BLEACHの世界に転生した俺は、初代剣八になるらしい   作:まいちー

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第三十一章 剣神

 

 新太を埋めた。

 

 家のそばに、川の音が聞こえる場所を選んだ。新太が毎日のように畑へ出て、剣を振り、何百年も暮らしてきた場所からそう遠くないところだった。

 

 大きな墓ではない。

 

 近くから石を運び、土を固め、その上に立てた。墓を作ったことなどなかったから、これで正しいのかは分からない。それでも崩れないように何度も土を踏み固め、傾いた石を直し、どうにか墓らしい形にはなった。

 

「…………」

 

 その前に座る。

 

 すぐ近くには新太の家があり、畑があり、川も流れている。

 

 昨日まで新太がいた場所だけが、空いていた。

 

 しばらく墓の前に座ってから立ち上がり、家へ戻った。

 

         ◇

 

 後になって、剣神様の名を知った。

 

 新玄。

 

「…………」

 

 玄。

 

 宗玄と同じ字だった。

 

 いつから、その名を使っていたのかは知らない。新太は、俺にはその名を名乗らなかった。

 

 俺も昔は清子だった。

 

 旅に出て、多くの剣と出会い、いつしか八千流と名乗るようになった。

 

 新太にも、新玄と名乗るようになった何かがあったのだろう。

 

 墓へ向かった。

 

 何も刻まれていなかった石の前に座り、刀を抜く。墓石へ刃を当て、一文字ずつ削っていった。

 

 力を入れれば削れすぎ、弱ければほとんど跡が残らない。何度かやり直しながら、それでも最後まで自分で刻んだ。

 

『剣神様 新玄 ここに眠る』

 

「…………」

 

 石の粉を手で払う。

 

 文字は少し歪んでいて、上手いとは言えない。

 

 けれど、読める。

 

 それでいい。

 

 改めて墓を見る。

 

 剣神様、新玄。

 

 俺が知っている新太とは、少し違う名前だった。けれど、最後に見たあの剣を思い出せば、違和感はない。

 

「…………」

 

 剣神様。

 

 なるほど。

 

 よく似合っている。

 

         ◇

 

 すぐに旅を続ける気にはならなかった。

 

 新太と同じことをしようと思ったわけではない。ここで何百年も暮らし、一つの剣を振り続けようと決めたわけでもなかった。

 

 ただ、もう少しここにいたいと思った。

 

 最初は新太の家を使っていたが、いつまでもそうしているのも妙な気がして、自分の家を建てることにした。

 

 場所は新太の家の隣。

 

 木を切り、運び、見よう見まねで組んだ。旅の途中で家が建てられているところを見たことはあるし、新太の家を見れば大体の形は分かる。

 

 できると思った。

 

「…………」

 

 できなかった。

 

 少し離れて完成した家を見る。

 

 傾いている。

 

 明らかに新太の家とは違う。

 

 一度直してみたが、今度は反対側が少し傾いた。

 

「…………」

 

 雨風を凌げればいい。

 

 そう思うことにした。

 

 中へ入ると、床も僅かに傾いていた。

 

 寝られないほどではない。

 

 たぶん。

 

 こうして新太の家の隣に、もう一つ、不格好な家が建った。

 

         ◇

 

 朝になると剣を振った。

 

 何かを目指して始めたわけではない。

 

 ただ、振りたかった。

 

 宗玄から習った型を、久しぶりに最初からやってみる。

 

 身体は覚えていた。足を置き、構え、振る。何度も繰り返してきた動きだった。

 

 それでも、新太と斬り合った後では少し違って見える。

 

 もう一度、最初から振る。

 

「…………」

 

 面白い。

 

 それからは宗玄から習ったものだけでなく、長い旅の中で見てきた剣も思い返すようになった。

 

 昔は相手と斬り合う中で見ていたものを、今度は一人で確かめる。

 

 なぜ、あの時あの男はあそこへ足を置いたのか。なぜ、あの構えからあの刀が出てきたのか。

 

 自分で振ってみると、斬り合っていた時には気づかなかったことがあった。逆に、どうしても分からないものもある。

 

 そういう時は翌日も振り、それでも分からなければ、また次の日に振った。

 

 答えが出ないまま忘れることもあった。

 

 何日かして別の剣を振っている最中に突然分かることもあった。

 

 斬り合っていない。

 

 相手もいない。

 

 それでも、少しずつ知らなかったものが見えてくる。

 

「…………」

 

 新太に一本を取られた日のことを思い出した。

 

 先へ進む道は、まだ他にもある。

 

