BLEACHの世界に転生した俺は、初代剣八になるらしい 作:まいちー
俺の剣で――超える。
更木が床を蹴り、真正面から刀を振り下ろしてきた。刃を合わせて力を横へ逃がし、その外側へ回りながら脇腹を斬る。
肉を断つ感触が手に伝わった。
それでも、更木は止まらない。
斬られた勢いのまま身体を回し、横薙ぎに刀を返してくる。身を沈めると、頭上を刃が通り過ぎた。
近い。
けれど、それが嬉しかった。
あの頃は、こうして一太刀を躱すだけで精一杯だった。
今は、その先へ行ける。
腹へ迫った刀を受け、重なった刃が軋んだ。
重い。
だが、流せる。
刃を僅かに傾けると、更木の力が横へ抜けていく。その流れに合わせて身体を入れ替え、空いた肩へ刀を返した。
刃が肉を裂く。
更木は退かない。肩から血を流したまま振り抜き、こちらが外した先へさらに踏み込んでくる。
もう一度、刀が重なった。
「ハハッ!」
更木が笑っている。
俺も笑っていた。
ようやく、あの子の剣ともう一度斬り合えている。
懐かしさはある。けれど、あの頃と同じではない。
更木の刀を流して返すと、すぐに受けられた。弾かれた刃を引き戻さず、その勢いのまま次の一太刀へ繋げていく。
今なら、この剣の先へ行ける。
◇
刃がぶつかり、すぐ近くで顔が見える。
笑ってやがる。
振り下ろした刀が、横へ外された。
流された方向へそのまま踏み込み、身体を回してもう一度振るう。
ほんの少し刃を触れられただけで、俺の刀はあらぬ方向へ流された。
すぐに切り返す。
何だ、これは。
刀を振るたび、身体のどこかに引っ掛かっていたものが消えていく。
踏み込みたいところへ足が出て、斬りたいところへ刀が行く。目で追った場所へ身体は遅れずについてくる。
胸へ刃が来た。
力任せに弾くと、刀が外へ飛ぶ。そこへ踏み込んだ瞬間、飛ばしたはずの刃が弧を描いて戻ってきた。
肩が裂け、血が噴く。
今まで感じたことがないほど、体が軽い。
なのに、あんたの剣は踊るように。
まるで俺をあやしているかのような。
斬られた肩ごと刀を振り下ろすと、脇へ抜けられた。すぐに身体を回し、逃げる背へ刃を返す。振り向きざまに受けられ、そのまま滑った刀が首へ来た。
身を反らす。
切っ先が喉の前を通った。
笑いが出る。
ああーーとける。
とけてゆく。
楽しい。
これはなんだ。
違う。
何もかも。
何もかもが違うんだ。
返ってきた刃を弾けば、その力まで使ってまた斬ってくる。追いつけば次が来る。
崩したと思ったところから、今までと違う剣が返ってくる。
ああ。
そうか。
今まで俺は眠っていたのか。
眠ったままただ只管に、あんたとのこのやりとりを夢の中でなぞっていたんだ。
誰と斬っても足りなかった。
強え奴を見つけりゃ斬った。斬って、斬って、もっと強え奴を探した。それでも、どこか違った。
ずっと――このやりとりに名はないものと思っていた。
ただ刀を振って、斬って、斬られて、それが愉しいだけだと思っていた。
目の前からまた刀が来る。
受ける。
重なった刃の向こうで、あんたが笑ってる。
今、あんたのお陰で、俺はようやく知ることができたんだ。
ありがとう。
これが――
これが――
◇
更木の刀を受け、横へ流す。その脇を抜けながら斬り返すと、更木もすぐに刀を返してきた。
刃を合わせる。
押し込まれる前に力を横へ逃がし、もう一度斬り込む。受けられ、弾かれたところへ次の刃が迫り、腹を裂かれた。
傷口へ回道を流す。
斬られても治せれば、もっと戦える。
あの日、そう思って覚えたものを、今こうして更木との斬り合いに使っている。
傷が塞がるより先に、更木が来た。
振り下ろされた刀を流し、空いた脇腹を斬る。更木は血を散らしながら刀を返し、俺が次へ繋ごうとするたびに、力任せの一撃と踏み込みでその流れを崩してくる。
弾かれたなら、その位置から返す。間合いを潰されたなら、崩れた身体のまま次へ繋ぐ。
それでも互いの刃は何度も身体を捉えた。更木の刀が肩口を裂き、俺の刀も更木の胸を斬る。
「ハハッ!」
血を流しながら踏み込んでくる更木を迎え、再び刀を重ねる。弾かれても止めず、その位置から次へ繋いだ。
