子供二人だけで山を越えるというのは、今になって考えてみれば、とても大変なことでした。
けれど、当時の私たちには、それがどれほど無謀なことなのかを考える余裕などありませんでした。
ただ、生きなければならない。
妹を生かさなければならない。
その二つだけを考えて、ひたすら山道を進みました。
道らしい道など、ほとんどありませんでした。
何度も足を滑らせました。
大きな石に躓いて転んだこともありましたし、むき出しになった木の根に足を取られて、妹と一緒に斜面を転げ落ちそうになったこともありました。
枝や葉が顔や腕に当たるたびに痛みました。
服も何度も木の枝に引っかかり、ところどころ破れてしまいました。
足の裏は、いつの間にか傷だらけになっていました。
靴の中に石が入り込んでいましたが、それを取り出す余裕すらありませんでした。
「お姉ちゃん……足が痛いです」
「もう少しです。頑張ってください」
「本当に、もう少しですか?」
「……きっと、もう少しです」
私はそう答えました。
本当は、どれだけ歩けば山を越えられるのかなんて分かっていませんでした。
地図など持っていませんでしたし、そもそも私たちは自分たちがどこにいるのかすら正確には分かっていませんでした。
それでも妹には「もう少し」と言い続けました。
そう言わなければ、妹が歩けなくなってしまうような気がしたからです。
そして、私自身も「もう少し」と思い込まなければ、歩き続けることができませんでした。
何時間歩いたのかは分かりません。
やがて木々の隙間から光が見えました。
山を下りていくにつれて、地面が少しずつ平らになっていきます。
私はそのとき初めて、自分たちが山を越えたのだと気づきました。
目の前には、街がありました。
私たちが暮らしていた村よりもずっと大きな街です。
建物がたくさん並び、道路も広く、遠くには大きな建物がいくつも見えました。
私は、これで助かると思いました。
けれど、それはほんの一瞬のことでした。
その街も、私たちの故郷と大して変わらなかったのです。
建物のいくつかは倒壊していました。
道路には瓦礫が散らばり、壁だけを残して崩れ落ちた家もありました。
あちこちから煙が上がっています。
焦げた木材の匂いと、何かが焼けたような嫌な臭いが鼻につきました。
遠くからは、まだ砲撃の音が聞こえています。
それでも、私たちは運が良かったようです。
どうやら敵は、私たちの故郷を侵略したところで、その日の活動を終えたらしく、この街まで本格的に攻撃することはありませんでした。
少なくとも、その日は。
私たちは妹と手をつなぎ、街の中を歩きました。
向かった先は学校です。
私たちは、それまで村に閉じこもるようにして生きていました。
隣町であろうと、山を一つ越えた先にあるこの街へ来たことは一度もありません。
そのため、街の中でどこへ行けばいいのかも分かりませんでした。
けれど、学校なら分かりました。
村の学校の先生が、以前から何度も言っていたのです。
「もし何か大変なことがあったら、学校へ行きなさい」
先生は、それこそ耳にタコができるほど繰り返していました。
当時の私は、その言葉をあまり深く考えていませんでした。
学校という場所は、勉強をする場所だと思っていたからです。
しかし今になって思えば、先生は戦争がこの村まで来ることを分かっていたのかもしれません。
だから、学校へ行けと言っていたのでしょう。
「学校に行けば大丈夫です」
私は妹に言いました。
「学校なら、先生たちが助けてくれます」
「おっかあもいますか?」
「……きっといます」
私は答えました。
母がどこにいるのか、私は知りませんでした。
村を出るときから、一度も会っていません。
けれど、妹を安心させるために、私はそう言うしかありませんでした。
「学校に着いたら、おっかあに会えます」
そう言い聞かせながら、瓦礫の間を進みました。
何度も道を間違えました。
そのたびに、人に尋ねました。
しかし、大人たちは皆、自分自身が生きることで精一杯でした。
誰も私たちのことを気にかけてくれません。
それでも、しばらく歩き続けていると、ようやく学校らしき場所を見つけました。
運動場と体育館らしき建物がある場所です。
