BLEACHの世界に転生した俺は、初代剣八になるらしい 作:まいちー
死んだ。
今度こそ、間違いなく死んだ。
長く生きた。
公家の娘として生まれ、育ち、一つの人生を終えた。
最後に残った未練が「刀を振ってみたかった」なのは、我ながらどうかと思う。
もっとあるだろう。
家族のこととか、世話になった人たちのこととか、人生への感謝とか。
もちろん、それらもあった。
あったのだが――。
――結局、一回も本物を振れなかったな。
最後の最後まで、それだった。
前世から数えれば二回目の死である。一回目の人生でも振れず、二回目の人生でも振れず、どうやら俺は刀というものに縁がないらしい。
まあ、仕方ない。
人生は終わった。
次があるのかは知らない。
もし三度目があるなら、今度こそ男に生まれて剣術でも習おう。
そんなことを考えながら――。
俺は目を開けた。
「…………」
空があった。
青い。
雲が流れている。
「………………」
おかしい。
俺は確かに死んだ。そこについては自信がある。自分の身体が徐々に動かなくなっていく感覚も、最後に女房や子供たちの泣き声を聞いたことも覚えている。
なのに。
「……また?」
思わず呟いた。
声が出る。
手を見ると、皺だらけだったはずの手が若返っていた。少女――いや、若い女の手だ。
「…………」
嫌な予感がする。
自分の頬に触れてみる。若い。髪もある。しかも長い。
「……三回目?」
転生。
また?
いやいやいや。
待ってくれ。
一回なら分かる。いや、一回でも十分おかしいが、実際に経験した以上、そういうこともあるのだろう。
だが二回目は聞いてない。
転生に転生を重ねることってある?
俺はゆっくり身体を起こし、そこで初めて周囲を見た。
「…………なんだ、ここ」
知らない場所だった。
道があり、家があり、人もいる。ただし、どれも妙に古い。
前の人生で見慣れた都とは違う。華やかな邸宅も整えられた庭もなく、道は荒れ、粗末な木造家屋が並んでいる。人々の服装も質素で、少なくとも俺が生きていた公家社会とはまったく違っていた。
――田舎?
最初にそう思った。
都から遠く離れた土地にでも転生したのだろうか。
いや。
それにしてはおかしい。
立ち上がってみると、身体は軽かった。病で衰えていたころとは比べものにならない。
試しに歩く。
普通に歩ける。
「……若返ったな」
これは悪くない。
三度目の人生というのは想定外だが、若い身体をもらえるなら文句はない。
問題は、ここがどこなのか。
俺は歩き始めた。
◇
おかしい。
歩き始めて、それほど時間も経たないうちに気づいた。
ここはおかしい。
まず、人が多い。老人、若者、子供。いろんな年齢の人間がいる。
そこまでは普通だ。
だが、何というか――まとまりがない。
家族らしき集団もいるが、血縁には見えない者同士が一緒に暮らしている。
さらに妙なのが、人々の話だった。
「お前はいつ来た?」
「つい先日だ」
「俺はもう十年になる」
何の話だ。
別の場所では、
「家族を探している」
「諦めた方がいい。ここじゃ、同じ場所に来られる方が珍しい」
そんな会話が聞こえた。
――何だ?
俺は足を止めた。
家族と離ればなれになる。別の場所から来る。ここに来て十年。
何かの流刑地か?
いや、それにしては警備らしいものがない。
さらに歩く。
知らない場所でいきなり他人を質問攻めにするほど不用心ではない。公家社会で長年生きた経験は、こういうときには役に立つ。
まず見る。聞く。それから判断する。
しばらくして、小さな店らしき場所を見つけた。軒先に腰を下ろしていた老人へ声をかける。
「少し、お尋ねしてもよろしいでしょうか」
「ん?」
老人がこちらを見る。
「ここは、何というところなのでしょう」
老人は不思議そうな顔をした。
「来たばかりか?」
「……はい」
「そうか」
妙に納得したように頷く。
「ここは流魂街だ」
「るこん……?」
聞き間違えたかと思った。
老人は続ける。
「流魂街。尸魂界に来た魂が暮らすところさ」
「…………」
俺は微笑んだ。
「なるほど」
その場では、それだけ答えた。
「ありがとうございました」
軽く頭を下げ、老人から離れる。
十歩。二十歩。三十歩。
角を曲がり、誰もこちらを見ていないことを確認する。
「………………」
待て。
今、何て言った?
