BLEACHの世界に転生した俺は、初代剣八になるらしい 作:まいちー
第十五章 知らない剣
宗玄のもとを離れて、三日が経った。
剣を使う者そのものは珍しくない。流魂街を歩いていれば、腰に刀を差した者くらいはいくらでも見つかる。
だが、いざ目にすると、どうにも心が動かなかった。
歩き方、立ち方、刀の差し方、周囲へ向ける目。
宗玄を知る前なら、刀を持っているというだけで目を奪われただろう。けれど今は、少し見れば何となく分かってしまう。
この人は、たぶんあまり強くない。
「……贅沢になりましたね」
誰に聞かせるでもなく呟き、また歩き出す。
宗玄は、外へ出て自分とは違う剣を見ろと言った。
その言葉に従って三日歩いた結果がこれなのだから、少し困る。違う剣はいくらでもあるのだろうが、見たいと思える剣が見つからない。
新太の剣が、思っていた以上に良かったのかもしれない。
そんなことを考えながら細い道へ入ったところで、背後から声が飛んできた。
「おい」
「はい?」
振り返ると、二人の男が立っていた。
どちらも身なりはあまり良くない。片方は背が高く、もう片方は少し小柄だった。
そして何より、二人とも腰に刀を差している。
「…………」
思わず見てしまった。
「何だよ」
「いえ、申し訳ありません」
そう答えながら、視線は自然と男たちの身体を追う。
足、腰、肩、刀。
一人はやや前に重心があり、もう一人はそれより身体を立てている。刀の差し方も違った。
少なくとも、この三日で見かけた者たちよりは面白そうだ。
「何見てんだ」
「少し、期待してしまいまして」
「……は?」
言ってから、失敗したと思った。
男の眉間に皺が寄る。
「何に期待したんだよ」
「剣です。お二人とも刀をお持ちでしたので」
一瞬、沈黙が落ちた。
やがて二人が顔を見合わせ、片方が吹き出した。
「お前も持ってんじゃねえか」
「はい」
「使えんのか?」
「少しだけ」
「少しだけ、ねえ」
男は笑っていたが、その目はもう笑っていない。
「俺らの剣には期待するくせに、自分は少しだけか。舐めてんのか?」
「そのつもりはありません」
本当にない。
知らない剣を見てみたい。それだけだった。
「ただ、見てみたかっただけです」
「何を」
「私の知らない剣を」
どうやら、さらに悪かったらしい。
男の顔から笑みが消えた。
「気色悪ぃ女だな」
「よく言われます」
「言われんのかよ」
「はい」
宗玄のところでも、新太には何度か言われた。
その返事が気に障ったのか、それとも最初からそうするつもりだったのか。
男の手が柄へ伸びる。
「だったら――見せてやるよ」
鞘走りの音がした。
抜かれた刀を見た瞬間、胸が高鳴る。
構えは低く、右足をかなり前へ出して切っ先をこちらへ向けている。
宗玄とも、新太とも違う。
知らない剣だ。
それだけで口元が緩んだ。
「何笑ってやがる」
言われて初めて気づき、口元へ手を当てる。
「申し訳ありません。嬉しくて」
「……やっぱ舐めてんだろ」
「いいえ」
「なら、その面やめろ!」
男が地面を蹴った。
先ほどまでの間延びした空気が、一瞬で消える。
俺の手も考えるより先に柄へ伸び、刀を抜いた。
人を相手に刀を構えるのは、あの日以来だった。
◇
男の刀が上から落ちてくる。
新太より速いわけではない。宗玄とは比べるべくもない。肩も腰も、次に何をするのかを十分に教えてくれている。
避けられる。
そう思ったのに、身体が一瞬だけ遅れた。
「――っ!」
半歩ずれた目の前を刃が通り過ぎる。
ほんの少し遅れていれば、肩から胸まで斬られていた。
棒とは違う。
そう理解した途端、喉が乾いた。
「どうした!」
男は止まらず、刀を横へ返してくる。
身体を沈めると刃が頭上を通り過ぎ、その風が髪を揺らした。反射的に足が前へ出る。
脇腹が空いている。
振れば届く。
だが、刀が途中で鈍った。
