BLEACHの世界に転生した俺は、初代剣八になるらしい 作:まいちー
第三十九章 受け継ぐもの
更木剣八が十一番隊隊長となってから、しばらくが過ぎた。
最初の頃は、四番隊にいても十一番隊の噂がよく耳に入った。
新しい隊長が隊舎にいない、書類を放り出した、訓練場へ行ったと思えばそこにいた隊士へ片端から声を掛けて斬り合っている。隊務の途中で姿を消したと思えば、強そうな相手を見つけて追いかけていた。
「…………」
予想していなかったわけではない。むしろ、よく隊長を続けている方だと思う。
あの男が欲しかったのは、十一番隊隊長という役職や名誉ではなく、剣八という名だった。それでも今のところ、隊長羽織を捨ててどこかへ行ったという話は聞かない。
理由も、なんとなく分かっていた。十一番隊には斬り合える相手が大勢いて、護廷十三隊にいれば、さらに強い相手と出会うこともある。
あのとき俺が話したことを、更木は思った以上に気に入ったらしい。
◇
「卯ノ花隊長、十一番隊から三名です」
「こちらへお願いします」
担架が続けて運び込まれてきた。一人は肩を斬られ、一人は腕を押さえ、最後の一人は額から血を流しながら自分の足で歩いている。
「隊長との稽古です。三人で掛かったそうで」
「お前、一太刀目で転がってただろ」
「二太刀目までは立ってた」
「私は傷を見ますので、続きは後にしてください」
「……はい」
急に静かになった。
肩の傷から確認する。深く入っているが急所は外れており、出血を抑えて回道を流していく。
更木は、言動に比べて手加減が上手い。
「昨日よりは保ったんだよ」
「じゃあ次は俺が三太刀目まで行く」
「聞こえていますよ」
「…………」
負けたことを悔しがっているのに、どこか楽しそうだった。
俺が十一番隊にいた頃にも、こういう者は多かった。強い者がいればその強さを認め、それで終わらず、いつか自分もそこへ届こうと刀を握る。
鬼厳城の頃には薄れていたものだった。
「終わりました。今日は休んでください」
「はい」
「…………」
随分と素直な返事だった。
最近、十一番隊の方々は妙に言うことを聞いてくれる。
更木が行儀を教えているとも思えないのだが。
◇
十一番隊の訓練場では、朝から木刀のぶつかる音が響いていた。
一人が地面へ転がる。
「三本」
「まだ二本だろ!」
「今ので三本だ」
「もう一回だ!」
倒れた隊士がすぐに起き上がり、木刀を拾う。その横を、頭から血を流した隊士が通り過ぎた。
「お前どうした?」
「隊長にやられた」
「何発保った?」
「五発」
「嘘つけ。三発で転がってただろ」
「うるせえ!」
笑い声が上がる。
強い者がいれば挑み、負ければまた挑む。隣の者が昨日より長く立っていれば、それが気に食わなくて自分も刀を握る。
更木が隊長になってから、十一番隊ではそんな競争があちこちで起こるようになっていた。
◇
一角と弓親は、流魂街で更木を探し続けていた。
分かっているのは名前だけだった。
更木剣八。
どこに住んでいるのかも、どこへ向かったのかも知らない。傷が治ってから地区を移り、人に聞き、手掛かりがなければまた歩いた。
「今日もいなかったね」
「まだ終わってねえ」
「もう日が暮れるよ」
「だから何だ」
弓親は呆れたように一角を見る。
「あの人に負けてから、ずっとそれだね」
「うるせえ」
「止めてないよ。僕も一緒に探してるんだから」
一角は答えなかった。
あの日、更木に言われたことは覚えている。負けて、それでも死に損ねたなら、生き延びることだけ考えろ。そして、生き延びたなら、自分を殺し損ねた相手を殺すことだけ考えろ。
一角は生き延びた。だからこそ、もう一度あの男の前に立つために探している。
それから何日か経った頃だった。
「更木剣八?」
人の集まる場所で聞いて回っていると、一人の男が反応した。
一角が振り返る。
「知ってんのか?」
「本人は知らねえ。ただ、剣八って名前なら最近聞いたぞ」
「どこでだ」
「護廷十三隊だよ。十一番隊の隊長が代わったって話だ。新しい隊長が剣八を名乗ってるらしい」
一角の目が変わった。
「どんな奴だ」
「そこまでは知らねえよ。でかくて、とんでもなく強え奴だって話くらいだ」
