BLEACHの世界に転生した俺は、初代剣八になるらしい 作:まいちー
藍染惣右介との戦いが終わってから、しばらくの間、四番隊に暇というものはなかった。
負傷者の治療が一段落し、病床を埋めていた者たちがそれぞれの隊へ戻っていく。
そうして、ようやく以前と変わらない日々が戻り始めた頃だった。
◇
「卯ノ花隊長」
書類へ目を通していると、勇音が部屋へ入ってきた。
「京楽隊長がお見えです」
「怪我ですか?」
「いえ、それが……」
「いやあ、卯ノ花隊長。ちょっとお願いがありましてね」
勇音の後ろから、京楽が顔を出した。
歩き方にも霊圧にも異常はない。
「どうされました?」
「二日酔いに効く薬、ありません?」
「…………」
「昨日ちょっと飲み過ぎちゃいましてねえ」
「薬はありますよ」
「おっ。さすが四番隊」
「ですが、飲み過ぎをなかったことにはできません。次からは控えてくださいね」
「それができれば、ここには来てないんですけどねえ」
京楽が困ったように笑う。
横で勇音が口を開いた。
「京楽隊長。でしたら、禁酒を助ける薬もありますが」
「……二日酔いの薬だけいただけます?」
「そうですか」
「はい。それだけでお願いします」
勇音が立ち上がる。
京楽が小さく息を吐いた。
「四番隊って、もう少し患者に優しいところじゃありませんでした?」
「十分優しくしていますよ」
「そうですかねえ」
「次に同じ理由でいらした時は、もう少し詳しくお話ししましょうか」
「……気を付けます」
今度は少しだけ真面目な返事だった。
◇
十一番隊から、弓親と一角が治療に来た。
傷を治し終えると、弓親が鏡を覗き込む。
「卯ノ花隊長」
「はい」
「これ、跡は残らないですよね?」
「残りませんよ」
「本当に?」
「はい」
弓親がもう一度鏡を見る。
「絶対に?」
「…………」
「残りません」
「なら良かった」
「うるせえな。傷くらいどうでもいいだろ」
「君と一緒にしないでくれる?」
「何だと?」
治療は終わったはずなのに、また怪我をしそうだった。
◇
十二番隊から、ネムが薬品を届けに来た。
「卯ノ花隊長。涅隊長より、こちらを」
「ありがとうございます」
箱を受け取り、中身を確認する。
「以前と色が違いますね」
「はい。涅隊長が改良されました」
「効果は?」
「以前の三倍です」
「副作用は?」
「5倍です」
「…………」
箱を閉じる。
「元のものはありますか?」
「あります」
「そちらをお願いします」
「はい」
ネムは迷わず、別の箱を差し出した。
◇
二番隊の近くを通った時だった。
物陰から、大前田副隊長が顔を出した。
辺りを確認して、また引っ込む。
「…………」
何をしているのだろう。
少しすると、砕蜂が歩いてきた。
大前田は気付いていない。
「大前田」
「うおっ!?」
飛び上がった。
「た、隊長!」
「こんなところで何をしている」
「いや、これは、その……」
「貴様、また仕事から逃げていたな」
「違います! ちょっと休憩を――」
「来い」
「隊長! 待ってください!」
首根っこを掴まれ、そのまま連れていかれた。
何をしていたのかは、よく分かった。
◇
病室の一室へ顔を出しに行くと、浮竹の前に二人の隊士が立っていた。
「浮竹隊長、こちらを!」
「隊長! 俺の方を先に!」
清音と小椿第三席が、それぞれ包みを差し出している。
「私が選んできたんです!」
「俺だって隊長のために選んだんだ!」
「まあまあ、二人とも」
浮竹隊長が両方の包みを受け取った。
「ありがとう。どちらも嬉しいよ」
二人が黙る。
「……隊長、どちらから開けますか?」
「当然、私のですよね?」
「俺のだろ!」
「何ですって!?」
「何だよ!」
浮竹隊長は困ったように笑っていた。
◇
女性死神協会の会合に参加していた。
「次の会報なんだけど」
松本副隊長が一冊の会報を持ち上げる。
「そろそろ表紙、変えない?」
「具体的には?」
七緒副隊長が尋ねる。
「やっぱり華が必要だと思うのよ」
「なるほど」
「というわけで、私なんてどう?」
「却下します」
「早くない?」
松本が不満そうに七緒を見る。
「では、誰にするのですか?」
「夜一様」
砕蜂が即答した。
「所属してないでしょ」
「何か問題があるのか」
「あるわよ」
「じゃあ剣ちゃん!」
やちるが手を挙げる。
「女性死神協会です」
「じゃあ卯ノ花さん!」
「…………」
一斉に視線が集まった。
「いいじゃない!」
松本が俺を見る。
「卯ノ花隊長なら華もあるし」
「賛成ー!」
「異議はありません」
「待ってください」
話が進んでいる。
「私が表紙になるのですか?」
「はい」
七緒が手元の予定表を確認する。
