BLEACHの世界に転生した俺は、初代剣八になるらしい 作:まいちー
残火の太刀
山本元柳斎重國の卍解が、今度はユーハバッハの手によって解放されようとしていた。
ユーハバッハが、奪った残火の太刀を振り上げる。
その刃を振り下ろそうとした瞬間――足元の地面から、赤い血が噴水のように噴き上がった。
「…………」
ユーハバッハの腕が止まる。
噴き上がった血が残火の太刀へ絡みつき、焼け焦げた刀身を赤く濡らしていく。
そして、いつの間にか。
山本とユーハバッハの周囲は、血の海へと変わっていた。
砕けた石畳の窪みを満たし、瓦礫の隙間を流れ、赤い水面が二人の立つ戦場を覆っている。
山本は驚かなかった。
――卍解――皆尽。
卯ノ花烈の卍解。
その能力は、血の海を生み出し、その血が及ぶ範囲において、理に反する能力や作用を相殺すること。
ただし、何もかもを無条件に消し去る力ではない。
過剰に助けることもなければ、過剰に攻撃することもない。どんな能力を封殺し、または、封殺しないかは皆尽の気まぐれだ。
敵も味方も斬魄刀の異能だけに頼ることを許さず、己が磨き上げた斬拳走鬼をもって戦うことを強制する。
血湧き肉躍る戦いを見せよ、まるでそう語るかのような。
それこそが、皆尽という卍解だった。
残火の太刀が生み出す灼熱は、長く解放を続ければ尸魂界そのものを滅ぼしかねない。それほどの力は、山本とその敵だけの戦いでは済まない。
故に皆尽は、その過剰な作用を抑えていた。
尸魂界全土に及ぶはずだった、残火の太刀の過剰な余波は、皆尽の範囲外には出ていない。
瀞霊廷では、総隊長・山本元柳斎重國が残火の太刀を解放する際、四番隊隊長・卯ノ花烈も同時に皆尽を解放することが定められていた。
今、この瞬間に発動したのではない。
山本がロイドとの戦いで残火の太刀を解放した時から、皆尽もまた発動していた。
それは、残火の太刀の余波から尸魂界を守るためだけのものではない。
山本も卯ノ花も、開戦前から敵が卍解を奪うと知っていたわけではなかった。
長次郎が残したのは、敵が卍解に対して何らかの手段を持っているという警告だけ。
封じられるのか。
使えなくされるのか。
それすら分からなかった。
だが、たとえ残火の太刀を使えなくされたとしても、皆尽がある。
皆尽の血の中では、敵もまた強大な理に反する能力や作用に頼ることはできない。
山本だけが力を奪われ、一方的に弱体化することにはならない。
最後に残るのは、互いが己の身に磨き上げた斬拳走鬼。
それならば、戦える。
山本も卯ノ花も、そう見ていた。
そして侵攻が始まり、初めて判明した。
敵が行っていたのは、卍解の封印ではない。
強奪。
本来の持ち主から卍解を強制的に奪い、その力を自らのものとして使用する。
ならば、それも皆尽が相殺する「理に反する能力」に含まれるのではないか。
確証はなかった。
だが、可能性は高いと見ていた。
そして今。
ユーハバッハが奪った残火の太刀を振るおうとしても、刀身に絡みついた血が脈打ち、赤い水面へ波紋を広げるだけだった。
残火の太刀は応えない。
山本はその様子を見据え、流刃若火を構え直した。
卍解は奪われた。
だが、この血の中にいる限り、ユーハバッハもまた奪った残火の太刀を自在には振るえない。
ここから先は、互いが己の身に積み上げてきたものが物を言う。
山本にとって、それで何の不足もなかった。
だが、ユーハバッハは動かなかった。
残火の太刀を妨げている皆尽の血を見下ろしている。
山本の目が細くなった。
皆尽が発動していることは、見れば分かる。
その力によって残火の太刀が抑えられていることも、ユーハバッハ自身が今まさに知った。
それにもかかわらず、メダリオンを使う素ぶりを見せない。ユーハバッハだけでなく、傍らに立つ側近である滅却師もだ。
山本も卯ノ花も、その能力の特異性故に、皆尽は奪えないと見ているが、敵が試しもしない道理はない。
残火の太刀を奪った時、ユーハバッハは山本をその目で捉えていた。
今、皆尽はここにある。
だが――卯ノ花烈はいない。
「……なるほどの」
山本の口元が僅かに吊り上がった。
