BLEACHの世界に転生した俺は、初代剣八になるらしい 作:まいちー
最高の卯ノ花烈を作る。原作を超え、更木剣八より強くなる。
大層な目標を掲げたところで、今の俺には刀一本ない。斬魄刀どころか、普通の刀すら持っていない。
「…………」
順番にいこう。まずは刀。話はそれからだ。
◇
流魂街を歩いてみれば、刀そのものは見かけた。
腰に差した男や、荷物と一緒に刃物を持ち歩く者もいる。遠目に見ただけでまともな刀かどうかまでは分からないが、少なくとも死神だけが刀を持っているわけではないらしい。
問題は、俺には金も仕事も、交換できる物もないことだった。
死んだばかりなので当然である。
公家の姫だったころなら、欲しい物があれば誰かに用意してもらえた。もちろん刀は駄目だったが。
今は自由だ。
誰も俺が刀を持つことを止めない。その代わり、誰も用意してくれない。
「……世の中、上手くできていますね」
あまり嬉しくない発見だった。
ならば働いて手に入れる。
普通ならそうするところなのだろう。
だが、俺は考えた。
ここは流魂街。それも中心から離れるほど治安が悪くなり、争いも珍しくない。実際、刀を持っている者もいる。
そして俺が欲しいのは、名刀でも斬魄刀でもない。刃こぼれしていても、錆びていても、とりあえず振れるものが一本あればいい。
「…………」
落ちてないかな。
我ながら発想がだいぶ庶民的になった。
いや、庶民というより拾得物狙いである。公家の姫として一生を終えた女とは思えない。
だが、刀のためなら仕方ない。
◇
数日かけて、俺は少しずつ流魂街の外側へ向かった。
進むほど家は粗末になり、道は荒れ、人々の目つきも変わっていく。
最初のうちは一人で歩く女も見かけたが、それも次第に減り、さらに進むとこちらを見る男たちの視線が妙に長くなった。
「…………」
これは、あまりよろしくない気がする。
公家社会で生きてきたおかげで、人の視線には敏感だ。
俺は早々に引き返した。
刀は欲しいが、手に入れる前に何かあったら意味がない。
翌日は別の道を選び、その次の日も探した。
焦る必要はない。何しろ、もう死んでいるのだから、時間だけならいくらでもある。
そして五日目。
見つけた。
「…………」
最初は気づかなかった。
道から少し外れた壊れかけの家の裏手には、何かが争った跡が残っていた。木箱が壊れ、布が落ち、地面には乾いた血の跡もある。
誰が、何のためにここで争ったのか。そんなことを考えながら視線を動かし、ふと止まった。
「…………」
そこに長いものが落ちていた。半分ほど土に埋もれ、黒ずんだ鞘から擦り切れた柄が覗いている。
俺はしばらく動かなかった。
数秒。いや、もっと長かったかもしれない。
ゆっくり近づいてしゃがみ込み、改めてそれを見る。
「……刀」
本物だ。
手を伸ばしかけたところで止まり、周囲を見る。誰もいない。
もう一度刀を見て、それから念のためもう一度周囲を確認した。
やっぱり誰もいない。
「…………」
これは、拾っていいやつでは?
