BLEACHの世界に転生した俺は、初代剣八になるらしい 作:まいちー
間章なのでもう一話、投稿します。
四番隊隊長となってから、長い年月が過ぎた。
卯ノ花烈という名はすっかり定着し、俺自身もそう呼ばれて振り返ることに何の違和感もなくなっていた。隊士の顔ぶれは何度も変わり、そのたびに教え、任せ、必要なら仕組みを変える。そうして四番隊は、俺が隊長になった頃よりもずっと大きな組織になっていた。
その日、隊首会で山本重國から告げられたのは、現世に残る滅却師への対応だった。
「滅却師……」
その名を聞けば、今でも思い出す。
光の矢が飛び交う戦場。
初めて肉雫唼の名を知った日のこと。
俺の前に立ち、血に濡れながら片翼を広げ、なお弓を構えていた男。
そして、その戦場の先で見た山本重國とユーハバッハ。
あれから、もう随分と経った。
あの戦いで滅却師は敗れたが、すべてが消えたわけではない。現世にはその後も滅却師が残り、虚を滅し続けていた。
死神が虚を斬れば、魂は尸魂界へ送られる。
滅却師が滅せば、その魂そのものが消える。
それが続けば、現世と尸魂界の均衡が崩れる。
話し合いも行われたらしい。
だが、止まらなかった。
「此度、残る滅却師を討つ」
山本の言葉に、誰も口を挟まなかった。
かつても聞いた声だった。
あの時は、『斬れ』。ただ、それだけだった。
「四番隊は各隊に随行し、負傷者の回収と治療に当たれ」
「承知いたしました」
今回は、俺へ向けられた命が違う。
◇
現世へ出てから、四番隊は前線の後ろを追うように動いた。
戦いが始まれば、負傷者が出る。
前線から遠すぎれば、運ばれてくるまでに時間がかかる。
かといって、近すぎれば救護所そのものが戦闘に巻き込まれる。
最初に定めた場所へ救護所を置き、穿界門まで負傷者を運ぶ経路を確保する。
戦況が動けば、こちらも動く。
前線が押し上がり、それまで戦場だった場所が後方へ変わる。
負傷者を送り出し、残った者を診て、移動できる状態になれば救護所を畳む。それに合わせ、負傷者を尸魂界へ送るための穿界門も、より前線に近い位置へ移されていった。
そして、また前へ。
「次の場所へ移ります」
「はい!」
「歩ける方は先に。運ぶ担架の順番を変えないでください。穿界門への搬送も止めないように」
隊士たちが動き出す。
俺も最後に残った負傷者の状態を確かめてから、その後を追った。
そうして何度目かの移動をした時だった。
前線が押し上がるにつれ、周囲の景色が変わった。
そこには、つい先ほどまで滅却師たちが暮らしていたと思われる家々が並んでいた。
その間を、四番隊の隊士たちが担架を運んでいく。
「こちらへ。重傷者を先に運んでください」
「はい!」
「歩ける方は穿界門へ。次の搬送に間に合わせてください」
指示を出しながら歩く。
開け放たれた戸の向こうに、食器の残った卓が見えた。
別の家の軒先には、洗った衣服が干されたままになっている。
大小の履物が、戸口に残っている家もあった。
壁に掛けられた滅却師十字が、通り過ぎる一瞬だけ目に入った。
「…………」
次の負傷者が待っているため、足は止めない。ただ、目に入った。
かつて。
俺が見た滅却師たちは、皆、武器を持っていた。
弓を引き、矢を放ち、こちらを殺そうとする敵だった。俺も斬ったし、強い者もいた。楽しい斬り合いもあった。
だが。
その者たちにも、こういう場所があったのだろう。
帰る家があり、そこで誰かと暮らしていた。そんな当たり前のことを、あの頃の俺は考えたこともなかった。
「卯ノ花隊長、次が来ます!」
「すぐに行きます」
視線を前へ戻した。
救護所だった場所から、また次の救護所へ。
戦線が進むたび。
俺たちは、滅却師たちが暮らしていた場所の中へ入っていった。
◇
現世へ出てからは、ほとんど休む暇がなかった。
かつてほど大きな戦いではない。それでも、死神だけが一方的に斬って終わるわけではなかった。光の矢に貫かれた者が運ばれ、火傷を負った者が続き、少し離れた場所からはまだ戦闘の音が聞こえている。
