BLEACHの世界に転生した俺は、初代剣八になるらしい   作:まいちー

36 / 54
第三十四章 忘却

 

 さらに年月が流れた。

 

 護廷十三隊には新しい者が入り、古い者が去った。隊長羽織を背負う顔にも変化があり、かつて俺が十一番隊を率いていた頃を直接知る者は、もうほとんど残っていない。

 

 四番隊隊長、卯ノ花烈。

 

 今では、それが当たり前だった。

 

         ◇

 

 ある日、四番隊の廊下を歩いていると、若い隊士たちの話し声が聞こえてきた。

 

「初代剣八隊長って、どんな人だったんだろうな」

 

「そりゃ、強かったんだろ。初代なんだから」

 

「卯ノ花隊長なら知ってるんじゃないか?」

 

 そこで、俺に気づいた。

 

「卯ノ花隊長」

 

「はい?」

 

「初代剣八隊長って、ご存じですか?」

 

「…………」

 

 俺である。

 

「ええ。よく知っていますよ」

 

「どんな方だったんですか?」

 

「そうですね……剣がお好きな方でした」

 

「やっぱり」

 

 妙に納得されてしまった。

 

「怖い人だったんですか?」

 

「…………」

 

 少し考える。

 

「少なくとも本人にそのつもりはなかったと思いますよ」

 

「でも、何百人も斬ったんですよね?」

 

「さあ。数えたことはないと思いますよ」

 

 隊士たちは顔を見合わせ、また勝手に想像を始めた。

 

 まさか、その本人に聞いているとは思っていないらしい。

 

 随分と昔の人になったものだ。

 

         ◇

 

 それからしばらくして、四番隊の一室に何人かの女性隊士が集まった。

 

 始まりは、ほんの小さな相談だった。

 

「卯ノ花隊長、一つお願いがあるのですが」

 

「何でしょう」

 

「女性の隊士だけで集まれる場所を、どこかお借りできませんか?」

 

「女性だけで、ですか?」

 

「はい。隊を越えて相談したいこともありますし、男性の隊士には話しづらいこともありますので」

 

「なるほど」

 

 護廷十三隊が大きくなるにつれ、隊士の数も増えた。当然、女性の死神も昔よりずっと多い。

 

 必要になることもあるのだろう。

 

「分かりました。使えそうな部屋がないか確認してみましょう」

 

「ありがとうございます!」

 

 それだけの話だった。

 

 少なくとも、俺はそのつもりだった。

 

 数日後。

 

「卯ノ花隊長」

 

「はい?」

 

「先日の集まりなのですが、正式なものにしたいという話になりまして」

 

「正式なもの?」

 

「はい。名前も決まりました」

 

 随分と早い。

 

「女性死神協会です」

 

「…………」

 

 協会になっていた。

 

「それで、卯ノ花隊長にも加わっていただきたいのですが」

 

「私もですか?」

 

「もちろんです。最初に相談に乗ってくださったのも卯ノ花隊長ですし」

 

「…………」

 

 部屋を探しただけである。

 

 だが、期待に満ちた顔を前に断る理由もなかった。

 

「分かりました」

 

「ありがとうございます!」

 

 こうして、女性死神協会なるものができた。

 

 女性だけで集まれる場所が欲しいという話には納得していたし、役に立つのなら悪いことでもない。

 

 ただ、まさか俺が加わることになるとは思わなかった。

 

         ◇

 

 その日の午後、一人の隊士が四番隊へ運び込まれてきた。

 

 任務中に斜面の崩落に巻き込まれたらしく、右脚を深く傷つけている。

 

 幸い、骨に異常はなかった。

 

「しばらく安静にしてください」

 

「分かりました。久しぶりに故郷の近くへ行く任務だったんですが、ついてませんね」

 

「故郷?」

 

 何気なく口にした地名に、覚えがあった。

 

 新太と再会した、あの山に近い土地だった。

 

「昔、近くを通ったことがあります」

 

「そうなんですか。あの辺り、何もないでしょう」

 

