BLEACHの世界に転生した俺は、初代剣八になるらしい 作:まいちー
翌日、宗玄は俺に刀を抜かせた。
「構えろ」
「はい」
いつものように構える。
普段なら、ここで「斬り下ろし」や「横」と型を指定される。だが、今日は何も言われなかった。
「斬れ」
「……どの型でしょうか」
「知らん」
「…………」
「斬れ」
困った。
斬り下ろしか、横か、斜めか、それとも突きか。
どれを使えばいいのか考えていると、宗玄が口を開いた。
「清子」
「はい」
「今、何を考えた」
「どの型を使うのかと」
「ああ。それを減らす」
昨日言われた『型を減らす』という言葉が頭に戻ってきた。
「型を――」
「違う。型じゃない」
「…………」
「名前を捨てろ」
宗玄が棒を一本持って、俺の前に立つ。
「どうする」
宗玄を見る。
「横――」
――こつ。
「痛っ」
頭を叩かれた。
「違う」
「……はい」
「どうする」
今度は少しだけ考える。
「斬ります」
「ああ」
宗玄の棒が僅かに動く。
脇腹。
「斬ります」
また少し動く。
今度は喉元。
「斬ります」
棒の先が僅かに下がる。
肩。
「斬ります」
「そうだ」
宗玄が棒を下ろした。
「型は残せ」
「はい」
「でも」
一拍。
「型を選ぶな」
「…………」
「相手を斬れ」
「はい」
なるほど。
これが、減らすということだった。
斬り下ろし、横、斜め、突き。
四つあった型を、一つにする。
――斬る。
ただ、それだけ。
◇
新太と向かい合う。
「始めろ」
「はい」
「おう」
新太が構え、俺も棒を構えた。
何度こうして向かい合っただろう。
最初は何も見えなかった。棒が来れば打たれ、避けてもまた打たれる。一本取れただけで嬉しかった。
今は肩や腰、足、視線、間合いまで見える。そこから次を読むだけではなく、こちらから道を作り、相手に選ばせることも覚えた。
新太の足が僅かに動いた。
来る。
そう思ったが、俺は動かなかった。
新太も動かない。
以前なら、何が来るのか考えて焦っていただろう。
だが、来ないなら来させればいい。
棒をほんの少し下げる。
新太の視線が俺の右肩へ動いた。
次の瞬間、新太が踏み込んだ。
半歩外れ、そのまま斬る。
――こつ。
棒が首に触れた。
「一本」
新太が目を瞬く。
「今、分かってた?」
「はい」
「…………」
少し嫌そうな顔をされた。
「もう一度」
構え直した新太の目が変わった。今度は、はっきり俺を見ている。
「……ふふ」
「何で笑うんだよ」
「申し訳ありません」
「絶対嬉しいだろ」
「はい」
「否定しろよ」
仕方ない。新太が本気になったのが嬉しかった。
「始めろ」
新太が踏み込む。
右から来る棒を外れて斬るが、受けられた。返ってきた棒をもう一度外れ、そのまま突く。
新太が身体を捻って避ける。
横へ振ると、新太が下がった。
追おうとして、止まる。
新太も止まった。
追ってくると思ったのだろう。
その一瞬に入り、新太の棒を外れて返す。
――こつ。
肩。
「一本」
また取れた。
偶然ではない。
◇
だが、新太もすぐに変わった。
こちらが隙を見せても乗ってこない。誘いを警戒し、途中で軌道まで変えてくる。
一度は胸を打たれた。
「一本」
「よし!」
「…………」
悔しいが、それ以上に面白かった。
「もう一度お願いします」
「おう」
そこからは、取って取られての繰り返しになった。
以前なら十回やれば、ほとんど新太が勝っていた。今は俺が誘えば新太が警戒し、その警戒を見て俺が変える。俺が変われば、新太もまた変わる。
剣を振る前から、もう始まっている。
以前、宗玄に言われた『始まってるぞ』という言葉の意味が、今なら分かる。
何本目かで、新太の胸を取った。
「一本」
「……くそ」
新太が息を吐きながら棒を下ろす。
「お前、いつの間にこんな強くなったんだよ」
「…………」
いつからだろう。
毎日打たれて、失敗して、少しできるようになって、またできなくなる。それを繰り返していただけだ。
「分かりません。毎日やっていただけですので」
「それで追いつかれる俺の立場は?」
「……ありがとうございます?」
「何で礼なんだよ!」
「新太」
「はい!」
宗玄の一声で、新太がすぐ姿勢を戻した。
「まだ終わってない」
「はい」
俺も棒を構え直した。
◇
さらに打ち合いを重ねるうち、新太が先に仕掛けなくなった。
俺を待っている。俺の動きを警戒しているのだ。
一歩前へ出ると、新太の棒が上がった。
もう一歩入れば、新太が下がる。
そこで止まると、新太も止まった。
その瞬間に踏み込む。
「っ!」
新太が振る。
来ることは分かっていた。
外れて斬る。
――こつ。
棒が肩へ触れた。
「一本」
新太はしばらく動かなかった。
「……親父」
「何だ」
「今の、俺が打たされた?」
「そうだ」
新太が俺を見る。
俺も自分の棒を見る。
新太は俺が入ってくると思って下がった。俺が止まったから、新太も止まり、そこへ入った俺に反応して棒を振った。
打たせた。
そう言われて、初めて気づいた。
「師匠」
「何だ」
「今のは、私が打たせたのでしょうか」
「少し違う」
また違う。
「お前はまだ、新太に選ばせてる」
「はい」
「選ばせて、その先を取ってる」
「……はい」
「悪くない」
「…………!」
宗玄が「悪くない」と言った。
少し嬉しい。
「だが、俺の剣は違う」
宗玄が棒を持ち上げた。
「選ばせない」
「……選ばせない?」