それだけ聞くと、一角は歩き出した。
「行くぞ」
「瀞霊廷に?」
「ああ」
「簡単には入れないよ」
「なら、入れるようになりゃいい」
弓親が笑った。
「そう言うと思った」
◇
二人が護廷十三隊へ入り、十一番隊へ配属されるまでには時間が掛かった。
それでも、ようやく十一番隊舎へ足を踏み入れた日、一角は門をくぐるなり周囲を見回した。
あちこちから刀のぶつかる音が聞こえる。木刀を使っている者もいれば、真剣を抜いている者もいる。地面に座り込んでいる者の隣で、別の二人が斬り合っていた。
「随分、君向きの場所だね」
「悪くねえ」
一角は近くにいた隊士へ声を掛ける。
「隊長はどこだ」
「あ?」
「更木剣八だ。どこにいる」
「新入りか?」
「ああ」
「だったら先に挨拶くらい――」
「隊長の場所だけ教えろ」
隊士の眉が吊り上がった。
「入った初日から随分偉そうじゃねえか」
「知るか」
「一角」
「何だ」
「もう喧嘩になってるよ」
「向こうが勝手に怒ってんだろ」
「誰のせいだ!」
周囲が騒ぎに気づいた。
止める者はいない。むしろ面白そうに場所を空け始める。
「新入りか?」
「やるのか?」
「初日から元気だな」
一角が周囲を見て笑った。
「何笑ってやがる」
「いや」
刀へ手を掛ける。
「ここ、気に入った」
「言ってろ!」
相手が先に抜いた。
真正面から振り下ろされた刃を、一角は受けながら横へ流す。力の抜けたところへ身体を入れ、柄で胸を押すと、相手が一歩下がった。
すぐに斬り返してくる。
一角も返す。
数度刃が重なった後、一角の刀が相手の刀を弾き上げた。手を離れた刀が地面へ落ちる。
「終わりだ」
「……ちっ」
負けた隊士は刀を拾うと、そのまま構え直した。
「もう一回」
「あ?」
「次は負けねえ」
「いいぜ」
「待て。次は俺だ」
別の隊士が前へ出る。
「その次は俺な」
「勝手に決めるな!」
一角は、周囲を見回した。
負けた者を笑う者はいない。見知らぬ新入りが勝ったからと遠巻きにする者もいない。
勝ったなら、次は自分が行く。
負けたなら、もう一度。
それだけだった。
「……面白え」
一角が刀を構える。
「来い」
歓声が上がった。
弓親は少し離れた場所へ下がり、溜息をつく。
「本当に暑苦しいなあ」
そう言いながらも、その場を離れなかった。
◇
一角が二人目と斬り合っている時だった。
「何だ、騒がしいな」
その声を聞いた瞬間、一角の動きが止まり、すぐに振り返った。
隊士たちの向こうから、ぼさぼさの髪をした大きな男が歩いてくる。腰には刀があり、肩には隊長羽織が掛かり、その上には小さな少女が乗っていた。
「あ」
やちるが一角を見た。
「つるつる!」
「誰がつるつるだ!」
「けんちゃん、前にやった人!」
「あ?」
更木が一角を見る。
少しして、口元が上がった。
「ああ。てめえか」
一角は刀を肩へ担いだ。
「あんたに言われた通り、戻ってきたぜ」
「そうかよ」
更木の視線が、一角の持つ刀へ落ちる。
一角も笑った。
「今度は負けねえ」
周囲の隊士がざわつく。
「おい、新入り」
「隊長と知り合いなのか?」
一角は答えなかった。
更木だけを見ている。
更木が刀を抜く。
「来い」
一角が地面を蹴った。
間合いへ飛び込むと同時に刀を振り下ろす。更木は正面から刀を合わせ、一角の刃を受け止めた。
一角はすぐに刀を引き、今度は胴を狙って横薙ぎに振るう。
更木の刀がそれを弾いた。
強い衝撃に両腕が跳ね上がり、身体が開く。そこへ返ってきた刃が肩口を斬った。
「ぐっ……!」
血が飛ぶ。
それでも一角は退かない。足を踏み直し、更木との距離が広がるより先にもう一度斬り込んだ。
「いいじゃねえか」
更木が笑った。
振り下ろされた刀を、一角は両手で受ける。
腕から肩までが痺れ、膝が沈んだ。足元の土を削りながら押し込まれ、それでも刀を外さない。
「っ……!」
力では敵わない。
一角にも、それくらいは分かっていた。
それでも刀を離せば、その瞬間に終わる。
歯を食いしばって耐える一角を見て、更木が刀を引いた。
一角はよろめきながらも踏み止まる。
更木は追ってこない。
一角が立つのを待つように、刀を下げている。
