BLEACHの世界に転生した俺は、初代剣八になるらしい   作:まいちー

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第十三章 忘れる

翌日、宗玄は何も教えなかった。

 

「新太」

 

「はい!」

 

「清子とやれ」

 

「はい」

 

「清子」

 

「はい」

 

「昨日の続きだ」

 

「はい」

 

棒を取り、新太と向かい合う。

 

昨日、宗玄に言われた。

 

『型を覚えろ』

 

『型を使え』

 

『型を捨てろ』

 

そして最後に、

 

『残ってることを忘れろ』

 

意味は、少しだけ分かる。

 

以前、宗玄には型の名前を捨てろと教えられた。

 

斬り下ろし、横、斜め、突き。

 

どれを使うか考えず、ただ斬る。

 

そこまでは、できるようになった。

 

だが、宗玄が言っているのはその先だ。

 

身体の中にまだ型が残っているのなら、それすら意識しなくなるまで――。

 

「始めろ」

 

「はい」

 

新太が動いた。

 

右から来る棒を外れ、そのまま胸へ棒を伸ばす。

 

突く。

 

そう思った瞬間だった。

 

――こつ。

 

「痛っ」

 

肩を打たれた。

 

「一本」

 

新太が棒を下ろす。

 

「今の、途中で止まったな」

 

「はい」

 

俺にも分かっていた。

 

新太の棒から外れるところまでは良かった。目の前には胸が空いていて、身体もすでに動き始めていた。

 

なのに途中で、『突き』だと認識した。

 

その瞬間、遅れた。

 

「もう一度」

 

「はい」

 

 

何度やっても、似たところで止まった。

 

外れて、斬る。

 

受けられれば返す。

 

そこまでは動けるのに、自分が何をしているのか意識した瞬間、身体が僅かに遅れる。

 

「斜め」と思えば打たれ、「斬り下ろし」と考えれば、その前に新太の棒が飛んでくる。

 

何本か取られたところで、新太が困ったように言った。

 

「昨日より弱くなってないか?」

 

「そうかもしれません」

 

「いいのか、それ」

 

「分かりません」

 

「分かんねえのかよ」

 

「はい」

 

ただ、宗玄は止めない。

 

なら、必要なのだろう。

 

「清子」

 

「はい」

 

「何で遅れる」

 

「型を考えてしまうからです」

 

「違う」

 

「…………」

 

違う?

 

「名前はもういい」

 

宗玄が俺の棒を指す。

 

「お前が考えてるのは、正しくやることだ」

 

「正しく……」

 

「足」

 

「はい」

 

「腰」

 

「はい」

 

「肩」

 

「はい」

 

「刃筋」

 

「はい」

 

「間合い」

 

「はい」

 

宗玄はそこで言った。

 

「全部、間違えないようにやってる」

 

言われて気づいた。

 

その通りだった。

 

型の名前はもう選んでいない。それでも振る瞬間、身体のどこかで確かめている。

 

足はこれでいい。

 

腰は。

 

肩は。

 

棒は。

 

何百回、何千回と宗玄に直された形を、崩さないようにしていた。

 

「清子」

 

「はい」

 

「稽古ならそれでいい」

 

宗玄が俺を見る。

 

「斬り合いで、正しい形になるまで相手が待つか」

 

「いいえ」

 

「なら」

 

それだけだった。

 

「……はい」

 

 

もう一度、新太と向かい合う。

 

正しくやろうとするな。

 

そう言われても難しい。

 

今まで散々、足が違う、腰が高い、肩が先、近い、遠いと直され続けてきた。

 

それを今度は気にするなという。

 

無茶である。

 

「始めろ」

 

新太が来る。

 

棒を外れ、空いた胸へ振る。

 

――ヒュッ!

 

「うおっ」

 

新太が身体を捻り、棒が服を掠めた。

 

今のは横だったのか、斜めだったのか。

 

分からない。

 

「清子」

 

「はい」

 

「止まるな」

 

「はい」

 

もう新太が来ている。

 

頭へ来た棒に身体が動き、半歩外れながら棒を出す。

 

――カンッ!

 

ぶつかった棒が流れ、そのまま足が前へ出る。

 

新太が下がれば追い、返ってきた棒を沈んで外し、そのまま振る。

 

――ヒュッ。

 

新太が避ける。

 

その次へ動こうとしたところで、ふと気づいた。

 

考えていない。

 

その瞬間、身体が止まった。

 

――こつ。

 

「痛っ」

 

「一本」

 

新太が棒を下ろす。

 

「途中まで良かったな」

 

「……はい」

 

途中まで何をしたのか、あまり覚えていない。

 

ただ新太がいて、棒が来て、そこへ身体が動いた。

 

これなのだろうか。

 

「師匠」

 

「続けろ」

 

「はい」

 

やはり答えはくれない。

 

 

そこから何度も打ち合った。

 

失敗して、打たれ、時々うまくいく。

 

繰り返すうちに、少しずつ妙な瞬間が増えていった。

 

新太が右から来れば、気づいたときには俺は左へ外れ、棒が脇腹へ向かっている。

 

