俺がマギカなのか……?改   作:きのこ大三元

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第10話 魔法少女一年生

「今日ね、放課後にマミさんと練習するんだ」

 

 昼休みが終わる少し前、まどかが何気なくそう言った。

 

「へえ」

 

 知っている。俺も参加するから。

 

「この前の続きで、マギカちゃんの練習もするんだって」

「そうなんだ」

「田中さんも見に来る?」

 

 来るよ。お前らと一度別れたあと、人目のないところで変身してな。

 

「いや、私はちょっと用事あるから」

「そっか」

 

 まどかは少し残念そうにしたものの、それ以上は聞かなかった。

 

「でも、マギカちゃん頑張ってるんだよ。まだ刀はあんまり上手じゃないけど」

「へ、へえ……」

 

 本人の前で言わないでもらえます?

 

「マミさんも、身体はすごく速いって言ってた。でも刀を振ると、たまに身体も一緒に回っちゃうんだって」

 

 そこまで報告されてるの?

 

 マミさん。弟子の失敗談を共有しないでほしい。

 

 ◇

 

 放課後、学校を出てまどかたちと一度別れ、人目のない場所で変身する。

 

 二連ソウルジェムの銀色側が光り、制服が銀と白の衣装へ置き換わる。二つの宝石が左胸へ収まり、最後に銀色の仮面と鏡面の日本刀が現れた。

 

「よし」

 

 そこから河川敷へ向かう。

 

 田中として別れた三十分後に、マギカとして再集合。

 

俺の放課後、無駄に忙しくない?

 

「来たわね、マギカさん」

 

 先に待っていたマミさんが手を振った。

 

「遅れてごめん」

「大丈夫よ。私たちも今来たところだから」

「マギカちゃん!」

 

 隣でまどかも嬉しそうに手を振る。

 

「今日はいっぱい練習できるね」

「お手柔らかに」

「それは私に言うことじゃないんじゃない?」

 

 まどかが笑う。

 

 確かに。

 

 見ると、マミさんはすでに何本かリボンを張り、簡単な練習場所を作っていた。

 

「今日は前回より、もう少し具体的に見ていきましょう。魔法もそうだけれど、その前に――」

 

 視線が俺の刀へ向く。

 

「基本からね」

「……やっぱり?」

「やっぱりよ」

 

 ◇

 

「まず、自由に振ってみて」

 

 少し距離を取り、鏡面の刀を両手で構える。

 

 日本刀。銀髪。仮面。銀と白の衣装。

 

 どう考えても絵になる。

 

 少なくとも、見た目だけなら。

 

「……よし」

 

 それっぽく腰を落とし、一歩踏み込んで横薙ぎ。

 

 勢いが乗る。

 

「おっ――」

 

 乗りすぎた。

 

 刃を止めきれず、振り抜いた勢いに腰まで引っ張られ、そのまま身体が半回転する。

 

「…………」

「…………」

 

 マミさんとまどかが黙った。

 

「何か言って」

「思っていたより回ったわね」

「そこ?」

 

 まどかは口元を押さえている。

 

「笑っていいよ」

「ご、ごめん……」

 

 笑われた。

 

「もう一度。今度は刀を振り切ろうとしすぎないで。身体の中心を意識して、腕だけで振らないこと」

「はい」

 

 やり直す。

 

 今度は回らなかったが、踏み込みの勢いを受け止めきれず、振ったあとに身体が前へ流れた。

 

「そこね。あなた、腕力と脚力が強いから、それだけで刀を振れてしまっているの。そのままだと、もっと速く動くようになった時に自分で自分を止められなくなるわ」

 

 既に一回やりました。

 

「身体が速いことと、戦えることは別よ」

 

「……覚えておく」

「前にも似たようなこと言われた気がする」

 

 まどかが首を傾げる。

 

「大事なことだから、何度でも言うの」

 

 マミさんは真顔だった。

 

 これはたぶん今後も言われる。

 

 その後は刀だけでなく、走る、止まる、跳ぶ、避けるといった基本動作も見てもらった。短い距離ならかなり速く、跳躍力も反応も悪くない。ただ、その速度を扱うための重心移動や減速が追いついておらず、止まろうとするたび足元へ余計な力が入る。

 

「止まるの下手ね」

「……そこまで?」

「速く動ける分、余計にね。でも身体強化そのものはかなり強いと思うわ。普通の新人なら、ここまで動けないもの」

 

「お」

 

 褒められた。

 

「ただし」

「まだある?」

「戦えるかどうかは別」

「知ってた」

 

 まどかがくすくす笑った。

 

 ◇

 

 少し休憩してから、今度は魔法の確認へ移った。

 

 前回分かったのは、他人の認識を少しずらせるらしいこと。そして自分自身へ使えば、身体能力にも影響が出ること。ただし、どこまでできるのかはまだ分からない。

 

「前にやった空き缶の実験、覚えてる?」

「もちろん」

「今日は対象を変えてみましょう。鹿目さん、手伝ってもらえる?」

「はい!」

 

 まどかが俺の正面へ立つ。

 