 あの時、新太に教わったことを、もう一度確かめた気がした。

 

         ◇

 

 どれほど経った頃だったか、一人の男が山を登ってきた。

 

「剣神様にお会いしたい」

 

 若い男だった。腰には刀がある。

 

「剣神様でしたら、こちらです」

 

 新太の墓へ案内すると、男は墓石に刻まれた文字を読み、しばらく何も言わなかった。

 

「……お亡くなりになられたのか」

 

「はい」

 

「そうか」

 

 男は明らかに肩を落とした。

 

 聞けば、遠い土地から剣神様の噂を頼りにここまで来たらしい。一度でいいから剣を交えてみたかったのだという。

 

「…………」

 

 それなら。

 

「私でよければ、お相手しましょうか?」

 

「あなたが?」

 

「はい」

 

 男は戸惑っていたが、やがて刀を抜いた。

 

 俺も刀を抜く。

 

         ◇

 

 それほど強くはなかった。

 

 だが、知らない足の使い方をした。

 

 一度目は受け、二度目は見る。三度目で、少し分かった。

 

 四度目。

 

 男の刀を弾くと、手を離れた刀が宙を回り、少し離れた地面へ突き刺さった。

 

「…………」

 

 男は何もなくなった自分の手を見つめている。何が起きたのか分からないらしい。

 

「ありがとうございました」

 

 刀を鞘へ戻す。

 

「待ってくれ」

 

「はい?」

 

「今のは……」

 

 男は何かを聞こうとして、しばらく言葉を探していたが、やがて諦めたように地面へ刺さった刀を拾った。

 

「あなたは、何者なんだ」

 

「八千流と申します」

 

「八千流……」

 

 男はその名を何度か口の中で繰り返し、山を下りていった。

 

 俺は男の姿が見えなくなると、もう一度刀を抜いた。

 

 先ほどの足の使い方を思い出し、その通りに動いてみる。

 

「…………」

 

 違う。

 

 もう一度振ると、今度は少し近かった。

 

 何度か繰り返しているうちに、また違うところが気になった。足を置く場所を変え、刀を振り、もう一度最初からやり直す。

 

 気づけば、その日は日が沈むまでその剣を振っていた。

 

         ◇

 

 それから、時折人が来るようになった。

 

 剣神様を求めて山を登ってくる。

 

 新太がもういないと知れば、そのまま墓へ手を合わせて帰る者もいた。

 

 俺に剣を教えてほしいという者もいた。

 

 手合わせを求める者もいた。

 

 教えることは断ったが、手合わせなら受けた。

 

 弱い者も、強い者もいた。変わった剣を使う者もいた。

 

 そういう者が来れば刀を交え、帰った後にはその剣を思い出して振った。誰も来ない日は、一人で振った。

 

 どちらも、楽しかった。

 

 季節が変わり、また変わる。

 

 屋根に穴が開けば直したが、直した場所とは別のところから雨が漏れた。

 

 畑も使うようになった。新太がやっていたのを見ていたから簡単だと思ったが、こちらも思ったほど上手くはいかなかった。

 

 それでも、食べられるものはできた。

 

 時折、必要なものを求めて山を下り、その際に怪我人や病人がいれば診ることもあった。薬を使い、必要なら回道で治す。

 

 天示郎から教わったことも、使わなくなったわけではない。

 

 用が済めば山へ戻り、また剣を振った。

 

 朝起きて、飯を食い、剣を振る。

 

 人が来れば相手をし、また剣を振る。

 

 そんな日々が続いた。

 

         ◇

 

そうして剣を振っているうちに、季節が巡った。

 

 雪の降る朝にも刀を振った。

 

 吐いた息が白くなり、踏み込むたびに積もった雪が足元で崩れる。刀を返せば、枝に積もっていた雪が落ちた。

 

 春になれば、畑の土が柔らかくなった。

 

 鍬を置いたまま、ふと思い出した剣を確かめたくなり、その場で刀を抜くこともあった。ひと振りだけのつもりが、気づけば日が傾いている。

 

 夏には川へ下りた。

 

 強い日差しの下で刀を振り、汗をかけば川の水で顔を洗った。水面に映った自分の姿が揺れ、その向こうで木々の緑も揺れていた。

 

 秋には山が色づいた。

 

 落ち葉を踏みながら剣を振る。足を運ぶたびに乾いた音がして、見上げれば、赤や黄に染まった山が広がっていた。

 

 その中で、変わらず刀を振った。

 

 雨の日には軒下から空を眺めた。

 

 しばらく雨音を聞いていたが、止みそうにない。

 

