BLEACHの世界に転生した俺は、初代剣八になるらしい 作:まいちー
第四章 剣を習う
それから、俺は毎日宗玄のもとへ通った。
刀は持っていかない。宗玄に『刀はいらん』と言われたからだ。
先日の一件以来、刀を持たずに流魂街を歩くのは少し怖い。あの日も刀を持っていたのに、三人の男に囲まれ、殴られ、蹴られ、最後は必死に逃げ延びただけだった。
もし刀すらなかったらと思うと、腰元が妙に寂しい。
だが、教えを請うたのは俺である。言いつけを破るわけにもいかず、刀は寝床に隠して今日も宗玄のところへ向かった。
◇
「持て」
渡された木の棒を構えると、すぐに宗玄の棒が膝へ触れた。
「ここ。肩の力も抜け。握り過ぎだ」
「はい」
言われた通りに直し、その姿勢を保つ。今日はまだ、振ることすら許されなかった。
その横では、新太が宗玄と打ち合っている。新太が踏み込んで棒を振ると、宗玄は僅かに外れ、そのまま肩へ棒を触れさせた。
「痛っ」
「遠い」
「入ったと思ったんだけどな」
「思っただけだ」
新太は大きく外したようには見えなかった。それなのに届かず、宗玄の棒だけが届いている。
面白い。
もう少し見ようとしたところで、宗玄の声が飛んだ。
「前」
「…………はい」
ばれた。
◇
立つだけの稽古は何日も続いた。
足の位置を直し、腰を落とし、肩から力を抜く。どこか一つを意識すると別の場所が崩れ、そのたびに宗玄の棒が飛んでくる。
「師匠、足が痛いです」
「そうか」
「…………」
それだけだった。
稽古が終わる頃には太腿も腰も痛む。それでも翌日になれば、また同じ場所に立った。
「つまんなくない?」
新太が聞いてきた。
「とても」
「じゃあ何でやってんだよ」
「刀を振りたいので」
「今、振ってないじゃん」
「ですから困っております」
「…………変なの」
新太が笑う。
「そういえば、お名前を伺っておりませんでした」
「今さら?」
「はい」
「何日も会ってただろ」
「稽古を見る方が重要でしたので」
「ひでえな」
呆れたように頭を掻きながら、新太は自分の名を教えてくれた。
「新太」
「新太殿」
「殿はいらねえ」
「では、新太さん」
「それも何か嫌だ」
「…………では、新太」
「急に雑だな」
「難しいですね」
これでようやく名前を知った。
◇
ある日、宗玄から歩くように言われた。
一歩出る。
「違う」
「…………」
一歩で終わった。
「足を上げるな。腰を揺らすな。下を見るな」
「はい」
言われたことを意識してもう一度歩くが、足を気にすれば腰が浮き、腰を気にすれば肩に力が入る。普段なら何も考えずにできることが、まるでできなかった。
横では新太が踏み込み、そのまま棒を振っている。足が出て、腰が進み、棒が走るまで、どこか一つだけが先に動いているようには見えない。
「新太。もう一度お願いできますか」
「これ?」
同じ動きをしてもらい、足から肩までを追う。
「もう一度――」
「清子。前」
「…………はい」
自分の稽古へ戻った。
やがて、歩くだけだった稽古に止まることと下がることが加わった。何度も同じ動きを繰り返し、崩れるたびに最初から直される。
ある日、宗玄に止まれと言われ、その場で足を止めた。
「もう一度」
歩いて、止まる。
「師匠、今のは?」
「まし」
「…………!」
思わず笑った。
「それ褒められたの?」
「昨日より進歩しております」
「基準低くない?」
「進んだことに変わりはありません」
昨日できなかったことが、今日は少しできた。それだけで嬉しかった。
◇
「振れ」
「…………!」
ようやく来た。
棒を構え、一歩踏み込んで振る。
――ぶんっ。
「違う。手で振るな」
「はい」
もう一度振れば足が遅いと言われ、その次は肩を直された。
以前の俺は、腕で棒を上から下へ振っていただけだった。宗玄が教える振り方では、足から始まった動きを腰へ通し、そのまま肩、腕、棒まで繋げなければならない。
新太にも振ってもらう。
――ヒュッ。
やはり、どこか一つが先に動いているようには見えない。
新太の動きを真似して何度も振るうち、一度だけ棒が軽く空を切った。
「…………!」
もう一度同じように振る。
「違う」
できない。
けれど、今の感覚は残っていた。
「…………ふふ」
「ほとんど駄目って言われてるのに、何で笑ってんだよ」
「一度できましたので」
「一回だぞ」
「それでも、できたことに変わりはありません」
もう一度、棒を構えた。
◇
斬り下ろしを繰り返す日々が続いたあと、宗玄は棒を横へ振った。
「今日はこれだ」
「横、ですか」
