卯ノ花烈は転生者   作:まいちー

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第八章 選ばせる

 

翌日。

 

俺は新太と向かい合っていた。

 

同じ場所。同じ棒。同じ相手。

 

でも、俺の見方だけが少し変わっていた。

 

新太を見る。

 

肩。腰。足。棒。

 

それだけではない。

 

新太から見た俺の構え、足、棒、距離。

 

昨日、一瞬だけ分かった。

 

相手がどこへ来るかを読むだけではない。

 

こちらから選ばせる。

 

「…………」

 

言葉にすると簡単だ。

 

問題は、昨日ほとんどできなかったことである。

 

「始めろ」

 

「はい」

 

「おう」

 

新太が構えた。

 

 

まずは昨日と同じことを試す。

 

右を少しだけ空ける。

 

来る。

 

「っ!」

 

新太が踏み込んだ。

 

左。

 

「…………!」

 

違った。

 

――こつ。

 

「痛っ」

 

肩を打たれた。

 

「一本」

 

「はい」

 

「昨日のやつ?」

 

「はい」

 

「分かりやすいぞ」

 

「…………」

 

もう、ばれている。

 

「昨日と同じことすると思った」

 

「その通りでした」

 

「じゃあもう効かねえな」

 

少し考える。

 

「では、違うことをします」

 

「…………」

 

新太が嫌そうな顔をした。

 

「そういうところなんだよな」

 

「?」

 

「いや。いい」

 

再び構える。

 

今度は、ただ隙を作って待つのをやめた。

 

普通に打つ。

 

新太が受け、返す。

 

それを外しながら、ほんの少し左を空ける。

 

新太の目が動いた。

 

来る。

 

そう思った。

 

だが。

 

――こつ。

 

「っ」

 

今度は額を打たれた。

 

「…………」

 

また外れた。

 

「清子」

 

「はい」

 

「何を見てる」

 

「新太です」

 

「違う」

 

「…………」

 

また?

 

「新太の何を見てる」

 

「私が空けたところを見るかどうか」

 

「それだけか」

 

宗玄が棒を持った。

 

「右を空けろ」

 

「はい」

 

言われた通り、棒を少し動かす。

 

「新太。打つな。見るだけだ」

 

「はい」

 

「清子。何が変わった」

 

「…………」

 

新太は動いていない。

 

だが、視線だけではない。

 

棒の向きや重心が、ほんの少し変わっている。

 

「新太。清子がそのままなら、どこを打つ」

 

「右」

 

「何でだ」

 

「空いてるから」

 

「それだけか」

 

「……打ちやすい」

 

「ああ」

 

新太が俺を見る。

 

「右を打つ方が、その後も動きやすい」

 

「そうだ」

 

「…………」

 

そうか。

 

空いているからだけではない。

 

そこへ行く方が、新太にとって楽で、自然で、その次へ繋がる。

 

「清子」

 

「はい」

 

「誘うなら、相手が選びたくなる方を作れ」

 

選びたくなる方。

 

打ちやすい。動きやすい。安全そう。

 

そう思わせる。

 

「なるほど」

 

「分かったか」

 

「少しだけ」

 

「ならやれ」

 

「はい」

 

 

さらに難しくなった。

 

右を空けても、そこを打ちにくい距離なら来ない。

 

左を守りすぎれば誘っているとばれるし、足を変えれば距離が変わり、棒を動かせば新太も構えを変える。

 

「…………」

 

多い。

 

見るものが多すぎる。

 

「清子」

 

「はい」

 

「止まってる」

 

「はい」

 

考えすぎた。

 

「新太。打て」

 

「はい!」

 

――こつ。

 

「痛っ」

 

また額。

 

ここ、狙われすぎでは?

