BLEACHの世界に転生した俺は、初代剣八になるらしい 作:まいちー
戦争が終わってから、瀞霊廷には長い復旧の日々が続いた。
崩れた隊舎を建て直し、砕けた石畳を敷き直し、戦いの最中には後回しにするしかなかった仕事を一つずつ片付けていく。戦場から戻った者たちの傷が癒えても、失われた建物や物資、人員まで元通りになるわけではなく、護廷十三隊は戦うこととは別の忙しさに追われていた。
それでも、時間が経てば景色は少しずつ変わっていく。
四番隊の廊下を担架が行き交うことは減り、空かなかった病床にも余裕ができた。夜半に何度も叩き起こされていた隊士たちがまとまった睡眠を取れるようになり、薬品と血の匂いが染みついていた隊舎にも、いつしか開け放した窓から庭の草木の匂いが入ってくるようになった。
「卯ノ花隊長」
「はい」
隊長室へ入ってきた勇音が、一枚の書類を差し出した。
「十一番隊からです」
「またですか?」
「……はい」
返事を聞いた時点で、大体の内容は想像できた。
書類へ目を落とす。訓練中の負傷者一名。右腕骨折、頭部裂傷。
「戦争が終わって、それほど経っていないのですが」
「私も同じことを申し上げました」
「それで?」
「笑われました」
「そうですか」
さすが十一番隊である。
ほどなくして運び込まれてきた隊士は、折れた腕を抱えながらも妙に満足そうな顔をしていた。俺が近づくとさすがに表情を引き締めたものの、治療を始める前から視線が自分の斬魄刀へ向いている。
「しばらく刀は振らないように」
「はい!」
返事だけはいい。
折れた骨を正しい位置へ戻してから回道を流すと、男の顔が盛大に歪んだ。
「ぐっ……!」
「痛みますか?」
「だ、大丈夫です!」
治療を終えた隊士は、動くようになった腕を確かめながら何度も頭を下げた。
「ありがとうございます、卯ノ花隊長!」
「しばらく刀は振らないようにしてくださいね」
「はい!」
返事だけはいい。
「治ったからといって、明日から稽古を始めたりしないように」
「も、もちろんです!」
「もしまた同じところを折って運ばれてきたら、次は少し痛く治しましょうか」
「えっ」
隊士の顔が固まった。
少し間を置く。
「冗談ですよ」
「…………」
どうやら、信じてもらえていないらしい。
傍らにいた勇音も、なぜか何も言わなかった。
隊士が出ていったあと、ふと黒崎一護のことを思い出した。
戦いが終わって間もない頃、現世へ戻る彼らを見送った時のことだ。
◇
「卯ノ花さん」
黒腔へ向かおうとしていた一護が、ふと思い出したように振り返った。
「はい?」
「今度来た時、俺にも剣を教えてくれねえか?」
「私が、ですか?」
「ああ。俺ももっと強くなりてえ」
「いいですよ」
「本当か?」
「ええ。ただ、その時は織姫さんも連れてきてくださいね」
「え?」
一護が目を瞬いた。
俺を見て、少し離れたところにいる織姫を見て、それからもう一度こちらを見る。
「…………」
「冗談ですよ」
「……絶対、冗談じゃねえだろ」
「ふふ」
その後ろでは、突然名前を出された織姫が不思議そうにこちらを見ていた。
「では、また今度」
「ああ。また来る」
一護はまだ少し疑わしそうな顔をしていたが、最後には笑って手を上げた。
黒腔の向こうへ一護たちの姿が消えるまで見送った。
◇
一番隊の隊舎を出た京楽春水は、七緒を連れて瀞霊廷の中を歩いていた。
戦いの爪痕は、まだ至るところに残っている。新しく敷き直された石畳の隣には砕けたままの道があり、建て直しの始まった隊舎の向こうでは、瓦礫を運ぶ隊士たちが声を掛け合っていた。
「ずいぶん戻ってきたねえ」
「はい。予定より早く進んでいる箇所もあります」
「みんな働き者だねえ。僕も見習わないと」
「ぜひ、そうしてください」
「……そこは否定してくれてもいいんじゃない?」
七緒は答えなかった。
「七緒ちゃん?」
「次は七番隊です」
「はいはい」
京楽が苦笑しながら歩いていると、向こうから来た隊士たちが足を止めた。