新太が下がれば、俺の足はその先へ入っている。

 

棒を上げれば、それより先に別の場所へ俺の棒が走っている。

 

どの型かは分からない。

 

足も、腰も、いちいち確認していない。

 

それでも身体は動く。

 

まだほとんどは新太に防がれるし、こちらが打たれることも多い。

 

だが、以前とは違う。

 

正しい形を探してから動いているのではない。

 

目の前に新太がいるから、身体が勝手に斬れる場所を探していた。

 

「そこまで」

 

宗玄の声で止まる。

 

「はぁ……」

 

新太もかなり息が上がっていた。

 

「今日、途中からやりづらかった」

 

「そうですか?」

 

「ああ」

 

「どのあたりが?」

 

「それが分かんねえ」

 

新太が眉を寄せる。

 

「前は、お前が何するか何となく分かったんだよ。横なら横、突くなら突くって」

 

「はい」

 

「でも途中から……何か変だった」

 

「変」

 

あまり褒められている気がしない。

 

「師匠」

 

「何だ」

 

「これは――」

 

「悪くない」

 

「…………!」

 

聞く前に答えが来た。

 

「本当ですか」

 

「ああ」

 

かなり嬉しい。

 

「ただし」

 

「はい」

 

「今のは崩れただけだ」

 

嬉しさがすぐ半分になった。

 

「崩れた?」

 

「ああ」

 

「型を捨てたのではなく?」

 

「違う」

 

宗玄が棒を拾う。

 

「型がなくなるのと、型が崩れるのは違う」

 

そう言って構え、そのまま振った。

 

――ヒュッ。

 

綺麗な斬り下ろし。

 

そう思った次の瞬間には、棒はもう別の軌道へ移っている。

 

横かと思えば、そのまま斜めへ繋がり、そこから突きへ移る。

 

だが、どれも崩れてはいない。

 

足も腰も肩も棒も、今まで習ったものが全部そこにある。

 

それなのに、どこからどこまでが一つの型なのか分からない。

 

「清子」

 

「はい」

 

「型はあるか」

 

宗玄を見る。

 

「あります」

 

「ああ」

 

「でも……どの型なのか、分かりません」

 

「そうだ」

 

胸が少し高鳴った。

 

「なくすのではない」

 

「はい」

 

「崩すのでもない」

 

「はい」

 

「全部、身体に残す」

 

宗玄が棒を下ろす。

 

「残したまま、忘れろ」

 

「……はい」

 

 

その日の最後、刀を抜いた。

 

「振れ」

 

「はい」

 

構えて斬る。

 

――ヒュンッ。

 

「もう一度」

 

――ヒュンッ。

 

何度か振るうちに、不思議なことに気づいた。

 

最初に斬り下ろしを習ったころは、足、腰、肩、手と一つずつ意識しなければまともに振れなかった。

 

今は何も考えていない。

 

それでも足が出て、腰が回り、肩が続き、刀が走る。

 

――ヒュンッ。

 

いい音だった。

 

もう一度振る。

 

足も腰も肩も刃筋も考えない。

 

それでも身体は覚えている。

 

最初は一つずつ覚えた。

 

次に、それを一つずつ意識しなくなった。

 

そして今、意識しなくても全部がそこにある。

 

「師匠」

 

「何だ」

 

「少しだけ、分かった気がします」

 

「そうか」

 

「はい」

 

宗玄はそれ以上聞かなかった。

 

だから俺も、言葉にするのをやめた。

 

今は、その方がいい気がした。

 

 

それから数日、宗玄は新しい型を教えなくなった。

 

朝から新太と打ち合い、終われば刀を振り、また新太とやる。

 

それだけを繰り返す。

 

もっと知らない構えや足運び、斬り方を教えてもらえると思っていたので、少し物足りない。

 

ある日、聞いてみた。

 

「師匠」

 

「何だ」

 

「新しい型は」

 

「いらん」

 

「…………」

 

「一つくらい」

 

「いらん」

 

「……はい」

 

刀に関することなら、いくらでも教えてほしいのだが。

 

宗玄は容赦がない。

 

「清子」

 

「はい」

 

「今あるもので新太を斬れ」

 

「はい」

 

新太を見る。

 

こちらが追いついてから、新太も変わった。

 

簡単には誘いに乗らず、不用意に間合いへ入らない。こちらが何かを見せれば、その意味を疑う。

 

だから面白い。

 

「始めろ」

 

新太が来る。

 

棒を外れて斬るが受けられる。

 

返ってきた棒を沈んで外し、そのまま入る。

 

新太が下がった。

 

追おうとして、足が止まる。

 

新太も止まった。

 

以前なら、ここで考えただろう。

 

右を空けるか。距離を詰めるか。何を選ばせるか。

 

今は何も考えない。

 

一歩入る。

 

新太の棒が僅かに上がる。

 

さらに半歩。

 

新太が右へずれた。

 

その瞬間、身体が勝手にその先へ入る。

 

「っ!」

 

新太が振る。

 

外れて、棒を返す。

 

――こつ。

 

首。

 

「一本」

 

宗玄が言った。

 

「……くそ」

 

新太が棒を下ろす。

 

俺は自分の足を見る。

 

今、何をした?

