卯ノ花烈は転生者   作:まいちー

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第六章 型

「抜け」

 

「はい」

 

宗玄に言われ、俺は刀を抜いた。

 

これで三度目になる。

 

初めて宗玄の前で振ったときは、

 

『全部駄目だ』

 

と言われた。

 

木の棒で基礎をやり直し、もう一度振ったときには、

 

『ようやく刀を振る準備ができた』

 

そして今日。

 

「構えろ」

 

「はい」

 

「振れ」

 

一歩踏み込み、刀を振る。

 

――ヒュンッ。

 

「もう一度」

 

足。腰。肩。

 

教わったことを思い出しながら、もう一度。

 

――ヒュンッ。

 

宗玄は黙って見ていた。

 

「もう一度」

 

「はい」

 

振る。

 

「よし」

 

「…………!」

 

今。

 

よしと言った?

 

「師匠」

 

「何だ」

 

「今――」

 

「新太」

 

「はい!」

 

聞けなかった。

 

新太が棒を取り、宗玄も一本持つ。

 

「清子。見ろ」

 

「はい」

 

「新太。打て」

 

「どこに?」

 

「どこでもいい」

 

新太が構え、踏み込んだ。

 

――ヒュッ。

 

宗玄の頭へ棒が落ちる。

 

その瞬間、宗玄が半歩だけ動いた。

 

新太の棒が空を切る。

 

同時に。

 

宗玄の棒が、新太の首へ触れていた。

 

「…………」

 

「もう一度」

 

今度は横から。

 

宗玄が動く。

 

新太の棒が外れ、そのときには宗玄の棒が届いている。

 

避ける。

 

打つ。

 

ほとんど一つの動きだった。

 

「清子。何を見てる」

 

「…………全部を」

 

「違う。斬るところを見ろ」

 

「…………?」

 

「俺がいつ斬ってる」

 

もう一度。

 

新太が打つ。

 

宗玄が動く。

 

棒が空を切り、宗玄の棒が当たる。

 

「…………」

 

いつ?

 

避けたあとではない。

 

避けながら。

 

それも少し違う。

 

「……避けてから、斬っていない」

 

宗玄がこちらを見る。

 

「避けることと、斬ることが……同じ?」

 

宗玄は答えず、棒を俺へ投げた。

 

「刀を納めろ」

 

「はい」

 

刀を鞘へ戻し、棒を拾う。

 

「新太。清子を打て」

 

「また俺かよ」

 

「清子」

 

「はい」

 

「避けるな。斬れ」

 

「…………」

 

新太を見る。

 

意味はまだ完全には分からない。

 

でも。

 

やってみたい。

 

「何で嬉しそうなんだよ」

 

「気のせいです」

 

「絶対違う」

 

「始めろ」

 

新太が踏み込んだ。

 

 

右から棒が来る。

 

避けるな。

 

斬れ。

 

なら。

 

俺も打つ。

 

踏み込んで、棒を振った。

 

――カンッ!

 

「痛っ」

 

新太の棒が肩に当たり、俺の棒はその横を通り過ぎた。

 

「…………」

 

普通に打たれた。

 

「師匠」

 

「駄目だ」

 

「…………」

 

聞く前に言われた。

 

「もう一度」

 

次は上から。

 

打ち返そうとして、身体が勝手に下がった。

 

互いの棒が空を切る。

 

「避けたな」

 

「……はい」

 

「もう一度」

 

来る。

 

怖い。

 

避ける。

 

「違う」

 

もう一度。

 

今度こそ打つ。

 

――こつ。

 

「痛っ」

 

額に入った。

 

「…………」

 

難しい。

 

ものすごく。

 

「師匠。避けてはいけないのでしょうか」

 

「違う」

 

「…………」

 

「避けるなとは、当たれという意味じゃない。相手の剣から外れろ」

 

「はい」

 

「そのためだけに動くな」

 

宗玄が棒を持った。

 

新太が打つ。

 

宗玄は半歩だけ身体をずらし、同時に棒を新太の肩へ触れさせる。

 

「避けてから斬れば二つだ。外れながら斬れば一つだ」

 

「…………」

 

外れながら。

 

斬る。

 

「もう一度お願いします」

 

宗玄がもう一度見せる。

 

攻撃の外へ、ほんの少し身体をずらす。

 

その動きが、そのまま斬る動きへ繋がっていた。

 

「やれ」

 

「はい」

 

新太と向かい合う。

 

 

新太が来る。

 

右。

 

俺は身体をずらしながら、棒を振った。

 

――カンッ!

