BLEACHの世界に転生した俺は、初代剣八になるらしい   作:まいちー

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第十六章 肉雫唼

 

――儂が敵と定めた者を斬れ。

 

あの日、山本重國はそう言った。

 

そして、その敵が現れた。

 

◇

 

「滅却師」

 

山本重國の口からその言葉を聞いて、薄れかけている昔の記憶が少しだけ蘇った。

 

滅却師。

 

霊子を集めて弓を作り、虚を滅する者たち。そして、その者たちを統べる――ユーハバッハ。

 

千年後、再び尸魂界へ攻め込んでくる男だ。

 

俺が知っている話では、これから山本重國と戦い、そして敗れる。けれど、それ以上のことはほとんど知らない。

 

誰が誰と戦ったのか。どれほどの者が死んだのか。初代護廷十三隊が、どのように戦ったのか。

 

そこまでは覚えていない。

 

「敵は滅却師じゃ」

 

山本重國が集まった者たちを見渡した。

 

「斬れ」

 

「…………」

 

それだけだった。

 

随分と分かりやすい。

 

俺は腰の刀へ手を置いた。

 

◇

 

護廷十三隊ができてから、数年が経った。

 

以前使っていた刀は、与えられた部屋に置いている。その隣には、流魂街で最初に拾った、あの錆びた刀もあった。

 

あれを拾って振ったことで宗玄と出会った。今ではもう使えないけれど、捨てるつもりもない。

 

今、腰にあるのは山本重國から受け取った浅打だけだ。

 

あれから随分と振った。

 

善定寺とも、他の者たちとも、何度も斬り合った。十二人もいれば相手には困らない。

 

稽古の時もあれば、喧嘩の延長線上で本気で殺し合い、山本によって諸共燃やされたときもあった。

 

「…………ふふ」

 

それが、思っていた以上に楽しかった。

 

旅をしていた頃なら、何年探しても斬り合いたいと思える者に出会えないことさえあった。ここでは少し歩けばいる。しかも、一人ではない。

 

浅打も、そんな日々の中で何度も振り、何度も血を吸った。

 

それでも、まだ何も起こらない。

 

「…………」

 

別に急いではいない。

 

山本重國は、お主が入れるのだと言った。

 

なら、入るまで振ればいい。それだけだ。

 

◇

 

戦争は、思っていたより騒がしかった。

 

――ヒュンッ。

 

「…………!」

 

身体を傾けると、光の矢が頬の横を通り過ぎた。

 

続けて二本、三本。

 

一本を刀で弾き、二本目を避ける。三本目が袖を裂いたが、その頃にはもう間合いへ入っていた。

 

「な――」

 

――ザンッ。

 

一人の胴を斬る。

 

振り返れば、もう一人が弓を引いている。矢を放たれるより先に首を斬った。

 

「…………」

 

剣士とは随分と違う。

 

距離を取られると少し面倒だが、それなら距離を取らせなければいい。

 

「囲め!」

 

前に三人、後ろに二人。

 

「…………ふふ」

 

悪くない。

 

地面を蹴った。

 

◇

 

戦場の至るところを光の矢が飛び交っている。その中を、護廷十三隊が進んでいた。

 

遠くでは、大きな身体の男が滅却師をまとめて薙ぎ倒している。

 

別の場所では、一人の女が数人に囲まれていた。

 

「…………」

 

何度か刀を合わせた相手だ。強いことは知っている。

 

けれど、俺へ刀を向けていた時とは少し違った。

 

一人を斬り、その身体を盾にして矢を防ぐ。そのまま死体の陰から次の一人へ刀を突き込む。

 

「…………」

 

さらにその向こうでは、翁が1人歩いている。

 

ゆっくりと進んでいるように見えるのに、不思議と矢が当たらない。いつ刀を振ったのかさえ分からなかった。

 

気づけば、その周囲の滅却師が倒れている。

 

「…………ふふ」

 

やはり、皆強い。

 

普段斬り合っている時から分かっていた。けれど、敵を殺すために全員が同じ場所で刀を振るうと、また少し違って見える。

 

「余所見をするな!」

 

声に振り返った瞬間、光の矢が頬を掠めた。

 

「あら」

 

血が一筋流れる。

 

少し見過ぎた。

 

「死ね!」

 

「はい」

 

迫ってきた男の懐へ入る。

 

「ですが、先に斬ります」

 

――ザンッ。

 

◇

 

敵が死んでいく。

 

けれど、死ぬのは敵だけではない。

 

