俺がマギカなのか……?   作:きのこ大三元

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第2話 転校生が二人

見滝原中学校。

 

 昨日まではアニメの中でしか知らなかった名前を、今日は制服を着て自分の足で歩いている。校門をくぐった時点で嫌な予感はかなり強くなっていた。街並みだけならまだしも、学校名まで完全に一致している。ここまで来ると、偶然で押し通すのもだいぶ苦しい。

 

「……いや、まだだ」

 

 小さく呟く。まだ鹿目まどかを見たわけじゃない。暁美ほむらも、巴マミも、白い謎生物もいない。最後の逃げ道くらいは残しておきたい。

 

 というか、残っていてほしい。

 

「田中さん?」

 

「はい」

 

 声をかけられて顔を上げる。職員室から教室まで案内してくれている女教師だった。明るい茶色の髪に赤い服。初めて見るはずなのに、妙な既視感がある。

 

「緊張してる?」

 

「ああ……まあ、少し」

 

 答えてから、一瞬だけ引っかかった。

 

 「ああ」って、ちょっと男っぽかったか?

 

 いや、このくらいなら別にいいだろ。たぶん。

 

 転校そのものは、そこまででもない。問題はこの先生だ。知っている気がする。名前までは出てこないけど、確か朝っぱらから目玉焼きは半熟がどうとか、男と価値観がどうとか、そんな話をしていたような。

 

 ……なんでそこだけ覚えてるんだ、俺。

 

「どうしたの?」

 

「いえ、なんでも」

 

 本人を目の前にして、目玉焼きの話を思い出していましたとは言えない。先生は特に気にした様子もなく、そのまま教室の前で立ち止まった。

 

「それじゃあ、ここで少し待っててね」

 

「はい」

 

 扉の向こうから、朝のざわめきが聞こえてくる。普通の中学校。普通の教室。昨日までなら、もう少し緊張していたのかもしれない。

 

 今は、それどころじゃなかった。

 

「はい、みんな席についてー。今日は転校生を紹介します」

 

 ざわっ、と教室が騒がしくなる。

 

「転校生?」

「男子? 女子?」

「こんな時期に?」

 

 聞こえてくる声に、小さく息を吐いた。

 

 そういえば、今の私は女子中学生なんだよな。

 

「…………」

 

 私。

 

 頭の中で使ってみても、まだ少し引っかかる。昨日まで男だった感覚のまま教室へ入って、「女子の転校生」として注目される。

 

 改めて考えると、なかなか変な状況だった。

 

「田中さん、どうぞ」

 

「はい」

 

 扉が開く。一歩、教室へ入った瞬間、一斉に視線が集まった。

 

 多い。めちゃくちゃ見られてる。

 

 まあ、銀髪の転校生なんて普通に目立つか。

 

「こちら、今日からこのクラスに転校してきた田中さんです」

 

 先生に促され、ホワイトボードの前へ立つ。視界の端で銀色の髪が肩から流れた。

 

 ……まだ慣れないな、これ。

 

 渡されたペンを受け取り、ホワイトボードへ向き直る。

 

 名前を書く。

 

 田中。

 

 以上。

 

 ホワイトボードの中央近くへ、少し大きめの字で堂々と二文字だけ書いた。

 

 田中。

 

「…………」

 

 短い。

 

 名字だけなんだから当たり前だけど、周りの余白が妙に広い。でも仕方がない。田中には下の名前がないのだ。

 

 田中は田中である。

 

「田中です。よろしくお願いします」

 

 結局、一人称は使わなかった。その方が楽だ。

 

 無難に頭を下げる。教室から拍手が起こり、何人かがホワイトボードの「田中」を見て少し不思議そうな顔をしている気もしたけど、今は気にしない。

 

 顔を上げて、何となく生徒たちを見回した。

 

 そして。

 

「…………」

 

 いた。

 

 ピンク色の髪。赤いリボン。柔らかそうな表情で、こちらを見ている少女。

 

 鹿目まどか。

 

 その隣には青い髪の少女、美樹さやか。さらに近くには長い緑色の髪。

 

