BLEACHの世界に転生した俺は、初代剣八になるらしい 作:まいちー
人を殺した翌朝、目が覚めて最初に感じたのは痛みだった。
肩も腕も脚も腹も、身体を起こすだけで昨日つけられた傷が一斉に痛む。
「…………」
生きている。
当たり前のことなのに、少し不思議だった。
昨夜はほとんど眠れなかった。
目を閉じるたびに、あの男の二本目の刀が浮かぶ。一本目で視線を奪い、その陰から来た刃。
何度思い返しても、最後には男が倒れた。
――カラン。
刀が落ちる音まで、はっきり覚えている。
人を殺した。
その事実は朝になっても消えない。
怖かった。
それなのに、俺が一番長く考えていたのは、やはりあの二本目だった。
どうすれば、もっと早く分かったのか。
いや。
見ようとしたから遅れたのかもしれない。
一本目を避けた時点で、二本目が来る場所は分かったはずだ。
「…………」
気づけば、また剣のことを考えていた。
少しだけ、自分が嫌になった。
◇
幾日か休み、傷が塞がり始めると、俺はまた歩き出した。
今度は、刀を持っているだけの者には声をかけない。
強い者を探した。
「この辺りで、一番剣の強い方をご存じですか」
聞いて、教えてもらい、会いに行く。
そして戦う。
名前の知られた者は、確かにそれなりに強かった。
速い者もいれば、力の強い者もいる。間合いの遠い者、懐へ潜るのが上手い者、刀とは別に短い刃を隠し持つ者もいた。
中でも、砂を投げてきた男には驚いた。
「卑怯では?」
「殺し合いに卑怯も糞もあるか!」
「なるほど」
「納得すんのかよ!」
納得した。
宗玄も新太も、そんなことはしなかった。
だから知らなかったのだ。
目を潰せるなら砂を使い、転ばせられるなら石を使う。壁があれば追い込み、狭い場所なら長い刀を振らせない。
剣だけを見ていた頃には気づかなかったことが、いくらでもあった。
戦うたびに知らないものが見つかる。
それが、楽しかった。
◇
半年が過ぎた。
いつの間にか、腰の刀も変わっていた。
最初に拾った刀は、何度も打ち合い、何度も研ぎ、最後には大きく刃が欠けた。
少し寂しかった。
初めて人を殺した刀であり、宗玄に初めて剣を教わった刀でもある。
捨てることはできず、折れた刃を布に包んで持っている。
今、腰にあるのは別の刀だった。
俺が倒した男が持っていたものだ。
最初は持っていくことに抵抗があった。
けれど、死んだ者に刀は要らない。
そう考えた。
正しいのかは分からない。
ただ、その刀はよく斬れた。
◇
「お前が清子か」
ある日、初めて向こうから名前を呼ばれた。
振り返ると、知らない男が立っている。
腰には刀。
無意識に足、腰、肩へ視線が動いた。
「何見てんだ」
「申し訳ありません。癖で」
「聞いた通りだな」
「?」
男が刀へ手を置く。
「強え奴を探して歩いてる女がいるってな」
俺は少し驚いた。
「私のことでしょうか」
「他にいんのかよ」
「分かりません」
「…………」
男が眉を寄せた。
「何人斬った」
「分かりません」
今度は、本当に分からなかった。
最初の数人は覚えている。
だが、いつからか数えなくなった。
殺した者もいれば、生きている者もいる。逃げた者もいれば、こちらが倒れたこともある。
「覚えてねえのか」
「はい」
「気味悪ぃ女だな」
「よく言われます」
「それも聞いた」
どうやら、少し有名になっているらしい。
妙な気分だった。
「強い奴を探してんだろ」
「はい」
「なら俺とやれ」
思わず男を見る。
「強いのですか」
男が笑った。
「お前を斬りに来たんだ。それで不足か?」
それで十分だった。
「お願いします」
刀へ手をかけた。
◇
男は強かった。
それ以上に、やりづらかった。
来ると思えば来ない。
こちらが入れば下がり、追えばその瞬間に斬ってくる。
刀を避けて反撃しても、そこにはもう男がいない。
速いわけではない。
なのに、合わない。
「何だ。聞いてたほどじゃねえな」
「そうでしょうか」
「ああ」
「…………」
嬉しい。
「何笑ってんだよ」
「いえ。少し困っております」
「それで笑うのか?」
「はい」
「やっぱ気味悪ぃな!」
男が来る。
今度は追わない。
待ちもしない。
俺が斬れるところへ入った。
男の足が変わり、構えも変わる。
その対応も、次の形になる。
さらに入る。
男が外れる。
その先へ刀を返す。
――キンッ!