 

いや、考えると顔が空くのかもしれない。

 

覚えておこう。

 

あとで。

 

今は続ける。

 

何度も失敗した。

 

それでも、少しずつ新太にとって選びやすいものが見えてきた。

 

俺が動けば、新太も変わる。

 

距離を詰めれば下がる。

 

棒を下げれば視線が上へ動く。

 

なら、それを使う。

 

横へ打つ。

 

新太が受けて返す。

 

上。

 

「…………!」

 

来た。

 

外れて、斬る。

 

――こつ。

 

棒が新太の肩に当たった。

 

「今の、最初から?」

 

「…………」

 

違う。

 

途中で、新太が上を選びやすくなった。

 

「途中からです」

 

「途中?」

 

「はい」

 

新太が少し考える。

 

「気持ち悪いな」

 

「失礼ですね」

 

「いや、何か俺が自分で打った感じしねえ」

 

「…………」

 

胸の奥が少し高鳴った。

 

「清子」

 

「はい」

 

「続けろ」

 

「はい」

 

それで十分だった。

 

 

少しずつ、当てることだけを考えなくなった。

 

一歩動けば、新太が変わる。

 

棒を上げても、距離を詰めても変わる。

 

昨日まで、新太の動きは新太だけのものだと思っていた。

 

もちろん、今も新太が自分で動いている。

 

でも、そこへ俺の動きが混ざる。

 

なら、その変化を使えばいい。

 

「…………ふふ」

 

「また笑ってるぞ」

 

「はい」

 

「今日は何が楽しいんだよ」

 

「私が動くと、新太も変わるのが」

 

「…………」

 

新太が嫌そうな顔をした。

 

「やっぱ気持ち悪いこと考えてるだろ」

 

「失礼ですね」

 

「清子」

 

「はい」

 

「続けろ」

 

「はい」

 

構える。

 

新太も構え直した。

 

 

午後。

 

宗玄が俺の前へ立った。

 

「今度は俺だ」

 

「…………!」

 

嬉しい。

 

かなり。

 

「来い」

 

「はい」

 

昨日は一本も届かなかった。

 

だが今日は、少し分かった。

 

相手に選ばせる。

 

なら、宗玄にもやってみる。

 

右を少し空ける。

 

「…………」

 

宗玄は動かない。

 

棒を下げても、距離を詰めても反応はない。

 

「来ないのですか」

 

「お前が来い」

 

「…………」

 

そうだった。

 

踏み込む。

 

横。

 

宗玄が外れる。

 

――こつ。

 

首。

 

「…………」

 

やはり何もできない。

 

もう一度。

 

右を空ける。

 

反応はない。

 

なら、打つ。

 

斜め。

 

外れる。

 

――こつ。

 

また。

 

距離を変えても、構えを変えても、宗玄はほとんど反応を見せなかった。

 

なぜ?

 

「清子」

 

「はい」

 

「お前、俺に選ばせようとしてるな」

 

「…………はい」

 

「見え見えだ」

 

「…………」

 

刺さった。

 

かなり。

 

「何で見える」

 

考える。

 

俺は誘うために隙を作り、距離や構えを変え、そのたびに宗玄の反応を待っている。

 

「待っているから?」

 

「ああ」

 

宗玄が棒を構える。

 

「誘うために構えを変える。足を変える。距離を変える。全部、誘うためにやってる。だから分かる」

 

「…………」

 

なるほど。

 

少し恥ずかしくなった。

 

「では、どうすれば」

 

「知らん」

 

「…………」

 

またそれ。

 

「自分で探せ」

 

「はい」

 

でも、少し嬉しい。

 

まだ先がある。

 

 

もう一度、新太と向かい合う。

 

今度は誘おうとしない。

 

普通に構え、普通に打つ。

 

受ける。流す。外れる。斬る。

 

その中で、新太を見る。

 

右へ動けば、新太が向きを変える。

 

打てば下がる。

 

俺が止まれば、新太も止まる。

 

「…………」

 

何かが違う。

 

誘おうとしていないのに、新太の動きは俺の動きで変わっている。

 

ああ。

 

そうか。

 

俺は「誘う」という言葉に引っ張られすぎていた。

 

特別なことをしなくても、俺が動けば相手は何かを選ぶ。

 

なら、わざとらしく隙を作る必要はない。

 

「止めろ」

 

