BLEACHの世界に転生した俺は、初代剣八になるらしい   作:まいちー

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第三十七章 違和感

 

 あの夜から、しばらくの時が流れた。

 

 平子たちがいなくなったあとも、護廷十三隊の日々は続いている。空いた席があり、そこにいた者がいなくなっても、隊士たちはそれぞれの役目を果たし続けていた。

 

 そしていつしか、藍染惣右介が五番隊の隊長羽織を纏うようになっていた。

 

 驚きはなかった。

 

 副隊長だった頃から仕事に隙がなく、周囲への気配りもできる男だった。平子がいなくなったあとの五番隊をまとめていたことを考えても、いずれ隊長になるだろうとは思っていた。

 

 かつて平子真子の後ろを静かについて歩いていた男が、今ではその隊を率いている。

 

 俺も変わらず四番隊にいる。

 

「もう一度です」

 

「はい!」

 

 治療区画の一角で、若い隊士が負傷者の腕へ手をかざしている。淡い光が傷を包んでいた。

 

 切創は浅く、出血もほとんど止まっている。俺がやれば、すぐに終わる。

 

 だが、それでは意味がない。

 

「霊力を強くする必要はありません。傷の状態をよく見てください」

 

「はい」

 

「治そうとする前に、何を治すのかを知ることです」

 

 隊士が小さく息を吐き、もう一度集中する。先ほどより光が安定し、傷口がゆっくりと塞がっていった。

 

「……できました」

 

「ええ。次もお願いします」

 

「はい!」

 

 その返事を聞いて、俺は次の寝台へ目を向けた。

 

 昔は、傷ついた者がいれば自分で治していた。その方が早いし、今でも重傷者ならそうすることはある。

 

 けれど、四番隊に運ばれてくる者すべてを俺一人で治す必要はない。俺がいなくても治療できる者を増やすことも、いつの間にか俺の仕事になっていた。

 

「卯ノ花隊長」

 

 別の隊士がやってくる。

 

「三番治療区画の患者ですが、午後から歩行訓練を始めてもよろしいでしょうか」

 

「傷は?」

 

「塞がっています。痛みもほとんどないとのことです」

 

「では、今日は廊下を一往復までにしてください。問題がなければ明日から少しずつ増やしましょう」

 

「はい」

 

 隊士が去っていく。

 

     ◇

 

 治療区画へ入ると、一人の隊士が寝台へ運び込まれたところだった。

 

 任務中に虚の攻撃を受けたらしく、脇腹から背にかけて深く裂かれている。出血も多い。

 

「私が診ます」

 

「はい」

 

 近くにいた隊士たちが動き、その中から一人、背の高い女の隊士が俺の傍らについた。

 

 傷を確認する。裂け方が深く、このままでは処置がしづらい。

 

「止血をお願いします」

 

「はい」

 

 女の隊士がすぐに傷口へ手を翳す。淡い光が灯り、流れ続けていた血が徐々に収まっていく。

 

 その間に傷の状態を確認した。虚の攻撃で裂けた傷には、衣服の切れ端や細かな異物が入り込んでいる。

 

 一つ取り除き、手を横へ動かす。

 

 何も言っていないのに、そこにはすでにトレーが差し出されていた。

 

「…………」

 

 異物を落とし、そのまま次を取り除く。

 

 最後の一つをトレーへ落とす頃には、洗浄の準備まで整っていた。

 

 傷口を洗い、さらに奥を確認する。その間も女の隊士は回道を維持しながら、俺の手元を邪魔しないよう位置を変えている。

 

 上手い。

 

 霊力の扱いだけではない。俺が何をしようとしているのかを見て、自分が何をすべきかを判断している。

 

「もう大丈夫です」

 

「はい」

 

 回道が止まる。

 

 そこから傷の処置へ移ったが、必要なものへ手を伸ばそうとするたび、先に用意されていた。こちらから指示を出すことも、いつの間にかほとんどなくなっている。

 