私は、そこでようやく足を止めました。
しかし、そこにあった光景を見た瞬間、私は言葉を失いました。
体育館の中には、人がぎっしりと詰まっていました。
避難してきた人たちです。
床が見えないほど人がいました。
泣いている人。
ぼんやりと座り込んでいる人。
家族の名前を呼び続けている人。
何かを抱えたまま動かなくなっている人。
いろいろな人がいました。
しかし、私たちが本当に驚いたのは、運動場のほうでした。
そこには、負傷した人たちが並べられていました。
乱暴に、と言ってもいいような並べ方でした。
手当てを受けられている人もいましたが、ほとんどの人は地面に横たわったままです。
ざっと見ただけでも、数百人はいるように思えました。
その人数を、たった三人の看護女学生さんたちが見ていました。
どう考えても、人手が足りません。
一人の看護女学生さんが、傷口を押さえながら別の人のところへ走っていきます。
別の人は、泣きながら水を求めていました。
そのすぐ横では、誰かが苦しそうに呻いていました。
「助けて……」
声が聞こえました。
「誰か……お願いします……」
別の人も助けを求めています。
私は、できるだけそちらを見ないようにしました。
見てしまえば、自分が何かをしなければならないような気がしたからです。
けれど、妹は違いました。
妹は足を止めました。
「お姉ちゃん……」
「行きますよ」
「あの人、怪我しています」
「分かっています」
「あの人も助けてって言っています」
「分かっていますから、行きましょう」
私は妹の腕を引きました。
妹は何度も振り返ります。
「でも……」
「私たちには何もできません」
「でも……」
「私たちも助からなければいけません」
自分でも冷たい言葉だと思いました。
けれど、本当に何もできなかったのです。
私は子供です。
妹も子供です。
薬もありません。
包帯もありません。
戦争で怪我をした人を助ける方法など、学校では教えてもらっていません。
それどころか、私たち自身も足を怪我していました。
誰かを助けようとすれば、私たちまで倒れてしまうかもしれません。
それでも、妹は納得できないようでした。
「お姉ちゃん……」
「行きますよ」
私は妹の腕を強く引きました。
妹の目には涙が浮かんでいました。
私は、その涙を見ないようにしました。
見てしまえば、自分まで泣いてしまいそうだったからです。
体育館の中へ入ると、そこも人でいっぱいでした。
入り口から見ただけでも、まともに歩くことすら難しいほどです。
私たち以外にも、近所の村から避難してきた人がいるようでした。
聞き慣れた方言が聞こえることもありました。
しかし、私たちが知っている顔は一つもありませんでした。
「学校に着いたら、おっかあに会えます」
先ほどまで私は、そう言って妹をあやしていました。
けれど、体育館全体を見回したとき、その言葉が嘘だったのだと気づきました。
母はいません。
父もいません。
祖母もいません。
村の人たちもいません。
知っている人は、誰一人としていませんでした。
その事実に気づいた瞬間、胸の奥が急に冷たくなりました。
妹よりも、私のほうが落ち込んでしまったのです。
それまで私は、自分がしっかりしなければならないと思っていました。
妹を守るのは私の役目です。
泣いてはいけません。
怖がってはいけません。
そう思っていました。
けれど、知っている人が一人もいないという現実を目の前にして、その気持ちは簡単に崩れてしまいました。
私は、もう本当に一人なのだと思いました。
妹がいるから完全に一人というわけではありません。
それでも、妹を守れるほど私は強くありませんでした。
私だって、まだ子供なのです。
しばらくして、学校の先生らしき人が私たちのところへやってきました。
「あなたたち、二人だけですか?」
私は黙って頷きました。
「保護者は?」
「……いません」
そう答えると、先生は一瞬だけ困ったような顔をしました。
しかし、すぐに別の人を呼びました。
「この子たちは、子供だけみたいです。あちらへお願いします」
そう言われ、私たちは体育館の隅へ連れていかれました。
そこにあったのは、体育倉庫でした。
古びた扉を開けると、中からカビと埃の混ざったような臭いがしました。
