BLEACHの世界に転生した俺は、初代剣八になるらしい   作:まいちー

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第二十章 戻る

 

帰るのには、思っていたより時間がかかった。

 

当然だった。

 

宗玄のもとを離れてから、数十年が経っている。

 

強い者の噂を追い、知らない剣を求めて、方角など気にせず歩き続けた。山を越え、川を渡り、町から町へ。どれほど遠くまで来たのかさえ、もう分からない。

 

「この山をご存じですか」

 

「ああ。それならもっと東だ」

 

「ありがとうございます」

 

道を聞き、また歩く。

 

知っている地名が出ればそちらへ向かい、分からなくなればまた誰かに尋ねた。

 

そうして幾日も歩いた。

 

焦りはなかった。

 

今までとは違い、強い者を追っているわけでも、知らない剣を探しているわけでもない。

 

宗玄は、たぶんまだあそこにいる。

 

 

ある日の夕方、山道を歩いていて足が止まった。

 

「…………」

 

見覚えがある。

 

道の脇に立つ大きな木。その向こうを流れる細い川。少し先では道が二つに分かれている。

 

数十年も見ていないのに、覚えていた。

 

「…………ふふ」

 

ここからなら、もう道を聞く必要はない。

 

右へ曲がり、林を抜けて坂を上る。

 

足が自然と速くなった。

 

やがて木々の向こうに屋根が見え、その先には家と庭があった。薪が積まれ、壁には何本かの棒が立てかけられている。

 

新しくなっているところもあれば、傷んだところもある。

 

それでも、間違えようがなかった。

 

「…………」

 

帰ってきた。

 

 

「誰だ」

 

声に振り向くと、一人の男が立っていた。

 

白いものの混じった髪に、日に焼けた皺のある顔。身体は大きく、腰には刀を差している。

 

知らない男。

 

最初はそう思った。

 

けれど、その立ち方にはどこか見覚えがあった。

 

男も怪訝そうにこちらを見ていたが、その表情が少しずつ変わっていく。

 

「…………まさか」

 

「?」

 

「清子……か?」

 

「…………!」

 

その声で、ようやく分かった。

 

「新太?」

 

「…………」

 

「本当に?」

 

「こっちの台詞だ!」

 

改めて顔を見る。

 

目も鼻も口も、確かに昔の面影が残っている。

 

「ずいぶん変わりましたね」

 

「何十年経ったと思ってんだよ!」

 

「数えておりません」

 

「数えろよ!」

 

「申し訳ありません」

 

「謝るところじゃねえ!」

 

「…………ふふ」

 

「笑うな!」

 

笑ってしまった。

 

見た目は大きく変わったのに、声と話し方はあまり変わっていない。

 

「お前は……」

 

今度は新太が俺を眺める。

 

顔から髪、着物、最後に腰の刀へと視線を動かし、妙な顔になった。

 

「何でしょう」

 

「いや……俺はこんなんなったのに、お前はあんまり変わってねえな」

 

「そうでしょうか」

 

「ああ」

 

「毎日見ておりますので、よく分かりません」

 

「そういう話じゃねえ」

 

「?」

 

「まあ、いい」

 

新太がため息をついた。

 

俺も改めて新太を見る。

 

変わったのは年齢だけではない。

 

足の置き方も、腰も肩も、刀の位置も、昔よりずっと無駄がない。

 

俺が外を歩いていた数十年、新太もここで剣を振り続けていたのだろう。

 

「新太」

 

「何だ」

 

「強くなりましたね」

 

「…………」

 

新太の眉が寄った。

 

「お前に言われると、何か腹立つな」

 

「なぜでしょう」

 

「知らねえよ」

 

 

「親父」

 

新太が家へ向かって声を上げた。

 

「客だ」

 

「誰だ」

 

声が返ってくる。

 

「出てくりゃ分かる」

 

「…………」

 

昔より低く、少し掠れている。

 

それでも覚えていた。

 

ゆっくりとした足音のあと、一人の老人が家から出てきた。

 

「…………」

 

宗玄。

 

さすがに老いていた。

 

髪はほとんど白く、顔には深い皺が刻まれている。背もほんの少し丸くなったように見えた。

 

数十年も経ったのだから、当たり前だ。

 

新太ですら、あれほど変わった。

 

なのに。

 

「…………」

 

妙だった。

 

足も腰も肩も手も、どこを見ても老人にしか見えない。力だって昔より落ちているはずだ。

 

それでも、どこから斬ればいいのか分からない。

 

「…………ふふ」

 

思わず笑ってしまった。

 

数十年、数え切れないほどの剣を見た。人を斬り、自分も斬られ、八千流と名乗るところまで来た。

 