少し離れたところで、一人の男が倒れた。

 

「…………」

 

見覚えがある。部下の護廷隊士の1人だった。

 

胸を光の矢が貫いている。もう動かない。

 

その向こうにも一人。さらに、その先にも。

 

敵だけではない。こちらも死んでいる。

 

当たり前だ。

 

戦っているのだから、斬れば死ぬし、斬られても死ぬ。そんなことは何十年も前から知っている。

 

それでも、随分とよく死ぬ。

 

昨日まで同じ場所で刀を振っていた者が、今日はそこら中に転がっている。

 

「…………」

 

これが戦争か。

 

今までの斬り合いとは少し違う。

 

敵も味方も死んでいく。際限なく。

 

「…………」

 

悪くない。

 

そう思ってしまう俺は、やはり少しおかしいのだろう。

 

◇

 

何人斬ったのか、もう数えていない。元々、数える習慣もない。

 

刀についた血を払い、次の相手を探す。

 

その時だった。

 

――ヒュンッ。

 

「…………!」

 

身体を捻る。

 

だが、遅い。

 

――ドッ。

 

「っ……」

 

右胸を光の矢が貫いた。

 

痛い。

 

けれど、それ以上に。

 

「…………ふふ」

 

笑ってしまった。

 

今のは危なかった。

 

矢が飛んできた方向を見ると、一人の男が弓を構えて立っている。

 

その周囲だけ、妙に人が少ない。

 

「…………」

 

違う。

 

少ないのではない。倒れている。

 

数十人。

 

こちらの隊士が、地面に転がっていた。

 

胸を射抜かれた者。

 

喉を貫かれた者。

 

腹を抉られ、それでも刀を握っている者。

 

ほとんどが、もう死んでいる。

 

息がある者も、立ち上がれる状態ではなかった。

 

「…………」

 

全部、この人が。

 

「…………ふふ」

 

胸の痛みが、少しだけどうでもよくなった。

 

「何がおかしい」

 

「いえ。今のはとても良かったです」

 

「…………」

 

矢を掴んで引き抜く。

 

「っ…………」

 

血が溢れた。

 

男の眉が僅かに動く。

 

「何だ、お前は」

 

「卯ノ花八千流と申します」

 

「…………八千流」

 

「はい」

 

男が俺の顔を見る。そして、何かに気づいたように目を細めた。

 

「そうか。お前が、あの大罪人か」

 

「そう呼ばれていたこともあります」

 

「気持ち悪い女だな」

 

「よく言われます」

 

「そうかよ」

 

男が弓を引く。

 

周囲の霊子が、そこへ集まっていく。

 

「なら、こいつらよりは楽しませてくれそうだ」

 

「…………」

 

思わず、笑みが深くなった。

 

「はい」

 

刀を構える。

 

「私も、そう思います」

 

矢が放たれた。

 

◇

 

一本、二本、三本。

 

同時ではない。僅かに間をずらしている。

 

顔を狙う一本目

 

首を傾けて避ける。

 

二本目は胸

 

身体を外へ流す。

 

右腕に3本目

 

これは。

 

避けない。

 

――ドッ。

 

「っ…………!」

 

右腕に矢が突き刺さった。衝撃で腕が後ろへ弾かれるが、足は止めない。三本すべてを避けていては、その間にまた距離を取られる。右腕から血を散らしながらそのまま前へ出ると、男が次の矢を作るより先に間合いへ入った。

 

「なに――」

 

振った刀を、男が弓で受けた。

 

――ガキンッ!

 

「…………!」

 

硬い。

 

弓なのに、刀を受ける。

 

「近づけば勝てると思ったか」

 

「勝つかどうかなど、分かりません」

 

刀を押し込むたび、右腕に刺さった矢が傷口を抉る。それでも力を緩めずさらに一歩入り、弓と噛み合った刃をその表面へ滑らせた。

 

「ただ、あなたを斬るには、近づかなくてはなりませんので」

 

刃が弓を外れ、そのまま男の肩を裂く。

 

――ザシュッ。

 

「ぐっ!」

 

浅い。

 

男は斬られた肩を押さえることもなく後ろへ跳び、開いた距離をそのまま自分の間合いへ変えた。着地と同時に弓が引かれ、頬へ飛んできた矢を避けたところへ、今度は首を狙った一射が続く。

 

刀で弾く。

 

――キンッ。

 

その間に男はさらに下がっている。追うために踏み出した足へ三本目が飛んできて、足を引いて避ければ、その一歩分だけ距離が開いた。

 

