初めのことばかりで嬉しいです…!
魔法少女になっていた。
そこまでは分かった。問題は、魔法少女として何ができるのか、俺自身がほとんど何も分かっていないことだった。
キュゥべえに聞いて判明したのは、この身体が魔法少女として成立していること。ソウルジェムも本物で、魔力も使えること。ただし俺には契約した記憶がなく、願いも不明。二つ繋がったソウルジェムについては、契約する側のキュゥべえですら「珍しい」としか説明できなかった。
昨日より情報は増えた。その分、謎まで増えた。
「……確認するしかないか」
放課後、人の少ない河川敷まで移動し、掌の二連ソウルジェムを眺める。
片方は淡い銀色。もう片方は、中身だけを抜き取ったように色も光もない。二つの宝石は斜めに並び、細い銀色の枠で繋がっている。変身していない今は手のひらへ収まる程度だが、昨日はこれが縮み、左胸の上、鎖骨のすぐ下へブローチのように固定された。
その時も、反応したのは銀色側だけだった。
「……本当に何なんだろ、これ」
原作通りなら、ソウルジェムはただの変身アイテムじゃない。魂そのものだ。本来は一人に一つなのに、俺には二つあって、片方は空っぽ。
考えても答えは出ない。それより今は、少なくとも変身くらい自由にできるようになっておきたい。毎回追い詰められてから「なんとかなれー」で発動するのは、さすがに不安すぎる。
「変身……でいいんだよな?」
昨日の感覚を思い出し、魔法少女として戦える姿を意識する。
掌の銀色側が強く輝いた。
制服の感触が消え、二連ソウルジェムが掌から浮かび上がる。二つ繋がったまま少しずつ縮み、そのまま左胸へ吸い寄せられた。
「……やっぱり」
銀色の台座が衣装の一部として形を取り、二つの宝石が斜めに並んだまま収まる。銀色側だけが淡く光り、空っぽの方は変身しても沈黙したままだ。
最後に顔の上半分へ硬い感触が重なり、右手へずしりとした重みが生まれた。光が消れると、そこには鏡のような刀身を持つ日本刀が握られていた。
「……これが、今の俺か」
刃へ顔を映す。
長い銀髪。銀色の仮面。銀と白を基調にした衣装。そして左胸の二連ソウルジェム。
学校で鏡を見る時と同じで、まだ完全には自分の顔だと思えない。頭の中で自分を思い浮かべれば、今でも前世の男の顔が先に出てくる。
学校では女子中学生の田中として、声や話し方、一人称まで周囲から不自然に見えない程度には合わせている。この姿を田中だと知っている人はいない。
「……俺、か」
自然に出た。
学校で使う「私」より、考えなくても口から出てくる。声も普段より僅かに低く、言葉の出し方まで少し落ち着く。
「魔法少女の時くらい、好きに喋ればいいか」
改めて刀身を見る。
格好いい。
普通に格好いいな、これ。
口には出さない。
軽く刀を振ると、思っていた以上の速さで刃が空気を切った。少し走ってみても、地面を蹴る感覚からして普段とは違う。
ただし、剣術経験まで一緒に生えてくるわけではなかった。
「刀を持ったからって剣豪になるわけじゃないもんな……」
昨日、嫌というほど分かった。力はある。速くも動ける。でも戦い方は知らない。
マミさんに教えてもらえるなら、それが一番いい。
そこで一つ、問題を思い出した。
「……名前か」
田中としてなら、もうマミさんとは面識がある。でも魔法少女としての俺は、昨日名前も言わずに逃げた正体不明の少女だ。
田中とは名乗れない。それでは全部繋がってしまうし、毎回名前を聞かれるたび逃げるわけにもいかない。
魔法少女として使う名前を、何か考える必要がある。
その前に、顔の仮面へ触れた。
「これ、外せるのか?」
外れろ、と意識すると銀色の光が走り、仮面が消えた。もう一度出ろと念じれば、すぐに硬い感触が戻ってくる。
「便利だな」
ただ、つけ外しするたびに感覚が少し違った。外せば肩の力が抜け、つければ姿勢が自然と伸び、声まで少し落ち着く。
