本当にたくさんの感想…☆10評価まで…!!
感想はしっかりと読ませていただいてます…
もちろん、どの作品も基本的には完結まで目指していますが、こんなにも評価を頂いたことがないので、正直モチベーションにはつながってます…笑
第20話 仮面の魔法少女、再び
知っている道を走っていた。
夕方の見滝原。傾いた日差しがビルの窓を白く光らせ、学校帰りの学生や買い物袋を提げた人たちが何も知らずに歩いている。その間を抜けながら、俺だけがこの先で何が起きるのかを、少なくとも大体は知っていた。
「……この辺だったよな」
足を緩め、道路の向こうへ目を向ける。一度目にも通った場所だった。当時の俺は見滝原の道なんてほとんど知らず、魔力の反応と周囲の異変を追いかけた結果、偶然ここへ辿り着いただけだった。
今回は違う。曲がる場所も、目印にした建物も覚えている。魔女の結界が発生した大体の位置も、そこで何と戦ったのかも知っている。だったら先回りできる。
「一周分の攻略情報って考えると、結構でかいな……」
自分で言ってから、少しだけ気分が上向いた。ワルプルギスの夜には届かなかった。それでも全部が無駄だったわけじゃない。魔女がどこに出るか、誰と出会うか、何が起きるか。一度経験したことなら、今度は最初から準備して動ける。
ゲームみたいに完全な攻略チャートがあるわけじゃない。それでも、一度目よりは確実に有利だ。
その時、胸元のソウルジェムが淡く反応した。
「……来た」
空気の感触が変わる。人通りのある街角から一本奥へ入っただけなのに、周囲の音が急に遠ざかり、建物の壁が僅かに歪んだ。視界の端へ薄い膜のようなものが広がっていく。
「本当に同じ場所かよ」
見覚えがある。少なくとも、ここまでは一度目と同じだった。
周囲に人がいないことを確かめ、二連ソウルジェムへ触れる。銀色が光り、制服が白い光へ溶けていく。銀と白を基調にした衣装。顔を覆う仮面。左胸の上、鎖骨の下へ斜めに収まる二つの宝石。そして手の中には、周囲を鏡みたいに映す刀。
一度目は、これだけで頭がいっぱいだった。何が起きているのかも、自分に何ができるのかも分からないまま、とりあえず武器だけ握っていた。
今は違う。刀の柄を握り直す。
「行くか」
結界へ足を踏み入れた。
◇
景色がひっくり返る。
現実の街並みは消え、色も形もまともにつながらない空間が広がった。壁なのか床なのか分からない面が幾重にも折り重なり、その隙間を小さな使い魔たちが這い回っている。
「……ああ」
覚えている。
初めてここへ来た時、初めて魔法少女へ変身して、初めて刀を握って、そしてほとんど何もできなかった。構え方も分からず、距離の測り方も分からない。使い魔が一体こちらへ飛びかかってくるだけで身体が固まり、頭の中にどれだけ原作知識があっても、目の前の一匹には何の役にも立たなかった。
「あの時は……まあ、最初だったしな」
正面で使い魔が跳ねる。
一度目なら、それだけで一歩退いていた。今は相手が腕を伸ばし切る前に踏み込み、横へずれて刀を斜め下から振り抜く。軽い手応えと同時に、使い魔の身体が形を失って黒い欠片へ変わった。
背後から二体。足音ではなく、結界の空気が動いた感覚で分かった。振り返りざまに一体を斬り、残る一体の攻撃を刀の腹で逸らす。そのまま懐へ入り、横薙ぎに払う。
二体目も消えた。
「……うん」
前よりずっと動ける。
それだけのことなのに、胸の奥が少し熱くなった。マミさんに教わった足運び。何度も転びながら覚えた刀の振り方。魔女や使い魔と戦ううちに身についた距離感。その全部が、ちゃんと身体に残っている。
瓦礫の下で終わりかけた一か月だったけど、全部が無駄になったわけじゃない。少なくとも、覚えたことまではこっちへ持ってこられた。
「なら、今回はもうちょっとマシにやれる」
さらに現れた使い魔へ向き直る。三体。左右へ分かれてくる。
前回はこんなにいたか、と一瞬だけ記憶を探る。たしか二体だった気がする。たぶん。
「……増えてない?」
答えてくれる奴はいない。
