BLEACHの世界に転生した俺は、初代剣八になるらしい 作:まいちー
最初の二人と別れてから、七日が経った。
肩の傷はまだ完全には塞がっていない。刀を振れば少し痛むし、寝返りを打てば傷が引きつって目が覚める。
それでも、歩くのをやめる理由にはならなかった。
むしろ最近、妙な癖がついた。
道ですれ違う者の腰に刀があると、無意識に目で追ってしまう。
どちらの足から歩き出すのか。重心はどこにあるのか。肩に余計な力は入っていないか。
本人の顔を見るより先に、そんなところばかり見ている。
そして少しでも気になる動きを見つけると、頭の中で勝手に刀を抜かせてしまう。
この距離なら、どう構えるのだろう。
どちらから斬ってくるのだろう。
俺が入れば、どう動くのだろう。
「…………」
すれ違った男が、不審そうにこちらを見ていた。
どうやら、また見過ぎていたらしい。
「申し訳ありません」
軽く頭を下げて通り過ぎる。
数歩進んだところで、もう別の男の腰に刀を見つけた。
「…………」
困った。
最近、人を見ると刀を抜かせたくなる。
◇
最初のうちは、向こうから絡まれることが多かった。
女が一人で歩いていて、腰には刀。それだけで目をつける者はいるらしい。
「置いてけ」
道を塞いだ男が言った。
「何をでしょう」
「刀だよ。見りゃ分かんだろ」
「…………」
俺は男の腰を見る。
刀がある。
右足が少し前に出ていて、肩幅も広く、腕も太い。
「その前に、一つお願いしてもよろしいでしょうか」
「あ?」
「刀を抜いていただけますか」
「てめえ……」
男の眉が寄ったが、それでも刀を抜いた。
両手で柄を握り、右足を前にして刀を頭の横まで持ち上げる。
高い構えだ。
宗玄とも、先日の二人とも違う。
「何笑ってやがる!」
「申し訳ありません。嬉しくて」
「気持ち悪ぃんだよ!」
男が踏み込んだ。
速くはないが、大きい。
振り下ろされた刀から半歩外れ、そのまま胴へ斬り込むと、男は正面から受けた。
――ガキンッ!
「…………!」
手首から肘まで、一気に痺れた。
重い。
技ではなく、身体の大きさと力をそのまま刀へ乗せている。
「なるほど……」
「何がだ!」
もう一度来る。
今度は受けずに外れると、勢いのついた刃が地面すれすれまで落ち、その瞬間に首が空いた。
刀を走らせ、喉へ触れる寸前で止める。
「…………」
男が固まった。
「ありがとうございました」
「……は?」
刀を納め、頭を下げる。
大きく振るぶん隙も大きいが、まともに受ければこちらの身体ごと崩される。
知らなかった剣だった。
また一つ。
◇
別の日には、ほとんど刀を振らない男がいた。
こちらが入れば下がり、さらに入ればまた下がる。何度繰り返しても仕掛けてこないので、最初は逃げているのかと思った。
だが、足の裏に硬いものが触れた。
「っ」
石だ。
ほんの一瞬だけ視線を落とした、その瞬間に男が来た。
「…………!」
反射的に刀を合わせたが、すでに刃は首の近くまで来ている。身体を捻ると、切られた髪が数本宙を舞った。
「なるほど」
「あ?」
「それを待っていたのですね」
俺が石を踏むことではなく、意識が相手から外れる瞬間を待っていたのだ。
男は答えず、また距離を取る。
「…………ふふ」
「何笑ってやがる」
「申し訳ありません。面白くて」
「頭おかしいんじゃねえのか」
それも、よく言われる。
だが、その日から見るものが少し増えた。
地面や壁、光、周囲にいる人間。
剣を振る者が使うのは、刀だけではないらしい。
◇
左手で刀を持つ女にも会った。
「さっきから何見てんの」
「珍しくて」
「何が?」
「左で刀を持つ方とは、初めてお会いしました」
「気持ち悪いんだけど」
