俺がマギカなのか……?改   作:きのこ大三元

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第12話 キュゥべえと散歩

 休日の午後。近所のスーパーで夕飯の材料を買い、商店街を抜けて帰る途中だった。

 

「……お前さ」

「なんだい?」

 

 振り返らなくても分かる。白い。ついてきている。というか、さっきからずっといる。

 

「たまには普通に人の後ろ歩けないの?」

「歩いているじゃないか」

「塀の上は普通に含まれないんだよ」

 

 横を見ると、キュゥべえは住宅の低い塀の上を何食わぬ顔で歩いていた。俺が曲がれば曲がり、信号で止まれば少し先へ行ってこちらを見る。スーパーへ入った時なんて入口からついてきたはずなのに、気づけば裏側から先回りしていた。

 

「君の移動経路に合わせているだけだよ」

「だったら道使え」

「どうして?」

「お前は猫か」

「僕は猫ではないよ」

「そういう意味じゃない」

 

 キュゥべえは、それで説明が済んだような顔をしている。

 

「それなら、君の肩に乗ろうか?」

「嫌」

「頭の上でも構わないよ」

「もっと嫌」

 

「その方が移動経路を合わせやすいと思うけど」

「俺を乗り物にするな」

「僕はそのつもりで言ったわけじゃないよ」

「なお悪い」

 

 ◇

 

 商店街を少し進んだところで、足が止まった。

 

 ペットショップ。

 

 店先には小型犬用のリードやハーネス、首輪が並んでいる。

 

「…………」

「どうしたんだい?」

「……いいもの見つけた」

 

 キュゥべえが首を傾げる。その横を通り過ぎ、そのまま店へ入った。

 

 棚には犬用、猫用、サイズ違い、伸びるもの、伸びないもの。思ったより種類が多い。

 

「こいつ体重どれくらいなんだ……」

「僕のことかい?」

「今それ言うな」

 

 猫用か、小型犬用か。

 

 見た目だけなら猫に近い。でも猫ではない。そもそも宇宙人に適正サイズなんてあるのか。

 

「何かお探しですか?」

 

 店員に声をかけられた。

 

「あ、えっと……小さい動物用のリードを」

「猫ちゃんですか?」

「……まあ、そんな感じです」

「僕はペットではないよ」

「今それ言うなって」

 

「え?」

 

 店員が首を傾げる。

 

「……なんでもないです」

 

 しまった。

 

 店員にはキュゥべえが見えていない。今の俺、何もない横へ普通に返事したぞ。

 

「こちらなら小型の子でも使いやすいですよ」

「じゃあ、それで」

 

 もう早く会計しよう。

 

 ◇

 

 店を出て、人通りの少ない路地へ入る。

 

「キュゥべえ」

「なんだい?」

「ちょっと来い」

 

 買ったばかりのハーネスを取り出す。

 

「これは何のための道具なんだい?」

「お前が勝手なところ行かないようにする道具」

「僕は必要な場所へ移動しているだけだよ」

「その必要な場所に人ん家の窓とか含めるのやめろ」

 

 特に抵抗されることもなく装着できた。サイズも問題ない。白い身体に細いハーネスとリード。

 

「…………」

「何か問題があるのかい?」

「いや」

 

 思っていたより似合う。

 

 認めたくないけど。

 

「行くぞ」

「どこへ?」

「散歩」

「さっきから歩いているよ」

「今から正式に散歩になった」

「違いが分からないよ」

「俺も説明できない」

 

 そのまま歩き出した。

 

 ◇

 

 妙な光景のはずだった。中学生くらいの女子がリードを持ち、その先には白い謎生物。

 

 でも誰も気にしない。

 

 すれ違う人の視線は俺へ向いても、その先のキュゥべえには止まらない。リードについても、わざわざ不自然だと認識している様子はなかった。

 

 魔法少女や、その素質がある人間にしか見えない。

 

 原作では知っていたけれど、人混みの中で見ると少し気味が悪い。

 

 便利なんだか怖いんだか分からないな、これ。

 

 そんなことを考えていると、すれ違った少女が足を止めた。小学校高学年くらいだろうか。

 

「猫ちゃん? ……かわいい」

 

 俺も止まる。

 

 キュゥべえも止まった。

 

 少女の視線は、明らかにリードの先へ向いている。

 

 見えてる。

 

 ということは。

 

「君、僕の姿が見えるんだね」

「え?」

「おい」

 

 キュゥべえは俺を見もしない。

 

