俺がマギカなのか……?改   作:きのこ大三元

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追記:日間10位ありがとうございます!(*´∀`*)
初めのことばかりで嬉しいです…!


第8話 マギカ

 魔法少女になっていた。

 

 そこまでは分かった。問題は、魔法少女として何ができるのか、俺自身がほとんど何も分かっていないことだった。

 

 キュゥべえに聞いて判明したのは、この身体が魔法少女として成立していること。ソウルジェムも本物で、魔力も使えること。ただし俺には契約した記憶がなく、願いも不明。二つ繋がったソウルジェムについては、契約する側のキュゥべえですら「珍しい」としか説明できなかった。

 

 昨日より情報は増えた。その分、謎まで増えた。

 

「……確認するしかないか」

 

 放課後、人の少ない河川敷まで移動し、掌の二連ソウルジェムを眺める。

 

 片方は淡い銀色。もう片方は、中身だけを抜き取ったように色も光もない。二つの宝石は斜めに並び、細い銀色の枠で繋がっている。変身していない今は手のひらへ収まる程度だが、昨日はこれが縮み、左胸の上、鎖骨のすぐ下へブローチのように固定された。

 

 その時も、反応したのは銀色側だけだった。

 

「……本当に何なんだろ、これ」

 

 原作通りなら、ソウルジェムはただの変身アイテムじゃない。魂そのものだ。本来は一人に一つなのに、俺には二つあって、片方は空っぽ。

 

 考えても答えは出ない。それより今は、少なくとも変身くらい自由にできるようになっておきたい。毎回追い詰められてから「なんとかなれー」で発動するのは、さすがに不安すぎる。

 

「変身……でいいんだよな?」

 

 昨日の感覚を思い出し、魔法少女として戦える姿を意識する。

 

 掌の銀色側が強く輝いた。

 

銀色の光が、足元から身体を包んだ。

 

 制服の感触が消え、二連ソウルジェムが掌から浮かび上がる。二つ繋がったまま少しずつ縮み、そのまま左胸へ吸い寄せられた。

 

「……やっぱり」

 

 銀色の台座が衣装の一部として形を取り、二つの宝石が斜めに並んだまま収まる。銀色側だけが淡く光り、空っぽの方は変身しても沈黙したままだ。

 

 最後に顔の上半分へ硬い感触が重なり、右手へずしりとした重みが生まれた。光が消れると、そこには鏡のような刀身を持つ日本刀が握られていた。

 

「……これが、今の俺か」

 

 刃へ顔を映す。

 

 長い銀髪。銀色の仮面。銀と白を基調にした衣装。そして左胸の二連ソウルジェム。

 

 学校で鏡を見る時と同じで、まだ完全には自分の顔だと思えない。頭の中で自分を思い浮かべれば、今でも前世の男の顔が先に出てくる。

 

でも、こっちの方が少しだけ楽だった。

 

 学校では女子中学生の田中として、声や話し方、一人称まで周囲から不自然に見えない程度には合わせている。この姿を田中だと知っている人はいない。

 

「……俺、か」

 

 自然に出た。

 

 学校で使う「私」より、考えなくても口から出てくる。声も普段より僅かに低く、言葉の出し方まで少し落ち着く。

 

「魔法少女の時くらい、好きに喋ればいいか」

 

 改めて刀身を見る。

 

 格好いい。

 

 普通に格好いいな、これ。

 

 口には出さない。

 

 軽く刀を振ると、思っていた以上の速さで刃が空気を切った。少し走ってみても、地面を蹴る感覚からして普段とは違う。

 

 ただし、剣術経験まで一緒に生えてくるわけではなかった。

 

「刀を持ったからって剣豪になるわけじゃないもんな……」

 

 昨日、嫌というほど分かった。力はある。速くも動ける。でも戦い方は知らない。

 

 マミさんに教えてもらえるなら、それが一番いい。

 

 そこで一つ、問題を思い出した。

 

「……名前か」

 

 田中としてなら、もうマミさんとは面識がある。でも魔法少女としての俺は、昨日名前も言わずに逃げた正体不明の少女だ。

 

 田中とは名乗れない。それでは全部繋がってしまうし、毎回名前を聞かれるたび逃げるわけにもいかない。

 

 魔法少女として使う名前を、何か考える必要がある。

 

 その前に、顔の仮面へ触れた。

 

「これ、外せるのか?」

 

 外れろ、と意識すると銀色の光が走り、仮面が消えた。もう一度出ろと念じれば、すぐに硬い感触が戻ってくる。

 

「便利だな」

 

 ただ、つけ外しするたびに感覚が少し違った。外せば肩の力が抜け、つければ姿勢が自然と伸び、声まで少し落ち着く。

 

 昨日、ほむらもまどかもマミさんも、俺と田中を別人として認識していた。顔は半分しか隠しておらず、髪も体格も同じ。それなのに、誰も結びつけなかった。

 