「申し訳ありません」
やはり言われた。
だが、実際に向かい合ってみると面白かった。
知っているはずの足の位置も、刀の来る方向も、身体を外す方向も、何もかもが少しずつ逆になる。
分かっているつもりなのに間違え、頬を斬られ、次は腕、その次には脇腹へ浅く刃が入った。
それでも、口元が緩んだ。
まだ知らないものがある。
その事実が、傷の痛みより嬉しかった。
◇
そうして歩いているうちに、一月が過ぎた。
最初に斬られた肩の傷はもうほとんど分からないが、代わりに腕や腹、脚、背中に新しい傷が増えていた。
どれも深くはない。
それでも傷を見るたび、誰につけられたものなのか思い出せる。
力任せに刀を振る男。
足元を使った男。
左利きの女。
妙に低い位置から斬り上げてきた老人。
傷と一緒に、彼らの動きも身体へ残っている。
誰もいない場所で刀を抜き、力の強かった男を思い出しながら身体ごと振り下ろしてみる。
――ヒュンッ。
やはり、あれほどの重さは出ない。身体が違うのだから当然だ。
なら、同じ剣にする必要もない。
自分に使えるものだけ、身体が覚えればいい。
もう一度振ると、先ほどとは少しだけ違う音がした。
◇
やがて、別の問題が出てきた。
強い人が、なかなか見つからない。
最初は知らない構えや動きを見るだけで十分だったのに、最近は戦っている途中で、次にどこから来るのか、どちらの足で入るのか、どこへ逃げるのかが分かるようになってきた。
「もう終わりでしょうか」
目の前で男が倒れている。
息はあるが、俺の首まで刀が届くことは一度もなかった。
返事がないので刀を納める。
「ありがとうございました」
頭を下げて歩き出す。
知らない動きはあったし、面白くなかったわけでもない。
けれど、足りない。
宗玄と向かい合ったときは、何をしても斬られる気がした。新太だって、最後の頃には何度も俺を困らせた。
あれが欲しい。
知らないだけでは、もう足りない。
俺が分からず、困らされるもの。
できれば――俺を斬れるもの。
「…………」
そういう人は、どこにいるのだろう。
◇
それから、探し方を変えた。
「この辺りで、一番剣の強い方をご存じですか」
「…………は?」
食べ物を売っていた男が俺を見る。
「剣を使う方です」
「何でそんな奴探してんだ」
「戦ってみたいので」
「…………」
男が一歩、俺から離れた。
「どうされました?」
「いや……」
少し迷ったあと、男は北を指した。
「三つ先の集落にいる」
「強いのですか?」
「人を何人も斬ってる」
「…………!」
思わず身を乗り出した。
「本当ですか」
「お、おう」
「ありがとうございます」
「待て。行くのか?」
「はい」
「今から?」
「はい」
また変な顔をされた。
けれど、そんなことはどうでもよかった。
人を何人も斬っているのなら、少なくとも今までの者たちよりは強いかもしれない。
気づけば、足が速くなっていた。
◇
男は本当にいた。
大きな男だった。
顔には古い傷が走り、腰には二本の刀を差している。
「お前が?」
「はい」
「俺とやりてえって女は」
「はい」
男が笑った。
「死ぬぞ」
「…………」
胸が高鳴った。
脅しなのかもしれない。
それでも、その言葉を聞いて嬉しくなった。
「そうですか」
「あ?」
「それは、楽しみです」
柄へ手を置く。
男の笑みが消えた。
◇
強かった。
本当に。
強かった。
「っ!」
――ギンッ!
刀が弾かれ、手首に痛みが走る。
立て直すより早く二本目が来た。
「…………!」
頬が熱い。
切られた。
「遅え!」
今度は低い。
身体を浮かせると、刀が足元を抜けていく。
着地した瞬間には、もう二本目が来ていた。
「っ!」
――ガキンッ!
