BLEACHの世界に転生した俺は、初代剣八になるらしい   作:まいちー

51 / 51
第四十九章 無間

 

 尸魂界・中央地下大監獄。

 

 最下層――「無間」。

 

 巨大な扉が、重い音を立てて開いていく。

 

 その向こうには、果ての見えない闇が広がっていた。

 

 更木が一人、その中へ足を踏み入れる。

 

 足音が、何もない空間へ響いていく。

 

 やがて、その先に一人の女が立っていた。

 

 長い黒髪を下ろし、白い隊長羽織を纏った四番隊隊長。

 

 卯ノ花烈。

 

     ◇

 

 俺は無間の奥で、更木が来るのを待っていた。

 

 こうして更木と二人きりで剣を交えるのは、あの日以来になる。随分と長い時間が経ち、互いに姿も立場も変わって、今では同じ護廷十三隊の隊長としてここにいる。

 

 それでも、これからすることだけは昔と変わらない。

 

 やがて暗闇の向こうから足音が聞こえ、顔を上げると、更木がこちらへ歩いてきた。

 

「……ハッ」

 

 更木が辺りを見回した。

 

「随分大仰な舞台じゃねえか、おい」

 

 刀を肩へ担ぎ、更木が続ける。

 

「よくこんな場所の使用許可が下りたモンだぜ」

 

「『無間』――貴方に自在に剣を振るわせられるのは、ここを於いて他に無しと結論されたのです」

 

 更木は黙って聞いている。

 

「でなければ、罪人でも無き我々に、この地に立ち入る許しなど出よう筈もありません」

 

 更木の口元が吊り上がった。

 

「罪人でも無えだと? どの口が言いやがる。俺もあんたも力が無けりゃ、只の罪人だろうが」

 

 更木の言うとおりだ。だからこそ――今の更木には。

 

「今の貴方には力が無い。だからこそ此処が相応しいと、私が進言したのです」

 

「……あァ、そうだろうと思ったぜ。良いじゃァ無えか」

 

 更木の視線が真っ直ぐ俺へ向いた。

 

「勝てば隊長、負ければ罪人。あんたと戦り合って、死ぬも殺すも無間地獄にゃ変わり無え」

 

「……今日は随分と喋るのですね」

 

 俺は更木を見つめた。

 

「私は寡黙な貴方が好きですよ。貴方の声を聞く度に、私についた唯一つの傷が疼いて仕方が無いのですから」

 

「ぬかせ。傷が疼いて仕方無えのが、てめえだけだと思うかよ」

 

 更木の手が刀へ掛かる。

 

 俺も柄を握った。

 

 ほとんど同時に、互いの刃が向かい合う。

 

 更木の口元には、獰猛な笑みが浮かんでいた。

 

 それを見て、俺の口元にも自然と笑みが浮かぶ。

 

 何百年もの時を隔てて、もう一度、更木剣八との斬り合いが始まる。

 

     ◇

 

 史上最強と言われる初代十三隊。

 

 その中で、十一番隊隊長を務め、今の十一番隊の原形を作った。

 

 山本元柳斎重國に力を買われ隊長となる前は、尸魂界史上空前絶後の大悪人。

 

 天下無数に在るあらゆる流派、あらゆる刃の流れは我が手にありと、自ら名付けた名を八千流。

 

 京楽は手元の書類へ目を落としていた。

 

「斬術の手ほどきなんて、狡い言い方して御免よ」

 

 誰に聞かせるでもなく、静かに言葉を続ける。

 

「更木隊長とあんたが一度刃を交えれば、どちらか死ぬしか無いって事は」

 

 組んだ両手の向こうで、京楽の目が細くなる。

 

「ボクも解ってた筈なのに」

 

     ◇

 

 四番隊隊舎。

 

 病室の窓辺に、虎徹勇音が一人立っていた。

 

 しばらく外を見つめていた勇音は、握りしめた一通の手紙に目を落とす。

 

 封には、卯ノ花の名があった。

 

 勇音はあふれる涙を止められない。

 

