卯ノ花烈は転生者   作:まいちー

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第十章 師の剣

翌日。

 

宗玄はいつもより少し早く来ていた。

 

俺が着いたときには、もう刀を腰に差している。

 

昨日言われた。

 

『俺の剣を見ろ』

 

それだけで、朝から少し落ち着かなかった。

 

「おはようございます」

 

「ああ」

 

「今日は」

 

「新太が来るまで振れ」

 

「はい」

 

やはり、いきなり見せてはくれないらしい。

 

刀を抜く。

 

「斬り下ろし」

 

「はい」

 

――ヒュンッ。

 

「横」

 

――ヒュンッ。

 

「斜め」

 

――ヒュンッ。

 

「突き」

 

――シュッ。

 

繰り返す。

 

それでも、どうしても宗玄の腰の刀が気になる。

 

「清子」

 

「はい」

 

「前」

 

「…………はい」

 

ばれた。

 

 

しばらくして、新太が来た。

 

俺も刀を納め、棒へ持ち替える。

 

「二人でやれ」

 

「はい」

 

「おう」

 

構える。

 

昨日、新太の剣が分からなくなった。

 

だから今日は、最初から決めつけない。

 

「始めろ」

 

新太が来る。

 

右からの一撃を外れて斬る。受けられ、返しは上――途中で横へ変わった。

 

「っ」

 

外れて突くと、新太が下がる。

 

追わない。

 

新太が何を選ぶかだけではなく、俺が何をしたとき、新太がどう変わるのかを見る。

 

何本か続けた。

 

まだ新太の方が上だが、以前ほど一方的ではない。

 

「そこまで」

 

宗玄の声に棒を下ろす。

 

「清子」

 

「はい」

 

「座れ」

 

「…………?」

 

「見ろ」

 

「…………!」

 

来た。

 

 

宗玄が刀を抜く。

 

「新太」

 

「はい」

 

「棒を持て」

 

「……俺?」

 

「ああ」

 

「刀相手に?」

 

「当てん」

 

「……はい」

 

新太が宗玄の前へ立つ。

 

「清子」

 

「はい」

 

「見ろ」

 

「はい」

 

宗玄の剣を見る。

 

「始めろ」

 

新太が動かない。

 

「新太」

 

「はい」

 

「来い」

 

「……はい!」

 

新太が上から棒を振る。

 

宗玄は半歩外れ、刀を首の寸前で止めた。

 

次は横。

 

宗玄が身体を引き、刀を脇腹へ。

 

突きには斜めへ外れ、手首へ。

 

すべて違う。

 

なのに、新太が動いた先には必ず刀がある。

 

「もう一度」

 

新太が途中で軌道を変えた。

 

――カン。

 

宗玄の刀が棒を逸らし、そのまま切っ先が胸へ止まる。

 

速い。

 

でも、速さではない。

 

新太が何をしても、その先に刀がいる。

 

「止めろ」

 

宗玄が刀を下ろした。

 

「清子」

 

「はい」

 

「何が見えた」

 

「新太がどこから打っても、師匠の刀がそこにありました」

 

「ああ」

 

考える。

 

上なら首。横なら脇腹。突きなら手首。

 

斬る場所は全部違う。

 

「師匠」

 

「何だ」

 

「最初から、斬る場所を決めていない?」

 

宗玄がこちらを見る。

 

「続けろ」

 

答えはくれなかった。

 

 

もう一度、新太が構える。

 

今度は宗玄全体を見る。

 

新太が一歩前へ出る。

 

そのとき、宗玄の刀がほんの少し下がった。

 

新太の目が上へ向く。

 

「っ!」

 

上から振った。

 

宗玄が外れ、刀を喉元へ止める。

 

「師匠」

 

「何だ」

 

「今、新太を誘いましたか?」

 

「少しな」

 

「…………!」

 

昨日、俺がやったのと同じ。

 

でも、宗玄は誘っているようには見えなかった。

 

「新太には分かったのですか?」

 

「いや。普通に上が空いたと思った」

 

それだ。

 

誘われたと思っていない。

 

「清子」

 

「はい」

 

「お前は昨日、誘うために形を変えた」

 

「はい」

 

「だから見えた」

 

宗玄が刀を構える。

 

「俺は斬るために変えた」

 

「…………?」

 

「相手が来ても来なくても、次を斬れる形にした」

 

「新太が上なら」

 

「上を斬る」

 

「横なら」

 

「横を斬る」

 

「突けば」

 

「突きを斬る」

 

「…………」

 

誘うことが目的ではない。

 

何を選ばれても斬れる形を作る。

 

その中に、誘いがある。

 

すごい。

 

昨日より、ずっと面白い。

 

 

今度は俺が新太とやる。

 