 

誘ったのか。

 

読んだのか。

 

どちらも少し違う。

 

俺が入って、新太が変わり、それに身体が続いた。

 

ただ、それだけだった。

 

「もう一度」

 

「はい」

 

 

その後は取って取られてを繰り返した。

 

新太はまだ強い。簡単には勝てない。

 

だが、いつの間にか追いつこうとは思わなくなっていた。

 

新太より速く、新太より上手く、多く一本を取る。

 

それだけでは何か違う。

 

新太が構え、俺も構える。

 

ただ、新太がいる。

 

距離がある。

 

棒がある。

 

俺がいる。

 

「始めろ」

 

新太が動いた。

 

棒が来れば身体が動き、新太が外れれば俺も変わる。

 

右、左、上、下。

 

途中から、そんなものは意識から消えていた。

 

新太が入る。

 

俺が外れる。

 

棒が走る。

 

新太が避ける。

 

その先へ足が入る。

 

新太が棒を返そうとした、その前に。

 

――こつ。

 

胸。

 

「一本」

 

新太が止まった。

 

「今の、何した?」

 

「…………」

 

聞かれて困った。

 

思い返しても、よく分からない。

 

「分かりません」

 

「は?」

 

「気づいたら、ここにありました」

 

自分の棒と、新太の胸を見る。

 

「何だよそれ」

 

「私にも分かりません」

 

新太が眉を寄せた。

 

宗玄は何も言わなかった。

 

 

「清子」

 

「はい」

 

宗玄が棒を取る。

 

「俺とやれ」

 

「…………!」

 

「はい」

 

新太が横へ退き、宗玄と向かい合う。

 

以前やったときは、何も選べなかった。

 

右も左も、上も突きも、どこへ行ってもそこに宗玄の剣がある気がした。

 

今も、それは変わらない。

 

「構えろ」

 

「はい」

 

どこへ行くかは考えない。

 

何を使うかも考えない。

 

「始めろ」

 

一歩入る。

 

宗玄は動かない。

 

もう一歩。

 

間合いへ入った瞬間、宗玄の棒が動いた。

 

身体が勝手に外れる。

 

同時に棒が走った。

 

――カンッ!

 

「…………!」

 

触れた。

 

俺の棒と宗玄の棒が、初めて正面からぶつかった。

 

だが次の瞬間、手の中から重さが消える。

 

――からん。

 

棒が地面へ落ち、宗玄の棒が喉に触れていた。

 

「終わり」

 

「……はい」

 

負けた。

 

それでも、地面の棒を見る。

 

前は触れることすらできなかった。

 

「師匠」

 

「何だ」

 

「今、届きました」

 

「届いてない」

 

「…………」

 

「触れただけだ」

 

「……はい」

 

厳しい。

 

それでも口元が少し上がる。

 

「もう一度お願いします」

 

「ああ」

 

 

何度挑んでも負けた。

 

棒を弾かれ、額を打たれ、踏み込む前に止められる。

 

それでも以前とは違った。

 

宗玄の剣に、身体が少しずつ反応している。

 

何度目かの打ち合い。

 

宗玄が動く。

 

俺も動く。

 

来た棒を外れ、そのまま振る。

 

宗玄が変われば、身体も勝手に変わった。

 

一瞬、宗玄の肩が空く。

 

そう思うより先に足が入り、棒が走る。

 

届く。

 

その直前。

 

宗玄の棒が俺の手首に触れた。

 

「っ」

 

棒が止まる。

 

「終わり」

 

あと少しだった。

 

「清子」

 

「はい」

 

宗玄が珍しく先に口を開いた。

 

「今、何をした」

 

考える。

 

だが、分からない。

 

「分かりません」

 

「ああ」

 

宗玄が棒を下ろす。

 

「それでいい」

 

「…………」

 

「分からなくて、いいのでしょうか」

 

「ああ」

 

宗玄の視線が、俺の足から腰、肩、棒へ移る。

 

「足は動いてた」

 

「はい」

 

「腰も」

 

「はい」

 

「棒も死んでない」

 

「はい」

 

「でも、お前は何もしてない」

 

「…………」

 

何もしていない。

 

なのに身体は全部やっていた。

 

そこで、ようやく少し分かった。

 

忘れるとは、消すことではない。

 

捨てることでもない。

 

足も、腰も、肩も、刃筋も、間合いも、型も。

 

何度も何度も身体へ入れる。

 

そこにあることを、確かめる必要すらなくなるまで。

 

そして、忘れる。

 

「……ふふ」

 

「何だ」

 

「いえ」

 

棒を構え直す。

 

「もう一度お願いします」

 

「ああ」

 

宗玄も構える。

 

まだ勝てない。

 

宗玄は、まだ遠い。

 

けれど初めて、その遠さがただの壁ではなく、道に見えた。

 

「来い」

 

「はい」

 

俺は踏み込んだ。

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