弟に代わってクリプタるのはいいんだけど 作:クリプター活躍求む
ようやくカドぐだをいちゃつかせられるぜ……!
それから、次回の投稿は1週間後くらいになります。プロットがちょっとずれてきたので練り直すのですわ〜。
ごうごうと、吹雪が身体を殴りつける。それは人の視界を悪くするのに十分で、本来なら忌むべきもの。けれど、今のワタシたちにとっては助かるものだ。
吹雪の中、何やら人影が動いているのを見る。
ついに、この時が来た。きっともう後戻りはできない。いや、とっくのとうにその時は過ぎたんだろうけど。改めて、覚悟をし直せ。
大丈夫だ。
さぁ、やろう。
「……そっちのレーダーは旧式かな。お陰様で、随分近づきやすかったよ」
「!? その、声は……!」
震える声に知らんぷりをして、不敵な笑みを貼り付ける。
いの一番に上がった声に、感情豊かになっちゃって、と、ほんのすこしの寂しさを覚えた。
けれど、今はそれどころじゃない。
「
見たくないけど、それは許されないからと、せめてもの償いで、その姿を脳に焼き付ける。
「っ、姉さん!」
悲痛そうに顔を歪める、愛しき我が弟の、その表情を。
かすかに視界がぼやけかけて、それを抑える。思考を切り替えろ、ワタシは誰だ。
そう、ワタシはクリプター。
仮面を外すな、歪でもいいから笑え。
「宮廷音楽家さんは、もうダメそうだね。まあいいでしょう。彼には十分働いてもらったし。……さようなら、サリエリ先生」
そう告げている内に、向こうで通信越しにホームズが喋っている。大方、サリエリがどのサーヴァントであるか、といったところだろう。
「カリベラさん……ですか?!」
「おお、久しぶりだねー。マシュ。元気してた?」
「は、はい……! いえ、そうではなくて!」
相変わらずの様子で何よりだ、と笑いながら、目の前で戦闘態勢をとっている二人を見る。
藤丸立香、カドック・ゼムルプス。鮮やかなオレンジの髪が冷たい風に吹かれ、その隣で鋭い金の瞳が苦しげに歪んでいる。それでも、その立ち姿に迷いはない。
彼女、彼らは、ワタシの敵だ。
「……さぁて。ありきたりな言葉だけど、許しておくれ。
やっと会えたね、最後のマスターたち。ワタシの名はカリベラ・ゼムルプス。この異聞帯を担当する、
堂々と、風に吹かれながらも名乗りを上げる。
それを見た彼らは、一人は驚いたように目を丸め、もう一人はどこか悔しそうに、顔をぐしゃりと歪めた。
「カリベラさん……どうして」
黙ったままこちらを睨むカドックの代わりに、立香が呆然と問うてくる。
どうやら既にワタシのことを、カドックは話していたらしい。困ったことをしてくれたなぁ、と苦笑いしてしまう。
「んー、説明はなしで。覚えてもらわなくて結構。紹介はキリシュタリアがしてくれたでしょう?