 やがて処置を終える頃には、患者の呼吸も落ち着いていた。

 

「このまま経過を見てください。何か変化があれば呼んでくださいね」

 

「はい」

 

 女の隊士は患者の状態を確認してから、使い終えた道具を片づけ始めた。

 

「虎徹さん」

 

「はい?」

 

 呼ばれて、こちらを向く。

 

「優秀ですね」

 

「…………え?」

 

 虎徹勇音。

 

 最近、治療区画でよく見かけるようになった隊士だった。

 

「回道も安定していますし、処置の間もほとんど指示を出す必要がありませんでした。よく周りが見えています」

 

「あ……ありがとうございます」

 

「助かりました。またお願いしますね」

 

「はい!」

 

 少し声が大きくなった。

 

 勇音は恥ずかしそうに頭を下げると、また片づけへ戻っていく。

 

 その姿を少しだけ見てから、俺も次の患者のもとへ向かった。

 

 入れ替わるように、向こうから別の声がした。

 

「だから、もう平気だと言っているだろう」

 

 聞き覚えのある声だった。

 

 見ると、寝台から起き上がろうとしている浮竹十四郎を、四番隊士が必死に止めている。

 

「浮竹隊長、まだお休みください」

 

「熱も下がったし、随分楽になった。隊舎に戻って休むのも、ここで休むのも同じじゃないか」

 

「ですが……」

 

 隊士が困った顔でこちらを見た。

 

 俺は浮竹の前まで歩く。

 

「浮竹隊長」

 

「……卯ノ花隊長」

 

「今日はこのまま、こちらでお休みください」

 

「いや、しかし――」

 

「お休みください」

 

「…………」

 

 浮竹が大人しく布団へ戻った。その様子を見ていた隊士が、ほっと息を吐く。

 

「すまないな。迷惑をかける」

 

「いえ。浮竹隊長がお休みくだされば、それで」

 

 隊士が答えたところで、入口から笑い声が聞こえた。

 

「やっぱり卯ノ花隊長には敵わないねえ、十四郎」

 

「春水」

 

 京楽春水がこちらへ歩いてくる。

 

「どうです? 十四郎は」

 

「今日は休んでいただきます」

 

「だってさ」

 

「お前は嬉しそうだな」

 

「そりゃあ元気そうで安心したからね」

 

 そう言いながら、京楽が浮竹の寝台の横へ腰を下ろそうとする。

 

「京楽隊長」

 

「はい?」

 

「お見舞いですか?」

 

「もちろんですよ」

 

「そうですか」

 

「……何です、その間」

 

「浮竹隊長を連れ出さないのであれば、何も」

 

「しませんよ。僕を何だと思ってるんですか」

 

 浮竹が笑った。

 

「前に一度やっただろう」

 

「あれは十四郎が帰りたいって言ったからだろ」

 

「お前が酒を飲みに行こうと言ったんだ」

 

「…………」

 

 京楽がこちらを見る。

 

「卯ノ花隊長」

 

「駄目です」

 

「まだ何も言ってませんよ」

 

「では、よかったです」

 

 浮竹が声を立てて笑い、その直後に咳き込んだ。

 

 俺は京楽を見る。

 

「笑わせないでください」

 

「僕のせいですか?」

 

「春水のせいだな」

 

「十四郎まで……」

 

 そんな声を背に、俺は次の報告を受けるためにその場を離れた。

 

     ◇

 

 四番隊には、他隊の者がよく来る。

 

 怪我をした隊士だけではない。部下を連れてくる者もいれば、見舞いに来る者もいる。書類を届けに来る者もいるし、治療について相談を受けることもあった。

 

 その日も、十三番隊の隊士が一人運び込まれてきた。

 

「すみません、お願いします!」

 

 負傷した隊士に肩を貸していた男が、治療区画へ入るなり声を上げた。

 

 志波海燕。

 

 浮竹の下で働いている男だった。

 