「京楽総隊長」
「ああ、ご苦労さん」
自然に返事をして、そのまますれ違う。
数歩進んだところで、京楽はふと足を緩めた。少し前まで、その呼び方は自分のものではなかった。
「総隊長?」
「いや。何でもないよ」
笠を僅かに上げる。
修復された建物の向こうには、まだ崩れたままの壁が見えていた。その手前を何人もの隊士が行き交い、資材を運び、声を掛け合っている。
全部が元通りになったわけではない。それでも、瀞霊廷は少しずつ先へ進んでいる。
「さ、行こうか」
「はい」
京楽は再び歩き出し、七緒もその隣を歩いていった。
◇
十番隊では、日番谷が隊長室へ戻るなり足を止めた。
机の上に、出る前にはなかった書類が積まれている。
「……松本」
返事がない。
「松本!」
「はいはい、いますよー」
隣室から乱菊が顔を出した。
「これは何だ」
「今日の分です」
「今日の分をなんで全部俺の机に置いてんだ!」
「隊長の判が必要なものを選んでおきました」
「この量全部か!?」
「大丈夫です。隊長ならすぐ終わりますって」
「お前の仕事まで混ざってんだろ!」
乱菊が目を逸らした。
「…………」
「…………」
「松本」
「お茶淹れてきますね!」
「待て!」
乱菊はさっさと隣室へ引っ込んでいった。
日番谷はしばらくその入口を睨んでいたが、やがて諦めたように椅子へ座る。
「ったく……」
文句を言いながら、一番上の書類を取った。
隣室からは、何事もなかったように鼻歌が聞こえていた。
◇
十一番隊では、別の意味で騒ぎが起きていた。
「隊長どこ行った!?」
「知らねえよ!」
「朝から見てねえぞ!」
「その辺で寝てんじゃねえのか!?」
隊士たちが好き勝手なことを言いながら隊舎の中を探し回っている。誰かが訓練場を見に行き、別の誰かが屋根の上まで確認したが、更木剣八の姿はどこにもなかった。
「もう放っときゃ戻ってくんだろ」
「それもそうだな」
「腹減ったら帰ってくるだろ」
結局、捜索はそこで終わった。
十一番隊は、今日も十一番隊だった。
◇
さらに日が過ぎた。
昼過ぎ、最後の書類へ目を通して筆を置くと、向かいに立っていた勇音が書類をまとめた。
「本日の予定は以上です」
「ありがとうございます」
窓の外を見る。よく晴れていた。
「では、行ってきますね」
「はい。お気をつけて」
勇音は行き先を聞かなかった。毎年、この時期になれば俺がどこへ行くのか知っている。
「明日の夕方までには戻ります」
「承知しました。こちらのことはお気になさらず、ゆっくりしてきてください」
「急患があれば――」
「隊長」
先回りされて、口を閉じた。勇音が少し困ったように笑っている。
「毎年申し上げていますが、一日くらい私たちにお任せください」
「……そうでしたね」
「はい」
「では、今年もお願いします」
「お任せください」
隊長羽織を置き、肉雫唼だけを腰に差して隊長室を出た。
◇
瀞霊廷を離れ、流魂街を歩く。
毎年通っている道だが、景色は少しずつ変わっていた。新しい家が建つ年もあれば、去年まであった店がなくなっていることもあり、道幅さえ長い年月の中で随分変わった。
途中で食べ物と酒を買う。
新太が酒を好きだったのかどうかは、今でも知らない。昔一緒に暮らしていた頃は酒を買う余裕などなかったし、再会したあとも、そんなことをわざわざ聞かなかった。
それでも、いつからか毎年持っていくようになった。
嫌いなら飲まなければいい。そもそも死んでいるのだから、好きでも飲めない。
「…………」
考えてみれば、なぜ酒なのだろう。
来年は別のものにしてみようか。
そんなことを考えながら山道へ入る。川の音が近づき、木々の間から見慣れた場所が見えてきた。
墓石の前に腰を下ろした。
今年も、去年と変わらない。
墓石の脇へ持ってきた酒を置き、しばらくその文字を眺める。
「今年も来ましたよ、新太」
当然、返事はない。
もう何百年も、毎年こうしている。