世界を滅ぼす計画に同担した、七人のクリプター。ワタシはそのうちの一人。それだけで、きみらからしたら敵対するには充分だと思うけど?」
「待ってください! では、本当に──
本当に、キリシュタリアさんは、そして他の皆さんは!」
混乱したように、いや受け入れたくないからか、必死に聞いてくるマシュ。
落ち着いてねー、と呑気に宥めながら、ワタシは軽薄な笑みを浮かべる。
「おしゃべりになったね、マシュ。あーあ、こんなにカワイくなるんなら、ワタシももっと話したかったなぁ。楽しかったかな、人理修復の旅は。うんうん、そうだろうね。ワタシもすっごく気になるもの。
でもさ、今は違うよね? それに、きみは戦闘員じゃないんだろう? だから、さ。口を挟まないでくれるかな」
ただ少し強く止めただけで、彼女は悲しそうに眉を曲げた。どうせなら、そうなっていく過程を見たかった、なんて傲慢にも思う。きっとうつくしい旅だったのだろう。
「そもそもねぇ、そんな好意的に見ないで欲しいなぁ。ワタシたちはきみを備品として扱ってたじゃんか。レイシフト先でサーヴァントを召喚する為の、ただの装置として。そんなきみがワタシたちに人格やら人権やらを考慮する必要はなくない? ワタシたちもそうだったんだからさ」
「……それは……そんな、事は…………カリベラさんはいつも私に沢山お話してくれました……!」
「そりゃあさ、備品のチェックは大切でしょ? というか、ワタシ
「いえ、そんなつもりは……そんな、そんなこと。でも、私は……」
ほんとうに、やさしい子に育った。
さぞ良い人々に出会えたんだろうと考えると、つい口角が穏やかに緩みかける。けれど、それは許されない。外れかかった仮面をきっちり被り直した。
そんなことを考えている内に、マシュは覚悟を決めたらしい。
「……いえ。カルデアの敵、なんですね。カリベラさんは」
「そうそう。さっすが、マシュ! 物わかりが良くて助かるよ。とっくに宣戦布告は済ませたからさ、そうやってうじうじされても困っちゃうんだよね。
ワタシたちはクリプター、この異聞帯──ロストベルトを生育し、汎人類史に終わりをもたらすもの。ふふ、まぁもう終わったも同然だけどね!」
どうやってカルデアがこの白紙化を解消するかは、
それでも
「異聞帯……それがこの特異点の名なのですか?」
「点じゃない、帯だよ。最早転換点は過ぎ去ったのさ。この世界は歴史を紡いでいる。
……アニメとか、ロックとか、そういうのがないのは残念だけどね。でも、かの音楽家の演奏を生で聴けたのは嬉しかったなぁ。ワタシ、クラシックも好きだからさ」
まぁ、そんな彼も敵に回ることになるのだけれど。
どうせなら色々リクエストしとけばよかったかな、なんて後悔していると、立香がこちらをその真っ直ぐな目で見て、問いかけてきた。
「どうして、そんなことを? それに、あなたはカドックのお姉さんなんですよね……?」
「んっとねぇ。ごめんだけど、答えるつもりはあんまりないかな。別に、世界を滅ぼすわけじゃないさ。ワタシたちが滅ぼすのは、ふふ。
そう──汎人類史だけ。嬉しいハナシだよ、まったく。ま、他の異聞帯とも戦う予定だから、それ以外の異聞帯も、だけど。で、そっちのサーヴァントは、誰かな?」
ちら、と二人のサーヴァントを見る。
「敵に言う義理はないね」
「同じく。まあ、僕ってばバレバレなんだけどね!」
「んー、知ってた! ま、いいよ。どうせ根こそぎやっちゃうけど、慎重には慎重を。カドック言ってたもんねー、ワタシは詰めが甘いって。だから、がんばっちゃう。
さあ──
たはは、と軽薄に笑いながら、思考を切り替える。
実際に戦う姿を見ると、人との違いをありありと感じさせられるものだ。ゴーレムは壊してもすぐさま作り出されるし、銃弾が吸い込まれていると思うほど的確に
「あのー! カリベラさん! ちょっと、お話しませんかー!」
「え、ここで? 度胸えげつないね。流石は人類最後のマスターの片割れだ。そうだね、その度胸に免じてちょっとは話そうか? で、何が聞きたいの?」
どうやらここでの指揮はカドックに任されたらしい。まさかの藤丸立香からの提案につい驚いたけど、まぁいいだろう。
他にサーヴァントがいないことも確認済みなので、そのまま藤丸立香に近づく。
「えっと、カリベラさんはカドックのお姉さんなんですよね? なんでカドックと敵対しようって思ったんですか?」
さらっと問いかけられた疑問につい目をひん剥く。
この子こんなに言うっけ。いや、これは聞いても問題ないって分かっててやってるな? 伊達にマスターやってるだけあるらしい。
「うわどストレート。あー、カドックから色々ワタシのこと言われてるでしょ、その感じだと。あの子なんやかんや言ってシスコンだもの。ワタシがあの子を大好きすぎることちゃんと自覚してるし」
「あはは、よく言われます。カドック本人はシスコンだって自覚なさそうですし、あってもカリベラさんにはバレてないと思ってそうですよ?