「卯ノ花隊長……」

 

     ◇

 

 十一番隊隊舎。

 

 誰もいない広い部屋へ、草鹿やちるが一人で入ってくる。

 

 奥に敷かれた座布団の上には、眼帯が一つ置かれていた。

 

 やちるが歩み寄り、それを手に取る。

 

 遠く離れた無間から、聞こえるはずのない、地を這うような轟音が響いた。

 

 手の中の眼帯を見つめたまま、やちるが小さく呟く。

 

「剣ちゃん……」

 

     ◇

 

 刃が噛み合った瞬間、無間の空気が震えた。

 

 更木は押し潰すように刀へ力を込め、そのまま俺ごと斬り伏せようと前へ出る。受け止め続ける必要はない。刃を僅かに傾けて力を横へ逃がすと、更木の刀は勢いを残したまま俺の肩口を通り過ぎた。

 

 その腕が伸び切るより先に懐へ入る。

 

 胸元へ刀を走らせると、更木は上体を捻って逃れようとしたが、間に合わない。白い死覇装が裂け、その下から血が噴き出した。

 

 でも更木は止まらない。振り抜いた勢いのまま身体を回し、横薙ぎに刀を返してくる。身を沈めて躱せば頭上を刃が通り過ぎ、その下を潜るように脇腹へ一太刀を入れる。更木は斬られた身体のまま柄頭を叩き込もうとしたが、それも半歩外して肩を斬った。

 

「ハッ!」

 

 傷が増えるほど、更木の笑みが深くなる。そのまま大きく踏み込み、今度は真っ向から刀を振り下ろした。

 

 受ける。

 

 重い。

 

 だが、覚えている。

 

 あの日、まだ幼かった更木の刀は、こんなものではなかった。

 

 刃を滑らせて軌道を逸らし、すれ違いざまに腹を斬る。

 

 更木の身体に、また一つ傷が増えた。

 

「眼帯を最初から外して来た事は褒めて差し上げましょう」

 

 更木が血に濡れた口元を吊り上げる。

 

「ですが、眼帯を外せば貴方の底はそれまで」

 

「……ハッ。言ってくれるじゃねえか」

 

 再び刃がぶつかった。

 

 そこからは、同じことの繰り返しだった。

 

 更木は前へ出る。斬られても、血を流しても、構わず俺を斬ろうとする。上段から振り下ろし、返す刀で薙ぎ払い、間合いを潰せば柄まで使う。俺はその刃を受け、外し、時には届く前に間合いそのものをずらした。

 

 そして、空いたところを斬る。

 

 何度繰り返しても、それは変わらない。

 

 更木の身体には傷が増えていく。

 

 俺には、一つもない。

 

 あの日とは違った。

 

 まだ幼かった更木と初めて刀を交えた時、こんな余裕はなかった。力も速さも反応も俺より上で、一太刀を凌ぐたびに次を考えなければ死ぬ。積み上げてきた技と経験、その全てを使って、ようやく食らいつけた相手だった。

 

 目の前にいる男からは、それが失われている。

 

「弱い」

 

 更木の刀が止まった。

 

「……俺が」

 

 低い声が落ちる。

 

「弱くなったって言いてえのか」

 

 返事を待つように、更木は俺を見ていた。

 

「ええ」

 

 更木の口元から笑みが消えた。

 

 次の瞬間、床が鳴った。

 

 今までで最も深い踏み込みから刀が振り下ろされる。受けた刃を引かず、そのまま更木の刀身を滑らせて鍔元へ寄せる。そこで手首を返すと、更木の刀が外へ弾かれた。

 

 刀は回転しながら闇の向こうへ飛び、離れた床へ突き立つ。

 

 更木は追わなかった。

 

 俺も追撃しない。

 

 一歩だけ近づき、守りの消えた首へ刃を突きつけた。

 

 無間から、音が消えた。

 

 つい先ほどまで幾度も響いていた剣戟も、床を踏み砕く音もない。

 

 更木は首元の刃にも、飛ばされた刀にも目を向けず、俺だけを見ていた。

 

