BLEACHの世界に転生した俺は、初代剣八になるらしい 作:まいちー
四番隊隊長になってから、しばらく経った。
最初に苦労したのは、治療ではなかった。
「隊長、三番隊から薬品の追加要請です」
「現在の備蓄は?」
「前回の補充から二割ほど減っています」
「三番隊へ必要数を確認してください。余裕を見て渡すのではなく、使用予定まで聞いてください」
「はい」
「隊長、こちらは負傷者の受け入れ記録です」
「置いておいてください。先に確認します」
机の上へ書類が増えていく。
傷なら見れば分かる。
どこが損なわれ、何をすればよいのか。天示郎に叩き込まれたものもあるし、自分で治してきた数も少なくない。
だが、一つの隊を治療部隊として動かすとなれば、それだけでは足りなかった。
誰をどこへ置くのか。薬や道具をどれだけ備蓄するのか。負傷者が一度に押し寄せた時、何人まで受け入れられるのか。
以前、四番隊を率いていた志島知霧が整えた兵站と管理の仕組みが残っている。
天示郎はそこへ回道を加えた。
俺がするべきことは、その二つを受け取って守ることだけではない。
今の護廷十三隊に合わせて使える形にしていくことだった。
分からないことは聞いた。
必要なら変えた。
現場の隊士が俺より詳しいことなら、その者に任せた。
十一番隊とは役目が違う。
それでも、一人で何もかもするのが隊長ではないという点は同じだった。
そうして、少しずつ四番隊の動かし方を覚えていった。
◇
その日は、昼を少し過ぎた頃だった。
伝令が駆け込んできた。
「隊長!」
声だけで、普段の報告ではないと分かった。
「どうしました」
「瀞霊廷外縁で交戦が発生。複数隊に負傷者が出ています。こちらへ搬送を開始したと」
「数は?」
「まだ確定していません。ただ、先発だけで三十を超えると」
立ち上がる。
「受け入れ場所を空けてください。歩ける者と担架が必要な者で入口を分けます。回道を使える者は全員、治療区画へ」
「はい!」
「薬品庫を開けて、止血に使うものを先に出してください。追加の負傷者が来ることを前提に、全部は使わないように」
隊士たちが一斉に動き始めた。
俺も隊舎の外へ出る。
ほどなくして、最初の負傷者たちが見えた。
一人や二人ではない。
担架が列になっている。
自力で歩いている者も血に濡れ、肩を借りなければ進めない者がその間に混じっていた。
「重傷者からこちらへ。意識のある者は負傷箇所を伝えてください。運んできた方は、置いたら入口を空けてください」
指示を出しながら、運ばれてくる者を見る。
腹部。
胸。
脚。
火傷もある。
この数を一人ずつ診ていては遅い。
「…………」
腰の肉雫唼へ手を掛ける。
原作でも、有事の際に使われていた始解。
その記憶だけは、まだ微かに残っている。
鞘から抜いた。
「肉雫唼」
刀身が揺らいだ。
硬い刃の輪郭が崩れ、粘りを帯びたものへ変わっていく。
溢れた粘体が膨らみながら宙へ浮かび、見る間に巨大な生き物の形を作った。
一つ目。
平たく大きな身体。
短い脚。
腹側には、大きく開く口がある。
「…………」
この姿も覚えている。
前世で見た、原作の肉雫唼と同じ姿だった。
もっとも、あちらも粘体がこの形を作っていたのかは知らない。
俺の記憶が斬魄刀へ伝わった結果なのか、それとも元から肉雫唼という斬魄刀がこういう姿を取るものなのか。
確かめる術はなかった。
ただ、肉雫唼自身はこの姿を好んでいるらしい。
始解すれば、特に形を求めなければ大抵こうなる。
「お願いします」
肉雫唼の巨体がゆっくりと身を震わせた。
次の瞬間、その輪郭が崩れる。
巨大な生き物が壊れたのではない。
元から粘体が集まり、一つの姿を作っていただけだ。
身体を構成していた粘体が幾つにも分かれる。
それぞれが宙へ浮かび、別々の負傷者へ向かっていった。
「な、なんだ、これ……」
「動かないでください。治療です」
腹を裂かれた者へ一つ。
肩から血を流している者へ一つ。
脚を斬られた者へも、宙を滑るように粘体が近づいていく。
傷口へ触れると薄く広がり、血に濡れた箇所を包んでいった。
俺から肉雫唼へ霊力を流す。
分裂していても、すべて肉雫唼だ。
それぞれを通して負傷者の状態が返ってくる。
浅い。
深い。
出血が多い。
骨まで届いている。
治療を任せられる者と、直接診なければならない者を分ける。
