BLEACHの世界に転生した俺は、初代剣八になるらしい   作:まいちー

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第四十二章 虚圏

 

 虚圏へ足を踏み入れて、最初に感じたのは静けさだった。

 

 黒い空に白い月が浮かび、足元にはどこまでも白い砂が続いている。少しだけ周囲を見渡す。草木はほとんどなく、見えるのは白い砂と岩ばかりだった。空の色も、月の位置も、現世とも尸魂界とも違う。

 

 ここが虚の世界か。

 

 その先に聳える巨大な建造物へ視線を移す。藍染惣右介の本拠地――虚夜宮だった。

 

 藍染が尸魂界を離れてから、現世では破面による襲撃が繰り返されていた。やがて井上織姫が虚圏へ渡り、彼女を連れ戻すために黒崎一護たちも後を追った。

 

 我々がここへ来たのは、その救援のためだ。

 

 俺に加えて、朽木白哉、涅マユリ、更木剣八。

 

 四人の隊長格が虚圏へ派遣されるにあたり、一つだけ、通常の任務とは異なる指示が出されていた。

 

「改めてお伝えしておきます。虚圏に存在する虚、及び破面を必要以上に減らさないようにとのことです」

 

「あァ?」

 

 真っ先に反応したのは更木だった。

 

「敵だろうが」

 

「ええ」

 

「だったら斬りゃいいだろ」

 

「必要であれば構いません。戦闘そのものを禁じられているわけではありませんから」

 

 ここは敵地だ。こちらへ刃を向ける者まで生かしておけという話ではない。

 

「ですが、必要のない殺戮は避けてください。虚圏に存在する魂魄を大きく減らせば、三界の均衡に影響します」

 

「面倒くせえな」

 

「零番隊からの指示です」

 

 更木が露骨に顔を顰めた。

 

「ですので、道中で見つけた破面を片端から斬って歩くのはおやめくださいね」

 

「しねえよ。弱え奴斬ったって面白くもねえ」

 

「それなら結構です」

 

 理由はともかく、問題はなさそうだ。

 

 涅マユリはすでに興味を失ったらしく、虚夜宮へ視線を向けている。朽木白夜も何も言わなかった。

 

「朽木隊長!」

 

 そこへ小柄な隊士が駆け寄ってきた。

 

 四番隊第七席、山田花太郎。尸魂界へ黒崎一護たちが侵入した際にも、彼らと行動を共にしていた隊士だ。

 

 朽木白夜が山田七席を一瞥する。

 

「行くぞ」

 

「はい!」

 

 二人が先に虚夜宮へ向かう。涅マユリも別の方角へ歩き出し、更木は待ちきれないとでもいうように刀を担いだ。

 

「勇音」

 

「はい」

 

「私たちも行きましょう」

 

「はい、卯ノ花隊長」

 

 意識を広げる。

 

 虚夜宮の内部には、すでにいくつもの霊圧が散らばっていた。黒崎一護たちのもの、破面のもの。そして、その中には今にも消えそうなほど弱っているものもある。

 

 戦う者なら、他にいる。

 

 俺たち四番隊がここまで来た以上、やるべきことは決まっていた。

 

「負傷者を探します」

 

「はい」

 

 最も近くに感じる弱い霊圧へ意識を向ける。

 

 まだ消えてはいない。

 

 白い砂を踏み、虚夜宮へ向かった。

 

 

     ◇

 

 

 虚夜宮へ入ると、外から見た以上に内部は広かった。

 

 白い壁と長い通路が幾重にも続き、そのあちこちに戦闘の痕跡が残っている。壁は砕け、床には血が落ち、すでに戦いが終わった場所にも負傷者の霊圧が残されていた。

 

 勇音と手分けして、一つずつ拾っていく。

 

 途中で見つけた茶渡泰虎は、身体の各所に深い傷を負っていた。意識はある。呼吸も安定している。すぐに命を落とす状態ではないと判断し、傷の深いところから回道を流した。

 

「動かないでください」

 

「……はい」

 

 傷を塞ぎながら周囲を見ると、少し離れた場所にも倒れている者がいた。

 

 破面。

 

 茶渡と戦ったらしいガンテンバイン・モスケーダだった。

 

 こちらも霊圧は残っている。

 

 茶渡の処置を終え、その傍らへ移動した。

 

「……そいつも、治すのか」

 

「ええ。ただし、命を繋ぐだけです」

 

 傷口へ手をかざし、最低限の止血を施す。

 

 茶渡はしばらく俺を見ていたが、それ以上は何も言わなかった。

 

 立ち上がり、次の霊圧を探す。

 

 ここへ来てから、ずっとそれを繰り返している。

 