ていうかそんなさらっと言えちゃうんですね、カドックがシスコンだって。照れないんですか?」
カドックがそんなにワタシのこと話しているなんて。いや、前のカルデアの時はそこまでだったし、これはこの子相手だからなのだろうか。
まさかだが。だとしたらワタシは飛び跳ねて喜びかねない。落ち着け、ワタシ。
「いやぁだってお互い大好きなんだもの。好きだからこそ気持ちもまるっとお見通しよ。あ、立香って呼んでいい? なんならタメだと嬉しいんだけど」
「もちろん! お姉さんって呼んでも良いかな? その、カドックが良く話してくれるから、なんだか他人な気がしなくて」
「ホントに?! ……あー、もちろん良いよ」
やはりもしかしなくてもそうなのかもしれない。実に良い響きだ、お姉さん。ただ、それを見られないのが少し残念だけど。
舞い上がりそうな喜びを抑えて、一旦思考を切り替える。今一度立香の方を見ると、ワタシの様子に合わせて彼女はまっすぐな瞳を鋭くさせた。
「ええと、どうして敵対しようと思ったのか、だよね」
「うん。あんなにもお互い大切そうだったのに、どうして今こうしていられるのかなって」
蜂蜜のように甘くて優しい瞳が、ワタシの姿を捉えて離さない。どう足掻いても言い逃れるのは厳しそうで、降参だと手を上げながら口を開いた。
「話すよ話す。けど、これから話すことは他の人には内緒ね。約束だよ。
……はっきり言ってね、カドックくらいしか理解できない理由だよ。それに、今きみが知るべきことじゃないと思う。お互いのためにも、ね。第一、きみらもう既に情報でお腹いっぱいだろ」
「まあ確かに。異聞帯ってなんだろう、って感じだ」
「ただね、一つだけ言えるよ。
ワタシの目的は、あの子だって。結局のところ、ワタシはブラコンらしいからさ」
「……随分あっさり言ってくれるんだね。それに、約束を守ると限らないよ?」
「ん? だってきみ、カドックのこと好きだろう? あと敵でも約束守るタイプじゃない。話さなかったのは、まぁ。さっきは通信してたし建前みたいな?
まぁとにかく応援してるよ、ワタシは。いいじゃない、お似合いだよ!」
そう答えると、立香はしばらくワタシを見て「そっか」、とだけ小さく呟いた。それは事実を見抜かれた動揺のように思える。
彼女がすっかり黙り込んだ姿を見て、恐らくもう納得してくれただろうとワタシは再び持ち場に戻った。
***
バチバチと戦火が舞う戦場の中で、二人のサーヴァントは特別怪我をしている様子はなかった。
そりゃあ
とはいえ過ぎたものは戻らない。そろそろ正体が分かった風にしなければ、このまま押し切られるだろうと、口を開いた。
「
「顔を見せなくても、さすがにこれだけゴーレムを酷使すれば露呈もするか。いかにも」
「それから、と。まぁ言うまでもないね。ビリー・ザ・キッドかな?」
「わ、大正解! 牛野郎と一緒に言ってくるタイプじゃないのは、ありがたいね!」
軽口を叩きながらも、淡々と殺戮猟兵を処理していく二騎のサーヴァントたち。これが束になってくるんだから、溜まったものじゃない。
だから、今。
我らが皇女様、キャスターに来てくれと念話すれば、そう待たない内に彼女はやってくる。
にんまりと口角を上げろ、わざとらしく手を広げろ。揚々と、芝居じみたまま、謳え。
「丁度いい頃合いだし。きみらんとこのサーヴァントと、こっちのサーヴァント──どちらが強いか、改めて勝負だ。
びゅう、と視界を遮る吹雪が強烈に吹く。
見えずとも分かる、その慣れた気配を隣に感じて思わず微笑んだ。
「──辺境にまで来た甲斐はあったかしら? マスター」
「もちろん。さ、ぱぱっとやってスッキリしちゃおう」
穏やかに、ワタシに笑いかけてくるアナスタシア。それを見たあちらでは、彼女について何やら話している。
「アヴィケブロンは役立ちそうだけど、どうなの?」