更木の動きの全てを、少しずつ俺の剣へ組み込んでいく。
数百年前の新太との斬り合いの中で、俺は最後まで新太の剣を見誤っていた。
流された刀を戻さないことも、崩された身体から次へ繋げることも。俺が斬ったことも、避けたことも、追ったことも、自分で選んだはずの一歩まで。
すべて、あの人の剣の中にあった。
「…………」
更木が来る。
振り下ろされた刀を受けて僅かに外へ流すが、更木はそのまま踏み込んでくる。追ってきた刃を躱しながら半歩退いて胸を空けると、そこへ更木の刀が来た。
受けた刀ごと力任せに弾かれ、身体が横へ流れる。その勢いには逆らわず、流された場所から刀を返した。
更木はそれを受け、今度も押し返してくる。
俺は逆らわなかった。
更木が選んだ動きの先へ、自分の剣を繋いでいく。
まだ何も起きない。
それでいい。
新太も、一太刀であの場所を作ったわけではなかった。
更木は自分で斬っている。自分で追い、自分で躱し、自分で踏む場所を選んでいる。
俺はただ、その一つ一つを残していく。
何合か先で使うためではない。どこへ繋がるのかも、まだ決めない。
更木が選び続ける限り、そのすべてが剣の中に残る。
「ハハハッ!」
俺の刀が大きく弾かれ、身体が開いたところへ更木が踏み込んでくる。
「――っ」
速い。
想定していた場所より僅かに内側まで入られ、刀を返すための間合いが潰れた。咄嗟に足を外へ置いて身体を開き、その刃を躱しながら更木の横を抜ける。
振り向きざまに刀を返すと、更木も振り向いた。刃がぶつかり、またこちらの刀が弾かれる。
「…………」
更木は俺の剣を読んでいるわけではない。流れから逃れようとしているわけでもない。
ただ斬りたいから踏み込んでくる。
届くなら振る。届かなければ、届くところまで来る。
それだけの動きが、俺の作った流れを次々と違う形へ変えていく。
更木が弾けば、崩された位置からまた繋げる。
本来、相手の動きを剣へ組み込むことで、一太刀ごとに選べる場所は少なくなっていく。
けれど、更木は違う。
こちらが残した流れを、力と本能だけで踏み越えてくる。そのたびに、俺の剣になかった場所へ立つ。
「…………」
口元が緩んだ。
なら。
それも入れればいい。
更木が俺の剣を崩しえるという結果まで。そこから生まれた俺の足の位置も、変わった間合いも、更木が次に振るう刃も。
全部。
もう一度、剣の中へ組み込めばいい。
更木が踏み込んでくる。
振り下ろされた刀を受けて外へ流そうとした瞬間、更木は重なった刃ごと力任せに振り抜いた。
腕へ凄まじい衝撃が走り、受けた刀ごと身体が弾き飛ばされる。足が床を離れ、無間の中を後方へ飛ばされながら身体を捻ると、背後に巨大な柱が迫っていた。
両足を柱へつき、勢いを受け止める。足元の石が砕けるのと同時に膝を沈め、そのまま柱を蹴った。
更木が顔を上げる。
空中から一気に間合いを詰め、落下する勢いを乗せて刀を振り下ろすと、更木も下から刀を振り上げた。
刃が激突し、衝撃が無間に響く。
空中で身体を押し返されながら、その力に逆らわず宙で身を返す。更木から距離を取った場所へ着地し、刀を下げたまま顔を上げた。
離れた場所で、更木もこちらを見ている。
ほんの僅かな静寂が落ちた。
肩で息をしているわけでもない。傷を気にする様子もない。ただ刀を握り、こちらを見ている。
その顔が、今までとは違って見えた。
何かが剥がれ落ちたような。
いや。
違う。
あれが元から、この男の中にあったものなのだ。
◇
更木が床を蹴る。
俺も前へ出た。
振り下ろされた刀を受け、刃を傾けて横へ流す。更木は流された先へ踏み込みながら刀を返し、俺はそれを躱して脇腹へ斬り返した。
浅く肉を裂く。
更木は構わず振り向き、刀を薙いでくる。
受ける。
刃が重なった。
――なぁ、あんた。
力任せに押し込まれる前に刀を滑らせ、外へ流す。更木はすぐに追い、離れかけた間合いを一歩で潰してきた。
返された刃を受ける。
互いの顔が近づく。
――気づいていたか。
刀を弾き、今度はこちらから踏み込んだ。