「…………」

 

厄介だ。

 

近づくことはできる。

 

けれど、近づき続けることができない。

 

「…………ふふ」

 

「何がおかしい」

 

「楽しくて」

 

「狂人が」

 

「よく言われます」

 

◇

 

久しぶりに、長く斬り合った。

 

俺の身体にも傷が増えている。肩、腕、脇腹、脚。

 

向こうも同じだ。肩、胸、腕、腹。

 

それでも、まだ互いに立っている。

 

男が弓を引く。

 

放たれた矢を右へ避けた瞬間、次の一本がその先へ飛んできた。身体を捻ってかわすと、三本目は前へ出そうとした足を狙って地面へ突き刺さる。

 

「…………!」

 

踏み込みを止める。

 

そこへ胸を狙う四本目。

 

刀で弾く。

 

――キンッ。

 

弾いた光の向こうで、男がもう次の矢を作っている。

 

速さだけではない。

 

こちらが右へ避ければ、その先へ次を置く。前へ出れば足を狙い、止まれば胸を狙う。

 

俺がどう動くかを見ている。

 

「…………」

 

なら、見せればいい。

 

右へ踏み出す。

 

それを見た男の指が僅かに動き、放たれた矢が俺の進む先へ向かう。地面へつく寸前だった足を引き戻して逆へ出ると、矢は誰もいない場所を通り過ぎた。

 

男の目が見開く。

 

その間に距離を詰める。

 

「な――」

 

懐へ入ったところで、男が弓を横薙ぎに振るった。刀で受けると重い衝撃が腕を走り、刃が外へ押しやられる。男はそのまま後ろへ跳んだ。

 

逃がさない。

 

すぐに追い、着地するより先に刀を振るう。

 

――ザシュッ。

 

「ぐっ……!」

 

脇腹が裂ける。

 

それでも男は止まらない。着地した足でさらに後ろへ跳びながら弓を引き、追ってきた俺の顔へ矢を放った。

 

首を傾ける。

 

矢が頬の横を抜ける。

 

次は。

 

右。

 

そう思って身体を動かした瞬間。

 

「…………!」

 

左から来た。

 

刀を上げるのが僅かに遅れ、矢が肩を掠めて血を飛ばした。

 

男がこちらを見ている。

 

「…………」

 

変えた。

 

俺が読み始めたことに、向こうも気づいている。

 

「…………ふふ」

 

また矢が来る。

 

今度は分からない。

 

それが嬉しい。

 

これまでは、俺との距離を保つために下がりながら矢を放っていた。

 

だが、今は違う。

 

男は横へ走った。

 

正面から来ていた矢が、斜めから飛んでくる。避けて追えば、男は今度は逆へ動き、別の角度から次の矢を放った。

 

俺も追う。

 

一本を避ければ、その動きを見て次が来る。刀で弾けば、その僅かな停滞を使って距離を開けられる。男は後ろへ逃げるだけではなく、左右へ位置を変えながら俺を近づけさせない。

 

それでも追う。

 

男が右へ動けば、俺も右へ。

 

矢を避けて距離を縮めると、今度は左へ抜けられる。追いつく寸前に矢が来て、刀で弾いた一瞬のうちにまた数歩離された。

 

近づいたと思えば離され、離されたと思えばまた近づく。そのたびに傷が一つずつ増え、それでも何度かは俺の刀も男の身体へ届いた。

 

少しずつ、相手が何をするのか分かるようになっていく。

 

分かったと思えば、また変わる。

 

そして。

 

また分かっていく。

 

「…………ふふ」

 

知らないものが、分かるようになっていく。

 

やはり、楽しい。

 

◇

 

どれほど斬り合ったのか。

 

男の呼吸が荒くなっている。俺も同じだ。

 

「はぁ……はぁ……」

 

男が弓を構え、俺も刀を構えた。

 

「まだ立つのか」

 

「はい」

 

「…………化け物め」

 

周囲の霊子が、再び弓へ集まり始める。

 

今までで一番大きい。

 

「次で殺す」

 

「はい」

 

俺も腰を落とした。

 

「私も、次で斬ります」

 

避ければ、次が来る。

 

なら、避けない。

 

男が矢を放った。

 

同時に地面を蹴る。

 

――轟ッ!