流魂街。
尸魂界。
聞いたことがある。
いや。
聞いたことがあるどころではない。
知っている。
めちゃくちゃ知っている。
「…………いやいや」
そんなわけがない。
偶然だ。
同じ名前。
そういう可能性もある。
尸魂界なんて単語が偶然被る確率については考えないことにする。
俺は再び歩き始めた。
情報収集。
まず情報収集だ。
◇
そして数日後。
俺は頭を抱えていた。
「マジか……」
誰もいない場所なので、前世の口調が出た。
情報は集まった。
集まりすぎた。
ここは死者の世界で、現世で死んだ人間の魂がやって来る。
流魂街。
その中心には巨大な壁で囲まれた場所があり、そこには死神が住んでいる。
名前は――瀞霊廷。
「…………」
アウト。
完全にアウト。
偶然では済まない。
流魂街。尸魂界。死神。瀞霊廷。
四つ揃った。
役満である。
俺は壁にもたれた。
「BLEACHじゃん……」
声が漏れた。
前世、いや、前々世なのか。
現代日本で生きていたころ、大好きだった漫画があった。
BLEACH。
かなり好きだった。
登場人物も覚えている。護廷十三隊、斬魄刀、虚、尸魂界。藍染。ユーハバッハ。
そして――。
「卯ノ花さん……」
思わず呟く。
推しだった。
卯ノ花烈。
四番隊隊長。いつも穏やかに微笑んでいる治療担当の隊長。
それだけでも好きだった。
だが、物語の終盤で正体が明らかになる。
初代十一番隊隊長。
初代剣八。
かつて「八千流」を名乗った女。
尸魂界史上空前絶後の大悪人。
そして、剣を極めるためにあらゆる流派を修めた女。
あの設定が明らかになったときは、本当に痺れた。
「……会えるのか?」
最初に思ったのはそれだった。
俺は今、尸魂界にいる。
ならば、いつの時代かによっては――。
本物の卯ノ花烈がいる。
「…………」
ちょっと会いたい。
いや。
かなり会いたい。
だが、すぐに別の疑問が浮かんだ。
――待て。
いつだ?
ここは、いつの尸魂界だ?
俺が現世で生きていた時代は、平安の初めごろ。
そこから死んで、すぐここに来たのなら。
「千年以上前……?」
原作開始より、遥か昔。
護廷十三隊が創設されたのは千年以上前。卯ノ花は初代十三隊の一人。
つまり――。
「いるかもしれない」
心臓が高鳴った。
推しが。
まだ四番隊隊長になるより、ずっと前の卯ノ花が、どこかにいるかもしれない。
これはちょっと、とんでもない。
俺は笑いそうになるのを堪えた。
ここは人目がある。
公家の娘として長く生きたおかげで、表情を整えるのは得意だった。静かに微笑み、何事もない顔をする。
内心では、
――本物いるのか?
――もしかして会えるのか?
