4月末から投稿を始めて、半年を過ぎようとしているので嬉しいです…!
――巴マミ視点
あの仮面の魔法少女と再び会ったのは、最初に出会ってからそれほど日を置かない放課後だった。
長い銀髪。顔の上半分を隠す銀色の仮面。銀と白を基調にした衣装に、鏡のような刀身を持つ日本刀。そして左胸には、二つ繋がった見慣れないソウルジェム。
間違えるはずもない。この間の魔女の結界で出会い、ほむらさんを助けたあと、名前も告げずに走り去った少女だった。
「あ……」
向こうも私に気づいたらしい。少し離れたところで足を止め、気まずそうに視線を逸らす。それから小さく息を吐いて、こちらへ歩いてきた。
「この前の……」
「ええ。また会ったわね」
笑いかけると、少女は仮面の縁へ一度だけ指を触れた。
「……あの時は、ごめんなさい。助けてもらったのに、名前も言わないで逃げたから」
確かに気にはなっていた。戦いが終わったあと事情を聞こうとした私に、この子は自分でもよく分からないと言って、そのまま行ってしまった。
ただ、あの時は本人もかなり混乱していた。初めての戦闘だったのなら、なおさら責める気にはなれない。
「別に怒ってないわよ。初めて変身したばかりだったんでしょう? あれだけ色々起きたあとなら、落ち着いて話せなくても仕方ないわ」
「……助かる」
ほんの少し、肩が下がった。
見た目ほど近寄りがたい子ではないらしい。
「それで」
少し迷ってから、少女が口を開く。
「俺は……マギカ」
「マギカ?」
「うん。魔法少女の時は、そう呼んで」
魔法少女の時は。
普段は別の名前があるのだろう。仮面までつけている以上、それを私へ明かすつもりもないらしい。
魔法少女が事情を隠すこと自体は珍しくない。私だって、会ったばかりの相手へ無理に聞き出すつもりはなかった。
「分かったわ。マギカさんね」
「…………」
なぜか顔を逸らした。
「どうしたの?」
「いや……自分で決めたんだけど、実際に呼ばれるとちょっと恥ずかしくて」
「ふふ」
「笑った?」
「少しだけ」
仮面越しでも、不満そうなのが分かる。
「私は巴マミ。前にも会っているけれど、改めてよろしくね」
「うん。よろしく、マミさん」
返事は素直だった。もっと人を避ける子なのかと思っていたけれど、こうして話してみるとそうでもない。
「今日は一人?」
「うん。少し練習してた。昨日、使い魔を一体だけ倒せたんだけど……正直、まだ全然分からなくて。刀もそうだし、魔法も」
「そうでしょうね」
「即答?」
「だって、この前かなり危なっかしかったもの」
「……やっぱり?」
最初に見た時から、それは分かっていた。身体能力そのものは高い。それなのに刀を振るたび身体が流れ、避ければ必要以上に距離を取り、複数の使い魔が動けば視線まで迷う。
力はある。
使い方を知らないだけ。
「よかったら、少し見てみましょうか? 今のまま一人で魔女と戦ったら、たぶん身体能力だけで何とかしようとするでしょう?」
「……否定できない」
「でしょう?」
小さく笑う。
「でも、見た目はとても強そうよ」
「見た目は?」
「ええ」
「戦うと?」
「初心者ね」
「…………」
分かりやすく肩が落ちた。
「そんなに落ち込まなくてもいいでしょう。最初から上手く戦える魔法少女なんていないわ。私だって最初は、リボンをどう戦いに使えばいいのか分からなかったし、そこから銃を作るようになってからも随分失敗したんだから」
「マミさんも?」
「もちろん」
少しだけ顔を上げる。
刀の扱いは素人で、戦闘経験も浅い。それでも魔力は弱くなく、変身そのものも安定している。昨日、一人で使い魔を倒せたというなら、自衛できるだけの力はすでにある。
教えれば伸びる。
それに最近、見滝原では嫌な噂も聞いていた。
とても強い魔女が、この街へ現れるかもしれない。
――ワルプルギスの夜。
まだ確かな情報ではない。いつ来るのか、本当に見滝原へ来るのかさえ分からない。それでも、もし噂が本当なら、私とまどかさんだけでどこまで戦えるか。
