卯ノ花烈は転生者   作:まいちー

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第七章 後手

 

翌日。

 

宗玄の言った通り、型が増えた。

 

「横」

 

「はい」

 

構えて振る。

 

――ヒュンッ。

 

「もう一度」

 

――ヒュンッ。

 

「腰が高い」

 

「はい」

 

もう一度振ると、今度は、

 

「遅い」

 

と言われた。

 

「はい」

 

難しい。

 

刀を横へ振るだけなのに、斬り下ろしとは足の運びも、腰の使い方も、力を入れる場所も少しずつ違う。

 

「次」

 

「はい」

 

「斜め」

 

宗玄が棒を持った。

 

「見ろ」

 

「はい」

 

構え、一歩踏み込む。

 

――ヒュッ。

 

綺麗だ。

 

何度見てもそう思う。速いからではない。始まりから終わりまで、どこにも無駄がない。

 

「やれ」

 

「はい」

 

真似て振る。

 

――ヒュンッ。

 

「違う」

 

早い。

 

「もう一度」

 

――ヒュンッ。

 

「違う」

 

「はい」

 

また構え直した。

 

 

昼を過ぎるころには、腕が重くなっていた。

 

「次」

 

「…………はい」

 

「声が小さい」

 

「はい!」

 

横で新太が笑う。

 

「親父、容赦ねえな」

 

「新太」

 

「はい!」

 

「お前もやるか」

 

「…………」

 

一瞬だけ間が空いた。

 

「やります」

 

「よし」

 

少しだけ遅かった。

 

宗玄は何も言わなかったが、たぶん気づいている。

 

俺は刀を握り直した。

 

新太も大変そうである。

 

 

そして。

 

「突き」

 

身体が少しだけ固くなった。

 

宗玄は何も言わず棒を構える。

 

「見ろ」

 

「はい」

 

一歩踏み込み、

 

――シュッ。

 

棒の先が空中で止まった。

 

速い。

 

斬るのとは違う。真っ直ぐ、最短で届く。

 

「やれ」

 

「はい」

 

今度は俺も棒を持った。

 

構えた瞬間、あの日を思い出す。

 

地面に押さえつけられた身体。必死に伸ばした手。掴んだ柄。

 

そして、男の腹へ入っていった刀。

 

「…………」

 

「清子」

 

「はい」

 

「突け」

 

「はい」

 

一歩踏み込み、棒を前へ出す。

 

――シュッ。

 

止める。

 

「もう一度」

 

「はい」

 

――シュッ。

 

「腰が引けてる」

 

「…………はい」

 

分かっていた。

 

怖いから、身体が残っている。

 

「もう一度」

 

何度も突く。

 

そのうち、少しずつあの日の感触が今の動きから離れていった。

 

これは、あのときとは違う。

 

追い詰められて、必死に刀を押し出しているわけではない。

 

足、腰、肩、腕を使い、切っ先を狙った場所へ運ぶ。

 

もう一度。

 

――シュッ。

 

「よし」

 

「…………!」

 

また言った。

 

よし。

 

「師匠」

 

「次」

 

「…………はい」

 

やはり、余韻に浸る時間はいただけないらしい。

 

 

それから何日か、同じ稽古を繰り返した。

 

斬り下ろし、横、斜め、突き。

 

刀で、棒で、一人で、新太を相手に。

 

何度も繰り返し、身体に覚えさせる。

 

そして、ある日。

 

宗玄が言った。

 

「今日は俺とやれ」

 

「…………師匠と?」

 

「ああ」

 

胸が少し高鳴った。

 

宗玄と初めて直接打ち合う。

 

今日は刀も持ってきている。

 

「棒を持て」

 

「…………」

 

一瞬、刀へ視線が落ちた。

 

「清子」

 

「はい」

 

「棒だ」

 

「……はい」

 

そうですよね。

 

分かっていた。

 

まだ人へ刃を向けることは許されていない。それでも宗玄が相手なら、もしかすると、とほんの少しくらい期待してしまった。

 

刀から手を離し、木の棒を取る。

 

宗玄も一本持った。

 

「構えろ」

 

「はい」

 

向かい合う。

 

今まで何度も、新太を相手にする宗玄を見てきた。

 

ほとんど大きく動かず、相手の攻撃を外し、気づけば自分の棒だけを届かせている。

 

今度は、それを自分で受ける。

 

「…………」

 

楽しい。

 

まだ何も始まっていないのに。

 

「来い」

 

「はい」

 

踏み込み、斬り下ろす。

 

――ヒュッ。

 

「…………!」

 

いない。

 

いや、違う。

 