「卯ノ花隊長、こちらを!」
「先に腹部の方を。そちらは止血して待ってください」
傷を見て順を決める。
俺の周囲では肉雫唼の粘体が幾つにも分かれ、宙を漂っていた。それぞれが負傷者のもとへ飛び、傷口へ触れると薄く広がり、血に濡れた箇所を包んでいく。
「次の負傷者が来ます!」
「入れてください。奥を一つ空けます」
「はい!」
俺も一人の胸へ手を当て、回道を使う。傷の状態を確かめながら霊力を流し、呼吸が安定したところで手を離した。
次の負傷者へ向かおうとしたところで、切迫した声が飛んできた。
「卯ノ花隊長!」
振り返ると、二人の隊士が一人の男を運んでくるところだった。
「こちらへ」
空いた場所を示し、横たえられた男の傍らへ膝をつく。
胸から腹にかけて大きく抉られている。隊服は血を吸って重く変色していたが、その傷口から新しく流れ出る血は、もうほとんどなかった。
「…………」
首筋へ指を当てる。
脈はない。胸も動いておらず、身体に残っている霊圧も、今にも消えようとしていた。
運ばれてくるまでに、あまりにも時間が経ちすぎている。
「卯ノ花隊長……」
顔を上げると、運んできた隊士がこちらを見ていた。
服にも腕にも血がついている。ここまで何とか間に合わせようと、必死に運んできたのだろう。
もう一度、横たわる男を見る。
傷を塞ぐことと、失われた命を戻すことは違う。ここから治療を始めても、もう間に合わない。
俺は男の開いたままの目を、静かに閉じさせた。
「次の方を」
「……はい」
隊士が小さく答えたところで、少し離れた場所から別の声が飛んでくる。
「卯ノ花隊長、こちらをお願いします!」
「はい」
立ち上がって、そちらへ向かう。
まだ助けられる者がいる。
なら、今はその者を診る。
次に運ばれてきたのは、まだ若い隊士だった。
肩から脇腹にかけて深く傷ついている。
「意識はありますか」
「……はい」
「そのまま動かないでください」
傷へ手を当てる。
回道を流しながら、状態を確かめた。
出血は多い。
だが、間に合う。
少しずつ傷が塞がり、乱れていた呼吸も落ち着いていく。
「隊長」
「はい」
「……また、前へ戻れますか」
「戻しません」
「でも、まだ仲間が戦って――」
「戻しません」
「…………」
若い隊士が黙った。
「傷は治します。ですが、今日はここまでです」
「……はい」
不満そうではあったが、もう言い返さなかった。
治療を終えれば、この者は穿界門へ送る。
尸魂界へ帰ることができる。
この者は、生きて帰る。
そう思った。
戦場からは、ときおり強い霊圧が届いた。
今でも、強い者がいると分かれば気になる。昔なら、そのまま見に行っていたかもしれない。
だが。
「卯ノ花隊長、重傷者です!」
「こちらへ」
今は、ここにいる理由がある。
俺は次の負傷者へ向かった。
◇
戦いが終わったのは、日が傾き始めた頃だった。
運ばれてくる負傷者が途切れ、戦場から聞こえていた音も消えている。
「卯ノ花隊長、現地での治療は一通り終わりました」
「分かりました。歩ける方から先に尸魂界へ戻してください。隊舎へ着いたら治療区画へ」
「はい」
「重傷者は容体を安定させてから搬送します。担架を用意して、動かせる方から順に」
指示を受けた隊士たちが動き出した。
自力で歩ける者が先に尸魂界へ戻り、その間に残った者たちの搬送準備が進められていく。
「担架が足りません」
「先に戻った方々が使っていたものを回してください。それまでは無理に動かさなくて構いません」
「分かりました」
急いで運ぶことが目的ではない。
生きたまま、四番隊まで連れ帰る。
そのために必要なことをすればいい。
肉雫唼の粘体も、まだ何人かの負傷者を包んでいる。傷が安定した者から離れ、宙を滑るように次の者へ移っていった。
やがて、最後まで残っていた重傷者の搬送が始まった。
「卯ノ花隊長、こちらで最後です」
「はい。お願いします」
担架が穿界門の向こうへ消えていく。
それを見届けてから、戦場を振り返った。
もう、戦う音はしない。