宗玄が言った。

 

「清子。今、新太は何回下がった」

 

「二回……でしょうか」

 

「三回だ」

 

「…………」

 

気づかなかった。

 

「何で下がった」

 

「私が打ったから?」

 

「そうだ」

 

当たり前だ。

 

でも、その当たり前を俺は見ていなかった。

 

「もう一度」

 

「はい」

 

再び始める。

 

俺が打つ。

 

新太が受け、下がる。

 

追えば、さらに下がる。

 

今度は俺が止まる。

 

新太も止まり、距離ができる。

 

すると、新太から半歩入ってきた。

 

「…………!」

 

今度は、新太が距離を詰めた。

 

「止めろ」

 

宗玄を見る。

 

「分かったか」

 

「……少し」

 

「言え」

 

「私は誘おうとしておりませんでした。でも、新太は動きました」

 

「ああ」

 

「私が斬れば受ける。近づけば下がる。離れれば、入ってくることもある」

 

宗玄が頷いた。

 

「それでいい」

 

「…………?」

 

「特別なことをするな。普通に斬れ」

 

「はい」

 

「その剣に相手がどう動くか見ろ」

 

普通に斬る。

 

それだけで、相手は何かをする。

 

「相手を動かそうとするな」

 

「…………」

 

昨日とは反対に聞こえた。

 

「動いた相手を見ろ。何度も見ろ。覚えろ」

 

「…………はい」

 

宗玄はそれ以上、何も言わなかった。

 

 

もう一度、新太と向かい合う。

 

今度は何も作らない。

 

普通に構える。

 

「行くぞ」

 

「はい」

 

新太が来る。

 

外れて、斬る。

 

受けられる。

 

次は横。

 

外れて突く。

 

「っ」

 

新太が右へ逃げた。

 

右。

 

覚える。

 

もう一度、同じように突く。

 

また右。

 

だが、距離を変えると今度は左へ逃げた。

 

絶対ではない。

 

距離で変わる?

 

さらに繰り返す。

 

斜めを受けた後は、下がることが多い。

 

強く打った後は、次の一歩が少し大きい。

 

遠い距離から突きを外すと、右へ行くことが多い。

 

「…………」

 

面白い。

 

昨日までも新太を見ていた。

 

でも、今は新太の剣そのものが少しずつ見えてくる。

 

それだけではない。

 

俺が何をしたとき、新太がどう変わるか。

 

そこまで一緒に見えてくる。

 

次は半歩深く入る。

 

斜め。

 

受ける。

 

横。

 

「っ」

 

新太が下がる。

 

そこへ、もう棒を出していた。

 

――こつ。

 

「痛っ」

 

当たった。

 

「今の何だ?」

 

「斜め、横、突きです」

 

「それは見りゃ分かる。最後」

 

新太が俺を見る。

 

「俺が下がる前に出してなかった?」

 

「…………」

 

そう。

 

下がったのを見てからではない。

 

何度も同じものを見たから、下がると分かっていた。

 

「清子」

 

「はい」

 

「今のは後手か」

 

昨日の言葉が浮かぶ。

 

『合わせるだけなら、後手だ』

 

「いいえ」

 

「何でだ」

 

「新太が下がるのを見てから突いたわけではありません」

 

「ああ」

 

「でも、私が先に動いたわけでもない」

 

「ああ」

 

不思議だった。

 

動いた順番だけなら、新太が先だ。

 

「これは、先手なのでしょうか」

 

「違う」

 

「…………」

 

また違った。

 

「先か後かを、動いた順番で考えるな」

 

宗玄は続ける。

 

「剣が出る前に決まってりゃ、後から動いても後手じゃない」

 

「…………」

 

ぞくりとした。

 

「相手がそこへ来る」

 

「ああ」

 

「だから、そこへ斬る」

 

「ああ」

 

速さではない。

 

先に動くことでもない。

 

相手が動く前に、こちらの剣が決まっている。

 

「もう一度」

 

「はい」

 

同じことをやろうとした。

 

――こつ。

 