昨日、ほむらもまどかもマミさんも、俺と田中を別人として認識していた。顔は半分しか隠しておらず、髪も体格も同じ。それなのに、誰も結びつけなかった。
キュゥべえによれば、普通の変身にそんな認識阻害はない。
「俺の魔法……なのかな」
田中を見ても、俺を見ても、同じ人間だとは思わない。
今のところ、そう考えるのが一番近そうだった。
左胸へ指先を当てる。硬い二つの宝石が、衣装越しにもはっきり分かる。
「ここ、普通に急所だよな……」
これが魂なら、壊されたら終わりだ。銀色だけならどうなるとか、空っぽの方ならどうなるとか、そこから先は考えたくない。
とりあえず守る。それでいい。
「なかなか興味深いね」
「うわっ!?」
思い切り振り返ると、少し離れた場所にキュゥべえが座っていた。
「お前、いつからいた!?」
「少し前からだよ。君が仮面を外したり付けたりしているところも見ていた」
「余計なところまで見てるなよ!」
こいつ、本当に気配がない。
「君自身の魔法が、変身時の認識に関係している可能性は高そうだね。少なくとも、通常の変身だけでは説明できない」
「やっぱり認識操作?」
「そう呼ぶのが、今のところは一番近いかもしれない」
また「今のところ」か。
「おい、害……じゃなくてキュゥべえ」
「なんだい?」
「今わざと聞き流した?」
「何のことだい?」
「……もういい」
絶対聞こえてた。
「それより、正体を知られたくないなら名前が必要なんじゃないかな?」
「親切丁寧にどうも」
「どういたしまして」
皮肉が通じない。
「名前ねえ……」
銀髪だからシルバー。
ない。
刀だからサムライ。
もっとない。
前世の名前を使うのはどうだ。
思い出そうとした。
名字も名前も確かにあった。何年も呼ばれ、自分でも何度も書いてきたはずなのに、言葉として掴もうとすると輪郭だけが妙にぼやける。
仕事も家も覚えている。アニメを見ていたことも、まどマギの内容も。
なのに、自分の名前だけが出てこない。
「どうしたんだい?」
「……なんでもない」
気味は悪い。でも、今は偽名を考えればいい。
魔法少女。
魔法少女まどか☆マギカ。
その時、前世で見たどうでもいい記憶が浮かんだ。
『てか、マギカって誰?』
ある芸人の、まどマギ初見リアクション。
そういえば。
本当にマギカって誰なんだろうな。
「決まったのかい?」
「ちょっと待て」
魔法少女。マギカ。
響きは悪くない。意味はよく分からない。
偽名なら、それくらいでいい。
口にした瞬間、鏡面の刀が僅かに震えた。
左胸の銀色側も、一瞬だけ強く光る。
「…………?」
刀身を見る。銀色の仮面をつけた少女が、鏡の中からこちらを見返していた。
光の加減。
たぶん、それだけ。
「俺の名前は……マギカ」
今度は、さっきより自然に出た。
刀を握る手から、余計な力が少し抜ける。
ただの偽名なのに、妙にしっくりくる。
「分かったよ、マギカ」
「…………」
言われると結構恥ずかしいな。
なんだよマギカって。
でも今さら取り消すのも格好悪い。
魔法少女の時だけ使う偽名。それだけだ。
◇
「……キュゥべえ」
「なんだい?」
「近くに魔女とかいるか分かる?」
「小さな結界なら、この先にあるよ。魔女じゃなくて使い魔だと思うけどね」
「使い魔でも結界作るの?」
キュゥべえは尻尾をゆっくり揺らした。
「親の魔女から離れて長く活動している個体なら、ごく小規模なものを形成する場合もあるよ。魔女の結界ほど安定してはいないし、規模も小さいけどね」
「へえ……」
原作を知っているつもりでも、こういう細かい部分までは知らない。
「何体?」
「一体だと思うよ」
「昨日死にかけた相手なんだけど」
「昨日の君は変身した直後だった。今は自分で変身もできるし、逃げる判断もできる。試してみる価値はあるんじゃないかな」
「急にまともなこと言うなよ」
「僕はいつでも合理的だよ」
「そこが怖いんだよ」
少し歩くと、河川敷の一角だけ空気が薄い膜に覆われたように歪んでいた。草の色がおかしく、街灯の光も途中で不自然に曲がっている。