「静かなところでしたね」

 

「ええ。二人の剣神の昔話くらいしかありません」

 

 俺の手が僅かに止まった。

 

「二人の剣神?」

 

「大昔、あの辺りにいたそうです。新玄と、八千流っていう剣士が」

 

「二人が斬り合った時には、山まで斬れたって話ですよ」

 

「それは…………随分と大袈裟ですね」

 

「昔話ですから」

 

 随分、形を変えたものだ。

 

 それでも。

 

 新玄。

 

 八千流。

 

 どちらの名も、まだ残っていた。

 

「そうですか」

 

 それだけ答え、治療を続けた。

 

         ◇

 

「もういいだろ。帰るぞ」

 

「駄目です」

 

 治療を終えたばかりの十一番隊士が寝台から起き上がろうとして、四番隊士に止められていた。

 

「傷は塞がったんだろ?」

 

「塞がりましたが、まだ安静が必要です」

 

「だったら問題ねえ」

 

「あります」

 

 押し問答を横目に、俺は別の負傷者の状態を確認していた。

 

 十一番隊らしいといえば、十一番隊らしい。

 

「こんなところで寝てられるか」

 

 男はとうとう寝台から足を下ろした。

 

「おい」

 

 隣の寝台から声が飛んだ。

 

 同じ十一番隊の隊士だった。こちらは男より少し年嵩で、腕に包帯を巻いている。

 

「やめとけ」

 

「あ?」

 

「四番隊長がいいって言うまで寝てろ」

 

「なんでだよ」

 

「いいから座れ」

 

 妙に真剣だった。

 

 若い隊士が眉を寄せる。

 

「お前、四番隊にびびってんのか?」

 

「そうじゃねえ」

 

「じゃあ何だよ」

 

「いいから寝てろ」

 

「だから、なんで――」

 

 そこで、年嵩の隊士がこちらを見た。

 

 目が合う。

 

「…………」

 

「…………」

 

 男の顔が引きつった。

 

「ひっ……卯、卯ノ花隊長!」

 

「はい?」

 

「こいつは安静にさせます! 絶対に!」

 

「おい、何だよ急に」

 

「いいから寝ろ!」

 

「さっきから何なんだよ!」

 

 俺は二人を見る。

 

 治療を終えたとはいえ、まだ動かない方がいい。

 

「では、お願いしますね」

 

「はい!」

 

 随分といい返事だった。

 

「おい、俺はもう――」

 

「寝ろ!」

 

 年嵩の隊士に押し戻され、若い隊士が渋々寝台へ戻る。

 

 俺はそのまま次の負傷者のもとへ向かった。

 

 背後から、まだ声が聞こえる。

 

「何でそんなびびってんだよ」

 

「びびってねえ。昔から言われてんだ。四番隊隊長には逆らうなって」

 

「理由は?」

 

「知らねえ。先輩から聞いた」

 

「何だそれ」

 

「いいから寝てろ」

 

 若い隊士は納得していない顔をしながらも、寝台へ身体を戻した。

 

 俺が初代剣八だったことは、もう知られていない。

 

 それなのに、こんなものだけは残っているらしい。

 

「…………」

 

 少し可笑しかった。

 

「卯ノ花隊長?」

 

 傍の四番隊士に呼ばれた。

 

「何でしょう」

 

「こちらの方も診ていただけますか?」

 

「ええ」

 

 俺は次の寝台へ向かった。

 

 後ろでは、若い十一番隊士がようやく大人しく横になったらしい。

 

         ◇

 

 現世での任務を終えた隊士が、四番隊へ戻ってきた。

 

 負傷者の処置を終えて廊下へ出ると、数人の隊士が一つの小箱を囲んでいた。

 

「何をしているのですか?」

 

「あ、卯ノ花隊長。現世で見つけたものなんですが」

 

 差し出された箱には、どこか見覚えがあった。側面には小さな金具が付いている。

 

「何に使うものなんでしょう」

 

「これは……」

 