更木の肩へ振り下ろした刃を受けられ、そのまま押し返される。後ろへ流れた足を踏み直すと、もう更木が間合いへ入っていた。
迫る刀へ刃を合わせ、横へ流す。
更木も止まらない。
流された刀を返しながら、さらに一歩踏み込んでくる。
――俺は戦いが好きだ。
その刃を受け、重なったところから滑らせるように外す。空いた内側へ入ろうとすると、更木もこちらへ身体を向け、再び刀がぶつかった。
――好きなんだ。
押し合うのは一瞬だった。
俺が力を横へ逃がすと、更木の身体が僅かに流れる。そのまま互いに離れ、数歩の距離が開いた。
更木がこちらを見る。
俺も刀を下げない。
短い静寂のあと、更木がまた床を蹴った。
――自分じゃア、どうにもならねえほどなんだ。
俺も踏み込み、その刀を迎えた。
◇
刀がぶつかる。
あんたは何も言わねえ。
なのに、分かる。
さっきまで俺が刀に乗せて叩きつけていたものへ、今度はあんたの剣が返してくる。
――ええ。
重なった刃を横へ外される。
そのまま踏み込んで刀を返す。半歩ずれて受けられ、さらに力を込めたところで刃が滑った。
――気づいていましたよ。
身体が前へ流れる。
足を踏み出して追えば、胸へ刃が来た。受けて弾き、その勢いのまま斬り返す。
再び刃が重なる。
――きっと、貴方よりもずっと前から。
刀を振る。
受けられる。
流された先へ踏み込み、返ってきた刃を弾く。
何度斬っても、その先にまた剣がある。
――ねえ、更木剣八。
振り下ろした刀を受けられる。
押し込む。
重なった刃を僅かに傾けられ、力が横へ流れた。その先へ踏み込んで刀を返すと、今度は正面から刃がぶつかる。
――私は、永遠に戦いを愉しむ為、自らを癒す術を身につけた。
弾く。
離れたところへ踏み込み、もう一度斬る。
受けられた刃が滑り、そのまま脇へ抜けられる。振り向けば、もう次の刀が来ていた。
受けて、押し返す。
互いの刀が離れ、数歩の距離が開いた。
――だけど、私は今、確信しています。
すぐに床を蹴る。
向こうも同時に踏み込んだ。
真正面から刃がぶつかり、衝撃が腕を伝う。押し切ろうと力を込めた瞬間、刀を外へ流される。
崩れた身体のまま、さらに一歩踏み込む。
返ってきた刃を受け止めた。
◇
――もっとだ。
目の前にいるあんたへ、俺はまた刀を振った。
振り下ろした刃を受けられ、横へ外される。流された先へそのまま踏み込み、返ってきた刀を弾いて、空いたところへもう一度斬り込んだ。
届かねえ。
なら、もう一歩踏み込めばいい。
刀を返せば受けられ、弾けばまた次の刃が来る。そのたびに身体を動かし、目の前に見えたところへ刀を振るった。
さっきからずっと、それを繰り返している。
それなのに飽きるどころか、身体はますます軽くなっていくようだった。
愉しい。
まだ斬れる。まだ追える。
どれだけ斬り込んでも、その先には必ず次の剣がある。
外された刃を力任せに返し、空いたところへ踏み込む。すぐに刀が来たが、それも弾いた。
その先が開く。
迷わず足を出した。
今度は届く。
そう思って刀を振り下ろした瞬間、目の前にいたあんたが僅かに位置を変えた。
大きく躱したわけじゃねえ。
ほんの一歩にも満たない動きで俺の刃を外し、そのまま懐へ入ってくる。
避ける。
そう思った。
なのに、身体が動かねえ。
「――ッ」
足が止まっているわけじゃない。力が抜けたわけでもねえ。
踏み込んだ足。振り切った腕。捻った腰。
全部が今の一太刀に使い切られていて、次へ動くための何かが一つも残っていない。
刀を戻そうとしても遅い。身体を捻ろうとしても、その前に刃が来る。
何でこうなったのかなんて分からねえ。
ただ、さっきまでならどんな体勢からでも次の一太刀を振れたはずなのに、今だけは動けなかった。
目の前には、もう刃がある。
それを見て、笑いが込み上げた。
こんなところまで連れてきやがった。
それでも刀を振ろうとした。
その腕が動き切るより早く、刃が胸を走る。
熱が身体の奥まで突き抜け、足から力が抜けた。視界が大きく傾いていく中でも、頭に残っていたのは一つだけだった。