いや、たぶん駄目だ。
誰かの物だ。少なくとも、昨日まで地面から生えていたものではない。
しかし持ち主らしい人間はいないし、届ける場所も知らない。
そして俺は、二つの人生を費やしてなお、一度も本物の刀を振ったことがない。
「…………」
拾い上げると、ずしりと腕に重みがかかった。
「っ」
思ったより重く、危うく落としそうになって慌てて両手で抱えた。
「……重いな」
当たり前なのだが、少し感動した。
これまで振っていた枝とは違う。本物の刀には、はっきりと重量がある。
鞘を握って柄に手をかけ、少し力を入れてみる。
抜けない。
「…………」
もう一度、少し角度を変えると、今度は擦れる音とともに刀身が現れた。
「…………」
綺麗――ではなかった。普通に汚い。
錆が浮き、刃も何か所か欠けている。前々世の俺が博物館で見た日本刀とは比較にならない。
それでも刀だった。ガラス越しではなく、目の前にあって、俺が握っている。
柄を両手で持ってみる。
「…………」
重い。
今度は、さっきとは違う意味で重かった。
鞘から抜いたことで刀身の重さがはっきり分かる。手元だけではなく、ずっと先にまで重さが伸びていて、少し傾けただけでも手首が持っていかれそうになる。
――これか。
ずっと、これをやりたかった。
試しに振ってみる。
「……っ!」
ぶおん。
想像していたものとは全然違った。
刀に身体ごと持っていかれ、二歩よろける。
「…………」
危ない。今のは駄目だ。
もう一度。
両手でしっかり握って足を開く。
幼いころ、護衛がやっていたのを思い出す。もっとも、一度か二度見ただけなので正確な構えなんて覚えていない。
振り上げると、やはり重い。
そのまま振り下ろす。
ぶんっ。
「…………」
さっきよりはいいが、何か違う。もう一度振ってみる。
ぶんっ。
「…………」
俺は笑った。
「楽しい」
刀を拾った。ただそれだけなのに、尸魂界に来てから一番嬉しかった。
◇
刀を手に入れてから、俺の日課は決まった。
朝起きて刀を振る。
少し歩いて刀を振る。
食べ物を探して刀を振る。
寝る前にも刀を振る。
「…………」
我ながらひどい生活である。
公家の娘だったころとは比べものにならない。
琴もない。歌を詠む必要もない。女房もいないし、朝廷の話を聞くことも、着飾る必要すらない。
その代わり、刀がある。
――最高では?
そう思ってしまう程度には、俺は満足していた。
もちろん剣術なんて知らないから、最初はただ振った。
両手で柄を握り、頭上へ持ち上げて振り下ろす。
それだけなのに難しい。
腕だけで振れば刀に身体を引っ張られ、止めようとすれば肩に力が入る。何度も振れば手も痛くなる。
柄を握る場所を変えても駄目。
力を抜けば刀が手から飛んでいきそうになり、強く握れば今度は腕が固まる。
「……難しいですね」
誰もいないのに、公家時代の口調が出た。
何十年も使っていたのだから、もうこちらが素なのかもしれない。
それでも楽しかった。できないからこそ、次を試したくなる。
幼いころに振っていた枝とは違い、本物の刀にははっきりと重さがある。
適当に振れば、適当にしか動かず、こちらの都合に合わせてもくれない。なら、合わせるのは俺の方だ。
次の日も、その次の日も振った。
誰に教わったわけでもなく、正解も知らない。
だから、とにかく試した。
腕だけでは駄目なら腰を使う。腰だけ意識すれば身体が捻れすぎ、足を動かせば今度は刀と足がばらばらになる。
「…………」
難しい。
もう一度振るが、違う。さらに振る。
「……今のは少し良かった」
何が良かったのかは説明できない。ただ、さっきより刀が軽く感じた。
なら、同じようにもう一度振る。
「…………違う」
再現できないのが腹立たしくて、十回、二十回、三十回と繰り返した。
――ヒュッ。
「…………」
思わず止まった。今、音が違った。
もう一度、同じように振ってみる。
ぶんっ。
「……違う」
戻ってしまった。それでも、確かに一度だけ刀が自分から走ったような感覚があった。
「…………」
口元が緩む。
面白い。
翌日も、また振った。
◇
それから何日経ったのか。十日か、二十日か、その辺りで数えるのをやめた。
毎日刀を振り、手の皮が擦れても翌日にはまた振った。
やがて手のひらに硬い部分ができた。
「…………」
少し嬉しかった。
公家の姫だったころには絶対になかった、刀を振った証拠だ。
振り方も少しずつ変わった。
最初のころのように刀に引っ張られて転びそうになることはなくなり、振り下ろしてその場で止まれるようになった。
横にも振れる。
踏み込みながら振ることも試した。
突きもやってみたが、これは怖かった。勢いをつけすぎて、そのまま前につんのめった。
二度目からは気をつけた。
もちろん、これが剣術なのかと聞かれれば分からない。たぶん違う。完全な我流だ。
それでも、昨日より今日、今日より明日と確実に上手くなっている。何より楽しく、振れば振るほどもっと振りたくなる。
もっと速く。もっと軽く。もっと綺麗に。
刀が自分の腕になったみたいに動けば、どれだけ気持ちいいんだろう。
――才能、あるんじゃないか?
ある日、そんなことを考えた。
いや、あるだろう。何しろ俺は卯ノ花烈になる女である。原作が正しければ、尸魂界でも屈指の剣士になるのだから、才能は保証済みだ。
「…………」
これは、かなり期待していいのでは?