 知っているはずなのに、名前が出てこない。

 

 一人の隊士が金具を回すと、やがて小箱から微かな音色が流れ始め、周囲から感嘆の声が上がった。

 

「音が鳴るんですね」

 

「…………ああ」

 

 そこで、ようやく思い出した。

 

「オルゴール、ですね」

 

「ご存じなんですか?」

 

「ええ。昔、見たことがあります」

 

「現世で?」

 

「…………そのようなものです」

 

 隊士たちは再び小箱を囲み、流れる音に耳を傾け始めた。俺も少しだけその音を聞いてから、その場を離れた。

 

 前世の記憶は、まだある。

 

 ただ、昔のようには出てこなくなっていた。

 

         ◇

 

 ある日、五番隊から負傷者が運び込まれてきた。

 

「現世での任務中に虚の攻撃を受けました。右肩を深く負傷しています」

 

「こちらへ」

 

 近くにいた四番隊士が担架を受け取る。

 

 俺は負傷者のそばへ寄った。

 

 付き添ってきた若い隊士は、負傷した者の状態を簡潔に説明した。

 

「出血が多かったので、こちらへ運ぶ前に圧迫しています。意識は一度失いましたが、途中で戻りました」

 

「分かりました」

 

 俺は傷を確認した。

 

 説明の通りだった。

 

「運んできたのは、あなたですか?」

 

「はい」

 

「適切な処置です。あとはお任せください」

 

「ありがとうございます」

 

 若い隊士が頭を下げる。

 

 その声を聞いて、俺の手が僅かに止まった。

 

 眼鏡を掛け、髪を整えた、穏やかな顔立ちの青年だった。

 

 ここで会った覚えはない。

 

 それでも、どこか見覚えがある。

 

「失礼ですが」

 

「はい」

 

「お名前は?」

 

「藍染惣右介と申します」

 

「…………」

 

 藍染惣右介。

 

 どこかで聞いたことがある。

 

 前世で読んだ物語に、そんな名前の登場人物がいたような気がする。

 

「…………」

 

 誰だったか。

 

 思い出せない。

 

「卯ノ花隊長?」

 

「…………失礼しました」

 

「いえ」

 

 藍染は少し不思議そうにしただけで、それ以上は聞かなかった。

 

「五番隊に入られたばかりですか?」

 

「はい。まだ日も浅く、学ぶことばかりです」

 

「そうですか」

 

 俺は、もう一度青年を見る。

 

 霊圧にも、立ち方にも、呼吸にも、特におかしなところはない。むしろよく整っていた。

 

 負傷者をここまで運び、必要な処置もしている。説明にも無駄がない。

 

「先ほどの処置は良かったですよ」

 

「ありがとうございます」

 

 藍染は素直に頭を下げた。

 

「では、よろしくお願いいたします」

 

 もう一度頭を下げ、藍染は治療区画を出ていった。

 

 俺はその背を少しだけ目で追った。

 

 藍染惣右介。

 

 どこかで聞いたような気がする。

 

 それ以上は、どうしても出てこなかった。

 

 俺は目の前の負傷者へ視線を戻し、治療を始めた。

 

         ◇

 

 それから、二人が顔を合わせる機会は何度かあった。

 

 藍染は五番隊の隊士として優秀だった。書類を届けに四番隊を訪れることもあれば、負傷者を連れてくることもある。受け答えは丁寧で、必要なことを先に済ませ、余計なことはしない。

 

 四番隊の隊士からの評判も悪くなかった。

 

「五番隊の藍染さん、また負傷者を運んできてくれたんです」

 

「そうですか」

 

「処置もしてありました。回道は使えないそうですが、止血は上手ですね」

 

「よく見ているのでしょう」

 

 俺はそう答え、書類へ目を戻した。

 

 名前を聞いた時の引っかかりは、まだ残っている。

 

 ただ、それだけだった。

 

 前世で読んだ物語にいたような気はするが、誰だったのかまでは思い出せない。

 

 何百年も前に読んだ物語である。

 

