「志乃……ボクの従姉に、ご飯の味を教えてあげて欲しい」
ミサクに頼まれたのは、味覚障がいを持つ少女と《共有》することだった。詳しく話を聞くと、彼女は生まれつき味覚が無いらしい。医学的に原因は判明しているが、ダンジョン資源によって発展した現代の医学でも未だ治療法は見つかっていない。
そのことに彼女の両親も気に病んでおり、当人もダンジョンに一縷の望みをかけて探索者の道を進んでいる。
ミサクも小さい頃から交流のある親戚であるだけに、何か手助けしたいと考えていた。そこで偶然巡り合ったのが、友真の《共有》である。
もっと早く相談しようと思っていたが、受験に引っ越し、合宿と忙しい日々が続いていたこともあり一段落つくまで待っていたとのこと。
その話を聞いた友真は、二つ返事で承諾するのだった。
***
翌日、友真は探索者協会の
「すみません。スキル検証の件で電話した
建物に入ると総合受付を尋ね、職員の人に声をかける。名前と要件を伝えるとすぐに確認が取れ、少し待つと担当者がやって来た。
スーツ姿でピシッと引き締めた眼光の鋭い男性。ラウンド型の眼鏡をかけ、仕事のできる男感を醸し出す圧倒的強者のオーラを纏っている。
「探索者協会、支店長の
「湊森友真と申します。お時間を作っていただき、ありがとうございます」
丁寧な挨拶に対し、友真も今朝方急いで調べたビジネス用語を必死に思い返しながら挨拶を返した。その初々しい態度のせいか、受付に座る職員の人からは微笑ましい視線が飛んでいる。
「詳細をお聞きしたいので、応接室へご案内いたします」
案内されたのでこれ幸いだとこの場を離れ、2階の一室へと移動した。手前のソファーに友真が座り、奥のソファーに鷹宮が座ったところで話が始まる。
「湊森様のユニークスキルは《共有》でしたね。そちらの検証をするにあたって、個人の範疇を超える為に協会の協力を仰ぎたいことまではお聞きしております。お間違いないでしょうか?」
「はい、間違いありません」
ここまでは、事前に電話で簡潔に伝えた内容だ。説明するのはここから先の話になる。
「《共有》のスキルは、お……私の五感で感じたものを、相手にも届けることができます。それを用いた検証で、味覚障がいの方と味を共有するのに協力をお願いします」
「かしこまりました。確かに、協会の支援があった方が良さそうですね。私共としましても、湊森様の提案は大変興味深く感じました」
友真の話を聞き、数秒だけ考え込むとすぐに返答がきた。あっさりと承認されたのは、用意の手間がそこまで掛からず、期待通りの結果が出ればかなり大きな収穫となるのが理由だろう。
協会が今回の検証に協力してくれることが決まり、早速打ち合わせ……の前に、先に現状把握している《共有》の仕様について説明することとなった。
「ふむ、精神系のスキルが配信越しにも届くというのは面白い発見ですね。他の同系統スキル保持者への検証依頼も手配しておきましょう」
協会側に別の収穫があったことはさて置き、検証のための打ち合わせが始まる。
「立ち会いに必要な医療従事者は協会の者で対応いたしましょう。スキル研究者に関しても、こちらで連絡を取っておきます。後は、味覚障がいを持つ協力者ですが……いらっしゃるようですね」
「はい。今回の検証も、その方が切っ掛けでしたので」
そう答えて、少女の名前を告げる。
その際に友人に頼まれたことや、彼の従姉であることも伝えた。
「
「はい、そちらの久住さんで間違いないです」
事前にミサクから聞いた彼女の情報と一致していたので肯定した。その学校に同姓同名の人が居ないことも聞いている。
「かしこまりました。日程に関しては、詳細が決まり次第ご連絡いたします」
「ありがとうございます……ふぅ」
話がまとまり、安心した所為か無意識に溜め息が漏れた。精も根も尽き果て、姿勢を崩してソファーに体重を預ける。
「お疲れ様です。こういった空気は苦しかったでしょう?」
「……はい、それはもう。これまでの人生でも3本の指に入るぐらい疲れました」
グッタリした友真の姿を見た鷹宮は、鋭かった眼光を潜めて優しい表情に変わっていた。クスクスと笑いながら、労いの言葉をかけている。
そんな表情ができるなら、最初からそうして欲しかったです。
疲れた顔をしている友真は、心の中でそう呟いた。
「最初から優しくして欲しかったと思ってますね?」
「あぅ!?」
もしかして、《読心》のユニークスキルをお持ちで?