その目で改めて宗玄を見ても、やはり分からない。

 

「久しぶりだな」

 

「はい」

 

頭を下げる。

 

「お久しぶりです、師匠」

 

「ああ」

 

それだけだった。

 

数十年ぶりなのに、本当にそれだけ。

 

「師匠」

 

「何だ」

 

「私が何をしていたか、聞かないのですか」

 

「見りゃ分かる」

 

「…………」

 

思わず自分を見る。

 

「分かるのですか?」

 

「人を斬ってきた」

 

「…………」

 

「違うか」

 

「いいえ」

 

「ならいい」

 

相変わらずだった。

 

「それで」

 

宗玄が俺を見る。

 

「何しに来た」

 

「剣を見に来ました」

 

「誰のだ」

 

「師匠のです」

 

宗玄の目が、ほんの少し細くなった。

 

「そうか」

 

「はい」

 

宗玄は庭へ出ると、壁に立てかけてあった棒を一本取り、もう一本をこちらへ放った。

 

受け取る。

 

何の変哲もない棒で、昔使っていたものでもない。

 

それでも手にした瞬間、妙に懐かしかった。

 

「新太」

 

「おう」

 

「下がってろ」

 

「分かった」

 

新太が庭の端へ移動する。

 

俺も腰の刀を外して縁側へ置き、棒を握った。

 

数十年ぶりに、宗玄と向かい合う。

 

 

宗玄は棒を持って、ただ立っている。

 

昔と同じだった。

 

初めて宗玄と向かい合った頃、『打て』と言われても何もできなかった。

 

右でも、左でも、上でも、突きでも。

 

どこを選んでも、その先に宗玄の棒がある気がした。

 

だから動けなかった。

 

「清子」

 

「はい」

 

「来い」

 

「はい」

 

宗玄を見る。

 

右なら斬れる。

 

左からも入れる。

 

上も届く。

 

数十年、剣を見続けてきた。昔とは比べものにならないほど多くの道が見える。

 

なのに、その全ての先に宗玄がいる。

 

「…………ふふ」

 

「何だ」

 

「いえ」

 

嬉しかった。

 

「やはり、分かりません」

 

「そうか」

 

「はい」

 

「なら来い」

 

「はい」

 

踏み込んだ。

 

 

――カンッ!

 

踏み込んで振った棒は、宗玄の棒にぶつかった瞬間、そのまま横へ流された。昔ならそこで身体まで崩され、次に何をされたのかも分からないまま終わっていただろう。

 

けれど、今は違う。

 

流された棒を追うように足を入れ、腰を回してそのまま返す。宗玄が半歩だけ外れたのを追おうとした瞬間、今度はその棒が首を狙ってきた。身体を沈めて下を潜り、そのまま懐へ入りながら振る。

 

――カンッ!

 

再び止められた。

 

「…………!」

 

速い。

 

けれど、見える。

 

昔は何をされたのかすら分からなかった。今は宗玄の足が動き、間合いが変わるのが分かる。

 

宗玄の棒が頬を掠めた。熱が走る。それでも足を止めず、そのまま距離を詰めて棒を返すと、宗玄は身体を外へ逃がした。

 

追うように振り抜いた棒の先が、その着物を掠める。

 

庭の端で、新太が息を呑む音がした。

 

届いてはいない。

 

それでも昔なら、掠めることさえできなかった。

 

「清子」

 

「はい」

 

「止まるな」

 

「…………!」

 

その言葉も、数十年前と変わらない。

 

「はい!」

 

 

今度は宗玄から動いた。

 

こちらも待たずに踏み込み、正面から来た棒を受ける。

 

――カンッ!

 

宗玄から習った剣。

 

新太の剣。

 

外で見た数え切れないほどの剣。

 

見て、覚えて、使って、そして忘れた。

 

今は何一つ思い出さないし、何一つ選ばない。

 

宗玄がいて、棒が来る。

 

だから身体が動く。

 

それだけだった。

 

上から落ちてきた棒を身体ごと外しながら横へ返すと、宗玄が沈んで受けた。押さえ込まれても足は止まらず、そのまま前へ出る。

 

――カンッ!