「痛っ」

 

失敗した。

 

今度の新太は下がらず、横へ逃げた。

 

「清子。今、何した」

 

「下がると思って、突きました」

 

「何で下がると思った」

 

「先ほどまで……」

 

「それだけか」

 

「…………」

 

それだけだった。

 

「癖を覚えるのと、決めつけるのは違う」

 

「……はい」

 

「相手は人間だ。同じことをすりゃ変える」

 

新太が少し得意そうな顔をした。

 

「俺だって考えてんだぞ」

 

「知っています」

 

「何だその言い方」

 

「新太」

 

「はい!」

 

「続けろ」

 

「はい」

 

構える。

 

今度は決めつけない。

 

見る。

 

でも、待たない。

 

決める。

 

でも、決めつけない。

 

相手に合わせる。

 

でも、合わせるだけでは後手。

 

「…………」

 

難しい。

 

とても。

 

矛盾しているように聞こえる。

 

でも、宗玄の剣は全部を同時にやっている。

 

なら、できるのだ。

 

「…………ふふ」

 

「またかよ」

 

「はい」

 

「今度は何だ」

 

「難しくなりました」

 

「それで笑うのやめろよ」

 

「難しいので」

 

「意味分かんねえよ」

 

でも、本当に楽しかった。

 

 

昼を過ぎて、宗玄が棒を取った。

 

「清子」

 

「はい」

 

「俺とやれ」

 

「はい」

 

すぐに立つ。

 

昨日も今日も、まだ一本も届いていない。

 

だからこそ、やりたい。

 

「構えろ」

 

「はい」

 

宗玄を見る。

 

新太とは違う。

 

癖もまだ見えない。

 

なら、見る。

 

「始めろ」

 

「はい」

 

斜め。

 

宗玄が外れる。

 

横。

 

いない。

 

――こつ。

 

脇腹。

 

「もう一度」

 

横。

 

外れる。

 

突き。

 

――こつ。

 

肩。

 

何度やっても当たらない。

 

それでも昨日とは違った。

 

昨日は、宗玄が何をしているのか分からなかった。

 

今日も分からない。

 

だが、見ることはできる。

 

俺が斜めに打つと、宗玄はどこへ行く。

 

横なら。

 

突きなら。

 

近ければ。

 

遠ければ。

 

見る。

 

覚える。

 

何度も。

 

「そこまで」

 

「はい」

 

結局、一本も当たらなかった。

 

「師匠」

 

「何だ」

 

「明日も、お願いいたします」

 

宗玄が少しだけ俺を見る。

 

「一本も当たってないぞ」

 

「はい」

 

「それでもか」

 

「だからです」

 

「…………」

 

宗玄は何も言わず、棒を俺へ投げた。

 

「片付けろ」

 

「はい」

 

 

その日の最後。

 

刀を抜く。

 

「斬り下ろし」

 

「はい」

 

――ヒュンッ。

 

「横」

 

――ヒュンッ。

 

「斜め」

 

――ヒュンッ。

 

「突き」

 

――シュッ。

 

「もう一度」

 

「はい」

 

繰り返す。

 

変えるな。

 

宗玄に何度も言われた。

 

だから変えない。

 

足、腰、肩、刀。

 

教わった通りに振る。

 

それなのに、同じ型を振っているはずなのに、頭の中には新太と宗玄がいる。

 

この横なら、新太はどうする。

 

この突きなら、宗玄はどう外れる。

 

形は同じ。

 

なのに、見えるものが少しずつ増えていく。

 

「清子」

 

「はい」

 

「余計なこと考えるな」

 

「…………はい」

 

また、ばれた。

 

構えて振る。

 

――ヒュンッ。

 

「もう一度」

 

「はい」

 

――ヒュンッ。

 

今は考えない。

 

ただ振る。

 

身体に覚えさせる。

 

いつか。

 

何度も振った同じ剣が、相手によってまるで違うものになる。

 

そんな気がした。

 

「振れ」

 

「はい」

 

――ヒュンッ。

 

いい音がした。

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