「それなら君にも――」

「待て待て待て」

 

 リードを引くと、キュゥべえの身体が半歩こちらへ寄った。

 

「何をするんだい?」

「散歩中に営業始めんな」

「営業?」

「候補見つけるたび声かけんな。お前は渋谷のホストか」

 

「僕は契約の可能性がある少女へ接触しようとしているだけだよ」

「それを勧誘って言うんだよ」

 

 少女は俺とキュゥべえを交互に見ている。

 

「あー……気にしないで。ちょっと変わった子だから」

「僕のことかい?」

「黙って」

 

 軽く頭を下げ、その場を離れた。

 

 ◇

 

「どうして止めたんだい?」

 

 少し歩いたところで、キュゥべえが聞いてきた。

 

「今日は散歩だから」

「散歩中に候補者へ接触してはいけないという決まりがあるのかい?」

「ない」

「なら、問題は――」

「俺の精神衛生」

 

 言い切ると、キュゥべえは一度だけこちらを見る。

 

「精神衛生?」

「気にするな」

「よく分からないよ」

「分からなくていい」

 

 今度は素直に隣を歩いている。

 

 やればできるじゃないか。

 

「田中さん!」

 

 聞き覚えのある声に顔を上げると、まどかがこちらへ手を振っていた。

 

「鹿目さん」

「こんにちは。お買い物?」

「うん。夕飯の」

 

 そこまで言って、まどかの視線が下へ落ちた。

 

 俺の手からリードを辿り、キュゥべえへ。最後にもう一度、俺を見る。

 

「……えっと」

「散歩」

「キュゥべえの?」

「うん」

「そうらしいよ」

 

 本人まで認めた。

 

 まどかは口元を押さえて数秒耐えたあと、小さく笑う。

 

「なんか、かわいいね」

 

 見た目だけならな。

 

「ちょっと持ってみてもいい?」

「いいよ」

 

 リードを渡すと、キュゥべえがまどかの手元を見上げた。

 

「僕の意思は確認しないのかい?」

「散歩されてる側に決定権あると思う?」

「それは不合理じゃないかな」

「知らん」

 

 まどかがまた笑う。キュゥべえは特に抵抗もせず、そのまま隣を歩き始めた。

 

「ちゃんと歩いてる」

「さっきまでは塀の上だった」

「どうして?」

 

 まどかがキュゥべえを見る。

 

「必要だったからだよ」

 

 すぐ返ってきた。

 

「……ほんとだ」

「何が?」

「聞いても分からないって」

 

 納得するな。

 

 ◇

 

「鹿目さん、田中さん」

 

 今度は後ろから声をかけられた。

 

 振り返ると、ほむらが眼鏡を押さえながらこちらへ歩いてくる。

 

「暁美さん」

「こんにちは」

「こんにちは、ほむらちゃん」

 

 ほむらはまどかへ笑いかけ、それから俺を見る。やがて視線が下がり、キュゥべえの首元からハーネス、その先のリードを辿ってまどかの手へ移る。そこからもう一度、キュゥべえへ。

 

 少し考えてから口を開いた。

 

「田中さん……それは?」

「キュゥべえ」

「それは分かるんですけど……」

 

 ですよね。

 

「えっと……キュゥべえって、お散歩が必要なんですか?」

「必要ないよ」

「俺には必要なんだよ」

 

 ほむらの眉が僅かに寄る。

 

「田中さんに……?」

「俺の精神衛生のため」

 

 キュゥべえがこちらを見る。

 

「訳がわからないよ」

 

「…………」

 

 言った。

 

 生で聞いた。

 

 ちょっと嬉しい。

 

「田中さん?」

 

 ほむらが、今度は俺の顔を覗き込む。

 

「今、少し嬉しそうでしたけど」

「気のせい」

 

 ほむらはまだ何か引っかかっているらしい。

 

「あと……俺?」

「あ」

 

 漏れた。

 

「……私の精神衛生のため」

 

「田中さん、たまに言うよね」

 

 まどかが何気なく助け舟を出す。

 

「そう?」

「うん。でも、たまにだからあんまり気にしてなかった」

「なら気にしなくていいよ」

「そうする」

 

 ほむらはまだ少し不思議そうだったが、まどかが気にしていないのを見て、それ以上は聞かなかった。

 

 助かる。

 

 ◇

 

 三人で歩いていると、少し先に見覚えのある金髪が見えた。

 

「マミさん!」

 

