BLEACHの世界に転生した俺は、初代剣八になるらしい   作:まいちー

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第四十九章 無間

 

 尸魂界・中央地下大監獄。

 

 最下層――「無間」。

 

 巨大な扉が、重い音を立てて開いていく。

 

 その向こうには、果ての見えない闇が広がっていた。

 

 更木が一人、その中へ足を踏み入れる。

 

 足音が、何もない空間へ響いていく。

 

 やがて、その先に一人の女が立っていた。

 

 長い黒髪を下ろし、白い隊長羽織を纏った四番隊隊長。

 

 卯ノ花烈。

 

     ◇

 

 俺は無間の奥で、更木が来るのを待っていた。

 

 こうして更木と二人きりで剣を交えるのは、あの日以来になる。随分と長い時間が経ち、互いに姿も立場も変わって、今では同じ護廷十三隊の隊長としてここにいる。

 

 それでも、これからすることだけは昔と変わらない。

 

 やがて暗闇の向こうから足音が聞こえ、顔を上げると、更木がこちらへ歩いてきた。

 

「……ハッ」

 

 更木が辺りを見回した。

 

「随分大仰な舞台じゃねえか、おい」

 

 刀を肩へ担ぎ、更木が続ける。

 

「よくこんな場所の使用許可が下りたモンだぜ」

 

「『無間』――貴方に自在に剣を振るわせられるのは、ここを於いて他に無しと結論されたのです」

 

 更木は黙って聞いている。

 

「でなければ、罪人でも無き我々に、この地に立ち入る許しなど出よう筈もありません」

 

 更木の口元が吊り上がった。

 

「罪人でも無えだと? どの口が言いやがる。俺もあんたも力が無けりゃ、只の罪人だろうが」

 

 更木の言うとおりだ。だからこそ――今の更木には。

 

「今の貴方には力が無い。だからこそ此処が相応しいと、私が進言したのです」

 

「……あァ、そうだろうと思ったぜ。良いじゃァ無えか」

 

 更木の視線が真っ直ぐ俺へ向いた。

 

「勝てば隊長、負ければ罪人。あんたと戦り合って、死ぬも殺すも無間地獄にゃ変わり無え」

 

「……今日は随分と喋るのですね」

 

 俺は更木を見つめた。

 

「私は寡黙な貴方が好きですよ。貴方の声を聞く度に、私についた唯一つの傷が疼いて仕方が無いのですから」

 

「ぬかせ。傷が疼いて仕方無えのが、てめえだけだと思うかよ」

 

 更木の手が刀へ掛かる。

 

 俺も柄を握った。

 

 ほとんど同時に、互いの刃が向かい合う。

 

 更木の口元には、獰猛な笑みが浮かんでいた。

 

 それを見て、俺の口元にも自然と笑みが浮かぶ。

 

 何百年もの時を隔てて、もう一度、更木剣八との斬り合いが始まる。

 

     ◇

 

 史上最強と言われる初代十三隊。

 

 その中で、十一番隊隊長を務め、今の十一番隊の原形を作った。

 

 山本元柳斎重國に力を買われ隊長となる前は、尸魂界史上空前絶後の大悪人。

 

 天下無数に在るあらゆる流派、あらゆる刃の流れは我が手にありと、自ら名付けた名を八千流。

 

 京楽は手元の書類へ目を落としていた。

 

「斬術の手ほどきなんて、狡い言い方して御免よ」

 

 誰に聞かせるでもなく、静かに言葉を続ける。

 

「更木隊長とあんたが一度刃を交えれば、どちらか死ぬしか無いって事は」

 

 組んだ両手の向こうで、京楽の目が細くなる。

 

「ボクも解ってた筈なのに」

 

     ◇

 

 四番隊隊舎。

 

 病室の窓辺に、虎徹勇音が一人立っていた。

 

 しばらく外を見つめていた勇音は、握りしめた一通の手紙に目を落とす。

 

 封には、卯ノ花の名があった。

 

 勇音はあふれる涙を止められない。

 

「卯ノ花隊長……」

 

     ◇

 

 十一番隊隊舎。

 

 誰もいない広い部屋へ、草鹿やちるが一人で入ってくる。

 

 奥に敷かれた座布団の上には、眼帯が一つ置かれていた。

 