「マミさん?」
「え?」
「なんか考えてた?」
「少しね」
まだ、この話をする必要はない。
「あなたがこの街で戦うつもりなら、最低限のことは覚えておいた方がいいわ。一人で変な癖をつけてしまうより、最初に直した方が楽だから」
「なら……教えてほしい」
「ええ」
私は頷く。
「まずは刀の持ち方からね」
「そこから?」
「そこからよ」
◇
「もう少し右」
「右?」
「そっちじゃなくて」
「え?」
「反対」
「あっ」
放課後の河川敷で、マギカさんが刀を構え直す。柄を握る手にはまだ力が入りすぎていて、足の位置も安定していない。一つ直せば、別のところが崩れる。
「握りすぎよ。そのままだと振ったあとに刀へ身体ごと持っていかれるわ」
「昨日も流れた」
「でしょうね。あの振り方なら」
「そこまで言う?」
「教えてほしいって言ったのはマギカさんでしょう?」
「……はい」
素直でよろしい。
「もう一度」
「うん」
右手から少し力を抜かせ、足の位置も変える。今度は少し形になった。
そして踏み込んだ瞬間。
「……速い」
刀の扱いとは釣り合わない。普通ならあの速度で動けば姿勢が崩れて次の動作へ繋げられないはずなのに、マギカさんは魔力で強化された身体能力だけで無理やり支えている。
「やっぱり身体能力はかなり高いわね」
「そう?」
「自覚ないの?」
「比較対象がないから」
「昨日、使い魔と戦ったでしょう?」
「ボコボコにされた記憶の方が強くて……」
「…………」
危うく笑いそうになる。
「笑った?」
「笑ってないわよ」
「今ちょっと笑った」
「気のせい」
納得していない顔。
そう返しながら、もう一度マギカさんを見る。
銀色の仮面。長い髪。困った時に少し首を傾げる仕草。刀を持っていない左手の位置や、何かを考えている時の視線にも、なぜか見覚えがあるような気がした。
誰だったかしら。
学校で見かけた生徒か、それとも街ですれ違った誰かか。
そこまで考えたところで、妙に曖昧になる。
「マミさん?」
「え?」
「どうしたの?」
「……なんでもないわ」
考えすぎだろうか。
銀色の髪自体は珍しいけれど、顔の上半分は仮面で隠れている。似た背格好の子と重ねて見ているだけかもしれない。
それより、今は魔法の方だ。
「前に言っていた、認識をずらす魔法だったかしら」
「たぶん。キュゥべえにも、今のところはそれが一番近いんじゃないかって言われた」
「今のところ?」
「俺も、あいつも、よく分かってない」
あいつ。
キュゥべえのことだろう。
少しだけ扱いが雑な気がする。
「それ、自分にも使えるみたいなんだ」
「自分に?」
「昨日、使い魔と戦った時に試した」
マギカさんが少し離れた場所へ向き直る。左胸の銀色側が淡く光った。
「俺は、もっと速く動ける」
次の瞬間、姿が前へ飛び出した。
「っ」
速い。
ただ、それだけではない。最初の踏み込みでは大きく乱れていた身体の軸が、今はほとんど崩れていなかった。
「もう一度やってもらえる?」
「いいけど」
今度は足ではなく、腰と肩を見る。
「俺は速く動ける」
銀色の光。
踏み込み。
やはり速度が上がる。それに合わせて、身体の制御まで僅かに整っている。
「自己暗示だと思ってる」
「自分に、速く動けると思い込ませている?」
「たぶん。それで魔法が身体を強くしてるんじゃないかなって」
「…………」
少し違う気がする。
単純な身体強化なら、速度が上がっても、動き方そのものまで急に整う理由にはならない。
速くなったというより。
速く動ける状態へ、身体ごと近づいている。
「マミさん?」
「……もう一つ試してみましょう」
私はリボンを伸ばし、一丁のマスケット銃へ形を変える。
「撃つの?」
「あなたには撃たないわよ」
「よかった」
本気で安心している。
「そこにある空き缶を見て。今度は、私から見た位置だけ少しずらせない? 実物を動かさなくていいの。私にだけ、別の場所にあると思わせてみて」
「……難しそう」
「できなかったら、それでいいわ」