男はすぐに飛び退き、笑う。
「何だ? 斬れねえのか?」
「…………」
答えられなかった。
今、斬れた。
棒なら迷わなかった。新太の脇腹が空けば、そのまま打ち込んでいた。
だが刀なら、当たれば血が出る。深ければ死ぬ。
分かっていたはずなのに、身体はその直前で止まった。
「だったら死ね!」
男が再び踏み込んでくる。
今度は速く見えた。
いや、違う。
俺が遅い。
斬られたらどうなるのか。どこまで避ければいいのか。刀で受けて大丈夫なのか。相手を斬っていいのか。
考えることが増えるほど、身体が遅れていく。
「っ!」
避けきれなかった刃が肩を走った。
熱い。
一歩下がって見ると、着物が裂け、その下から血が滲んでいる。
痛い。
だが、それ以上に腹が立った。
男にではなく、自分にだ。
見えていたし、避けられた。斬る場所まで分かっていたのに、できなかった。
「何だよ。大したことねえじゃねえか」
男が笑っている。
俺は肩から目を離し、もう一度その構えを見た。
前に重く、踏み込みは深い。身体ごと大きく斬るぶん、一度振ったあとの戻りが少し遅い。
「…………」
なるほど。
「何だよ」
「いえ」
気づけば、また笑っていた。
「やはり、知らない剣でした」
「……てめえ」
「面白いです」
男の顔が歪む。
「殺す!」
男が踏み込んできた。
今度は、考えなかった。
◇
振り下ろされた刃を半歩外れ、そのまま前へ入る。
男の脇腹が空いた。
そこへ刀を振るう。
――ザッ。
「ぐっ!」
刃が肉へ入った感触が手に返ってくる。
柔らかいのに途中で重くなり、抜ける瞬間にはまた軽くなる。
血が散った。
あの日、男の腹へ刀を押し込んだときの感触が蘇り、一瞬身体が止まりかける。
だが、相手は待ってくれない。
「てめえ!」
返ってきた刀を外れながら足を入れ、こちらも刀を返す。
男が下がった。
追おうとして、そこで止まる。
男も止まった。
その目が一瞬、俺の刀へ向く。
付いているのは、自分の血だ。
それを見た男の重心が、僅かに後ろへ移った。
怖がった。
そう気づいた瞬間、宗玄との稽古で何度も見たものが、まるで違う形で目の前に現れた。
何も誘っていない。
ただ俺が刀を持って、ここに立っている。
それだけで相手が変わった。
一歩入る。
「来るな!」
男が反射的に刀を振る。
来る場所が分かった。
その軌道から外れながら刀を返し、肩を斬る。
「がっ……!」
今度は浅くない。
男は肩を押さえながら数歩よろめき、そのまま背を向けた。
追えば斬れる。
無防備な背中がすぐそこにある。
けれど、足は動かなかった。
斬りたいわけではない。
少なくとも、今は。
見たかった剣は、もう見た。
男は振り返ることなく走っていった。
そこでようやく、肩の痛みを思い出した。
◇
「てめえ……」
低い声がして、もう一人の男を思い出した。
男は逃げていった仲間を一度見たあと、こちらへ向き直って刀を抜く。
その構えを見た途端、肩の痛みが少し遠のいた。
違う。
先ほどの男とは、まるで違う。
足を大きく開かず、刀も身体の近くに置いている。重心を前へ寄せず、どちらへでも動けそうだった。
同じように刀を腰へ差していたのに、剣は同じではない。
「てめえ、何笑ってやがる」
またらしい。
「申し訳ありません」
謝りながら刀を構え直す。
肩からは血が流れているし、痛みもある。怖くないわけでもない。
それでも、目の前にはまだ知らない剣がある。
「あなたは、先ほどの方とは違うのですね」
「あ?」
「いえ。楽しみです」
男の顔が引きつった。
「……狂ってんのか、お前」
「そうでしょうか」
「死ね!」
男が踏み込んだ。
◇
今度の男は速かった。
新太より速いかもしれない。
ただ、一歩で深く入ってくるのではなく、小さな踏み込みを繋ぎながら刀を身体の近くで扱っている。
