BLEACHの世界に転生した俺は、初代剣八になるらしい 作:まいちー
白道門の前で、市丸ギンは笑っていた。
巨大な門を持ち上げた兕丹坊の向こうには、黒い死覇装を纏った少年がいる。橙色の髪に、死神が持つものとしては異様に大きな斬魄刀。
少年――黒崎一護は、目の前に立つ男が護廷十三隊の隊長だと知っても退かなかった。
「この野郎!」
大刀を構え、一護が踏み込む。
振り下ろされた刃を、ギンは斬魄刀で受け止めた。刃が噛み合い、一護が力を込めると、細い腕が僅かに押される。
「へえ」
それでも、ギンの笑みは崩れない。
一護がさらに押し込もうとしたところで、ギンが刀を構え直した。
「射殺せ――『神鎗』」
短かった刀身が一瞬で伸びた。
「なっ――」
一護が反応するより早く、伸びた刃が大刀を押し、その身体ごと後方へ弾き飛ばす。兕丹坊まで巻き込まれ、二人の身体が門の外へ押し戻された。
巨体が門の外へ出た瞬間、支えを失った白道門が落ちていく。
一護が顔を上げる。
閉じていく門の向こうで、市丸ギンは変わらず笑っていた。
やがて轟音とともに、白道門が完全に閉じた。
◇
一番隊舎。
隊首会のために集められた隊長たちが、左右に分かれて並んでいた。
俺も四番隊隊長として、その列に立っている。
議題は、つい先ほど白道門へ現れた旅禍と、それに対する市丸隊長の行動だった。
「てめえ、一人で勝手に旅禍と遊んできたそうじゃねえか」
更木が市丸を睨む。
「しかも殺し損ねたってのはどういう訳だ? てめえ程の奴が旅禍四、五人殺せねえ訳ねえだろう」
「あら? 死んでへんねや、アレ」
市丸は笑ったまま首を傾けた。
「いやァ、てっきり死んだ思うててんけどなァ。ボクの勘もニブったかな?」
「猿芝居はやめたまえヨ」
涅隊長が口を挟む。
「我々隊長クラスが、相手の魄動が消えたかどうか、察知できないわけないだろ。それとも、それができないほど君は油断してたとでも言うのかネ?」
「いややなぁ。まるで、ボクがわざと逃がしたみたいな言い方やんか」
「そう言ってるんだヨ」
「うるせえぞ涅! 今は俺がこいつと喋ってんだ、すっこんでろ」
「下らぬ」
砕蜂が吐き捨てるように呟き、京楽が笠に手を掛けて息を吐いた。
「やれやれ……」
「ぺいっ!」
山本総隊長の一喝で、広間が静まる。
「やめんかい、みっともない! 更木も涅も下がらっしゃい!」
二人が下がると、山本総隊長の目が市丸へ向いた。
「今回のおぬしの命令なしの単独行動、そして標的を取り逃がすという隊長としてあるまじき失態! それについて、おぬしからの説明を貰おうと思うての。そのための隊首会じゃ。どうじゃい。何ぞ弁明でもあるかの」
「ありません!」
あっさりと答えた。
「…………」
昔から掴みにくい男ではある。
まだ平隊士だった頃から、何を考えているのか分からなかった。
けれど、それだけだ。
旅禍を殺さなかったことに何か理由があるのかもしれないし、本当に仕留め損ねただけなのかもしれない。
今の時点では判断できない。
「市丸」
藍染隊長が声を掛けた。
市丸がそちらへ顔を向けようとした、その時だった。
けたたましい鐘の音が鳴り響く。
「――緊急警報!」
外から声が響いた。
「瀞霊廷内に侵入者有り! 各隊、直ちに守護配置について下さい!」
空気が一変した。
「侵入者だと?」
更木の顔に、それまでとは違う笑みが浮かぶ。
「旅禍か」
次の瞬間には、もう踵を返していた。
「隊首会はひとまず解散じゃ! 各隊、即時邸内守護配置についてくれい!」
隊長たちが一斉に動き出す。
俺も一番隊舎を出た。
それぞれが自隊へ戻る中、更木だけは明らかに違う方向へ走っていく。背後からやちるの声が聞こえ、その姿はすぐに屋根の向こうへ消えた。
旅禍を探しに行ったのだろう。
相変わらずだ。
隊長になってから随分と経つが、強い相手がいると知った時の動きだけは、瀞霊廷で初めて会った頃と何も変わらない。
だが、その日は各隊が捜索を続けても、侵入者が発見されることはなかった。
◇
翌日。
瀞霊廷の上空に、巨大な霊力の塊が現れた。
四番隊舎へ戻る途中で足を止め、空を見上げる。