「…………俺ァ」

 

 長い沈黙のあと、更木が口を開いた。

 

「あんたに憧れた」

 

 俺は何も言わなかった。

 

「木も虫も人も、何を斬っても同じだった。暗闇で一人、剣を振るのと何も変わらなかった。つまらねえ」

 

 更木の声だけが、無間に響く。

 

「あんたと戦って初めて恐怖した。初めて戦いを愉しいと感じた」

 

 その目は、目の前の俺を見ている。

 

 けれど、その言葉が向いている先は、何百年も前に刀を交えた八千流なのだろう。

 

「あんたのように戦いてえと思った」

 

 あの日のことを、俺も忘れてはいない。

 

 死体の山の上にいた子供。

 

 初めから俺より強かった子供。

 

 そして最後の一太刀だけ、ほんの僅かに鈍った刃。

 

「……そのあんたに……」

 

 更木の声が途切れる。

 

 首元には、まだ俺の刀がある。

 

 逃げようとはしない。

 

 刀を拾おうともしない。

 

「……あんたに勝てずに……」

 

 更木の顔が歪んだ。

 

「俺はここで死ぬのかよ……!」

 

 切っ先を更木の首へ突き込んだ。

 

 刃が首を深く貫き、噴き出した血が俺の羽織へ飛ぶ。

 

 巨体から力が抜け、そのまま前のめりに倒れ込んだ。

 

     ◇

 

 目を開いた更木の前へ、俺の刀が迫る。

 

 更木は反射的に身を捻った。

 

 刃が頬を裂く。

 

「……ッ!」

 

 間髪入れずに刀を振り上げてきた刀を半歩退いて躱し、返す刀で腹を斬った。

 

 更木が後ろへ下がる。

 

 首には、先ほど付き込んだはずの傷がない。

 

 けれど、更木はそこへ目を向けない。

 

 ただ俺を見ている。

 

「どうしました?」

 

「……何でもねえ」

 

 更木が刀を握り直す。

 

 その目に浮かんだ違和感が、すぐに戦いへの熱へ呑まれた。

 

     ◇

 

 またか。

 

 また意識が飛んでやがった。

 

 これで何度目だ。

 

 何度も何度も、戦いの最中で意識が飛んでは、また戦いに立ち戻る。

 

 刀が横から迫る。受け止めた瞬間、刃を押し込まれるより先に力の向きが変わり、刀ごと身体を持っていかれた。

 

 足が床を離れる。

 

 そのまま横へ吹き飛ばされ、肩から床へ叩きつけられた。勢いは止まらず、何度も転がってようやく止まる。

 

 けど、身体が止まった時にはもう床を蹴っていた。

 

 立ち上がる勢いのまま刀を構え、再び斬りかかる。

 

 意識が飛ぼうが、身体は何度でも戦いへ戻っていく。

 

 ――懐かしい。

 

 戦いは愉しいが、その最中に我を忘れたり、意識が飛んだりしたことなんざ無え。

 

 そんなことは、ただ一度。

 

 まだ名も持たず、何を、誰を斬ろうと満たされない日々の頃。

 

 何を斬ってもつまらなかった。

 

 誰を斬っても足りなかった。

 

 そんな俺の前に、初めて現れた。

 

 斬っても斬っても終わらねえ奴が。

 

 初めて、もっと斬りてえと思った。

 

 初めて、終わってほしくねえと思った。

 

 あの日だけだ。

 

     ◇

 

 更木は嬉しそうに笑い、弾かれた刀をそのまま振り上げて頭上から叩きつけてくる。半歩外へ出て躱し、空いた脇腹を斬る。それでも更木は止まらず、斬られた勢いごと身体を回して横薙ぎに刀を返してきた。

 

 身を引く。

 

 切っ先が胸元を通り過ぎた。

 

 戻ってきている。

 

 最初は、俺の刀を受けることすらできなかった。

 

 それが今は違う。

 

 更木が再び踏み込んだ。

 