まだ斬りてえ。
そのまま、意識が途切れた。
◇
切っ先が、目の前にあった。
考えるより先に身体を捻る。
刃が鼻先を抜け、そのまま踏み込んで刀を振り上げた。
受けられる。
力任せに押し返し、さらに一歩踏み込む。返した刀を横へ流されても止まらず、その先へ足を運んでもう一度斬り込んだ。
そこで、振り上げた腕が目に入った。
片腕が、剥き出しになっている。
死覇装は肩口から大きく斬り裂かれ、残った布が動くたびに揺れていた。
俺は斬られていたのか。
一瞬そう思ったが、すぐにどうでもよくなった。
腕は動く。
なら、まだ斬れる。
振り下ろした刀を受けられ、横へ流される。そのまま身体ごと返して追えば、今度は正面から刃がぶつかった。
押し込む。
また流される。
その先へ踏み込んで、斬る。
身体は動く。
むしろ、今までにねえほど動く。
かつてなく高揚し、肉体は躍動している。
それでも。
足りない。
あんたに届かない。
もっとだ。
今より強く斬ればいい。
踏み込み、振り下ろした刀は、添えられた刃先に流され、僅かに身体をずらされた。
力が抜ける。
そのまま刀を返され、肩口に痛みが走る。
身体を沈めたまま、下から斬り上げる。俺の刀は、半歩退いて外され、すぐに間合いを詰め直された。
また刀がぶつかる。
もっと強く。
もっと速く。
今の俺なら、まだ先へ行ける。
そう思って力を込めた、その時だった。
――剣八。
「…………」
刀を押し込んだまま、目だけが僅かに動いた。
何だ。
今の声は。
重なっていた刃が外される。
すぐに追って刀を返すと、今度は正面から受け止められた。
――更木の剣八。
まただ。
誰だ。
誰が俺を呼びやがる。
目の前にいるあんたじゃねえ。
声はもっと近い。
すぐ傍どころじゃねえ。
刀を握る手へ力を込めた瞬間、その声がもう一度響いた。
――ようやく届いたのですね。
――私の声が。
視線が、一瞬だけ、手の中の刀へ落ちた。
斬るために握り、斬るために振ってきた。
それ以外の何かがあるなんて、考えたこともなかった。
だが今は、その刀から声がする。
――お前を、誰よりも長く。
――誰よりも近くで。
――ずっと見てきた、私の声が。
刃が迫ってくる。
反射的に刀を上げ、迫った刃を受け止めた。
衝撃が腕を抜ける。
それでも、もう声は途切れなかった。
――初めまして、更木剣八。
重なった刃の向こうには、あんたがいる。
手の中には、ずっと握ってきた刀がある。
――私の名は
◇
更木の刀が、俺の刀を押し返した。
力を横へ逃がしながら身体をずらし、空いた脇腹へ斬り返す。
更木は刀を落として受けた。
刃がぶつかる。
そのまま押し合うことはせず、刀を滑らせて外へ抜ける。更木がすぐに追い、振り返った俺へ横薙ぎの一撃を叩き込んできた。
受け流す。
返す。
更木も受ける。
また刃が離れた。
それでも、何かが違う。
更木の視線が一度だけ、手にした刀へ落ちた。
ほんの一瞬。
すぐに俺へ戻り、また踏み込んでくる。
振り下ろされた刃を受ける。
重い。
刀を傾けて外へ流すと、更木はそのまま身体を回し、流された刀を返してきた。
俺も刀を返す。
刃がぶつかった。
「呑め――」
更木が重なった刀を力任せに弾いた。
俺の刃が外へ流れる。
そこへ踏み込んでくる。
「『野晒』」
振り下ろされる途中で、刀が姿を変えた。
巨大な刃が迫る。
受けて、流す。
そう判断した。
刃を合わせた瞬間、それが間違いだったと分かった。
「――っ!」
流れない。
傾けた刀ごと押し切られ、野晒の刃が肩口から身体へ食い込んだ。
そのまま斬り抜かれる。
血が噴き、身体が床へ叩きつけられた。
石床が砕ける。
視界を上げると、更木はもう野晒を振り上げていた。
次が来る。
床へついた足を引き寄せ、踏み込んでくる更木へ向けて身体を跳ね起こす。
傷口から血が散った。
同時に回道を流す。
治し切る必要はない。
刀を振れるだけでいい。
振り下ろされる野晒を見上げながら、俺も刀を振り上げた。
「肉雫唼」
名を呼ぶと、手の中の刀が形を変える。