一歩踏み込むと、景色が切り替わった。
昨日の結界より遥かに狭い。せいぜい学校の教室を数個並べた程度だが、歪んだ地面や意味不明な記号、現実ではあり得ない色使いは同じだった。
「……ミニサイズでも十分気持ち悪いな」
「規模が小さいからね」
「気持ち悪さの話だよ」
暗がりから、一体の使い魔が姿を現した。
昨日なら逃げていた。
今日は試す。
「……やってみるか」
刀を両手で構えた瞬間、使い魔が一気に距離を詰めてきた。
「速っ――!」
横へ跳び、その勢いで刀を振る。刃先が浅く掠めた。
追撃しようと踏み込んだ時にはもう遅い。使い魔は横へ抜け、向きを変えるなりそのまま体当たりするように戻ってくる。
「危なっ!」
紙一重で避けた。
やっぱり身体だけが強い。相手の動きは見えるのに、どの距離で踏み込み、どこへ重心を置き、いつ刃を振ればいいのか分からない。力と速度だけ先に与えられ、戦い方だけが置いていかれている。
「随分落ち着いた魔法少女だったはずだけど」
「見た目の話だろ、それ!」
「そうなのかい?」
「実況するな!」
使い魔が距離を取る。
刀を握り直したところで、さっきの認識操作が頭をよぎった。田中と俺を別人に見せているらしい力。
だったら、自分自身にも使えるのか?
鏡面の刃に映る銀色の仮面を見る。
根拠はない。でも、なぜか試せる気がした。
「俺は……もっと速く動ける」
ただ言うのではなく、そういう自分だと意識する。
今の身体ならできる。
魔法少女なのだから、使い魔程度には追いつける。
左胸の銀色側が淡く光った。
「……お?」
脚へ魔力が集まる。
使い魔が跳んだ。
「っ!」
地面を蹴る。
想像以上の勢いで身体が前へ出て、すれ違いざまに刀を振り抜いた。
手応え。
使い魔の身体へ深い傷が走る。
「……斬れた」
なら、もう一度。
「この身体なら、もっと強く踏み込める」
銀色側が光る。
今度は使い魔が向き直るより早く間合いへ入り、そのまま刀を振り下ろした。
刃が身体を断つ。
使い魔が黒い塊になって崩れ、それに合わせて小さな結界にも亀裂が走った。
数秒後、元の河川敷へ戻る。
刀を下ろした。
勝った。
使い魔一匹。
昨日は、その一匹にすらまともに対応できなかった。
「今のは……自己暗示か?」
「君が『速く動ける自分』を強く意識した直後に、魔力の流れが変わったのは確かだよ。ただ、単純な身体強化なのか、君が考えている認識への干渉なのかは、今の一度だけでは判断できないね」
「急にちゃんと説明するじゃん」
「説明できることなら説明するよ」
「じゃあ昨日も頑張れ」
「昨日は分からなかったからね」
ぐうの音も出ない。
さっきの感覚を思い返す。
変身すると、周囲から田中とは違う人間として見られる。速く動けると思えば、実際に身体がそれへ追いついた。
口にしてみても、まだ曖昧だ。
「認識操作を、自分にもかけてる感じかな」
「今の君がそう理解しておく分には、問題ないんじゃないかな」
「逃げたな」
「断定を避けただけだよ」
鏡面の刀を見る。
銀色の仮面をつけた少女が、静かにこちらを見返していた。
田中ではない少女。
魔法少女。
今は、それでいい。
「まあ、使えるならいいか」
昨日より一つ、できることは増えた。
◇
変身を解く前に、もう一度だけ刀身へ視線を落とす。
「マギカ、ねえ……」
やっぱり少し気恥ずかしい。それでも悪くない。
学校で「私」と言っている時より、この姿で「俺」と言っている方が、余計なことを考えずに済む。
「……まあ、偽名なんだけどな」
変身を解く。
仮面と衣装、鏡面の刀が銀色の光へ溶け、最後まで左胸へ残っていた二連ソウルジェムが台座から離れた。元の大きさへ戻ったそれを掌で受け取る。
制服姿の田中。
それでいい。
マギカは、正体を隠すためにその場で作った偽名。魔法少女になっている間だけ使う名前。
それ以上でも、それ以下でもない。
少なくとも――
劇場版もやっとネタバレ解禁ですね、もう一度くらいは見に行きたいです…