と、それなりに騒がしい。
そこで、ふと。
ほんの些細なことが頭をよぎった。
「……卯ノ花」
何となく口にして、俺は眉を寄せた。
卯ノ花。
聞き慣れた名前だった。
当たり前だ。
推しの名字なのだから。
だが、それだけではない。
もっと身近なところで、ずっと昔から聞いていた。
「…………」
俺はしばらく考えた。
そして。
「……うちじゃん」
思わず呟いた。
前の人生。
平安の世で、俺が生まれた家。
卯ノ花家。
俺自身も、その家の姫として生きていた。
卯ノ花清子。
それが、前の人生での俺の名だった。
「…………いや」
でも、それだけなら偶然だ。
卯ノ花なんて、そこまで変な言葉ではない。花の名前としてもある。家名に使われていたとしても、おかしくは――。
「……いや、あったっけ?」
前世の歴史知識を掘り返してみる。
知らない。
少なくとも、俺は卯ノ花という公家を知らない。
だが、俺は歴史学者でもない。平安貴族の家名を全部知っているわけでもない。
生きている間にも、一度くらいは変だと思った。
でも、その程度だった。
知らない家なんて山ほどあるだろう。
そう思っていた。
――BLEACH世界だと知るまでは。
「…………」
卯ノ花家。
BLEACH世界。
千年以上前。
そして。
俺はここへ来てから、一度も自分の顔をまともに見ていなかったことに気づいた。
死んだ直後、若返った手と長い髪までは確認した。
だが、鏡なんて持っているはずもない。
「…………」
嫌な予感。
いや。
嫌ではない。
むしろ、ものすごく都合のいい予感。
だが、そんなわけがあるか。
俺は周囲を見回した。
少し歩いた先に、水を汲むための場所があった。
人がいなくなるのを待ってからしゃがみ込み、水面を覗く。
「…………」
揺れていてよく見えない。
手で水面を静める。
ゆっくり。
顔が映る。
「…………」
黒い髪。
白い肌。
若い女。
前の人生の老いた顔ではない。
そして。
見覚えがあった。
「…………いやいや」
俺は顔を近づける。
水面の顔も近づく。
頬に手を当てると、水の中の女も同じように頬へ触れた。
「待て待て」
髪型が違う。
原作で見慣れた、胸元まで垂らした三つ編みもない。
もっと若い。
表情も違う。
何より、俺自身がこの顔で何十年も生きてきた。今さら知らない女の顔を見ているわけではない。
それでも、BLEACHを知った上で見れば。
もう、そうとしか見えなかった。
「…………」
卯ノ花家の娘。
この顔。
この時代。
そしてここは尸魂界。
俺は一度、水面から目を逸らし、深呼吸する。
もう一度、水面を見てみる。
変わらない。
「……俺」
少し間を置く。
「卯ノ花さん?」
返事はない。
当たり前だ。
だが、頭の中では次々と情報が繋がっていく。
卯ノ花烈。
初代剣八。
後に八千流を名乗る女傑。
四番隊隊長。
俺が前々世で、一番好きだった人物。
「…………俺が?」
しばらく動けなかった。
理解が追いつかない。
俺はBLEACH世界に転生していた。
しかもBLEACH世界の現世で、卯ノ花家の姫として一生を過ごし、何も知らずに死んで、尸魂界へ来て、ようやく自分が誰なのかに気づいた。
「…………」
少しずつ、口元が緩んだ。
「……マジで?」
もう一度、水面を見る。
どう見ても若い。
まだ何者でもない。
卯ノ花烈になる前の卯ノ花。
「…………最高じゃん」
小さく漏れた。
前世、いや、前々世からずっと刀を振りたかった。
平安の世に転生し、ようやく本物の刀が存在する時代に来たと思ったのに、公家の姫だったせいで結局振れなかった。
それが今度は、よりによって卯ノ花烈。
「振り放題じゃん……」
いや。
落ち着け。
まだ刀すら持っていない。
そもそも死神ですらない。
原作の卯ノ花がどういう経緯で死神になったのかも詳しく描かれていない。ここから何が起きるのか分からない。
そもそも「烈」という名も、まだ俺のものではない。
八千流だってそうだ。
あれは原作の卯ノ花が、自分の歩んだ剣の果てで名乗った名だ。
今の俺は、ただの卯ノ花家清子。
死んだばかりの、公家の姫だ。
でも。
できる。
今度こそ。
刀を握れる。
振れる。
学べる。
極められる。
しかも俺には、卯ノ花烈になるだけの途方もない才能がある――はずだ。
胸の奥から、幼いころの感情が蘇ってきた。
庭の隅で枝を拾い、両手で握って振った。
ぶん、と風が鳴った。
楽しかった。
あれを、今度は本物でできる。
俺は立ち上がった。
そして、ふと原作の続きを思い出した。
「…………あ」
卯ノ花烈。
初代剣八。
最強の剣士。
そして。
最後は――。
更木剣八に殺される。
「…………」
それは。
嫌だな。
ものすごく嫌だ。
せっかく推しになったのに。
せっかく刀を振れるのに。
最後は原作通り、自分より強い男を完成させるために死ぬ?
