トモリと《共有》しませんか?   作:ロヒキア

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※閑話:久住志乃の転換期(視点:志乃)

 私、久住(くすみ)志乃(しの)は、自分が産まれてこなければ良かったのではないかという後悔がずっと心の片隅に引っ掛かっていた。もし健康な身体で産まれていれば、お母さんもお父さんもこんなに辛い思いをしていなかったから。

 

 味覚障がい。

 産まれたときから味というものが理解できず、お母さんの作ってくれた料理を美味しいと心の底から言ってあげられないのが苦痛だった。

 

 幼い頃の私は、そもそもに栄養を取るだけの行為にどうして料理という工夫をするのか疑問に思っていた。同じ食材なのに、煮たり焼いたり揚げたりと様々な形に姿を変える。確かに見栄えや香り、食感なんかに違いはあるけど、何十分も時間を掛けるよりもその時間を私に構うのに使って欲しいとも考えていた。

 

「ごめんね……志乃、ごめんね……」

 

 ただ、そのことをお母さんに聞いてみると、涙を流して私に対してごめんなさいと何度も何度も謝ってきたのでそれ以降口にすることはなかった。それが、今でも鮮明に思い出せる一番古い記憶。

 

 

***

 

 

 私が他人と違うことに気付いたのは、幼稚園に入ってからだった。

 それまで気付かなかったのは、大きな病院に連れて行ってもらうことが多く、同年代の子たちと関わる機会がなかったからだろう。

 

 幼稚園ではお歌を歌ったり、お外で遊んだり、お遊戯したり、同じ年齢の沢山の子達と一緒に何かをするのは初めての経験でとても楽しかったのを覚えている。しかし、その日の昼にそれらを上書きする程の衝撃を受けることとなった。

 

「やー、こえにがい(苦い)のヤッ!」

「いらない! もういいの!!」

 

 お昼ご飯をみんなで一緒に食べるとき、周りの子達はご飯を口にする度に笑顔になったり嫌そうな顔をしたりする。中には、先生に隠れて口に入れた物を吐き出し机の下に隠すような子までいた。

 

 ただ口に入れて噛んで飲み込むだけなのに、何でそんなことをするのだろう? 近くに居た先生に純粋な気持ちで問い掛けると、物悲しげな表情でただどう答えようか戸惑っていた。

 そのやり取りに気付いた主任の先生が上手く濁してその場は終わり、降園の時間になってからお母さんと一緒に先生から教えられる。

 

 そして、私は生まれつき味覚が無い事を知った。

 

 とはいえ、そのときの私はまだ4歳である。何となく他人と違うことは解ったが、それが何を意味しているのかまでは解らない。

 ただ、あのときお母さんが辛そうに泣いたのはこれの所為なのだということは解った。

 

 

***

 

 

 それからは何となく味覚が無いことは隠して過ごしてきた。恐らく他の子達の親は知っていたのだろうが、そのことを子供には教えなかったのだろう。

 

 私が上手く誤魔化せれば表面上はバレないのは幸いだった。辛い物を食べたときだけ痛みを感じることができたので、口にする度に少し嫌そうな顔をすれば周りの子たちは嫌いなのだと勘違いしてくれたからだ。

 

 私が誤魔化しきれなくなりそうなときは、大人達が上手にフォローしてくれる。そのおかげで、何事も無く幼稚園の2年間は過ぎていった。

 

 変わったのは、小学生に入ってからだった。

 

 親から教えられた子が居たのだろう。

 私が味覚障がいであることが、学校中に瞬く間に広まってしまった。

 

「しのちゃん、わたしたちとはちがう(違う)から……」

「おまえ、ごはんのあじ(味)がわかってないんだろ? おれしってるぜ、けっかん(欠陥)ってやつだ!」

「ごめんね、しのといっしょ(一緒)にいたら、なかまはずれ(仲間外れ)にされちゃうから……」

 

 人は異物を排除しがちである。

 特に、クラスカーストの高い子が決めたとなれば更に酷い。

 

 こうして噂が広まったその日から私は除け者にされ、嫌がらせを受けるようになっていき――学校に私の居場所は無くなってしまった。

 