 やちるが歩み寄り、それを手に取る。

 

 遠く離れた無間から、聞こえるはずのない、地を這うような轟音が響いた。

 

 手の中の眼帯を見つめたまま、やちるが小さく呟く。

 

「剣ちゃん……」

 

     ◇

 

 刃が噛み合った瞬間、無間の空気が震えた。

 

 更木は押し潰すように刀へ力を込め、そのまま俺ごと斬り伏せようと前へ出る。受け止め続ける必要はない。刃を僅かに傾けて力を横へ逃がすと、更木の刀は勢いを残したまま俺の肩口を通り過ぎた。

 

 その腕が伸び切るより先に懐へ入る。

 

 胸元へ刀を走らせると、更木は上体を捻って逃れようとしたが、間に合わない。白い死覇装が裂け、その下から血が噴き出した。

 

 でも更木は止まらない。振り抜いた勢いのまま身体を回し、横薙ぎに刀を返してくる。身を沈めて躱せば頭上を刃が通り過ぎ、その下を潜るように脇腹へ一太刀を入れる。更木は斬られた身体のまま柄頭を叩き込もうとしたが、それも半歩外して肩を斬った。

 

「ハッ!」

 

 傷が増えるほど、更木の笑みが深くなる。そのまま大きく踏み込み、今度は真っ向から刀を振り下ろした。

 

 受ける。

 

 重い。

 

 だが、覚えている。

 

 あの日、まだ幼かった更木の刀は、こんなものではなかった。

 

 刃を滑らせて軌道を逸らし、すれ違いざまに腹を斬る。

 

 更木の身体に、また一つ傷が増えた。

 

「眼帯を最初から外して来た事は褒めて差し上げましょう」

 

 更木が血に濡れた口元を吊り上げる。

 

「ですが、眼帯を外せば貴方の底はそれまで」

 

「……ハッ。言ってくれるじゃねえか」

 

 再び刃がぶつかった。

 

 そこからは、同じことの繰り返しだった。

 

 更木は前へ出る。斬られても、血を流しても、構わず俺を斬ろうとする。上段から振り下ろし、返す刀で薙ぎ払い、間合いを潰せば柄まで使う。俺はその刃を受け、外し、時には届く前に間合いそのものをずらした。

 

 そして、空いたところを斬る。

 

 何度繰り返しても、それは変わらない。

 

 更木の身体には傷が増えていく。

 

 俺には、一つもない。

 

 あの日とは違った。

 

 まだ幼かった更木と初めて刀を交えた時、こんな余裕はなかった。力も速さも反応も俺より上で、一太刀を凌ぐたびに次を考えなければ死ぬ。積み上げてきた技と経験、その全てを使って、ようやく食らいつけた相手だった。

 

 目の前にいる男からは、それが失われている。

 

「弱い」

 

 更木の刀が止まった。

 

「……俺が」

 

 低い声が落ちる。

 

「弱くなったって言いてえのか」

 

 返事を待つように、更木は俺を見ていた。

 

「ええ」

 

 更木の口元から笑みが消えた。

 

 次の瞬間、床が鳴った。

 

 今までで最も深い踏み込みから刀が振り下ろされる。受けた刃を引かず、そのまま更木の刀身を滑らせて鍔元へ寄せる。そこで手首を返すと、更木の刀が外へ弾かれた。

 

 刀は回転しながら闇の向こうへ飛び、離れた床へ突き立つ。

 

 更木は追わなかった。

 

 俺も追撃しない。

 

 一歩だけ近づき、守りの消えた首へ刃を突きつけた。

 

 無間から、音が消えた。

 

 つい先ほどまで幾度も響いていた剣戟も、床を踏み砕く音もない。

 

 更木は首元の刃にも、飛ばされた刀にも目を向けず、俺だけを見ていた。

 

「…………俺ァ」

 

 長い沈黙のあと、更木が口を開いた。

 

「あんたに憧れた」

 

 俺は何も言わなかった。

 

「木も虫も人も、何を斬っても同じだった。暗闇で一人、剣を振るのと何も変わらなかった。つまらねえ」

 

 更木の声だけが、無間に響く。

 

「あんたと戦って初めて恐怖した。初めて戦いを愉しいと感じた」

 

 その目は、目の前の俺を見ている。

 