霊力の塊は遮魂膜へぶつかり、表面を大きく軋ませながら内部へ潜り込んでいく。周囲にいた隊士たちも次々に足を止めた。
直後、空で光が弾けた。
塊が崩れ、四つの光となって瀞霊廷の各所へ飛んでいく。
「……今度は、本当に入ったようですね」
昨日とは違う。
すぐに四番隊舎へ戻った。
「卯ノ花隊長!」
勇音が駆け寄ってくる。
「負傷者の受け入れ準備を始めています」
「ありがとうございます。第一治療区画は重傷者用に空けてください。歩ける方は第二へ。現在入院中の方も、動かせる方と残すべき方を分けましょう」
「はい」
「入口に二人置いて、搬送された時点で状態を確認してください」
勇音が頷き、周囲の隊士へ指示を飛ばす。
護廷十三隊は、侵入した旅禍を探して動き始めている。
ならば、その次に必要になるのはここだ。
誰が勝つにしても、戦えば傷はできる。
空いている寝台と薬品を確認し、重傷者を受け入れられるよう治療区画を整える。
最初の負傷者が運ばれてくるまで、それほど時間は掛からなかった。
「十二番隊、一名!」
「第二へ」
「七番隊、二名です!」
「こちらの方は第一へ。その方は第二で構いません」
次々に入ってくる負傷者を、傷の深さで振り分ける。重傷者にはその場で回道を使い、他の隊士へ任せられる状態まで持っていけば次へ移る。
やがて、十一番隊の隊士が運び込まれてきた。
「何がありました?」
「旅禍にやられました」
「人数は?」
「一人です。橙色の髪の男で……」
橙色。
白道門に現れた旅禍の特徴と一致する。
「分かりました。まず治療します」
傷へ手を翳す。
まだ、旅禍が一人の隊士を倒しただけだ。
そう思っていた。
だが、しばらくして届いた報告で、その認識は変わった。
「卯ノ花隊長。十一番隊第三席、斑目一角が旅禍との戦闘で敗北しました」
処置をしていた手は止めず、報告へ耳を傾ける。
「斑目三席が?」
「はい。相手は橙色の髪の少年。名は黒崎一護」
その名を聞いた瞬間、意識が報告へ引かれた。
黒崎一護。
「卯ノ花隊長?」
「いえ。続けてください」
「斑目三席は生存しています。命に別状はありません」
「分かりました。こちらへ搬送してください」
隊士が離れていく。
俺は治療を続けながら、聞いた名前をもう一度頭の中で繰り返した。
黒崎一護。
どこかで聞いたことがある。
いや。
聞いた、というより。
知っている。
そんな感覚があった。
けれど、その先が出てこない。
以前にもにも似たことがあった。
浦原喜助。
藍染惣右介。
名前や顔に引っ掛かりながら、すぐには何も繋がらなかった。
何百年も生きている。前世で読んだ漫画の記憶など、今では夢より遠い。
「黒崎……一護」
やはり何かがある。
だが、思い出せない。
◇
旅禍の侵入から、瀞霊廷は急速に慌ただしくなった。
各隊が捜索と迎撃へ動き、四番隊にはその結果だけが次々と運び込まれてくる。
その合間に、中央四十六室から新たな通達が届いた。
朽木ルキアの処刑予定の変更。
予定されていた日より、さらに早められている。
「……またですか」
書面へ目を落とす。前日にも一度、処刑予定が早められていた。
「旅禍の侵入を受けて、でしょうか」
勇音が隣から書面を見る。
「その可能性はありますね」
朽木ルキアを奪還するために侵入した者たちなら、時間を与えず先に処刑を済ませる。
理屈としては分かる。
分かるのだが、短期間に幾度も予定が動くことが、僅かに引っ掛かった。
「卯ノ花隊長?」
「いえ。今は負傷者を優先しましょう」
「はい」
書面を勇音へ返す。
この時点では、それ以上のものではなかった。
◇
翌日。
黒崎一護の名は、さらに瀞霊廷の中へ広がっていた。
「六番隊副隊長、阿散井恋次が敗れたそうです」
「黒崎一護に?」
「はい」
一角に続いて、副隊長。
偶然ではない。
「あの旅禍は手ごわいようですね。阿散井副隊長の容体は?」
「応急処置の後、こちらへ搬送されます」
「第一へお願いします」
隊士が離れていく。
黒崎一護。
名前を聞くたびに記憶の奥で何かが動くのに、まだ掴めない。
