俺がマギカなのか……?改   作:きのこ大三元

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0週目の終盤に入ります。


第14話 嵐の前

 マミさんがその名前を口にした瞬間、喉の奥が少しだけ固くなった。

 

「――ワルプルギスの夜」

 

 放課後。いつもの訓練場所には、風に揺れる草の音だけが続いていた。今日の訓練はもう終わっていて、俺もまどかも変身したままだったが、マミさんは武器を消し、腕を組んで少し離れた街並みを見ている。

 

「噂なら私も聞いているわ。各地を移動しながら現れる、とても強力な魔女。普通の魔女とは規模そのものが違うって」

 

 知っている。

 

 嫌になるくらい。

 

「最近、近隣で活動している魔法少女の間でも話が出ているの。少しずつ、こちらへ近づいているんじゃないかって」

 

 まどかが不安そうに俺たちを見る。

 

「それって……見滝原にも来るかもしれないってこと?」

 

「可能性はあるわ。でも、まだ噂の域を出ていない。どこへ現れるのかも、いつなのかも分かっていないもの」

 

 マミさんはそこで俺へ視線を向けた。

 

「マギカさんは、どう思う?」

 

「来ると思う」

 

 考えるより先に答えていた。

 

 マミさんの眉が僅かに動く。

 

「どうして?」

 

「…………」

 

 そこまでは用意してなかった。

 

 ワルプルギスの夜は見滝原へ来る。しかもそう遠くない。前世で見たアニメの中では、それがこの時間軸の終着点だった。

 

 でも、それを説明する方法がない。

 

「……勘」

 

「また勘なの?」

 

「……はい」

 

 マミさんが小さく息を吐く。

 

 横でまどかが困ったように笑った。

 

「でも、マギカちゃんの勘って結構当たるよね」

 

 勘じゃないんだけどな。

 

 マミさんもそれ以上笑わなかった。廃工場の魔女の時も、俺は説明できないまま先回りした。細かいところは外しているし、実物を見て初めて思い出すことも多い。それでも何度か、結果だけは当たっている。

 

「分かったわ」

 

 マミさんは少し考え、ゆっくり頷いた。

 

「信じる、とまではまだ言えない。でも、備えておく価値はありそうね」

 

 その言葉に、少しだけ肩の力が抜けた。

 

 何でも信じられるより、このくらいの方がいい。

 

「ワルプルギスの夜は、普通の魔女とは規模が違うと言われているの。単独で挑むべき相手じゃないし、現れれば街そのものが巻き込まれる可能性もある。もし本当に見滝原へ来るなら、今までみたいに結界を見つけてから対応するわけにはいかないわ」

 

 マミさんは俺とまどかを順に見る。

 

「戦う場所も、魔力も、逃げ道も考えておく。できるなら市街地から離したいけれど、相手がこちらの都合に合わせてくれるとは限らない。最悪の場合は、戦うことだけじゃなくて、自分たちが生き残ることまで含めて考えないと」

 

 まどかの顔から、さっきまでの柔らかさが消えていく。

 

「そんなに……強いんだ」

 

「ええ」

 

 マミさんは迷わなかった。

 

「だからこそ、準備するの」

 

 頼もしい。

 

 原作を見ていた頃なら、巴マミは強い魔法少女だと知っていただけだった。でも今の俺にとっては違う。刀の握り方から教えてくれた師匠で、戦えば誰より先に周囲を見て、俺が無茶をすれば止めてくれる。

 

 そのマミさんが、ワルプルギスに備えている。それだけで、知っている未来が少し遠ざかった気がした。

 

「マギカさん」

 

「ん?」

 

「あなたの勘では、時期は?」

 

「…………」

 

 来た。

 

「場所は見滝原?」

「……たぶん」

「いつ頃?」

「そこまでは分からない」

 

 分かる。少なくとも大体は。

 

 でも、言えない。

 

 マミさんは数秒だけ俺を見ていたが、それ以上は追及しなかった。

 

「そう。なら、今日からできることを始めましょう」

 

 ◇

 

 それからの訓練は、少し変わった。

 

 いつもの基礎を繰り返すだけではなく、長時間戦うことを前提に魔力消費を確認する。マミさんは手持ちのグリーフシードを数え直し、戦場になりそうな場所を地図で確認し始めた。

 

 まどかは遠距離からの射撃を繰り返す。

 

「鹿目さんは無理に前へ出ないこと。遠距離から私たちを援護して。敵を倒すことより、まず自分の位置を見失わないようにね」

 

「うん」

 

 まどかの返事にも、いつもの柔らかさの中へ少しだけ力が入っていた。

 

 俺は鏡面刀を構える。

 

 スペッキオ・ファントム。

 

 まだ名前を口にするのは少し恥ずかしいが、今さら文句を言っている場合でもない。

 