「ああ」
真似してみると、すぐに腕で回すなと止められた。足を運び、腰を回し、その動きに棒を乗せる。
――ぶんっ。
「遅い」
何度か繰り返したところで、今度は宗玄の棒が斜めに走った。
「次。斜めだ」
「はい」
上から下へ、横へ、斜めへ。軌道が変われば、足や腰の使い方も同じではなかった。
斬り下ろしでできていたことが横では崩れ、横が少しましになった頃には斜めでまた直される。
「全部、同じようにはいかないのですね」
「当たり前だ」
「…………はい」
それから、突きも加わった。
宗玄が棒の先をまっすぐ前へ出す。
「突け」
前へ出すだけだと思っていたが、最初の一度で止められた。
「腕だけ出すな」
踏み込みながら突けば肩を直され、そこを直せば今度は腰が遅いと言われる。
結局、また足からだった。
◇
毎日、教わった型を繰り返した。
斬り下ろし、横、斜め、突き。宗玄は一つ増やすたびに、それまで覚えたものも振らせた。
「横」
振る。
「斜め」
返す。
「突き」
踏み込む。
「遅い」
「はい」
最初は言われるたびに構え直していたが、やがて振り終えたところから次へ移るようになった。横へ振った棒を戻さず、その位置から斜めへ返し、落ちた棒を引きながら足を入れて突く。
うまく繋がる時もあれば、途中で身体が止まる時もある。
「今、何を考えた」
「次は突きだと」
「だから止まる」
「…………」
考えてからでは遅い。
けれど、考えなければまだ形が崩れる。
難しい。
だから面白かった。
◇
日が経つにつれ、宗玄の「違う」は少しずつ減っていった。
斬り下ろしでは何も言われず、横で肩を直される。斜めが通ったと思えば、突きで足を止められる。
昨日より一つ直される回数が減り、次の日には別のところを直される。それを繰り返すうち、教わった動きが少しずつ身体に残っていった。
ある日、稽古を終えた宗玄が棒を下ろした。
「明日は刀を持ってこい」
「…………」
「聞こえなかったか」
「いえ」
聞こえている。だから嬉しい。
「顔に出てるぞ」
新太が笑った。
「そうですか?」
「かなり」
「…………」
外面も、まだまだ修行が必要らしい。
◇
翌朝、久しぶりに刀を腰へ差した。
歩くたびに感じる重さが、不思議と安心する。
宗玄の前で鞘から抜き、構える。
「振れ」
教わった通りに足を置き、腰を落として振った。
――ヒュンッ。
「…………!」
軽い。
いや、刀の重さは変わっていない。俺の身体が、刀の邪魔をしなくなったのだ。
「もう一度」
――ヒュンッ。
刃がまっすぐ走った。
「すげえな。最初と全然違う」
「ありがとうございます」
宗玄を見る。
「師匠」
「駄目だ」
「…………」
まだ何も聞いていない。
「ただ、ようやく刀を振る準備ができた」
「…………」
ここまでやって、準備。
不思議とがっかりはしなかった。むしろ、その先があることが嬉しい。
宗玄は新太へ目を向けた。
「明日から清子の相手をしろ」
「分かった」
俺は、新太の立ち方や足、構え、握りを見る。
「…………」
「何だよ」
「明日のためです」
「怖えよ」
「?」
見るのは当然だと思う。
明日は初めて、人を相手に剣を学ぶ。怖くないと言えば嘘になる。それでも、それ以上に楽しみだった。
木の棒を振るだけだった時とは違い、新太は動き、避け、こちらを見て考える。
「…………」
楽しみだった。
◇
二人が帰ったあと、宗玄は一人その場に残っていた。
地面には、清子が何百度と足を運んだ跡が残っている。
最初は酷いものだった。
立てない。歩けない。握れない。振れない。
剣を習ったことがないのだから当然だ。
初めて棒を振ったときも、技はなく、力もなく、足すら使えていなかった。
だから『全部駄目だ』と言った。
嘘ではない。本当に全部駄目だった。
――技だけは。
初めて刀を握る者は、重さや刃を怖がり、振ることそのものを恐れる。
清子には、それがなかった。
それだけなら、ただの無鉄砲だ。
だが、一度振って宗玄が「違う」と言えば、二度目には僅かに変わり、三度目にはまた変わる。何が違うのか細かく教えられなくても、自分で探していた。
そして何より、振るたびに楽しそうだった。
「剣が好き、か」
宗玄が小さく呟く。
清子は、自分がどれほど奇妙なことをしているのか、まだ分かっていない。
「さて」
宗玄は立ち上がった。
「どこまで行く」
明日、初めて清子に人を相手にさせる。
そこで、もう少し分かるだろう。
あれがただ剣を振るのが好きなだけの女なのか。
それとも――。
宗玄は続きを口にしなかった。