「いえいえ、口惜しいことに私はユニークスキルを持っておりませんよ」
本当に?
「ええ、本当です。ただ、湊森様がとても分かりやすい表情をされているだけでございます」
よく言われます。
「それは非常に素晴らしいことです」
図星を突かれてしまってからのやり取りは、全て声に出していない。それなのに、不思議と会話が成立していた。
「打ち合わせ中の雰囲気は、湊森様への期待も込めての対応です。貴重な経験になりましたでしょうか?」
「はい、とっても大変な経験になりました」
「それは何よりでございます」
「……むぅ」
少し皮肉気味に返したが、全く通じていないようだ。腑に落ちないことではあったが、こうして検証のための打ち合わせが終わった。
「それでは最後にですが、一度私にも《共有》をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「え、あ、はい。とっても大丈夫です」
予想していなかった展開に、友真は少し可笑しな返答をしてしまう。その様子を見た鷹宮が小さく笑いながら話を続けた。
「ふふ、通常運転が一番湊森様らしいのかもしれませんね。それでは、《共有》用のお菓子をお持ちしますので少しの間寛いでいてください」
「はい、お願いします」
そう言って、一旦部屋から退出した。
それを見送った友真は、ゴロリと姿勢を変えてソファーに寝転びググーッと伸びをする。話が上手くいったことに安堵しながら、精神的に疲れたなと考えながらボーッと天井を眺めていた。
「お待たせいたしました」
「わっ!?」
心地よい眠気にウトウトと瞼が落ちかけてきたその時、入口のドアが開き鷹宮が帰って来た。驚いて跳ね起きた後、彼の方へと視線を向けると手には少し大きな紙袋を抱えている。
「え、あれ? 何かお菓子の量が多くありませんか?」
「《共有》していただくのはこちらの1点だけとなります」
驚く友真の姿に口元をほんの少しだけ柔らかくしながら、鷹宮は袋を机に置いた。その中から一番上に置かれていた高級感のある容器を取り出す。ブランドロゴが入った包装紙に包まれており、かなり良い物だというのが見て取れる。
「他に関しては、職員からの激励品なので配信などでお使いください」
そう言いながら、残りの入った袋を友真の方へと移動させた。気になって中を覗き込むと、様々な種類のお菓子が詰め込まれている。スーパーやコンビニで買える物が大半だったが、一部には有名なお店のマカロンなんかも入っていた。
「主に事務員からの応援の品となります。それと、私からも心付けを足させていただきました」
「ありがとうございます!」
友真は、信用した相手からのプレゼントは躊躇わず貰うタイプである。満面の笑みで受け取りお礼を伝えた。
「それと、立会人、協力者との日程調整が完了しました。直近での候補日はこちらになります」
「え!? もう?」
時計を見たが、鷹宮が部屋を出てからまだ時間は10分しか経っていない。それなのにもう話が通ったのかと驚愕した。
もしかして、この部屋だけ時間の流れが遅かったりするのだろうか? そんな疑問が浮かんでいると、再び思考を読んだかのように鷹宮は答える。
「いえ、ただの普通の応接室ですよ。これでも支店長ですから、連絡さえ付けば私の判断で物事を動かせるのですよ」
「ほぇー……」
それでもこの短い時間でここまで可能なのだろうか? 新しい疑問が脳裏を掠めたが、また拾われそうなので凄いなーとだけ考えながら候補日の確認をした。
「……あの、明日の昼前って、早過ぎませんか?」
「ええ。どうやら今回の検証に皆様かなり乗り気のようでして、なんなら今からそちらへ向かうとおっしゃって……ええ、現在こちらへ向かってる最中だそうです」
「えぇ……」
これが大人の行動力。とはいえ、ミサクの従姉に早く味を知ってもらいたいと思いもあったので、これ幸いにと最短の明日でとお願いする。検証もそんなに長い時間は掛からないので、それが終わって午後から探索配信もできるなという考えもあった。
「かしこまりました。それでは、明日の11時にお待ちしております」