湾曲した刃を、迫る野晒へ合わせた。
刃がぶつかった瞬間、肉雫唼の湾曲した刀身へ野晒の刃を滑らせる。
先ほどは流せなかった重みが、今度は僅かに横へ逸れた。身体をずらしながらさらに刃を滑らせると、野晒は俺の肩口を掠め、そのまま石床へ叩き込まれる。
轟音が無間を震わせ、野晒が叩き込まれた片側の石床が、視界の果てまで一斉に砕け散った。
その中へ踏み込む。
床へ落ちた野晒が持ち上がるより先に更木の懐へ入り、肉雫唼を横へ走らせる。更木は柄を引き寄せ、巨大な刀身を割り込ませて俺の刃を受けた。
触れたところから肉雫唼を滑らせる。
押し合う必要はない。
湾曲した刃が野晒の外側を回り、そのまま更木の肩口へ向かう。
だが、更木は野晒を引かなかった。
肉雫唼が肩口を斬り裂くのも構わず、巨大な刀身を振り抜き、こちらまでまとめて薙ぎ払おうとしてくる。
「――っ」
身を沈めると、頭上を野晒が通過した。刃そのものには触れていないのに、巻き起こった風圧だけで髪が大きく煽られる。
片手を床につき、四つん這いに近い姿勢まで沈む。
その頭上を野晒が振り抜かれていく。
身体は起こさない。
すれ違う更木の脇腹へ、低い位置から肉雫唼を突き込んだ。
刃が深く入る。
そのまま柄を引き下ろした。
肉雫唼の刃が脇腹から下へ走り、傷口を大きく斬り開く。溢れた血が、低い位置にいる俺へ降りかかった。
それでも更木は止まらない。
振り抜いた野晒を引き戻し、低い位置にいる俺へ巨大な刃を叩き下ろしてきた。
床についた手で身体を押し出し、野晒の下から転がるように抜ける。
直後、巨大な刃が落ちた。
既に砕けた床へ野晒が食い込み、残っていた石塊まで粉々に弾け飛ぶ。
その破片の間を抜けながら立ち上がる。
更木も野晒を持ち上げた。
脇腹から血を流れ続けている。内臓まで見えるほどの重傷。それでも傷へ目を向けることすらない。
ただ俺を見ている。
次に斬る場所だけを見ている。
更木が踏み込んだ。
今度は横から野晒が来る。
肉雫唼を合わせた瞬間、腕へ凄まじい重みが叩き込まれた。刀身を滑らせ、身体を回しながら力を外へ逃がしていく。
先ほどよりも速い。
重さも増している。
それでも、流せる。
野晒が身体の脇を抜ける。
そのまま更木の横へ踏み込み、肉雫唼を返そうとした。
更木の足が、さらに一歩前へ出た。
「――」
間合いがずれる。
俺の刃が届くはずだった場所から、更木の身体が外れた。
狙って外したわけでも、俺の剣を読んだわけでもない。
ただ、もっと斬りたいから前へ出た。
それだけの一歩だった。
けれど、その一歩で俺の剣が崩れる。
更木は振り抜いた野晒をそのまま返した。
巨大な刃が迫る。
崩れた足の位置を直す暇はない。
なら、直さない。
外れた肉雫唼の切っ先を戻さず、身体を沈めながら柄を引く。湾曲した刀身が更木の野晒へ触れ、その軌道を僅かに押し上げた。
刃が頬をを掠めて通り過ぎる。
その下から更木を見る。
まただ。
俺が作った流れから、更木は外れる。
ただ斬るために動いた結果、そこから外れていく。
以前なら、それで一度途切れていた。
今は違う。
更木が俺の剣を壊した、その結果が残っている。
崩れた足の位置も、変わった間合いも、そこから更木が選んだ次の一太刀も。
もう、流れの外にはない。
胸の奥が熱くなる。
更木が振り向いた。
俺も肉雫唼を構え直す。
まだ先がある。
俺の剣にも。
更木の剣にも。
更木が野晒を握り直した。
俺も肉雫唼を構える。
次にどちらが踏み込むのか、それを決めるための間は長くは続かなかった。
同時に床を蹴る。
野晒が振り上げられ、肉雫唼がその刃へ向かう。
今度は、外されることも、崩されることも最初から剣の中にある。
だから、その先まで斬れる。
巨大な刃と湾曲した刃が激突した。
轟音が響く。
足元に残っていた石床が砕け、衝撃が無間の奥へ走っていく。
押し込まれる。
肉雫唼を握る手は緩めていない。
だが、野晒から迸る斬撃を流しきれなかった。
衝撃が身体を走り、肩口から二の腕にかけて死覇装ごと肉が削られる。血が噴き出した。
野晒の向こうで、更木が笑っていた。