BLEACHの世界に転生した俺は、初代剣八になるらしい 作:まいちー
剣を習おう。
そう決めたのはいいが、問題が一つあった。
「……どなたに習えばよいのでしょう」
知らない。
当たり前である。俺は尸魂界に来て、まだ大して日が経っていない。
知り合いもほとんどいないし、剣術道場の場所なんて知るはずもない。
そもそも、この時代の流魂街に道場なんてあるのかすら分からない。
なら、探すしかない。
幸い、見分け方は簡単だ。
刀を持っていて、俺より強そうで、できれば人にものを教えられる程度には話が通じる人間。
最後が一番難しい気がした。
◇
それから数日。
俺は流魂街を歩き回った。
刀を持っている者は思ったより多い。ただ、刀を持っているからといって、剣士とは限らなかった。
腰に差しているだけだったり、威嚇のためだったり、単なる用心棒だったり。
以前の俺と大して変わらないような振り方をする者もいる。
今なら少し分かる。
少なくとも、上手いか下手かくらいは。
――いや。
それも危ないな。
俺はつい先日、刀を持っていない男たちにぼこぼこにされたばかりだ。
素人が素人を見て、
――あいつ、弱そう。
などと思い始めたら終わりである。
謙虚にいこう。
俺はまだ弱い。ものすごく弱い。
卯ノ花烈という名前だけを見れば、とんでもない詐欺である。
もっとも、まだ烈ですらないのだが。
◇
見つけたのは、市の近くだった。
最初に気づいたのは刀ではない。音だった。
――カンッ。
硬いもの同士がぶつかる。
少し間を置いて、また。
――カンッ。
「…………」
俺は足を止めた。
音の方を見ると、建物の間に少し開けた場所がある。
そこに二人の男がいた。
一人は若い。もう一人は、四十か五十くらいに見える。
もちろん魂の外見年齢が当てになるのかは知らない。
二人とも木の棒を持っていた。
若い男が構える。
「行きます」
「ああ」
踏み込んだ。
「…………」
速い。
棒が振り下ろされ、中年の男が受ける。
――カンッ!
そのまま若い男の棒が流された。
「うわっ」
次の瞬間、中年の男の棒が若い男の首元で止まっていた。
「…………」
俺は瞬きした。
何をした?
もう一度。
若い男が構える。今度は横。
中年の男は半歩動く。
避けた。
それだけ。
そして。
――コツン。
「痛っ!」
若い男の頭に棒が落ちた。
「だから足を見るな」
「見てませんよ!」
「見てるから言ってる」
「見てませんって!」
「じゃあ何で同じところに三回引っかかる」
「…………」
若い男が黙った。
中年の男がため息をつく。
「もう一度」
「はい」
「今度は当てようとするな」
「え?」
「お前は当てようとするから身体が先に死んでる」
「……分かりません」
「だからやれ」
「はい……」
「…………」
俺は見ていた。
面白い。
何を言っているのか、半分くらい分からない。
でも、あの男が俺より遥かに上手いことは分かる。
若い男も俺より強いだろう。
その男を、中年の男は遊ぶようにあしらっている。
――いた。
ようやく見つけた。
剣を知っている人間。
俺はその場で待った。
◇
稽古が終わる。
若い男が帰っていき、中年の男が棒を片づけ始めた。
俺は近づいた。
「失礼いたします」
「あ?」
男がこちらを見る。
目つきが悪い。
怖い。
でも、先日の三人組とは違う。
こちらを舐め回すような視線ではない。
顔。腰の刀。手。足。
それだけ見た。
「何だ」
「先ほどの稽古を拝見しておりました」
「そうか」
「はい」
「…………」
「…………」
終わった。
会話が。
男は片づけを続ける。
待て待て。
ここからだ。
「あの」
「何だ」
「私にも、剣を教えていただけませんでしょうか」
男の手が止まった。
こちらを見る。
「お前に?」
「はい」
「何で」
「強くなりたいのです」
「何で」
「…………」
二回聞く?
