弟に代わってクリプタるのはいいんだけど 作:クリプター活躍求む
ちょ、ちょっと次は時間かかるので許してクレメンス……
誰にも見つけてもらえなかった。
己の足で、地を踏みしめるようになってからというものの、父母はすっかり声をかけてくれなくなった。
ただ一人、我が弟を除いて、誰も見ない。まるで、そこに何も無いかのように、気付かない。
身体を触り、声を掛ければ気付いてくれる。話したり、遊んだり、学んだりできる。
けれど、それまでだった。
病魔に苦しめられれば、殆ど気付いてもらえない。どころか、声も掛けられないとなると、完全な孤独になる。
物置のように静かな部屋で、ただ動けずに唸り苦しむ。どれだけ泣こうが喚こうが、人々はワタシを知らずに生活していた。
まるで、世界に拒絶されるようだった。
きっと、だからなんだろう。
すっかり、自分を勘定に入れなくなったのは。
この身の全てを、唯一受け入れてくれた弟に捧げるようになったのは。
あの誓いを立ててから、ワタシは
では、
この世界に属する者なら、きっと拒絶されることはない。そして、そうなればきっと、弟と代わることができる。
ならば、と私は決めた。
その立ち位置があるからこそ、未来が生まれるというのなら、
そうして、今の
全てを踏みにじった、人でなしが。
***
「おはよう、カリベラ。……嫌な夢でも、見たのかしら?」
ぼやけた意識の中、何より美しい音が悲しげに聞こえた。
そういえば昨日、あの後ワタシは寝落ちしたのか。
みっともない姿を見せてしまったと後悔しつつ、あくびを噛み殺して答える。
「いいや。……むしろ、良かったよ。これからどうすればいいのか、思い返せた。ごめんね、みっともないの、見せちゃって」
「もう、謝らないで。そういうところよ、全く」
「あー、ごめ……。うーん、困ったな。善処するよ」
日本人としての癖が中々取れないらしい。あはは、と苦笑いをしていると、ふと疑問に思う。
そういえば、彼女はこうしてワタシが
今までなかったことだけれど、と不思議に思っていると、呆れたように彼女が口を開いた。
「私を召喚したのはあなたよ。マスターを見つけられないサーヴァントがいるもんですか」
「確かに。……はは。やっぱり、きみで良かったよ」
こんなワタシに付き合ってくれる、優しくてかわいいお姫様。
細めた目で彼女を見ると、耳が赤く染まっているのが分かって、また笑ってしまった。
日頃の仕返しになったのだろうか。彼女は視線を泳がせた後、話題をすり替えるように口を開いた。
「そういえば、だけど。あなた、魔術はどう覚えたの? カドック、だったかしら。両親はそちらに教えたと言っていたけど?」
「そうだよ。魔術を継いだのはカドックさ。家では
ワタシが継ぐことも考えたけれど、それだとカドックが人理修復の時に困るかもしれないから。
「魔術を覚えたのは、まあ半分くらいズルして、かな。記憶のおかげで、ゴールは分かってるんだから、あとは虱潰しにとことん独学でやってたよ。カドックが大きくなった頃には、あの子に教えてもらってたね。それまでは見よう見まねだったし、散々だったよ、ほんと。あの子が教えるのが上手くて助かったなぁ。お陰でこうして、きみに出会えた」
「……っもう。でも、魔力量が不安だったのでしょう?」
「嫌なとこ、突いてくるなぁ。でもまぁ、キャスターだから大丈夫だよ。宝具やら工房やら、ぽんぽん使われるとまずいけどね」
「そこは私の可愛いヴィイが受け持つから、安心なさい」
小さな子供が自慢の宝物を見せるように、彼女は誇らしげに笑う。
今の彼女の、魔術師としてのアレコレを思い出して、なんともいえない顔をしていると、彼女はワタシの頬を掴んでもみくちゃにしてきた。
「もう。分かってるでしょうに。あなたのおかげよ、この力は。だから私は、殺せるの。知っていたでしょう? 感謝してるって。勝手に罪悪感なんて覚えないでちょうだい」
まったく、とぷりぷり怒った彼女が立ち上がる。
つんと黙って部屋を出ていったその後ろ姿を、ワタシは慌てて追いかけるのだった。