「卍解が見えておるだけでは足りぬか」
ユーハバッハの視線が山本へ向く。
「奪うには、その主を己が眼で捉えねばならぬ」
ユーハバッハは否定しなかった。
けれど。
「私が知らぬとでも思っていたか、山本元柳斎」
ユーハバッハの声が返る。
「卯ノ花八千流」
不意にその名が出た。
山本の眼光が鋭くなる。
「あの女もまた、我々が特記戦力に定めた一人だ」
「…………」
「未知数の――『剣術』」
千年前の卯ノ花八千流についての記録は残っている。
だが、その後の千年。
その剣理がどこまで進んだのかを、見えざる帝国は把握できていない。
時折、影からの監視はされていたが、滅却師たちは誰もが、その理を理解できないのだ。
「斬魄刀の異能ではない。卯ノ花八千流自身の剣術。その底が知れぬ」
ユーハバッハが残火の太刀を下ろす。
「故に、皆尽への対処は容易い」
その足元に影が広がった。
「届かぬ場所へ行けばいい」
「――!」
次の瞬間、山本とユーハバッハの姿が消えた。
血の海だけが、その場に残された。
◇
四番隊舎の屋根の上で、卯ノ花が顔を上げる。
山本の霊圧が、一瞬で遠ざかった。
皆尽を通して残火の太刀へ及ぼしていた作用も、同時に途切れる。
「総隊長……」
勇音の声が背後から聞こえた。
「ここをお願いします」
「卯ノ花隊長!?」
返事を待たず、卯ノ花は屋根を蹴った。
皆尽は解かない。
血に濡れた刀を手にしたまま、山本の霊圧を追う。
◇
流魂街最外縁。
荒れ果てた大地へ、二つの影が現れた。
そこに血の海はない。
ユーハバッハの手にある残火の太刀から、絡みついていた赤い血が滑り落ちるように消えていく。
皆尽の作用が届かない。
ユーハバッハが残火の太刀を掲げた。
今度は、それを阻むものがない。
熱が膨れ上がった。
炎は見えない。
それでも大気は一瞬で乾き、地面から水分が奪われていく。
山本は一歩も退かなかった。
卍解は奪われた。
しかも、その力を握っているのは千年前に討ち損じた敵。
それでも、山本元柳斎重國から失われたのは残火の太刀だけだった。
斬術。
白打。
瞬歩。
鬼道。
千年以上をかけて磨き上げてきた斬拳走鬼の全てが残っている。
そして、残火の太刀を誰よりも知っているのも山本自身だった。
ユーハバッハが刃を振り下ろすより早く、山本の姿が消える。
瞬歩。
次の瞬間には懐へ入り、流刃若火を横薙ぎに走らせていた。
ユーハバッハが残火の太刀を引く。
山本は刃を合わせない。
触れれば流刃若火の方が消える。
振り切る寸前で手首を返し、軌道を変える。喉へ向かった切っ先。その軌道上へ空中から霊子が集束し、一振りの刃を形作る。
流刃若火を、その霊子の刃が受けた。
金属音が響く。
山本は押し込まず、刃を離すと同時に左拳を叩き込んだ。
ユーハバッハの身体が後方へ飛ぶ。
着地するより早く、山本が追う。
「破道の六十三――雷吼炮!」
黄金の雷撃が荒野を走った。
ユーハバッハが残火の太刀を振るえば、触れた雷光が掻き消える。
だが、その先には既に山本がいた。
振り抜かれた流刃若火をユーハバッハが躱し、残火の太刀を返す。山本は半歩だけ身体を外し、焼け焦げた刃を紙一重で通した。
背後の大地が消えた。
「己の卍解を相手に、よく動く」
「誰の卍解だと思うておる」
山本が再び踏み込む。
斬撃を受け流されれば、そのまま拳へ繋ぐ。拳を防がれれば腕を掴み、体勢を崩す。ユーハバッハが残火の太刀を返せば瞬歩で死角へ抜け、鬼道を撃ち込む。
卍解を奪われた山本は、残された技で戦っているのではない。
己が磨き上げた全てを、惜しみなく使っていた。
◇
瀞霊廷。
黒崎一護が降り立った先に広がっていたのは、見慣れた尸魂界ではなかった。
建物は崩れ、石畳は砕け、あちこちから煙が上がっている。
死神たちの霊圧が少ない。
少なすぎる。
一護が拳を握り、走り出そうとした。
その前へ、一人の男が降り立つ。
金色の髪。
静かな顔で剣を携え、一護の進路を塞いだ。
「……手前が親玉か」
男――ユーグラム・ハッシュヴァルトは、一護を見つめた。
「そう見えるのなら、随分と都合の良い目をしている」
「何だと!?」
「お前が探している者は、ここにはいない」