 

宗玄の棒が、こちらの動きを潰すように重なってくる。

 

その瞬間だった。

 

振ろうとしていた棒が自然に止まり、手首が返る。同時に足が半歩だけ横へずれ、宗玄の棒が目の前を通り過ぎた。

 

空いたところへ、俺の棒が走る。

 

――こつ。

 

「…………」

 

小さな音だった。

 

棒の先が、宗玄の肩に触れている。

 

新太も何も言わない。

 

俺も動けなかった。

 

「師匠」

 

「ああ」

 

「今」

 

「ああ」

 

届いた。

 

数十年前、何をしても届かなかった人に。

 

初めて。

 

「…………ふふ」

 

笑った。

 

今度は、謝らなかった。

 

 

「もう一度、お願いします」

 

「ああ」

 

宗玄が構える。

 

その瞬間、すぐに分かった。

 

何かが違う。

 

立ち方も棒の位置も、表情さえほとんど変わっていない。

 

なのに、身体が勝手に警告している。

 

怖い。

 

久しぶりにそう思った。

 

そして、それがたまらなく嬉しかった。

 

「行くぞ」

 

「はい」

 

宗玄が動いた。

 

一気に距離が詰まり、振り下ろされた棒を受ける。間に合ったと思った瞬間、噛み合った棒ごとこちらの腕が外へ弾かれた。

 

――カンッ!

 

すぐに体勢を戻し、続く一撃から身体を外して棒を返す。だが、そこにいるはずの宗玄がいない。

 

「っ!」

 

気づいたときには、脇腹に何かが触れていた。

 

見下ろすと、宗玄の棒がある。

 

「一本」

 

「…………はい」

 

強い。

 

まだ、こんなに。

 

「もう一度」

 

「ああ」

 

 

再び向かい合う。

 

今度は先ほどの動きを追わない。宗玄が何をするのか考えるより先に踏み込み、振る。

 

宗玄が受ける。

 

そこから棒が滑るように外れ、こちらの手元へ入ってきた。腕を引いて避け、そのまま返そうとしたところで、宗玄の足が半歩動く。

 

次が来る。

 

身体を横へ外すと、棒が胸の前を通った。

 

返す。

 

――カンッ!

 

受けられる。

 

そのまま押さえ込まれそうになり、棒を引く。宗玄が追ってくるところへ踏み込み直すと、今度はこちらの棒が宗玄の腕へ触れた。

 

「一本」

 

「はい」

 

すぐに離れる。

 

また向かい合う。

 

 

何本やったのか、途中から数えなくなった。

 

宗玄の棒を避けて返せば、次はその返しを潰される。潰される前に動けば、宗玄はさらに先へ入り、こちらがそこを読めば、今度はこちらの棒が届く。

 

取って、取られて、また取られ、次はこちらが取る。

 

昔とは違う。

 

宗玄の剣の中に入っても動ける。どこから来るか分からなくても身体は止まらず、宗玄も俺の剣を簡単には止められなくなっていた。

 

それでも、わずかに宗玄の方が多く取る。

 

「…………」

 

悔しい。

 

その感情が、少し懐かしかった。

 

外へ出てから、負けて嬉しいと思ったことは何度もある。知らないものがあることが嬉しかったから。

 

だが、今は少し違う。

 

勝ちたい。

 

この人に。

 

我が偉大なる剣の師に。

 

純粋にそう思った。

 

 

「そこまでだ」

 

宗玄が棒を下ろした。

 

俺も止まり、息を整える。

 

「はい」

 

宗玄の呼吸も荒く、額には汗が浮かんでいる。

 

昔は何をしても、この人を動かすことさえできなかった。

 

今は届く。

 

何度も取った。

 

それでも最後まで、わずかに届かなかった。

 

「師匠」

 

「何だ」

 

「一つ、よろしいでしょうか」

 

「ああ」

 

「真剣でも、同じでしょうか」

 

「馬鹿言え」

 

「?」

 

「今のお前と斬り合ったら、俺が死ぬ」

 

「…………」

 

思わず宗玄を見る。

 

「ですが、今は――」

 

「勘違いすんな。今やってんのは稽古だ」

 

宗玄が棒を肩に担ぐ。

 

「殺し合いなら、お前の方が強えよ」

 

少し意外だった。

 

「師匠が、そんなことを言うのですね」

 

「事実だ」

 

宗玄は俺を見た。

 

「お前は俺より速い。力もある。何より、人を殺すのに慣れすぎた」

 

「…………」

 

否定はできなかった。

 

数十年で何人斬ったのか、もう分からない。

 

けれど、その言葉を聞いても嬉しくはなかった。

 

「不満か」

 

「……はい」

 

「何がだ」

 

手の中の棒を見る。

 

「それでは、師匠の剣を超えたことにはならないでしょう」

 

宗玄が黙った。

 

「速いから勝てる。力があるから勝てる。殺し合いに慣れているから勝てる」

 

数十年前、何度振っても、何度考えても届かなかった剣を思い出す。

 

「それでは、足りません」

 