 けれど、その言葉が向いている先は、何百年も前に刀を交えた八千流なのだろう。

 

「あんたのように戦いてえと思った」

 

 あの日のことを、俺も忘れてはいない。

 

 死体の山の上にいた子供。

 

 初めから俺より強かった子供。

 

 そして最後の一太刀だけ、ほんの僅かに鈍った刃。

 

「……そのあんたに……」

 

 更木の声が途切れる。

 

 首元には、まだ俺の刀がある。

 

 逃げようとはしない。

 

 刀を拾おうともしない。

 

「……あんたに勝てずに……」

 

 更木の顔が歪んだ。

 

「俺はここで死ぬのかよ……!」

 

 切っ先を更木の首へ突き込んだ。

 

 刃が首を深く貫き、噴き出した血が俺の羽織へ飛ぶ。

 

 巨体から力が抜け、そのまま前のめりに倒れ込んだ。

 

     ◇

 

 目を開いた更木の前へ、俺の刀が迫る。

 

 更木は反射的に身を捻った。

 

 刃が頬を裂く。

 

「……ッ!」

 

 間髪入れずに刀を振り上げてきた刀を半歩退いて躱し、返す刀で腹を斬った。

 

 更木が後ろへ下がる。

 

 首には、先ほど付き込んだはずの傷がない。

 

 けれど、更木はそこへ目を向けない。

 

 ただ俺を見ている。

 

「どうしました?」

 

「……何でもねえ」

 

 更木が刀を握り直す。

 

 その目に浮かんだ違和感が、すぐに戦いへの熱へ呑まれた。

 

     ◇

 

 またか。

 

 また意識が飛んでやがった。

 

 これで何度目だ。

 

 何度も何度も、戦いの最中で意識が飛んでは、また戦いに立ち戻る。

 

 刀が横から迫る。受け止めた瞬間、刃を押し込まれるより先に力の向きが変わり、刀ごと身体を持っていかれた。

 

 足が床を離れる。

 

 そのまま横へ吹き飛ばされ、肩から床へ叩きつけられた。勢いは止まらず、何度も転がってようやく止まる。

 

 けど、身体が止まった時にはもう床を蹴っていた。

 

 立ち上がる勢いのまま刀を構え、再び斬りかかる。

 

 意識が飛ぼうが、身体は何度でも戦いへ戻っていく。

 

 ――懐かしい。

 

 戦いは愉しいが、その最中に我を忘れたり、意識が飛んだりしたことなんざ無え。

 

 そんなことは、ただ一度。

 

 まだ名も持たず、何を、誰を斬ろうと満たされない日々の頃。

 

 何を斬ってもつまらなかった。

 

 誰を斬っても足りなかった。

 

 そんな俺の前に、初めて現れた。

 

 斬っても斬っても終わらねえ奴が。

 

 初めて、もっと斬りてえと思った。

 

 初めて、終わってほしくねえと思った。

 

 あの日だけだ。

 

     ◇

 

 更木は嬉しそうに笑い、弾かれた刀をそのまま振り上げて頭上から叩きつけてくる。半歩外へ出て躱し、空いた脇腹を斬る。それでも更木は止まらず、斬られた勢いごと身体を回して横薙ぎに刀を返してきた。

 

 身を引く。

 

 切っ先が胸元を通り過ぎた。

 

 戻ってきている。

 

 最初は、俺の刀を受けることすらできなかった。

 

 それが今は違う。

 

 更木が再び踏み込んだ。

 

 真正面から振り下ろされた刀を受け、重なる直前に刃を滑らせる。横へ逸れた刀の内側へ入り込み、そのまま胸を斬るつもりだった。

 

 更木が一歩退いた。

 

 切っ先が浅く胸を裂く。

 

 追って刀を返すと、今度は下から上がってきた刃に止められた。触れた刀を横へ流しながら肩を狙うが、更木は上体を沈め、俺の刃の下へ潜り込んでくる。

 

 更木の刀が胸元へ迫る。

 

 身体を引いた。

 

 切っ先が隊長羽織を裂いて抜けていく。

 

 初めて、届いた。

 

 何度も死線を越えるたび、更木の剣が戻っている。

 

 受けることもできなかった。

 

 避けることもできなかった。

 

 それが今は、俺へ刃を届かせた。

 

 あの日、最後に失われたものが。

 