今は完全な我流でも、日に日に上達している。ちゃんと剣術を習えば、一年、十年、百年と重ねたその先は。
「ふふ」
思わず笑った。
楽しくなってきた。いや、最初から楽しかったのだ。
ようやく本当に、自分がずっとやりたかったことをやれている。
◇
その日の夕方。
いつものように刀を振り終え、鞘へ納める。
今日は良かった。最後の十回は特に刀が軽く、少なくとも昨日より上手く振れた気がする。
「明日はもう少し足を――」
そこで声が聞こえた。
「おい」
「…………」
振り返ると、少し離れたところに三人の男が立っていた。
いつからいたのか分からない。
――まずいな。
これまで刀を振る場所には気をつけていた。
人通りが少なく、周囲から見えにくく、邪魔が入らない場所。
練習には最適だった。
そして、女一人を襲うにも最適だったことに今さら気づいた。
「一人か?」
男の一人が聞いた。
俺は答えず、三人との距離と逃げ道を見る。
後ろには細い道がある。
「お前、この辺の奴じゃねえだろ」
別の男が笑う。
視線が気持ち悪い。
顔から身体、そして腰の刀へと順番に動いている。
「ずいぶん綺麗な姉ちゃんだな」
「…………」
なるほど。
目的はだいたい分かった。
俺は静かに一歩下がった。
「失礼いたします」
背を向けた瞬間、腕を掴まれた。
「――っ」
速い。
いや、速くない。
俺が遅い。
振りほどこうとしても動かず、もう一人が前へ回って逃げ道を塞ぐ。
「離してください」
「そう怖い顔すんなって」
笑い声を聞きながら、心臓が速くなる。
だが、俺には刀がある。毎日何百回、何千回と振り、拾ったばかりの頃とは比べものにならないほど上手くなった。
俺は卯ノ花烈になる女だ。剣の才能だって――。
そこまで考えて、掴まれた腕を見る。
振りほどくことすらできない。
いつか卯ノ花烈になるとしても、今の俺は公家の娘だった女が、拾った刀を我流で振っているだけだ。
「その刀、飾りか?」
男が俺の手元を見て笑う。
「抜いてみろよ」
男たちの笑い声の中、柄へ手をかけると、指が震えていた。
練習では何百回握ってもこんなことはなかった。だが、今ここで抜けば、もう練習ではない。
目の前の人間は動き、殴り、掴み、こちらを傷つける。そして俺が振った先に相手がいれば、本当に斬れる。
刀を振ることと、人に向けて刀を振ることは、まるで違う。
「何だよ。使えねえのか?」
笑われたが、その通りだった。少なくとも、人へ向けて使ったことは一度もない。
それでも男の手が俺の着物へ伸びた。
「――触らないでください」
俺は刀を抜いた。
刃が現れた瞬間、男たちの笑いが止まった。
両手で柄を握り、毎日繰り返してきた通りに構える。怖くても、身体には振ってきたものが残っている。
近づいてきた男へ、そのまま刀を振った。
ぶんっ。
だが、男は半歩下がっただけで刃を躱した。振り切った刀に身体を持っていかれ、そこへ横から肩を突かれる。
「きゃっ――」
地面へ転がった。
「なんだ。本当に使えねえじゃねえか」
笑い声が降ってくる。
痛みが走ったが、それでも刀は握ったままだった。
素振りとは、本当に全然違う。
相手は止まってくれない。自分の間合いにも立ってくれないし、好きなタイミングで振らせてもくれない。
怖くて身体も思った通りに動かない。それなのに、頭の片隅では別のことを考えていた。
――どうすれば、当てられる?