 そのことを両親が知ると、すぐに休学させてくれた。

 代わりにフリースクールに通うことになる。そこには私の似たような理由で学校に行けなくなった子達ばかりが居た。

 

 一度群れから追い出されたトラウマを持っているからか、イジメなどに過剰に反応する先生ばかりだったからか、大きな問題が起きることなく過ごすことができた。けど、スクール外で遊ぶほどの仲にはならない。互いに相手の地雷を踏まないようにしていたので、修了する最後までぎこちない距離感は続いた。

 

 友達は出来なかったが、その代わりに自分自身との対話はしっかりと行うことができた。弱肉強食という言葉を覚え、多少の不利を持っていようがそれ以上に強ければ良いのだと私は理解する。そして、中学からは実力世界の世界へ飛び込む決断をするのだった。

 

 私立聖境(せいきょう)女学院。

 実力主義を謳っているダンジョン分野を専門とした中高大一貫の女子高だ。

 

 明治から続く歴史の長い学校で、卒業生の中には国内TOP10に入る探索者が2人も居ることで有名だ。傑出(けっしゅつ)した人材の育成に力を入れており、他にも調査や学術方面でも優秀な人材を多く輩出している。

 卓越したメンバーで構成された生徒会が大きな権力を持っていたり、それと対立する風紀委員会があったりしたのも幼心に響く。家ではゲームや漫画に触れる機会が多かっただけに、そういった世界が魅力的だったのだ。

 

 両親にお願いしてオープンキャンパスに乗り込み、実際の雰囲気を感じたことで確信を得た。ここでなら味覚障がい程度の理由で排斥(はいせき)されることもない。

 

 こうして死に物狂いで己を高め、苦労の末に受験に合格して通えることとなった。

 

 

***

 

 

 聖学は家から遠く離れた場所にあるので寮に入るつもりだったのだが、お父さんが部署異動となり学校の近くに家族全員で引っ越すこととなった。お母さんがコッソリ教えてくれたが、私が聖学に興味を持った頃から根回しをしていたらしく、私が合格してすぐに上と交渉したらしい。

 

 色々な気持ちが溢れそうになったが、お父さんはそのことを秘密にしていたかったらしいので表には出さないように気を付ける。ただ、暫くは肩たたきとかをよくする程度のお礼はした。

 

 そして、時は流れて入学式。

 私は自身の選択が正解だったことを知る。

 

 味覚障がいであることを知っても、そうなんだの一言で片付く環境。そんなことよりやることが沢山あるだろうがという、上昇志向の空気が学校全体に浸透していた。

 

 中学時代はダンジョン関連の知識を学び、探索者として活躍できるよう運動能力の向上なども多くやらされた。どうも私はセンスが良いらしく、運動成績だけは上位10人に入っていた。まあ、上位5人はそれ以外を卓越していたから団栗の背比べだったけど。

 

「あーしとシノっちはズッ友だよ!」

 

 その3年間では、口癖が「あーし」の友人もできた。誰とでも仲良くなれる明るさと行動力のおかげで私も適度にクラスに馴染むことができた。どういう訳かズッ友宣言をされ、今も変わらず仲良くしている。

 

「志乃ちゃん、新作食べてみて!今回のは凄いんだよ、新食感に挑戦してみたんだ」

 

 高校に進学すると、仲の良い友達がもう1人増えた。庇護欲をそそる外見と、お菓子作りが趣味という男子の理想を体現したような女の子だ。中身まで良い所尽くしで、味覚障がいの私でも食事を楽しめるよう色々な工夫を凝らしてくれる。

 

 ただ、その容姿に反して探索時のポジションがタンク職なのは今でも目を疑うときがある。この子、狩猟ゲームのランス使いみたいなゴテゴテ装備を軽々と振り回すもん。ある意味ギャップなのだろうか?