最初の頃は、話すことなどいくらでもあった。十一番隊のこと。四番隊のこと。剣のこと。長い年月の中で、それも少しずつ変わった。
今では、その年にあったことを一つずつ話す。
「今年は、大変でした」
戦争があった。
瀞霊廷は壊れ、多くの者が傷ついた。
そして、失った者もいる。
「山本総隊長が亡くなりました」
口にしてから、少し黙った。
あの人がいなくなるなど、昔の俺なら考えもしなかっただろう。
「最後まで、山本総隊長らしい方でした」
墓石へ目を向けたまま、続ける。
「それから、とても強い相手と戦いました」
少しだけ口元が緩んだ。
「あなたにも、見せたかったですね」
あの戦いではない。
今の俺の剣を。
新太と最後に斬り合った日からも、俺はずっと刀を振ってきた。
あの日、新太の刀だけが俺へ届いた。
そこから先へ行きたくて、振り続けた。
「少しは、先へ進めたと思います」
そう言ってから、墓石を見る。
「あなたなら、どう言ったでしょうね」
返事はない。
新太なら、きっと大したことは言わなかった。
けれど、今の俺の剣を見てほしかった。
「まだ、先はありそうです」
墓石に置いた酒へ目を落とす。
「ですから、もう少し振ってみます」
風が木々を揺らした。
返事はない。
それでも、毎年ここへ来る。
来年も、その次も。
俺がまだ刀を振っている限り、きっと話すことはなくならない。
◇
翌朝。
更木剣八は山道を歩いていた。
卯ノ花の行き先を勇音から聞き、ここまで来た。もっとも、教えられた道を何度か外れ、随分と遠回りをしている。
「チッ……」
枝を払いながら進んでいくと、やがて木々の向こうが開けた。
そこに卯ノ花がいた。
更木の足が止まった。
卯ノ花はまだこちらを見ていない。少し離れた場所に墓があり、その前には昨日供えたらしい酒と食べ物が置かれている。だが、更木が見たのは墓ではなかった。
卯ノ花が、一人で刀を振っていた。
「…………」
更木は声を掛けなかった。
肉雫唼が、卯ノ花の右側に静かに下りている。
そこから足が一つ前へ出た。
白い刃が上がる。
肩を越え、頭上へ抜けた刀が、そのまま真っ直ぐに落ちてくる。振り下ろされた刃は地面へ届くより先に僅かに外へ流れ、腰の回転に沿って横へ抜けると、身体の向きが変わるより早く、切っ先はもう反対側から昇り始めていた。
一太刀が終わってから、次を振っているのではない。
振り下ろした剣の終わりが横薙ぎの始まりになり、横へ抜けた刃の勢いが斬り上げへ変わる。斬り上げた刀が高く昇れば、その高さが次に振り下ろすための位置となり、足が一歩進むたび、身体と刀の向きが自然に入れ替わっていった。
更木は黙って見ていた。
卯ノ花の剣なら知っている。幼い頃に斬り合った。無間でも、嫌というほど受けた。どこから刃が来るのか分からない怖さも、一度見せた剣が次には形を変えてくる厄介さも、その細い腕からは想像できないほど重い一撃も知っている。
だが、誰もいない場所で、ただ一人、刀を振っている姿をこうして眺めたことはなかった。
卯ノ花の左足が半歩引かれる。
肉雫唼が身体の前を横切った。
切っ先は大きく外へ膨らまず、肩と肘が僅かに畳まれたことで身体のすぐ近くを通り、そのまま腰の横へ沈む。そこから膝が落ちるのと同時に刃が低く走り、次の瞬間には沈んだ身体が伸びる力を使って、白い刀身が下から上へと斜めに抜けた。
長い髪が、その動きに少し遅れて背を離れる。
刀が先に行き、身体が続き、最後に髪と袖が追いつく。
けれど次の一太刀が始まれば、また順番が変わった。
今度は踏み込んだ身体が先に向きを変え、その動きの内側から肉雫唼が現れる。身体の陰に隠れていた白い刃が、卯ノ花の脇を抜けたところで初めて長く伸び、そのまま円を描くように背後へ巡ると、手首が返っただけで軌道が小さくなり、再び身体の近くへ収まった。
「…………」
更木の口元が僅かに上がった。
派手な動きではない。大きく跳ぶことも、地面を砕くことも、霊圧を撒き散らすこともない。それでも、一度見始めると目が離れなかった。