近づいてくる男を見ながら刀を握り直す。
今度は、さっきと同じ振り方では駄目だ。
◇
まず立たないと話にならない。
刀を支えに身体を起こそうとしたところへ、男の足が伸びてきた。
「――っ!」
腹を蹴られ、息が詰まる。そのまま地面を転がり、吐きそうになるほどの痛みに身体が縮こまった。
「お前、やりすぎんなよ」
「分かってるって」
笑い声が聞こえる。
それでも刀は離さなかった。これを離したら、本当に終わる。
立て。刀を持っているなら使え。何のために毎日振った。
近づいてきた男へ、立ち上がりざまに刀を横へ振る。
「うわっ」
男が慌てて下がった。
また空振りだったが、今度は近づかせなかった。
当たらなくても、振れば下がる。
俺は震える切っ先を男へ向けた。
「何だ、その構え」
「知らないなら黙っていてください」
「あ?」
「私も分かりませんので」
男が妙な顔をした。
本当に分からないのだ。正しい構えも、人を相手にどう動けばいいのかも知らない。
なら、今できることをするしかない。
男の肩、腕、足を見るが、どこを見ればいいのかも分からない。
「もういい。押さえろ」
後ろにいた男の声で、二人が同時に動いた。
右から来た男へ刀を振ると、簡単に避けられた。その瞬間には反対側の男に腕を掴まれ、強く引かれて身体が回る。
「離して!」
「大人しくしろ!」
右腕を後ろから押さえ込まれた。肘を振っても当たらず、足を踏もうとしても逃げられる。力任せに暴れても、男の方が強い。
正面から、もう一人が近づいてくる。
「ったく。面倒かけさせやがって」
「…………っ」
怖くて逃げたいのに、周囲には誰もいない。刀を振るところを見られたくなくて、自分で人の来ない場所を選んだのだ。
――馬鹿か、俺。
男の手が顔へ伸びてきた。
「――触るな!」
咄嗟に頭突きすると、鈍い衝撃が額に返ってきた。
「ぐっ!」
男が顔を押さえ、後ろから俺を拘束していた腕が僅かに緩む。
今だ。
身体を捻って抜け出し、そのまま刀を振ったが、また避けられた。
違う。さっきから全部同じだ。怖いから近づいてほしくなくて、力いっぱい振っている。当てようとしているのではなく、追い払おうとしている。
だから、刀を振り上げた時にはもう下がられている。
だったら、小さく振ればいい。
毎日の練習でも、力を入れすぎれば刀は重くなり、逆に力が抜けた時だけ軽く走ることがあった。あれだ。
「この――!」
男が殴りかかってくる。
拳ではなく、その前に動く肩を見る。身体が前へ出て、間合いへ入ってくる。
間合いへ入った瞬間、小さく横へ振った刀に初めて感触があった。
「ぐっ!」
「…………!」
男が飛び退き、腕を押さえる。服が裂け、その下から血が滲んでいた。
浅い。それでも、初めて斬った。
「てめえ……!」
男の顔から笑みが消える。
血のついた刃を見ると、胃の辺りが冷たくなった。
本当に人を斬れるのだ。当たり前のことなのに、握っているものが何なのか、初めて分かった気がした。
「ぶっ殺す!」
「おい!」
斬られた男が怒鳴りながら突っ込んでくる。
今度は蹴りだった。見えて、避けようとしたが間に合わない。
「っ!」
脇腹へまともに入った。
身体が浮き、地面へ倒れた拍子に刀が手を離れる。男はそのまま腹を蹴り、もう一度足を振り下ろした。
身体を丸めても痛い。息ができない。
駄目だ。このままでは普通に負ける。
俺は刀を持っているだけだ。毎日振って少し上手くなった程度で、誰かと戦う方法なんて何一つ知らない。
「押さえろ!」
腕と足を押さえられ、男が上へ乗ってくる。
「やめ――」
着物の襟を掴まれ、布がずれた。
「――っ!」
頭が真っ白になった。
嫌だ。
少し先にある刀へ右手を伸ばすが、届かない。
「大人しくしろ!」
頬を打たれて視界が揺れる。それでも身体を無理に捻り、さらに手を伸ばした。
指先が刀身に触れた。
刃に触れたらまずいが、そんなことを気にしている場合ではない。あと少しというところで、男の手が襟の中へ入った。
「――嫌だ!」
身体を捻り、ようやく柄を掴む。
構えも、振る余裕もなかった。ただ両手で柄を握り、そのまま前へ突き出した。
「――っ」
男の身体が止まった。
「…………」
柄から、妙な重さが伝わってくる。さっき腕を斬った時とは違う。
男と目が合う。驚いた顔をしていた。
視線を下げると、刀が男の腹に入っていた。