その時、近くにいた4番隊の隊士が口を開いた。
「これで、終わりなんですかね」
「…………」
何が、と聞く必要はなかった。
瀞霊廷上層部は、滅却師を殲滅したかったのではない。
魂魄の均衡を崩すことを、許さなかったのだ。
ならば、残った者たちがもう同じことをしなければ。
「そうなると、いいですね」
「……はい」
少し離れた場所に、滅却師の亡骸があった。
若い。
先ほど治療した隊士と、そう変わらないように見えた。
あの隊士は、生きて帰る。
この者は、帰らない。
かつて戦った男とは、何も似ていない。
それでも、その傍らには同じ弓が落ちていた。
「…………」
あの男の名を、俺は最後まで聞かなかった。
何度斬っても戦い方を変え、最後にはすべてを懸けて俺へ向かってきた。
強かった。
本当に、強い人だった。
あれから長い年月が過ぎた。
敗れたあとも、滅却師は現世に残り続けた。そして今日、その系譜に連なる者たちを護廷十三隊は討った。
目の前の若者が、どんな人間だったのかは知らない。なぜ最後まで弓を手放さなかったのかも、俺には分からない。
ただ、かつて敵として刃を交えた滅却師と同じ血を引く者たちが、ここで消えていく。
そう思うと、少しだけ寂しかった。
かつても、滅却師との戦いが終わったあとに、こうして戦場に立っていた。
あの時、手にしていた刀は血に濡れていた。
今、目の前にあるのは、尸魂界へ運ばれていく負傷者たちの背中だった。
「…………」
肉雫唼の粘体が一か所へ集まり、見慣れた大きな姿を作った。
「お疲れさまでした」
頭を撫でると、肉雫唼が単眼を細めた。
その身体へ手を添えると、再び粘体へ戻り、俺の腕へ集まって一本の刀になる。
鞘へ納める。
「私たちも戻りましょう」
「はい!」
そう声をかけたところで、少し離れた場所にまだ人が残っていることに気づいた。
負傷者の搬送は終わった。
救護所も畳み、四番隊の仕事は一段落している。
だが、まだ何人かが戦場を歩いていた。
四番隊ではない。
運ばれているのも、負傷した死神ではなかった。
滅却師だ。
既に息のない者もいる。
まだ生きている者もいた。
手を拘束された男が、二人の死神に挟まれて足を引きずりながら歩いている。その後ろでは若い女が担架に乗せられ、目を開けたまま何も言わず、同じように運ばれていく滅却師たちを見ていた。
生きているのか、既に息がないのか、外からでは分からない者まで次々と同じ方向へ運ばれていく。
「…………」
誰も抵抗しなかった。抵抗できる者が、もう残っていないのかもしれない。
先ほどまで、この者たちはここで戦っていた。そして、その前にはここで暮らしていた。
救護所を移す途中で見た家々が、頭に浮かぶ。
食器の残った卓も、干されたままの衣服も、戸口に残された大小の履物も、この者たちの暮らしだったのだ。
その時。
拘束された男が、一度だけ振り返った。
視線の先には、もう誰もいない家々がある。男はしばらくそこを見ていた。
死神に促され、前を向く。
もう一度振り返ることはなかった。
「…………」
その列の先へ目を向ける。
そして。
見覚えのある姿があった。
「千手丸殿」
思わず声が出た。
女が振り返る。
「久しいのう、卯ノ花」
修多羅千手丸。
見間違いではない。
「お久しぶりです」
修多羅千手丸は、今は零番隊に属し、霊王宮にいるはずの者だ。その千手丸が、わざわざ現世まで降りてきている。
しかも、その周囲で運ばれているのは滅却師だった。既に息のない者もいれば、まだ生きている者もいる。
「……研究ですか」
「察しがよいの」
千手丸が、運ばれていく滅却師へ目を向けた。
「人でありながら霊子を操り、虚を滅する力を持つ。それが一人二人ではない。一族として、その力を受け継いでおる」
「…………」
「人間と一括りにするには、あまりに特異じゃ」
確かにそうだった。
俺もかつて、その力をこの目で見ている。
周囲の霊子を集め、弓を作り、矢として放つ。
血装で身体を強化し、死神と斬り合う。
