BLEACHの世界に転生した俺は、初代剣八になるらしい 作:まいちー
回道を学び始めてから、随分と月日が流れた。
十一番隊で隊務をこなし、刀を振る。その合間に四番隊へ通い、人を診る。いつの間にか、それが俺の日常になっていた。
◇
一番隊舎。秘匿訓練場。
一番隊舎のさらに奥、普段はほとんど使われることのない訓練場だった。周囲から隔てられ、多少の霊圧や戦闘の余波なら外へ漏れないよう造られている。
その中央で、一番隊副隊長、雀部長次郎と向かい合っていた。
「穿て、厳霊丸」
長次郎の刀が細身の剣へと姿を変える。
「参ります」
「はい」
踏み込んできた切っ先を刀で外し、そのまま前へ出る。長次郎はすぐに剣を返しながら雷を落としてきたが、俺は進路を僅かに変えてその脇を抜け、距離を取られる前に再び間合いへ入った。
突きを外し、返された剣を受けて押し込む。長次郎は刃を傾けて俺の力を流そうとしたが、その動きに合わせて足を運び、逃げる先を追って刀を返した。
長次郎はそれを受けながら後ろへ跳び、距離を取る。着地と同時に厳霊丸を振ると、追う俺の前へ雷が落ちた。
横へ外れてさらに追う。二つ目の雷が進路を塞いだところで一度足を止めると、その隙に長次郎の剣が胸元へ伸びてきた。
刀で外す。
そのまま一歩入った。
「――」
長次郎が剣を引くより早く、その首元へ刃を止める。
「…………」
「まだ続けますか?」
「無論です」
長次郎は厳霊丸を下ろすと、一度大きく距離を取った。
「やはり、始解では届きませぬな」
そう言って、再び剣を立てる。
「卍解――黄煌厳霊離宮」
霊圧が一気に膨れ上がった。
頭上を黒雲が覆い、訓練場を震わせるほどの雷鳴が轟く。始解までとは明らかに違う圧に、刀を握り直した。
長次郎が剣を振る。
幾筋もの雷が降り注いだ。
一つ目を外れ、二つ目の脇を抜けて距離を詰めようとすると、その進路へさらに雷が落ちる。足を変えたところへ長次郎自身が踏み込んできたため、伸びてきた剣を刀で受けた。
刃が重なった瞬間、雷が腕へ流れ込む。
痺れを無視して押し返すが、始解までのようには下がらない。長次郎も踏み止まり、重なった刃からさらに雷を流し込んでくる。
そこで力を抜き、身体を横へ外した。
長次郎の剣が前へ流れる。その脇へ入ろうとした瞬間、頭上で雷鳴が響き、足元へ雷が落ちたため、踏み込みを止めて距離を取った。
「…………」
ようやく、簡単には入れなくなった。
もう一度踏み込む。
落雷を避け、その先で待つ長次郎の剣を外す。今度はそのまま懐へ入ろうとしたが、長次郎は無理に受けず後ろへ跳んだ。
追おうとして、止まる。
雷が来ない。
頭上の黒雲を走っていた無数の光が、長次郎の掲げた厳霊丸へ集まり始めていた。
雷が刀身へ収束していく。
眩い光に包まれた厳霊丸から、それまでとは比べものにならない霊圧が伝わってきた。
長次郎が踏み込む。
避けることもできる。
けれど、その一撃がどれほどのものなのか知りたかった。
刀を両手で握り、正面から振る。
刃が激突した。
轟音とともに雷が弾け、視界が白く染まった。刀を通して流れ込んだ衝撃に腕が沈み、踏み締めた地面が砕ける。
重い。
長次郎がさらに踏み込んだ。
刀身へ集められた雷が絶えず流れ込み、腕から肩まで痺れていく。押し込まれた刀とともに身体が下がり、足が半歩だけ後ろへ滑った。
そこで止める。
腰を落とし、刀を押し返した。
「……っ!」
長次郎の表情が変わる。
拮抗した刃の間で雷が激しく弾ける中、少しずつ押し戻していくと、今度は長次郎の足が後ろへ動いた。
長次郎が厳霊丸を引く。
同時に凝縮されていた雷が弾け、互いの身体が離れた。
着地して刀を構え直す。
腕には、まだ痺れが残っている。
「…………」