初めて、男の刀とぶつかった。
そこからは何も考えなかった。
男が来れば身体が動き、斬れば避けられる。
なら、また入る。
男が下がれば、足が勝手にその先へ出る。
やがて、男の顔から笑みが消えた。
◇
戦いは長引いた。
何度も斬られ、こちらも何度も斬ったが、互いに浅い。
決めきれないまま、脚は重くなり、腕も上がらなくなっていく。
それでも、まだ終わってほしくなかった。
男が構えを変えた。
今まで一度も見せなかった形だった。
「…………」
来る。
だが、どこから来るのか分からない。
考えるな。
男を見る。
次の瞬間、男の身体が沈んだ。
低い。
懐へ入ってくる。
刀が身体に隠れた。
だが、その瞬間には俺の身体も動いていた。
後ろではなく、前へ出る。
「なっ――」
男の横を抜けながら、刀を振った。
何をしたのか、自分でもよく分からない。
ただ、手には確かな感触が残った。
振り返る。
男が一歩動き、そのまま地面へ崩れた。
首から血が流れていた。
◇
また、殺した。
けれど以前とは違い、手は震えなかった。
そのことに気づいた瞬間、別の意味で怖くなった。
男の前へしゃがむ。
息はない。
さっきまで、あれほど俺を困らせていたのに、もう動かない。
そしてやはり、最後の動きをもう一度見たいと思った。
「…………」
まただ。
人が死んだのに、俺はその人より剣を惜しんでいる。
ただ、今回はもう一つ気になることがあった。
最後に、俺は何をしたのだろう。
横でも、斜めでもない。
男が来て、身体が動き、その場所を刀が通った。
それだけだった。
宗玄の剣でもない。
旅の途中で見た、誰かの剣でもない。
「あれは……」
俺の剣だったのだろうか。
まだ、分からなかった。
◇
それから、妙なことが起き始めた。
「清子ってのはお前か」
「はい」
「勝負しろ」
「はい」
探さなくても、向こうから来るようになった。
最初はありがたかった。
歩き回らなくても、知らない剣や強い剣が向こうからやって来る。
だが、その中には時々、目的の違う者もいた。
「お前を斬れば俺の名が上がる」
「…………?」
意味が分からない。
「なぜでしょう」
「お前が有名だからだよ!」
「そうなのですか」
「知らねえのか!」
「はい」
男が、少しだけ気の毒そうな顔をした。
◇
噂というものは、自分では見えないらしい。
強い者を探して歩く女。
戦えば笑う女。
斬られても止まらず、勝っても金を取らない。
恨みがあるわけでもないのに、ただ強いというだけで刀を抜く。
俺が何を思って戦っているのかなど、俺以外には関係なかった。
俺はただ、強い人と戦いたかった。
知らない剣を見たかった。
自分より、もっと強いものを見つけたかった。
それだけだった。
◇
ある集落へ入ったとき、道端で遊んでいた子供と目が合った。
子供の顔が固まり、すぐに母親らしい女のところへ走っていく。
女は子供を抱き寄せながら、こちらを見ていた。
怯えている。
「…………」
胸の奥に、嫌なものが残った。
会ったこともない人たちだ。
なのに、俺を知っている。
その日の夕方、宿を探していた俺に男が言った。
「出ていけ」
刀は持っていない。
それでも、声は震えていた。
「なぜでしょう」
「とぼけんな」
男が俺を見る。
「人斬りが」
「…………」
初めて、そう呼ばれた。
反論しようとして、やめた。
間違ってはいない。
俺は人を斬った。
何人も。
そして明日、どこかに強い者がいると聞けば。
たぶん、また会いに行く。
「申し訳ありません」
それしか言えなかった。
頭を下げ、集落を出る。
空はもう暗くなり始めていた。
腰の刀が、今日は少しだけ重く感じた。
それでも。
捨てようとは、思わなかった。