 

棒同士がぶつかり、そのまま肩を打たれる。

 

「惜しい」

 

新太が言った。

 

「本当ですか?」

 

「さっきよりは」

 

「…………」

 

もう一度。

 

今までなら、どこへ逃げればいいのかを考えていた。

 

今度は違う。

 

新太の棒が来る場所から、どう外れればこちらの棒が届くのか。

 

来る。

 

一歩。

 

振る。

 

――ヒュッ。

 

棒が鼻先を通り過ぎる。

 

俺の棒も届かない。

 

でも。

 

避けてから振ったわけではない。

 

一緒だった。

 

「師匠」

 

「続けろ」

 

「はい」

 

そこから何度も繰り返した。

 

近ければ打たれる。

 

遠ければ届かない。

 

足が先なら棒が遅れ、棒が先なら身体が残る。

 

全部、一緒。

 

宗玄がやっていたように。

 

打たれる。

 

外れる。

 

振る。

 

失敗する。

 

また試す。

 

「…………ふふ」

 

「また笑ってるぞ」

 

「そうでしょうか」

 

「笑ってる」

 

仕方ない。

 

目の前で宗玄がやってみせた。

 

理屈も少しは分かった。

 

なのに、できない。

 

なら。

 

どこが違う?

 

それを探せる。

 

「もう一度お願いします」

 

「おう」

 

 

何十回目か。

 

新太が動いた。

 

肩。腰。足。棒。

 

全部を見る。

 

いや。

 

見ようとしすぎるな。

 

見るのは、新太だ。

 

棒が来る。

 

避ける場所を先に決めない。

 

その軌道から外れ、そこからこちらの棒を届かせる。

 

身体が動いた。

 

半歩。

 

同時に振る。

 

――ヒュッ。

 

新太の棒が肩の横を通り過ぎた。

 

――こつ。

 

「…………」

 

俺の棒が、新太の腕に触れていた。

 

「できました」

 

「一回だけだ」

 

「…………」

 

「もう一度お願いいたします」

 

構える。

 

当然。

 

二回目は失敗した。

 

それからも何度も失敗し、その中で時々、同じ感覚があった。

 

身体が外れる。

 

棒が届く。

 

一つ。

 

まだ上手くはできない。

 

けれど。

 

何を探せばいいのかは、少しだけ分かってきた。

 

 

翌日。

 

俺はまた新太と向かい合っていた。

 

昨日と同じ。

 

相手の剣から外れながら斬る。

 

考えなくても出るまでやる。

 

「始めろ」

 

新太が踏み込む。

 

昨日できた感覚を思い出し、同じように身体を動かす。

 

――こつ。

 

「…………」

 

肩を打たれた。

 

「昨日より下手になってない?」

 

「…………」

 

俺もそう思った。

 

「もう一度お願いします」

 

今度こそ。

 

昨日の形を――。

 

「清子」

 

「はい」

 

「昨日の形を追うな」

 

「…………」

 

「昨日当てた動きを再現しようとしてる」

 

「……はい」

 

「新太。昨日と同じに打ってるか」

 

「いや」

 

「…………」

 

新太を見る。

 

「昨日あれだけやったんだ。俺だって変えるよ」

 

なるほど。

 

俺は昨日の自分を再現しようとしていた。

 

だが、相手も昨日と同じではない。

 

『剣は答えを覚えるものじゃない』

 

宗玄に言われたばかりだった。

 

「……忘れておりました」

 

「昨日の話だぞ」

 

「面目ありません」

 

「考えろとは言ってない」

 

「…………?」

 

「見ろ。今日の新太を」

 

「…………」

 

今日の。

 

新太。

 

俺は棒を握り直した。

 

 

昨日の感覚を探すのをやめた。

 

新太を見る。

 

来る。

 

外れる。

 

振る。

 

失敗。

 

もう一度。

 

遠い。

 

次は近い。

 

打たれる。

 

昨日より難しい。

 

けれど、不思議と昨日より面白かった。

 

昨日は正解を探していた。

 

今日は、その正解そのものが毎回少しずつ違う。

 

「…………ふふ」

 

「また笑ってるぞ」

 

「昨日より難しいので」

 

「それで笑うのかよ」

 

「はい」

 

「…………変な奴」

 

前の人生では、そんなことを言われた覚えはない。

 

公家の娘として、慎ましく、静かに、穏やかに生きた。

 

少なくとも、外から見れば。

 

今もそのつもりなのだが。

 

刀を持つと、どうにも上手くいかないらしい。

 

「清子」

 

「はい」

 

「次から棒で止めるな。外れろ。斬れ」

 

「はい」

 

「新太。速くしろ」

 

新太がこちらを見る。

 

「いいのか?」

 

「はい」

 

「痛いぞ」

 

「昨日も痛かったです」

 

「……分かった」

 

新太が構えた。

 

踏み込む。

 

「――っ!」

 

速い。

 

身体が勝手に下がった。

 

「避けたな」

 

「……はい」

 

「もう一度」

 

来る。

 

怖い。

 

また下がる。

 

「違う」

 

何度か打たれたあと、宗玄が言った。

 

「今、何をしてる」

 

「新太の棒を見ております。当たらないように」

 

「だから遅い」

 

「…………」

 

「棒が来てから考えるな」

 

「ですが、来る前に動けば読まれるのでは?」

 

「ああ」

 

「では」

 

「だから見ろ」

 

また、それだ。

 

「棒を見るな。手だけ見るな。足だけ見るな」

 

宗玄が新太を指す。

 

「新太を見ろ」

 