「ああ」
宗玄が構える。
「清子。打て」
「はい」
久しぶりに宗玄と向かい合った。
「どこでもいい」
右を見る。
空いているように見えるが、嫌な感じがする。
左も、突きも、斜めも同じだった。どこを選んでも、すでにそこに宗玄の棒があるような気がする。
俺はまだ一本も振っていないのに、もう宗玄の剣の中にいる。
「師匠」
「何だ」
「これは、ずるくありませんか」
「知らん」
思わず笑った。
後ろでは新太も笑っている。
今日、俺は新太に追いついたのかもしれない。
少なくとも、以前のようにただ背中を見るだけではなくなった。
けれど、宗玄はまだ遥か先にいる。
それが嬉しかった。
追いついた先に、まだ追うものがある。
「参ります」
「ああ」
踏み込んだ瞬間、俺の棒は弾かれ、宗玄の棒が首に触れた。
「終わりだ」
「……はい。もう一度お願いします」
「ああ」
◇
何度挑んでも、一度も届かなかった。
新太には通じた誘いも、宗玄はまるで相手にしない。右を空けても、棒を下げても、距離を変えても乗ってこない。
「清子」
「はい」
「何してる」
「師匠を動かそうとしております」
「動いたか」
「……いいえ」
「ならやめろ」
「はい」
簡単に言う。
「相手を動かすのではないのですか」
「動かす」
「では――」
「動かそうとするな」
「…………」
久しぶりに、本当に分からない。
もう一度構える。
動かそうとするな。でも、動かす。
なら、何もしない。
宗玄も動かなかった。
俺が一歩進み、もう一歩。
宗玄の間合いへ入った瞬間、足が止まった。
どこからでも斬られる気がした。
「何で止まった」
「斬られると思いました」
「ああ」
「今、俺は何かしたか」
「……いいえ」
「誰が止めた」
宗玄、と答えかけて気づいた。
宗玄は何もしていない。
「私が」
「ああ」
自分で止まった。
宗玄が再び構える。
「来い」
踏み込む。
また足が止まりそうになった。
「それだ」
「……!」
「今のお前が、新太だ」
「…………」
今度は意味が分かった。
◇
「新太。構えろ」
「はい」
「清子。見てろ」
宗玄と新太が向かい合う。
宗玄は何もしていないように見えるのに、新太の構えが少しずつ変わっていった。
棒が上がり、足が下がり、重心が変わる。
よく見れば、宗玄も僅かに位置や棒の角度を変えていた。
だが、新太を誘っているようには見えない。ただ、自分が斬れる形を作っている。
宗玄が半歩入ると、新太が下がる。
棒の先が僅かに変わり、新太の棒が上がった。
その瞬間、宗玄が入る。
――こつ。
首。
「終わり」
「……はい」
「清子。何が見えた」
「師匠は、新太を誘っていない」
「ああ」
「新太が何を選ぶかも待っていない」
「ああ」
「自分が斬れる場所を作って、新太の方がそれに合わせている?」
「そうだ」
胸が高鳴った。
これなのか。
◇
再び新太と向かい合う。
今度は、どこを空けるかも、何を選ばせるかも考えない。
自分が斬れる場所へ入る。
新太が下がる。
追わずに止まると、新太も止まった。
棒を僅かに上げる。
それに応じて新太の構えが変わり、右が開く。
入る。
新太が棒を振る。
外れて斬る。
――こつ。
肩。
「一本」
昨日とは違った。
右を空けて新太を呼んだのではない。
俺が自分の斬れる場所へ入ったから、新太が対応した。その結果、右が空いた。
俺が動いたことで、新太が変わったのだ。
もちろん、毎回うまくいくわけではない。
動いても新太が反応しないこともあれば、逆にこちらが打たれることもある。
それでも繰り返すうち、ときどき自分の動きに新太が応じ、その変化が次の剣へ繋がるようになった。
「師匠」
「何だ」
「少し分かった気がします」
「ああ」
「相手を操るのではなく、自分が斬れる形を作る。相手がそれに対応すれば、その対応も次の形になる」
「そうだ」
「では、これで残り半分でしょうか」
「違う」
早かった。
「まだですか」
「ああ」
やはり、そう簡単ではないらしい。
「今のお前は、自分の剣を作ろうとしてる」
「はい」
「だから遅い」
「…………」
「考えなくても出るまでやれ」
「身体に覚えさせる」
「そうだ」
結局、そこへ戻ってくるらしい。
◇
稽古の終わり、新太が地面へ座り込んだ。
「疲れた……。今日、俺ずっと動かされてた気がする」
「私もずっと打たれていました」
「後半は結構そっちが取ってただろ」
自分の棒を見る。
新太に追いついた。
少なくとも、以前のように一方的に追いかけるだけではなくなった。
だが、それだけではない。
新太には新太の剣があり、宗玄には宗玄の剣がある。
なら、俺にも。
「師匠」
「何だ」
「先ほど、自分の剣を作ろうとしていると仰いましたが」
「ああ」
「私の剣とは――」
「まだ早い」
「…………」
宗玄が立ち上がる。
「まず型を覚えろ」
「はい」
「型を使え」
「はい」
「型を捨てろ」
以前なら意味が分からなかっただろう。
今なら少しだけ分かる。
「型を意識するな、ということでしょうか」
「近い」
「覚えた型を、考えずに使えるようにする」
「ああ」
「でも、それでもまだ型は残っている?」
「そうだ」
斬り下ろし、横、斜め、突き。
選ばなくなっても、身体の中には宗玄から教わった型が残っている。
「それすら、なくすのでしょうか」
「なくすんじゃない」
宗玄が言った。
「残ってることを忘れろ」
「…………」
また一段、先だった。