BLEACHの世界に転生した俺は、初代剣八になるらしい 作:まいちー
藍染惣右介との戦いから、十七か月が過ぎた。
黒崎一護は、一度失った死神の力を取り戻した。その報告が尸魂界へ届いてからも、四番隊の日々に大きな変化はなく、藍染との戦いで負傷した者たちの治療もとうに終わり、隊舎には以前と変わらない仕事が戻っていた。
負傷者を診て、薬品や治療器具の備蓄を確認し、各治療区画から上がってくる報告に目を通す。そんな日常の外側で、最初の異変は起きた。
◇
技術開発局では、現世各地を監視していた観測値に異常が現れていた。
虚が消えている。それも一体や二体ではなく、短い時間のうちに各地から多数の虚が消失していた。
死神に斬られたのではない。通常なら浄化され、尸魂界へ送られるはずの魂魄そのものが消えており、その数は今も増え続けている。
現世と尸魂界に存在する魂魄の均衡が崩れれば、それだけでは済まない。世界そのものに影響する。
十二番隊は直ちに調査を開始したが、誰が虚を消しているのかは分からなかった。
◇
「虚が、消えた?」
「はい」
勇音が差し出した報告書へ目を落とす。四番隊まで情報が回ってきたのは、十二番隊が異常を確認してから間もなくのことだった。
「短時間に、これだけですか」
「はい。十二番隊が現在も調査を続けていますが、原因はまだ分かっていないそうです」
「討伐した死神は?」
「該当する報告はありません」
「そうですか」
書面をめくる。記された数字は、偶然や報告の誤差で片づけられる量ではない。
虚は人の魂が堕ちたものだ。死神が斬魄刀で斬れば、その罪を洗い流されて尸魂界へ送られる。そうして現世と尸魂界の魂魄は循環し、二つの世界の均衡が保たれている。
その循環から、虚だけが抜き取られている。
「現世へ出ている隊士から、何か変わった報告は?」
「今のところは。虚が突然いなくなったという報告はいくつかありますが、実際に消えるところを見た者はいないようです」
「分かりました。十二番隊から続報が来たら、すぐに回してください」
「はい」
報告書を閉じる。妙な話ではあるが、この時点ではそれ以上のことは分からなかった。誰がやっているのか、何のためなのか、そもそも誰かの意思によって起きていることなのか。判断するには材料が足りない。
それから間もなく、別の報告が届いた。
「卯ノ花隊長」
再び部屋へ入ってきた勇音の顔には、先ほどよりはっきりとした緊張があった。
「今度は何ですか?」
「流魂街で、住民の集団失踪が確認されました」
「…………」
差し出された新しい報告書を受け取る。
「どこです?」
「一か所ではありません。複数の地区で、住民がまとまって消えています」
「痕跡は?」
「十二番隊が調査中です」
現世では虚が、尸魂界では流魂街の住民が消えている。どちらも魂魄の消失ではあるが、同じ原因だと決めるには早く、無関係と考えるには時期が近すぎた。
「失踪した地区の負傷者や、生存者は?」
「今のところ四番隊への搬送要請はありません。現地の調査隊からも、治療が必要な者がいるという連絡は来ていません」
「分かりました」
それがかえって妙だった。何かに襲われたのであれば、普通は痕跡が残る。死体でも、負傷者でも、逃げ延びた者でもいい。だが、届く報告にあるのは住民が消えたという事実ばかりだった。
「十二番隊から連絡が入り次第、私にも知らせてください」
「はい」
勇音が部屋を出ていくと、机の上には二つの報告書が残った。
現世から消えた虚と、流魂街から消えた住民。俺はしばらくそれを見比べたが、どこかで見たような感覚も、何かを思い出しかけることもない。ただ、嫌な異変が二つ重なっている。今は、それだけだった。
◇
一番隊。
山本元柳斎重國の前に、突然、白い装束の一団が現れた。