壁にはクモの巣が張っています。
古い跳び箱やボール、壊れかけた体育用具などが積まれていました。
そこへ私たちは押し込まれました。
中には、私たちと同じくらいの年齢の子供たちがたくさんいました。
男の子も女の子もいました。
泣いている子もいれば、泣くことすらできずにぼんやりしている子もいます。
子供たちは小さいから、という理由でここへ集められたのでしょう。
けれど、いくら子供の体が大人より小さいとはいっても、到底全員が収まりきるような広さではありませんでした。
そのため、みんな立ったままでした。
座る場所さえありません。
少しでも空間を作ろうと、お互いに身体を寄せ合い、壁際へ詰めていました。
私は妹の手を握りました。
妹も、私の手を強く握り返しました。
体育館の外からは、負傷者の呻き声が聞こえます。
体育館の中からは、すすり泣く声が聞こえます。
そして、遠くからは爆発音が聞こえます。
その三つの音が混ざり合って、私には何が現実なのか分からなくなっていました。
私は妹の頭を撫でました。
「大丈夫です」
また、同じ言葉を口にしました。
「大丈夫です。ここにいれば、きっと大丈夫です」
しかし今度は、妹を安心させるためなのか、自分を安心させるためなのか、私自身にも分かりませんでした。
その夜、私たちは体育倉庫の隅で、立ったまま眠ろうとしました。
眠れるはずなどありませんでした。
誰かが泣いています。
誰かが母親の名前を呼んでいます。
誰かが助けを求めています。
それでも、私は目を閉じました。
妹の手だけは、最後まで離しませんでした。
そして私は、この場所なら明日には何かが変わるのだと思っていました。
誰かが助けに来てくれる。
讖緯者様が来てくれる。
軍隊が来てくれる。
おっかあが私たちを探しに来てくれる。
そんな都合のいいことを、私は一つずつ頭の中に並べました。
そうでもしなければ、あまりにも怖かったのです。
外では、まだ戦争が続いていました。
そして私たちは、その戦争の中で、ただ小さな身体を寄せ合って夜を越えようとしていました。
子供二人だけで山を越えるというのは、今になって考えてみれば、とても大変なことでした。
けれど、当時の私たちには、それがどれほど無謀なことなのかを考える余裕などありませんでした。
ただ、生きなければならない。
妹を生かさなければならない。
その二つだけを考えて、ひたすら山道を進みました。
道らしい道など、ほとんどありませんでした。
何度も足を滑らせました。
大きな石に躓いて転んだこともありましたし、むき出しになった木の根に足を取られて、妹と一緒に斜面を転げ落ちそうになったこともありました。
枝や葉が顔や腕に当たるたびに痛みました。
服も何度も木の枝に引っかかり、ところどころ破れてしまいました。
足の裏は、いつの間にか傷だらけになっていました。
靴の中に石が入り込んでいましたが、それを取り出す余裕すらありませんでした。
「お姉ちゃん……足が痛いです」
「もう少しです。頑張ってください」
「本当に、もう少しですか?」
「……きっと、もう少しです」
私はそう答えました。
本当は、どれだけ歩けば山を越えられるのかなんて分かっていませんでした。
地図など持っていませんでしたし、そもそも私たちは自分たちがどこにいるのかすら正確には分かっていませんでした。
それでも妹には「もう少し」と言い続けました。
そう言わなければ、妹が歩けなくなってしまうような気がしたからです。
そして、私自身も「もう少し」と思い込まなければ、歩き続けることができませんでした。
何時間歩いたのかは分かりません。
やがて木々の隙間から光が見えました。
山を下りていくにつれて、地面が少しずつ平らになっていきます。
私はそのとき初めて、自分たちが山を越えたのだと気づきました。
目の前には、街がありました。
私たちが暮らしていた村よりもずっと大きな街です。
建物がたくさん並び、道路も広く、遠くには大きな建物がいくつも見えました。
私は、これで助かると思いました。
けれど、それはほんの一瞬のことでした。
その街も、私たちの故郷と大して変わらなかったのです。
建物のいくつかは倒壊していました。