マギカさんが空き缶を見る。
銀色側が淡く光った。
「…………」
缶そのものは動いていない。
けれど、一瞬だけ本来の位置より少し右にあるような錯覚を覚えた。
そちらへ銃口を向け、撃つ。
弾丸は空き缶の横を抜けた。
「……なるほど」
「できた?」
「ええ。少なくとも私は、位置を間違えたわ」
「じゃあ、やっぱり催眠とか?」
「幻覚を見せられたというより、そこにある場所を取り違えた感じね。ただ……」
空き缶を見る。
今はもう、元の位置にしか見えない。
「自分に使った時とは、少し性質が違って見えるわ」
「そう?」
「ええ。相手には認識を誤らせて、自分に使えば身体の動きまで変わる。少なくとも、単純な幻覚だけではなさそうね」
「……やっぱりよく分からないな」
「だからこそ、自分で何をしているのか分かるまでは、あまり無茶な使い方はしない方がいいと思う」
「……はい」
素直だ。
強い力を持ったばかりの子ほど、自分なら何でもできると思ってしまうことがある。でもマギカさんは、自分が何も分かっていないことをちゃんと分かっている。
それなら、まだ安心できる。
「マギカさん」
「何?」
「これからも、私と一緒に練習しない?」
「いいの?」
「もちろん。その刀も魔法も、使い方を覚えればもっと安全に戦えるでしょう? それに、一人で試して変なことになってから相談される方が困るもの」
「……それは確かに」
少し間を置いて頷く。
「助かる」
短い返事。
それでも、少し嬉しかった。
「ただし」
「まだある?」
「あるわよ」
思わず笑う。
「勝てないと思ったら逃げること。一人で全部やろうとしないこと。それから、自分の魔法を試す時も一度に無茶をしない。できることが分からないなら、慎重に使うのも立派な判断よ」
「マミさんも逃げる?」
「必要ならね」
「……そっか」
刀へ視線を落とし、少し考えてから頷いた。
「覚えておく」
「そうして」
正体を隠して、自分の魔法もよく分かっていない。なのに時々、こちらが教える前から魔女について知っているようなことを口にする。
変わった子ではある。
それでも、少し危なっかしくて、放っておきにくい。
◇
「マミさん!」
少し離れた道から、まどかさんが走ってきた。
「ごめんなさい、遅くなっちゃって……!」
「大丈夫よ。今日は練習していただけだから」
まどかさんの視線が、私の隣へ移る。
「あ……! この前の魔法少女さん!」
「こんにちは」
マギカさんの声が、さっきまでより少しだけ柔らかくなった。
「また会えたんだね。あの時、名前も聞けなかったから気になってたの」
「ああ、それなら」
マギカさんが一度だけ私を見る。
「俺はマギカ。魔法少女の時は、そう呼んで」
「マギカちゃん?」
「……ちゃん?」
動きが止まった。
「えっ、嫌だった?」
「いや。別に」
そう言いながら、ほんの少し顔を逸らす。
「じゃあ、マギカちゃんだね。よろしく!」
「……うん。よろしく」
私には「さん」で、まどかさんはもう「ちゃん」。
まどかさんらしい。
「今日はマミさんと練習してたの?」
「うん。刀の使い方とか」
「どうだった?」
「まだ素人」
「マミさん?」
「事実でしょう?」
「……はい」
まどかさんがくすくす笑う。
「でも、マギカちゃん格好いいよ。刀も似合ってるし、仮面もすごく魔法少女って感じする」
「仮面も?」
「うん。最初に見た時はちょっとびっくりしたけど」
「……怖かった?」
「ちょっとだけ」
「…………」
目に見えて落ち込んだ。
「でも、話してみたら全然怖くなかったよ?」
「それならいいけど……」
仮面の魔法少女が、仮面の評判で一喜一憂している。
やっぱり、見た目ほど近寄りがたい子ではない。
そのやり取りを眺めながら、またほんの少しだけ引っかかる。
銀色の髪。
同年代くらいの背格好。
それだけなら、さっき考えた誰かと似ている理由にはなる。
「そうだ、マギカちゃん」
まどかさんが何かを思い出したように手を合わせた。
「今度、田中さんにも紹介したいな」