「では撮影日ですが――」
「もう決まったのですか?」
「卯ノ花さん、笑ってね!」
「…………」
どうやら、決まったらしい。
◇
後日。
十一番隊の隊舎で、一角が机の上に置かれた会報を見つけた。
何気なく手に取る。
表紙には、卯ノ花隊長が写っていた。
「……隊長、これ何で持ってるんスか?」
「あ?」
更木が会報を見る。
「やちるだろ」
「…………」
一角も会報を見る。
確かに、それで説明はつく。
「そうっスか」
一角は会報を元の場所へ戻した。
◇
隊首会が終わり、隊長たちが一番隊を出ていく。
その途中で、平子が足を止めた。
視線の先には涅マユリがいる。
「何だネ」
「いや」
「先程から何を見ている」
「ちょっと気になってな」
「言いたいことがあるなら言いたまえ」
平子が涅の頭を見る。
「毎朝それ、何分かかんねん?」
「…………」
涅はそのまま歩き出した。
「そこは教えてくれへんの?」
返事はなかった。
◇
九番隊の前を通ると、檜佐木副隊長が何かを磨いていた。
現世の乗り物だったはずだ。
何人かの隊士が、その周りに集まっている。
「檜佐木副隊長、それ動くんですか?」
「当たり前だ」
「瀞霊廷で乗るんですか?」
「…………」
「怒られませんか?」
「…………」
檜佐木は黙って手入れを再開した。
隊士たちも、それ以上は聞かなかった。
◇
日番谷隊長の診察を終え、薬を渡した。
「食後に飲んでください」
「さっき食べたところです」
「では、今飲んでしまいましょうか」
「はい」
日番谷隊長が薬を口に入れ、水で流し込む。
「…………」
ほんの僅かに眉が寄った。
「苦いですか?」
「……別に、平気です」
「そうですか」
机の上にあった菓子を一つ差し出す。
「どうぞ」
「……何で菓子なんですか」
「甘いですよ」
「それは分かりますけど」
「どうぞ」
「…………」
日番谷隊長はしばらく菓子を見たあと、受け取った。
「別に、苦かったからじゃないですからね」
「はい」
「…………」
日番谷隊長は何も言わず、菓子を口に入れた。
◇
茶屋で、朽木白夜と狛村が茶を飲んでいた。
「…………」
「…………」
会話はない。
二人とも黙って茶を飲んでいる。
しばらくして、朽木白夜が茶碗を置いた。
「では」
「うむ」
朽木白夜が立ち去る。
近くにいた隊士が、その背中を見送った。
「……仲いいのか?」
誰も答えられなかった。
◇
砕蜂隊長と大前田副隊長が四番隊を訪れていた。
負傷した隠密機動の隊士について話を終えたところで、砕蜂が続ける。
「もう一つ頼みがある」
「何でしょう?」
「眠気を抑える薬を用意してもらいたい」
「どの程度必要ですか?」
「長時間の監視任務がある。ある程度まとまった数が欲しい」
「分かりました」
横で聞いていた大前田が口を挟んだ。
「俺も一つもらっていいですか?」
「何に使う」
「昼飯の後、眠くなるんスよ」
「貴様は必要ない」
「一個くらいいいじゃないスか!」
「大前田副隊長」
「はい?」
「それでしたら、よく眠れる薬もありますよ」
「…………え?」
大前田の顔が引きつった。
「そ、それ……ちゃんと起きますよね?」
「…………」
「卯ノ花隊長!?」
◇
ある日、四番隊の隊士に呼び止められた。
「隊長、少しご相談があるのですが」
「何でしょう」
「その……好きな人がいるんです」
「…………」
予想していなかった。
「どうすれば、振り向いてもらえるでしょうか」
「…………」
刀の扱いなら分かる。
傷の治し方も分かる。
だが、これは分からない。
「気持ちを伝えてみてはいかがでしょう」
「いきなりですか!?」
「駄目なのですか?」
「もう少しこう……仲良くなってからとか……」
「…………」
勇音を見る。
「勇音」
「私に振らないでください!」
◇
十一番隊の隊舎を歩いていると、奥から声が聞こえた。
「だから三席は俺だ!」
「知ってるよ」
「じゃあ何でお前が仕切ってんだ!」
「君より僕の方が説明が上手いから」
「関係ねえだろ!」
見ると、弓親が隊士たちに指示を出している。
一角も隣にいるが、誰もそちらを見ていない。
「お前ら! 三席は俺だぞ!」
「分かってます!」
「だったら俺の話も聞け!」
返事だけは良かった。
隊士たちはそのまま弓親の指示で動いていった。
◇
瀞霊廷を歩いていると、少し先にローズと拳西がいた。
「拳西、少しいいかい?」
「何だ」
「新しい曲ができたんだ。感想を聞かせてほしい」
「今か?」
「今だ」
「…………」
しばらくして、演奏が終わった。
「どうだい?」
「長ぇ」
「感想を聞いているんだ」
「だから長ぇ」
「そういうことを聞いているんじゃない」