さっきの宗玄を真似して、次に斬れる位置を作ろうとする。

 

だが。

 

――こつ。

 

「一本」

 

「はい」

 

もう一度。

 

――こつ。

 

「痛っ」

 

考えるほど遅くなる。

 

どこへ来ても次の剣がある。

 

宗玄はそれを、考えるより先に身体で選んでいる。

 

今の俺には到底できない。

 

「ふふ」

 

「何で笑ってんだよ」

 

「師匠が、ものすごく遠いので」

 

「それ楽しいの?」

 

「はい」

 

「分かんねえ……」

 

「続けろ」

 

「はい」

 

 

日が傾くまで繰り返した。

 

結局、一度も宗玄と同じことはできなかった。

 

それでも、少し分かった。

 

今までは新太の次を見ていた。

 

これからは、自分の次の剣も同時に持っていなければならない。

 

「そこまで」

 

棒を下ろす。

 

「師匠」

 

「何だ」

 

「昨日は、相手に選ばせることを教えていただきました」

 

「ああ」

 

「今日は、何を選ばれても斬れるようにする」

 

「ああ」

 

「では、選ばせる意味は」

 

「何だと思う」

 

また聞き返された。

 

何を選ばれても斬れるなら、誘う必要はない。

 

いや。

 

選択肢が多ければ、こちらも多くの剣を用意しなければならない。

 

なら。

 

「相手に選ばせれば、選択肢を減らせます」

 

「それで」

 

「私が用意する剣も減る」

 

宗玄がこちらを見る。

 

「まし」

 

「…………!」

 

嬉しい。

 

「師匠」

 

「明日だ」

 

「…………はい」

 

 

翌日。

 

「清子」

 

「はい」

 

「昨日、何が分かった」

 

「相手の選択肢を減らせば、こちらが用意する剣も減ります」

 

「ああ」

 

「以上です」

 

「浅い」

 

「…………」

 

また広がった。

 

「何が足りませんか」

 

「自分で考えろ」

 

「はい」

 

予想通りだった。

 

 

新太と向かい合う。

 

今度は、選択肢を減らすことを意識する。

 

半歩詰めると、新太が下がった。

 

さらに詰める。

 

これで後ろへは下がりにくい。

 

突く。

 

新太が右へ外れた。

 

そこへ横。

 

――こつ。

 

「痛っ」

 

腕に当たった。

 

「…………」

 

一つ減らしたことで、次が読みやすくなった。

 

「もう一度」

 

「おう」

 

同じように距離を詰める。

 

新太が下がったところへ、さらに一歩。

 

これで、また後ろは使いにくい。

 

右か。

 

左か。

 

そう思った瞬間、新太が前へ出た。

 

「――っ!」

 

――こつ。

 

「痛っ」

 

額を打たれる。

 

「…………」

 

前。

 

そうか。

 

後ろへ行きにくくしただけだ。

 

右と左しか残っていないわけじゃない。

 

俺が勝手に、前まで消していた。

 

「もう一度」

 

「おう」

 

何度か繰り返す。

 

後ろを消そうとすれば、前から来る。

 

右を塞げば、左へ行く。

 

その動きを読もうとすれば、今度は新太が変えてくる。

 

そして、もう一つ。

 

俺が道を塞ごうとするほど、自分の立つ位置や棒の置き方も決まっていく。

 

相手を減らすために、俺まで減っている。

 

「清子」

 

「はい」

 

「止めろ」

 

棒を下ろす。

 

「何が分かった」

 

「相手の選択肢を減らそうとすると、私の選択肢も減ります」

 

「ああ」

 

「それで?」

 

「…………良くない?」

 

「違う」

 

また違う。

 

「新太」

 

「はい」

 

「清子を打て」

 

「はい」

 

「清子は立ってろ」

 

「…………?」

 

新太が来る。

 

右。

 

――こつ。

 

「痛っ」

 

左。

 

――こつ。

 

上。

 

――こつ。

 

「…………」

 

何の稽古だろう。

 

宗玄が新太を見る。

 

「どうだ」

 

「何が?」

 

「打ちにくいか」

 

「いや。どこでも打てる」

 

「…………?」

 

「今の清子、何もしてないだろ。右でも左でも上でも、何でもできる」

 

宗玄が俺を見る。

 

「選択肢が多いな」

 

「はい」

 

「新太は困ってるか」

 

「いや。むしろやりやすい」

 

確かに。

 

俺は何も塞いでいない。

 

だから、新太は好きなところから打てる。

 

宗玄が俺と場所を代わった。

 

「今度は俺が立つ」

 

普通に構える。

 

右も空いている。

 

左も。

 

上も。

 

突きも入る。

 

さっきの俺と同じように、全部ある。

 