「んー、どうだろうねぇ。というか知ってるでしょ、きみ。ま、きみにならできるさ。手こずるかもしれないけどね」
「ええ、ええ。その通り」
そうして、嬉しそうに微笑んだ後、彼女は表情を変える。
穏やかで、いたずらっ子な少女でなく。
残酷で、誇り高い皇女へと。
「
そう名乗りあげたアナスタシアに対して疑問を投げかける、いや叫ぶようにしているゴッフを見ながら、考える。
サーヴァントとの実践的な戦闘は初めてだ。今のうちに色々考え、冷静になるべきなんだろう。
けれど、何故だかとても落ち着いていて。
びっくりするほどカッコいい、《私》のキャスターの勇姿を、ただ焼き付けるばかりだ。
「──さあ、一緒に殺しましょうね。ヴィイ。では、あなたたちに命令を下します。この永久凍土の世界で、永遠に煩悶する彫像におなりなさい」
世界で一番冷たいだろう空気が、激しい風とともに周囲へと広がっていく。
さぁ、ワタシたちの初戦の始まりだ。
***
「っ、アヴィケブロン、下がれ! ねえさ、っカリベラだ!」
「おおっと、残念。音消ししてたし、見えてないと思ったんだけどなぁ。やっぱ同業者にはバレるよね」
アヴィケブロンにガンドを撃ち込んだものの、カドックの的確な指示で逃げられる。
アナスタシアに間違いなく削られているはずだが、中々倒れる気配がない。
どうも不意打ちはできなさそうだし、ワタシはせいぜい支援するぐらいしかやることがなくなってしまった。
こんな戦場ど真ん中にいてもただの的なので、そっと後方へと下がる。が、それにカドックがついてきた。
「うーん、暇だね。久しぶりにオハナシしよーよ、カドック」
「は、お断りだ。第一、暇なんかじゃないだ、っろ!」
「うひー、すっかりカルデアに染まってらぁ。そんなガンドぶっ飛ばすタイプじゃなかったじゃんか」
背後に回り込んでいたカドックに声をかけるも、ガンドでお断りされてしまう。悲しい。
相変わらずの鋭い瞳でワタシを睨みつけているカドック。どうやらワタシ担当らしい。
まぁ妥当だろう。ついでに兄弟の情でなにか情報を得られたら、といったところかな。甘いなぁ、ワタシがアナスタシアに護衛しなくていいって言ってたらカドックが狙われるのに。それともカドック本人がそれを分かって提案してきたのか。うん、あり得て困る。
「でも知りたいんでしょ? どうしてワタシたちがこんなことしてるのか、目的はなんなのか」
「そりゃあ、な。だが、教えてはくれない。だろ?」
「さっすがカドック! お姉ちゃんポイントあげちゃう!」
「結構。だったらとっととくたばってくれ」
極めて辛辣。つらい。
まぁ、仮にも自分の姉が世界の敵として人類を滅ぼしてちゃ、そうだろう。
実際、カドックの目には怒りとも悲しみとも憎しみとも見られるような、ぐちゃぐちゃな感情が満ちている。
「ねーさ。ぶっちゃけこれ不毛な争いだと思うの。やめない? お互い魔力量も少ないんだしさ」
「やめるわけ無いだろ。というかやめたら捕獲する気だろうが」
「んー、じゃあワタシ個人の理由とか、聞く?」
「!」
そう言うと、一気に距離を置いて、まじまじとこちらを見てくるカドック。
眉を潜めながらしばらく考えた後に、小さく頷いた。
うん、よかった。こちらの魔力も、もう少し余裕を持っておきたいから。
ふっと、クリプターのワタシの笑みを貼り直して、口を開く。
「まー、なんだね。そうもったいぶるようなことじゃないよ。
「……そ、れは」
「もしかして向こうの人たちには言った? ワタシの体質のこと。いや言うか。上手く使えばアサシンもびっくりの隠密行動とれるもんね」
前から用意してた理由に、カドックは呆然としていた。
正直、本心ではある。嘘じゃない。確かにこの
だからこそ、この弟のことだって、騙せる。まるで、それが本当の理由のようにカドックは感じるはずだ。
そして何より、心を痛めるはずだ。
