弟に代わってクリプタるのはいいんだけど 作:クリプター活躍求む
ストックなんてものはないッ!
笑えるくらいに、何も無い闇。
おぼろげな意識の中、自分は一度死んだのだと自覚する。原作通り、それはもう無惨に爆破されたに違いない。
だとすれば今は、選択の時だろう。
異星の神だったかのアレコレを思い浮かべて、いやよそうと思考を止める。
どうせ、私は
であれば、今後の計画を改めて見直すべきだろうか。
そんなことを思っている内に、あるかも分からない耳から声が聞こえた。
「──状況の変化を確認した」
酷く無機質な声だ、とどこか他人事にも思う。
「選ばれし君たちに提案し、捨てられた君たちに掲示する」
馬鹿げたことを。
既に一度、キリシュタリア以外を見捨てた癖に、なんともまぁ偉そうに。
「栄光を選ぶならば、蘇生を選べ」
栄光もなにも、未来は決まっている。
「怠惰を望むならば、永久の眠りを選べ」
怠惰は決して、許されない。
「神は、どちらでもいい」
さぁ、征こう。
***
確かに、確かにワタシは誓ったとも。
あの子のためならば、その運命をも奪い取ると。
「〜っでもこれはさぁ、話が違うじゃんか!」
頭を抱えながら、吹雪に向かってつい叫ぶ。
確かに想定はしていたけれど、それとこれとは話が違うものだ。
はぁ、と溜息を吐いていると、背後から軽やかな声がかけられた。
「あら、何のことかしら、マスター?」
ゆっくりと振り返って、むっと顔を歪ませてみる。
するとその声の持ち主、美しい白髪の皇女様は、くすくすと可笑しそうに笑ってみせた。
「何でもないっ! ただ思ってた倍ぐらい冬すぎるだけだよ」
「ああ、確かにそうね。あちらは随分と温かいもの、きっとここは彼らにとって地獄でしょうね。でも大丈夫よ、私がいるもの。私がいれば大丈夫、でしょう、マスター?」
確かにそうだけどね、と頷くと、満足そうに微笑む彼女。
どうやらワタシは彼女から、謎の好意を向けられているらしい。というかちょっと濁っている。溶岩遊泳部に通じる何かを感じるような……いや、そんなことはない。
さて、そんな彼女だが。本来ならカドックのサーヴァントな筈だった。
その立場を奪ったのだから、まぁワタシがマスターになるのは分かる。にしても重い気がするけど。
まぁとにかく、原作通りにカルデアを襲撃してからというものの、中々ワタシに付きっきりなのだ。
「ん、
「もちろんよ。しっかり眠っておられるわ。あなたと過ごす時を作るくらい、造作もないわ」
正直な話、原作通りに勧められるか不安である。このまま雷帝を討てるだろうか、とは思いつつも、なんとなく上手くいくような気がする。
最悪の場合、秘策でゴリ押せばいいわけだし、せめて今はまだ穏やかに過ごしていたい、と望むのは傲慢だろうか。
「失礼、睦言の邪魔をしてしまったかな」
「……戯言は控えることね、マカリー司祭」
背後から、コツコツと音を立ててこちらへと歩み寄る、例の神父殿。
それを不機嫌そうに見た彼女は、ワタシを庇うように前に出た。
「いかにあなたが
「それは誤解だよ皇女。ロシア王家に連なる者であれば、私は最大の敬意を示すとも」
やれやれ、と言わんばかりに答える神父に、ふと記憶を思い出す。
待てよ、こいつ確か。
「たとえ、それがどのような皇族であれ、どのような最後を迎えた皇女であれ、ね」
「──あなた」
言いやがった。
ごう、と空気が冷え上がったのを感じる。不愉快そうに眉を潜めた彼女の手をそっと握って、宥めた。
「待って。ここで殺し合いなんてやめてよ。内ケバとか洒落にならないでしょ。第一、そんな余裕がワタシたちにあるとでも? 神父、きみの仕事は
少し喧嘩腰すぎたかな、なんて思いつつ、流石にこれくらいで敵対してこないだろう、と神父を見つめる。
握られた手が、ほんの少し強くなった気がした。
「ああ、それとも急ぎの報告があるの? 他の
後者の疑問に答えるように、神父が口角を上げた。
ついにこの時が来たか。
無意識の内に手を握り返していたらしく、皇女がワタシを見つめている。
大丈夫だ。
「その通りだ。緊急の報告だとも、第一のクリプターよ」
その肯定に合わせて、脳内で今後の計画を思い出す。
「──喜べ、少女。君にようやく、戦う機会が訪れた」
どこかで聞いたようなセリフに、思わず口が緩む。計画は順調、何も問題はない。
大丈夫だ。
「やっぱり、ね。あの子たちが」
「そうだ。境域帯に乱れがあった。
既に彼らは動いている。いずれ、サーヴァントを召喚し、叛逆軍に合流することを、
だから、本来は、今こそチャンスなんだろう。
「その常識、その異常を知るには数日を必要としよう。浮足立っている今なら、打倒も容易だと進言するが?」