「こちらへ」

 

 四番隊士たちがすぐに動き、負傷者を寝台へ寝かせる。俺は少し離れたところから傷の状態を確認した。

 

 脇腹に深い傷がある。出血は多いが、ここまで運ばれてくる間に最低限の処置はされていた。

 

「誰が止血を?」

 

「俺です。やり方が合ってるかは分かりませんけど、とにかく血を止めねえとまずいと思って」

 

「十分です。あとは四番隊に任せてください」

 

「……よかった」

 

 海燕が大きく息を吐いた。

 

 すぐに治療が始まる。

 

 海燕は寝台の傍を離れようとしなかったが、邪魔にならないよう一歩下がり、治療を受ける隊士をじっと見ていた。

 

「志波さん」

 

「はい?」

 

「あなたも座ってください」

 

「俺は怪我してませんよ」

 

「そうではなく、その方が落ち着くでしょう」

 

 海燕が一瞬きょとんとしたあと、頭を掻いた。

 

「……顔に出てました?」

 

「少し」

 

「参ったな」

 

 近くの椅子へ腰を下ろし、それでも視線は寝台から外さない。

 

 しばらくして、治療を担当していた隊士がこちらを見た。

 

「卯ノ花隊長、出血は止まりました。傷も安定しています」

 

「そのまま続けてください」

 

「はい」

 

 海燕の肩から、ようやく力が抜けた。

 

「大丈夫そうですね」

 

「ええ。しばらく安静は必要ですが、命に別状はありません」

 

「ありがとうございます」

 

 今度ははっきりと安堵した顔で頭を下げる。

 

「部下思いなのですね」

 

「そりゃあ、同じ隊の仲間ですから」

 

 海燕は当たり前のことのように答えた。

 

「連れて帰る時も、俺が来ます。こいつ、放っとくと治った途端に動きそうなんで」

 

 寝台から小さな声が飛んできた。

 

「海燕殿にだけは言われたくないです……」

 

「あ?」

 

「何でもありません」

 

 治療区画に小さな笑いが広がる。

 

 海燕も笑い、俺も僅かに口元を緩めた。

 

 こうして誰かが運ばれてきて、治して、帰っていく。

 

 四番隊では、そんな日々が続いていた。

     ◇

 

四番隊隊舎を出て、一番隊隊舎へ向かう途中だった。

 

 廊下の先から、一人の死神が歩いてくる。

 

 銀色の髪に、細い目。

 

 五番隊副隊長、市丸ギンだった。

 

 向こうも俺に気づき、足を止める。

 

「卯ノ花隊長」

 

「市丸副隊長」

 

「これから隊首会ですか?」

 

「ええ」

 

「大変ですねえ、隊長いうんも」

 

「副隊長も大変でしょう?」

 

「ボクは藍染隊長の言うこと聞いとったらええだけですから」

 

「そうなのですか?」

 

「ええ。楽なもんです」

 

「では、藍染隊長にそう伝えておきましょうか」

 

「…………」

 

 市丸の笑みが、一瞬だけ止まった。

 

「....意地悪なお人やなあ」

 

「冗談ですよ」

 

「卯ノ花隊長が言うと冗談に聞こえへんのですわ」

 

「それは困りましたね」

 

「まあ、藍染隊長なら笑って許してくれはるでしょうけど」

 

「随分と信頼されているのですね」

 

「どうでしょうねえ」

 

 市丸が笑う。

 

「案外、何考えとるか分からん奴を近くに置いとくんが好きなんかもしれませんよ」

 

「…………」

 

「冗談です」

 

「そうですか」

 

「はい」

 

 少しだけ間が空いた。

 

 市丸は変わらず笑っている。

 

 どこまでが冗談なのか。

 

 昔から、この男と話していると時々分からなくなる。

 

「ほな、ボクはこれで」

 

「ええ。また」

 

 市丸が俺の横を通り過ぎる。

 