一体目を斬る。残り二体が左右から詰めてきて、間へ潜り込むには少し狭い。なら、自分へ言い聞かせる。
俺は、速く動ける。
足の裏が軽くなった。世界そのものが遅くなったわけじゃない。それでも一歩目から身体の迷いが抜け、右から迫ってきた使い魔の脇をすり抜ける。振り向きざまに一閃、その勢いを殺さず残った一体へ踏み込み、続けて斬った。
結界の中が静かになる。
「……やっぱり違うな」
同じ場所。同じ頃。同じ魔女。それでも、使い魔の数も配置も完全には一致しない。一度目を知っているからといって、何でも分かるわけじゃない。俺自身がいる時点で、もう同じ世界ではないし、誰かが数秒早く動けば、その後の流れだって変わる。
便利な未来予知みたいに扱っていたら、そのうち本当に痛い目を見る。覚えておいた方がいい。
奥から、使い魔とは比べものにならないほど重い魔力が伝わってきた。
「……あとは本体か」
刀を握り直し、奥へ進もうとした。
「マギカ……さん?」
足が止まった。
聞き覚えのある声だった。ゆっくり振り返ると、眼鏡に三つ編み。魔法少女の衣装。盾を腕につけた暁美ほむらが、結界の入口近くに立っている。
こっちも来たか。
一瞬だけ喉まで出かかった言葉を飲み込む。今の俺は田中じゃない。マギカだ。そして、この時間軸のマギカとほむらは初対面のはずだった。
「……俺を知ってるの?」
ほむらの顔が固まる。
「あ……い、いえ。その……似た人を、知っていて」
「仮面まで?」
「…………」
完全に詰まった。
ちょっと意地悪だったかもしれない。
「まあ、いいけど」
刀を肩へ戻すと、ほむらは露骨にほっとしたように息を吐いた。
こっちは全部知っている。ほむらが俺を知っている理由も、どうして名前が出たのかも。でも、ほむらは俺がそれを知っているとは思っていない。
田中の時と逆だ。
今朝、ほむらは田中へ「もしかして」と期待していた。今は俺が、その期待そのものを知らないふりをしている。
想像していたより、ずいぶん面倒な関係になってきた。
「暁美さん!」
別の声が結界へ響いた。
ほむらが振り返る。黄色いリボンが空間を走り、壁の一部へ絡みつく。その上を桃色の光が飛び越え、二人の少女が続けて着地した。
見間違えるはずがない。
巴マミと鹿目まどか。
当然だ。この時間軸では、まだ何も失っていない。それでも実際に二人が目の前で動き、息をしている姿を見ると、胸の奥が僅かに詰まった。
「よかった。先に入ってしまったのね」
マミさんがほむらへ歩み寄る。
「すみません。反応があったので……」
「気持ちは分かるけれど、まだ一人で結界へ入るのは危険よ。あなたは契約したばかりなんだから」
「……はい」
そのやり取りを見て、一瞬だけ変な感覚になる。
マミさんが、ほむらへ注意している。一度目には存在しなかった関係だ。前の時間軸では、ほむらが契約した頃にはマミさんはもういなかった。
今はいる。それだけでも、未来はすでに変わっている。
「ほむらちゃん、大丈夫?」
まどかもすぐに隣へ寄った。
「怪我してない?」
「だ、大丈夫です」
「ほんと?」
「はい」
顔を覗き込まれ、ほむらが分かりやすく固まる。
うん。こっちは順調そうだ。
俺が余計なことをする必要はなさそうだった。
そこでマミさんの視線がこちらへ向いた。さっきまでの柔らかさが少し薄れ、知らない魔法少女を見る目へ変わる。
魔女の結界で、見覚えのない仮面の少女が刀を持って立っている。周囲には、すでに倒された使い魔の痕跡まで残っているのだから、警戒されるのは当然だった。
「あなたが、まどかさんから聞いていた暁美ほむらさんね」
まずほむらを確認し、それから俺を見る。
「そして、あなたは……?」
一度目にもされた質問だった。
あの時は何も考えていなかった。本名を名乗るわけにもいかず、頭に浮かんだ言葉をそのまま口にしただけだ。
魔法少女。
マギカ。
我ながら雑だったと思う。
けれど、答えようとした瞬間、結界の奥で魔力が膨れ上がった。
「話は後ね」
マミさんが振り返ると、何もなかった空間へマスケットが次々と展開され、黄色いリボンが足元から広がっていく。
懐かしい。