思わず笑った。
「やはり、卍解は違いますね」
「剣八殿に半歩とはいえ退いていただけたのです。長年鍛え続けた甲斐がありましたな」
「はい。もう一度お願いします」
「喜んで」
長次郎が厳霊丸を構え直すと、頭上で再び雷鳴が轟いた。
今度は、あの一撃を受ける必要はない。
どう外すか。
どう抜けるか。
そして、その先でどう斬るか。
それを考えながら、俺も刀を構え直した。
◇
別の日。
隊士同士の稽古を見ていると、一人の肩へ刀が入った。
「ぐっ……!」
相手がすぐに刀を引く。傷は浅いが、開いた衣の下から血が流れていた。
「見せてください」
「はい」
座らせて傷口へ手を添え、状態を確かめながら回道を施していく。
「もう大丈夫です」
「ありがとうございます、隊長」
隊士は肩を回して確かめると、すぐに刀を拾った。
回道を覚えてから、こういうことが増えた。
傷を負っても、その場で治せる。治れば、また刀を振れるため、以前より稽古を止める理由が減った。
「失礼します。十一番隊長に書類をお持ちしました」
声に振り返ると、見覚えのない隊士が入口に立っていた。
「私です」
「あ、こちらを――」
その時、後ろで肉を断つ音がした。
「がっ……!」
一人の隊士が地面へ崩れ落ちる。
胸元から腹にかけて深く斬られ、倒れた身体の下へ血が広がっていった。
「隊長!」
「今行きます」
書類を持った隊士へ向き直る。
「少々お待ちください」
「え……あ、はい」
倒れた隊士の傍へ行き、傷を確認する。
深い。
傷口へ手を添え、流れ続けていた血を止める。傷ついた内側から順に回道で治していくと呼吸も落ち着き、最後に大きく開いていた傷が閉じた。
「もう大丈夫です」
「ありがとうございます、隊長」
隊士は立ち上がると、血に濡れた刀を拾った。
「もう一回だ」
「来い」
血溜まりを挟んで、二人が再び刀を構える。
「…………」
書類を持った隊士が固まっていた。
「お待たせしました」
「……あ、はい」
近づくと、隊士は少し遅れて書類を差し出した。
「こちらをお願いします」
「確かに受け取りました」
「…………」
「どうされました?」
「いえ、何でもありません」
「そうですか」
「では、失礼します」
「はい。ありがとうございました」
隊士は一礼すると、足早に稽古場を出ていった。
「…………?」
随分と急いでいたらしい。
後ろでは、もう刀のぶつかる音が響いている。
治せば、また戦える。
回道を学んだことで、できることは確実に増えた。
◇
ある日の稽古が終わった後だった。
刀を納めていると、若い隊士が一人、こちらへ近づいてきた。
「隊長」
「はい」
「あの、聞いてもいいですか?」
「何でしょう」
隊士は少し迷ってから口を開いた。
「どうしたら、隊長みたいに強くなれますか?」
「…………」
「俺、もっと強くなりたいんです」
少し考える。
「刀を振って、強い者と斬り合うことです」
「それだけですか?」
「負けたら、なぜ負けたのか考える。それを繰り返せばいいと思います」
「分かりました。ありがとうございます!」
隊士は頭を下げ、走っていった。
「…………」
間違ったことは言っていない。
俺も、そうして強くなってきた。
刀を振った。
強い者と斬り合った。
負ければ考えた。
それを、ずっと繰り返してきた。
では。
今の俺は、何をすればいい。
どうすれば、もっと強くなれるのだろう。
「…………」
原作の卯ノ花八千流を超える。
更木剣八も超える。
尸魂界へ来た時から、それは変わっていない。
けれど。
どうすればそこへ届くのか。
それが、今の俺には分からなかった。
宗玄は、ただ刀を振るだけでは知ることのできなかったものを俺に教えてくれた。
天示郎もそうだ。