「今度は、まどかさんにあなた自身を見失わせてみて」

「俺を?」

「できれば動かないままでね」

 

 無茶を言う。

 

 数メートル先に立つまどかと向かい合い、意識を集中する。

 

 俺はいない。

 

 何も起きない。

 

「見えてる?」

「うん」

「だよな」

 

 もう一度。

 

 いない、ではない。

 

 俺が消えるわけじゃない。

 

 ただ――ここにいるのは、俺じゃない。

 

 左胸の銀色側が淡く光った。

 

「あれ?」

 

 まどかの視線が、一瞬だけ横へ逸れる。

 

「えっ……今、一瞬だけマギカちゃんがどこにいるのか分からなくなった」

「俺、動いてないけど」

「うん。見えてたはずなんだけど……」

 

 マミさんが目を細めた。

 

「今度は私にやってみて」

 

 同じように意識する。

 

 ここにいるのは、俺じゃない。

 

 銀色側が光り、マミさんの視線がごく僅かに横へ流れた。すぐ戻ったものの、完全に無反応ではない。

 

「姿が消えたわけじゃないのね。見えているのに、一瞬だけ意識から外される感じかしら」

「やっぱり認識阻害?」

「近いと思うわ」

 

 認識操作。催眠。

 

 今のところは、そのあたりで説明できる。

 

「そういえば、前から不思議だったのよね」

 

 マミさんが俺の仮面を見る。

 

「その仮面、顔の全部を隠しているわけじゃないでしょう? 髪も体格もそのままなのに、あなたを誰かに似ていると思っても、その先へ考えが続かないの」

「仮面のおかげじゃない?」

「それだけかしら」

 

 まどかも俺をじっと見る。

 

「確かに……マギカちゃんって、マギカちゃんって感じがする」

「何その感想」

「え?」

「いや、分かるような分からないような」

 

 まどかが困った顔をした。

 

 でも、たぶんそれでいい。

 

マギカはマギカ。

 

 田中とは結びつかない。

 

 今は、それ以上考える必要もなかった。

 

 ◇

 

「次は、自分自身への使い方を見ましょう」

 

 これは既に少し分かっている。

 

「前にやったやつね」

「ええ。速く動けると思えば、本当に速くなった。ただ、前回見た限りだと単純な身体強化だけじゃなさそうだった。もう一度やってみて」

「分かった」

 

 まどかとマミさんの前で、自分へ向かって「俺は速い」と言うのは少し恥ずかしい。

 

「……俺はもっと速く動ける」

 

 左胸が光り、身体が軽くなる。脚へ集まった魔力に押し出されるように地面を蹴った。

 

「っ!」

 

 明らかにさっきより速い。

 

 そして。

 

「止ま――」

 

 止まれない。

 

 目の前には河川敷の斜面。

 

「待っ――」

 

 腰へリボンが巻きつき、そのまま後ろへ引かれた。

 

「ぐえっ」

 

 宙ぶらりんで止まる。

 

「だから言ったでしょう?」

 

 遠くからマミさんの声。

 

「身体が速いことと、戦えることは別よ」

 

「本日二回目」

「大事だから」

「はい」

 

 ゆっくり下ろされると、まどかが心配そうに駆け寄ってきた。

 

「大丈夫?」

「大丈夫。ちょっと恥ずかしいだけ」

「速かったよ!」

「その後が問題なんだよ」

 

 速くなれば強くなる。そんな単純な話ではないらしい。

 

「だったら、ずっと速くしようとしなければいいんじゃないかしら」

 

 マミさんがリボンを伸ばし、少し離れた場所に人型の標的を作る。

 

「必要な瞬間だけ速くなるの。踏み込む時だけ。それに、あなたは相手の認識もずらせるでしょう? 相手から見えるあなたの位置を一瞬だけ横へずらして、その隙に本物が正面から踏み込む」

「なるほど」

 

「大きく騙す必要はないわ。一太刀入れる時間だけあればいいの」

 

 確かに。

 

 ずっと見失わせる必要はない。

 

「やってみる」

 

 刀へ手を添え、標的を見る。

 

 俺はここにいる。正面。

 

 でも、相手から見える俺だけを少し横へ。

 

 左胸が光り、鏡面の刀へ銀色の光が走る。

 

 一歩。

 

 ――いや。

 

 そっちじゃない。

 

 相手から見た俺の位置だけを横へ滑らせる。

 

 同時に地面を蹴った。

 

 今度は長く走らない。一歩だけ。踏み込んだ力を逃がさず、腰から肩、腕へ繋いで、そのまま刀へ乗せる。

 

 抜刀。

 

 鏡面の刃が標的を通過した。

 

 一拍遅れて、リボンの標的が上下にずれ、そのまま真っ二つになる。

 

「……できた」

 

 自分でも少し驚いた。

 

 さっきまで刀に身体を持っていかれていたのに、今は狙った一撃として成立した。

 

「いいじゃない」

 

 マミさんが笑う。

 

「今のなら、相手からするとあなたの位置を一度見誤った直後に、別の方向から斬られたように感じると思うわ」

「すごいよ、マギカちゃん!」

 

 まどかも嬉しそうだった。

 

 素直に嬉しい。

 

 初めて、ただ刀を振るのではなく、魔法と武器を組み合わせて狙って使える技ができた。

 

ちょっとだけ、魔法少女っぽくなった気がする。

 

 ◇

 

「いい技ね」

 

 何度か試したあと、マミさんが満足そうに頷いた。

 

「実戦でも使えそう」

「うん。俺もそう思う」

「じゃあ、名前を付けましょう」

 

「…………」

 

 何?