「…………」
マギカさんが一瞬だけ止まった。
「田中さん?」
「うん。同じクラスの子。昨日、ほむらちゃんと一緒に結界に巻き込まれちゃった子なんだけど」
田中さん。
昨日、お茶会で会った少女だ。
「銀色の髪でね、マギカちゃんとちょっと似てるの」
「……へえ」
返事が僅かに遅れた。
言われてみれば。
髪の色も体格も近い。
声は少し違って聞こえるけれど、仮面越しだからだろうか。立っている姿を見比べれば、もっと似て見えるかもしれない。
けれど。
だからといって、同じ人だとは思わなかった。
似た特徴を持つ人なんて、それだけなら珍しい話ではない。
「マミさん?」
「え?」
「どうしたの?」
「何でもないわ」
また考えすぎたらしい。
マギカさんが首を傾げる。
その仕草にも、どこか見覚えがあるような気がする。
でも、それ以上は思い出せなかった。
本人が素性を隠している以上、こちらから詮索する必要もない。魔女と戦い、人を助け、こちらの話もきちんと聞く。
今は、それで十分だ。
◇
練習を終える頃には、空がかなり赤くなっていた。
「それじゃあ、俺はこれで」
「もう帰るの?」
「うん。今日は十分やったし」
左胸の銀色側は、最初より僅かに濁っている。
正しい判断だ。
「また今度ね、マギカちゃん」
「うん」
まどかさんに答えてから、マギカさんがこちらを見る。
「マミさんも、ありがとう。また教えて」
「もちろん」
少し前まで、一人で魔女を探して、一人で戦って帰るだけだった。
今は、まどかさんがいる。
それから、もう一人。
「マギカさん」
「何?」
一瞬だけ迷った。
「よかったら……魔法少女同士、お友達にならない?」
「…………」
固まった。
あ。
急だったかしら。
「同じ街で戦うなら連絡を取れた方が便利でしょう? 魔女の情報だって共有できるし、それに……戦いのことじゃなくても、困った時に話せる相手がいた方がいいと思うの」
最後だけ、少し声が小さくなった。
理由を並べすぎた気がする。
本当はもっと単純なのに。
一緒に戦える人が増えるのが嬉しい。
同じことを知っている相手と、戦い以外の話もしてみたい。
マギカさんはしばらく黙っていた。
「……友達」
「嫌だった?」
「いや」
否定はすぐだった。
それから、少し困ったように仮面へ指を添える。
「俺、名前も本当のやつじゃないし、顔も隠してるけど。それでもいいなら」
「ええ。言いたくないことを無理に聞くつもりはないわ。それに、友達になるのに本名まで必要かしら?」
「…………」
マギカさんがこちらを見る。
やがて、ほんの少しだけ口元が緩んだ。
「じゃあ……よろしく、マミさん」
「ええ。よろしくね、マギカさん」
胸の奥が少し軽くなる。
「わたしも!」
隣から、まどかさんが勢いよく手を挙げた。
「え?」
「わたしもマギカちゃんと友達になりたいな」
「……増えた」
「だめ?」
「いや、そういうわけじゃ……」
マギカさんが少しだけ後ずさる。
魔女を前にした時より困っているように見えた。
「じゃあ、三人とも友達だね」
「決まるの早くない?」
「嫌?」
「嫌じゃないけど」
その返事を聞いて、私も笑った。
「じゃあ決まりね」
「マミさんまで」
「二対一だもの」
「多数決だったの?」
まどかさんが笑う。
つられて、私も笑った。
「じゃあ今度は三人で練習しようね」
「まどかさんも?」
「もちろん!」
「鹿目さんは弓の練習もあるけれど、三人で動く練習もしておいた方がいいわね。実戦で好き勝手に動いたら危ないもの」
「……急に訓練の話になった」
「大事でしょう?」
「友達になった直後なんだけど」
「それとこれとは別よ」
「マミさん、意外と厳しい……」
そう言いながらも、マギカさんの声は少し楽しそうだった。
夕方の風が、三人の間を抜けていく。
正体も、本当の名前も分からない。
魔法だって、まだ本人にもよく分かっていない。
それでも。
マギカ。
見滝原に現れた、仮面の魔法少女。
今日からは。
私の弟子で。
友達だった。