 志筑仁美。

 

「…………」

 

 逃げ道が消えた。

 

 完全に消えた。

 

 似た地名でもない。たまたま似た学校でもない。普通に本物だ。

 

 ここ。

 

 まどマギの世界だ。

 

「田中さん?」

 

「あっ、はい」

 

 先生に呼ばれて我に返る。

 

「席はあそこね」

 

「分かりました」

 

 言われた席へ向かう途中、まどかと目が合った。まどかは少しだけ笑って会釈し、反射的にこちらも会釈する。

 

 ……鹿目まどかだ。動いてる。

 

 いや、人間なんだから動くだろ。

 

 分かってるけど、画面越しに何度も見たキャラクターが普通にそこへ座っている。何とも言えない変な感じだった。

 

 席へ着いてからも、ちらっとそちらを確認する。さやかもいる。仁美もいる。

 

 場所については、もう疑いようがない。

 

 問題は次だ。

 

 いつだ?

 

 まどマギの、どの時間軸なのか。

 

 アニメ本編なのか、それ以前なのか。ほむらが何周目なのか。ここを間違えると、この先の立ち回りがまるで変わってくる。

 

 特にほむらだ。

 

 もし既に何度かループしているなら、私はかなり危険な異物になる。

 

「…………」

 

 いや。

 

 こういうこと考えてる時まで「私」にする必要あるか?

 

 前の時間軸には存在しなかった銀髪の転校生が、突然クラスにいる。

 

 俺がほむらなら警戒する。

 

 絶対する。

 

「……頼むから最初であってくれよ」

 

 聞こえないくらいの声で呟いた、その直後だった。

 

 教室の扉が開く。

 

「先生、すみません」

 

 別の教師と一緒に、見覚えのある少女が入ってきた。教室が再びざわつく。

 

「え、また転校生?」

「今日二人?」

「珍しくない?」

 

 俺も、たぶん同じような顔をしていたと思う。ただし理由は違う。

 

 三つ編み。赤縁の眼鏡。長い黒髪。少し俯きがちで、こちらを見るだけでも緊張しているような少女。

 

 暁美ほむら。

 

「…………」

 

 いや。

 

 可愛いな。

 

 知ってはいたけど、実際に見るとかなり可愛い。アニメ本編の無表情でクールなほむらを知っているだけに、このおどおどした感じは余計に破壊力がある。

 

 ……じゃなくて。

 

 問題はそこじゃない。

 

「もう一人、今日からこのクラスに通うことになった暁美ほむらさんです。病院の方で手続きがあって、少し遅れて来ました」

 

 先生がそう紹介する。ほむらは小さく息を吸い込んでから、ぎこちなく頭を下げた。

 

「あ、暁美ほむらです。よろしく、お願いします……」

 

 それから先生にペンを渡され、ほむらもホワイトボードの前へ向かう。

 

 そこには、さっき俺がでかでかと書いた「田中」がまだ残っていた。

 

 ほむらはその横で少し迷うようにペンを持ち直してから、空いている場所へ小さめの字で丁寧に名前を書く。

 

 暁美ほむら。

 

「…………」

 

 並ぶと差がすごいな。

 

 こっちは大きく「田中」だけ。その隣には、控えめな字でちゃんとフルネーム。

 

 何というか、性格までそのまま出ている気がする。

 

 ほむらは書き終えると、少し恥ずかしそうにペンを置いて、もう一度小さく頭を下げた。

 

 声も小さい。目線も落ち着かないし、指先には目に見えて力が入っている。

 

 この感じ。

 

 かなり初期だ。

 

 いや、まだ決めつけるな。

 

 三つ編みと眼鏡だからといって、必ず0周目とは限らない。初期のループでは、ほむらはまだこの姿をしていたはずだし、見た目だけで時間軸を確定するのは危ない。

 

 それでも、少なくとも俺が知っている何度も時間を繰り返した後のほむらには見えなかった。目の前にいるのは、長い入院生活を終えて、ようやく学校へ戻ってきたばかりの少女だ。

 