 誰が勝ったのか。

 

 誰が誰と戦ったのか。

 

 必要がなければ、それは後でいい。

 

 今は、生きている者を見落とさないことの方が重要だった。

 

 しばらく進んだところで、離れた場所にいる山田七席の霊圧が急激に弱まった。

 

「勇音」

 

「はい」

 

「山田七席のところへ。朽木隊長がいるはずです」

 

 勇音もすぐに霊圧を探り、表情を変えた。

 

「卯ノ花隊長は?」

 

「私はこのまま進みます。まだこちらにも負傷者がいますから」

 

「分かりました」

 

 勇音が駆けていく。

 

 一人になり、再び歩き出した。

 

 その直後だった。

 

 虚夜宮の奥から、大きな霊圧がぶつかり合うのを感じた。

 

 一方は破面。もう一方は更木だ。

 

 しばらく意識を向けていると、更木の霊圧が押し込まれ、その直後、それまでより僅かに強くなって押し返した。

 

「…………」

 

 黒崎一護との戦いのあとにも感じたものだった。

 

 また、緩んでいる。

 

 あの頃には、まだ遠い。

 

 それでも、少しずつ近づいている。

 

 戦いの様子を探りたい気持ちはあったが、近くで弱い霊圧が揺れた。

 

 俺には、俺の仕事がある。

 

 意識を戻し、負傷者のもとへ向かった。

 

 

     ◇

 

 

 救護を続けているうちに、虚夜宮の戦いは大きく動いていた。

 

 朽木、涅、更木。それぞれが十刃との戦いを終え、黒崎一護も井上織姫のもとへ辿り着いていた。

 

 やがて虚圏に残っていた藍染の姿も消える。

 

 向かった先は、現世。

 

 黒崎一護も追うつもりだった。

 

「現世には行くさ! でもあいつを倒すのが先だ!!」

 

「……ヤレヤレ……浦原、浦原と喧しい事だネ」

 

 黒崎一護の言葉へ返したのは涅マユリだった。

 

 ザエルアポロの研究室に残された装置を調べ、黒腔の構造についても解析を進めていたらしい。

 

 黒崎一護が現世へ戻れるのかと食いつく。

 

 だが、涅マユリは実際に人を通した事がない以上、まず実験台が必要だと言った。

 

「実験台……?」

 

「心配には及びません」

 

 声を掛けると、黒崎一護がこちらを見た。

 

「私も一緒に参りましょう」

 

「卯ノ花さん!」

 

 涅がこちらへ目を向ける。

 

 解析した本人が通れると考えているのなら、それで十分だった。

 

 黒崎一護はなおも虚圏に残る者たちを気にしていたが、それに答えたのは朽木だった。

 

「行け」

 

 黒崎一護が振り返る。

 

「兄は空座町の死神代行だろう」

 

 虚圏には、まだ護廷十三隊の隊長たちがいる。

 

 その言葉を受け、黒崎一護は現世へ向かうことを決めた。

 

 

     ◇

 

 

 その頃、現世では戦いが続いていた。

 

 護廷十三隊と十刃の戦いに、仮面の軍勢も加わっている。

 

 平子真子たちにとって、藍染惣右介は百年前から因縁の続く相手だった。

 

 そして、その藍染の言葉に激昂したひよ里が、平子の制止を振り切って飛び出した。

 

 刃が伸びた。

 

 市丸ギンの神鎗が、ひよ里の胴を横薙ぎに通り抜ける。

 

「ひよ里!!」

 

 平子が叫び、落ちてきたひよ里の上半身を受け止めた。

 

 離れた場所へ、下半身が落ちる。

 

 その傷は、誰が見ても致命傷だった。

 

「いい目だ」

 

 藍染の声が届いた。平子は答えない。腕の中には、斬られたひよ里の上半身がある。

 

「百年振りに生き返った目を見た気がするよ。平子真子」

 

 平子が藍染を睨む。

 

 その時だった。平子の身体から、何かが滲み出した。

 

「……?」

 

 乳白色の粘体。皮膚の表面に浮かび上がったそれは、見る間に量を増していく。同じものが、鳳橋楼十郎、愛川羅武、有昭田鉢玄、矢胴丸リサの身体からも現れていた。

 

 五つ。

 

 百年前、魂魄消失事件の調査へ向かった五人に、卯ノ花烈は肉雫唼の分体を一体ずつ同行させていた。

 

 肉雫唼の分体には、周囲を認識する能力がない。誰がどこにいるのかも、何が起きているのかも、自ら知ることはできない。

 