道路には瓦礫が散らばり、壁だけを残して崩れ落ちた家もありました。
あちこちから煙が上がっています。
焦げた木材の匂いと、何かが焼けたような嫌な臭いが鼻につきました。
遠くからは、まだ砲撃の音が聞こえています。
それでも、私たちは運が良かったようです。
どうやら敵は、私たちの故郷を侵略したところで、その日の活動を終えたらしく、この街まで本格的に攻撃することはありませんでした。
少なくとも、その日は。
私たちは妹と手をつなぎ、街の中を歩きました。
向かった先は学校です。
私たちは、それまで村に閉じこもるようにして生きていました。
隣町であろうと、山を一つ越えた先にあるこの街へ来たことは一度もありません。
そのため、街の中でどこへ行けばいいのかも分かりませんでした。
けれど、学校なら分かりました。
村の学校の先生が、以前から何度も言っていたのです。
「もし何か大変なことがあったら、学校へ行きなさい」
先生は、それこそ耳にタコができるほど繰り返していました。
当時の私は、その言葉をあまり深く考えていませんでした。
学校という場所は、勉強をする場所だと思っていたからです。
しかし今になって思えば、先生は戦争がこの村まで来ることを分かっていたのかもしれません。
だから、学校へ行けと言っていたのでしょう。
「学校に行けば大丈夫です」
私は妹に言いました。
「学校なら、先生たちが助けてくれます」
「おっかあもいますか?」
「……きっといます」
私は答えました。
母がどこにいるのか、私は知りませんでした。
村を出るときから、一度も会っていません。
けれど、妹を安心させるために、私はそう言うしかありませんでした。
「学校に着いたら、おっかあに会えます」
そう言い聞かせながら、瓦礫の間を進みました。
何度も道を間違えました。
そのたびに、人に尋ねました。
しかし、大人たちは皆、自分自身が生きることで精一杯でした。
誰も私たちのことを気にかけてくれません。
それでも、しばらく歩き続けていると、ようやく学校らしき場所を見つけました。
運動場と体育館らしき建物がある場所です。
私は、そこでようやく足を止めました。
しかし、そこにあった光景を見た瞬間、私は言葉を失いました。
体育館の中には、人がぎっしりと詰まっていました。
避難してきた人たちです。
床が見えないほど人がいました。
泣いている人。
ぼんやりと座り込んでいる人。
家族の名前を呼び続けている人。
何かを抱えたまま動かなくなっている人。
いろいろな人がいました。
しかし、私たちが本当に驚いたのは、運動場のほうでした。
そこには、負傷した人たちが並べられていました。
乱暴に、と言ってもいいような並べ方でした。
手当てを受けられている人もいましたが、ほとんどの人は地面に横たわったままです。
ざっと見ただけでも、数百人はいるように思えました。
その人数を、たった三人の看護女学生さんたちが見ていました。
どう考えても、人手が足りません。
一人の看護女学生さんが、傷口を押さえながら別の人のところへ走っていきます。
別の人は、泣きながら水を求めていました。
そのすぐ横では、誰かが苦しそうに呻いていました。
「助けて……」
声が聞こえました。
「誰か……お願いします……」
別の人も助けを求めています。
私は、できるだけそちらを見ないようにしました。
見てしまえば、自分が何かをしなければならないような気がしたからです。
けれど、妹は違いました。
妹は足を止めました。
「お姉ちゃん……」
「行きますよ」
「あの人、怪我しています」
「分かっています」
「あの人も助けてって言っています」
「分かっていますから、行きましょう」
私は妹の腕を引きました。
妹は何度も振り返ります。
「でも……」
「私たちには何もできません」
「でも……」
「私たちも助からなければいけません」
自分でも冷たい言葉だと思いました。
けれど、本当に何もできなかったのです。
私は子供です。
妹も子供です。
薬もありません。
包帯もありません。
戦争で怪我をした人を助ける方法など、学校では教えてもらっていません。
それどころか、私たち自身も足を怪我していました。
誰かを助けようとすれば、私たちまで倒れてしまうかもしれません。