 少しずつ、戻ってきている。

 

 更木が笑う。

 

 そして、また刀が来た。

 

 今度の刃は、先ほどより速い。

 

 振り下ろされた刀を正面から受けると、重なった刃が軋んだ。押し込もうとする更木の力をまともに受けず、身体を開きながら刀を外へ流す。そのまま横へ抜けようとしたところへ、更木が踏み込んでくる。

 

 近い。

 

 流された刀を戻すより先に、更木が肩からぶつかってくる。

 

 俺は後ろへ退かず、ぶつかる寸前に身体を半歩ずらした。肩が脇を抜けるのに合わせて刀を返し、更木の背へ斬り込む。

 

 血が散る。

 

 更木は振り返りざまに刀を振るった。身を沈めてその下へ潜り、懐へ入る。腹を横に斬り裂き、さらに首へ向けて刃を返すが、その途中で更木の刀が割り込んだ。

 

 刃同士がぶつかる。

 

 さっきよりも、早い。

 

「ハッ!」

 

 鍔迫り合いのまま更木が笑った。

 

 力任せに押し切ろうとする刀を横へ外し、空いた胸へ踏み込む。更木も同時に刀を引き戻し、互いの刃が至近距離で交差した。

 

 俺の刀が先に届く。

 

 胸から肩へ深く斬り上げると血が噴き出し、それでもすぐ後ろを更木の刀が追ってきた。上体を反らせた鼻先を刃が通り過ぎる。

 

 近づいている。

 

 ほんの少し前までなら、俺が斬った時点でそこで攻防は終わっていた。

 

 今は違う。

 

 斬られても、その先がある。

 

 更木は自分でも気づかないまま、俺の剣についてきている。

 

 あの日とは逆だ。

 

 まだ幼かった子供と斬り合った時、俺は最初から追う側だった。力も速さも、反応も、何一つ敵わない。それでも技と経験だけで食らいつき、一度見た剣を次には返しながら、どうにか離されないよう追い続けた。

 

 そして最後に、あの子の刃が僅かに鈍った。

 

 あの日、最後に閉じたものを。

 

 今は俺が、一つずつ開いている。

 

 更木が来る。

 

 刀を受けて流し、返した刃で肩を斬る。更木は身体を捻って傷を浅くし、そのまま横から刀を振り込んできた。後ろへ外れて躱した俺を追ってさらに一歩踏み込み、返す刀を今度は下から斬り上げる。

 

 二度続けて躱したところで、今度は俺から入った。

 

 踏み込みと同時に胸へ突き出した切っ先を、更木が刀の腹で外へ弾く。その勢いに逆らわず身体を回し、そのまま首へ刃を返すと、更木は上体を仰け反らせた。

 

 切っ先が首の皮を浅く裂く。

 

 次の瞬間、更木の足が床を踏み抜いた。

 

 追ってきた刀を受ける。これまでより強い衝撃が腕へ伝わり、刃を滑らせて外へ逃がしても、更木はその動きについてきた。流された先から強引に刀を返し、もう一度、肩口へ振り下ろしてくる。

 

 横へ出る。

 

 刃が羽織を掠めた。

 

 更木はそのまま床を蹴り、さらに追ってくる。

 

 楽しい。

 

 思わず、口元が緩んだ。

 

 これを待っていた。

 

 何百年も前から、ずっと。

 

 更木の刀が迫る。

 

 今度は流さず、正面から受けた。

 

 重い。

 

 けれど、まだ足りない。

 

 あの日の子供は、もっと強かった。

 

 もっと速かった。

 

 もっと――俺の剣を追い詰めた。

 

 重なった刃を押し返すと、更木の身体が僅かに開いた。その隙へ踏み込み、胸を深く斬り裂く。

 

 血が俺の頬まで飛んだ。

 

 それでも更木は刀を振り上げようとする。

 

 真横に斬り裂き、血が空に飛び散る。

 

 刀を握った手から力が抜けた。

 

 更木の身体が傾いていく。

 

 今度は、どこまで戻るだろう。

 

 倒れていく更木を見ながら、俺は刀を下ろした。

 

     ◇

 

 更木の目が開く。

 

 起き上がるより先に刀が動いた。

 