そう思った自分に少し驚いた。一度目の俺にとって、マミさんの戦い方はただ圧倒されるものだった。今は、どこへリボンを伸ばすのか、次にどの銃を取るのか、全部ではなくても少しだけ読める。
教えてもらったから。隣で戦ったから。
「来ます!」
ほむらの声と同時に、結界の奥が大きく歪み、魔女が姿を現した。
一度目と同じ魔女。
ただし、現れた位置が違う。
「……前はもっと奥だったよな」
今は近い。結界へ入った時間が早かったせいか。それとも、俺が先に使い魔を倒したせいか。理由は分からない。
なら、その場で対応する。
前より、それができる。
「まどかさん、後方へ! 暁美さんは無理に前へ出ないで!」
「はい!」
「わ、分かりました!」
マミさんが指示を飛ばす。俺には来ない。
今のマミさんにとって、俺は戦い方も目的も分からない相手なのだから当然だ。それが妙に新鮮だった。
魔女が腕らしきものを振る。広い。しかも前回より早い。
「っ」
地面を蹴って横へ飛び、振り下ろされた一撃を避ける。その直後に銃声が響き、マミさんの弾丸が魔女の側面へ突き刺さった。
「今!」
言われる前に入っていた。
刀を両手で握り、懐へ潜り込む。一度目なら怖くて踏み込めなかった距離へ入り、勢いのまま斬りつけた。手応えはあるが浅い。すぐに離れると、魔女が振り向いた瞬間を狙って桃色の矢が横から突き刺さる。
「その人、離れて!」
まだ名前を教えていないまどかの声。
「分かってる!」
後方へ跳ぶ。直後、さっきまで立っていた場所を魔女の攻撃が薙ぎ払った。着地しても足は滑らず、呼吸にもまだ余裕がある。
前とは違う。それだけは、はっきり分かる。
「すごい……」
ほむらの声が聞こえたが、そちらへ意識を向ける余裕はない。
魔女が再び動き、マミさんのリボンが脚へ絡まって動きを僅かに止める。そこへ銃撃と桃色の矢が重なり、俺も走る。
三方向から攻撃が入る。
ほむらはまだ後ろにいる。それでいい。今のあいつは契約したばかりだし、ここで無理に活躍する必要はない。
マミさんがいる。まどかもいる。俺もいる。
前より、ずっといい。
魔女が暴れ、リボンを引き千切った。
「巴さん!」
「大丈夫よ!」
マミさんは即座に次のリボンを伸ばす。
一周分成長した今でも、この人との差はまだ大きい。だからこそ、今度は死なせたくないという気持ちも、一度目よりずっと具体的だった。
その思いを押し込み、刀を構え直す。今は目の前の魔女を見る。
前回の記憶では、次に右から攻撃が来た。
――来ない。
「っ!」
真上だった。
反射的に飛び退くと、巨大な影が叩きつけられ、床が大きく歪む。
「危な……」
まただ。
大枠は同じ。でも、細部は違う。完全に記憶へ頼っていたら、今ので食らっていた。
一度目を知っているからといって、それがそのまま未来の答えになるわけじゃない。
それくらいの距離で扱った方がいい。
「行くわよ!」
マミさんの声で意識を戻す。
何本ものマスケットが並び、その射線を邪魔しない位置へ自然に身体が動いた。一度目に何度も隣で戦ったから分かる。
「まどかさん!」
「はい!」
桃色の光が弓へ集まり、魔女がこちらを向く。
俺は刀を握ったまま正面へ走り、わざと大きく踏み込んだ。狙い通り、魔女の意識がこちらへ寄る。
ここだ。
刀を構えながら、ほんの一瞬だけ躊躇した。
前の世界で、マミさんにつけてもらった名前がある。自分の認識を相手へ押しつけ、ほんの僅かな間だけ位置を誤認させる技。最初はそんな大層な名前なんていらないと思っていたのに、マミさんは妙に楽しそうに候補を考え、最後にはこれで決まりとまで言った。
スペッキオ・ファントム。
名前そのものは結構気に入っている。ただ、技名を叫びながら使うのは今でもちょっと恥ずかしい。
「…………スペッキオ・ファントム」
結局、少し声が小さくなった。
魔力を流すと、魔女の認識が一瞬だけずれる。俺は正面にいるのに、攻撃はその半歩横を薙ぎ払った。
「今!」
同時に銃声が重なる。
マミさんの弾丸が魔女の身体へ食い込み、そこへまどかの桃色の矢が真っ直ぐ突き抜ける。輪郭が大きく崩れたが、まだ倒れない。