一護が天鎖斬月を握る。
「だったら、どこにいる」
「私を退けてから聞け」
一護の霊圧が膨れ上がった。
次の瞬間、黒い刃とハッシュヴァルトの剣が激突した。
◇
流魂街で、大地の一角が消えた。
残火の太刀が横へ走っただけだった。
その軌道上にあったものが跡形もなく消し飛び、遅れて凄まじい熱が周囲を舐める。
だが、山本は既にそこにはいない。
ユーハバッハの背後へ回り、流刃若火を振り下ろす。
その軌道上へ、空中から霊子が集束した。
一振りの霊子の刃が瞬時に形を成し、流刃若火を受け止める。
刃が噛み合った瞬間、山本は左手を柄から離した。
拳がユーハバッハの顔面へ走る。
ユーハバッハが身を捻って躱し、そのまま残火の太刀を横薙ぎに返す。山本は瞬歩で間合いを外した。
残火の太刀が通過した先で、大地が跡形もなく消し飛ぶ。
山本は知っていた。
己が老いたことを。
死神の肉体は、その心の在り様に大きく左右される。
護廷十三隊の長として、威厳ある姿であらねばならぬ。
そう考えるようになってから、山本の容姿は少しずつ老いていった。
だが今にして思えば、その考えに至ることは、衰えた証左だったのだろう。
土煙の中へ踏み込み、流刃若火を振るう。空中に生まれた霊子の刃がそれを受ける。山本は刃を返し、さらに一太刀。
届かない。
ユーハバッハの剣が返る。山本は刃を合わせず、半歩だけ身体をずらした。
その攻防の中で、一人の女の姿が脳裏を過ぎる。
己が剣術を極めることを至上と謳い、今なお剣の道を歩き続ける女。
卯ノ花八千流。
その容姿は、千年を経た今も妙齢な女のままだ。
出会った頃の彼女は、今より幼い容姿をした少女だった。
純粋無垢で、好奇心旺盛な人斬りの小娘。
まるで矛盾するようであるけれど――その過程こそ褒められたものではないが――確かに彼女は直向きな求道者だった。
残火の太刀が迫る。
山本は身を沈めて灼熱の刃の下を抜け、そのまま懐へ潜り込む。左拳を叩き込み、受けた腕を掴んで引き寄せ、流刃若火を振るった。
刃が交差する。
◇
『護廷十三隊は変わりました――けれど、それは弱くなったのだと――私は思いません』
胸が震えた。
剣に狂った愚かな娘。まさか彼女から、そのような言葉が出るとは思わなかった。
もし明確に、己の老いや衰えに始まりがあるのだとしたら、山本にとってそれはあの時だ。
ずっと己が先導に立たねばならないと考えていた。
かつて己が集めた十二の怪物たちですら、一人、また一人と先に死んでいく。
その中でただ一人、残り続けた女傑。
その女が言ったのだ。
護廷十三隊は、弱くなってなどいないと。
ユーハバッハの霊剣が山本の肩を裂いた。
血が飛ぶ。
それでも膝はつかなかった。
瀞霊廷では、今も賊軍が暴れているだろう。
だが、卯ノ花がいる限り、全滅はない。
ほんの少しでも息があるなら、彼女なら快癒させ得る。
山本はそれを疑わない。
他の隊長たちも、あれしきで倒されるほど弱くはないと信じている。
たとえ一度負けたとしても、立ち上がる。
自分が戻らねば護廷十三隊が終わるなどとは、もう思わなかった。
二人の姿が再び消えた。
斬撃が交差するたびに大地が裂け、残火の太刀が振るわれるたびに、その一部が消える。
数刻。
戦いの余波は、流魂街の広範囲を呑み込んでいった。
後に判明することだが、東八十地区から東五十地区。
実に三十もの区で、生きる魂魄が消滅した。
他の隊長格ですら近づける戦場ではなかった。
◇
卯ノ花は走り続けていた。
皆尽の血が身体の周囲を流れている。
遠くからでも分かる。
残火の太刀が振るわれるたびに空気が変わり、大地が消え、その痕跡がこちらまで続いている。
だが、皆尽の血に触れたところから、その過剰な作用は削がれていく。
だから進める。
他の者なら近づくことすらできない戦場へ、俺だけは進める。
それでも距離がある。
「…………」
山本の霊圧はまだある。
弱くなっている。
だが、消えてはいない。
間に合え。
瞬歩を重ねる。
◇
天鎖斬月とハッシュヴァルトの剣がぶつかる。
一護が押し込み、ハッシュヴァルトが受け流す。そのまま滑った刃を、一護が身を捻って躱した。
