BLEACHの世界に転生した俺は、初代剣八になるらしい 作:まいちー
さらに年月が流れた。
護廷十三隊には新しい者が入り、古い者が去った。隊長羽織を背負う顔にも変化があり、かつて俺が十一番隊を率いていた頃を直接知る者は、もうほとんど残っていない。
四番隊隊長、卯ノ花烈。
今では、それが当たり前だった。
◇
ある日、四番隊の廊下を歩いていると、若い隊士たちの話し声が聞こえてきた。
「初代剣八隊長って、どんな人だったんだろうな」
「そりゃ、強かったんだろ。初代なんだから」
「卯ノ花隊長なら知ってるんじゃないか?」
そこで、俺に気づいた。
「卯ノ花隊長」
「はい?」
「初代剣八隊長って、ご存じですか?」
「…………」
俺である。
「ええ。よく知っていますよ」
「どんな方だったんですか?」
「そうですね……剣がお好きな方でした」
「やっぱり」
妙に納得されてしまった。
「怖い人だったんですか?」
「…………」
少し考える。
「少なくとも本人にそのつもりはなかったと思いますよ」
「でも、何百人も斬ったんですよね?」
「さあ。数えたことはないと思いますよ」
隊士たちは顔を見合わせ、また勝手に想像を始めた。
まさか、その本人に聞いているとは思っていないらしい。
随分と昔の人になったものだ。
◇
それからしばらくして、四番隊の一室に何人かの女性隊士が集まった。
始まりは、ほんの小さな相談だった。
「卯ノ花隊長、一つお願いがあるのですが」
「何でしょう」
「女性の隊士だけで集まれる場所を、どこかお借りできませんか?」
「女性だけで、ですか?」
「はい。隊を越えて相談したいこともありますし、男性の隊士には話しづらいこともありますので」
「なるほど」
護廷十三隊が大きくなるにつれ、隊士の数も増えた。当然、女性の死神も昔よりずっと多い。
必要になることもあるのだろう。
「分かりました。使えそうな部屋がないか確認してみましょう」
「ありがとうございます!」
それだけの話だった。
少なくとも、俺はそのつもりだった。
数日後。
「卯ノ花隊長」
「はい?」
「先日の集まりなのですが、正式なものにしたいという話になりまして」
「正式なもの?」
「はい。名前も決まりました」
随分と早い。
「女性死神協会です」
「…………」
協会になっていた。
「それで、卯ノ花隊長にも加わっていただきたいのですが」
「私もですか?」
「もちろんです。最初に相談に乗ってくださったのも卯ノ花隊長ですし」
「…………」
部屋を探しただけである。
だが、期待に満ちた顔を前に断る理由もなかった。
「分かりました」
「ありがとうございます!」
こうして、女性死神協会なるものができた。
女性だけで集まれる場所が欲しいという話には納得していたし、役に立つのなら悪いことでもない。
ただ、まさか俺が加わることになるとは思わなかった。
◇
その日の午後、一人の隊士が四番隊へ運び込まれてきた。
任務中に斜面の崩落に巻き込まれたらしく、右脚を深く傷つけている。
幸い、骨に異常はなかった。
「しばらく安静にしてください」
「分かりました。久しぶりに故郷の近くへ行く任務だったんですが、ついてませんね」
「故郷?」
何気なく口にした地名に、覚えがあった。
新太と再会した、あの山に近い土地だった。
「昔、近くを通ったことがあります」
「そうなんですか。あの辺り、何もないでしょう」
「静かなところでしたね」
「ええ。二人の剣神の昔話くらいしかありません」
俺の手が僅かに止まった。
「二人の剣神?」
「大昔、あの辺りにいたそうです。新玄と、八千流っていう剣士が」
「二人が斬り合った時には、山まで斬れたって話ですよ」
「それは…………随分と大袈裟ですね」
「昔話ですから」
随分、形を変えたものだ。
それでも。
新玄。
八千流。
どちらの名も、まだ残っていた。
「そうですか」
それだけ答え、治療を続けた。
◇
「もういいだろ。帰るぞ」
「駄目です」
治療を終えたばかりの十一番隊士が寝台から起き上がろうとして、四番隊士に止められていた。
「傷は塞がったんだろ?」
「塞がりましたが、まだ安静が必要です」
「だったら問題ねえ」
「あります」
押し問答を横目に、俺は別の負傷者の状態を確認していた。
十一番隊らしいといえば、十一番隊らしい。
「こんなところで寝てられるか」
男はとうとう寝台から足を下ろした。
「おい」