 床へ倒れたまま横から振るわれた刃を退いて躱すと、更木はその勢いで身体を起こし、踏み込んでくる。振り下ろされた刀を受けて外へ流し、返す刃で胸を狙った。

 

 更木の刀が間に入る。

 

 止められた。

 

 そのまま刃を押しつけてくる力も、先ほどより重い。

 

 俺は押し合わずに刀を傾け、力を逃がしながら横へ回る。更木も離れずについてきた。肩を狙って返した刃を受け、弾き、そのまま俺の首へ刀を走らせる。

 

 身を沈めると、頭上を刃が通り過ぎた。

 

 近い。

 

 もう、最初の頃とは比べものにならない。

 

 更木の腹へ斬り込む。刃が肉へ食い込んだところで、更木は後ろへ逃げず、逆に一歩踏み込んできた。

 

 間合いが潰れる。

 

 すぐ目の前に、更木の笑った顔があった。

 

「ハッ!」

 

 振り下ろされた刀を咄嗟に受ける。

 

 重い。

 

 足元の床が砕けた。

 

 刃を横へ滑らせ、その力を逃がしながら更木の外側へ回る。脇腹へ返した刀は浅く肉を裂いたが、更木も身体を回し、ほとんど同時に刀を振り抜いてきた。

 

 避けきれない。

 

 切っ先が肩を裂いた。

 

 熱が走る。

 

 傷口から血が流れ、白い死覇装を赤く染めていく。

 

 俺は傷へ一度だけ目を向けた。

 

 届いた。

 

 さっきは羽織だけだった。

 

 今度は、俺を斬った。

 

 胸の奥が熱くなる。

 

 ずっと待っていたものが、目の前まで来ている。

 

 更木が再び踏み込む。

 

 俺も前へ出た。

 

 正面から重なった刀を滑らせ、そのまま互いに身体を入れ替える。振り向きざまに首を狙った刃を更木が受け、返された刀を俺も受ける。弾いて斬る。躱される。追って返した刃も止められ、その直後には更木の刀が俺の胸元へ迫っていた。

 

 身体を捻る。

 

 刃が脇腹を裂いた。

 

 血が散る。

 

 それでも、笑みが消えない。

 

 あの日の子供が近づいてくる。

 

 力も。

 

 速さも。

 

 俺の刀へ食らいついてくる、その感覚も。

 

 更木が大きく踏み込んだ。

 

 振り下ろされた刀を受けた瞬間、腕が沈む。流そうと刃を傾けたが、更木はその動きより先に踏み込みを深くし、逃がすはずだった力ごと俺へ押し込んできた。

 

 なら、流さない。

 

 正面から押し返す。

 

 二つの刀が軋み、更木の笑みがさらに深くなった。

 

 次の瞬間、互いに刃を外した。

 

 俺は首へ。

 

 更木も刀を振るう。

 

 同時に踏み込む。

 

 俺の切っ先が更木の頬を裂いた。

 

 その直後、首筋に刃が食い込んだ。

 

 肩口まで深く斬り裂かれ、血が噴き出す。

 

 深い。

 

 それでも、俺は更木から目を逸らさなかった。

 

 戻った。

 

 あの日の子供が、ようやくここまで。

 

     ◇

 

 入った。

 

 刃が首筋へ食い込み、そのまま肩口まで深く斬り裂いた。

 

 血が噴き出す。

 

 確かな手応えがあった。

 

 今のは浅くねえ。

 

 殺った。

 

 そう思った。

 

「死んだと思いましたね?」

 

「…………」

 

 傷口へ自ら指を突き込み、そのまま回道を流し込んでいる。

 

 裂けた肉が塞がっていく。

 

「私が何の為に回道を修めたか、貴方が知らぬ筈は無いでしょうに」

 

 思わず笑みが溢れた。

 

 死なねえ。

 

 あんたは、まだ死なねえ。

 

 だったら――まだ斬れる。

 

 傷が塞がるのを待つ必要もなかった。

 

 踏み込んで刀を振り下ろすと、回道を使ったまま俺の刃を受けた。重なった刀を力任せに押し込むが、刃を滑らされ、身体ごと横へ抜けられる。

 

 すぐに追う。

 

 振り向きざまに薙いだ刀を躱され、そのまま返ってきた刃を受け止める。弾いて踏み込み、今度は首へ振るう。刀がぶつかり、甲高い音が無間に響いた。

 