俺は少し考えた。
「刀が好きですので」
「…………」
男が俺を見る。
何だ、その顔。
俺だって分かっている。強くなりたい理由としては薄い。
でも、実際そうなのだから仕方ない。
「刀を振ることが好きなのです」
「それで?」
「もっと上手く振れるようになりたいのです」
「…………」
男は俺の腰を見る。
「それは?」
「拾いました」
「拾った?」
「はい」
「…………」
男の目がさらに怪しくなった。
まずい。
変な女だと思われている。
正解だけど。
「抜いてみろ」
「はい?」
「その刀だ。抜け」
「……はい」
俺は鞘から刀を抜いた。
男が少し離れる。
「振れ」
「ここででしょうか」
「他に何がある」
俺は柄を両手で握った。
いつものように構え、足を開いて刀を上げる。
振り下ろす。
――ヒュッ。
「…………」
悪くない。
少なくとも、自分ではそう思った。
最近ではかなり安定して、この音が出るようになってきた。
男を見る。
「…………」
無表情。
もう一度振る。
――ヒュッ。
今度はもっと良かった。
「どうでしょう」
「駄目だな」
「…………」
即答だった。
「駄目ですか」
「ああ」
「どの辺りが」
「全部」
「…………」
全部。
思ったより広範囲だった。
男が俺の前まで来る。
「足が死んでる」
「足」
「腰も使えてない」
「…………」
「肩に力が入りすぎだ」
「はい」
「握りも強すぎる」
「…………はい」
「刀を振ってるんじゃない。刀に振られてる」
最後の一言は、少し刺さった。
「……以前よりは、振られなくなったと思うのですが」
「以前がどれだけ酷かったかなんて知らん」
正論。
何も言えない。
男が刀を見る。
「刃筋も安定してない」
「刃筋」
「知らんのか」
「言葉だけは」
「誰に習った」
「誰にも」
「…………」
男が俺を見る。
「独学か?」
「はい」
「どれくらい振ってる」
「正確には分かりませんが……二十日ほどでしょうか」
「…………」
少しだけ、男の表情が変わった。
ほんの少し。
「そうか」
それだけだった。
俺は刀を鞘へ戻す。
「では、教えていただけますか?」
「嫌だ」
「…………」
即答。
本日二回目である。
「なぜでしょう」
「面倒だから」
「…………」
それだけ?
「先ほどの方には教えておられましたが」
「あいつからは飯をもらってる」
「…………」
なるほど。
非常に分かりやすい。
俺には金がない。飯もない。
提供できるものは――ないな。
「分かりました」
俺は頭を下げた。
「お時間をいただき、ありがとうございました」
「ああ」
男が少し意外そうな顔をした。
俺はその場を離れた。
さて、困った。
でも、収穫はあった。
足。腰。肩。握り。刃筋。
全部駄目。
「…………」
よし。
明日はそこを意識して振ろう。
◇
翌日。
俺はまた来た。
「…………」
男が俺を見る。
「何だ」
「おはようございます」
「何しに来た」
「見学です」
「…………」
男は何も言わなかった。
追い出されもしなかった。
なら、見てもいいということだろう。
俺は端に座った。
昨日の若い男が来て、稽古が始まった。
見る。
昨日までとは違う。
足を見る。
いや。
足だけを見るなと言っていた。
なら全体。
どう立っている。
どう動く。
どの瞬間に木の棒を振る。
中年の男はほとんど大きく動かない。
なのに、若い男の攻撃は当たらない。
そして自分の棒だけが当たる。
「…………」
何で?
分からない。
だから面白い。
稽古が終わった。
俺は頭を下げる。
「ありがとうございました」
「何も教えてないぞ」
「見せていただきましたので」
「そうか」
帰る。
そして、自分の場所で刀を振る。
昨日言われた。
足が死んでいる。
なら動かす。
一歩。
振る。
「…………違う」
もう一度。
踏み込む。
振る。
刀と身体がばらばらになる。
「難しいですね」
でも、昨日とは違う。
何が駄目なのか、少しだけ考えられる。
◇
翌日。
「おはようございます」
「…………」
翌々日。
「おはようございます」
「…………」
その次。
「おはようございます」
「お前、暇なのか」
「はい」
「…………」
正確には、刀以外にすることがない。
毎日見た。
そして、毎日自分でも振った。
男の言ったことを一つずつ試す。
肩の力を抜く。
抜きすぎると刀がぶれる。
握りを緩める。
怖い。
足を動かす。
刀と合わない。
何度も。
何度も。
何度も。
少しずつ。
本当に少しずつ、変わる。
◇
七日目。
「振ってみろ」
「…………」
突然だった。
「私でしょうか」
「他に誰がいる」
「はい」
刀を抜いて構えると、妙に緊張した。
何だこれ。試験みたいだ。
肩の力を抜き、刀だけを振らないよう意識する。
足から動き、身体ごと振る。
――ヒュッ。
「…………」
男は何も言わない。
もう一度、同じように振る。
――ヒュッ。
「いかがでしょう」
「相変わらず下手だ」
「…………」
知っていた。
「だが」
男が俺の足を見る。
「少しはましになった」
「…………」
思った以上に嬉しかった。
「ありがとうございます」
「手を出せ」
「はい?」
「手」
言われた通り差し出すと、男は俺の手のひらを見た。
何度も擦れて硬くなった皮には、少し裂けた跡も残っている。
「毎日振ってるのか」
「はい」
「どれくらい」
「暇な時間は常に」
「一日何回だ」
「数えておりません」
「…………」
「楽しいので」
男はしばらく俺を見ていた。
「明日」
「はい」
「刀は置いてこい」
「…………はい?」
「聞こえなかったか」
「いえ」
聞こえたからこそ、意味が分からない。
「剣を習いに来ているのですが」
「だから置いてこい」
「…………」
意味は分からないが、ここで反論して断られたら困る。
「分かりました」
◇
翌朝。
言われた通り、刀を置いてきた。
ものすごく不安だった。手元が寂しいし、せっかく拾った刀を盗まれていないかも気になる。
大丈夫だ。隠した。
たぶん。
「来たか」
「はい」
男から木の棒を渡される。
「振れ」
言われた通り振る。
「違う」
もう一度。
「違う」
さらにもう一度。
「違う」
五回、十回と振っても全部違う。
さすがに腹が立ってきた。
「何が違うのでしょう」
「全部」
「それは以前も伺いました」
「ならまず立て」
「立っておりますが」
「立ってない」
「…………」
哲学?