「分かってるでしょ、見てきたもんね。可哀想だったでしょ、ワタシ。父も母も、学友も先生も先輩も後輩も同僚も上司も医者もみんなみーんな! ワタシのこと、気付かないんだもの。まるで、そこには初めから何もいないみたいに。ちょっと意識しないだけで、さ」
カドックは悪くない。
それはきっと、本人も分かっているだろう。ワタシだって、カドックが悪いなんてちっとも思っていない。むしろ感謝している。
「しんどかったなぁ。カドックがちっちゃかった頃、ワタシ、ご飯なかったよ。だから自分で勝手に色々漁ってた。魔術に失敗したときも、カドックが来るまでずっと苦しくてさ。いや、これは自業自得かな。でも初めから父が教えてくれればああならなかったよね。ううん独学で無理したワタシが悪いよ、はは」
ぶっちゃけ、父母は嫌いではあるけど。
周りの人を、今まで関わってきた人たちのことを嫌いだとは、
「せめてペット、動物ならって思っても、動物ですらワタシに気付かない」
でも、この
この道化は、
「笑えるよね、ほんと。いくら意識すればマシになるからって、これはなくない? あーあ、ワタシって世界から拒絶されてるんだって。なんでだろうね、ワタシ何かしたかなぁ」
それは理不尽だ。無茶苦茶だ。
それでも、このやるせない思いを、憎しみを、苦しみを抑えきれない。
だからきっと、
弟を愛しながらも、憎んでいる。自分の生きる世界を憎んでいる。どころか、そんな理不尽を思う自分をも憎んでいる。
「してないよなぁ。おかしいよなぁ。酷いよなぁ」
ただ、今まではそのきっかけがなかっただけ。
「──ああ、嫌いだなぁ」
思いは既に、溢れかえっていたから。
皮肉なことに、
「ふふ、ははは。仕方ないよね。だって向こうが嫌ってるんだもん。ねぇ、そう思うでしょう? カドック!」
──ああ、やっぱりきみはやさしい子だよ、カドック。
こうして、狂った姉に対しても、あなたは悲しみを抱いているのだから。
今までの自分に対してか、あるいは壊れた姉に対してか、はたまた理不尽な世界に対してか、怒りを抱いた鋭利な金色。
その奥に、どこまでも深い後悔のような悲しみの波が揺れている。
「……ま、そんなとこだよ。もういいでしょ、向こうに合流しよう」
そんな様子のカドックを後に、ワタシはアナスタシアたちの方へと歩く。
そろそろ、サリエリ先生が目覚める頃だろう。
微かに滲む視界の中で、ワタシは再び
***
すっかりボロボロになった街を見ながら、駆け足で前線へと戻る。
と、その途中でサリエリがピクリと動いているのを見た。
「やっば。アナスタシア! サリエリ先生が目覚めたよ!」
「……!」
そう声を掛けるやいなや、サリエリが起き上がり、声を荒げ、一直線にアナスタシアへと飛びかかる。
「皇帝の犬どもめがァァァァァァッ!!」
「ヴィイ!」
「宝具──|至高の神よ、我を憐れみたまえ《ディオ・サンティシモ・ミゼルコティア・ディ・ミ》!」
「
激しい衝撃が、周辺に撒き散らされた。どうもカルデア側へも被害が及んでいるらしい。
ワタシも風圧で視界が一瞬やられたものの、直ぐに復帰する。
「記憶が戻った途端にこうなるとか、とんでもないなぁ。もう! ま、やっぱそこが限界らしいけど」
「ぐっ……!」
「ああ、驚いた。宮廷音楽家に空から襲撃された経験なんて、私くらいのものかしら。
──まあ、どうでもいいけど」
平然と受け止めたアナスタシアに対し、その一撃が精一杯だったサリエリが苦しそうに呻く。
溢れ出る憎悪の感情をひしと受け止めながら、ワタシは笑った。
「おの、れ……我を洗脳し、悪用するとは……!」
「そんな、悪用だなんて。有用に活用させてもらっただけなんだけどなぁ。……弱いにしたって、そう飛び回られても目障りだね。アナスタシア、足。やって」
そう伝えた瞬間、さらりとアヴィケブロンが現れたのを目にする。
ああくそ、そういえばそうだった!