 近い。

 

 顔を上げれば、すぐ目の前にあんたがいる。

 

 斬っても死なねえ。

 

 殺しても終わらねえ。

 

 まだ斬れる。

 

 まだ戦える。

 

 腹の底から、何かが込み上げてきた。

 

「ハハッ……!」

 

 抑えられねえ。

 

「ハハハハハハハハッ!!」

 

 刀を握る手に、さらに力が籠もる。

 

 愉しい。

 

 こんなに愉しい戦いが、まだ終わらねえ。

 

     ◇

 

 笑い声が無間に響く。

 

 更木が踏み込み、刀を振り下ろした。

 

 受けた瞬間、腕へ伝わる重みがそれまでとは違う。刃を傾けて横へ流そうとすると、更木は逃げる力の向きに合わせて踏み込み、刀を押しつけたまま身体ごと追ってきた。

 

 俺は足を引かず、刀を滑らせながら半身になる。肩口を抜けた刃の脇へ入り、そのまま胴へ刀を返した。

 

 更木が受ける。

 

 ぶつかった刃を押し返され、その勢いから更木の刀が跳ね上がった。首を狙った一撃を身を反らして躱し、空いた胸へ踏み込もうとする。

 

 その前に、更木も前へ出た。

 

 間合いが潰れ、横から刀が迫る。

 

 受けて外へ流す。

 

 重い。

 

 それでも、まだ押し返せる。

 

 刃を弾き、更木の外側へ回りながら首を狙った。更木はそれを受け、今度は俺の刀を外へ弾く。そのまま踏み込み、返された刃が頬を掠めた。

 

 血が一筋、頬を伝う。

 

「ハハハハハッ!!」

 

 更木が笑っている。

 

 俺も笑っていた。

 

 戻った。

 

 さっき首筋へ受けた一太刀だけではない。

 

 今、目の前で振るわれている剣そのものが、俺の知っているものへ戻っている。

 

 更木が床を蹴った。

 

 俺も同時に踏み込む。

 

 真正面から刀がぶつかり、衝撃で足元の床が砕ける。押し込まれる力を受けながら刃を滑らせ、更木の刀を外へ流した。そのまま首へ返した刀を受けられ、すぐに弾き返される。

 

 更木は止まらない。

 

 弾かれた刀をそのまま返し、斜め下から胴を狙ってくる。半歩退いて躱すと、その分だけ踏み込んで間合いを詰めてきた。

 

 速い。

 

 あの日の子供が振るっていた剣だ。

 

 けれど、あの頃とは違う。

 

 俺が違う。

 

 あの頃は、この剣に追いつくだけで精一杯だった。

 

 一度見た剣を次には返し、持っている技と経験のすべてを使って、それでも離されないよう食らいついた。

 

 それから何百年も経った。

 

 俺はその間も、剣を振り続けてきた。

 

 更木の刀が迫る。

 

 振り下ろされる刃へこちらから刀を合わせ、触れた瞬間に力を横へ逃がす。更木の身体が僅かに開いたところへ踏み込み、胸を狙って刀を走らせた。

 

 刃が間に入る。

 

 止められた。

 

 なら、その先へ。

 

 触れた刃を押さえながら身体を入れ替え、刀を滑らせて首へ返す。更木は頭を傾けて躱し、切っ先が頬を浅く裂いた。

 

 直後、更木の刀が腹へ迫る。

 

 身体を捻ると、刃が死覇装を裂いて抜けた。

 

 互いに振り向く。

 

 更木はもう来ている。

 

 振り下ろされた刀を受け、横へ流したところへ次の一撃が返ってくる。今度は流さず押し返し、空いた肩へ刀を振るうが、それも更木の刃に止められた。

 

 斬る。

 

 受けられる。

 

 返される。

 

 躱して、また斬る。

 

 今まで俺だけが繋いでいた攻防が、途切れない。

 

 更木がついてくる。

 

 胸の奥が熱くなった。

 

 ようやく戻ってきた。

 

 何百年も前。

 

 俺が超えると決めた、あの子の剣が。

 

 あの日は、最後まで届かなかった。

 

 だから剣を振った。

 

 もっと強くなるために。

 

 そして今、もう一度この剣が目の前にある。

 

 今度こそ。

 

 俺の剣で――超える。

 

 

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