BLEACHの世界に転生した俺は、初代剣八になるらしい 作:まいちー
第一次侵攻が終わった。
だが、敵が消えた瀞霊廷に静けさが戻ることはなかった。
崩れた隊舎の下から負傷者が運び出され、道という道を四番隊の隊士たちが走っている。救護所へ運び込まれる者は途切れず、既に隊舎の中だけでは収まりきらない。
卯ノ花は山本元柳斎重國の亡骸とともに戻る。
その身体は両断され、卍解を奪われ、自らの残火の太刀を向けられながらも最後まで戦い抜いた証として、その手にはユーハバッハの片腕が握られたままだった。
山本の亡骸を横たえると、やがて報せを受けた隊長たちが集まってきた。
誰一人として、すぐには口を開かなかった。
卯ノ花は山本の傍らに膝をつき、既に何度も確かめたその身体へ、もう一度だけ手を触れる。
呼吸も脈もなく、霊圧も残されていない。治療する余地など、あの場所へ辿り着いた時からなかった。
「……総隊長」
千年以上も当たり前のようにそこにいた男へ呼びかけても、返事はなかった。
それからも、第一次侵攻による被害の報告は続いた。
死者、重傷者、破壊された隊舎。次々と告げられる内容は、どれを取っても護廷十三隊が受けた被害の大きさを物語っている。
敵が撤退したからといって、何一つ終わったわけではなかった。
「退がれ!!!」
突然響いた怒声に、報告を続けていた隊士の言葉が止まった。
「今はそんな話聞きたくもない!!!」
砕蜂だった。
「総隊長が亡くなられたのだ!!! それ以上何を受け容れろと言うのだ!!」
張り詰めていたものが、一気に噴き出したようだった。
だが、声を荒らげたのは砕蜂だけではない。
「叫びたいのが貴様だけだと思うか!!!」
狛村の一喝が響いた。
砕蜂が言葉を止める。狛村もまた山本を見つめており、その声には砕蜂を咎める以上に、自らも抑え込んでいるものが滲んでいた。
卯ノ花は山本の傍らから動かず、そのやり取りを見ていた。
砕蜂だけではない。狛村も、ここにいる誰もが同じものを抱えている。
「はいはいはいはい」
乾いた音が続けて鳴った。
京楽が手を叩いていた。
「ケンカしなーい」
いつもの調子にも聞こえる声だったが、その顔に笑みはない。
「今の流れだと確実に」
京楽は、その場にいる隊長たちを見回した。
「全員並んで山じいに拳骨だよ」
誰も口を挟まない。
「遺骸を前に泣いたり怒ったり情けなくて震えが来るってね」
「京楽貴様……」
砕蜂が睨む。
「護廷十三隊は」
京楽は構わず続けた。
「死人を悼んだり壊れた尸魂界を思って泣くためにあるんじゃない」
そして、山本の亡骸を前に立つ隊長たちへ告げる。
「尸魂界を護る為にあるんだ」
その言葉を最後に、誰も声を上げなかった。
卯ノ花は京楽を見つめていた。
昔なら、こういう時に最後に口を開くのは山本だった。怒鳴りつけることもあれば、ただ一言で全員を黙らせることもあった。
その声はもう聞こえない。
代わりに今、京楽が隊長たちの前に立っている。
卯ノ花は視線を山本へ戻した。
総隊長。
あなたがいなくても。
護廷十三隊は、続く。
続けなければならない。
山本の手から、ユーハバッハの腕を離す。
死後硬直した指を一本ずつ開いていく。
最後まで敵を掴んでいた手だった。
卯ノ花はその手を、静かに胸元へ戻した。
卯ノ花は立ち上がった。
「勇音」
「……はい」
「総隊長の隊葬の用意をお願いします」
「はい」
瀞霊廷には、まだ傷を負った者がいる。山本だけではなく、この戦いで死んだ者も、生き残った者もおり、生きている者にはまだできることがあった。
「四番隊隊舎へ戻ります。まだ、治さなければならない方が大勢いますから」
誰も引き止めなかった。
卯ノ花は一度だけ山本を振り返ると、救護所へ向かった。
それからは、立ち止まらなかった。
「歩ける方は奥へ。重傷者を先に通してください」
「はい!」
「こちらの方は動かさないで。そのまま回道を」
次々と運び込まれてくる隊士たちの状態を見ながら、治療と指示を繰り返す。
腕を失った者。
腹を裂かれた者。
焼けた者。
霊圧を削られ、意識を失ったままの者。
戦いが終わったあとに残されたものが、四番隊へ集まってくる。
総隊長が死んだ。
雀部長次郎も死んだ。
それを受け止める時間さえ、今はない。
死にかけている者がいるなら、まず生かす。
悲しむのは、その後でいい。
卯ノ花は次の負傷者へ手を伸ばした。
◇
被害の全容は、時間が経つほど明らかになった。
隊舎の損壊。
多数の戦死者。
隊長格にも重傷者が出ている。
中でも朽木白哉の状態は深刻だった。
阿散井恋次。
朽木ルキア。
二人もまた重傷を負っている。
卯ノ花は可能な処置を施し、命を繋いだ。
だが、そこで終わりではなかった。
瀞霊廷の上空に、見慣れぬほど巨大なものが現れた。
天柱輦。
それが瀞霊廷へ降りてくる。
騒然とする隊士たちの前へ姿を現したのは、王属特務――零番隊だった。
兵主部一兵衛。
二枚屋王悦。
曳舟桐生。
修多羅千手丸。
そして、麒麟寺天示郎。
「…………」
卯ノ花の視線が、最後の男で止まる。
かつて四番隊を率いていた男。