「暁美さんは心臓の病気で長く入院していました。まだ体調も万全ではないから、みんなも気をつけてあげてね」

 

 先生の説明に、ほむらがますます小さくなる。

 

 その姿を見ながら、胸の奥がざわついた。

 

 もし、これが本当に第十話で見た最初の時間軸なら。

 

 アニメ本編より、もっと前。

 

 全部が始まる前だ。

 

 ただ――まだ確証はない。

 

 

 一時間目は数学だった。

 

 転生初日に女子中学生の身体で受ける授業という時点で、十分に変な体験ではある。ただ、内容自体はそこまで困らなかった。前世で一度は学校生活を終えているし、中学範囲なら何となく覚えている。

 

 むしろ問題は別のところにあった。

 

 板書しようとすると、銀髪が視界へ落ちてくる。

 

「……邪魔だな」

 

 小声で呟き、耳へかける。すると前の席の女子がちらっとこちらを見た。

 

「髪、結ばないの?」

 

「え?」

 

「長いと邪魔じゃない?」

 

「ああ……」

 

 言われてみれば、その通りだった。

 

「……結び方、知らない」

 

「え?」

 

「いや、なんでもない」

 

 危ない。女子中学生としてかなり怪しい発言をするところだった。

 

 髪を結ぶなんて、昨日までの人生で必要になったことがない。そのうち練習しないとな。

 

 そんなことを考えながら、ふと斜め前を見る。

 

 ほむらの手が止まっていた。

 

 ホワイトボード、ノート、教科書。その三つを何度も見比べている。明らかについていけていない。

 

 先生が説明を進めるたび、ほむらの表情が少しずつ曇っていく。長く入院していた。原作でも、勉強についていけずに苦しんでいたはずだ。

 

 知っていたけど、実際に見ると、思っていたよりずっと普通のことだった。

 

 解けない問題を前にして困っているだけの、中学生。

 

 それが、俺の知っている暁美ほむらだった。

 

 

 休み時間になると、今度は私の周囲が騒がしくなった。

 

「田中さんって、前はどこに住んでたの?」

「その髪、ほんとに地毛?」

「綺麗だよねー」

 

 一時間目が終わった途端、クラスメイトに囲まれた。転校生というだけでも珍しいのに、銀髪までついている。

 

 そりゃ目立つ。

 

「地毛……らしい」

 

「らしい?」

 

「いや、地毛です」

 

 危ない。自分でも知らないのだから仕方がない。

 

 そんな質問攻めに混じって、まどかたちもやってきた。

 

「鹿目まどかです。よろしくね」

 

「美樹さやか。よろしく、転校生!」

 

「志筑仁美です。よろしくお願いいたします」

 

「……よろしく」

 

 分かっていた。分かっていたけど、名乗られるとやっぱり妙な感覚がある。

 

 鹿目まどか。美樹さやか。志筑仁美。

 

 アニメの登場人物ではなく、普通に目の前にいる中学生として自己紹介される。

 

 何というか、すごいな。

 

「田中さん?」

 

「え?」

 

「どうしたの?」

 

 まどかが少し不思議そうに首を傾げる。

 

「いや、なんでもない」

 

 危ない危ない。推しを生で見て感動しています、とは言えない。

 

「ねえ田中、部活とか決めてんの?」

 

「まだ全然」

 

「運動系?」

 

「いや、どうだろ……」

 

 今の身体でどこまで動けるのか分からない。そう答えながら、少し離れたところへ目を向ける。

 

 ほむらも囲まれていた。

 

 ただ、こっちとは様子が違う。

 

「あ、あの……」

「暁美さんって前の学校どこ?」

「入院って長かったの?」

「部活とか入る?」

「えっ、その……」

 

 完全に処理落ちしていた。質問を一つ返す前に次が飛んできて、眼鏡の奥で視線があっちへこっちへ泳いでいる。

 

 これ、駄目なやつだ。助けた方がいいかと思ったところで、まどかも同じことに気づいたらしい。

 

「あ、暁美さん」

 

 まどかがそちらへ歩いていく。

 