実際、神父はそう言っている。
けれど、ワタシの目的はそうじゃないから。
「──いいえ。今は
はん、と馬鹿にしたように笑って見ると、心外だ、と神父が首を振る。
「いやいや。残念なことに、私も
そう言われて思い浮かべるのは、あの特異な大地。隕石の落ちたかの場所。
確かに捻くれざるを得ないのかもしれない、と苦笑した。
「まことに
「そりゃあ結構なことで。
「……そうね、ヤガたちに食料を高値で配給してるそうよ。隣人から奪えば買い付けられる、そんな値段でね」
軽蔑するように吐き捨てる皇女の頭をそっと撫でる。本当、趣味の悪いことだと思う。
それを行うコヤンスカヤも、そしてそれを知ったうえで黙認するワタシも。
「神父。ワタシはきみを好きになれない。でも、得体は知れてる。このロシア領を守ろうという意志も信じられる。けど、あの人は──どうしてここにいるの? きみと違って、彼女は他の
「いや、どのような国であろうと、彼女のスタンスは変わるまい。アレはある意味、人類を愛している。弱者を追い詰め、あざ笑い、踏みにじるのはその一環だ」
知っているとも。
むしろ、そういう意味ではワタシもまた同類だ。この世界の人々を敬愛しながら、未来を知っていながら、救えるはずの全てを見捨てる。
「我々とも、君たちにも敵対することはない。金さえ積めば動く、面倒な傭兵と思えば良い」
その点、ワタシはもっと酷いだろう。なんせ、金があろうとも動きやしないのだから。
「……とはいえ。いささか自由すぎるのも、また事実だな。よろしい。このロシア領では自重するよう、私から注意しておこう。その上で君からの指令を守らせる。それでいいかな、皇女のマスターよ」
微かに震える手に気がついて、息を吐いて落ち着かせる。
大丈夫だ。
覚悟は、している。
「そりゃあ、ありがたい。傭兵なら、遠慮なくこき扱ってみせましょう。
たとえ、それがあの子を傷つけるかもしれなくても。
そんなワタシを見抜いたように、神父が嗤う。
「了解した。しかし……かつての仲間に随分と酷い言い草だな、
どうだろう。そうなのかもしれない。
結局、ワタシもまたヒトにすぎないのだろう。
「……さぁ、どうだろうね。大丈夫だと、自認してるけど。どちらにせよ、ワタシは変わってないよ。彼らが仲間だったのは、昔の話でしょう。ワタシはこの
あの子を救えるのは、きっとワタシしかいないから。
じっと、光のない神父の瞳を睨みつける。彼はどこか楽しげに笑っていた。
「気炎万丈、意気軒昂、といったところか。無茶をするのは若者の特権だったな。となれば、私は応援するのみだ。カリベラ・ゼムルプス。君の挑戦、君の決意を私は尊重する」
そう宣った彼は、すとんと表情を失くして、ワタシを見た。
何故だろうか、まるで
「だが、一つだけ覚えておきたまえ。自らを愛さないものは、決して世界を救えない。ましてや、最愛など以ての外だろう。君のその自己犠牲とも呼べる決意は何処から生じたものなのか。それを、もう一度よく考えることだ」
どくん、と心臓が強く鼓動したのを、どこか遠くで感じる。
酷く耳鳴りがして、目の前が一瞬フラッシュして。
かろうじて、口から出た言葉は逃げだった。
「……何のことかな。ワタシはただ、為すべきことを為すまでさ」
「マスター。もう部屋に戻りましょう」
「ああ、うん。そうだね」
ワタシはただ、呆然としたまま皇女の後を追いかけた。
***
カルデアが、来たらしい。
その報告を受けてからというものの、なんとなく頭が働かない。
サリエリ先生の演奏やら、愉悦神父の怪しいなだめやらで、雷帝は今も微睡んでいる。
いずれ彼は目覚め、異聞帯の侵略を試みるだろう。
だから、その前に食い止めなくてはならない。
まぁ、それ以前にカルデアがやってきて、ワタシたちは負けてしまうわけだけど。
ヤガたちの声が、脳に響く。
すっかり眠りこけた夜にも関わらず、ずっと聞こえてしまうのは、ワタシの心が弱いからだろうか。
この厳しい世界で、彼らを抱えたまま、ワタシは負けようとしている。
ごうと吹雪く、あまりに冷たくて白い景色を眺めながら、溜息をつく。
こういう時は、癒しを思い浮かべれば良い。そうして、遠くできっと怒っているだろうあの子を想う。
きっと会ったら一発殴られるな、なんて思っていると、ふとかつての記録が思い浮かんだ。
アナスタシア、ワタシのサーヴァント。
けれど、彼女は本来あの子のサーヴァントであって。
そう考えると、つい口が動いた。
「きみは……アナスタシアは、運命を信じてる?」
「運命? どうしたの、マスターらしくないわ。もしかして熱でもあるのかしら、大変だわ。看病しなくちゃね、少し行ってくるわ」