自分に回道を教えた師でもある。
天示郎もこちらへ目を向けたが、長い再会を喜ぶような状況ではない。
零番隊が来た目的の一つは、重傷者を霊王宮へ連れていくことだった。
修多羅千手丸の義手が携えた球状の器具には、朽木白哉、阿散井恋次、朽木ルキアの三人が収められている。
「いずれも今、瀞霊廷を出ては危険な状態です。連れて行かれる訳にはいきません」
「だから連れて行くんだろうが」
背後から声が飛んだ。
麒麟寺天示郎が歩み寄り、卯ノ花の隣から三人を見る。
「お前ぇも解ってる筈だぜ。この三人はお前ぇの力じゃ全快には戻せねェ」
「…………」
「そして何より、朽木白哉はこのままここに居れば確実に死ぬ」
卯ノ花は否定しなかった。
「お前ぇじゃ無理だ」
天示郎が言い切る。
「俺が治す」
その言葉に迷いはなかった。
卯ノ花は答えない。自身が今の状況に冷静でいられないことを、自覚しているからだ。
「解ってるんだろう」
一拍置いて、天示郎が呼ぶ。
「烈」
「……はい」
天示郎はそれ以上、三人の治療について何も言わなかった。
「今のお前ぇがやるべき事は」
視線が、戦いの傷跡が残る瀞霊廷へ向く。
「治療なんかじゃ無えって事は」
卯ノ花はしばらく天示郎を見つめてから、静かに目を伏せた。
◇
時間が経つ。
崩壊した瀞霊廷では、少しずつ復旧が始まっていた。
瓦礫が取り除かれ、負傷者が各所へ移され、戦死者の確認が進められていく。
それでも、一番隊だけは以前と同じ姿には戻らない。
隊舎を建て直すことはできる。
だが、そこに座っていた男は戻らない。
山本元柳斎重國。
千年以上にわたって護廷十三隊総隊長を務めた男の死によって、護廷十三隊の頂点は空席となっていた。
やがて、その後任が決まる。
八番隊隊長、京楽春水。
京楽は一番隊隊長、そして護廷十三隊総隊長へ就任した。
新たな一番隊には、二人の副隊長が置かれる。
伊勢七緒。
沖牙源志郎。
中央四十六室。
護廷十三隊を次の侵攻へ備えさせるため、京楽には先に通さなければならない話があった。
◇
四番隊。
卯ノ花は、治療を終えた隊士の腕から手を離した。
「もう大丈夫です。しばらくは無理に動かさないように」
「は、はい。ありがとうございます、卯ノ花隊長」
頭を下げる隊士を見送り、卯ノ花は治療室を出た。
廊下を進み、自分の執務室へ戻る。
机には、まだ確認を終えていない記録が積まれていた。
まだ仕事は残っている。
負傷者の数は減り始めているが、四番隊が平時へ戻ったわけではない。
次の侵攻がいつ来るのかも分からない。
治療用の物資を補充し、隊士を休ませ、再び大規模な負傷者を受け入れられる状態に戻さなければならない。
卯ノ花は椅子に腰を下ろし、次の記録へ目を落とした。
机の端には、戦死者の一覧も置かれている。
その中に、見なくても分かる名がある。
山本元柳斎重國。
卯ノ花はそこへ視線を向けなかった。
今はまだ、やることがある。
「卯ノ花隊長」
声に顔を上げると、四番隊の隊士が入口に立っていた。
「一番隊より、総隊長からお呼び出しです」
「京楽総隊長から?」
「はい。お話があるとのことです」
「…………」
「分かりました」
卯ノ花は立ち上がった。
◇
中央四十六室。
議場の中央に、京楽が立っていた。
総隊長となった男を、四方から中央四十六室の者たちが見下ろしている。
京楽は顔を上げた。
「更木剣八に斬術を教えます」
「なにっ……ッ!!」
議場がどよめいた。
京楽は構わず続ける。
「朽木隊長達は霊王宮に向かったが、無事に戻って来るという保証は無い」
第一次侵攻で受けた傷は、それほど深い。
「更木隊長の戦力は重大です。その彼が今のままじゃいけない」
「ならぬ!」
即座に声が飛んだ。
「奴の力が今以上になれば、万一反乱を起こした際に止められぬ!!」
更木剣八に剣を教えることが何を意味するのか。
中央四十六室は知っている。
「元柳斎が奴に剣を教えようとした時も、一日でやめるよう仕向けたのを忘れたか!!」
京楽は黙って聞いていた。
やがて、口を開く。
「じゃあどうします」
その声に、議場が静まる。
「今のままじゃ次の侵攻に尸魂界は耐えられない」
「…………」
「あんた方、自分の身を自分で守れますかね」
返す言葉はなかった。
敵は撤退しただけだ。
次の侵攻は来る。
山本元柳斎重國はもういない。
朽木白哉たちが戻れる保証もない。
そして、更木剣八もまた、今のままでは敵に敗れる。
将来、更木が強くなり過ぎることを恐れている場合ではなかった。
沈黙が続く。
京楽はしばらく待った。
「……どうやら、お許しが出たみたいだ」
京楽が視線を向ける。
「入っておいでよ」
議場の入口から、一人の女が姿を現した。
白い隊長羽織。
長い黒髪を胸元で編み込んだ、四番隊隊長。
卯ノ花が静かに歩み入り、京楽の傍らまで進む。
「更木隊長の件は、あんたに任せたいんだ」
卯ノ花は何も答えず、京楽を見る。
京楽がその名を呼ぶ。
「卯ノ花隊長」
一度、言葉を切った。
「いや」
中央四十六室の視線が、卯ノ花へ集まる。
京楽は告げた。
「初代『剣八』」
卯ノ花の表情は変わらない。
「卯ノ花八千流」