 キュゥべえによれば、普通の変身にそんな認識阻害はない。

 

「俺の魔法……なのかな」

 

 田中を見ても、俺を見ても、同じ人間だとは思わない。

 

認識をずらす。

 

 今のところ、そう考えるのが一番近そうだった。

 

 左胸へ指先を当てる。硬い二つの宝石が、衣装越しにもはっきり分かる。

 

「ここ、普通に急所だよな……」

 

 これが魂なら、壊されたら終わりだ。銀色だけならどうなるとか、空っぽの方ならどうなるとか、そこから先は考えたくない。

 

 とりあえず守る。それでいい。

 

「なかなか興味深いね」

 

「うわっ!?」

 

 思い切り振り返ると、少し離れた場所にキュゥべえが座っていた。

 

「お前、いつからいた!?」

「少し前からだよ。君が仮面を外したり付けたりしているところも見ていた」

「余計なところまで見てるなよ!」

 

 こいつ、本当に気配がない。

 

「君自身の魔法が、変身時の認識に関係している可能性は高そうだね。少なくとも、通常の変身だけでは説明できない」

「やっぱり認識操作?」

「そう呼ぶのが、今のところは一番近いかもしれない」

 

 また「今のところ」か。

 

「おい、害……じゃなくてキュゥべえ」

「なんだい?」

「今わざと聞き流した?」

「何のことだい?」

 

「……もういい」

 

 絶対聞こえてた。

 

「それより、正体を知られたくないなら名前が必要なんじゃないかな?」

「親切丁寧にどうも」

「どういたしまして」

 

 皮肉が通じない。

 

「名前ねえ……」

 

 銀髪だからシルバー。

 

 ない。

 

 刀だからサムライ。

 

 もっとない。

 

 前世の名前を使うのはどうだ。

 

 思い出そうとした。

 

 名字も名前も確かにあった。何年も呼ばれ、自分でも何度も書いてきたはずなのに、言葉として掴もうとすると輪郭だけが妙にぼやける。

 

「……何だっけ」

 

 仕事も家も覚えている。アニメを見ていたことも、まどマギの内容も。

 

 なのに、自分の名前だけが出てこない。

 

「どうしたんだい?」

「……なんでもない」

 

 気味は悪い。でも、今は偽名を考えればいい。

 

 魔法少女。

 

 魔法少女まどか☆マギカ。

 

 その時、前世で見たどうでもいい記憶が浮かんだ。

 

『てか、マギカって誰?』

 

 ある芸人の、まどマギ初見リアクション。

 

 そういえば。

 

 本当にマギカって誰なんだろうな。

 

「決まったのかい?」

「ちょっと待て」

 

 魔法少女。マギカ。

 

 響きは悪くない。意味はよく分からない。

 

 偽名なら、それくらいでいい。

 

「……マギカ」

 

 口にした瞬間、鏡面の刀が僅かに震えた。

 

 左胸の銀色側も、一瞬だけ強く光る。

 

「…………?」

 

 刀身を見る。銀色の仮面をつけた少女が、鏡の中からこちらを見返していた。

 

 光の加減。

 

 たぶん、それだけ。

 

「俺の名前は……マギカ」

 

 今度は、さっきより自然に出た。

 

胸の奥で、何かが噛み合った。

 

 刀を握る手から、余計な力が少し抜ける。

 

 ただの偽名なのに、妙にしっくりくる。

 

「分かったよ、マギカ」

 

「…………」

 

 言われると結構恥ずかしいな。

 

 なんだよマギカって。

 

 でも今さら取り消すのも格好悪い。

 

 魔法少女の時だけ使う偽名。それだけだ。

 

 ◇

 

「……キュゥべえ」

「なんだい?」

「近くに魔女とかいるか分かる?」

「小さな結界なら、この先にあるよ。魔女じゃなくて使い魔だと思うけどね」

「使い魔でも結界作るの?」

 

 キュゥべえは尻尾をゆっくり揺らした。

 

「親の魔女から離れて長く活動している個体なら、ごく小規模なものを形成する場合もあるよ。魔女の結界ほど安定してはいないし、規模も小さいけどね」

「へえ……」

 

 原作を知っているつもりでも、こういう細かい部分までは知らない。

 

「何体?」

「一体だと思うよ」

「昨日死にかけた相手なんだけど」

「昨日の君は変身した直後だった。今は自分で変身もできるし、逃げる判断もできる。試してみる価値はあるんじゃないかな」

「急にまともなこと言うなよ」

「僕はいつでも合理的だよ」

「そこが怖いんだよ」

 

 少し歩くと、河川敷の一角だけ空気が薄い膜に覆われたように歪んでいた。草の色がおかしく、街灯の光も途中で不自然に曲がっている。

 

 一歩踏み込むと、景色が切り替わった。

 

 昨日の結界より遥かに狭い。せいぜい学校の教室を数個並べた程度だが、歪んだ地面や意味不明な記号、現実ではあり得ない色使いは同じだった。

 