それを見た一角が笑った。
「余裕こいてんじゃねえぞ!」
再び地面を蹴った。
一合、二合と刃がぶつかる。
弾かれるたび、一角は踏み込み直した。肩から血を流しながら、それでも距離を空けずに更木へ食らいつく。
「まだだ!」
一角が刀を握り直し、更木の胸へ突き込んだ。
更木が刀を振るう。
一角の刀が弾き上げられ、両腕が頭上まで跳ねた。
次の刃が胸を斜めに走る。
「――っ!」
血が噴き、一角の身体が地面へ倒れた。
すぐに刀を杖にして起き上がろうとする。だが、腕に力を込めたところで肘が崩れた。
「まだ……」
もう一度身体を起こそうとしても、今度は上がらない。
更木はそれを見下ろし、一角が立てないと分かると刀を下ろした。
「終わりだな」
一角は荒い息を吐きながら更木を睨んだ。
「……次は勝つ」
「好きにしろ」
更木は刀を戻した。
一角は悔しそうにしながらも笑っていた。
その周囲から、すぐに声が飛ぶ。
「新入り、結構やるじゃねえか」
「さっきの続きはどうした!」
「後だ!」
「逃げんなよ!」
「誰が逃げるか!」
また騒がしくなる。
弓親が一角の隣へ来た。
「見つかってよかったね」
「ああ」
「満足した?」
「するわけねえだろ」
「だろうね」
一角は更木の背中を見た。もう探す必要はない。更木はここにいて、その周りには、負けても次を求める連中がいる。
「悪くねえな」
「何が?」
「ここだよ」
弓親が訓練場を見回した。
「まあ、君には合ってるんじゃない?」
一角は鼻を鳴らし、また刀を構えた。
◇
それから、一角と弓親の名が十一番隊に馴染むまで、それほど時間は掛からなかった。
一角は暇があれば誰かと刀を合わせ、更木にも何度となく挑んだ。結果は変わらない。それでも、負けるたびに次の手を考え、翌日にはまた訓練場へ出てくる。
弓親もそんな一角の傍にいながら、いつの間にか隊の中へ馴染んでいた。
「一角、また隊長のところ?」
「ああ」
「昨日も負けたでしょう」
「昨日は昨日だ」
「顔の傷、まだ残ってるよ」
「消えるまで待ってたら遅え」
「美しくないねえ」
「うるせえ」
二人が言い合いながら訓練場へ向かう。
その途中で、木刀を振っていた若い隊士が一角を呼び止めた。
「一角さん」
「あ?」
「昨日、隊長の刀を何度も受けてましたよね。俺、一発で刀ごと飛ばされるんですけど」
「握りっぱなしだからだろ」
「え?」
一角が若い隊士の木刀を取り上げた。
「構えろ」
「はい」
向かい合うと、一角が木刀を振り下ろす。
若い隊士が受けた瞬間、その身体が大きく揺れた。
「ほら、それだ。最初から腕に力入れすぎなんだよ」
「でも、力抜いたら弾かれません?」
「当たる時に入れりゃいい。あと腕だけで受けんな。足で踏ん張れ」
「……もう一回お願いします」
「自分で試せ」
「一回じゃ分かりませんよ」
「面倒くせえな」
そう言いながらも、一角はもう一度木刀を構えた。
傍で見ていた弓親が、小さく笑った。
◇
四番隊へ運ばれてくる十一番隊士の顔ぶれにも、少しずつ変化が出ていた。
その中に、見慣れない男がいた。
頭を剃った男で、肩から胸にかけて斬られている。それでも自分の足で歩いてきたらしく、寝台へ座ったまま早く戻りたそうに入口を見ていた。
「新しく入った方ですか?」
「ああ。斑目一角だ」
「卯ノ花烈です。四番隊隊長をしております。傷を見せてください」
「ああ」
一角が肩をこちらへ向ける。
傷を見る。深さはあるものの、急所は外れていた。
回道を流すと、一角が傷口へ目を落とした。
「これが回道ってやつか」
「初めてですか?」
「こんなまともな治療受けたことねえからな」
「では、動かないでくださいね」
「分かってる」
言葉遣いこそ粗いが、治療中は意外にも大人しかった。
「終わりました」
一角が肩を回す。
「すげえな。もう痛くねえ」
「完全に治ったわけではありません。今日は激しく動かさないでください」
「分かった」
本当に分かっているのかは怪しかった。
新しい十一番隊にも、随分と十一番隊らしい者が入ったものだと思った。
◇
十一番隊へ入ったばかりの一角は、隊長格を相手にしても口調を変えなかった。