 

「…………!」

 

矢というより、光の塊だった。身体へ叩きつけられた衝撃に足が止まりかけ、焼けるような熱が皮膚を走る。それでも前へ出る。ここで避ければ、また男の距離になる。

 

一歩。

 

もう一歩。

 

光を突き抜けた先に、男がいた。

 

「な――」

 

驚いた顔が見える。

 

もう弓を引き直すだけの距離はない。

 

「届きました」

 

刀を振った。

 

――ザンッ。

 

◇

 

男が膝をついた。

 

胸から大量の血が流れている。深い。俺が斬った傷だ。

 

「……くそ」

 

そのまま仰向けに倒れ、弓が消えた。

 

「…………」

 

勝った。

 

いつもなら、これで終わりだ。首を落として次へ行く。

 

それだけ。

 

刀を上げる。

 

「…………」

 

けれど、止まった。

 

斬りたくない。

 

違う。

 

斬りたい。

 

まだ、斬りたい。

 

男の呼吸は弱く、胸から流れる血も止まらない。もう立てない。もう戦えない。

 

「…………」

 

強かった。

 

久しぶりに、楽しいと思える相手だった。

 

なのに、もう終わる。

 

「……何だ」

 

男が薄く目を開ける。

 

「殺さないのか」

 

「いいえ」

 

「じゃあ……何だ」

 

少し考えた。

 

「まだ、斬り足りません」

 

「…………は?」

 

「もう少し、斬り合いたかったのですが」

 

「……狂ってる」

 

「そうかもしれません」

 

男の目が閉じかける。

 

もうすぐ死ぬ。

 

それが惜しい。

 

もう少し、斬り合いたかった。

 

――どくん。

 

「…………?」

 

手の中で、何かが震えた。

 

刀。

 

そう気づいた時には、刃の表面が大きく波打っていた。

 

「な――」

 

どろりと、何かが溢れた。

 

水でも血でもない。粘り気を持った乳白色のそれが刃を伝い、地面へ落ちる。

 

――べちゃ。

 

「…………!」

 

動いた。

 

俺は何もしていない。

 

それなのに、地面へ落ちたものは生き物のように這い、倒れた男へ向かっていく。

 

「何だ……これ……!」

 

男の身体へ這い上がり、俺が斬った胸の傷を覆う。

 

「ぐっ……!」

 

「…………」

 

何をしている。

 

そう思った直後、血が止まった。

 

「…………!」

 

裂けた傷が、僅かに塞がっていく。

 

治している。

 

俺が斬った傷を、俺の刀が。

 

「何だ……これは……」

 

男の声が聞こえる。

 

けれど、俺は答えなかった。

 

手の中の刀を見つめる。

 

その名前なら、ずっと前から知っている。

 

けれど、知っていることと、分かることは違う。

 

そして今、ようやくその二つが重なった。

 

「…………ふふ」

 

刀を握り直す。

 

「生死を巡りて――」

 

刃が脈打った。

 

男の傷を覆っていたものが、ぬるりと蠢く。

 

「尽きることなく、斬り結べ」

 

刀の切っ先を男へ向ける。

 

「――肉雫唼」

 

――どくん。

 

刃から溢れ出したものが、一気に膨れ上がった。

 

「な――!」

 

乳白色の粘体が男の身体を覆っていく。胸だけではない。肩も、腕も、腹も。

 

俺がつけた傷のすべてを呑み込み、塞いでいく。流れていた血が止まり、裂けた肉が繋がる。

 

「…………!」

 

俺自身の傷にも肉雫唼が這い上がってきた。

 

肩を覆い、腕を包み、脇腹へ広がっていく。熱を持っていた傷が、次々と塞がった。

 

「…………」

 

なるほど。

 

敵だけではないらしい。

 

やがて肉雫唼が男の身体から離れ、俺の持つへと戻っていった。

 

先ほどまで胸にあった深い傷は、もうない。

 

男が大きく息を吸い、腕をついて膝を立てる。そして、立ち上がった。

 

「……何をした」

 

「治したようです」

 

「それは見れば分かる」

 

男が自分の胸へ触れる。

 

「何で敵を治す」

 

「…………」

 

その身体を見る。

 

もう立っている。腕も動く。

 

そして、その手には再び霊子が集まり始めていた。

 

「…………ふふ」

 

思わず、顔が綻んだ。

 

「まだ、斬り合えるでしょう?」

 

「…………」

 

男が俺を見る。

 

「……気持ち悪い女だな」

 

「よく言われます」

 

「そうかよ」

 

男はしばらく自分の身体を見ていた。

 

指を握り、開く。胸へ触れる。

 