 

「名前?」

「必殺技の名前よ」

 

 嫌な予感がした。

 

「必要?」

「必要でしょう?」

「普通に使えばよくない?」

「それでは少し味気ないわ」

 

 味気ない。

 

 技に?

 

 まどかはすでに乗り気だった。

 

「名前あった方が格好いいと思う!」

「まどか」

 

 乗るな。

 

「そうね……鏡のような刀で、相手の認識へ幻を見せる……」

 

 マミさんは本気で考えている。

 

「スペッキオ・ファントム」

 

「…………」

 

 何か出た。

 

「スペッキオ・ファントム……」

 

 まどかが繰り返す。

 

「かっこいい!」

「でしょう?」

 

 二人とも目が輝いている。

 

「いや、普通に『認識ずらし斬り』とかでよくない?」

「それは技の名前としてどうなのかしら」

 

 マミさんに真顔で否定された。

 

「分かりやすいじゃん」

「分かりやすければいいというものでもないと思うの」

「まどかは?」

「スペッキオ・ファントムの方が好き」

 

 二対一。

 

 負けた。

 

「決まりね」

「待って。まだ決めたとは」

「スペッキオ・ファントム」

 

 まどかが嬉しそうにもう一度言う。

 

「もう定着させようとしてない?」

「いい名前だと思うよ?」

 

 マミさんまで満足そうに頷いている。

 

 逃げられない。

 

「……分かったよ」

 

 俺の初必殺技。

 

 スペッキオ・ファントム。

 

 字面だけなら、まあ、格好いい。

 

 そこは認める。

 

 ◇

 

「じゃあ、もう一度やってみようよ」

 

 まどかが新しく作られた標的を指差す。

 

「いいけど」

 

 刀を構える。

 

「マギカちゃん、スペッキオ・ファントム!」

 

 思わず動きを止めた。

 

「技名叫ばなくても出るから!」

「えっ、そうなの?」

「そうだよ!」

 

 マミさんが少し笑っている。

 

「マミさんも何か言って」

「でも、技名を言った方が集中しやすいこともあるわよ」

「そっち側!?」

 

 駄目だ。二人とも完全に楽しんでいる。

 

 ◇

 

 練習を終える頃には、空が赤く染まり始めていた。

 

 マミさんが持ってきた飲み物と小さなお菓子を広げ、三人で河川敷へ座る。風に当たって熱の引き始めた腕へ冷えたボトルを当てると、それだけで少し気持ちがよかった。

 

「マギカちゃん、最初よりすごく上手になったね」

「最初が酷すぎただけじゃない?」

「それでも上達は上達よ」

 

 マミさんがすぐに続ける。

 

「今日覚えたことを、いきなり全部使おうとしなくてもいいの。まずは止まること、構えること、必要な時だけ速く動くこと。そこから少しずつね」

「うん」

 

 素直に頷いた。

 

 こんなふうに、できないところを指摘されて、直し方まで教えてもらうのは悪くない。少なくとも一人で使い魔へ突っ込んで、身体能力だけでどうにかしようとしていた時よりずっと安心できる。

 

「ありがとう、マミさん」

「どういたしまして。これからもちゃんと教えてあげるわ」

「お願いします、師匠」

「師匠?」

 

 一瞬だけ驚いたあと、少し嬉しそうに笑った。

 

「悪くないわね」

「そこ気に入るんだ」

 

 まどかも楽しそうに笑っている。

 

 この時は、ただの軽い呼び方だった。

 

でも、俺に初めて戦い方を教えたのがマミさんだったことだけは、たぶん忘れない。

 

 ◇

 

 家へ帰り、変身を解く。

 

 鏡の前には、制服から着替えた田中が立っていた。

 

 昼間に教わった足運びを少しだけ試す。

 

 一歩。

 

「っと」

 

 普通にふらついた。

 

 当然だ。魔力で強化されていない今は、ただの女子中学生の身体。河川敷で出せた速度も踏み込みも、そのまま再現できるわけではない。

 

「危な」

 

 家具へぶつかる前にやめる。

 

 やっぱり練習は変身してからにしよう。

 

 鏡の中の自分を見る。

 

 ふと。

 

「……スペッキオ・ファントム」

 

 小声で言ってみた。

 

 静かな部屋。

 

「……いや、ないな」

 

 首を振って、その場を離れる。

 

 数歩進んで、止まる。

 

 誰もいない。

 

 もう一度だけ鏡を見る。

 

「スペッキオ・ファントム」

 

 さっきより少しだけ自然に言えた。

 

 いや。

 

 ない。

 

たぶん。




マミさんらしい必殺技の名前になっているでしょうか…
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