 

 高校では、将来の道を考えるときがやってきた。一般学科しかないので、今の内から自分の意志で行動を起こさないと出遅れることになる。悩む時間が勿体ないので、ひとまずは自身の成績から選択肢を絞ることにした。

 そして、半日ほど考えに考えた末に研究者の道を選んだ。私のように五感に障がいを持つ人のための治療薬を研究したかったのもそうだが、中学3年生の夏に発現した中にユニークスキルが無かったことが一番の理由。私では探索者として大成できないと思ったからだ。

 

 だから、治療薬の研究をしながら、必要に応じて現地へ調達にも行ける。そんな人間を目指すことにした。

 

 

***

 

 

 2年生になったGW(ゴールデンウィーク)の中頃、ズッ友から動画を勧める連絡がきた。最近推しているものをよく布教してくるので、いつものだろうと添付されたURLを開く。

 

 見終わったタイミングで電話が鳴り、久しぶりに従弟からの連絡が来た。

 五感を《共有》できるユニークスキル持ちの友人が居て、味覚を共有してみないかという誘いだった。

 

 詳細を聞くと、DTuberのトモリという配信者がゴブリンと《共有》すると宇宙猫のように硬直したらしい。ちょうどさっき見た動画と一緒だ。そして、その現象の原因を探るため、生まれつき味覚を持たない私に検証の協力をお願いしたいらしい。

 

 人生の岐路とは、突然訪れるものだ。

 その話を聞き、私は一も二もなく承諾した。

 

 チャンスは逃さない。

 この選択が、私の人生を大きく変える転換期となった。

 

 

***

 

 

 そして、《共有》の治験が始まって暫く経ったある日のこと。

 

「シノっち、ちょっと気付いたんだけど言って良い?」

「なに、燈莉(あかり)?」

 

 午前の授業が終わり、ズッ友と2人で昼ご飯を食べている。

 もう1人の友人は部活の関係で今日は席を外していた。

 

「さっきからあーしが食べるタイミングに合わせて食べてるよね。それって、もしかして……」

「ッ!?」

 

 突然の発言に驚き、一瞬息が止まる。

 どうやら、友真とご飯を食べていた弊害が出てしまったらしい。自覚はなかったが、誰かとご飯を一緒に食べると相手のタイミングに合わせる癖が付いてしまっていたようだ。

 

「……ふーん」

「……な、何だ?」

「べっつに~?」

 

 私の顔をジロジロと見ながら、何か悪巧みを思い付いたような表情をしている。嫌な予感がした。

 

「ところでさ~……」

 

 こういうときに限って、こいつは無駄に勘が良い。

 意味深に少しだけ間を取って、不敵な笑みを浮かべながら続きを口にした。

 

「――――――」

「……ぅ、ぁ……ッ」

 

 そして、その嫌な予感は的中する。

 ズッ友の言葉を聞いて、私は顔から火が出るほどに紅潮するのだった。




【あとがき】
・久住(くすみ)志乃(しの)
 実は、不登校になった頃にゲームに没頭していた時期がある。意外と才能があり順調にランクが上がっていったので、将来はプロゲーマーになると言い出していたが、最上位帯の世界に届く前に大きな壁にぶつかり挫折した。

・久住 誠(まこと)
 志乃の父親で、大手製薬会社に勤めている。親バカであり、娘のためなら完璧なタイミングで転勤をするよう仕組むことも可能だし、大量にコネを作ることもできる。

・久住 佳乃(かの)
 志乃の母親で、去年から近くのスーパーでパートをしている。
 家族3人でダンジョン探索をしてみたいと思い、2人には内緒でトレーニングを始めた。

・七瀬(ななせ) 燈莉(あかり)
 志乃のクラスメイト兼ズッ友な親友。薙刀と光魔法が得意な中級探索者。
 限界化すると破道の詠唱を始める。オタクに優しいギャルっぽい外見をしているが、別にそんなことはない。

・もう1人の友人
 志乃が高校に進んでからできた友人。庇護欲を誘う外見をしながら、ガッチガチのタンク職である中級探索者。兄が有名なDTuberで、とある理由から彼を手助けしたいと考え聖学に入学した。

・私立聖境(せいきょう)女学院
 今年から共学となり1年生では様々なイベントが発生しているらしいが、志乃が関わることはない。
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