 真正面から振り下ろされた刀を受け、重なる直前に刃を滑らせる。横へ逸れた刀の内側へ入り込み、そのまま胸を斬るつもりだった。

 

 更木が一歩退いた。

 

 切っ先が浅く胸を裂く。

 

 追って刀を返すと、今度は下から上がってきた刃に止められた。触れた刀を横へ流しながら肩を狙うが、更木は上体を沈め、俺の刃の下へ潜り込んでくる。

 

 更木の刀が胸元へ迫る。

 

 身体を引いた。

 

 切っ先が隊長羽織を裂いて抜けていく。

 

 初めて、届いた。

 

 何度も死線を越えるたび、更木の剣が戻っている。

 

 受けることもできなかった。

 

 避けることもできなかった。

 

 それが今は、俺へ刃を届かせた。

 

 あの日、最後に失われたものが。

 

 少しずつ、戻ってきている。

 

 更木が笑う。

 

 そして、また刀が来た。

 

 今度の刃は、先ほどより速い。

 

 振り下ろされた刀を正面から受けると、重なった刃が軋んだ。押し込もうとする更木の力をまともに受けず、身体を開きながら刀を外へ流す。そのまま横へ抜けようとしたところへ、更木が踏み込んでくる。

 

 近い。

 

 流された刀を戻すより先に、更木が肩からぶつかってくる。

 

 俺は後ろへ退かず、ぶつかる寸前に身体を半歩ずらした。肩が脇を抜けるのに合わせて刀を返し、更木の背へ斬り込む。

 

 血が散る。

 

 更木は振り返りざまに刀を振るった。身を沈めてその下へ潜り、懐へ入る。腹を横に斬り裂き、さらに首へ向けて刃を返すが、その途中で更木の刀が割り込んだ。

 

 刃同士がぶつかる。

 

 さっきよりも、早い。

 

「ハッ!」

 

 鍔迫り合いのまま更木が笑った。

 

 力任せに押し切ろうとする刀を横へ外し、空いた胸へ踏み込む。更木も同時に刀を引き戻し、互いの刃が至近距離で交差した。

 

 俺の刀が先に届く。

 

 胸から肩へ深く斬り上げると血が噴き出し、それでもすぐ後ろを更木の刀が追ってきた。上体を反らせた鼻先を刃が通り過ぎる。

 

 近づいている。

 

 ほんの少し前までなら、俺が斬った時点でそこで攻防は終わっていた。

 

 今は違う。

 

 斬られても、その先がある。

 

 更木は自分でも気づかないまま、俺の剣についてきている。

 

 あの日とは逆だ。

 

 まだ幼かった子供と斬り合った時、俺は最初から追う側だった。力も速さも、反応も、何一つ敵わない。それでも技と経験だけで食らいつき、一度見た剣を次には返しながら、どうにか離されないよう追い続けた。

 

 そして最後に、あの子の刃が僅かに鈍った。

 

 あの日、最後に閉じたものを。

 

 今は俺が、一つずつ開いている。

 

 更木が来る。

 

 刀を受けて流し、返した刃で肩を斬る。更木は身体を捻って傷を浅くし、そのまま横から刀を振り込んできた。後ろへ外れて躱した俺を追ってさらに一歩踏み込み、返す刀を今度は下から斬り上げる。

 

 二度続けて躱したところで、今度は俺から入った。

 

 踏み込みと同時に胸へ突き出した切っ先を、更木が刀の腹で外へ弾く。その勢いに逆らわず身体を回し、そのまま首へ刃を返すと、更木は上体を仰け反らせた。

 

 切っ先が首の皮を浅く裂く。

 

 次の瞬間、更木の足が床を踏み抜いた。

 

 追ってきた刀を受ける。これまでより強い衝撃が腕へ伝わり、刃を滑らせて外へ逃がしても、更木はその動きについてきた。流された先から強引に刀を返し、もう一度、肩口へ振り下ろしてくる。

 

 横へ出る。

 

 刃が羽織を掠めた。

 

 更木はそのまま床を蹴り、さらに追ってくる。

 

 楽しい。

 