隣の寝台から声が飛んだ。
同じ十一番隊の隊士だった。こちらは男より少し年嵩で、腕に包帯を巻いている。
「やめとけ」
「あ?」
「四番隊長がいいって言うまで寝てろ」
「なんでだよ」
「いいから座れ」
妙に真剣だった。
若い隊士が眉を寄せる。
「お前、四番隊にびびってんのか?」
「そうじゃねえ」
「じゃあ何だよ」
「いいから寝てろ」
「だから、なんで――」
そこで、年嵩の隊士がこちらを見た。
目が合う。
「…………」
「…………」
男の顔が引きつった。
「ひっ……卯、卯ノ花隊長!」
「はい?」
「こいつは安静にさせます! 絶対に!」
「おい、何だよ急に」
「いいから寝ろ!」
「さっきから何なんだよ!」
俺は二人を見る。
治療を終えたとはいえ、まだ動かない方がいい。
「では、お願いしますね」
「はい!」
随分といい返事だった。
「おい、俺はもう――」
「寝ろ!」
年嵩の隊士に押し戻され、若い隊士が渋々寝台へ戻る。
俺はそのまま次の負傷者のもとへ向かった。
背後から、まだ声が聞こえる。
「何でそんなびびってんだよ」
「びびってねえ。昔から言われてんだ。四番隊隊長には逆らうなって」
「理由は?」
「知らねえ。先輩から聞いた」
「何だそれ」
「いいから寝てろ」
若い隊士は納得していない顔をしながらも、寝台へ身体を戻した。
俺が初代剣八だったことは、もう知られていない。
それなのに、こんなものだけは残っているらしい。
「…………」
少し可笑しかった。
「卯ノ花隊長?」
傍の四番隊士に呼ばれた。
「何でしょう」
「こちらの方も診ていただけますか?」
「ええ」
俺は次の寝台へ向かった。
後ろでは、若い十一番隊士がようやく大人しく横になったらしい。
◇
現世での任務を終えた隊士が、四番隊へ戻ってきた。
負傷者の処置を終えて廊下へ出ると、数人の隊士が一つの小箱を囲んでいた。
「何をしているのですか?」
「あ、卯ノ花隊長。現世で見つけたものなんですが」
差し出された箱には、どこか見覚えがあった。側面には小さな金具が付いている。
「何に使うものなんでしょう」
「これは……」
知っているはずなのに、名前が出てこない。
一人の隊士が金具を回すと、やがて小箱から微かな音色が流れ始め、周囲から感嘆の声が上がった。
「音が鳴るんですね」
「…………ああ」
そこで、ようやく思い出した。
「オルゴール、ですね」
「ご存じなんですか?」
「ええ。昔、見たことがあります」
「現世で?」
「…………そのようなものです」
隊士たちは再び小箱を囲み、流れる音に耳を傾け始めた。俺も少しだけその音を聞いてから、その場を離れた。
前世の記憶は、まだある。
ただ、昔のようには出てこなくなっていた。
◇
ある日、五番隊から負傷者が運び込まれてきた。
「現世での任務中に虚の攻撃を受けました。右肩を深く負傷しています」
「こちらへ」
近くにいた四番隊士が担架を受け取る。
俺は負傷者のそばへ寄った。
付き添ってきた若い隊士は、負傷した者の状態を簡潔に説明した。
「出血が多かったので、こちらへ運ぶ前に圧迫しています。意識は一度失いましたが、途中で戻りました」
「分かりました」
俺は傷を確認した。
説明の通りだった。
「運んできたのは、あなたですか?」
「はい」
「適切な処置です。あとはお任せください」
「ありがとうございます」
若い隊士が頭を下げる。
その声を聞いて、俺の手が僅かに止まった。
眼鏡を掛け、髪を整えた、穏やかな顔立ちの青年だった。
ここで会った覚えはない。
それでも、どこか見覚えがある。
「失礼ですが」
「はい」
「お名前は?」
「藍染惣右介と申します」
「…………」
藍染惣右介。
どこかで聞いたことがある。
前世で読んだ物語に、そんな名前の登場人物がいたような気がする。
「…………」
誰だったか。
思い出せない。
「卯ノ花隊長?」
「…………失礼しました」
「いえ」
藍染は少し不思議そうにしただけで、それ以上は聞かなかった。
「五番隊に入られたばかりですか?」
「はい。まだ日も浅く、学ぶことばかりです」
「そうですか」
俺は、もう一度青年を見る。
霊圧にも、立ち方にも、呼吸にも、特におかしなところはない。むしろよく整っていた。
負傷者をここまで運び、必要な処置もしている。説明にも無駄がない。
「先ほどの処置は良かったですよ」
「ありがとうございます」