***
あれからしばらくの日が経って。
叛逆軍の倉庫は焼き払われ、ある音楽家は日々村を襲うようになった。
カルデアとはまだ遭遇していないけれど、その日はそう遠くない。
そして今日は、ある意味、乗り越えなくてはいけない山場だった。
「マスター? どうしたの、そんな思いつめた顔して」
「んー、約束の時間だから、ね。定期考査というか、なんというか。仲良くはあるんだけど、やっぱり仕事のできる人だから、油断ならない感じで」
そう答えると、アナスタシアはなるほどと頷いて、うんと首を傾げた。
「ああ、彼ね。……ええと、キリ……キリシュタリア……」
「ヴォーダイムね」
「そうそう、ヴォーダイム。魔術師としての歴史は古いんだったわね、彼。能力もあるし、自信もある」
はて、そんなに彼について知っていただろうか、と疑問に思った後、
「古いってだけなら、掃いて捨てるほどいるのが魔術師だね。あの人ほどリーダーが似合う人はいないだろうよ。正直、あの人がこの
「もちろん、今のところは、よね」
「うん、今のところは、さ」
結末を二人揃って知っているのもあって、そりゃそうだとうなずき合う。
と、
「──何だ、良かった。まだ闘志はあるって事か」
「!」
振り返った先には、神代の英雄。巨大な槍と盾を持ち、音もなく背後に立っている。
褐色の肌の美しいヒトが、そこで好戦的に笑っていた。
「いいじゃねェか。オレたちとまだ、やり合う気でいるってのはな!」
本来ありえぬ来訪者に、
このまま戦闘されては困る、と止めようとすれば、その前にアナスタシアが声をあげた。
「……退がりなさい、
「は。それはテメェら次第だ。ロクに使えねぇ三下なら、ここの王ごと潰して帰るつもりだからなァ!」
どうしてこう、古代の英雄というのは血気盛んなのか。
頭痛の種が増えてしまった、と溜息を吐きたくなるのを抑える。いつの間にかワタシの前に立っていたアナスタシアを宥めて、彼に近づいた。
大丈夫だ。
さぁ、仮面を被れ、カリベラ・ゼムルプス。
「あまり挑発しないでくれるかなぁ。わざわざ海と嵐を渡ってきてくれたんだろう。ちょっとは羽を休めようよ。無利益な争いとか、勿体ないだろう? それに、貴重な神霊たるきみを失くしてしまうのは、キリシュタリアに申し訳ないじゃないの」
正直、彼のその性格はこういった場において、感心できるものじゃない。
少しばかりは、礼節を持って欲しいなぁ。そう呑気に思っていると、彼は表情をすとんと落とした。それから一息吐いた後に、瞳をギラつかせる。
「──言うじゃねぇか。脳天気な軟弱者と思ったが、なかなかどうして。なあ皇女さん。アンタの前だから格好つけてんのか、コイツ。それとも、今まで牙を隠し持ってたってヤツか?」
ずっと空気が重たく伸し掛かる。これが神霊。これがあのキリシュタリアのサーヴァント。微かに震える手に気付いて、内心笑い飛ばした。
どうした、こんなもの、今までよりずっと怖くないじゃないか。
そう考えると身体は落ち着いて、そして隣のアナスタシアが口を開く。
「言うまでもないでしょう。その両方よ、神霊カイニス」
ちらと彼女を見ると、どこか嬉しそうにワタシを見ている。なんとなく、いつか見たヴィイを自慢した時のような顔に似ていた。
それを見たカイニスは、再び好戦的な笑みを浮かべている。
「そうか。恐怖と蛮勇か。そいつはいい。まだ成長の余地がある」
「そりゃあどうも、光栄だね。で、なぁに。報告するようなことは特に無いけど。すべて順調、問題ないさ」
「あの有様でか? 根付いてないのはテメェのところだけだ。空想樹はまだ芽吹いてもいねぇ。そりゃあオレのマスターも気にするだろ」
どこか馬鹿にしたような笑いに、それでいいのだと口角をあげて答える。
それを見たうえで、カイニスは続けた。
「弱虫の、ブラコンのカリベラは大丈夫か。荷が勝ちすぎてはいなかったか、弟可愛さに諦めていないか、てな!」