「隙有り。ゴーレム起動。
「雪か……! そりゃ便利な素材だね! アナスタシア!」
咄嗟に魔術を利用して、サリエリの方を見ていたアナスタシアを庇う。
準備してあった礼装のおかげもあって、なんの怪我はなかった。
「……はぁ。前に言ったことを忘れたのかしら?」
「そんなことないよ。そういう備えはしてたから。被害は最小限に。実際、ワタシもきみも負傷してないでしょ?」
「……カリベラさん。あなたは……」
頭が痛そうにしながら文句を言うアナスタシアに、つい頬を膨らませる。向こうでマシュが何かを呟いているが、どうでもいい。
そりゃあもちろん、庇えるから庇ったに決まってるのに。
「よし、それでは逃げるとするか」
と、アナスタシアとじゃれている場合じゃなかったらしい。
アヴィケブロンがサリエリへと近づいている。
「ぐ、ううう……!」
「彼も連れて──行くに決まっているか」
「もちろん! 以心伝心だね!」
「当然だろ! 使えるものは使うべきだ!」
「なるほど、これがマスターに染まるという……。今後の参考にさせてもらおう」
そう言って、いつのまにか合流していたカドック含めたカルデアの面々は消えていった。
その跡を少し眺めてから、
「追跡してちょうだい」
「了解」
そのままカルデアを追いかけていった数名を見送った後、アナスタシアが声をかけてきた。
「……結果的に、最悪な展開にはならなかったと言うと、慰めになるかしら?」
「ふふ、冗談よしてよ。知ってるだろ?」
「あらまあ、そうだったかしら?」
ふふふ、はははと笑い合うワタシたち。それをじっと見ていた
「うん、こんな辺境だけど、
「無論。徹底した殲滅、殲滅を」
「すばらしい。この街一つ、きみたちの手で握り潰しなさいな」
そう言い終えるがいなや、即座に退散していく
その後ろ姿をぼんやりと眺めながら、ふと一人の少女の呟きを耳が拾う。
「……きっと彼ら、生前もこんな風だったのでしょうね。私を殺した奴らのように」
「んー、どうだろう。……ま、彼らは誰が相手だろうと変わらないんじゃない?
「……ええ、そうね。帰りましょう。
「はは、なんのことかな」
「不敬だとは思わなくて?」
「まさか、皇女たるきみに?」
「ふふ、それもそうね。行きましょうか」
「仰せのままに」
粛々と破壊されていく街を後に、ワタシの姿は吹雪の中へと溶けていく。
ああ、カドック、酷い顔してたなぁ。ごめんよ、酷い姉で。ごめんよ、傷つけて。ごめんよ、運命を奪って。
どうしてだか、追いかけているアナスタシアの背が揺らぎ、視界の端が歪んでいる。
貼り付けていた仮面は、すっかりこそげ落ちていた。
「ねぇ」
「っ! は、なんだ、立香か」
「ごめん、驚かせたよね。あの、ね。その……ちょっと、聞きたいこと、が」
「大丈夫だ。問題ない。カリベラは敵だ。間違いなく、敵意を持っていた」
「っ、そうじゃなくて!」
「なん、っ?!」
「……ごめん、ちょっと寒くて。嫌だったら、離れて」
「そう、か……ああ、くそ。分かりやすすぎるだろ、僕」
「ううん。ただ……私も、人肌が恋しくなる時があったから。まぁ、その時は自分で自分のこと抱きしめてたんだけどね」
「はは、そりゃ寂しい……ああ、温かいな……」
「うん……あったかいね」
「……笑ってたんだ。ずっと、ずっと」
「うん」
「けど、今日のは違ったんだよ。なんだろうな、こう……まるで、姉さんじゃないみたいで」
「そっか」
「……僕は、姉さんのこと、何も知らなかったのかもしれない」
「それは、お姉さんの笑い方が、違うものだったから?」
「ああ、いや……どうだろうな、はは。分からない。僕は、どうすればいい? 次に会った時、どんな顔をすればいい?」
「……私は、お姉さんのことを、カリベラ・ゼムルプスという人のことを、そこまで知らないけど。もし、カドックのことが好きなら、笑っててほしいんじゃないかな」
「どうして? 姉さんは敵で、きっと僕らのことを殺しに来る。それなのに、僕が笑って喜ぶなんて」
「だって。それでもカドックは──
──お姉さんに、前みたいな笑顔に戻ってほしいんでしょ? きっとそれは、お姉さんも一緒だと思うな」
「……ああ、うん。たしかに、そうだな。……いっしょだと、いいなぁ」
「そうだね、いっしょだといいね」