その時、治療区画の入口に裏廷隊の隊士が現れた。
騒がしい室内を迷うことなく進み、俺の前で足を止める。
「卯ノ花隊長」
「何用ですか?」
「一級厳令です」
隣にいた勇音も顔を上げた。
ただの伝令ではない。
「伺いましょう」
隊士が姿勢を正す。
「五番隊隊長、藍染惣右介隊長が亡くなられました」
「…………」
一瞬、周囲の音が遠のいたように感じた。
「藍染隊長が?」
「はい。瀞霊廷内にて遺体が発見されています。現在、犯人は判明しておりません。なお、遺体は検死のため四番隊へ搬送されます」
「分かりました」
隊士が去る。
「……藍染隊長が殺されたなんて」
勇音の動揺した声に、俺は僅かに視線を落とした。
藍染惣右介。
まだ五番隊の平隊士だった頃から知っている。穏やかで物腰が柔らかく、隊長となってからもその印象は変わらなかった。
名前に引っ掛かっていた一人でもある。けれど、何も思い出せないまま長い年月が過ぎた。
その男が、死んだ。
「まだ何も分かっていません」
「……はい」
「勇音。検死の準備をしてください」
「分かりました」
ほどなくして、藍染の遺体が運び込まれた。
検死室の戸を閉じ、俺と勇音だけが中へ残る。
寝台の上には、全身を覆う白布。その傍らまで進み、布へ手を掛けた。
静かに捲る。
「…………」
現れたのは、見慣れた藍染の顔だった。
目を閉じ、何の反応も返さない。
「……本当に、藍染隊長なんですね」
勇音が小さく呟く。
俺は答えず、顔から身体へ視線を移した。
「始めましょう」
「はい」
傷を調べる。
死因を確認し、身体に残されたものを一つずつ見ていく。どこから見ても、そこに横たわっているのは藍染惣右介だった。
それでも、検査を終えた後も僅かな違和感だけが残った。
おかしなところは何もない。
顔も、身体も、かすかに残る霊圧の名残も、知っている藍染惣右介のものだ。
けれど、死ぬ原因となった傷以外の痕跡が全くない。
仮にも一つの隊を預かる隊長格が、一切の抵抗もできず、即死したというのか。
「卯ノ花隊長?」
「……いえ」
今は答えがない。
白布を戻す。
旅禍が侵入し、処刑予定が二度動き、その最中に隊長格が一人殺された。
全て、旅禍が下手人であれば、それまでだ。
けれど、胸の奥に残った小さな違和感は消えなかった。
◇
その日のうちに、別の話も耳へ入った。
「更木隊長が黒崎一護を探しているそうです」
「更木隊長が?」
「斑目三席を倒したと聞いてから、ずっと」
思わず納得した。
あの男ならそうする。
強い相手が瀞霊廷へ入ってきた。それを知って、じっとしていられるはずがない。
昔、俺が話したことを思い出す。
護廷十三隊にいれば、強い相手と出会うこともある。
どうやら、本当に気に入っているらしい。
「負傷した場合はこちらへ運んでください」
「はい」
それで十分だ。
一角を倒し、恋次を倒し、更木が自分から探す相手。
どんな剣を使うのだろう。
少しだけ気になった。
◇
それから間もなく、離れた場所で大きな霊圧が立ち上がった。
「…………」
治療中だった手は止めず、顔だけを上げる。
更木の霊圧が揺れていた。
「更木隊長が、旅禍と接敵したのでしょうか」
勇音も気づいたらしい。
「ええ、おそらくは」
もう一つの霊圧がある。
更木ほどではない。
少なくとも、最初はそう感じた。それなのに、戦いは終わらない。
更木の霊圧が荒々しく膨らみ、もう一つの霊圧も消えることなく食らいついている。
見たい。
少しだけ、そう思った。
更木が自分から探し回った相手だ。しかも、斬り合いはまだ続いている。
けれど、目の前には負傷者がいる。
「卯ノ花隊長」
「はい」
傷へ手を翳し、回道を流す。
ここを離れるつもりはない。今の俺は四番隊隊長だ。
斬り合いを見に行くために、治療を放り出すわけにはいかなかった。
それでも、遠くの霊圧は嫌でも伝わってくる。
更木の霊圧が一段大きくなった。
眼帯を外したらしい。
それに呼応するように、もう一方の霊圧まで膨れ上がる。
「……黒崎一護」
思わず名前が漏れた。
一角を倒し、恋次を倒した実力。
二人は強いが、その程度では更木を追い詰めるには足りない。