「…………はい」

 

言葉にすると簡単だ。

 

実際にやると、まるで分からない。

 

でも。

 

分からないなら、やるしかない。

 

 

新太が来る。

 

速い。

 

打たれる。

 

もう一度。

 

また打たれる。

 

棒を見るな。

 

肩、足、腰、目。

 

いや。

 

全部を一つずつ見るんじゃない。

 

新太を、そのまま見る。

 

「…………」

 

来る。

 

そう思った次の瞬間、新太が動いた。

 

身体も動く。

 

半歩。

 

同時に棒を振る。

 

――ヒュッ。

 

新太の棒が肩の横を抜け、俺の棒も届かなかった。

 

だが。

 

今。

 

考えていなかった。

 

「もう一度」

 

「はい」

 

続ける。

 

遅い。

 

遠い。

 

近い。

 

打たれる。

 

時々、当たる。

 

まだほとんど失敗する。

 

それでも、少しずつ変わっていった。

 

新太が打つ。

 

俺が外れる。

 

俺が打つ。

 

新太が動く。

 

新太が返す。

 

また外れる。

 

そのまま打つ。

 

いつの間にか、一つの攻撃に一つ返して終わるのではなくなっていた。

 

「…………ふふ」

 

「だから笑うなって!」

 

「申し訳ありません」

 

「絶対思ってないだろ!」

 

新太の棒が来る。

 

外れる。

 

打つ。

 

新太が下がる。

 

追わずに見る。

 

次は何をする。

 

俺はどうする。

 

そうしたら、新太はどう変える。

 

当てることだけではない。

 

その全部が。

 

面白い。

 

「…………」

 

ああ。

 

これ。

 

好きだ。

 

 

「そこまで」

 

宗玄の声で止まる。

 

新太も俺も息が上がっていた。

 

「師匠」

 

「何だ」

 

「少し、分かった気がいたします」

 

「何がだ」

 

「型です」

 

宗玄が俺を見る。

 

「形を覚えることではない。同じ動きを繰り返すことでもない」

 

「はい」

 

今日の稽古を思い返す。

 

「身体に……選び方を覚えさせるのでしょうか」

 

「…………」

 

「相手がこう来たから、こうしようと考えるのではなく。相手が来れば、身体がそこに合うように動く」

 

「半分だ」

 

「…………」

 

「残りは?」

 

「自分で探せ」

 

「…………はい」

 

聞いても教えてはくれないらしい。

 

なら、探すしかない。

 

それも。

 

少し面白いと思った。

 

 

その日の終わり。

 

俺は再び刀を抜いた。

 

人を相手にする稽古は棒。

 

刀では、型。

 

「振れ」

 

「はい」

 

構える。

 

――ヒュンッ。

 

「もう一度」

 

昨日までと同じ素振り。

 

のはずだった。

 

「…………」

 

違う。

 

今までは目の前に何もなかった。

 

ただ刀を振っていた。

 

でも今日は、新太が頭に浮かぶ。

 

ここに新太がいたら。

 

この振り方で当たる?

 

もう一度振る。

 

違う。

 

今のは届かない。

 

足をほんの少し変えようとして。

 

「清子」

 

「はい」

 

「勝手に変えるな」

 

「…………」

 

ばれた。

 

「申し訳ありません」

 

「今は形を覚えろ」

 

「はい」

 

元へ戻す。

 

それでも頭の中では考えていた。

 

この形は何のためにある?

 

どこを斬る?

 

相手が避けたら、次は?

 

「…………ふふ」

 

「また笑ってるぞ」

 

新太に言われ、口元へ触れる。

 

本当だ。

 

「楽しいんだろ?」

 

「はい。とても」

 

「やっぱ変な奴」

 

「そうでしょうか」

 

「そうだよ」

 

否定する必要もない。

 

 

稽古の終わり。

 

刀を鞘へ納めると、宗玄が言った。

 

「明日から型を増やす」

 

「はい」

 

「斬り下ろしだけじゃない。横。斜め」

 

「はい」

 

「突き」

 

「…………!」

 

その言葉で、一瞬。

 

あの日が蘇った。

 

地面。

 

押さえつけられた身体。

 

伸ばした手。

 

柄。

 

そして。

 

男の腹へ入った刀。

 

「…………」

 

ほんの少し、指が固くなる。

 

宗玄は俺を見ていた。

 

「やめるか」

 

「…………」

 

刀の柄を見る。

 

怖い。

 

今でも、あの感触を覚えている。

 

だが。

 

「いいえ」

 

顔を上げる。

 

「教えてください」

 

「そうか」

 

それだけだった。

 

明日。

 

新しい型を習う。

 

横。

 

斜め。

 

突き。

 

知らないものが、まだいくらでもある。

 

だったら、一つずつ覚えよう。

 

そしていつか。

 

考えなくても、身体が最も正しい剣を選ぶように。

 

その日の俺は、そう考えていた。

 

けれど。

 

宗玄が言った、

 

『半分』

 

その意味を。

 

俺はまだ。

 

分かっていなかった。

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