「ふふ、大丈夫だとも。出遅れてはいるけど、元々ワタシは遅れてる。最後に勝てばいい。ワタシとキャスターが、ね。間違いなく、変わらないよ。そも、ワタシは諦めたりしないさ。とっくのとうに、覚悟は決めてるよ。何より、ワタシは
汎人類史が嫌いだ、と言うとカイニスは興味深そうに眉を吊り上げた。
アラヤが嫌いなのは、ワタシだけでなく
にしても、ワタシがカドックを溺愛しているのはクリプター公認らしいことに、苦笑いする。
確かに、一時期は奪ってしまったことばかり気にしていたけど、今は大丈夫だ。
なんせ、
ワタシたちは勝利の土台が違う。
それを知らないカイニスは、面白そうにワタシを見ている。少し背が震えたような気がして、その上で無視して口を開いた。
「確かに空想樹はまだ根付いていない。
「は、ニコニコヘラヘラ、ペラッちいかと思えば、また険のある眼だな。王のご機嫌を窺いながら逆転を狙う、野心家の眼だ。
──ならいい。テメェがヴォーダイムの野郎に一泡吹かせるなら、そいつは最高の見世物だ! いいぜ、ロシアは問題なし。そうヴォーダイムには伝えてやるよ」
くくっ、とさぞ楽しげに笑うカイニスに、ああよかったと内心一息つく。
「この
そんなワタシを彼は不敵に笑いながら見つめて、言う。
「女にいいとこ見せたいんだろ? いいじゃねえか、マスターとサーヴァントのカップルってのも! そうなったらいよいよオレの出番だ。オマエの前で、その皇女サマをオレの女にしてやるよ!」
「…………下品ね。教養のない男は願い下げよ。第一、私にはカリベラがいるもの」
「だそうだけど?」
心底嫌そうに顔を顰めたアナスタシアに、ふっと笑いながら頭を撫でる。
そのままカイニスに問いかけると、すっかり真顔になって淡々と答えられた。
「奇遇だな。オレも同意見だよ。漁の一つもしねえクセに、花よ姫よとちやほやされた女はな」
だったら言うなよ、なんて呆れながらカイニスを見る。そういうヒトだ。仕方ない。
とはいえ、アナスタシアを侮辱されるのは気に食わない。だから。
「カイニス。もしかして話し相手がいないのかな? お茶会がしたいのなら、席を用意するよ」
「ああ、皇女がいない時になら喜んで受けてやる。っていうかカリベラ、テメェ口が回るじゃねえか! あんな能天気じゃなくて、普段からこれくらい辛辣でいろよ、オイ!」
随分気に入られたらしい。まぁ、原作でのカドックも同じようにされていたし、そりゃそうなるだろう。ワタシは彼の運命を奪ったのだから。
「ワタシだって人を選ぶって事さ。それで、他に言う事は?」
「ねえよ。ああ、そういや汎人類史の連中は居るのか? デイビットの言い分じゃロシアに現れるって話だったが?」
どこかウキウキとしたように尋ねるカイニスに、そうだこいつはそういう奴だったと思い出す。
どうせ、カルデアがいるなら自分にやらせろといったところだろう。それは、させない。
「ん、ああ。目下、対応中ってとこ。すぐ片が付くよ。ま、でなくても利用すればいい話よ」
「はあ? まだ殺していなかったのか。と、言いてえとこだが、ま、使うなら話は別だ。図に乗ったな人間。ああ、昔のテメェを見ている気分だ。その思い上がりに期待してやるよ、カリベラ。ああ、ロシアはテメェの
一瞬不貞腐れた彼だったが、すぐにまた好戦的に笑う。そろそろ帰るつもりらしい。
退屈そうにしていたアナスタシアの手を握って、もう少しだけ待ってて、と念話する。
「せいぜい一等賞を目指せ。足を掬われないように気をつけてな。うまくいったら、その時はお茶会? ってヤツに呼ばれてやるよ」
そう言って、彼はこの場を立ち去っていった。
するとすぐさまアナスタシアが面白くなさそうに頬を膨らませる。
「ふざけたサーヴァントね。あなたの制止がなかったら、私が殺していたわよ」
「ワタシも我慢してたんだ、許してよ。大体、神代の英雄ってのはクセが強いんだ。ま、舐められるのはどうしようもないさ」
「む、なら私も悪いってことね。ああもう、嫌だわ」
さて、どうこのお姫様のご機嫌を直そうか。
ぷっくりと膨らんだ、可愛らしい頬をちょんとつつきながら、ワタシはぺぺからもらった茶葉の位置を思い出すのだった。