「肉雫唼がついた者は、そのまま動かさないでください。回道を使える者は、肉雫唼だけでは間に合わない者を優先します」
「はい!」
「胸部を負傷している方をこちらへ。意識のない方は先に診ます」
担架が運ばれてくる。
俺はその一人の傍へ膝をついた。
呼吸が浅い。
胸の傷も深い。
手をかざして回道を使う。
その間にも、肉雫唼は別の負傷者を治している。
一人を診ながら、他の状態も拾う。
「右奥の方、出血が増えています。担当を一人」
「はい!」
「入口の二人は肉雫唼に任せて構いません。次を入れてください」
隊士が走る。
また負傷者が運び込まれる。
治す。
振り分ける。
人を動かす。
足りない場所へ、自分が入る。
気づけば、外は暗くなっていた。
◇
最後の重傷者の容体が落ち着いた頃には、隊舎を満たしていた声も随分少なくなっていた。
分裂していた肉雫唼が負傷者から離れていく。
宙を漂いながら一か所へ集まり、粘体同士が重なっていくと、やがて見慣れた大きな身体へ戻った。
「お疲れさまでした」
手を伸ばし、大きな頭を撫でる。
肉雫唼が目を細めた。
「助かりました」
もう一度撫でると、大きな身体がゆっくりと崩れ、粘体が腕へ絡みついてくる。
そのまま形を縮め、やがて一本の刀へ戻った。
鞘へ納める。
「…………」
自分の手を見る。
血がついていた。
昔も、よくこうなった。
違うのは、その血が誰のものなのかだった。
以前なら、俺が斬った相手の血だった。
今日は、救うために触れた者たちの血だ。
助けられなかった者もいる。
もっと早ければと思う傷もあった。
それでも、多くはまだ息をしている。
「隊長」
顔を上げる。
若い隊士が立っていた。
「先ほど診ていただいた者ですが、容体が安定しました」
「そうですか」
「はい。ありがとうございました」
「私だけではありません。ここにいる皆で治したのです」
「はい」
隊士が頭を下げる。
少し迷うような様子を見せてから、もう一度こちらを見た。
「あの、隊長」
「何でしょう」
「お名前を、伺ってもよろしいでしょうか。その…着任したばかりで、まだ……」
「…………」
答えようとして、言葉が止まった。
卯ノ花八千流。
長く名乗ってきた名前だ。
宗玄に剣を学び、新太と競い、数え切れないほどの剣を求めて歩いてきた。
八千流。
俺にとって、それは剣士として生きてきた名だった。
捨てるつもりはない。これからも剣を振るうし、山本重國を超えることもまだ諦めていない。
けれど、今の俺はそれだけではない。
四番隊を預かり、人を治し、救うために刀を振るう。
なら。
もっと、今の俺にふさわしい名がある。
遥か昔の記憶に、一つだけ残り続けている名前。
卯ノ花烈。
かつては、原作の中にいた誰かの名前だった。
けれど、俺はその誰かをなぞってここへ来たわけではない。
宗玄から剣を学び、新太と競い、更木と斬り合った。天示郎から回道を学び、四番隊で人を治し、そして今、この隊を預かっている。
自分で歩いて、斬って、学んで、治して、ここへ来た。
だからこそ、今ならこの名を自分のものとして名乗れる気がした。
「卯ノ花」
一度だけ言葉を切る。
「烈と申します」
「卯ノ花烈隊長」
「はい」
隊士は確かめるように一度頷いた。
「命を救っていただき、ありがとうございます。」
頭を下げ、去っていく。
その背を見送りながら、今口にした名前を心の中でもう一度繰り返す。
卯ノ花烈。
不思議と、借り物のようには感じなかった。
八千流を捨てたわけではない。
あれは、俺の剣とともにある名だ。
そして、ここで人を救う俺は、卯ノ花烈。
まだ仕事は残っている。
俺も立ち上がり、負傷者たちのいる部屋へ戻った。
◇
それから、長い年月が流れた。
四番隊は少しずつ形を変えていった。
負傷者が出れば戦場へ入り、傷ついた者を運び出す。状態によって治療の順を定め、薬や道具を切らさないよう管理し、有事には必要な場所へ隊士を送り出す。
志島知霧が残した兵站と管理の仕組み。
麒麟寺天示郎が生み出した回道。
その二つを土台に、実際に起きたことを一つずつ拾いながら、足りないものを加えていった。
大勢の負傷者が出た時には、肉雫唼を使うことも珍しくなくなった。
巨大な姿のまま負傷者を運ぶこともあれば、身体を粘体へ戻して幾つにも分かれ、それぞれを負傷者のもとへ飛ばすこともある。