先ほどまで誰もいなかったはずの室内に、幾人もの人影が立っている。顔は黒く覆われ、その素顔を窺うことはできない。
「何奴」
山本の問いに、一団の先頭に立つ男が答えた。
「お初にお目に掛かる。護廷十三隊総隊長、山本元柳斎重國殿」
男は山本を前にしても態度を変えない。
「宣戦布告に参った」
それだけを告げるために、護廷十三隊の中枢へ侵入してきた。
山本が男たちを見据える。
その時だった。
轟音が響いた。
門の方角から壁を突き破り、巨大な槍が室内へ飛び込んでくる。
その穂先に、人が貫かれていた。
「雀部……!」
一番隊副隊長、雀部長次郎忠息。
胸を貫かれた長次郎が、槍ごと山本の前へ吹き飛ばされてきた。白い羽織が血に染まり、槍の勢いのまま身体が室内へ運ばれてくる。
山本が動く。
長次郎を貫いた槍が破壊され、支えを失った身体が床へ落ちた。
それでも白い装束の一団は動じない。
彼らは山本の目の前で長次郎を倒し、そのうえで宣戦布告を続けた。
五日後。
尸魂界は見えざる帝国によって殲滅される。
山本は男たちへ、その正体を問う。
だが、答えは返らなかった。
「我等の正体は推して知るべし」
先頭の男が告げると、白い装束の足元から影が広がった。
その中へ、一団の身体が沈み始める。
「待てい!!!!」
山本が流刃若火を抜き放った。
炎が一気に膨れ上がり、逃れようとする一団を呑み込む。室内を焼き、壁を舐める炎が影のあった場所を覆い尽くした。
だが、炎が退いた時には、そこに白い装束の姿はなかった。
逃げられた。
山本はすぐに長次郎へ向き直った。
床に倒れた長次郎は血に濡れ、息をすることさえ難しい状態だった。それでも意識は残っている。
「……お……お伝え……お伝えしなければならない事が……!!」
掠れた声を絞り出す。
「……や……奴等……奴等は卍解を――……!!」
そこから先は続かなかった。
◇
四番隊舎にいた俺は、知っている霊圧が急激に弱まるのを感じて顔を上げた。
一番隊の方角だった。
「卯ノ花隊長?」
勇音も異変に気づいたらしい。
「長次郎……」
立ち上がる。
「勇音、来てください」
「はい!」
一番隊へ向かう間にも、長次郎の霊圧は弱くなり続けていた。
隊舎へ入ると、焼けた匂いが鼻についた。壁は崩れ、床には流刃若火が通った跡が残っている。
その奥に山本がいた。
傍らには、血に濡れた長次郎が倒れている。
「長次郎!」
俺はすぐに傍へ膝をついた。
胸には大きな貫通創がある。既に傷口を塞いでいたものはなく、流れ出た血が床を濡らしていた。
右手を翳し、回道を始める。
緑の光が長次郎の身体を包む。
まず出血を抑えながら、傷の内部を探る。胸を完全に貫かれ、損傷は深い。傷ついた箇所を一つずつ拾い、繋げられるところから繋いでいく。
だが、長次郎の霊圧は戻らない。
霊力を送り込むほど、どこまで壊されているのかが分かってしまう。
それでも手は止めなかった。
出血を抑え、傷を内側から塞ぐ。回道の光の下で処置を続けるが、俺の手の下から長次郎の霊圧が少しずつ失われていった。
治せる傷と、治せない傷。その違いを見分けることは、四番隊長として何度も繰り返してきた。
だから分かる。
それでも、最後まで手を離さなかった。
やがて長次郎の呼吸が止まった。
「卯ノ花隊長……」
勇音の声が震える。
もう一度、脈を確かめる。呼吸も、霊圧もない。
数秒の後、回道の光を消した。
「……長次郎は」
山本の低い声が落ちる。
「死んだか」
「……はい」
それだけだった。
山本は長次郎を見下ろしている。
俺もその姿へ目を向けた。
千年以上という時間は、あまりにも長い。そこにいることが当たり前になるには十分すぎるほど長く、護廷十三隊が今の形になるより前から、長次郎は山本の傍にいた。