 思わず、口元が緩んだ。

 

 これを待っていた。

 

 何百年も前から、ずっと。

 

 更木の刀が迫る。

 

 今度は流さず、正面から受けた。

 

 重い。

 

 けれど、まだ足りない。

 

 あの日の子供は、もっと強かった。

 

 もっと速かった。

 

 もっと――俺の剣を追い詰めた。

 

 重なった刃を押し返すと、更木の身体が僅かに開いた。その隙へ踏み込み、胸を深く斬り裂く。

 

 血が俺の頬まで飛んだ。

 

 それでも更木は刀を振り上げようとする。

 

 真横に斬り裂き、血が空に飛び散る。

 

 刀を握った手から力が抜けた。

 

 更木の身体が傾いていく。

 

 今度は、どこまで戻るだろう。

 

 倒れていく更木を見ながら、俺は刀を下ろした。

 

     ◇

 

 更木の目が開く。

 

 起き上がるより先に刀が動いた。

 

 床へ倒れたまま横から振るわれた刃を退いて躱すと、更木はその勢いで身体を起こし、踏み込んでくる。振り下ろされた刀を受けて外へ流し、返す刃で胸を狙った。

 

 更木の刀が間に入る。

 

 止められた。

 

 そのまま刃を押しつけてくる力も、先ほどより重い。

 

 俺は押し合わずに刀を傾け、力を逃がしながら横へ回る。更木も離れずについてきた。肩を狙って返した刃を受け、弾き、そのまま俺の首へ刀を走らせる。

 

 身を沈めると、頭上を刃が通り過ぎた。

 

 近い。

 

 もう、最初の頃とは比べものにならない。

 

 更木の腹へ斬り込む。刃が肉へ食い込んだところで、更木は後ろへ逃げず、逆に一歩踏み込んできた。

 

 間合いが潰れる。

 

 すぐ目の前に、更木の笑った顔があった。

 

「ハッ!」

 

 振り下ろされた刀を咄嗟に受ける。

 

 重い。

 

 足元の床が砕けた。

 

 刃を横へ滑らせ、その力を逃がしながら更木の外側へ回る。脇腹へ返した刀は浅く肉を裂いたが、更木も身体を回し、ほとんど同時に刀を振り抜いてきた。

 

 避けきれない。

 

 切っ先が肩を裂いた。

 

 熱が走る。

 

 傷口から血が流れ、白い死覇装を赤く染めていく。

 

 俺は傷へ一度だけ目を向けた。

 

 届いた。

 

 さっきは羽織だけだった。

 

 今度は、俺を斬った。

 

 胸の奥が熱くなる。

 

 ずっと待っていたものが、目の前まで来ている。

 

 更木が再び踏み込む。

 

 俺も前へ出た。

 

 正面から重なった刀を滑らせ、そのまま互いに身体を入れ替える。振り向きざまに首を狙った刃を更木が受け、返された刀を俺も受ける。弾いて斬る。躱される。追って返した刃も止められ、その直後には更木の刀が俺の胸元へ迫っていた。

 

 身体を捻る。

 

 刃が脇腹を裂いた。

 

 血が散る。

 

 それでも、笑みが消えない。

 

 あの日の子供が近づいてくる。

 

 力も。

 

 速さも。

 

 俺の刀へ食らいついてくる、その感覚も。

 

 更木が大きく踏み込んだ。

 

 振り下ろされた刀を受けた瞬間、腕が沈む。流そうと刃を傾けたが、更木はその動きより先に踏み込みを深くし、逃がすはずだった力ごと俺へ押し込んできた。

 

 なら、流さない。

 

 正面から押し返す。

 

 二つの刀が軋み、更木の笑みがさらに深くなった。

 

 次の瞬間、互いに刃を外した。

 

 俺は首へ。

 

 更木も刀を振るう。

 

 同時に踏み込む。

 

 俺の切っ先が更木の頬を裂いた。

 

 その直後、首筋に刃が食い込んだ。

 

 肩口まで深く斬り裂かれ、血が噴き出す。

 

 深い。

 