「月牙天衝!」
黒い斬撃が放たれる。
ハッシュヴァルトが横へ退き、月牙が崩れた建物を吹き飛ばした。
一護はその煙の中へ飛び込む。
天鎖斬月を上から振り下ろす。
ハッシュヴァルトの剣が迎え撃った。
激突。
一護が目を見開く。
刀身に罅が走っていた。
「――!?」
ハッシュヴァルトの剣がもう一度走る。
乾いた音が響いた。
天鎖斬月が折れる。
折れた刀身が宙を舞い、石畳へ突き刺さった。
一護は、手元に残った斬月を見る。
「……嘘だろ」
ハッシュヴァルトは剣を下ろさない。
「これで終わりだ」
◇
山本の右肩が裂け、血が噴き出す。
それでも流刃若火を振るう手は止まらない。
下から斬り上げた流刃若火の前へ、空中から新たな霊子の刃が生まれる。ユーハバッハはそれで斬撃を受け止め、残火の太刀を突き出した。山本は身体を捻ったが、焼け焦げた切っ先が脇腹を掠めた。
肉が消える。
「ぐ……!」
山本の膝が沈む。
千年前。
目の前の男を殺しきれなかったが故に、今の惨状を招いた。
盟友とも言える長次郎を失い、瀞霊廷を蹂躙され、多くの隊士が死んだ。
山本は己が不明を恥じる。
同じ過ちは、二度と許されない。
三界の安寧のために。
山本重國が、永き戦いの日々、研鑽の中で生み出した、残火の太刀。
恐るべき卍解だ。
皆尽が無ければ、まともに発動しようとすら思わない。
その力が今、己に向けられている。
ユーハバッハが残火の太刀を振り上げた。
山本は立ち上がる。
敗北は許されない。
たとえ己が命が絶とうとも。
両手両足もがれようと、己が歯で、奴の首を噛み斬ってみせよう。
必ずや滅却師共の首魁を殺してみせよう。
山本が地面を蹴った。
◇
間に合わなかった。
卯ノ花が辿り着いた時、戦場にはもう剣戟の音がなかった。
焼けた大地。
消し飛んだ丘。
遠くまで続く破壊の跡。
その中心に、山本元柳斎重國は倒れていた。
「…………」
足が止まる。
上半身と下半身が、離れている。
皆尽の血が卯ノ花の周囲を流れ、残火の太刀が残した作用を相殺していく。
だが、山本はもう動かない。
その片手だけが、何かを固く握り締めていた。
卯ノ花の目が細くなる。
腕。
ユーハバッハの腕だった。
卍解を奪われ、
「……総隊長」
声は、それ以上続かなかった。
血の流れる刀を握り直し、顔を上げる。
少し離れた場所に、ユーハバッハが立っていた。
片腕を失いながらも、その手には残火の太刀がある。
奪われた山本の卍解。
それを持ったまま、ユーハバッハは卯ノ花を見た。
「ようやく姿を見せたな」
初めて、視線が正面から交わる。
皆尽は解かない。
卯ノ花の足元から血が広がり、赤い水面が戦場を染めていく。
残火の太刀が放つ作用も、その血に触れたところから削がれていった。
「卯ノ花八千流」
ユーハバッハが残火の太刀を僅かに持ち上げる。
「千年を経て、どこまで剣を進めた」
卯ノ花も刀を構えた。
「確かめてみますか」
静かな声だった。
足元の血が大きく波打つ。
残火の太刀と皆尽。
二つの卍解を挟み、互いが一歩を踏み出そうとした。
その時。
ユーハバッハの足元から影が伸びた。
「…………」
ユーハバッハが僅かに空を見上げる。
見えざる帝国が影の外で活動できる時間には限りがある。
影が、その身体を呑み込み始めた。
「逃げるのですか」
「今日はな」
ユーハバッハは残火の太刀を手にしたまま、影へ沈んでいく。
「お前の剣術は、我々にとって未知数の領域にある」
「…………」
「だが、如何に剣を極めようと、その剣が届かぬところでは何もできまい」
この場に間に合わなかったことを揶揄するような口ぶりだった。
「次に会う時までに、精々剣を振っておくがいい」
「…………」
「その時こそ、底を見せてもらう」
影が閉じ、ユーハバッハの霊圧が消えた。
卯ノ花は刀を下ろさない。
皆尽も解かなかった。
しばらく、その場に立ち続ける。
やがて視線を落とした先には、山本がいる。
護廷十三隊総隊長。
山本元柳斎重國。
千年以上、護廷十三隊の頂点に立ち続けた男は、もう動かない。
その手だけが、最後まで敵へ届いた証を握り締めていた。
第一次侵攻は、終わった。