最初こそ驚いていた隊士たちも、やがて慣れた。治療区画の中を肉雫唼の粘体がふわふわと飛んでいても、今では騒ぐ者はいない。
治療が終われば一か所へ戻ってきて、いつもの大きな姿を作る。
「お疲れさまでした」
頭を撫でると、肉雫唼が気持ちよさそうに目を細める。
それもまた、いつしか四番隊の日常になった。
そうして四番隊は、負傷者の治療と救護を担う隊として瀞霊廷に定着していった。
◇
「卯ノ花隊長、おはようございます」
「おはようございます」
廊下を歩けば、隊士たちが頭を下げる。
「烈隊長、昨日運ばれた方ですが」
「後ほど診ます。先に熱のある方をお願いします」
「はい」
呼ばれる名前にも、もう違和感はない。
卯ノ花烈。
そう名乗り始めた頃を知る者も、長い年月の中で少しずつ減っていった。
新しく入ってくる隊士たちにとって、俺は最初から卯ノ花烈だった。
四番隊隊長。
回道を使い、負傷者を治す者。
それが彼らの知っている俺だ。
昔、十一番隊を率いていたことを知らない者もいる。卯ノ花八千流という名を聞いたことすらない者もいた。
それで構わない。
八千流は消えたわけではない。
◇
隊務が終わった夜。
人のいない場所へ出て、刀を抜く。
足を置き、身体を運び、斬る。
一太刀で終わらせず、今の一太刀が残したものを、そのまま次へ繋げる。
新太との最後の斬り合いから、ずっと続けている。
あの日見せられた剣を、そのまま真似るつもりはなかった。俺の身体には、俺が積み重ねてきたものがある。
宗玄から教わった基礎。
旅の中で見てきた剣。
更木との斬り合い。
そして、新太が最後に見せたもの。
それらを少しずつ自分の剣へ落とし込んでいく。
斬る。
刀を返す。
その動きで生まれた身体のずれを直さず、次へ使う。
足の位置。
相手がいるなら、どう動くか。
どこへ逃げれば、次の一太刀へ繋がるのか。
新太の剣を思い出しながら振るたび、まだ拾えていないものが見つかる。
「…………」
止める。
もう一度、最初から。
まだ先がある。
そう思える限り、刀を振ることに飽きることはなかった。
山本重國にも、まだ届いていない。
俺が強くなった年月だけ、あの男も立ち止まっていたとは思えない。
いずれ確かめる。
その時、どこまで届くのか。
刀を鞘へ戻す。
明日になれば、また四番隊の仕事がある。
傷ついた者がいれば治し、必要な場所へ人を動かす。そして時間があれば、また刀を振る。
どちらか一つを選ぶ必要はなかった。
烈と呼ばれるようになっても。
俺の剣は、まだ続いている。
◇
前世の記憶は、随分遠くなった。
この世界へ来たばかりの頃は、もっと多くのことを覚えていたはずだ。
人の名。
起きる出来事。
誰が誰と戦い、どうなったのか。
けれど、何百年も生きているうちに、その多くは曖昧になっていた。
前世で生きた時間より、こちらで生きた時間の方が遥かに長い。
宗玄と過ごした日々も、新太と剣を振った時間も、護廷十三隊で過ごしてきた年月も、今では昔読んだ物語よりずっと近くにある。
それでも、何かをきっかけに浮かんでくるものはあった。
肉雫唼の姿を初めて見た時もそうだった。
卯ノ花烈という名も、ずっと残っていた。
自分自身に深く関わるものだからかもしれない。
だが、これから誰が現れ、何が起きるのかを順番に並べられるほど、原作のことはもう覚えていない。
今となっては、それでいいと思っている。
俺が生きているのは、昔読んだ物語の中ではない。
ここで何百年も生きてきた。
剣を振り、人を斬り、人を治してきた。
その時間の方が、もう遥かに長い。
◇
さらに時は流れた。
護廷十三隊には新しい隊士が入り、古い隊士が去っていく。
隊首会へ出れば、見慣れない顔が混じることも珍しくなくなった。
昔なら、その一人一人がどんな剣を使うのか気になったかもしれない。
今でも、強い者がいれば目には留まる。
けれど、それだけで足を止めることは減った。
四番隊へ戻れば仕事がある。
治療を待つ者がいる。
それを終えれば、刀を振る。
そんな日々が積み重なっていく。
やがて、かつて剣八と呼ばれていた女を知る者より、四番隊隊長・卯ノ花烈を知る者の方が多くなった。
それでも。
剣を捨てたわけではない。
八千流という名とともに歩いてきた剣は、今も俺の中にある。