「……ミニサイズでも十分気持ち悪いな」

「規模が小さいからね」

「気持ち悪さの話だよ」

 

 暗がりから、一体の使い魔が姿を現した。

 

 昨日なら逃げていた。

 

 今日は試す。

 

「……やってみるか」

 

 刀を両手で構えた瞬間、使い魔が一気に距離を詰めてきた。

 

「速っ――!」

 

 横へ跳び、その勢いで刀を振る。刃先が浅く掠めた。

 

 追撃しようと踏み込んだ時にはもう遅い。使い魔は横へ抜け、向きを変えるなりそのまま体当たりするように戻ってくる。

 

「危なっ!」

 

 紙一重で避けた。

 

 やっぱり身体だけが強い。相手の動きは見えるのに、どの距離で踏み込み、どこへ重心を置き、いつ刃を振ればいいのか分からない。力と速度だけ先に与えられ、戦い方だけが置いていかれている。

 

「随分落ち着いた魔法少女だったはずだけど」

「見た目の話だろ、それ!」

「そうなのかい?」

「実況するな!」

 

 使い魔が距離を取る。

 

 刀を握り直したところで、さっきの認識操作が頭をよぎった。田中と俺を別人に見せているらしい力。

 

 だったら、自分自身にも使えるのか?

 

 鏡面の刃に映る銀色の仮面を見る。

 

 根拠はない。でも、なぜか試せる気がした。

 

「俺は……もっと速く動ける」

 

 ただ言うのではなく、そういう自分だと意識する。

 

 今の身体ならできる。

 

 魔法少女なのだから、使い魔程度には追いつける。

 

 左胸の銀色側が淡く光った。

 

「……お?」

 

 脚へ魔力が集まる。

 

 使い魔が跳んだ。

 

さっきより、少し遅く見えた。

 

「っ!」

 

 地面を蹴る。

 

 想像以上の勢いで身体が前へ出て、すれ違いざまに刀を振り抜いた。

 

 手応え。

 

 使い魔の身体へ深い傷が走る。

 

「……斬れた」

 

 なら、もう一度。

 

「この身体なら、もっと強く踏み込める」

 

 銀色側が光る。

 

 今度は使い魔が向き直るより早く間合いへ入り、そのまま刀を振り下ろした。

 

 刃が身体を断つ。

 

 使い魔が黒い塊になって崩れ、それに合わせて小さな結界にも亀裂が走った。

 

 数秒後、元の河川敷へ戻る。

 

 刀を下ろした。

 

 勝った。

 

 使い魔一匹。

 

 昨日は、その一匹にすらまともに対応できなかった。

 

「今のは……自己暗示か?」

 

「君が『速く動ける自分』を強く意識した直後に、魔力の流れが変わったのは確かだよ。ただ、単純な身体強化なのか、君が考えている認識への干渉なのかは、今の一度だけでは判断できないね」

「急にちゃんと説明するじゃん」

「説明できることなら説明するよ」

「じゃあ昨日も頑張れ」

「昨日は分からなかったからね」

 

 ぐうの音も出ない。

 

 さっきの感覚を思い返す。

 

 変身すると、周囲から田中とは違う人間として見られる。速く動けると思えば、実際に身体がそれへ追いついた。

 

「自分をこういう存在だと思い込めば、それに合わせて変わる……?」

 

 口にしてみても、まだ曖昧だ。

 

「認識操作を、自分にもかけてる感じかな」

「今の君がそう理解しておく分には、問題ないんじゃないかな」

「逃げたな」

「断定を避けただけだよ」

 

 鏡面の刀を見る。

 

 銀色の仮面をつけた少女が、静かにこちらを見返していた。

 

 田中ではない少女。

 

 魔法少女。

 

マギカ。

 

 今は、それでいい。

 

「まあ、使えるならいいか」

 

 昨日より一つ、できることは増えた。

 

 ◇

 

 変身を解く前に、もう一度だけ刀身へ視線を落とす。

 

「マギカ、ねえ……」

 

 やっぱり少し気恥ずかしい。それでも悪くない。

 

 学校で「私」と言っている時より、この姿で「俺」と言っている方が、余計なことを考えずに済む。

 

「……まあ、偽名なんだけどな」

 

 変身を解く。

 

 仮面と衣装、鏡面の刀が銀色の光へ溶け、最後まで左胸へ残っていた二連ソウルジェムが台座から離れた。元の大きさへ戻ったそれを掌で受け取る。

 

 制服姿の田中。

 

学校では田中。

戦う時はマギカ。

 

 それでいい。

 

 マギカは、正体を隠すためにその場で作った偽名。魔法少女になっている間だけ使う名前。

 

 それ以上でも、それ以下でもない。

 

 少なくとも――

 

その時は、本当にそう思っていた。




劇場版もやっとネタバレ解禁ですね、もう一度くらいは見に行きたいです…
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