高く振り上げられた刃が、次には地を這うほど低く走る。深く沈んだ身体が立ち上がれば、その伸びが斬り上げに変わり、伸びきったところから僅かに肩を落とすだけで、今度は刀が真横へ滑っていく。
どの姿勢にも無理がない。
どこで止めても、そこから斬れる。
そして、止まらない。
刀を振るたびに身体の形は変わっているのに、一度として崩れたようには見えなかった。足の位置、腰の向き、肩の高さ、肉雫唼を握る手、そのすべてが一太刀ごとに最も収まりのいい場所へ入り、そこへ収まった瞬間には、もう次の剣が生まれている。
白い刃が卯ノ花の周囲を巡る。
大きな弧を描いたかと思えば、次には身体のすぐそばを短く抜ける。真っ直ぐ落ちた刃が途中で向きを変え、横へ走った刃がその勢いを失わないまま斜めに昇る。
同じ軌道は一つもない。
それなのに、どの一太刀も前の一太刀から生まれたものに見えた。
次はどこへ振る。
そう思った時には、卯ノ花の刀が動いている。
なら、その次は。
肉雫唼が返る。
さらに、その次は。
また別の剣が現れる。
見ているうちに、更木の笑みが少しずつ深くなっていった。
◇
卯ノ花が一度、刀を止めた。
いや、止めたように見えただけだった。
右足を前に、肉雫唼を身体の横へ置いた姿は、少し前にも見た。更木は覚えている。そこから真っ直ぐ振り上げた。
今度も同じだと思った。
違った。
足が半歩浅い。
肉雫唼が前より身体の近くを通り、上へ抜けるはずだった切っ先が途中で返る。次の瞬間、刃は更木が予想していた場所とはまるで違う、卯ノ花の左側へ出ていた。
「…………」
更木の目が細くなる。
もう一度、卯ノ花が同じところへ戻る。
また変わった。
今度は足が動かない。腰だけが僅かに回り、肉雫唼の軌道が小さくなる。その小さな動きから、先ほどより鋭い斬り下ろしが生まれた。
完成した型を繰り返しているのではない。
今、この場で変わっている。
何度も振り、何かを確かめ、そのたびに僅かに形を変えている。
更木には、その理由までは分からない。分かる必要もなかった。
ただ、次が見たい。
そう思った。
卯ノ花が刀を振る。更木は見る。また振る。まだ見る。
どれくらいそうしていたのか、更木自身にも分からなかった。
やがて、その右手が野晒の柄へ伸びた。
握る。
すぐには抜かなかった。
卯ノ花がもう一度、身体を返す。肉雫唼が横へ走り、そこから滑らかに上へ昇っていく。
更木の指に力が入った。
あの剣へ自分の刀を入れたら、どうなる。
今までとは違うものが出てくる。
きっと出てくる。
そう思った瞬間、見ているだけでは足りなくなった。
野晒を抜く。
声は掛けなかった。
更木が地を蹴った。
◇
肉雫唼が振り下ろされる。
その剣が次へ移る、ほんの僅かな間へ野晒が入った。
卯ノ花は振り返らない。振っていた剣も止めなかった。
下へ落ちていた肉雫唼の切っ先が、そのまま外へ流れる。身体が返り、次の一太刀へ入るはずだった白い刃が途中で軌道を変え、飛び込んできた野晒を迎えた。
轟音が山中へ響いた。
卯ノ花の足が地面へ沈む。
更木の重さを受けた肉雫唼が僅かに撓み、二つの刃が擦れた。
それでも流れは切れない。
卯ノ花は押し返そうとせず、刃を傾けて野晒を横へ流した。更木の身体が僅かに前へ崩れたところへ、さっきまで一人で振っていた剣の続きをそのまま繋ぐように、肉雫唼が首筋へ走る。
更木が笑った。
頭を傾ける。
白い刃が頬の前を抜ける。
「ハッ!」
野晒が返る。
卯ノ花が受ける。
再び轟音が響き、今度は卯ノ花の足が半歩滑った。
そこでようやく、卯ノ花が相手を見た。
「……剣八」
「よう」
「いきなり斬りかかるのは、どうかと思いますよ」
「受けただろうが」
「そういう問題ではありません」
口ではそう言いながら、卯ノ花は笑っていた。
更木も笑う。
次の瞬間には野晒が来た。
肉雫唼を合わせる。
重い。
前よりも。