受ける。
重い。
押し込まれる。
次の瞬間、腹に衝撃が入った。
「ぐっ……!」
蹴られた。
地面を転がり、肺から息が抜ける。
痛い。
それでも、すぐに起き上がった。
「まだやんのか」
「はい」
答えるのに迷いはなかった。
男が少し笑った。
「イカれてやがる」
「ありがとうございます」
「褒めてねえよ」
「そうでしたか」
刀を構え直す。
男の足を見る。
腰。二本の刀。距離。
そして。
その全部を。
やめる。
男を見る。
「もう一度」
◇
何度斬り合ったのか、途中から分からなくなった。
腕を斬られた。
肩も。
脚にも刃が入った。
俺も男を斬った。
最初は浅く。
次は、もう少し深く。
互いの血が地面へ落ちているのに、どちらも止まらない。
「…………ふふ」
「やっぱりお前」
男が息を切らしながら笑った。
「頭おかしいだろ」
「よく言われます」
「だろうな!」
二本の刀が来る。
片方だけを見るな。
男を見る。
「…………!」
一つ目から外れる。
二つ目。
見えない。
いや。
見なくていい。
そこしかない。
刀を合わせる。
――ギンッ!
二本目が流れた。
身体はもう、前へ出ていた。
男の胸が空いている。
「…………」
刀が走った。
――ザンッ。
「…………!」
手に伝わった感触で分かった。
深い。
今までとは違う。
刃が肉を裂き、その奥まで入っている。
刀を抜く。
血が噴いた。
男が一歩下がった。
何か言おうと口を開く。
声は出なかった。
もう一歩。
握っていた刀が指から滑り落ちる。
――カラン。
そのまま、男も倒れた。
「…………」
動かない。
しばらく待ったが、それでも動かない。
近づいてしゃがむ。
息をしていなかった。
俺が殺した。
◇
刀を見る。
赤い。
手が、少し震えていた。
あの日とは違う。
あの日は殺されそうになり、地面へ押さえつけられて逃げられず、生きるために刀を刺した。
殺そうと思ったわけではない。
生きたかった。
だから、刺した。
でも今は違う。
俺はこの男を探した。
自分からここまで来て、刀を抜き、戦った。
そして、殺した。
腹の奥がひどく重い。
男を見る。
もう動かない。
なのに、頭の中に何度も浮かぶのは、倒れた男の姿ではなかった。
二本目。
最初の刀を避けた直後、死角から来たあの剣。
途中まで、本当に分からなかった。
もう少し遅ければ、俺の首に入っていたかもしれない。
一本目で視線を奪い、二本目を身体に隠す。
刀の角度や足の位置を思い返すほど、もう一度見たくなる。
「…………」
そこで、ようやく気づいた。
もう見られない。
男は死んでいる。
胸の奥が冷えた。
人を殺したことが怖い。
でも、それだけではなかった。
俺は今、この人が死んだことよりも、もうこの人の剣を見られないことを惜しいと思った。
「…………」
それが、何より怖かった。
◇
刀の血を拭い、鞘へ納めた。
男の前で頭を下げる。
「ありがとうございました」
返事はない。
当然だった。
身体中が痛む。脚にも傷があるし、今日はもう戦えそうにない。
歩きながら、傷が治ったらどうするのだろうと考えた。
答えは、考える前に出ていた。
次を探す。
足が止まった。
人を殺したばかりなのに、もう次に戦う相手のことを考えている。
自分でも、少し嫌になった。
それでも宗玄のところへ戻ろうとは思わないし、刀を捨てようとも思わない。
ただ、もっと見たい。
今日の男より強い人。
今日の男より分からない剣。
俺が何をしても届かず、何をしても斬られるような。
そんな剣を、見てみたい。
「…………」
怖い。
それでも、知りたい。
もっと。
止まっていた足が、また前へ出る。
次にどこへ行けばいいのかは、まだ知らない。
けれど、強い剣があると聞けば、きっと俺はそこへ向かう。
そのことだけは、もう分かっていた。