「いやいや」
俺は首を振った。
「それはない」
原作で読んでいたときは好きだった。
卯ノ花の最期として、美しいとも思った。
剣八という名を託し、更木剣八を覚醒させ、自らの役割を終える。
格好いい。
最高だ。
推しの名場面だ。
――ただし。
「自分でやるのは話が違うだろ」
見るのとやるのは別である。
俺は死にたくない。
それに、何より悔しい。
剣士として生きるなら。
刀を極めるなら。
最後に負けて終わるのは嫌だ。
だったら答えは簡単だった。
更木剣八より強くなればいい。
「…………」
言ってから、自分でも笑った。
簡単に言う。
相手はあの更木剣八だ。霊圧を無意識に抑え込んだ状態で隊長格と殴り合う化け物で、最終的にはさらにその先へ行く。
普通に考えれば無理だ。
でも。
俺は水面に映る自分を見た。
卯ノ花。
この女だって、化け物になる。
なら、原作と同じところで成長を止めなければいい。
原作の卯ノ花が歩いた道を知っている。その強さも、弱点も、結末も。
だったら。
もっと先へ行けばいい。
剣術を極める。
回道も極める。
霊圧も。
斬魄刀も。
原作の卯ノ花烈が持っていたものを全部手に入れる。
その上で、原作にはなかったものまで手に入れる。
「……よし」
決めた。
俺は卯ノ花推しだ。
なら、中途半端な卯ノ花にはなりたくない。
原作通りをなぞるだけでもつまらない。
どうせ本人になるなら。
「最高の卯ノ花を作ろう」
自分で言って、妙にしっくりきた。
最高に強く、最高に美しく、最高に優雅で、最高に恐ろしく。
治療もできる。
人も救える。
そして剣を握れば、誰にも負けない。
原作の卯ノ花烈を超える。
更木剣八も超える。
その上で。
俺は俺の好きだった卯ノ花烈になる。
「ふふ」
自然と笑みが浮かんだ。
水面に映る女も微笑んでいる。
それを見て、少し考える。
……いい。
今の笑い方、ちょっと卯ノ花っぽかった。
ならば外側も作ろう。
せっかく卯ノ花烈になるのだ。
言葉遣い。所作。表情。立ち居振る舞い。
幸い、その辺りは公家の娘として一生を過ごした。
得意分野である。
内心がどうであれ、外から見れば完璧な卯ノ花。
それでいい。
いや。
それがいい。
俺は着物の裾を整え、背筋を伸ばし、顎を僅かに引く。
そして、柔らかく微笑んだ。
「……さて」
声まで穏やかに。
上出来。
内心では、
――まず刀だ。
だった。
何はともあれ刀。
俺はまだ斬魄刀どころか普通の刀一本持っていない。
最高の卯ノ花以前の問題である。
だが、時間はある。
ここは尸魂界。
死後の世界。
そして俺は、これから卯ノ花烈になる。
前の人生で叶わなかった願いを、今度こそ叶える。
いや。
どうせなら、叶えるだけでは足りない。
振る。
学ぶ。
戦う。
極める。
誰よりも。
どこまでも。
やがて更木剣八と出会う、その日まで。
俺は静かな笑みを浮かべたまま、流魂街の道へ一歩を踏み出した。
――さあ。
最高の卯ノ花烈を始めよう。