僅かに刃をずらして力を流し、外れた野晒の横を抜けるように踏み込む。肉雫唼を返すと、更木は身体を捻って避け、そのまま無理な姿勢から刀を振り戻してきた。
速い。
受ける。
今度は流しきれず、足が地面を削った。
「どうしたァ!」
「いえ」
押し返す。
距離が開く。
更木はもう次の一撃へ入っている。
また強くなっている。
「ふふ」
「あァ?」
「何でもありません」
卯ノ花も踏み込んだ。
◇
少し離れた場所に、一つの墓がある。
『剣神様 新玄 ここに眠る』
かつて、この山には剣神と呼ばれた男がいた。
その男は最後まで剣を振り、その男と斬り合った女もまた、いつしか同じ名で呼ばれるようになった。
剣神。
昔、その名を初めて自分へ向けられた時、俺は少しだけ嬉しかった。
原作の卯ノ花八千流ではなく、俺が歩いてきた先で得たものだったから。
けれど、その名を得たからといって、何かが終わったわけではなかった。
あの頃、この山で思った。
剣の頂をこの目で見ることは、きっと叶わない。
一つ分かれば、その先に知らないものがある。分かれば分かるほど、分からないものが増えていくのなら、いつまで経っても頂には届かない。
それが、ただ嬉しかった。
あれから長い時間が経った。
数え切れないほど刀を振った。
剣八になり、回道を学び、人を斬るだけだった手で人を治すようになった。八千流から烈へ名を変え、四番隊を預かり、原作で死ぬはずだった場所を越えて、その先の戦場まで生きた。
それでも、野晒が来る。
肉雫唼で受ける。
昨日までなら流せたはずの重さが、僅かに違う。
なら、変える。
足を置く場所を半歩ずらし、刃を合わせる角度を変える。更木の力が横へ抜けたところで身体を返し、その動きから肉雫唼を振るう。
更木も変える。
さっきまでなら届いた場所から、もう身体が消えている。
次の刀が来る。
まだある。
知らないものが。
まだ先がある。
「ハハッ!」
更木が笑う。
俺も笑っていた。
剣の頂は、まだ見えない。
◇
最初は、一度でいいから本物の刀を振ってみたかった。
ただ、それだけだった。
流魂街で拾った刀は重く、思うように振れなかった。それが悔しくてもう一度振り、少し上手くいけば次が気になり、昨日できなかったことができるようになれば、その先にあるものを見たくなった。
そうしているうちに、随分遠くまで来た。
それでも、やっていることは変わらない。
更木の刀を受ける。
重い。
押される。
なら、どうすればいい。
刃をずらす。
足を変える。
次へ繋ぐ。
肉雫唼が更木の肩を浅く斬り、血が飛ぶ。更木は気にも留めずに野晒を振り下ろし、俺はその刃を避けながらさらに一歩前へ出た。
一人で振っていた時には、一太刀の終わりから次の一太刀を探した。
今は目の前にいる男が、俺一人では思いつかなかった次を持ってくる。
俺が返せば、更木も変わる。
更木が変われば、俺もまたその先へ進める。
朝の山に、二つの刀がぶつかる音が響く。
一人で振っていた剣は、もうない。
代わりに二つの剣が互いを変えながら続いている。
どちらかが終わるためではない。
どちらか一人が頂へ立つためでもない。
ただ、もっと先へ行くために。
更木が踏み込んだ。
俺も踏み込む。
野晒が振り下ろされ、肉雫唼がその横を抜ける。交差した二人の身体が離れた時には、どちらももう振り返っていた。
「まだだァ!」
「ええ」
もう一度、刀を振る。
そして、その次も。
きっと明日になれば、今日とは違う剣を振っている。その先にも、また知らないものがある。
いつまで経っても終わらない。
それでいい。
それがいい。
剣神と呼ばれても、千年を生きても、世界の命運を懸けた戦いが終わっても。
結局。
俺は――
ただ、刀を振りたかった。
というわけで完結です。
千年血戦編は、主人公と更木剣八がイチャイチャして終戦します。
カタルシス的なものは、正直ないので一旦はこれで完結とします。
前日談や後日談は書くかもしれません。
ここまで読んでいただいてありがとうございました。