 それでも五人を追い続けることができたのは、それぞれの身体に、肉眼では捉えられないほど微細な肉雫唼の一部が付着していたからだった。分体は、その霊体を辿っていた。

 

 百年前のあの夜、五人に同行していた肉雫唼は突如として消失した。だが、身体に付着していた微細な霊体までは消えていなかった。

 

 それから百年。五人の身体から自然に漏れ出す霊力を僅かずつ吸収し、誰にも気づかれないまま成長を続けていた。

 

 そして、長い年月を共に過ごす間に分裂した。分裂した微細な霊体は、平子たちと行動を共にする他の仮面の軍勢にも付着していった。

 

 六車拳西、久南白、猿柿ひよ里。

 

 もっとも、後から分裂して付着したものに治療能力はない。ただ、同じ肉雫唼から分かれた霊体として、繋がっているだけだった。

 

 その一つが今、ひよ里の致命傷を捉えた。

 

 五人の身体から現れた肉雫唼が、一斉に膨れ上がる。

 

「……肉雫唼……?」

 

 平子が目を見開いた。忘れるはずがない。百年前、自分たち五人と共に現場へ向かった卯ノ花の斬魄刀。

 

 五つの分体が宙へ浮かぶと、一斉に動いた。向かった先は、平子の腕の中にいるひよ里だった。

 

 一つが上半身を包み込み、別の分体が離れた場所に落ちた下半身へ飛び、粘体を薄く広げながら巻きついて持ち上げる。

 

「……なっ!」

 

 平子の目の前で、離れていた二つの身体が引き寄せられていく。切断面が元の位置へ合わさると、残る分体も集まり、乳白色の粘体が傷口へ入り込んだ。上半身と下半身の間を埋めるように広がり、外側からも切断面を包み込んでいく。

 

 肉雫唼は、身体を完全に治そうとはしなかった。できないのだ。百年をかけて霊力を蓄えていても、ここにいるのは分体に過ぎず、卯ノ花もいない。

 

 それでも、できることはある。

 

 流れ続けていた血が止まる。傷口を塞ぎ、二つに分かれた身体を固定する。失われていく霊力を可能な限り留め、辛うじて残っていた生命を繋ぎ止めていく。

 

 完治ではない。卯ノ花の治療を受けられるところまで、ひよ里を生かすための応急処置だった。

 

「ひよ里!」

 

 平子が呼ぶ。返事はない。だが、消えかけていた霊圧は残っている。

 

「…………」

 

 平子は、ひよ里の身体を包む肉雫唼を見つめた。百年前に消えたと思っていた。あの夜、何の前触れもなく五つ全てが消失し、それきりだった。

 

 それが百年もの間、自分たちの身体の中で生き続けていた。

 

 その光景を、藍染も見ていた。ひよ里の身体を包む肉雫唼へ視線を向け、僅かに目を細める。

 

 百年前に消したはずの、卯ノ花の斬魄刀。それが今、自分の目の前に現れている。

 

「まさか百年以上も、彼らに斬魄刀を取り付けていたとはね」

 

 藍染の口元に、僅かな笑みが浮かんだ。

 

「――予想外だよ、卯ノ花烈」

 

 その言葉には称賛があった。だが、藍染の目は笑っていない。

 

 尸魂界で自らの死を偽装した時も、完全催眠の中で違和感を見出したのは卯ノ花だった。そして今度は、百年前に残したものが、藍染自身の知らないところで生き続けていた。

 

 卯ノ花烈。千年を超えて生き続ける死神はやはり、一筋縄でいかない相手だった。

 

 平子は藍染には答えず、ひよ里へ視線を落とした。血は止まっている。弱々しくはあるが、霊圧もまだ消えていない。

 

「…………」

 

 百年前にも、卯ノ花は自分たちを助けようとしていた。彼女の残した肉雫唼が、時を越えて、今度はひよ里の命を繋いでいる。

 

「……卯ノ花隊長」

 

 平子は小さく呟いた。

 

「おおきに」

 

 礼を言う相手は、ここにはいない。なら、直接伝えるのは生きて帰ってからでいい。

 

 

     ◇

 

 

 黒腔を抜けた瞬間、いくつもの大きな霊圧が一度に押し寄せてきた。

 

 藍染惣右介。

 

 市丸ギン。

 

 護廷十三隊の隊長たち。

 

 そして、百年前に消えたはずの者たち。

 

「…………」

 

 覚えのある霊圧が、いくつもある。

 

 確かめるより早く、隣にいた黒崎一護が飛び出した。

 

 藍染の姿を捉え、そのまま背後へ回り込んで斬月を振り下ろす。

 

 俺は追わなかった。

 

 戦場へ意識を広げる。

 