宗玄の身体が半歩、横へずれただけだ。

 

まずいと思ったときには、

 

――こつ。

 

棒が首筋へ触れていた。

 

「…………」

 

「もう一度」

 

「はい」

 

離れて構え直し、今度は横へ振る。

 

宗玄が外し、

 

――こつ。

 

脇腹。

 

斜めは肩。

 

突きは胸。

 

何度やっても届かず、それどころか全部返される。

 

「もう一度」

 

「はい」

 

今度はすぐに仕掛けず、宗玄を見る。

 

一歩前へ出ても動かない。さらに半歩詰めても、まだ動かない。

 

なら。

 

踏み込み、横へ振る。

 

宗玄が外れ、

 

――こつ。

 

また届かない。

 

次は斬り下ろしに見せて途中で横へ変えようとした。

 

だが、

 

――こつ。

 

変える前に額へ棒が触れた。

 

「…………!」

 

速い。

 

いや、違う。

 

もちろん宗玄は速い。新太より遥かに。

 

でも、それだけではない。

 

十回、二十回。

 

一本も届かない。

 

それでも、繰り返すうちに少しずつ見えてきた。

 

俺が動かない間、宗玄も動かない。

 

一歩近づいても、半歩詰めても同じ。

 

宗玄が動くのは、俺が踏み込んだ瞬間だ。

 

そして、攻撃を外したときには、もうこちらへ棒が返ってきている。

 

「師匠」

 

「何だ」

 

「一度も、先に動いておられませんね」

 

「…………」

 

間違いない。

 

最初から全部、俺が先だった。

 

俺が踏み込み、宗玄が動く。

 

俺が振り、宗玄が外れる。

 

なのに、宗玄の棒だけが届く。

 

「師匠は、私が動いてから動いている」

 

「ああ」

 

「それでは、遅いはずです」

 

「そうだな」

 

「ですが、師匠の方が先に当たる」

 

「ああ」

 

分からない。

 

後から動けば、後から届く。

 

普通ならそうなるはずだ。

 

「もう一度来い」

 

「……はい」

 

今度は勝つためではなく、見る。

 

踏み込むと、宗玄が半歩動いた。

 

俺の棒が横を通り、そのときにはもう宗玄の棒がこちらへ向かっている。

 

――こつ。

 

首。

 

今の動きを頭の中でなぞる。

 

俺は斬るために踏み込み、振った。

 

宗玄はそれを見て、外れ、斬った。

 

だが、避けてから斬っているわけではない。

 

外れることと、斬ることが一つになっている。

 

それは、すでに教わった。

 

でも、それだけでは説明がつかない。

 

「師匠」

 

「何だ」

 

「私は、師匠が動くのを待っていました」

 

「ああ」

 

「動いたら、見て、合わせる」

 

「ああ」

 

宗玄が棒を肩へ乗せる。

 

「それを繰り返してた」

 

「はい」

 

間違っている?

 

相手を見て、相手に合わせる。答えを決めず、相手が変われば自分も変える。

 

ずっと教わってきたことだ。

 

「それでは、いけないのでしょうか」

 

「いけなくはない」

 

「…………」

 

「だが」

 

宗玄が俺を見る。

 

「合わせるだけなら、後手だ」

 

「…………」

 

後手。

 

短い。

 

それだけの言葉なのに、妙に胸へ残った。

 

相手が動く。それを見て、合わせる。

 

確かに、それでは相手が先だ。

 

「ですが、先に動けばよいという話ではありませんよね」

 

「当たり前だ」

 

「…………」

 

ですよね。

 

少し安心した。

 

先に斬れば勝ち。

 

そんな話なら、あまりにも単純すぎる。

 

 

「新太」

 

「はい!」

 

「清子とやれ」

 

「はい」

 

新太が俺の前へ来る。

 

「清子」

 

「はい」

 

「今まで通りだ」

 

「はい」

 

構える。

 

新太が右から来る。

 

外れ、斬り返す。

 

――カンッ!

 

受けられた。

 

すぐに横から来る。

 

俺も動いて外し、そのまま突く。

 

「うおっ」

 

新太が下がった。

 

できる。

 

宗玄とはまるで違う。

 

「止めろ」

 

棒を下ろす。

 

「分かるか」

 

新太なら合わせられる。

 

宗玄には合わせられない。

 

違いは速さだけではない。

 

「新太」

 

「はい」

 

「清子を打て」

 

「はい」

 

「清子。今度は斬るな。見るだけだ」

 

「はい」

 

棒を下ろし、新太を見る。

 

「始めろ」

 

新太が動く。

 

右。

 

次は上。

 

その次は横。

 

少し遅れることはあっても、動けば分かる。

 

「もう一度」

 

今度は攻撃だけではなく、新太の肩、腰、足、目を見る。

 

そして距離。

 

新太の構えと、俺の構え。

 

互いの立っている位置。

 

「…………」

 

あれ。

 

打つ前から、少しだけ狙う場所が決まっている?