次の瞬間、二つの霊圧が正面からぶつかった。
四番隊舎にいてさえ、空気が震えたように感じる。
そして。
静かになった。
更木の霊圧が急激に落ちる。
黒崎一護の霊圧も、ほとんど感じない。
「今のは……」
「まだ分かりません」
勇音へそう返し、目の前の傷へ意識を戻した。
結果を決めつけるには早い。
報告が届いたのは、それからしばらく後だった。
「卯ノ花隊長!」
裏廷隊の隊士が駆け込んでくる。
「草鹿副隊長付の伝令!更木隊長が、黒崎一護との戦闘で倒れ卯ノ花隊長の派遣要請です!」
「容体は?」
「意識はなく、重篤です。」
「場所は?」
告げられた場所を聞き、立ち上がる。
「勇音。ここをお願いします」
「はい!」
◇
辿り着いた先には、戦いの跡が残っていた。
石畳は大きく砕け、周囲の建物も崩れている。
その中に、更木が倒れていた。
傍らにいるのは、草鹿やちるだけだった。
「剣ちゃん……」
草鹿やちるが血で汚れるのも厭わず、更木の胸元へ顔を寄せている。
俺が近づくと、すぐに顔を上げた。
「剣ちゃん、治る?」
更木の傍らへ膝をつく。
「ええ。治します」
隊長羽織は血に染まり、身体にはいくつもの傷がある。
呼吸を確かめ、息があることを確認する。
傷の状態を把握し、胸元へ手を翳した。
回道を流し始める。
更木が意識を失っている姿を見るのは、あの雨の日以来だった。
黒崎一護。
斑目を倒し、阿散井を倒し、そして更木まで倒した。
一体、どれほどの実力者なのか。
裂けた組織を内側から繋ぎ、霊圧の状態を探りながら適宜治療していく。
「…………」
そして気づく。
僅かだ。
大きな変化ではない。
今の更木しか知らない者なら、まず気づかないだろう。
けれど、あの雨の日に掛かった枷が、ほんの僅かだが外れている。
黒崎一護との死闘で、更木は負けた。
それでも、その敗北によって以前より強くなっていた。
そう考えていると、更木の指が僅かに動いた。
続いて瞼が開き、焦点の定まらなかった目がゆっくりとこちらへ向く。
「……あんたか」
「治療中です。まだ動かないでください、更木隊長」
更木は何かを確かめるように一度息を吐き、そのまま空を見上げた。
「負けたな」
「そのようですね」
「面白え奴だった」
敗れた直後だというのに、口元には笑みがある。
俺は回道を止めず、その顔を見た。
更木が怪訝そうにしたが、何も聞いてこなかった。
このまま死闘を重ねれば、更木は少しずつ戻っていくのかもしれない。
俺が超えると決めた、あの頃の強さへ。
「更木隊長」
「何だ」
「今日と明日は、動いてはいけませんよ」
「あ?」
「傷は塞ぎますが、体組織が元通りになったわけではありません。二日は安静に」
不満そうにこちらを見るが、四番隊を預かる者として譲れない一線だった。
「ですが、その後にはお願いがあります」
「何だ?」
藍染惣右介の遺体を調べた時に残った違和感。
短期間に繰り返された処刑予定の変更。
旅禍が入ってきたこととは別に、何かが動いている。
まだ、それが何なのかは分からない。
「旅禍一行が捕まらないように動いていただけませんか」
「一護を?」
「一連の非常事態の裏で、何かが動いているような気がするのです。おそらく、旅禍一行の動きを隠れ蓑にして…」
更木が訝しげにこちらを見る。
「旅禍の少年とは、また戦いたいのでしょう?」
「ああ」
「なら、その方が更木隊長にも都合がいいかと」
「…………」
更木の口元が上がった。
「なるほどな」
「明後日からは、好きに動いていただいて構いません。旅禍一行が捕まらなければ、それで」
「いいぜ」
「ありがとうございます」
「礼はいらねえよ」
更木が笑う。
「俺もその方が面白え」
それで話は終わった。
何が動いているのかは、まだ分からない。
藍染惣右介の死も、処刑予定の変更も、旅禍の侵入も、今の俺にはまだ一つには繋がらない。
だから、確かめる時間が欲しい。
俺が調べる間だけ、この騒ぎには終わらないでいてもらう。
更木の傷へ、回道を流し続ける。
傍らでは、やちるが目を覚ました更木の顔を何度も覗き込んでいた。