「よろしくお願いいたします」
こうして、検証協力のお願いから始まった打ち合わせは想像を超えて最高速度でぶち抜いていき、全ての準備が整うこととなった。
「準備ができましたので、《共有》をお願いできますか」
「はい、任せてください」
会話の中、丁寧に行っていた包装紙を剥がす作業が完了した鷹宮が中身を友真に渡す。受け取った楕円形の箱を開けると、中には綺麗に収められた10粒のチョコレートが入っていた。
「おおー……っと、それでは《共有》しますね」
それぞれ色も形も異なる、1つ1つ丁寧に作られたチョコレートの姿に感嘆の声が漏れる。その中から直感で今の気分に合う物を決め、ブランド名の頭文字が描かれた物を1粒取り口に入れた。
口いっぱいに広がるカカオの風味。小さな粒でありながら、チョコらしさが想像の何倍も凝縮された重み。やや大人の味とも言える程よい苦みながらも、まだ子供舌である友真にも良さが伝わるバランス感。
ただただ美味しさの幸福感に包まれ、溜まっていた精神的な疲労感が一瞬で吹き飛んだ。
「ほわぁ……」
「なるほど、確かにこれは面白い。私自身が食べたときと多少異なることから、友真様の味覚が感じ取ったものをそのまま送っているようですね」
初めて食べる完成された味に抜け殻となる友真とは対照的に、鷹宮は食べ慣れた味との差異からスキルの分析を口にしていた。
「え、そうだったんですか?」
「はい、そうだったようですね。恐らくですが、明日の検証も狙い通り上手くいく可能性が高まりました」
放心状態から立ち直った友真の問いに、希望を添えて返ってくる。その後も幾つかチョコレートを食べながら少しだけ何でもない話をしていると、鷹宮への急用を持って職員の人がやって来たので解散となった。
「それでは、明日の検証を楽しみにしております」
「はい、こちらこそ! 明日はよろしくお願いいたします」
別れの挨拶を告げると、鷹宮は少し早足で去って行った。友真も他に用件はなかったので協会を後にして家へと帰宅する。
その道中、ガサゴソと鞄の中からスマホを取り出して電話をかけた。
「もしもし、ミサク? 検証の話、上手くいったよ」
かけた電話はすぐに繋がり、無事に事が済んだことを伝える。すると、すでに今日の打ち合わせのことや明日の予定についてもすでに知っていたことを知った。
「……やっぱり、あの部屋は時間の流れが遅かったのかもしれませんね」
電話口から聞こえる何の話かという問いに、自分だけ時間に取り残されてるような錯覚を伝えると、そこからミサクによる探索者協会の都市伝説講座が始まるのだった。
【あとがき】
・探索者協会
ダンジョンの影響による大きな騒動が終わった後、新たに設立された《ダンジョン総合管理庁》の下部組織の1つ。探索者の管理・支援が主な業務。
日本の各地に支店があり、それぞれのダンジョン近隣には必ず出張所が置かれている。本庁舎内は1階が市役所のように各種窓口があり、2階には沢山の応接室が配置されている。他にも3階より上があったり、地下があったりという色々な噂話があるとかなんとか。
残念ながら、精神と時を司る部屋は存在しない。
・鷹宮 迅
探索者協会の偉い人。
仕事モードのときはハシビロコウのように鋭い眼光で周りを威圧するが、プライベートでは愉快なインテリヤクザ。元は探索者だったが、あることが切っ掛けで現役から退き協会の職員となった。支部長と名乗っていたが、正確には地方支部長なのでもっと偉い。
掲示板でチラッと出た探索者協会の知人は彼のこと。事前に企みを聞き、湊森という苗字を見て気になっていたこともあり、予約の話を聞いてごり押しで担当者となった。
なお、スレ民たちの暴走とミサクのお願いのタイミングが一致したのは偶然であり、真実を知った鷹宮はその晩に知人宅を襲撃して胸倉を掴んだ。知人からの返答は「もう止まらんよ。 流れ始めたエネルギーと同じだ」だったので、アイアンクローに移行してヒートエンド。翌日、近隣の住人に迷惑をかけたので謝罪行脚の後に2人で自主的に(友人は嫌々ながら)奉仕活動に従事することに……。故に、検証に立ち会えなくなった。