「こら、冗談じゃないからやめてちょうだい」
何故か嬉しそうに部屋を飛び出ようとしたアナスタシアを止めて、もう、と口を膨らませる。
このからかい上手め、と思いながらも、つい口が緩むのが分かった。
「それで、運命、だったかしら? 随分ロマンティックなことを言うのね。そんなあなたも好きよ」
「はいはい、それで、きみの意見は?」
じっと、ラムネのような淡い瞳を見つめる。きらきらと光を反射する様がまるで星のようで、思わず見惚れてしまう。
そして、その星々が閉じ込められた瞳が、愛おしげに細まったのを見た。
「きっとあなたは否定するでしょうけど。私にとっては、マスター、あなたこそが運命よ。だから、信じてるわ」
予想通りの言葉に、つい息が溢れる。
アナスタシアは、ワタシのサーヴァントだ。だから、彼女は知っている。
ワタシが持つ、
「それは、
サーヴァントとマスターは、互いの人生を夢で見る。
いつかはそうなるだろうと思っていたけれど、それは随分早い段階で起こって。
そして、その記憶を見たうえで、ワタシが彼女を奪ったことを知った上で、彼女は言うのだ。
「そう、私はあなたが好き。今のあなたも、過去のあなたも。あなたは私の運命じゃないというけれど、私はあなたを運命だと信じてるわ。初めて会った時は、少し苦手だったけどね」
あの、美しくて優しい、愛しいあの子の記録を知りながら。
それでも、彼女は
思わず苦笑いをしていると、彼女は駆け寄ってワタシの頬を両手で包み込んできた。
そのままコツン、と額をぶつけて、彼女は高らかに謳う。
「向こうの私は私、こちらの私は私。いい、マスター。あなたが否定しようと、拒もうと、それでも私は言い続けるわ。
だから、困るのだ。
こんなワタシに、そう真っ直ぐな想いをぶつけられると、どうすればいいのか分からない。
ワタシには、人でなしにはもったいない、純粋できれいな好意。
その、あまりにも輝かしい瞳と目があって、つい逸らしてしまう。
「あなたの人を思う心が好き。弟のために、ずっと必死に生きる信念が好き。何であろうと諦めない、その意志が好き」
耳が熱くなるのを感じる。それを見たらしい彼女は、愛おしそうに笑った。
ああ、
「ああ、でも。一つ、嫌いな所があるわ。きっとこれのせいね、少し苦手だったのは。初めから薄っすら見えていたもの、あなたの嫌な所」
いつも褒めちぎる彼女から、聞いたこともない言葉がこぼれて、ついその瞳を見る。
澄んだ青には、どこか悲しみのような、怒りのような色が映っていた。
「あなたのその、自分を諦めてしまうところが嫌い」
言われて、確かに諦めているのかもしれない、と初めて自覚する。
けれど、仕方がないのだ。
弟の代わりになるのなら、あの裁判でワタシは死なねばならない。でないと、世界は進まないから。
「どうせ、必然のことだから、でないと世界は救われないから、なんて思っているんでしょう」
ぎくり、と肩が跳ね上がる。
「でもね、だからといって、初めから自分を見捨てる莫迦がいるもんですか」
「え……」
初めて言われた言葉に目を見開く。
ワタシは、そんなに初めから自分を見捨てているのだろうか。莫迦、なんだろうか。
けれど、でないと世界は終わりかねない。当然の結論、じゃないのだろうか。
「いいんです。別に、それ以外方法がないのなら。でもね、あなたは違うわ。最初から、自分が死ぬ以外の方法を考えていない」
でも、だって。
それ以外の方法があったなら、あの子は。
「……ああ、泣かないで、愛しいあなた」
気付かない内に、頬に涙が伝う。
そっと、宝物に触れるように、彼女はワタシの涙を拭った。
「私はね、あなたに少しでも思ってほしいの。もっと、生きていたいって。だって、願うことすら許されないなんて、あんまりにも悲しいでしょう?」
けど、ワタシは、
それがどんなにこの世界にとって危険なのか、分かってるんだ。
だから、可能な限り、ワタシは「見て。私を」
「
本当に、本当に?
ぐらぐらと、頭の奥で大事な何かが揺らいでいる。何がなんだか分からなくなって、瞼が嫌に熱くて。
何より、彼女の熱い青の瞳が、ワタシを射抜いて。
「だって、あなたは、カリベラは、
びゅう、と窓から風が通り抜ける。
すっかり寝静まった世界の空で、星が爛々と輝いていた。
「……ああ、良かった。眠ってくれたわね。これだけ言わないと、貴方、気付かないでしょう。いえ、気付いていて、そんな筈無いと思い込んでいるのかしら。……本当、貴方は優しすぎるのよ。ヤガたちのこと、一人ひとり気にして、抱え込みすぎでしょう。もう十分、十分なの。だから、どうかおやすみなさい。貴方が、良き夢を見れますように」