「八百年余年もの間、奴らは人の世に残り続けた。それだけの時を経ても、我らは奴らについて知らぬことが多い」
千手丸が言う。
「これほど都合よく、調べることが出来る機会もそうあるまい」
「それで、霊王宮から」
「そういうことじゃ」
千手丸が興味を持っているのは、この戦の勝敗ではなく、滅却師という存在そのものなのだ。
その向こうでは、既に息のない者だけでなく、まだ生きている滅却師も運ばれている。
「生きている者も連れていくのですね」
「死体だけで全てが分かるなら、苦労はせぬ」
「…………」
それも、そうなのだろう。
その時だった。
「何をしているんだネ、このウスノロ!」
怒鳴り声が響いた。
振り向く。
少し離れたところに、奇妙な男がいた。
顔には白と黒の化粧。
千手丸たちと同じ一団にいるらしい。
「そいつは死んでいると言っただろう! そっちだヨ! まだ生きている方を先に運びたまえ!」
男が細い指を突きつける。
「ゆっくり運べと言っているんじゃない! 余計な傷をつけるなと言っているんだヨ! 違いも分からないのかネ!」
「す、すみません!」
「寛容が肉を纏って歩いていると自負するこの私をイラつかせるとは、君の脳味噌と黒蟻の脳味噌の大きさを比べてみたいものだヨ!」
「…………」
随分と口の悪い男だった。あと、自意識がやたらと高い。
怒鳴られた者たちが、慌てて別の担架へ向かう。
「少し止まれ」
また声が飛んだ。
言いながら、男は自分で滅却師へ近づいた。
傷口を覗き込む。
先ほどまで部下を怒鳴り散らしていたのに、その顔が変わった。
「ほう……」
楽しそうだった。
「これは興味深いネ」
「…………」
傷ついた人間を見ているというより、何か珍しいものでも見つけたような顔をしている。
「あの方も、千手丸殿のところの?」
「まあ、そんなところじゃ」
千手丸は、それ以上説明しなかった。
男の方も、こちらには興味がないらしい。
滅却師の身体を覗き込みながら、何やらぶつぶつと呟いている。
「…………」
何となく。
近づかない方がいい気がした。
「それにしても」
千手丸の声に、視線を戻す。
「お主も随分と変わったものじゃ」
「私がですか?」
「昔のお主ならば、運ばれていく者など見ておらず、まだ立っておる滅却師を探しておったであろう」
「…………」
否定できない。
かつての俺なら。
戦いが終わったあとも、まだ強い者が残っていないか探していたかもしれない。
いや。
たぶん、探していた。
「今も、強い方がいれば気にはなりますよ」
「ほう」
「ですが」
振り返る。
最後に残った四番隊の隊士たちが、こちらを待っている。
「今は、こちらの方が先ですので」
「…………」
千手丸が僅かに目を細めた。
「四番隊長らしくなったものじゃ」
「そうでしょうか」
「妾の知る八千流よりは、な」
「…………」
それは褒められているのだろうか。
よく分からなかった。
千手丸の後ろでは、また一人、滅却師が運ばれていく。
生きている。
この先、あの者がどうなるのか。
少しだけ気になった。
けれど。
俺には、俺の仕事がある。
「では、千手丸殿」
「うむ」
頭を下げ、踵を返す。
「おい。今度は何をしているんだネ」
後ろから、また声が聞こえた。
「……人手を選ぶべきだったネ」
「…………」
やはり。
近づかない方がいい気がした。
最後に残った四番隊の者たちと、尸魂界へ戻った。
◇
四番隊の隊舎へ戻っても、仕事は終わらない。
先に戻した負傷者たちが、すでに治療区画へ並べられていた。歩いて帰れる程度だった者も、そのまま隊務へ戻せるとは限らない。現地で応急処置を済ませただけの者も多い。
「現地で止血だけした方から診ます。重傷者は搬送時の記録をこちらへ」
「はい!」
「容体が変わった方は?」
「二名です。こちらと、奥の一名です」
「先にそちらを診ます」
隊士たちが動く。
現世での治療は、連れ帰るためのものでもある。ここから改めて傷を診て、必要な治療を続ける。
俺も袖を捲り、一人目の負傷者の前へ座った。
戦場を離れても、まだ仕事は続いている。