 今日は、振らなくてもいいと自然にそう思った。

 

 以前なら、雨が降っていようと刀を振っていたかもしれない。

 

 けれど今は、一日振らなかったところで何も変わらないと思える。

 

 明日になれば、また振りたくなる。

 

 そう分かっていた。

 

 川の音も、風に揺れる木々も、少しずつ姿を変えていく。

 

 それでも、俺は同じ場所で刀を振った。

 

 新太の家も、少しずつ傷んでいった。

 

 誰も住んでいない。

 

 もう、直す必要もない。

 

 それでも、放っておく気にはならなかった。

 

 傷んだところを見つけるたび、手を入れた。

 

 自分の家を建てた時とは違う。

 

 一つずつ。

 

 丁寧に。

 

 丁寧に。

 

 歪まないように。

 

 一寸の狂いもないように。

 

 新太が何百年も暮らした家を、できるだけそのまま残すように。

 

 柱を直し、板を替え、傷んだところだけを補っていった。

 

「…………」

 

 誰かが帰ってくるわけではない。

 

 それでも。

 

 この家がなくなってしまうのは、嫌だった。

 

 畑を耕し、飯を食い、また刀を振る。

 

 幾つの季節が巡っても、まだここにいた。

 

 そして、また春が来た。

 

         ◇

 

 満開になった頃、その下で刀を振った。

 

 風が吹く。

 

 枝が揺れ、花びらが舞った。

 

 その中へ踏み込む。

 

 一振り。

 

 刀が花びらの間を抜ける。

 

 返す。

 

 身体を回し、そのまま次へ繋ぐ。

 

 新太と斬り合ったあの日から、一つの動きをそこで終わらせることが少なくなった。

 

 振り下ろした刀が次の構えになり、踏み込んだ足が次の一歩へ続いていく。

 

 止まらない。

 

 けれど、急ぎもしない。

 

 ただ身体の赴くままに刀を振った。

 

 風が強くなった。

 

 桜が一斉に散る。

 

 視界いっぱいを薄紅色が埋め、その中で刀を返す。

 

 袖が翻る。

 

 髪が流れる。

 

 刃の通ったあとを追うように花びらが舞い、足を運べば、地面を覆っていた花びらがふわりと浮かび上がった。

 

 右へ。

 

 左へ。

 

 前へ出て、刀を返し、流れた身体のまま次の一振りへ移る。

 

 ひとつとして同じ動きはない。

 

 それでも、途切れることもなかった。

 

 誰かと斬り合っているわけではない。

 

 型をなぞっているわけでもない。

 

 ただ、刀を振っている。

 

 それだけだった。

 

         ◇

 

 その光景を、一人の男が見ていた。

 

 剣神と称される剣士を訪ね、遠い土地から山を登ってきた男だった。

 

 一度、その剣を見てみたい。

 

 できることなら、刀を交えてみたい。

 

 そのために、ここまで来た。

 

 山道を抜けた先に大きな桜を見つけ、その下に人影が見えた。

 

 道を尋ねようと近づき。

 

 足が止まった。

 

「…………」

 

 女が刀を振っていた。

 

 風が吹く。

 

 桜が散る。

 

 薄紅色の中で、白い刃がゆっくりと巡った。

 

 女が一歩を踏む。

 

 袖が翻る。

 

 刀が返る。

 

 長い髪が、その後を追う。

 

 次の瞬間には身体が流れ、また別の場所で刃が光る。

 

 男は、何も言えなかった。

 

 舞を見ているようだった。

 

 だが、舞ではない。

 

 男も剣を使う。

 

 だから分かる。

 

 あの刀は、人を斬れる。

 

 美しく見せるために振っているのではない。

 

 飾りの動きなど、一つもない。

 

 それなのに。

 

 美しかった。

 

 風が吹けば髪が流れ、花が散れば、その中を刃が通る。

 

 刀が返れば袖が追い、足が動けば地に落ちた花びらがふわりと浮かぶ。

 

 それらが重なり、離れ、また重なる。

 

 散り続ける桜の中で、女だけが止まらない。

 

 白い刃が薄紅色を抜ける。

 

 女が身体を返し、刀を大きく振った。

 

 長い髪が流れる。

 

 袖が大きく翻る。

 

 遅れて、空を漂う花びらが一斉に舞い踊る。

 

 薄紅色が女の姿を覆う。

 

 一瞬、見えなくなる。

 

 その中から、白い刃が現れた。

 

 続いて、女が踏み出す。

 

 舞い上がった桜が左右へ流れ、その間を抜けるように刀が返る。

 