男が棒で俺の足を叩いた。
「痛っ」
「ここ。足を開け」
言われた通り開く。
「広すぎる」
戻す。
「狭い」
「…………」
細かい。
男が俺の足を動かす。
「ここ。膝」
少し曲げる。
「曲げすぎ」
戻す。
「戻しすぎ」
「…………」
難しい。
そこからも、腰、背中、顎、肩と次々に直された。
「棒を持つな」
「…………?」
「握り締めるなって意味だ」
「先にそう言ってください」
頭を叩かれた。
「痛いです」
「口答えするな」
「理不尽ですね」
もう一度叩かれた。
「…………」
この男、絶対楽しんでいる。
「そのまま立ってろ」
「どれくらいでしょう」
「俺がいいと言うまで」
「…………」
結局、俺は棒を持ったまま立ち続けることになった。
刀は置いてきた。剣も振らない。
ただ立っているだけ。
一刻ほど経つころには足が震え始めた。
刀を百回振る方が楽だ。
「膝」
直す。
「腰」
また直す。
「肩」
直して、また立つ。
つらい。
何が楽しいんだ、これ。
昨日までの俺なら、そう思っていたかもしれない。
でも、今は少し違う。
この男は、俺が知らない何かを知っている。
それが悔しいくらい面白かった。
◇
日が傾いたころ。
「今日は終わりだ」
「…………」
ようやく姿勢を崩すと、足も腰も痛んだ。
結局、今日は剣を一度も振っていない。
「明日もでしょうか」
「ああ」
「刀は?」
「いらん」
「…………」
刀を習いに来たはずなのだが。
まあいい。
「よろしくお願いいたします」
頭を下げると、男は「ああ」とだけ答えて背を向けた。
少し歩いたところで、俺はまだ名前すら聞いていなかったことを思い出す。
「あの」
「何だ」
「お名前を伺っておりませんでした」
男が振り返った。
「宗玄だ」
「宗玄様」
「様はいらん」
「では、宗玄殿」
「好きにしろ」
「私は――」
「卯ノ花だろ」
「…………」
思わず目を瞬いた。
「ご存じだったのですか」
「この前、あの若造に聞かれて答えてただろ」
「ああ」
そういえば、見学していたときに名前を聞かれた気がする。
それでも、改めて挨拶くらいはしておきたい。
「卯ノ花清子と申します」
「長い」
「では、清子と」
「好きにしろ」
「…………」
適当な人だ。
宗玄はそのまま歩き出した。
俺はその背中を見ながら考える。
師匠。
ということでいいのだろうか。
正式に弟子にするとは言われていない。
でも、教えてくれた。
なら。
「師匠」
呼んでみると、宗玄の足が止まった。
振り返らないまま答える。
「勝手にしろ」
そして、また歩き出した。
「…………」
俺は少し笑った。
悪くない。
いや、かなりいい。
尸魂界へ来て、刀を拾った。
毎日振り、襲われ、負けて、人を殺した。
そして、師を得た。
まだ何もできない。立つことすら駄目だと言われた。
でも、それでいい。
知らないなら覚えればいい。
一つずつ。
全部。
俺は宗玄の背中へ頭を下げた。
「明日もよろしくお願いいたします」
返事はなかった。
それでも翌日、俺はまたここへ来る。
そして立つ。
今度こそ。
本当の剣術を始めるために。