「じゃあ俺に聞くな」
拳西はそのまま行ってしまった。
ローズだけが残された。
◇
一番隊へ行くと、やちるが山本の前に立っていた。
「…………」
山本の髭をじっと見ている。
「何じゃ」
「おじいちゃん、お髭邪魔じゃない?」
「邪魔ではない」
「ごはん食べるときは?」
「邪魔ではない」
「寝るときは?」
「邪魔ではない」
やちるが少し考える。
「ほんとに?」
「本当じゃ」
「ふーん」
納得したのかと思った。
やちるは反対側へ回り、今度は山本の眉毛を見始めた。
「…………」
「何じゃ」
「それも邪魔じゃない?」
「邪魔ではない」
◇
瀞霊廷を歩いていると、休憩所から声が聞こえた。
吉良副隊長と檜佐木副隊長が座っている。
「最近、酒を飲んでもあまり酔えないんですよ」
「分かる。考え事してると余計にな」
「酔うために飲んでいるのに、酔えないと何のために飲んでいるのか分からなくなりませんか?」
「……分かる」
「それで余計に飲むんです」
「ああ」
そこへ松本副隊長が通りかかった。
二人の話を少し聞いて、足を止める。
「何この席、暗っ」
「…………」
「…………」
「ほら! そういうところ!」
松本はそのまま行ってしまった。
二人はしばらく黙っていた。
「……飲むか」
「そうですね」
まだ昼だった。
◇
ある日、負傷した隊士を運ぶため、肉雫唼を出した。
患者を乗せ終えたところで、背に小さな霊圧が一つ増えた。
「卯ノ花さーん!」
振り返ると、やちるが肉雫唼の背に座っている。
「草鹿副隊長。何をしているのですか?」
「乗ってる!」
「患者を運ぶために出したのですよ。降りてください」
「やだ!」
「駄目です」
「ちょっとだけ!」
「駄目です」
結局、抱えて降ろした。
「卯ノ花さんのけち!」
「けちで結構ですよ」
肉雫唼が浮かび上がる。
やちるは地上から手を振っていた。
◇
ある日、京楽が四番隊を訪ねてきた。
「卯ノ花隊長、この前のお礼です」
差し出されたものを見る。
酒だった。
「…………」
「どうしました?」
「二日酔いのお薬のお礼が、お酒なのですか?」
「…………」
京楽隊長が手元の酒を見る。
「駄目ですかね?」
横にいた勇音が口を開く。
「京楽隊長。禁酒を助ける薬もありますが」
「帰ります」
京楽は酒を置いて帰っていった。
◇
一番隊へ報告に行った時だった。
部屋の隅で、長次郎が茶の支度をしている。
その横には、見慣れない菓子が置かれていた。
「また西洋の菓子か」
「はい」
「儂は要らぬぞ」
「左様でございますか」
長次郎は何も言わず、山本の前に茶と菓子を置いた。
俺が報告を終え、もう一度そちらを見る。
皿の菓子が一つ減っていた。
「…………」
長次郎は何も言わない。
山本も何も言わなかった。
◇
勇音が、更木の治療をしていた。
まだ傷は残っている。
だが、ある程度動けるようになったところで、更木が立ち上がった。
「もういい」
「え? 更木隊長、まだ治療は終わっていません」
「十分だ」
「ですが――」
勇音が止めるのも聞かず、更木はそのまま出ていこうとする。
「更木隊長」
「あ?」
「座ってください」
「…………」
更木は何も言わず、元の場所へ戻って座った。
「…………」
勇音が何とも言えない顔で、更木と俺を交互に見る。
「勇音?」
「……いえ、何でもありません」
勇音は治療を再開した。
◇
一年に一度、新太の墓を訪れている。
山道を登り、かつて暮らしていた場所へ向かう。
墓の周りには、今年も草が伸びていた。
「…………」
持ってきた鎌で草を刈り、落ち葉を集める。
墓石についた土を落とし、水で洗った。
『剣神様 新玄 ここに眠る』
刻まれた文字は、昔と変わらない。
「お久しぶりです、新太」
返事はない。
当然だ。
墓の掃除を終えると、今度は新太の家へ向かう。
誰も住まなくなった家は、一年も放っておけばどこかしら傷んでいる。
今年は屋根の一部が崩れていた。
「…………」
持ってきた道具を置き、屋根へ上がる。
板を外し、新しいものへ替える。
「……少しは上達しましたかね」
誰に聞かせるでもなく呟く。
屋根を直し終え、今度は家の中へ入った。
埃を払い、傷んだところがないか一通り見て回る。
住む者はいない。
これから先も、たぶんいない。
それでも壊れたままにしておく気にはならなかった。
掃除を終え、外へ出る。
新太の墓の前に腰を下ろした。
「今年は、騒がしい一年でした」
それからしばらく、一年の間にあったことを話した。
返事はない。
話し終える頃には、陽が傾き始めていた。
立ち上がり、墓についた小さな葉を一枚払う。
「では、また来年」
山を下りる。
振り返らなかった。