 陽を受けた刃が、花びらの隙間で白く光った。

 

 また風が吹く。

 

 枝が揺れる。

 

 新たな桜が降り注ぐ。

 

 女の髪へ。

 

 肩へ。

 

 翻る袖へ。

 

 けれど、触れるより先に身体はそこを離れ、花びらだけが後を追って流れていく。

 

 刀が走れば、桜が舞う。

 

 桜が舞えば、女がその中へ踏み込む。

 

 そして、その先からまた白い刃が現れる。

 

「…………」

 

 男は目を逸らせなかった。

 

 女が刀を追っているのか。

 

 刀が桜を追っているのか。

 

 桜が女を追っているのか。

 

 男には、もう分からなかった。

 

 ただ、女と刀と桜の花弁が、薄紅色の中を巡っている。

 

 重なったかと思えば離れ。

 

 離れたかと思えば、また重なる。

 

「…………」

 

 呆然と立ち尽くしていた男の手が、ふと腰の刀に触れた。

 

 そこでようやく、この山へ来た理由を思い出した。

 

 剣神に挑む。

 

 噂に聞いた剣がどれほどのものか。

 

 自分の剣がどこまで届くのか。

 

 確かめるために来た。

 

 だから、刀を抜けばいい。

 

 声をかければいい。

 

 男の指が柄に触れた。

 

 その時。

 

 女が身体を返した。

 

 白い刃が大きな弧を描く。

 

 その軌跡を追うように、地に落ちていた花びらが舞い上がった。

 

 一度は散った桜が、再び空へ戻っていく。

 

 薄紅色の向こうで袖が翻り、髪が流れ、その間を白い刃が抜けていった。

 

「…………」

 

 柄に触れていた指が離れた。

 

 恐ろしかったわけではない。

 

 勝てないと思ったわけでもない。

 

 ただ。

 

 この剣を、自分のために止めたくなかった。

 

 声をかければ、女はこちらを見るだろう。

 

 刀を抜けば、この景色は終わる。

 

 そう思うと。

 

 できなかった。

 

 男は、その場に立ったまま見続けた。

 

 女はこちらに気づいていない。

 

 誰かに見せるために振っているのではないのだろう。

 

 だからこそ、目を逸らせなかった。

 

 桜は散り続けた。

 

 その中で、刀も動き続けた。

 

 どれほどそうしていたのか。

 

 やがて、風が弱くなった。

 

 舞い上がっていた花びらが、少しずつ地へ戻っていく。

 

 刀も静かに止まった。

 

 遅れて、髪が背へ戻る。

 

 袖が落ちる。

 

 それでも花びらだけは、しばらく女の周りを舞っていた。

 

 一枚が肩へ落ちた。

 

 一枚が髪に乗る。

 

 もう一枚が、刀身へ落ちた。

 

「…………」

 

 女が刀を少し傾けた。

 

 花びらは白い刃の上を滑り、切っ先から離れた。

 

 ゆっくりと地面へ落ちる。

 

 女はそれを見送った。

 

 そして、刀を鞘へ納めた。

 

 澄んだ音がした。

 

 桜の花びらが、最後まで静かに降っていた。

 

「…………」

 

 男は、まだ声をかけられなかった。

 

 何かを壊してしまうような気がした。

 

 やがて女がこちらを向いた。

 

 初めて、目が合う。

 

「……いつから、そちらに?」

 

「いや……」

 

 男は言葉に詰まった。

 

 いつから見ていたのか。

 

 自分でも、分からなかった。

 

 女が男の腰にある刀を見る。

 

「剣神様をお訪ねでしょうか」

 

「……そうだ」

 

「でしたら、こちらです」

 

 女は何事もなかったように歩き出した。

 

 男は黙って後を追った。

 

 桜から少し離れた場所に、一つの墓がある。

 

 女がその前で止まった。

 

『剣神様 新玄 ここに眠る』

 

「…………」

 

 男は、墓石を見つめた。

 

 遠い土地から、剣を交えるために来た。

 

 その相手は、もうここに眠っている。

 

「……そうか」

 

 しばらく墓石を見つめてから、男は女へ目を向けた。

 

「あなたは?」

 

「八千流と申します」

 

「八千流……」

 

 男はその名を、ゆっくりと繰り返した。

 

 忘れないように。

 

 それから墓へ手を合わせた。

 

 結局。

 

 男は一度も刀を抜かなかった。

 

 八千流へ勝負を申し込むこともなかった。

 

 そのまま山を下りていった。

 

 そして後に、人へ語った。

 

