BLEACHの世界に転生した俺は、初代剣八になるらしい 作:まいちー
八千流と名乗るようになってからも。
旅は続いた。
強い者がいると聞けば、そこへ向かった。
知らない剣があると聞けば、見に行った。
それまでと。
何も変わらなかった。
◇
ある土地に、一つの剣術一門があった。
門下は多く。
その中でも当主は、この辺りでは並ぶ者がいないという。
聞けば、行かない理由はなかった。
◇
大きな門をくぐると、庭では何人もの男たちが刀を振っていた。
足を止め、何人かを見る。
悪くない。
けれど、探している人はいなかった。
「何者だ」
一人の男がこちらへ来る。
「八千流と申します」
その名を聞いて、周囲の手が止まった。
「八千流……?」
「人斬りの?」
小さく声が聞こえる。
目の前の男も、僅かに表情を変えた。
「何の用だ」
「こちらの当主が大変お強いと伺いました」
「先生に?」
「はい。戦っていただきたくて」
男がこちらを見る。
「先生に会わせるまでもない」
刀を抜いた。
「俺が相手をしてやる」
斬った。
そのまま横へ一歩ずれる。
遅れて血が飛び。
男が倒れた。
「当主の方はいらっしゃいますか」
誰も答えなかった。
「貴様……!」
一人が刀を抜き、斬りかかってきた。
刃をかわし。
すれ違いざまに斬る。
男が倒れる。
「よくも!」
今度は数人が一斉に刀を抜いた。
前から来た一人を斬る。
横から来た男も斬る。
背後から迫った刃をかわし、振り向きざまに斬った。
また一人。
向かってきた者から、次々に斬り捨てる。
やがて。
誰も来なくなった。
「…………」
足元には、何人もの門下が倒れている。
残った者たちは刀を握ったまま、動かなかった。
「当主の方はいらっしゃいますか」
「――もうよい」
声がした。
建物の奥を見る。
一人の老人が立っていた。
白い髪。小柄な身体。腰に一本の刀。
老人が庭へ下りてくる。
倒れている門下たちを見る。
それから、俺を見る。
「お前が八千流か」
「はい」
「儂に何の用だ」
「お強いと伺いました」
「それだけか」
「はい」
老人の目が細くなる。
「それだけのために、これだけ斬ったか」
「刀を抜かれましたので」
「…………」
老人はしばらく何も言わなかった。
やがて。
柄へ手をかける。
「先生!」
残っていた門下たちが動く。
「下がっておれ」
静かな声だった。
それだけで、誰も動かなくなった。
老人が刀を抜く。
「望み通り、相手をしてやる」
「ありがとうございます」
俺も刀を構えた。
◇
老人は強かった。
最初の一太刀で分かった。
「…………ふふ」
久しぶりに楽しい。
もっと見たいと思った。
何度も斬り合い、老人の刀が何度も迫る。
それでも。
一度も俺には届かなかった。
やがて。
俺の刀が老人の身体を深く斬った。
「先生!」
声が上がる。
老人が膝をついた。
刀を地面へ突き、倒れずにこちらを見る。
「…………満足したか」
「はい」
少し考える。
「とても」
「…………そうか」
老人の手から刀が離れた。
身体が倒れる。
「先生!」
残った門下たちが駆け寄っていく。
俺は刀についた血を払った。
「ありがとうございました」
頭を下げる。
返事はなかった。
◇
門を出る。
それでも頭にあるのは、老人の剣だった。
「…………」
随分と久しぶりにいい剣だった。
まだ知らない剣はある。
そう思い、振り返ることなく次の強い者を探しに歩いた。
◇
それからしばらくして。
ある町へ入ったとき、遠くからいくつもの刀の音と怒鳴り声が聞こえてきた。
そちらへ向かうと、広い通りを埋めるように二つの集団が斬り合っていた。
合わせれば百人近くはいるだろう。
既に何人も倒れ、通りのあちこちに血が流れている。それでも争いは止まらず、怒号と刃のぶつかる音が絶え間なく響いていた。
何が原因なのかは分からない。
興味もなかった。
「…………」
一人。
大柄な男が、太い刀を振るっている。
周囲の者とは明らかに違った。
次々に相手を斬り倒していく。
その刀を目で追う。
「…………ふふ」
反対側にもいた。
細身の男だった。
こちらも周囲とは違う。
次々に迫る相手を斬りながら、ほとんど足を止めない。
「…………」
二人いる。
刀の柄へ手をかけた。
◇
近くにいた男を斬った。
男が倒れる。
その向こうにいた者が俺を見る。
「何だ、てめ――」
斬る。
別の男がこちらへ来る。
それも斬った。
どちらの側かは知らない。
邪魔だった。
大柄な男へ向かって歩く。
途中、何人か向かってきた者を斬りながら進む。
大柄な男がこちらに気づいた。
「誰だ、てめえ!」
答える代わりに斬りかかる。
男が受け、刃がぶつかる。
「…………!」
男の顔が変わる。
「ふふ」
そのまま斬り合った。