 それでも、俺は更木から目を逸らさなかった。

 

 戻った。

 

 あの日の子供が、ようやくここまで。

 

     ◇

 

 入った。

 

 刃が首筋へ食い込み、そのまま肩口まで深く斬り裂いた。

 

 血が噴き出す。

 

 確かな手応えがあった。

 

 今のは浅くねえ。

 

 殺った。

 

 そう思った。

 

「死んだと思いましたね?」

 

「…………」

 

 傷口へ自ら指を突き込み、そのまま回道を流し込んでいる。

 

 裂けた肉が塞がっていく。

 

「私が何の為に回道を修めたか、貴方が知らぬ筈は無いでしょうに」

 

 思わず笑みが溢れた。

 

 死なねえ。

 

 あんたは、まだ死なねえ。

 

 だったら――まだ斬れる。

 

 傷が塞がるのを待つ必要もなかった。

 

 踏み込んで刀を振り下ろすと、回道を使ったまま俺の刃を受けた。重なった刀を力任せに押し込むが、刃を滑らされ、身体ごと横へ抜けられる。

 

 すぐに追う。

 

 振り向きざまに薙いだ刀を躱され、そのまま返ってきた刃を受け止める。弾いて踏み込み、今度は首へ振るう。刀がぶつかり、甲高い音が無間に響いた。

 

 近い。

 

 顔を上げれば、すぐ目の前にあんたがいる。

 

 斬っても死なねえ。

 

 殺しても終わらねえ。

 

 まだ斬れる。

 

 まだ戦える。

 

 腹の底から、何かが込み上げてきた。

 

「ハハッ……!」

 

 抑えられねえ。

 

「ハハハハハハハハッ!!」

 

 刀を握る手に、さらに力が籠もる。

 

 愉しい。

 

 こんなに愉しい戦いが、まだ終わらねえ。

 

     ◇

 

 笑い声が無間に響く。

 

 更木が踏み込み、刀を振り下ろした。

 

 受けた瞬間、腕へ伝わる重みがそれまでとは違う。刃を傾けて横へ流そうとすると、更木は逃げる力の向きに合わせて踏み込み、刀を押しつけたまま身体ごと追ってきた。

 

 俺は足を引かず、刀を滑らせながら半身になる。肩口を抜けた刃の脇へ入り、そのまま胴へ刀を返した。

 

 更木が受ける。

 

 ぶつかった刃を押し返され、その勢いから更木の刀が跳ね上がった。首を狙った一撃を身を反らして躱し、空いた胸へ踏み込もうとする。

 

 その前に、更木も前へ出た。

 

 間合いが潰れ、横から刀が迫る。

 

 受けて外へ流す。

 

 重い。

 

 それでも、まだ押し返せる。

 

 刃を弾き、更木の外側へ回りながら首を狙った。更木はそれを受け、今度は俺の刀を外へ弾く。そのまま踏み込み、返された刃が頬を掠めた。

 

 血が一筋、頬を伝う。

 

「ハハハハハッ!!」

 

 更木が笑っている。

 

 俺も笑っていた。

 

 戻った。

 

 さっき首筋へ受けた一太刀だけではない。

 

 今、目の前で振るわれている剣そのものが、俺の知っているものへ戻っている。

 

 更木が床を蹴った。

 

 俺も同時に踏み込む。

 

 真正面から刀がぶつかり、衝撃で足元の床が砕ける。押し込まれる力を受けながら刃を滑らせ、更木の刀を外へ流した。そのまま首へ返した刀を受けられ、すぐに弾き返される。

 

 更木は止まらない。

 

 弾かれた刀をそのまま返し、斜め下から胴を狙ってくる。半歩退いて躱すと、その分だけ踏み込んで間合いを詰めてきた。

 

 速い。

 

 あの日の子供が振るっていた剣だ。

 

 けれど、あの頃とは違う。

 

 俺が違う。

 

 あの頃は、この剣に追いつくだけで精一杯だった。

 

 一度見た剣を次には返し、持っている技と経験のすべてを使って、それでも離されないよう食らいついた。

 