十一番隊の隊舎前で卯ノ花と顔を合わせた時も同じだった。
「あんた、何しに来たんだ?」
直後、横合いから十一番隊副隊長が飛び込んできた。
勢いの乗った蹴りが一角の顔面へ叩き込まれ、その身体が真横へ吹き飛ぶ。地面へ叩きつけられ、二度、三度と転がってようやく止まった。
「すみません、卯ノ花隊長! こいつにはちゃんと教育しときますんで!」
何が起きたのか分からないまま、一角は地面から顔を上げた。
なぜそこまで怒られたのかも、よく分かっていなかった。
だが後になって、隊士たちから卯ノ花の話を聞いた。
卯ノ花は更木より強く、以前二人が戦った時には、刀すら抜かずに更木を血だらけにし、素手で足を引きちぎったという。
「…………」
一角は言葉を失った。自分を圧倒したあの男よりも強いうえ、その更木を相手に刀すら必要としなかったという話が、先ほどまで穏やかに話していた四番隊隊長とまるで結びつかなかった。
一角はしばらく黙り込んだあと、蹴られた頬を押さえた。
それ以降、少なくとも卯ノ花を相手に同じ口の利き方をすることはなくなった。
◇
一番隊舎での隊首会を終えた後だった。
廊下を歩いていると、少し先の厠から更木が出てきた。
そのまま何事もなかったように歩いてくる。
「更木隊長」
「あ?」
「手は洗いましたか?」
「洗ってねえ」
「洗ってください」
「何でだよ」
「不衛生です」
「別に死なねえだろ」
「そういう問題ではありません」
「…………」
更木が面倒そうな顔をした。
「それから、洗った後はこれで拭いてください」
手拭いを渡す。
「いらねえ」
「要ります」
「…………」
しばらく俺を見ていた更木だったが、諦めたように手拭いを受け取った。
「面倒くせえな」
「習慣にすれば面倒ではなくなりますよ」
「なるかよ」
そう言いながら、更木は手を洗いに戻っていった。
後になっても手拭いを持ち歩いていることを、俺は長く知らないままだった。
◇
それからも、四番隊へ運ばれてくる十一番隊士が減ることはなかった。
ある日、治療区画へ入ると、足首を固定された若い隊士の傍に、同じ十一番隊の男が残っていた。
「付き添いですか?」
「こいつ、一人にすると勝手に帰るんで」
「お前に言われたくねえよ」
俺が足の状態を確認する。
「骨には異常ありません。腫れが引くまでは、なるべく足をつかないでください」
「分かりました」
「帰りは俺が担いでく」
付き添いの男がそう言うと、若い隊士は嫌そうな顔をしたものの、今度は逆らわなかった。
少し前までなら、無理にでも自分で歩こうとする者を、同じ十一番隊士が止める光景などそう多くはなかった。
気質が穏やかになったわけではない。ただ、斬り合う相手が明日も立っていることを、以前より気にする者が増えたように思う。
更木が十一番隊を、俺がいた頃と同じ場所へ戻そうとしているわけではないし、そんなことは考えてすらいないだろう。
ただ強い相手と斬り合いたくて、向かってくる者が強くなれば嬉しい。もっと強くなれば、もっと楽しい。更木にとっては、それだけなのだと思う。
けれど、その更木を追って隊士たちが剣を振り、隣の者が強くなれば自分も負けまいと刀を握る。勝った者が笑い、負けた者も次は勝とうと立ち上がる。
やり方も人も違うが、そこにあるものには覚えがあった。
「卯ノ花隊長」
「はい」
「こちら、終わりました」
「では、次の方をお願いします」
「はい」
治療を終えた若い隊士が、寝台から下りる。
「ありがとうございました」
「無理はしないでくださいね」
「はい」
頭を下げて歩き出し、入口のところで隣の隊士を待つ。
「早くしろよ」
「お前が先に終わっただけだろ」
「戻ったら続きな」
「望むところだ」
二人の声が遠ざかっていく。
「…………」
少しだけ笑った。
十一番隊の隊長はもう俺ではなく、剣八の名も今は更木のものだ。それでいい。
俺が残した形を、そのまま守ってほしいと思ったことはない。
ただ、強い者を敬い、その強さへ届こうとする者がいる。隣の者と剣を交えながら互いに高め合い、昨日より少しでも強くなろうとする。
それが今もあの場所にあるのなら、悪くない。
俺は次の負傷者の傷へ手を伸ばした。