周りではまだ大勢が戦っている。
だが、どうでもよかった。
目の前の男だけを見る。
数合斬り合い、やがて。
俺の刀が男を斬った。
大きな身体が倒れる。
「頭ァ!」
声が上がった。
「…………」
頭。
この人がそうだったらしい。
知らなかった。
まあいい。
振り返る。
もう一人。
細身の男を探す。
いた。
少し離れたところで、こちらを見ている。
その周囲にいた者たちも、いつの間にか手を止めていた。
細身の男が刀を下げる。
「お前……何者だ」
「八千流と申します」
ざわめきが起こった。
男の表情が変わる。
俺は刀を構える。
「次は、あなたと戦いたいのですが」
「…………」
男が倒れた大柄な男を見る。
それから俺を見る。
「俺たちの争いに、何の恨みがある」
「ありません」
「なら、何で入ってきた」
「お二人が強そうでしたので」
「…………」
男はしばらく黙っていた。
やがて、刀を構え直す。
「狂ってやがる」
そのまま地面を蹴った。
◇
この男も強かった。
先ほどの男とは、まるで違う剣だった。
斬り合い。
最後には。
俺の刀が届いた。
細身の男が倒れる。
「…………」
周囲を見る。
もう誰も斬り合っていなかった。
二つの集団の者たちが、刀を持ったままこちらを見ている。
俺は刀についた血を払った。
二人とも、いい剣だった。
けれど、もう少し長く斬りあいたかった。
そのまま町を出た。
あの争いがどうなったのかは知らない。
どちらが勝ったのかも。
そもそも何を奪い合っていたのかも知らなかった。
俺が覚えているのは。
あの場所に。
二人の強い者がいたことだけだった。
◇
それからも旅は続いた。
ある日の夕方。
山道を歩いていると、前に一人の男が立っていた。
通り過ぎようとする。
「八千流」
足を止めた。
男は刀を握っていた。
「はい」
「ようやく見つけた」
「私をお探しでしたか」
「ああ」
男が刀を抜く。
「兄の仇だ」
「…………」
兄。
誰のことだろう。
「お兄様は?」
「……弥十郎だ」
「…………」
名前を聞いて、顔を思い出そうとする。
だが、分からない。
男の顔が歪んだ。
「覚えてねえのか」
「申し訳ありません」
「ふざけるな!」
男が斬りかかってきた。
刃を受ける。
一目見た時から分かっていた。
あまり強くない。
男の胸を斬った。
「ぐっ……」
男が膝をつく。
それでも刀を握っていた。
「兄貴は……」
「…………」
「お前に斬られて……」
男が立ち上がろうとする。
もう一度。
斬った。
男が倒れた。
「…………」
刀についた血を払う。
弥十郎。
もう一度、名前から顔を思い出そうとする。
やはり、分からない。
この人の兄なら。
もう少し強かったのだろうか。
刀を鞘へ戻した。
◇
「大悪人、八千流が、こちらへ向かっているらしい」
その一言に。
集まっていた者たちの顔が変わった。
部屋にいるのは、いずれも近隣に一門を構える者たちだった。
流派は違う。
古くから付き合いのある者もいれば。
互いの剣を認めていない者もいる。
普段なら、こうして同じ場所に集まることもない。
「確かなのか」
「三日前、西で見た者がいる」
「ここへ来るとは限らん」
「だが、来ないとも限らん」
誰も否定しなかった。
八千流が何を求めて歩いているのか。
今では知られている。
金でも。土地でもない。
強い者。
それだけだった。
「八千流に潰された一門は、一つではない」
部屋が静かになる。
「北では当主と師範を斬られ、一門が潰れた。南でも同じだ。門下を何人も斬られ、全滅したところもあるそうだ」
「…………」
「東では、争っていた二つの勢力へ乱入し、双方の頭を斬ったとも聞く」
一人が低い声で言った。
「強いと噂になれば、どこへでも現れる」
「理由は、それだけか」
「ああ」
強い者がいる。
それだけで現れ、戦い、斬る。
相手が一人でも。
その後ろに何人いようと関係ない。
「この辺りには、名の知られた一門がいくつある」
誰も答えなかった。
「次が我々のどこであっても、おかしくない」
一人の男が鼻を鳴らした。
「だから何だ」
視線が集まる。
「人斬りの小娘一人を相手に、我々が徒党を組むというのか」
「…………」
「そんな真似をして何になる。一人で来るなら、迎えればよい」
「そうして潰れた一門がいくつあると思っている」
男が黙る。
「次がお前のところでも、同じことが言えるか」
「…………」
誰も口を挟まなかった。
この辺りには。
名の知られた剣士が何人もいる。
それぞれの一門に当主がいて、師範がいて、腕の立つ門下がいる。
噂に聞こえる八千流にとって、来る理由には、それで十分だった。
「待っていれば、どこかが狙われる」
「なら、どうする」
「こちらから討つ」
「…………」
「各一門から腕の立つ者を出す」
