支援する目的で作られたのだが、理事たちの軽いノリから生まれた伝統により優秀な人材が大量に生まれることとなった。その結果、国内でも有数の探索者学校となってしまい全国から志願者が急増している。
・湘南探索者育成学園(通称:湘南探育)
境専と同じく、街の復興に合わせて設立された学校の1つ。特別な伝統などは無かったのだが、何の因果か優秀な人材が同時期にダース単位で現れた影響で名を上げていった。
・
朝の礼拝や聖書教育はあるが、個人の自主性を重視しているタイプの宗教学校。古い歴史を持っていたが、ダンジョンの飛来を神からの試練と受け取ったためにバリッバリの探索者系に変化していった。
・私立
100年以上の長い歴史を持つ由緒正しい女学院。元は淑女教育に力を入れていたが、いつの間にか実力主義の世界に変わっていた。今年から共学に変わり、校名から『女』の字が消えた。
・
古くから続くアイヌとの交流を深めるために設立された学校。カムイへの信仰をベースとした魔法研究をしており、その特殊性から興味を持った学者や探索者などが頻繁に来訪している。