「新太。打て」

 

「…………」

 

なのに、新太は動かない。

 

棒の先がわずかに揺れる。

 

右。

 

左。

 

上。

 

どれを選ぶか迷っている。

 

「何で遅い」

 

「……どこ行っても、何か来そうだから」

 

「…………!」

 

俺のときとは逆だ。

 

選択肢は同じようにある。

 

俺の前では、何でも選べた。

 

宗玄の前では、どれも選びにくい。

 

「清子」

 

「はい」

 

「今、新太の選択肢はいくつだ」

 

「多いです」

 

「ああ」

 

「でも、選べない」

 

「ああ」

 

宗玄がこちらを見る。

 

「減らすってのは、道を消すことだけじゃない」

 

「…………」

 

「選べなくする」

 

「…………!」

 

俺は、右や左という道そのものを消そうとしていた。

 

宗玄は違う。

 

道は残している。

 

ただ、その先に剣がある。

 

「では、相手の選択肢ではなく」

 

少し考える。

 

「選べると思えるものを減らす?」

 

「まし」

 

まだ足りないらしい。

 

「何が違いますか」

 

「減らそうとするな」

 

「…………?」

 

「どこへ来ても斬れるようにしろ」

 

宗玄が棒の先を新太へ向ける。

 

「そうすれば、勝手に選べなくなる」

 

「…………」

 

なるほど。

 

それなら、俺まで道を塞ぐ必要はない。

 

右も左も、前も後ろも残していい。

 

その先に剣があればいい。

 

「分かったか」

 

「はい」

 

「なら、やれ」

 

 

もう一度、新太と向かい合う。

 

今度は道を塞がない。

 

右も左も、前も後ろも残す。

 

その代わり、どこへ来ても次の剣を置く。

 

右なら横。

 

左なら斜め。

 

前なら突き。

 

後ろなら詰める。

 

難しい。

 

全部を考えれば、俺の方が遅くなる。

 

それでも何度も繰り返した。

 

右。

 

間に合わない。

 

左。

 

読まれる。

 

前。

 

打たれる。

 

それでも少しずつ、新太が動く前の迷いが見えるようになってきた。

 

俺が距離を詰める。

 

後ろへ下がる余裕は少ない。

 

前へ出れば、こちらの突きが近い。

 

右へ動けば、横を置ける。

 

左なら斜め。

 

新太が右へ動きかけた。

 

俺の棒を見る。

 

止まった。

 

右をやめた。

 

後ろは狭い。

 

前も選びにくい。

 

なら。

 

新太が左へ動く。

 

そこへ斜め。

 

――こつ。

 

「っ」

 

肩に当たった。

 

「今の、何で左って分かった?」

 

「右をやめたのが見えましたので」

 

「見えた?」

 

「はい」

 

「そんな分かりやすかった?」

 

「いえ」

 

俺も、どう説明すればいいのか分からない。

 

「右へ行くのを、身体が嫌がったように見えました」

 

「…………」

 

新太が宗玄を見る。

 

「親父、これ普通なの?」

 

「知らん」

 

「知らんの?」

 

「本人に聞け」

 

俺にも分からない。

 

ただ、見えた。

 

それだけ。

 

 

稽古の終わり。

 

宗玄が刀を抜いた。

 

「清子」

 

「はい」

 

「見ろ」

 

昨日と同じ構え。

 

右へ行ける。

 

左も、前も、後ろも。

 

どこも塞がれていない。

 

なのに、行きたくない。

 

さっきの新太と同じだ。

 

道はある。

 

でも、その先に宗玄の剣が見える。

 

「清子」

 

「はい」

 

「どこを斬る」

 

昨日は、分からないと答えた。

 

今日も、まだ分からない。

 

「まだ、分かりません」

 

「ああ」

 

「でも」

 

宗玄を見る。

 

「昨日より、選びたくありません」

 

宗玄の目がほんの少し細くなった。

 

「そうか」

 

それだけだった。

 

それでも、少し嬉しかった。

 

 

帰り道。

 

少しずつ繋がってきた。

 

相手に選ばせる。

 

選択肢を減らす。

 

でも、減らすために道を塞ぐ必要はない。

 

右も、左も、前も、後ろも残していい。

 

どこへ来ても斬れるようにする。

 

そうすれば、相手は勝手に選びにくくなる。

 

迷う。

 

止まる。

 

それでも動くなら、どれかを選ぶ。

 

そして。

 

選んだ先にも剣がある。

 

俺は刀の柄に手を置いた。

 

まだ遠い。

 

それでも、宗玄の剣がほんの少し見えてきた。

 

「…………ふふ」

 

もっと見たい。

 

もっと試したい。

 

そう思った。

 

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