 

「止めろ」

 

宗玄が俺の棒を少し右へ動かした。

 

「これなら」

 

新太を見る。

 

「左……でしょうか」

 

「新太」

 

「左」

 

「…………!」

 

当たった。

 

今度は俺の足を半歩前へ出させる。

 

「これなら」

 

近い。

 

棒の位置、新太の構え、この距離。

 

「突き」

 

「新太」

 

「突く」

 

「…………」

 

宗玄が俺を見る。

 

「分かるか」

 

「少し」

 

「言え」

 

「私の構えが変われば、新太の打ちやすい場所も変わる」

 

「ああ」

 

その瞬間、以前宗玄に言われた『半分』という言葉が頭に浮かんだ。

 

相手を見る。

 

相手に合わせる。

 

それでは、半分。

 

「私が変われば、新太も変わる」

 

「ああ」

 

「なら……相手がどう動くかも、こちらから変えられる?」

 

宗玄は答えなかった。

 

ただ、

 

「新太」

 

「はい」

 

「打て」

 

「はい」

 

「清子」

 

「はい」

 

「今度は、新太に選ばせろ」

 

「…………」

 

選ばせる。

 

その言葉が妙に面白かった。

 

 

構え、新太を見る。

 

選ばせるとは、どういうことか。

 

まだ分からない。

 

なら、試す。

 

棒を少し右へ寄せると、新太の目が一瞬そこへ動いた。

 

来る?

 

そう思った直後、左から棒が来た。

 

――ヒュッ。

 

外れて振り返す。

 

――カンッ!

 

新太に受けられた。

 

「もう一度」

 

今度は棒を少し下げる。

 

上かと思ったが、来たのは横だった。

 

――こつ。

 

「痛っ」

 

肩に当たる。

 

「外れたな」

 

「はい」

 

「もう一度」

 

次は半歩近づく。

 

新太を見ると、棒の向きがほんの少し変わった。

 

この距離なら。

 

突き?

 

「…………!」

 

来た。

 

真っ直ぐ。

 

外れながら、同時に棒を振る。

 

――こつ。

 

新太の肩に触れた。

 

「…………!」

 

今。

 

新太が突くと思った。

 

そして、本当に突いてきた。

 

「もう一度」

 

「はい」

 

試して、失敗する。

 

少し変えて、また失敗する。

 

それでも何度か繰り返すうちに、少しずつ分かってきた。

 

自分が相手を見ているだけではない。

 

相手も自分を見ている。

 

構えも、距離も、隙も、足も、棒も。

 

全部が相手に何かを見せている。

 

なら、見せるものを選べばいい。

 

右をほんの少し空ける。

 

新太の視線がそこへ向く。

 

来る。

 

右。

 

外れ、斬る。

 

――こつ。

 

「痛っ」

 

当たった。

 

「…………」

 

今のは違う。

 

新太が打ってきたから合わせたのではない。

 

俺が右を空けた。

 

新太がそこを選んだ。

 

そして俺は、そこへ来る剣を待っていた。

 

「…………ふふ」

 

新太が少し嫌そうな顔をした。

 

「清子」

 

「はい」

 

宗玄がこちらを見る。

 

「今のを忘れるな」

 

「はい」

 

「ただし」

 

宗玄の棒が、俺の肩へ軽く触れた。

 

「今のは誘っただけだ」

 

「…………誘っただけ」

 

「ああ」

 

「では、これでもまだ半分ですか」

 

「入口だ」

 

「…………」

 

入口。

 

思わず笑ってしまった。

 

「何が面白い」

 

「まだ先があるので」

 

「そうか」

 

「はい」

 

「なら続けろ」

 

「はい」

 

棒を構えると、新太も構え直した。

 

今度は、どこへ来るかを見るのではない。

 

どこへ来させるか。

 

棒をほんの少し動かすと、新太の目がそこを見る。

 

昨日までとは、まるで違うものが見えた気がした。

 

相手に合わせる。

 

それだけなら後手。

 

だからといって、先に斬ればいいわけでもない。

 

相手が動く前に、その選択肢へこちらから触れる。

 

まだ、ほんの少し分かっただけ。

 

それでも。

 

「…………ふふ」

 

また、面白いものを見つけてしまった。

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