 負傷者が多い。

 

 その中で、ひどく弱った霊圧が一つあった。

 

 そして、その周囲に感じるものに覚えがある。

 

「……肉雫唼?」

 

 足がそちらへ向いた。

 

 辿り着いた先には、有昭田鉢玄がいた。

 

 その傍らに、ひよ里が横たわっている。

 

 身体を包んでいるのは、間違いなく肉雫唼だった。

 

 見覚えがある。

 

 百年前、平子たちに同行させた分体。

 

 あの夜、五体とも突然消えた時には、俺も失われたものだと思っていた。だが、その後、平子たちに付着させていた微細な霊体が残っていることには途中で気づいた。

 

 それから百年。彼らから漏れる霊力を吸収して成長し、分裂し、共に過ごす者たちへ少しずつ広がっていくことも知っていた。

 

 その一つがひよ里に残り、致命傷を捉えたのだろう。そして今、五人の中で育った肉雫唼が集まり、その命を繋いでいる。

 

 触れる。

 

 肉雫唼が薄く動き、俺の手を受け入れるように傷口から僅かに退いた。

 

「よく保たせましたね」

 

 肉雫唼へ声を掛け、そのままひよ里の状態を確かめる。

 

 上半身と下半身は正しい位置に固定されている。出血も抑えられ、霊力の流出も最低限に留められていた。

 

 だが、繋いでいるだけだ。

 

 切断された体組織までは戻っていない。

 

「有昭田さん」

 

 声を掛けると、鉢玄がこちらを見る。

 

「ここからは私が治療します」

 

「……お願いします」

 

 手を傷口へかざす。

 

 肉雫唼が維持していた状態を崩さないよう、まず内側へ回道を流す。損傷した部分を確かめ、繋ぐべき位置を一つずつ合わせていく。

 

 血管。

 

 神経。

 

 筋肉に骨、最後に皮膚。

 

 昔、天示郎から叩き込まれた技術だった。

 

 肉雫唼が外から身体を固定してくれている分、こちらは内側の処置へ集中できた。

 

 途切れていた霊力の流れが少しずつ戻る。

 

 弱々しかったひよ里の霊圧が、安定していく。

 

「…………」

 

 まだ終わりではない。

 

 それでも、今すぐ命を落とす状態からは抜けた。

 

「もう大丈夫です」

 

 ここまで戻せば、俺が付ききりになる必要はない。

 

 肉雫唼から小さな分体を切り離して傷口へ残す。容体が安定した後の治療を引き継ぐには、それで十分だった。

 

 そう伝えると、鉢玄の表情が僅かに緩んだ。

 

 その時、別の霊圧が大きく揺らいだ。

 

 顔を上げる。

 

 戦場には、まだ負傷者がいる。

 

「有昭田さん。猿柿さんをお願いします」

 

「はい」

 

 立ち上がった。

 

 黒崎一護は藍染と対峙している。

 

 俺も刀へ手を伸ばそうと思えば伸ばせる。

 

 だが、周囲には傷ついた者がいる。

 

 戦う者は他にいる。

 

 ならば、俺は誰かを生かす。

 

 次の負傷者へ向かった。

 

 

     ◇

 

 

 そこから戦況は目まぐるしく動いた。

 

 狛村隊長が倒れ、鳳橋楼、愛川、矢胴丸も藍染に斬り伏せられる。

 

 俺は倒れた者のもとを回った。

 

 傷を見る。

 

 命に関わるものから塞ぎ、回道で容体を安定させる。そこまで戻した者には、肉雫唼から切り離した小さな分体を残した。乳白色の粘体が傷口を薄く包み、俺が離れた後も治療を続けていく。

 

 一人を治している間にも、別の場所で霊圧が揺れる。顔を上げれば、また誰かが倒れている。

 

 藍染が動くたびに、戦場の各所に負傷者が出た。

 

 恐るべき実力だった。

 

 やがて、日番谷、砕蜂、京楽、平子。

 

 ほとんど間を置かず、四つの霊圧が相次いで落ちる。

 

「…………」

 

 治療していた傷から手を離さないまま、そちらを見る。

 

 行かなければならない。

 

 だが、今ここで手を止めれば、目の前の負傷者の状態が悪化する。

 

 回道を流し切り、出血が止まったことを確認してから立ち上がった。

 

 急いで向かう。

 

 倒れている者たちの傷を一目で確認し、優先順位を決める。

 

 全員を同時には治せない。

 

 幸いなことに隊長格ほどの霊格になれば、致命傷であってもしばらくは息をする。相応に苦しむことは間違いないが。

 

 最も傷の深い者の傍らへ膝をつき、手をかざした。

 




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