 名前が僅かに残っていただけでも、不思議ではなかった。

 

         ◇

 

 藍染もまた、卯ノ花という人物を知っていた。

 

 四番隊隊長、卯ノ花烈。

 

 穏やかな物腰で隊を率い、護廷十三隊の治療と救護を担う隊長。

 

 だが、古い記録を辿れば別の名が出てくる。

 

 卯ノ花八千流。

 

 初代十一番隊隊長。

 

 初代剣八。

 

 護廷十三隊が生まれる以前から名を知られ、千年前の滅却師との戦争を生き残った死神。

 

 記録に残る剣八と、今の四番隊隊長。

 

 同じ人物であることは分かる。

 

 しかし、どこまで同じなのかは分からない。

 

 四番隊へ移ってからも剣を振り続けているのか。

 

 今も初代剣八と呼ばれるに足る力を持っているのか。

 

 長い年月を生きてきた彼女が、今どこまでの力を持っているのか。

 

 藍染には、それが見えなかった。

 

 だから、観察した。

 

 露骨に探ることはしない。負傷者を運ぶ時や書類を届ける時、廊下ですれ違う時に、ほんの僅かに視線を向ける。それだけだった。

 

         ◇

 

 藍染は、五番隊でもよく働く隊士だった。

 

 頼まれた仕事は手早く片付け、手の空いていない者がいれば自然に手を貸す。それでいて、自分から前へ出ようとすることはなく、必要以上に目立つこともない。

 

「藍染、悪い。これ、三番隊まで持っていってくれないか」

 

「構いませんよ」

 

「助かる。俺、これから巡回なんだ」

 

「では、こちらも届けておきます」

 

 藍染が机の端に置かれていた書類を手に取ると、頼んだ隊士が少し驚いた顔をした。

 

「ああ、それもあったか。ほんと、よく見てるな」

 

「たまたま目に入っただけですよ」

 

 そう言って笑う藍染に、隊士もそれ以上は何も言わなかった。

 

 誰かが困っていれば手を貸し、忘れていることがあればさりげなく補う。知らないことを聞かれれば知らないと答え、分かることなら教える。

 

 そのため藍染を悪く言う者はほとんどいなかったが、かといって特別に目立つ存在でもなかった。

 

 人当たりがよく、気が利いて、仕事もできる。

 

 周囲から見れば、そんな若い隊士の一人だった。

 

 そして藍染自身も、それ以上に見られようとはしていないようだった。

 

 ある日、藍染は頼まれた書類を四番隊へ届けに来ていた。

 

 用を済ませて隊舎を出たところで、向こうから一人の隊長が歩いてきた。

 

 四番隊隊長、卯ノ花烈。

 

 藍染は足を止める。

 

「卯ノ花隊長」

 

 卯ノ花も足を止めた。

 

「先日はありがとうございました。運んだ隊士も、無事に隊務へ戻りました」

 

「それは何よりです」

 

「四番隊には、いつも助けられています」

 

「それが私たちの役目ですので」

 

 藍染が微笑む。

 

 卯ノ花も普段と変わらない穏やかな表情で応じた。

 

「では、失礼します」

 

「はい」

 

 二人はすれ違った。

 

 卯ノ花は、そのまま歩いていく。

 

 藍染も数歩進んだところで、足を止めた。

 

 振り返る。

 

 卯ノ花はすでに遠ざかっていた。

 

 ただ歩いている。

 

 それだけだった。

 

 だが、無駄がない。

 

 足の置き方も、重心の移り方も、次の一歩へ移るまでの身体の運びも、長く剣を振ってきた者のそれだった。

 

 四番隊へ移ったからといって、失われてはいない。

 

 少なくとも、そう簡単に過去のものとして扱える相手ではない。

 

 藍染はそれ以上見続けることなく、前へ向き直った。

 

 まだ、何かをするつもりはない。

 

 ただ。

 

 卯ノ花烈という死神を、もう少し知る必要がある。

 

 そう考え、再び歩き始めた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。