「わたし、これから保健室に用事があるんだけど……よかったら一緒に行く? 暁美さんも、まだ学校の中よく分からないよね」

 

「え……」

 

 突然話を振られて、ほむらが目を丸くする。

 

「そ、その……いいんですか?」

 

「うん。わたしもちょうど行くところだから」

 

 まどかが笑うと、ほむらは少し迷ってから小さく頷いた。

 

「……お願いします」

 

 私も転校初日で校内をほとんど知らないので、そのまま一緒に行くことになった。

 

 廊下を歩く並びは、まどかとほむらが前。私はその半歩ほど後ろだった。まどかは途中にある教室や階段を指しながら、「こっちが職員室で」「体育館はあっちだよ」と簡単に説明していく。

 

「暁美さん、分からないところがあったら聞いてね」

 

「は、はい。ありがとうございます」

 

 ほむらはまだ少し緊張しているものの、教室にいた時よりはだいぶ落ち着いて見えた。大勢に囲まれて質問攻めにされるより、まどかと話している方が楽なんだろう。

 

 一歩後ろから、その様子を眺める。

 

 自然だ。

 

 俺が何かするまでもなく、まどかの方からどんどん距離を縮めている。

 

「それでね、この階段を下りると――」

 

 そこまで説明したところで、まどかが何か思いついたように首を傾げる。

 

「あの、暁美さん」

 

「はい?」

 

「ほむらちゃんって呼んでもいい?」

 

「…………え?」

 

 ほむらの足が一瞬止まった。

 

「い、いきなり……ですか?」

 

「うん。暁美さんって呼ぶより、その方が仲良くなれそうかなって」

 

「な、仲良く……」

 

 ほむらの頬が少し赤くなる。眼鏡の奥で視線を泳がせながら、どう返事をすればいいのか迷っているらしい。

 

「嫌だった?」

 

「い、嫌じゃないです。ただ……そういうふうに呼ばれたこと、あまりなくて」

 

「じゃあ……ほむらちゃん」

 

 まどかが試すように呼ぶ。

 

「…………はい」

 

 ほむらが小さく答えた。その声は恥ずかしそうだったけど、嫌そうではない。むしろ、ほんの少しだけ嬉しそうにも見えた。

 

 俺は何も言わず、その二人を一歩後ろから見ていた。

 

 ……いい。

 

 実にいい。

 

 これだ。

 

 俺が間に入って何かする必要なんてない。まどかが自然に距離を詰めて、ほむらが戸惑いながらもそれを受け入れていく。

 

 そのまま仲良くなってくれ。

 

 俺は後ろから見てるから。

 

「あ、そうだ」

 

 今度はまどかがこちらを振り返った。

 

「田中さんは? 下の名前で呼んだ方がいい?」

 

「…………」

 

 来た。

 

 非常に困る質問が来た。

 

「いや、田中でいいよ」

 

「え?」

 

「田中には下の名前はないのだ」

 

「……ないの?」

 

 まどかがきょとんとする。

 

「田中は田中である」

 

「えっと……?」

 

 ほむらまで不思議そうにこちらを見ていた。

 

 いや、本当にないんだから仕方がない。生徒手帳を見ても田中。学校の書類も田中。住所もある。生活に必要なものは妙にきっちり揃っているくせに、下の名前だけはどこにもない。

 

 どういう設定なんだ、俺。

 

「と、とにかく田中で大丈夫」

 

「う、うん。分かった」

 

 まどかはまだ少し納得していない顔をしていたけど、それ以上は聞かなかった。

 

 その隣で、ほむらがほんの少しだけ笑った気がした。

 

 原作的重要イベントへ混ざっているというより、今はむしろ、その始まりをすぐ後ろから見ている感じだった。

 

 ……うん。

 

 この距離でいい。

 

 

 そして午後。

 

 時間軸はほぼ確定した。

 

 きっかけは体育だった。

 

「それじゃあ、まず準備運動からねー」

 

 先生の声に合わせて、生徒たちが校庭へ広がる。私も見よう見まねで身体を動かしてみる。

 

「……軽いな」

 