藍染は素直に頭を下げた。
「では、よろしくお願いいたします」
もう一度頭を下げ、藍染は治療区画を出ていった。
俺はその背を少しだけ目で追った。
藍染惣右介。
どこかで聞いたような気がする。
それ以上は、どうしても出てこなかった。
俺は目の前の負傷者へ視線を戻し、治療を始めた。
◇
それから、二人が顔を合わせる機会は何度かあった。
藍染は五番隊の隊士として優秀だった。書類を届けに四番隊を訪れることもあれば、負傷者を連れてくることもある。受け答えは丁寧で、必要なことを先に済ませ、余計なことはしない。
四番隊の隊士からの評判も悪くなかった。
「五番隊の藍染さん、また負傷者を運んできてくれたんです」
「そうですか」
「処置もしてありました。回道は使えないそうですが、止血は上手ですね」
「よく見ているのでしょう」
俺はそう答え、書類へ目を戻した。
名前を聞いた時の引っかかりは、まだ残っている。
ただ、それだけだった。
前世で読んだ物語にいたような気はするが、誰だったのかまでは思い出せない。
何百年も前に読んだ物語である。
名前が僅かに残っていただけでも、不思議ではなかった。
◇
藍染もまた、卯ノ花という人物を知っていた。
四番隊隊長、卯ノ花烈。
穏やかな物腰で隊を率い、護廷十三隊の治療と救護を担う隊長。
だが、古い記録を辿れば別の名が出てくる。
卯ノ花八千流。
初代十一番隊隊長。
初代剣八。
護廷十三隊が生まれる以前から名を知られ、千年前の滅却師との戦争を生き残った死神。
記録に残る剣八と、今の四番隊隊長。
同じ人物であることは分かる。
しかし、どこまで同じなのかは分からない。
四番隊へ移ってからも剣を振り続けているのか。
今も初代剣八と呼ばれるに足る力を持っているのか。
長い年月を生きてきた彼女が、今どこまでの力を持っているのか。
藍染には、それが見えなかった。
だから、観察した。
露骨に探ることはしない。負傷者を運ぶ時や書類を届ける時、廊下ですれ違う時に、ほんの僅かに視線を向ける。それだけだった。
◇
藍染は、五番隊でもよく働く隊士だった。
頼まれた仕事は手早く片付け、手の空いていない者がいれば自然に手を貸す。それでいて、自分から前へ出ようとすることはなく、必要以上に目立つこともない。
「藍染、悪い。これ、三番隊まで持っていってくれないか」
「構いませんよ」
「助かる。俺、これから巡回なんだ」
「では、こちらも届けておきます」
藍染が机の端に置かれていた書類を手に取ると、頼んだ隊士が少し驚いた顔をした。
「ああ、それもあったか。ほんと、よく見てるな」
「たまたま目に入っただけですよ」
そう言って笑う藍染に、隊士もそれ以上は何も言わなかった。
誰かが困っていれば手を貸し、忘れていることがあればさりげなく補う。知らないことを聞かれれば知らないと答え、分かることなら教える。
そのため藍染を悪く言う者はほとんどいなかったが、かといって特別に目立つ存在でもなかった。
人当たりがよく、気が利いて、仕事もできる。
周囲から見れば、そんな若い隊士の一人だった。
そして藍染自身も、それ以上に見られようとはしていないようだった。
ある日、藍染は頼まれた書類を四番隊へ届けに来ていた。
用を済ませて隊舎を出たところで、向こうから一人の隊長が歩いてきた。
四番隊隊長、卯ノ花烈。
藍染は足を止める。
「卯ノ花隊長」
卯ノ花も足を止めた。
「先日はありがとうございました。運んだ隊士も、無事に隊務へ戻りました」
「それは何よりです」
「四番隊には、いつも助けられています」
「それが私たちの役目ですので」
藍染が微笑む。
卯ノ花も普段と変わらない穏やかな表情で応じた。
「では、失礼します」
「はい」
二人はすれ違った。
卯ノ花は、そのまま歩いていく。
藍染も数歩進んだところで、足を止めた。
振り返る。
卯ノ花はすでに遠ざかっていた。
ただ歩いている。
それだけだった。
だが、無駄がない。
足の置き方も、重心の移り方も、次の一歩へ移るまでの身体の運びも、長く剣を振ってきた者のそれだった。
四番隊へ移ったからといって、失われてはいない。
少なくとも、そう簡単に過去のものとして扱える相手ではない。
藍染はそれ以上見続けることなく、前へ向き直った。
まだ、何かをするつもりはない。
ただ。
卯ノ花烈という死神を、もう少し知る必要がある。
そう考え、再び歩き始めた。