 それから何百年も経った。

 

 俺はその間も、剣を振り続けてきた。

 

 更木の刀が迫る。

 

 振り下ろされる刃へこちらから刀を合わせ、触れた瞬間に力を横へ逃がす。更木の身体が僅かに開いたところへ踏み込み、胸を狙って刀を走らせた。

 

 刃が間に入る。

 

 止められた。

 

 なら、その先へ。

 

 触れた刃を押さえながら身体を入れ替え、刀を滑らせて首へ返す。更木は頭を傾けて躱し、切っ先が頬を浅く裂いた。

 

 直後、更木の刀が腹へ迫る。

 

 身体を捻ると、刃が死覇装を裂いて抜けた。

 

 互いに振り向く。

 

 更木はもう来ている。

 

 振り下ろされた刀を受け、横へ流したところへ次の一撃が返ってくる。今度は流さず押し返し、空いた肩へ刀を振るうが、それも更木の刃に止められた。

 

 斬る。

 

 受けられる。

 

 返される。

 

 躱して、また斬る。

 

 今まで俺だけが繋いでいた攻防が、途切れない。

 

 更木がついてくる。

 

 胸の奥が熱くなった。

 

 ようやく戻ってきた。

 

 何百年も前。

 

 俺が超えると決めた、あの子の剣が。

 

 あの日は、最後まで届かなかった。

 

 だから剣を振った。

 

 もっと強くなるために。

 

 そして今、もう一度この剣が目の前にある。

 

 今度こそ。

 

 俺の剣で――超える。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

その菊、手折られず(作者:もちがゆ)(原作:BLEACH)

もしも、少女乱菊さんがヨン様の部下に魂魄を奪われなかったら……という妄想を元に、原作知識まで持たせて大暴れしてもらい、遂には卍解に至……ったらいいなぁという内容。▼憑依と言うか人格混ざっちゃって本来の乱菊さんとはかけ離れてます。


総合評価:2594/評価:8.62/連載:28話/更新日時:2026年09月14日(月) 19:26 小説情報

転生したら初代護廷十三隊だった件(作者:宇川ゆうたろう)(原作:BLEACH)

なんやかんやで死んで転生したら初代護廷十三隊でした。原作開始まであと1000年!?長すぎんだよクソが!!▼初代護廷十三隊隊長の一人・王途川雨緒紀に転生してしまった主人公が、殺伐とした他メンバーにだんだん染まっていき倫理観×、霊圧◎、才能◎、斬魄刀◎、原作知識◎の圧倒的強さで敵を倒していくお話です。▼毎週火曜日19時に投稿してます。▼注:初代護廷十三隊メンバー…


総合評価:2341/評価:7.9/連載:13話/更新日時:2026年09月29日(火) 19:00 小説情報

TS憑依ゼンゼ(作者:TS好き)(原作:葬送のフリーレン)

幼少期のゼンゼに憑依した。▼とりあえず、死なないように頑張ろう。


総合評価:1898/評価:8.06/連載:15話/更新日時:2026年08月22日(土) 20:13 小説情報

日向ヒカゲ忍法帖(作者:鍋川太一)(原作:NARUTO)

 NARUTOの世界に転生した、男の物語。木の葉の名門に生まれた彼の運命やいかに?▼ 作者の独自解釈がてんこ盛りです。主人公はいろんな事に疑問を抱いている。苦手な方は戻って下さいな。▼ NARUTOを読んでいないと分かりづらいと思います▼ 続かないかも知れないし続くかもしれない。


総合評価:3103/評価:7.78/連載:55話/更新日時:2026年10月05日(月) 19:00 小説情報

伏黒恵に転生したから魔虚羅をブン殴る(作者:鈍い)(原作:呪術廻戦)

呪術廻戦の伏黒恵に転生した男が魔虚羅をブン殴る話。▼今作は何番煎じかも分からない伏黒恵転生モノです。


総合評価:3814/評価:7.9/連載:23話/更新日時:2026年09月20日(日) 19:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>