 自分でも驚くくらい、身体が軽かった。ただし、思い通りに動くかというと別問題だ。脚を上げる高さ、腕を振る感覚、走った時の歩幅。全部が前世と微妙に違う。

 

「うおっ」

 

 軽く走り出しただけなのに、一歩目でバランスを崩しかける。

 

「田中、大丈夫?」

 

「大丈夫!」

 

 さやかに笑われながら、何とか体勢を立て直した。

 

 身体能力そのものが低いわけではなさそうだ。ただ、俺が使い方を知らない。

 

 新品のコントローラーで、操作設定だけ全部変わった感じだ。

 

 慣れれば何とかなりそう。

 

 問題は。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 少し離れたところにいた、ほむらだった。

 

 まだ準備運動しかしていない。それなのに、もう息が上がっている。顔色も良くない。

 

「暁美さん、大丈夫?」

 

「は、はい……」

 

 返事はしたものの、全然大丈夫には見えなかった。

 

 軽いランニングが始まると、さらに差が出た。周りの生徒からどんどん遅れ、足取りは重く、呼吸も乱れている。

 

 結局、途中で先生に止められた。

 

「暁美さんは無理しないで。今日は見学しましょう」

 

「……はい」

 

 ほむらは小さく答え、校庭の端へ移動する。そのまま膝を抱えるように体育座りをして、皆が走る姿を眺めていた。

 

「…………」

 

 走りながら、その姿を見る。

 

 小さい。

 

 弱々しい。

 

 何もできない自分を恥じるように、少し俯いている。

 

 授業についていけない。運動もできない。人と話すのも苦手。長い入院生活で、普通の学校生活すらうまく送れない少女。

 

 この子が。

 

 あの暁美ほむらになる。

 

 銃を撃って、爆弾を作って、魔女と戦って、何度も何度も同じ時間を繰り返して。

 

 まどかを救うためだけに、何もかも捨てていく。

 

「…………」

 

 知識としては知っていた。でも、こうして始まりを見ると、あまりにも遠い。

 

 俺の知っている暁美ほむらと、今、校庭の端で一人座っている少女が、同じ人間だとは思えないくらいに。

 

 そして、それこそが朝から探していた答えだった。

 

 三つ編み。赤縁の眼鏡。入院明け。授業についていけず、体育では準備運動だけで消耗する。それだけなら、まだ初期のループという可能性も残っていた。

 

 でも、今のほむらは違う。

 

 できない授業に落ち込んで、走れない自分を恥ずかしそうにして、周囲にどう接すればいいのかも分からない。魔女との戦いも、まどかを失うことも、時間を巻き戻すことも知らない。ただ普通の学校生活に戻ろうとして、それすら上手くできずに俯いている少女だった。

 

 ここまで揃えば、もう間違いない。

 

「……これ」

 

 走りながら、小さく呟く。

 

 アニメ本編1話じゃない。

 

 その前だ。

 

 もっとずっと前。

 

 暁美ほむらが、まだ時間を巻き戻したことすらない。

 

 最初の世界。

 

 0周目。

 

 つまりは、第10話で描かれた最初の時間軸。

 

「…………マジか」

 

 胸の奥が少しだけ重くなる。

 

 つまり、全部これからだ。

 

 マミもまだ生きている。まどかもまだ魔法少女として戦っている。そして、ほむらはこの先に何が待っているのか何も知らない。

 

 ワルプルギスの夜も、時間遡行も、自分が何度も同じ一ヶ月を繰り返すことも。

 

 何も知らない。

 

 校庭の端へ視線を戻す。

 

 ほむらは、まだ俯いていた。

 

 今なら。

 

 まだ、全部が始まる前だ。

 

「……よし」

 

 小さく息を吐く。

 

 何ができるのかは分からない。自分がどうしてここにいるのかも、魔法が使えるのかすら分からない。

 

 それでも、俺だけはこの先に何が起きるのかを知っている。

 

 だったら、少しくらいは何かできるはずだ。

 

 少なくとも。

 

 この弱々しい少女が、あの暁美ほむらになるまで何もせず眺めているつもりはなかった。

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