「…………」
俺が刺したのだ。
男の口から息が漏れ、身体から力が抜けていく。重みがこちらへ傾き、慌てて横へ逃れると、そのまま地面へ倒れた。
一瞬、辺りが静かになった。
「お、おい……」
残った二人も止まっている。
倒れた男の下から、血が広がっていく。
俺は刀を握ったまま動けなかった。手が震え、吐きそうになる。
前々世でも、その次の人生でも、自分の手で人を殺したことなんてない。
「こいつ……!」
男の声で我に返った。
まだ二人いる。今ので、勝てないことはよく分かった。
俺は刀を持っているだけだ。
なら、逃げる。
男たちが動くより先に走り出した。
「待て!」
待つわけがない。
着物の裾を持ち上げ、細い道へ飛び込む。後ろから足音が追ってくる。
刀は重く、走るには邪魔だった。それでも、捨てようとは思わなかった。
何度も道を曲がり、ひたすら走った。
やがて足音が消えたところで壁に手をつき、荒い息を吐く。
「はっ……はっ……」
膝が震え、そのまま座り込んだ。
◇
刀を見る。
血がついている。
俺は人を殺した。
改めてそう思うと、身体の震えが強くなった。
怖かった。殺されると思ったし、それ以上のことをされるとも思った。
だから仕方なかった。正当防衛と言えばいいのかもしれないし、実際そうだ。
あそこで刀を使わなければ、どうなっていたか分からない。
それでも、人を殺した。
「…………」
しばらく血のついた刀を見つめていると、妙なことに気づいた。恐怖とは別に、頭の中でさっきの光景が何度も繰り返されている。
最初の一振りも二度目も、大振りで簡単に避けられた。腕を斬ったときだけは違う。小さく力を抜いて、相手が入ってきたところへ振った。
「…………」
あれなら、当たる。
次は――。
「いや」
そこで思考を止めた。
次って何だ。何を考えている。
俺は今、人を殺したんだぞ。
もっとこう、罪悪感とか命についてとか、考えるべきことがあるだろう。
それなのに、頭から離れない。
素振りでは分からなかった。相手は動き、こちらの間合いから逃げ、逆に入ってくる。刀を振る前に殴ってくるし、腕を掴み、蹴ってもくる。
怖くなれば身体が固まり、力が入って、いつもできていたことすらできなくなる。
「……全然駄目だった」
自分でも驚くくらい悔しかった。人を殺したこととは別に、俺は負けたのだ。
最後に刀が刺さったのも剣術ではない。相手が油断し、俺が必死に刀を突き出して、たまたま入っただけだ。
もっとできると思っていた。毎日振り、少しずつ上手くなり、才能もあると思っていたのに、実際に人間を前にしたら何もできなかった。
刀を持っていない男三人に何度も倒され、殴られ、蹴られ、最後は逃げた。
「…………」
悔しい。
俺は刀を握り直した。
血で少し滑る。
それが嫌で、近くに落ちていた布で拭った。
錆びて、欠けて、相変わらずひどい刀だ。
でも、もう拾ったときとは少し違って見えた。
これは玩具でも、振って楽しむだけのものでもない。人を傷つけ、殺せる。そして俺が下手なら、俺が殺される。
「…………」
怖いし、少なくとも今はもう戦いたくない。
なのに、それとは別に強く思った。
「……習いたい」
剣術を、ちゃんと誰かに。
刀の握り方から、立ち方、歩き方、間合い、振り方、避け方まで、全部。
俺は何も知らないくせに、刀を振れるようになった気でいた。なら、知ればいい。習えばいい。
原作の卯ノ花は八千流と名乗った。
天下にあるあらゆる剣術を修めたから、その名を名乗った。
なら、俺も――。
「…………」
そこまで考えて苦笑した。
「気が早いですね」
まだ一つも習っていないし、今日なんて素人相手に負けたばかりだ。
八千流どころか、零流である。
「……まず、一つですね」
俺は立ち上がった。
足はまだ少し震えている。
刀を鞘へ納めた。
怖かったし、人を殺したという事実が消えるわけでもない。たぶん今夜は眠れない。
それでも刀を捨てようとは思わなかった。むしろ、もっと知りたかったし、もっと上手くなりたかった。
次に同じことが起きたとき、今日みたいに何もできないのは嫌だった。
そして、それとは別にもっと単純な理由で、剣というものをちゃんと知りたかった。
俺は歩き出した。
まずは剣を使える人間を探そう。そして教えてもらおう。どうすれば、もっと上手く刀を振れるのか。
このときの俺は、ただ知りたかった。