「…………」

 

宗玄を見る。

 

「私は、師匠の剣そのものを超えたいです」

 

宗玄はしばらく何も言わなかった。

 

やがて、ほんの少しだけ口元が動く。

 

「そうか」

 

「はい」

 

「なら」

 

宗玄が棒を壁へ立てかけた。

 

「まだ強くなれるな」

 

「…………」

 

胸の奥が少し熱くなった。

 

「はい」

 

 

縁側に座ると、新太が水を持ってきた。

 

「ほら」

 

「ありがとうございます」

 

「…………」

 

「何でしょう」

 

「お前、昔より気持ち悪くなったな」

 

「そうでしょうか」

 

「ああ」

 

「残念です」

 

「残念なのかよ」

 

少し笑った。

 

宗玄も隣で水を飲んでいる。

 

「師匠」

 

「何だ」

 

「もう一つ、聞いてもよろしいでしょうか」

 

「ああ」

 

「さっきの私は、何を使っていましたか」

 

「知らん」

 

「…………」

 

思わず瞬きをする。

 

「師匠にも?」

 

「ああ」

 

少し嬉しくなった。

 

宗玄がこちらを見る。

 

「お前は分かるのか」

 

「いいえ」

 

「なら、それでいい」

 

「…………」

 

「覚えたんだろ」

 

「はい」

 

「使ったか」

 

「はい」

 

「捨てたか」

 

「……はい」

 

「忘れたか」

 

数十年でどれだけの剣を見たのか。

 

誰から何を覚えたのか。

 

もう、ほとんど分からない。

 

「はい」

 

宗玄が頷く。

 

「なら」

 

一拍。

 

「それがお前の剣だ」

 

「…………」

 

ずっと欲しかった答えだった。

 

数十年、剣を追い、斬って、斬られて。

 

ようやくここまで来た。

 

「はい」

 

それしか出てこなかった。

 

 

その夜は、初めて宗玄の家で眠った。

 

昔使っていた場所ではないし、家も人も少しずつ変わっている。

 

それでも聞こえてくる音は、妙に懐かしかった。

 

「清子」

 

隣から新太の声がした。

 

「はい」

 

「明日もいるのか」

 

少し考える。

 

「いいえ」

 

「そうか」

 

「はい」

 

「どこへ行く」

 

「決めておりません」

 

「また強い奴探すのか」

 

答えようとして、止まった。

 

今までなら、そうしていた。

 

けれど。

 

「分かりません」

 

「何だそれ」

 

「ただ、前とは少し違う気がします」

 

「…………そうか」

 

新太は、それ以上聞かなかった。

 

 

翌朝、刀を腰へ差す。

 

宗玄は庭にいた。

 

「行くのか」

 

「はい」

 

「そうか」

 

数十年前と同じだった。

 

引き止めない。

 

どこへ行くとも聞かない。

 

「師匠」

 

「何だ」

 

頭を下げる。

 

「ご指導、ありがとうございました」

 

「ああ」

 

顔を上げる。

 

「また来てもよろしいでしょうか」

 

「好きにしろ」

 

「はい」

 

少し笑う。

 

「では」

 

背を向ける。

 

「八千流」

 

「…………!」

 

足が止まった。

 

振り返る。

 

宗玄がこちらを見ている。

 

「…………」

 

その名を。

 

宗玄が知っているとは思わなかった。

 

いや。

 

知っていたとしても。

 

この人だけは、俺をそう呼ばないような気がしていた。

 

宗玄にとって俺は。

 

八千流になるより前の。

 

刀の振り方さえ知らなかった清子なのだと。

 

勝手に。

 

そう思っていた。

 

「何でしょう」

 

「死ぬなよ」

 

「…………」

 

今度は、別の意味で言葉が出なかった。

 

宗玄がそんなことを言うとは思わなかった。

 

「はい」

 

それだけ答える。

 

今度こそ歩き出した。

 

 

数十年、外に答えを探していた。

 

知らない剣を見つけては覚え、使い、忘れ、また次を探した。

 

そうして、一つの答えには辿り着いた。

 

俺の剣は、もう探すものではない。

 

宗玄から始まり、数え切れない剣を通り、最後には誰のものでもなくなった。

 

けれど、まだ終わりではない。

 

師匠の剣そのものを超えたい。

 

あの言葉は、もう口にした瞬間から俺の中に残っている。

 

宗玄は言った。

 

まだ強くなれる。

 

「…………ふふ」

 

なら、強くなろう。

 

八千流。

 

その名を背負って、いつか師の剣さえ超えて。

 

その先へ。

 

俺は再び、外へ向かって歩き出した。

 

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