 姿をずらして踏み込み、そのまま刀を振る。以前なら振った勢いに身体まで持っていかれていたが、今はどうにか足を残せる。マミさんの動きを真似た時に比べればまだ粗い。それでも最初に刀を握った頃とは、もう別物だった。

 

「今のはいいわ。ただし、二撃目へ繋ぐ時に右肩が開いてる。大きな相手ほど、一度崩れたらそこを狙われると思って」

 

「了解」

 

 もう一度。今度は肩を意識する。

 

 できる。

 

 少なくとも、前よりは。

 

 マミさんがいる。

 

 まどかもいる。

 

 俺も、もう刀を振るだけで転ぶような初心者じゃない。

 

 原作より条件はいい。

 

 そう思った。

 

 ……これなら。

 

 胸の奥に浮かんだ期待を、今度は否定しなかった。

 

 ◇

 

「目玉焼きには醤油ですか? それともソースですか?」

 

 翌朝。

 

 早乙女先生は、世界の命運とは何の関係もない話をしていた。

 

「こういうところに価値観って出ると思うんですよ! 料理そのものより、相手が何をかけるのか。それを許容できるかどうかが大事なんです!」

 

 教室の何人かが笑う。

 

 俺もホワイトボードへ視線を向けたまま、昨日マミさんと確認した地図を頭の隅で思い出していた。窓の外は、朝から雲が多い。

 

「私は塩かな」

 

 さやかが小声で言う。

 

「聞いてない」

「田中冷たくない?」

「今授業中」

「ホームルームだけど?」

 

 その横で、まどかが小さく欠伸を噛み殺した。

 

 見逃さなかったのは俺だけではなかったらしい。

 

 昼休みになると、さやかがすぐに食いついた。

 

「まどか、最近なんか忙しくない?」

 

「えっ?」

 

 弁当箱を開けかけていたまどかの手が止まる。

 

「なんか眠そうだし、放課後もすぐ帰る日増えたし」

 

「そ、そうかな?」

 

「そう?」

 

 俺も適当に首を傾げる。

 

 知ってる。

 

 昨日も一緒に訓練してた。

 

「田中は気づいてないの?」

「そこまで人の生活見てないし」

「冷たいなあ」

「さやかちゃんが見すぎなんだよ」

 

 まどかが笑いながら助け舟を出す。

 

 少し無理しているのは分かった。まどかは嘘が上手くない。

 

 でも、さやかも仁美もそこまで深くは追及しなかった。すぐに別の話題へ移り、昼休みはいつも通り流れていく。

 

 ただ一人。

 

 ほむらだけは、何度かまどかへ視線を向けていた。

 

 ◇

 

 放課後。

 

 昇降口を出たところで、後ろから呼び止められた。

 

「田中さん」

 

 振り返ると、ほむらが両手で鞄を持ったまま立っている。

 

「どうしたの?」

 

「少し……いいですか?」

 

「うん」

 

 まどかたちはもう先に帰っている。

 

 校門から少し離れて歩き始めると、ほむらはしばらく黙ったままだった。何か言おうとしてはやめているのが分かる。

 

 やがて、眼鏡の奥からこちらを見た。

 

「最近、鹿目さんたち……何かしてるんでしょうか」

 

「どうして?」

 

「放課後もすぐ帰ってしまうことが増えましたし、少し疲れているように見えて」

 

 よく見てるな。

 

 以前なら、まどかに声を掛けられるだけで慌てていたのに。

 

「私にも何かできないでしょうか」

 

 足が止まりそうになった。

 

「何かって?」

 

「分かりません。でも、もし鹿目さんが困っているなら……」

 

 ほむらは途中で言葉を切り、鞄の持ち手を握り直した。

 

「何もしないでいるのは、嫌なんです」

 

 その声は小さい。

 

 でも、前みたいに消えそうではなかった。

 

 おお……。

 

 一瞬だけ、別の意味で感動しかける。

 

 ちゃんと育ってる。

 

 いや、今はそこじゃない。

 

「無理しなくていいよ」

 

「でも」

 

「まどかたちには、頼りになる人がいるから」

 

 ほむらがこちらを見る。

 

「巴さん、ですか?」

 

「うん。マミさん、すごく強いし。あの人が一緒なら、そう簡単にどうにかなることはないと思う」

 

 言いながら、自分でも不思議な感じがした。田中として話しているのに、その言葉の根拠はマギカとして知っているマミさんだった。

 

「田中さんは、巴さんを信頼してるんですね」

 

「うん」

 

 そこだけは、迷わず答えた。

 

 それに、俺も前より戦える。

 

「大丈夫。たぶん、ほむらが思ってるよりずっと強いから」

 

「…………」

 

 ほむらが少しだけ不思議そうな顔をする。

 

 しまった。

 

 言い切りすぎたか。

 

 けれど、ほむらはそれ以上追及しなかった。

 

「でも……鹿目さんが危ないなら、何もしないでいるのは嫌です」

 