なら、もう一度入る。
床を蹴って一気に懐へ潜り込み、刀を振り抜いた。
「――っ!」
魔女の身体が裂け、その輪郭が今度こそ完全に崩れていく。
結界が割れた。
◇
現実の街へ戻ると、夕方の風が頬へ触れた。さっきまでの異様な空間が嘘みたいに、遠くでは車の音が続いている。
「ふう……」
息を吐き、刀を下ろす。
初めてここで戦った時は、何が起きたのか整理するだけで精一杯だった。今回は使い魔も倒し、魔女にも攻撃できた。マミさんたちの動きにも合わせられた。
ちゃんと戦えた。
「……ねえ」
マミさんの声に振り向くと、何故か少し楽しそうな顔をしている。
「さっきの技、なんて言ったの?」
「え」
「スペ……何とか、って」
聞かれてた。
いや、そりゃ聞こえるように言ったんだから当然なんだけど。
「……スペッキオ・ファントム」
もう一度言う方が恥ずかしい。
マミさんは少し考えるように顎へ指を添え、それから満足そうに微笑んだ。
「いい名前ね」
「…………だろ?」
思わず返してから、少しだけ可笑しくなった。
前の世界でも、同じ人にそう言ってもらった。
「大丈夫ですか?」
今度はまどかの声がして、顔を向けると思ったよりずっと近くにいた。頬の横へ手を伸ばし、仮面の下を覗き込もうとしている。
「さっき、魔女の攻撃が近かったですよね? 怪我してませんか?」
「いや、大丈夫――」
反射的に一歩下がると、まどかがきょとんとした。
「あ、ご、ごめんなさい」
「いや、こっちこそ」
違う。怪我を確認されただけだ。頭では分かっている。
でも未だに女子同士の距離感がたまに分からない。顔が近いと、前世の感覚が勝手に警報を鳴らす。
「本当に大丈夫?」
「大丈夫。ほら」
両腕を軽く動かしてみせる。
「よかったぁ……」
まどかが胸へ手を当て、安心したように笑った。
その顔を見ると、今度は別の意味で落ち着かなくなる。少し前まで、この子は死んでいた。それが今は生きていて、俺の怪我を心配している。
それだけで十分だった。
少し離れた場所では、ほむらがこちらを見ている。眼鏡の奥の表情は読み取りにくいけれど、なんとなく分かった。
一度目でも、まどかはマギカを心配していた。たぶん、ほむらはそれを思い出している。
嫉妬というほど大げさじゃない。知っているはずの二人が、自分だけ知らない会話をまた始めているような、少しだけ取り残された顔。
まどかがそれに気づいて振り返る。
「ほむらちゃんも、怪我してない?」
「え?」
「大丈夫?」
「は、はい!」
ほむらの表情がすぐに変わった。
分かりやすい。
俺は仮面の下で少しだけ笑う。そこは俺が心配しなくても大丈夫そうだ。
「それにしても」
マミさんがこちらへ歩いてくる。戦闘中の鋭さはもう薄れ、いつもの穏やかな表情へ戻っていた。
「助かったわ。あなた、かなり戦い慣れているのね」
「まあ……少しだけ」
少しどころではない。一か月、何度も魔女と戦い、その大半をこの人に教えてもらった。でも、それを今のマミさんに話すことはできない。
「見たところ、この辺りの魔法少女ではないみたいだけれど……そういえば、まだ名前を聞いていなかったわね」
「あ、そうだ。さっき聞けなかった」
まどかも思い出したように手を合わせる。
ほむらだけは黙って、俺を見ていた。
一度目と同じ質問。
でも、今度は答えの意味が違う。
一度目は、本名を隠すために適当に作っただけだった。魔法少女だから、マギカ。その場しのぎの名前だった。
でも、その名前でマミさんに呼ばれた。まどかに呼ばれた。ほむらにも呼ばれた。その名前で戦い、その名前で一度目の世界を生きて、そのまま次の世界まで持ってきた。
俺は刀を消し、三人を見る。
「……マギカ」
口にしてみると、不思議なくらい自然だった。
マミさんが小さく笑う。
「マギカさんね。私は巴マミ。よろしく」
「鹿目まどかです。よろしくね、マギカちゃん」
ほむらだけは何も言わなかった。
ただ、その表情がほんの少しだけ緩んだように見えた。
前の世界では、逃げるためにつけた名前だった。
今度は違う。
自分で選んだ。