しばらく沈黙が続いた。
やがて。
一人が頷いた。
それに続き。
また一人。
反対していた男も、最後には何も言わなかった。
こうして、いくつもの一門が。
八千流一人を討つために手を組んだ。
◇
数日後。
集まった者は五十人を超えた。
各一門の師範、名のある剣士、腕を認められた門下。
中には、八千流に師や仲間を斬られた者もいた。
全員が刀を持っている。
八千流が通ると見込んだ街道で待ち。
日が傾き始めた頃。
「……来たぞ」
遠くに一人の女が見えた。
「あれが……八千流か」
刀を腰に差した女が歩いてくる。
やがて、五十人を前にして足を止めた。
◇
目の前に大勢の人がいる。
皆。
刀を持っていた。
「八千流だな」
先頭にいた男が言った。
「はい」
男はこちらを見据える。
「引き返すつもりはあるか」
「ありません」
「そうか」
男の手が柄へかかる。
「なら、ここでお前を討つ」
周囲の者たちも刀へ手をかけた。
「…………」
見渡す。
これだけの人数がいる。
そして、同じではない。
立ち方、刀の位置、重心。
それぞれ違う。
いくつもの剣がある。
「…………ふふ」
思わず笑った。
「何がおかしい」
「いえ」
刀の柄へ手をかける。
「これだけの方と一度に戦えるとは思いませんでしたので」
男の顔が険しくなる。
「やはり化け物か」
刀が抜かれた。
続いて、いくつもの刀が鞘を走る。
俺も刀を抜いた。
◇
討伐隊は。
その日のうちに壊滅した。
◇
日が沈みかけていた。
街道には大勢の者が倒れている。
折れた刀、血に濡れた地面。
その間を歩く。
着物も、髪も。
全身が返り血で染まっていた。
けれど。
俺自身に傷はない。
「…………」
何人か。
いい剣を使う人がいた。
一人では見られなかった剣も。
いくつも見られた。
刀についた血を払う。
「ありがとうございました」
倒れている者たちへ頭を下げた。
刀を鞘へ戻す。
強かった。
知らない剣もあった。
五十人もいれば、今まで見たことのない動きをする者もいる。
それなのに。
「…………」
足りない。
◇
街道を歩きながら、先ほどの戦いを思い返した。
いい剣はいくつもあった。
最初は分からない動きもあった。
それでも。
斬り合えば分かる。
一度。
二度。
刀を合わせるうちに。
次が見えるようになる。
「…………」
もっと強い者を。
もっと知らない剣を。
今までなら、それでよかった。
歩けばどこかにいた。
なら、また探せばいい。
そう考えたところで、足が止まった。
「…………」
なぜか、その日はその先を考えられなかった。
◇
夜になり、火を起こして一人で座った。
俺の知らない剣を、たくさん見た。
俺より強い者にも、何人も会った。
斬られ、負け、覚え、いつか届くようになれば、また次を探した。
宗玄とは違うところにいる何か。
それを求めて、ここまで来た。
実際、宗玄とは違う剣はいくらでもあった。
宗玄より速い者もいたかもしれない。
力だけなら、宗玄を上回る者も間違いなくいた。
それなのに。
一度もなかった。
あの感覚だけは。
◇
構えた宗玄を思い出す。
『打て』
どこでもいいと言われた。
右でも、左でも、上でも、突きでも。
どこへ行っても、そこに宗玄の棒がある気がした。
まだ一本も振っていないのに、もう宗玄の剣の中にいる。
あのときは何も分からず、ずるいとさえ思った。
「…………」
今なら、どうだろう。
数え切れないほどの剣を見た。
斬り合い、覚え、使い、忘れた。
そして八千流と名乗るところまで来た。
それでも、あの剣を分からないと思うのだろうか。
胸が、久しぶりに高鳴った。
俺の知らない剣。
俺より強い者。
宗玄とは違う何か。
ずっと外にあると思って探していた。
けれど、色々な剣を知れば知るほど、最後に思い出したのは一番最初に何も分からなかった剣だった。
「…………ふふ」
笑ってしまった。
ずいぶん遠くまで来た。
何年歩いたのかも、どれだけの人間と斬り合ったのかも分からない。
それなのに今になって、確かめたいものが一つだけ残った。
◇
翌朝、歩き出した。
昨日までとは、向かう先が違う。
強い者の噂を聞くためではない。
知らない剣を探すためでもない。
宗玄のもとへ。
どれほど遠くまで来たのか、自分でもよく分からない。
来た道など、とっくに覚えていなかった。
それでも、帰る場所だけは覚えている。
あの山。
あの家。
庭に立てかけられた棒。
宗玄と、新太。
「…………」
今なら、あなたの剣が分かるのでしょうか。
それとも、やはり何も分からないのでしょうか。
どちらでもよかった。
ただ、もう一度向かい合いたかった。
足を速める。
俺は初めて、新しい剣を探すためではなく、かつて知ることのできなかった剣を見るために。
来た道を戻り始めた。