回道を覚えるために医術を学び、身体を知り、霊力をこれまでとは違う形で扱うことを覚えた。
剣ではないものから得たものが、今の俺の剣の中にもある。
「…………」
まだ、他にもあるはずだ。
俺の知らないものが。
原作の卯ノ花八千流にはなかったものが。
なら、それを探しに行ってみよう。
◇
総隊長室を訪ねると、山本重國は机に向かっていた。
「総隊長、失礼します」
山本が顔を上げる。
「何用じゃ」
「少し、お時間をいただいても?」
「申せ」
「はい」
部屋へ入り、山本の前に座る。
「少し、暇をいただきたいのですが」
「暇じゃと?」
「はい」
「どれほどになる」
「分かりません。一年かもしれませんし、もっと長くなるかもしれません」
山本の眉が僅かに動いた。
「何をする」
「旅に出ようかと」
「旅?」
「はい」
「何を求めてじゃ」
「剣を」
「人を斬ると?」
「いいえ」
首を横に振る。
「それで手に入る強さは、もう随分と探しました」
「…………」
「今度は、それでは手に入らない強さを探しに行きたいです」
山本はしばらく俺を見ていた。
山本の視線が、俺の胸元へ落ちる。
「その傷か」
「…………」
胸の中央に残った傷へ、手を添える。
「ええ。理由の一つです」
「童と戦ったと聞いた」
「はい」
「お主が斬ったとも聞いておるぞ」
「斬りました」
「ならば、なぜそこまで気にする」
「あの子は、強かったので」
「お主よりか」
「…………」
答えず、胸の傷を指でなぞる。
「剣の頂は、まだ先にあるようです」
山本を見る。
「その頂に、あなたもいるのでしょう?」
「…………」
少し間が空いた。
「儂を超えると?」
「はい」
山本の目が細くなる。
僅かに、霊圧が揺れた。
「大言を吐きおる」
山本重國は、迷いなく言い切った。
「…………」
少しだけ笑う。
「ですから、探しに行ってみようかと」
「何をじゃ?」
「剣の理とは何なのかを」
「…………」
山本はすぐには答えなかった。
「その間、十一番隊をどうする」
「今の副隊長なら、隊をまとめられます」
「いつ戻るとも知れぬ者を、隊長のままにはしておけんぞ」
「…………」
それは当然だろう。
「では、十一番隊隊長を退きます」
「剣八の名もか」
「はい」
少し考えてから答えた。
「次に十一番隊を率いる者が、継げばよいかと」
山本はしばらく俺を見ていた。
「そこまでして、なお行くと申すか」
「はい」
「何も得られぬやもしれんぞ」
「それも、一つの答えでしょう」
「…………」
山本の視線を受けながら、ふと思う。
この人とは、随分と長い付き合いになった。
初めて会った頃とは、俺も、この人も、そして護廷十三隊も変わった。
「総隊長」
「何じゃ」
「かつて、あなたは、斬ることしか知らなかった私たちを、この尸魂界を護るために集めました」
「…………」
「私たちがあなたに従ったのは、力の強さだけが理由ではありません」
◇
『その過去を問うために集めたのではない。儂が求めておるのは、善人ではない』
『共に戦える強者じゃ』
『儂がお主らを集めた理由は一つ。尸魂界を護るためじゃ』
『何を護るべきか分からぬなら、考える必要はない』
『儂が示す』
『儂が敵と定めた者を斬れ。立ちはだかる者を斬れ。敵が百なら、百斬れ』
◇
山本重國は強く、彼の示す敵を斬ればいい。
それで十分だった。
けれど。
今の護廷十三隊は、かつての私たちとは随分と様相が違っている。
それは、弱くなったのだと、俺は思わない。
「強いとは、どういうことなのか。昔の私なら、答えられました」
「…………」
「でも、今は分かりません」
山本を見る。
「それを知らないまま、剣の頂を目指すことはできないでしょう」
「故に、旅に出ると」
「はい」
「…………」