 まどかが手を振る。マミさんもこちらへ気づき、笑顔で近づいてきた。

 

「鹿目さん、暁美さん。それに田中さんも――」

 

 途中で足が止まる。

 

 視線が、まどかの手からリードを辿っていく。

 

「……何をしているの?」

「散歩です」

「僕もそう説明されたよ」

 

 マミさんはすぐには何も言わず、キュゥべえの顔とハーネスを順に見る。

 

「首、苦しくない?」

「そっち?」

 

 思わず声が出た。

 

「特に問題はないよ」

 

 マミさんは少しだけ安心したように息をつく。

 

「ならよかったけれど。田中さん、急に強く引っ張ったりしちゃ駄目よ。相手がキュゥべえでも、首や身体に負担がかかるかもしれないでしょう? サイズは合っているみたいだから、普通に歩く分には大丈夫そうだけど」

 

「マミさん、受け入れるの早くない?」

「だって、もう付けてしまっているじゃない」

「キュゥべえも嫌がってないしね」

 

 まどかまで頷く。

 

「僕には特に不利益はないからね」

 

 順応性高いな、この集団。

 

「でも」

 

 マミさんが俺を見る。

 

「どうして急に散歩なの?」

 

 キュゥべえへ視線を移す。

 

「こいつ、家に勝手に入ってくるんですよ」

「あ……」

 

 まどかが目を逸らした。思い当たる節があるらしい。

 

「窓から……?」

「そう」

 

「玄関を使う必要性が僕には分からないんだ」

「まずそこからかよ」

 

 マミさんは少し困ったように笑ったあと、キュゥべえの方へ身体を向けた。

 

「キュゥべえ。人の家に入る時は、その家の人に声をかけた方がいいと思うわ。玄関があるなら、できればそこから入った方が相手を驚かせずに済むでしょう?」

 

「そういうものなのかい?」

「そういうもの」

「マミさん、もっと言ってやって」

 

 そこでマミさんの視線が俺へ戻る。

 

「田中さんも、リードで解決しようとする前に話し合いなさい」

「はい」

 

 こっちにも来た。

 

 ◇

 

「ところで、キュゥべえ。ちょうどよかったわ」

 

 マミさんが何かを思い出したように鞄へ手を入れた。取り出したのは、小さな黒い塊。

 

 グリーフシード。

 

「前の魔女の分。もう十分使ったから、お願いできる?」

「もちろんだよ。それ以上穢れを吸わせる必要はないね」

 

 キュゥべえが受け取る。

 

 何度か見た流れだった。

 

 魔女を倒し、グリーフシードを手に入れ、ソウルジェムを浄化する。使い終わればキュゥべえへ渡す。俺自身も何度か使わせてもらっているし、前回もマミさんに浄化してもらった。限界まで穢れを吸わせれば危険だという話も、もう聞いている。

 

 なのに、今さら妙なところで引っかかった。

 

「なあ、キュゥべえ」

「なんだい?」

「それ、回収してどうするんだ?」

 

「それ?」

「グリーフシード。使い終わったやつ」

 

 キュゥべえは手元のそれを一度見る。

 

「僕たちが処理するよ」

 

 返事は早かった。けれど、肝心の「処理」の中身には一言も触れていない。

 

「……で、その処理って何するんだ?」

「限界に近づいたグリーフシードを君たちが持っていても危険だからね。僕たちが回収した方が合理的だ」

 

 聞いたのは回収する理由じゃない。

 

「いや、その後。どこに持っていって、何するんだよ」

 

 キュゥべえが首を傾げる。

 

「それは、君が知る必要のあることなのかい?」

 

「…………」

 

 答えたくない、じゃない。

 

 知る必要があるのか。

 

 そう返すあたりが、いかにもこいつらしい。

 

「……そう言われると余計気になるんだけど」

 

 横を見ると、マミさんも少しだけ考え込んでいた。

 

「マミさんは知らない?」

「私?」

「キュゥべえが回収したあと」

 

 マミさんはすぐには答えず、鞄の口へ手を添えたまま目を伏せる。

 

「そうね……言われてみれば、聞いたことはないかも。使い終わったものはキュゥべえに任せていたから」

「やっぱり」

 

「でも、持っていても危険なだけなのは確かでしょう?」

「まあ、それはそうなんだけど」

 

 そこは否定できない。

 

 原作でも、キュゥべえがグリーフシードを回収する場面は見た覚えがある。でも、その後は知らない。

 

 画面の外だった。

 