 剣神様は、確かに死んでいた。

 

 けれど。

 

 あの山には。

 

 もう一人いる。

 

         ◇

 

 やがて、妙な噂を聞いた。

 

 剣神様は死んでいない。

 

「…………」

 

 新太は俺が埋めた。

 

 墓もここにある。

 

 どうしてそんな話になったのだろうと思った。

 

 しばらくすると、剣神は死んだが、あの山にはもう一人いる。

 

 さらに時が経つと、剣神は二人いた。

 

 そう語られるようになった。

 

「…………」

 

 初めて聞いた時は、少し戸惑った。

 

 新太と俺。

 

 二人の剣神。

 

 そんなふうに呼ばれるとは思っていなかった。

 

 けれど、わざわざ山を下りて訂正して回る気にもならなかった。

 

 だから、放っておいた。

 

         ◇

 

 年月が流れた。

 

 いつ旅へ戻るのかは決めていなかったが、気づけばずいぶん長くここにいる。

 

 不格好だった家は何度も直した。最初よりはましになったと思う。

 

 畑も、最初よりは上手くできる。

 

 剣も。

 

「…………」

 

 毎日のように向き合っているのに、飽きることはなかった。

 

 一つ分かれば、またその先に知らないものがある。

 

 分かれば分かるほど、分からないものが増えていった。

 

 終わらない。

 

 どこまで行っても、その先がある。

 

「…………」

 

 自然と笑みが浮かぶ。

 

         ◇

 

「剣神、八千流殿」

 

 ある日、山を訪れた男が俺をそう呼んだ。

 

「…………」

 

「私ですか?」

 

「あなたではないのか?」

 

 男は俺の持つ刀を見て言った。

 

 腰には刀があり、立ち方を見るだけで、それなりに剣を使う者だと分かる。

 

「あなたの噂を聞いて来た。一度、剣を交えていただきたく思う」

 

「…………」

 

 後ろを見る。

 

 少し離れたところに、新太の墓がある。

 

『剣神様 新玄 ここに眠る』

 

 もう一度、男を見る。

 

「分かりました」

 

 刀を抜いた。

 

         ◇

 

 山道を歩く。

 

 木々の隙間から差し込む陽が、足元を照らしていた。

 

 風が吹けば、枝葉が揺れる。

 

 その音を聞きながら、先ほど訪ねてきた男の言葉を思い出した。

 

 剣神。

 

 原作の卯ノ花八千流が、剣神と呼ばれたことがあったのか。

 

 俺は知らない。

 

 初代剣八。

 

 尸魂界史上、空前絶後の大悪人。

 

 俺が知っているのは、それくらいだった。

 

 もしかすると。

 

 剣神と呼ばれた八千流は。

 

 俺だけなのかもしれない。

 

「…………」

 

 そうだったら。

 

 少し嬉しいと思う。

 

 昔は。

 

 原作の八千流を超えたいと思っていた。

 

 けれど、昔ほど意識しなくなった。

 

 それでも。

 

 原作の八千流が持っていなかったかもしれないものを。

 

 こうして一つ得られたのなら。

 

     ◇

 

 風が抜けていった。

 

 木々が揺れ、重なった葉の隙間から空が見える。

 

 青い空が、どこまでも続いていた。

 

 俺はそれを眺めながら、歩き続ける。

 

 少しでも剣の道を進むことが楽しかった。

 

 どこまで行っても、その先がある。

 

 分かることが増えるたび、その先にまた知らないものが見える。

 

 剣の頂をこの目で見ることは、きっと叶わない。

 

 そのことが、ただ嬉しかった。

 

 宗玄から教わった剣。

 

 新太が歩き続けた剣。

 

 旅の中で出会い、交えてきた、数え切れないほどの剣。

 

 そのすべてが重なって、今の俺がここにいる。

 

 だから、今日も刀を振る。

 

 明日も。

 

 その先も。

 

 きっと。

 

 俺は剣を振り続ける。

 

 剣を振ることが楽しい。

 

 剣を知ることが楽しい。

 

 この果てのない道を、これからも歩いていける。

 

 そう思うだけで、胸の奥から喜びが込み上げてくる。

 

 足を止めた。

 

 刀を抜く。

 

 いつもと同じように構え、振った。

 

 一太刀。

 

 風を切る。

 

 もう一度、刀を振った。

 

 剣へ。

 

 この果てのない道へ。

 

 ここまで俺を連れてきてくれた、すべての剣へ。

 

 言葉にはしなかった。

 

 ただ、もう一太刀。

 

 感謝と共に、振った。

 

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