しばらくして、山本が口を開いた。
「好きにせい」
「よろしいのですか?」
「止めたところで、いずれ出て行くのであろう」
「そこまではしません」
「信用できぬ」
「…………」
何も言わないでおいた。
「ただし」
山本の声が低くなる。
「戻ってこい」
「…………」
「旅が終われば、また護廷で働いてもらう」
「はい」
「死ぬことは許さぬ」
少しだけ目を瞬く。
「総隊長らしくないことを仰いますね」
「…………」
鋭い視線が返ってきた。
「失礼しました」
立ち上がり、頭を下げる。
「承知しました。必ず戻ります」
◇
それから、旅に出るための準備を始めた。
長く隊を空けるとなれば、何もせずに出て行くわけにはいかない。
十一番隊の仕事を整理し、俺がいなくとも困らないようにしていく。
今の副隊長なら、俺がいなくても隊をまとめられる。
後のことは、山本が決めるだろう。
俺がやるべきなのは、十一番隊を任せられるようにしておくことだけだった。
それを終えると、四番隊へ向かった。
◇
「旅ぃ?」
「はい」
天示郎が露骨に怪訝そうな顔をした。
「何しに行くんだよ」
「剣を探しに」
「また人斬りか?」
「総隊長にも同じことを聞かれました」
「そりゃ聞くだろ」
「今回は違います」
「本当かよ」
「おそらく」
「おそらくじゃねえ」
「…………」
天示郎が頭を掻く。
「せっかく回道覚えたと思ったら、今度は旅か」
「はい」
「十一番隊はどうすんだ」
「隊長を退きました」
「…………」
天示郎がこちらを見る。
「そこまでして行くのかよ」
「はい」
「総隊長は?」
「許可をいただきました」
「よく許したな、あの爺さん」
「少し怒られました」
「少しか?」
「私にはそう見えました」
「絶対もっと怒ってただろ」
「…………」
否定はしないでおいた。
天示郎は大きく息を吐いた。
「まあ、てめえが決めたんなら、俺が止めることじゃねえけどよ」
「はい」
「ただ、覚えたこと忘れて帰ってきたら、最初からやり直させるからな」
「それは困ります」
「なら、人を救え」
「…………」
「はい」
どうやら、旅の目的が一つ増えたらしい。
剣の理を探す。
そして、その道すがら。
この手で救える者がいるのなら、救ってみよう。
「麒麟寺隊長」
「あ?」
「ありがとうございました」
「…………」
天示郎は少し黙ってから、鼻を鳴らした。
「達者でな」
「はい」
「…………」
「随分と心配性なのですね」
「誰が元十一番隊長を心配するかってんだ!」
「…………ふふ」
「さっさと行け!」
「はい」
四番隊を出る。
振り返らなかった。
また戻ってくるのだから、それでいい。
◇
旅立ちの日。
十一番隊の隊舎を出る。
隊長羽織は、十一番隊を退く時に返した。
荷物は多くない。
必要なものだけをまとめ、肉雫唼を腰に差している。
門の前で一度、足を止めた。
長く過ごした場所だった。
ここで隊長になった。
多くの血を流した。
剣八を名乗った。
数え切れないほど刀を振った。
「…………」
肉雫唼の柄へ触れる。
強いとは、どういうことなのか。
昔なら、答えは簡単だった。
強い者を斬る。
斬れなければ、もっと強くなる。
それを繰り返していけばいい。
けれど、今は分からない。
宗玄と出会った。
山本重國と出会った。
そして、長い間、護廷十三隊が変わっていくのを見てきた。
俺の知らなかったものは、いつも俺の外にあった。
なら。
今度も探しに行けばいい。
「では」
誰に言うでもなく呟く。
「行きましょうか」
歩き出す。
行き先は、まだ決めていない。
どこに何があるのかも知らない。
それでいい。
分かっているものを探しに行くわけではないのだから。
俺の知らない場所へ。
まだ知らない強さを探しに。
旅に出た。