「……お前、まさか食ってないよな?」

 

 思いついて聞くと、キュゥべえは間を置かなかった。

 

「食事ではないよ」

「その言い方だと何かやってるだろ」

「何を問題にしているのか分からないよ」

「こっちはお前の身体構造から分かってないんだよ」

 

 マミさんが小さく笑う。

 

「気になるのは分かるけれど、今日はそこまでにしたら? キュゥべえも今は詳しく話すつもりがなさそうだし」

 

 今は。

 

 その言葉にもう一度キュゥべえを見る。相変わらず、何も読み取れない顔をしていた。

 

「……そうします」

 

 問い詰めても、素直に全部答える相手じゃない。

 

 原作知識だって、結局は画面に映ったところまで。その外側には、知らないことがいくらでもある。

 

 今回は覚えておく。

 

 それでいい。

 

 ◇

 

 再び歩き始めた。

 

 今度は四人と一匹。

 

 一般人から見れば、ただ数人の女子中学生が商店街を歩いているだけなのだろう。けれど時々、すれ違う少女がキュゥべえへ視線を向け、そのたびにキュゥべえもそちらを見る。

 

 リードを少し引いた。

 

「まだ何もしていないよ」

「予防」

「合理的ではないと思うけど」

「今日はそういう日なの」

 

 少し先では、まどかとほむらが並んで歩いていた。まどかが何かを話し、ほむらが小さく笑う。その後ろをマミさんが歩き、俺の手にはリード。

 

 その先には宇宙人。

 

「…………」

 

 本当にどうしてこうなった。

 

 でも、嫌ではなかった。

 

 転生した直後は、家も学校も、この身体も、全部どこか借り物みたいだった。今はこうして、まどかたちと一緒に歩いている。

 

 何の事件もない。

 

 魔女もいない。

 

 ただ歩いているだけ。

 

 それが妙に落ち着いた。

 

「そういえば」

 

 まどかが振り返る。

 

「マギカちゃんにも見せてあげたいな」

「……これを?」

「うん。キュゥべえのお散歩」

「たぶん呆れると思う」

 

 まどかが少し首を傾げた。

 

「分かるの?」

 

 一瞬、返事が遅れた。

 

「……なんとなく」

 

 俺だからな。

 

「でも、マギカちゃんだったら笑ってくれるかも」

「どうだろうね」

 

 たぶん一番呆れると思う。

 

 本人だし。

 

 ◇

 

 空が赤くなり始めた頃、商店街の出口で別れることになった。

 

「また学校でね、田中さん」

「うん。また」

 

 まどかが手を振る。

 

 ほむらも少し迷ってから、小さく笑った。

 

「今日は……楽しかったです」

「そりゃよかった」

 

 ほむらは一度キュゥべえを見てから、付け足す。

 

「キュゥべえのお散歩も」

「次はないと思う」

 

「そうなのかい?」

 

 キュゥべえが即座に反応した。

 

「なんで残念そうなんだよ」

「別に残念とは言っていないよ」

「反応早かっただろ」

 

 マミさんがそれを聞いて笑う。

 

 そのまま三人と別れた。

 

 ◇

 

 帰り道。

 

 またキュゥべえと二人になる。

 

「君は今日は楽しそうだったね」

 

 横を見る。

 

「……そう見えた?」

「以前より表情の変化が多かったからね」

 

 やっぱり、気遣いじゃない。ただ以前と今を比べた観測結果だ。

 

 それでも、少しだけ胸に残った。

 

「……まあ、悪くはなかったよ」

 

 それ以上は言わず、リードを持ったまま歩く。

 

 夕方の商店街。見慣れ始めた道。買い物袋の重さ。少し前まで聞こえていた、まどかたちの声。

 

 最初は全部、自分とは関係のないものだった。

 

 今は、少しだけ違う。

 

「ところで」

 

 キュゥべえがこちらを見る。

 

「これはいつまで付けているんだい?」

「家まで」

「今外しても問題はないと思うけど」

 

 リードを握ったまま、さっきの少女を思い出す。

 

「途中で営業するだろ」

「候補者がいれば話しかける可能性はあるね」

 

「ほら見ろ」

 

 リードを少し短く持ち直した。

 

「やっぱり、君の行動はよく分からないよ」

「安心しろ。俺も自分でよく分かってない」

 

 キュゥべえはそれ以上何も言わなかった。

 

 そのまま二人で、家まで歩いた。




キュウベえの体重気になります…
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