横から来た刃を外れ、反撃しようとした瞬間には、もう刀が戻ってきていた。
「――っ!」
受ける。
刃と刃がぶつかり、甲高い音が鳴る。
男はすぐに刀を返し、右から左、そこから斜めへと繋いでくる。
一つ一つの動きは小さいのに、途切れない。
面白い。
先ほどの男のような大きな隙がない。
こちらも軌道から外れながら斬るが、受けられる。返された刀をまた外れ、今度は別の場所を狙っても、それも受けられた。
「見えてんだよ!」
男が笑う。
その通りらしい。
俺の剣を見ている。
なら、もっと見せればいい。
一歩入ると、男の刀が僅かに上がった。さらに踏み込めば、今度は半歩下がる。
そこで追わずに止まった。
男も止まる。
その眉が僅かに動いた。
来ると思っていたのだろう。
来ないことを疑った、その一瞬で刀の位置が変わる。
右が空いた。
そこへ身体を入れると、男もすぐに反応した。
速い。
だが、返ってくる刀の場所はもう分かっている。
その軌道から外れながら斬る。
男も外れた。
まだ届かない。
足がそのまま次へ入り、刀を返す。
受けられた刃を流しながら身体も前へ運び、男が下がった先へ入る。
「な――」
刀が走った。
刃が男の胸を浅く裂く。
「ぐっ!」
男が大きく下がった。
俺は追わず、刀を構えたままその姿を見る。
今、何をした?
横か、斜めか、突きか。
どれでもない。
いや、全部どこかにはあった。
宗玄に何度も直された足も、腰も、肩も、刀の軌道も。
何一つ考えなかった。
ただ相手がいて、斬れる場所ができたから身体が動いた。
嬉しかった。
人を傷つけたことではない。
宗玄のもとで何度も繰り返したものが、本当の斬り合いの中で初めて、自分の意思より先に出た。
それが、たまらなく嬉しかった。
「……何なんだよ、お前」
男の声が震えていた。
こちらを見る目から、もう怒りは消えている。
あるのは恐怖だった。
「清子と申します」
「名前なんか聞いてねえ!」
「そうでしたか」
男が一歩下がる。
俺は動かない。
すると、さらに一歩下がった。
刀はまだこちらを向いている。
だが、もう戦うための構えではない。
逃げるための構えだった。
やがて男は踵を返し、仲間が逃げた方へ走っていった。
今度も追わなかった。
◇
一人になってから、刀についた血を見る。
肩は痛み、着物も裂けている。手にはまだ、刃が肉へ入った感触が残っていた。
気持ちのいいものではない。
それでも、今日の斬り合いをなかったことにしたいとは思わなかった。
二人の剣を思い返す。
一人目は、大きく踏み込み、身体ごと斬る剣だった。戻りは遅いが、一撃は重い。
二人目は逆だ。足を大きく動かさず、刀を身体の近くで扱う。一撃の重さより、次の一手が速い。
どちらも宗玄とは違う。
新太とも違う。
たった二人で、これほど違う。
なら、もっと遠くへ行けば、どれほど違う剣があるのだろう。
もっと速い者。
もっと重い者。
こちらの動きを読む者。
俺には思いつかない剣を使う者。
想像するだけで、胸が高鳴った。
もっと見たい。
知らない剣を。
そこで肩の痛みを思い出し、傷を布で縛る。
「……痛いですね」
少し笑ってしまった。
刀を振るだけなら、一人でもできた。
型を覚えるだけなら、宗玄のもとでもできた。
けれど今日見た二つの剣は、二人と向かい合わなければ知ることができなかった。
俺が変われば相手も変わり、相手が変われば俺の剣も変わる。
そのたびに、知らなかったものが見える。
腰の刀を見る。
刃には、まだ血が残っていた。
斬られるのは怖いし、痛い。
人を斬った感触だって、好きにはなれない。
それでも、知らない剣を見つけたら、きっとまた見たくなる。
刀を鞘へ収める。
宗玄とは違う剣を、今日は二つ見つけた。
なら、次は。
「どんな剣でしょうね」
少しだけ楽しみになった。
俺は傷ついた肩を押さえながら、また歩き出した。