傷はない。

 

やがて、小さく息を吐いた。

 

「どうせ、さっき死んでたんだ」

 

「…………?」

 

男の手が、もう片方の手袋へ伸びた。

 

「なら――同じか」

 

その指が、手袋を掴む。

 

「…………」

 

見覚えがある。

 

それを見た瞬間、笑みが消えた。

 

あれは、知っている。

 

男が手袋を外した。

 

――轟ッ。

 

「…………!」

 

空気が変わった。

 

周囲の霊子が、一斉に男へ吸い寄せられる。

 

空気だけではない。地面が軋み、砕けた建物からも霊子が剥がれ、凄まじい勢いで男へ集まっていく。

 

光が身体を包む。

 

片側に、巨大な霊子の翼が広がった。

 

「…………」

 

滅却師最終形態。

 

原作で見たことがある。

 

けれど、目の前で見るものは、まるで違った。

 

肌が粟立つ。

 

先ほどまでとは比べものにならない。

 

あれほど苦労して斬った男が、もっと強くなった。

 

「…………ふふ」

 

消えていた笑みが戻る。

 

肉雫唼を握り直した。

 

「何がおかしい」

 

「いえ」

 

刀を構える。

 

「治して、本当に良かったと思いまして」

 

◇

 

男の姿が消えた。

 

そう見えた直後には、もう目の前にいる。

 

「…………!」

 

反射だけで肉雫唼を上げる。

 

――ギィンッ!

 

「っ……!」

 

受けた瞬間、身体ごと弾き飛ばされた。地面へ足をつけても勢いは止まらず、両足で土を削りながら後方へ滑っていく。

 

どうにか踏み止まる。

 

「…………」

 

強い。

 

先ほどとは、一線を画すほどに。

 

「はっ!」

 

踏み止まったところへ、男が再び迫った。今度は姿を捉えたものの、霊子を纏った腕は受ける暇も与えず横から迫ってくる。

 

まともに受ければ、また飛ばされる。

 

肉雫唼を合わせる。

 

――ギィンッ。

 

刃を僅かに傾ける。

 

男の腕が、丸い刀身に沿って外へ流れた。

 

「…………」

 

受け止めていない。

 

ただ、外へ逸らした。

 

それで終わるはずだった。

 

「…………?」

 

男の腕は外れている。

 

けれど。

 

肉雫唼の刃先は、まだ男の前にあった。

 

原作で見ていた頃、この奇妙に丸く長い刀は、攻撃を逸らしやすくするための形なのだと思っていた。

 

実際、それは間違っていない。

 

ただ、それだけではなかった。

 

普通の刀なら、今ので終わる。

 

相手の攻撃を外へ逸らせば、こちらの刀も相手から外れる。

 

けれど、肉雫唼は違う。

 

刀身が長く、大きく丸みを帯びている。手元に近い部分で攻撃を外へ逸らしても、その先にはまだ長い刃が続いている。

 

そして、その刃は丸く曲がりながら――相手の方へ戻ってくる。

 

「…………ああ」

 

分かった。

 

止める必要はない。

 

男の腕を外へ逃がした動きをそのまま続けると、長く湾曲した刃先が男の胸へ向かった。

 

――ザシュッ。

 

「ぐっ……!」

 

胸が裂ける。

 

一度の動きだった。

 

受けて、逸らして、そこから斬ったのではない。

 

逸らした、その動きの中で斬った。

 

「…………ふふ」

 

守るための形だと思っていた。

 

違う。

 

相手の力を利用して、その行き先だけを変える。

 

そして肉雫唼は、相手の刃を退けても、自分の刃までは退かない。

 

そういう刀だった。

 

「…………!」

 

男が胸の傷を見る。

 

浅い。

 

けれど、確かに斬れている。

 

「お前……」

 

「ありがとうございます」

 

「何がだ」

 

「今、少し分かりました」

 

「何の話だ」

 

「こちらの話です」

 

肉雫唼を構え直す。

 

男も再び霊子を集める。

 

今度は、さっきよりももう少し上手く使える気がする。

 

「…………ふふ」

 

斬る。

 

傷つける。

 

そして、また斬る。

 

そのうえ、まだこの刀には知らないことがある。

 

なら、知ればいい。

 

振って、斬って、この刀が何なのかを俺自身で。

 

男が地面を蹴った。

 

俺も前へ出る。

 

生死を巡りて、尽きることなく。

 

もう一度、刃を重ねた。

 

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