「ああ、そうや」

 

 数歩進んだところで、市丸が振り返った。

 

「さっきの、藍染隊長には内緒にしといてくださいね」

 

「何のことでしょう?」

 

「……卯ノ花隊長も大概やなあ」

 

「何か?」

 

「いえ。何でもありません」

 

 今度こそ、市丸は歩いていった。

 

 その背中を見送り、俺も一番隊隊舎へ向かう。

 

 相変わらず、つかみにくい男だ。

 

     ◇

 

 それから数日後、五番隊から四番隊の広間を借りたいという申し出があった。

 

 各隊の副隊長を集めた講習を行うらしい。その中で、藍染自身の斬魄刀を使った実演も行うという。

 

 広さは十分にあり、その時間に使う予定もなかったため、俺は了承した。

 

 講習の日。

 

 広間には各隊の副隊長たちが集まっていた。

 

 俺も自分の隊舎で行われることもあり、少し離れた場所からその様子を眺めていた。

 

 前に立つのは藍染惣右介だった。

 

「私の斬魄刀、鏡花水月は流水系です」

 

 穏やかな声が広間に響く。

 

 水流と霧、それによる光の乱反射で敵を撹乱し、同士討ちを誘う。

 

 藍染はそう説明してから、腰の刀を抜いた。

 

「砕けろ、鏡花水月」

 

 刀が解放される。

 

 霧の中で光が揺れ、目の前に見えていたものの位置が曖昧になる。

 

 戦いの中で使われれば厄介だろう。敵の位置を誤認させるだけでも十分な効果があるし、複数人が入り乱れる戦場なら、なおさら使い道は多い。

 

 副隊長たちも実演を見ながら、藍染の説明に耳を傾けていた。

 

 俺も特に疑問を抱かなかった。

 

 やがて講習が終わり、副隊長たちが順に広間を出ていく。

 

「場所をお貸しいただき、ありがとうございました」

 

「いえ。お役に立てたのであれば何よりです」

 

 藍染も一礼して広間を後にした。

 

 俺はそれ以上気に留めることなく、いつもの仕事へ戻った。

 

     ◇

 

 それから数日が経った。

 

「卯ノ花隊長、こちらを」

 

「はい」

 

 執務室で差し出された報告書を受け取り、目を通す。

 

 午前中に運び込まれた負傷者は七名。重傷者はいない。

 

「こちらの二名は、もう退院して問題ありません。こちらの方は明日の朝、もう一度診てください」

 

「はい」

 

 書類を返し、俺も執務室を出た。

 

 四番隊舎の廊下を歩いていると、向こうから藍染がやってきた。

 

 五番隊の隊士が一人、昨日から四番隊に入院している。どうやら、その見舞いに来ていたらしい。

 

「卯ノ花隊長」

 

「藍染隊長」

 

 互いに足を止める。

 

「部下がお世話になっています」

 

「経過は順調ですよ。数日もすれば五番隊へ戻れるでしょう」

 

「それはよかった」

 

 藍染が穏やかに笑う。

 

 短い会話を終え、藍染が再び歩き出した。

 

 俺もその横を通り過ぎる。

 

 その瞬間、僅かな違和感があった。

 

 歩幅がおかしいわけではない。足音にも、姿勢にも、目につくような乱れはない。

 

 けれど、立ったところから最初の一歩へ移るまでの身体の運びが、ほんの僅かに噛み合わなかった。

 

 見えていた動きに対して、重心の移り方が僅かに違う。

 

「…………」

 

 俺は足を止めなかった。

 

 振り返りもしない。

 

 何がおかしかったのか、自分でも説明できないほど小さなずれだった。

 

 ただ、長い間、立つことと歩くことを繰り返してきた身体が、その小さなずれを拾っていた。

 

 気のせいかもしれない。

 

 そう思いながら、俺は歩き続けた。

 

 それでも、あの一歩だけが、しばらく頭から離れなかった。

 

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