俺も昔から知っている。言葉を交わした回数より、刀を交えた時の方が鮮明に残っているくらいだ。
かつて一度、長次郎の卍解を受けたことがある。
黄煌厳霊離宮。
空を覆う雷雲から落ちた雷を初めて受けた時の感覚は、今でも身体のどこかに残っている。
その後も長次郎は山本の傍を離れなかった。俺が十一番隊を離れ、四番隊へ移り、名を変えてからも、ずっとそこにいた。
それほど長くいた男が、今は動かない。
そして長次郎が最後に残した言葉がある。
奴等は卍解を。
その先を、長次郎は言えなかった。
◇
その後も調査は続いた。
現世で相次いで消滅した虚。
流魂街で姿を消した住民。
一番隊へ侵入し、長次郎を倒して五日後の殲滅を告げた者たち。
やがて隊首会が招集された。
◇
一番隊には、護廷十三隊の隊長たちが集まっていた。
俺も四番隊隊長として列に立つ。
山本の前に並ぶ顔ぶれはいつもと変わらない。
ただ一つ。
いつも山本の傍に控えていた長次郎の姿だけがない。
隊首会が始まる。
今回の一連の事態について、涅マユリから調査結果が報告された。
現世で虚が消失した理由。
瀞霊廷へ現れた者たち。
そこへ繋がる答えを、マユリが口にする。
「滅却師」
「…………」
その言葉に、千年前の戦場が脳裏を過った。
今とは違う護廷十三隊。
敵として立っていた滅却師たち。
そして、その頂点にいた男。
ユーハバッハ。
千年前、山本と戦った滅却師の首魁だった。
俺自身もあの戦争の中にいた。
だが、今現れた者たちについて知っているわけではない。千年前の滅却師と同じものを見ているつもりになる方が危険だ。
マユリの報告は続いた。
敵は既にこちらの情報を集めながら、攻撃を拡大している。一方で、こちらが得ている敵の情報はあまりにも少ない。
山本が問う。
「奴等の根城は何処に在るのか」
マユリはすぐには答えなかった。
「それは、まだ……」
居場所が分からなければ、こちらから攻め込むこともできない。
山本はしばらく黙っていたが、やがて隊長たちを見渡した。
「全隊長に命ず」
室内の空気が張る。
「これより戦の準備にかかれ」
命令はそれだけで十分だった。
敵は五日後に来ると告げている。
ならば、それまでに迎え撃つ準備を整える。
隊首会が終わる。
俺は一番隊を出ると、そのまま四番隊へ戻った。
◇
「卯ノ花隊長」
隊舎では勇音が待っていた。
「四番隊を戦時体制へ移します」
勇音の表情が引き締まる。
「現在入院している者をもう一度確認してください。動かせる者は可能な限り通常病棟から移し、治療区画を空けます」
「はい」
「救護班の編成も見直してください。侵攻が始まれば各隊から同時に負傷者が来ます。歩ける者は自力で移動させ、搬送は自力で動けない者を優先します」
「分かりました」
「隊内の回道を使える者を治療区画ごとに分け、重傷者が一か所へ偏った時にはすぐ人員を動かせるように。肉雫唼の分体も使います。戦闘が始まれば、私が直接行けない場所にも送ります」
「はい」
「薬品や包帯、止血に使うものも通常時の量では足りません。足りないものは今日中に洗い出してください」
「すぐに」
勇音が部屋を出ていく。
俺は机の前に残り、隊首会で聞いた言葉を思い返した。
滅却師。
ユーハバッハ。
千年前に戦った相手と、今現れた者たちがどう繋がっているのかは分からない。
敵が何人いるのか、どれほどの力を持つのかも分からず、長次郎が最後に伝えようとした「卍解」が何を意味していたのかも分かっていない。
分からないことは多い。
だが、五日後に来ると告げられている以上、今やるべきことは決まっている。
四番隊長として、負傷者が来るなら治す。何人来ても、治せる限り治す。
そして、もし刀を抜かなければならない時が来るなら、その時は斬る。
俺は立ち上がった。
五日後に備え、四番隊は動き始めた。