それでも、妹は納得できないようでした。
「お姉ちゃん……」
「行きますよ」
私は妹の腕を強く引きました。
妹の目には涙が浮かんでいました。
私は、その涙を見ないようにしました。
見てしまえば、自分まで泣いてしまいそうだったからです。
体育館の中へ入ると、そこも人でいっぱいでした。
入り口から見ただけでも、まともに歩くことすら難しいほどです。
私たち以外にも、近所の村から避難してきた人がいるようでした。
聞き慣れた方言が聞こえることもありました。
しかし、私たちが知っている顔は一つもありませんでした。
「学校に着いたら、おっかあに会えます」
先ほどまで私は、そう言って妹をあやしていました。
けれど、体育館全体を見回したとき、その言葉が嘘だったのだと気づきました。
母はいません。
父もいません。
祖母もいません。
村の人たちもいません。
知っている人は、誰一人としていませんでした。
その事実に気づいた瞬間、胸の奥が急に冷たくなりました。
妹よりも、私のほうが落ち込んでしまったのです。
それまで私は、自分がしっかりしなければならないと思っていました。
妹を守るのは私の役目です。
泣いてはいけません。
怖がってはいけません。
そう思っていました。
けれど、知っている人が一人もいないという現実を目の前にして、その気持ちは簡単に崩れてしまいました。
私は、もう本当に一人なのだと思いました。
妹がいるから完全に一人というわけではありません。
それでも、妹を守れるほど私は強くありませんでした。
私だって、まだ子供なのです。
しばらくして、学校の先生らしき人が私たちのところへやってきました。
「あなたたち、二人だけですか?」
私は黙って頷きました。
「保護者は?」
「……いません」
そう答えると、先生は一瞬だけ困ったような顔をしました。
しかし、すぐに別の人を呼びました。
「この子たちは、子供だけみたいです。あちらへお願いします」
そう言われ、私たちは体育館の隅へ連れていかれました。
そこにあったのは、体育倉庫でした。
古びた扉を開けると、中からカビと埃の混ざったような臭いがしました。
壁にはクモの巣が張っています。
古い跳び箱やボール、壊れかけた体育用具などが積まれていました。
そこへ私たちは押し込まれました。
中には、私たちと同じくらいの年齢の子供たちがたくさんいました。
男の子も女の子もいました。
泣いている子もいれば、泣くことすらできずにぼんやりしている子もいます。
子供たちは小さいから、という理由でここへ集められたのでしょう。
けれど、いくら子供の体が大人より小さいとはいっても、到底全員が収まりきるような広さではありませんでした。
そのため、みんな立ったままでした。
座る場所さえありません。
少しでも空間を作ろうと、お互いに身体を寄せ合い、壁際へ詰めていました。
私は妹の手を握りました。
妹も、私の手を強く握り返しました。
体育館の外からは、負傷者の呻き声が聞こえます。
体育館の中からは、すすり泣く声が聞こえます。
そして、遠くからは爆発音が聞こえます。
その三つの音が混ざり合って、私には何が現実なのか分からなくなっていました。
私は妹の頭を撫でました。
「大丈夫です」
また、同じ言葉を口にしました。
「大丈夫です。ここにいれば、きっと大丈夫です」
しかし今度は、妹を安心させるためなのか、自分を安心させるためなのか、私自身にも分かりませんでした。
その夜、私たちは体育倉庫の隅で、立ったまま眠ろうとしました。
眠れるはずなどありませんでした。
誰かが泣いています。
誰かが母親の名前を呼んでいます。
誰かが助けを求めています。
それでも、私は目を閉じました。
妹の手だけは、最後まで離しませんでした。
そして私は、この場所なら明日には何かが変わるのだと思っていました。
誰かが助けに来てくれる。
讖緯者様が来てくれる。
軍隊が来てくれる。
おっかあが私たちを探しに来てくれる。
そんな都合のいいことを、私は一つずつ頭の中に並べました。
そうでもしなければ、あまりにも怖かったのです。
外では、まだ戦争が続いていました。
そして私たちは、その戦争の中で、ただ小さな身体を寄せ合って夜を越えようとしていました。