 もう一度、今度はさっきよりはっきり言った。

 

 まどかを守りたい。

 

 まだその言葉までは出ていない。

 

 でも、そこにあるものは分かった。

 

 嬉しい。

 

 同時に、怖かった。その気持ちが、この先どこまで大きくなるのかを俺は知っている。

 

「その気持ちだけで十分だよ」

 

「……そうでしょうか」

 

「うん」

 

 ほむらは納得していない顔をしていた。

 

 それでも、今はそれ以上言わなかった。

 

 ◇

 

 数日後。

 

 訓練を終えた帰り道で、今度はマギカの俺が同じほむらに呼び止められた。

 

「マギカさん」

 

「ん?」

 

 変身を解く前だった。少し離れたところには、まどかとマミさんがいる。ほむらはそこから俺のところまで小走りで来て、息を整えた。

 

「私にも、何かできませんか?」

 

「…………」

 

 やっぱり来たか。

 

「来ない方がいい」

 

 ほむらの顔が曇る。

 

「でも……」

 

「危ないから」

 

「足手まといだから、ですか?」

 

 思ったより真っ直ぐ聞かれた。

 

 少し迷う。ここで「そうだ」と言えば、たぶん引く。

 

 でも。

 

「違う」

 

 ほむらが顔を上げる。

 

「死んでほしくないから」

 

 言ってから、自分でも少し強かったと思った。

 

 ほむらは黙った。

 

「戦えるかどうかだけじゃない。相手がどれくらい危ないか分からないのに、わざわざ近づく必要ないだろ」

 

「でも、鹿目さんは行くんですよね」

 

「まどかは魔法少女だから」

 

「それでも……」

 

 ほむらの指が鞄の紐を握り込む。

 

「私にも、何かできることがあるかもしれない」

 

「何もできないとは言ってない」

 

「でも」

 

「今は戦わなくていいって言ってるだけ」

 

 少し間を置く。

 

「鹿目まどかを心配してるなら、それで十分だよ」

 

 ほむらの視線が、俺の肩越しへ向いた。

 

 遠くでまどかがマミさんと話している。何か言われたのか、まどかが少し困ったように笑い、それを見たマミさんも表情を緩めた。

 

 ほむらはその姿を、しばらく黙って見ていた。

 

 もう、ちゃんと大切なんだな。

 

「田中さんにも、同じことを言われました」

 

「……へえ」

 

 言ったな。

 

「二人とも、私には何もできないみたいに言うんです」

 

「だから、何もできないとは言ってないって」

 

「同じこと言いますね」

 

「…………」

 

 危ない。

 

「偶然じゃない?」

 

「そうでしょうか」

 

 眼鏡の奥からじっと見られる。

 

 妙なところで鋭いな。

 

 ほむらは少しだけ視線を落とした。

 

「私も……鹿目さんを守れるようになりたいです」

 

 今度こそ、はっきり言った。

 

 胸の奥がざわつく。

 

 嬉しい。

 

 でも、この言葉の先にある未来を知っているから、素直には喜べなかった。

 

「……そっか」

 

 それ以上は言わなかった。

 

 ◇

 

 天気予報では、数日後から天候が大きく崩れると言っていた。

 

 大型の低気圧。強風。大雨。

 

 一般人にとっては、それだけだ。

 

 でも、魔法少女側では噂がもう一段階変わっていた。

 

 夜。

 

 自宅で宿題を広げていると、頭の奥へ声が届く。

 

《マギカさん》

 

 マミさん。

 

《うん》

 

 一瞬だけ鉛筆を止めた。

 

《例の話……どうやら、本当に来るかもしれないわ》

 

「…………」

 

 分かっていた。

 

 それでも実際に聞くと、身体が固まる。

 

《近隣で魔女の反応が減っているって話もあるの。偶然かもしれないけれど、他の子たちも警戒を始めているみたい》

 

《そっか》

 

《準備しておきましょう。鹿目さんにも伝えるわ》

 

《分かった》

 

 通信が切れる。

 

 しばらく鉛筆を持ったまま動けなかった。

 

 窓の外で風が鳴っている。

 

 机の上には数学の教科書とノート、その横には洗って乾かした弁当箱。少し離れた場所には、二つ連なったソウルジェムが置かれていた。

 

 学校。

 

 弁当。

 

 魔法少女。

 

 全部、同じ部屋にある。

 

 窓へ近づき、カーテンを閉める。

 

 原作のことを思い出す。

 

 ワルプルギスの夜。

 

 まどか。

 

 マミさん。

 

 ほむら。

 

 知っている結末。

 

 でも、今は違う。

 

 マミさんは生きている。

 

 事前にワルプルギスのことも知った。

 

 まどかもいる。

 

 俺も、最初よりずっと戦える。

 

 条件は、原作よりいい。

 

 少なくとも、そう思えた。

 

 だから。

 

 今度こそ、なんとかなる。

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