遂に評価が合計50人頂けました、初めてなので本当に嬉しい限りです。
ありがとうございます!m(_ _)m
魔女を倒すまでに、以前ほど時間はかからなかった。
マミさんのリボンが使い魔をまとめて止め、その隙をまどかの矢が射抜く。ほむらが時間を止めて位置を変え、逃げ道を塞いだところへ俺が刀を差し込む。
誰かが声を掛けるより先に、次に何をすればいいのか分かる場面が増えていた。視界の端で誰かが動けば、その次に空く場所まで何となく読める。最初の頃みたいに、四人がそれぞれ勝手に戦っている感じはもうない。
もちろん、まだ完璧じゃない。ほむらは止まった時間の中で次の位置を迷うことがあるし、俺もさっきまどかの射線へ入りかけて怒られた。今のところ、マミさんが全体を見ながら穴を埋めてくれている部分も大きい。
それでも、最初の頃とは全然違う。
「右、空けるわ!」
マミさんがリボンを引いた瞬間、意味を考えるより先に身体が動いた。
俺が横へ退いた場所をまどかの矢が抜け、髪の先を風だけが掠める。桃色の光が魔女の身体を大きく揺らし、ほむらはその直後に姿を消した。時間が戻った時には、もう背後へ回り込んでいる。
「今!」
最後は、マミさんのマスケットがまとめて火を噴いた。
重なった銃声に空気が震え、そのあとから魔女の姿が崩れる。黒い輪郭がほどけるように消え、それを追うように結界へ亀裂が走っていった。以前なら、ここまで来るのにもっと時間がかかっていた。
◇
「まだ少し時間あるよね?」
現実へ戻った直後、まどかがそう言った。
普通なら、魔女を倒した時点で今日の用事は終わりだ。マミさんがグリーフシードを確認し、ほむらも盾をしまい、俺も刀を消している。
さっきまで結界だった場所にはもう何もなく、夕方前の街の音だけが戻っていた。遠くを自転車が通り過ぎ、どこかの家から夕飯の匂いまで流れてくる。あとは帰るだけのはずなのに、誰もすぐには歩き出さなかった。
「そうね。今日は思ったより早く終わったし」
マミさんが空を見上げる。夕方にはまだ少し早く、西日もそこまで低くない。
「それなら、うちに寄っていく?」
「行きたい!」
まどかの返事が速い。
ほむらも一瞬だけマミさんを見て、それから少し遠慮がちに頷いた。
「……私も、よければ」
「もちろんよ」
三人の視線が最後に俺へ集まる。
「え、俺も?」
マミさんが少し笑った。
「四人で戦ったんだから、四人でお茶してもいいでしょう?」
まあ、それはそうなんだけど。最近、お茶会率高くない?
「行く」
結局、断る理由もなかった。
◇
マミさんの家へ向かう途中、まどかがコンビニの前で急に足を止めた。
「あっ」
何か見つけた時の声だった。
「どうしたの?」
振り返ったマミさんへ、まどかは入口横のポスターを指差す。
「これ、今日からなんだって」
苺味のチョコ菓子。パッケージだけで春を全部使い切ろうとしているくらい、やたらピンク色だった。
「期間限定か」
俺も横から覗く。
こういうのは大体うまい。別に期間限定という言葉に弱いわけじゃないが、二度と食えなくなる可能性があるなら一回くらい確認しておくべきだと思う。これは確認だ。
「買っていく?」
まどかが嬉しそうに聞いた。
「紅茶には少し甘すぎるかもしれないわね」
マミさんはもう飲み物との相性を考えている。ポスターを見ながら、真面目な顔で何か組み合わせを考えているあたりがマミさんらしい。
「でも、みんなで食べるならいいかも」
結局、四人揃って店へ入った。しかも示し合わせたわけでもないのに、全員ほぼ同じ方向へ歩いていく。
菓子売り場だった。
さっきまで魔女相手に命懸けで戦っていた魔法少女が四人並んで、新商品の棚を眺めている。温度差がおかしい。
「これも美味しそう」
まどかが別の袋を手に取る。
「それ、結構甘いぞ」
「食べたことあるの?」
「似たようなのをな」
前世で。
そこまでは言わない。
マミさんは棚の前で紅茶に合いそうな焼き菓子を見比べていて、ほむらは少し離れた場所で小さなクッキーの箱を持っていた。箱を裏返して値段を見て、もう一度表へ戻す。少し迷ってから、そっと棚へ戻そうとした。
「それ食べたい?」
まどかがすぐに気づく。
「い、いえ。別に……」
言いながら、視線だけはまだクッキーに残っていた。分かりやすい。
「じゃあ私これ買うね」
「え?」
まどかが戻された箱を取る。
「みんなで食べようよ」
「でも……」
「一人で全部食べるわけじゃないし」
ほむらは少し迷ったあと、結局小さく頷いた。
「……ありがとうございます」
まどかは満足そうに箱を籠へ入れる。その横で俺はポテト系のスナックを入れた。
マミさんと目が合う。
「それ、紅茶には合わないんじゃない?」
「分かってる。でも絶対うまいやつだから」
「基準が雑ね」
「うまいものはうまい」
まどかが笑った。
「マギカちゃん、そういうの好きなんだ」
「嫌いなやついる?」
「いると思うよ」
ほむらまで少し笑っていた。
◇
マミさんの部屋へ着いても、以前みたいに全部を任せる流れにはならなかった。
「私、お皿出すね」
まどかが当たり前のように台所へ向かい、ほむらも少し遅れて立ち上がる。
「カップ、並べます」
「じゃあ俺は?」
聞くと、マミさんが紅茶の缶を取り出しながらこちらを見た。
「お菓子を開けてもらえる?」
「一番簡単な役割じゃない?」
「じゃあ紅茶淹れる?」
「任せます」
即答すると、マミさんが吹き出した。
俺は買ってきた袋を手に取りながら、何となく部屋の中を見る。まどかが食器棚から皿を運び、ほむらが一枚ずつカップを置いていく。マミさんはケトルへ水を入れ、戸棚から茶葉を選んでいた。
前はマミさんが全部用意して、俺たちは座って待っていることの方が多かった。それが今では、誰も確認せずに勝手に台所へ入って、勝手にできることを探している。
マミさんも、それを止めない。招かれているというより、ここにいること自体が少しずつ普通になっている。そんな感じがして、何となく心地よかった。
「マギカちゃん」
「ん?」
「その袋、開ける前にお皿」
「あ」
普通に袋から食おうとしていた。女子会適性が低い。
◇
紅茶とお菓子が揃って一段落したところで、俺は戦闘用の衣装を少し緩めた。
刀や外側の装飾を消し、普段着に近い軽い状態へ戻す。ただし、仮面だけは残した。
問題は、家の中でそこだけ残していると、改めて見ると相当怪しいことだった。
まどかがカップを持ったまま、こちらをじっと見る。
「……そういえば」
嫌な予感がした。
「マギカちゃんって、変身を解いたところ見たことないよね?」
何でもない顔でとぼける。
「そうだっけ?」
「うん。いつも途中で帰っちゃうし」
まどかの目が、顔を覆った仮面へ移った。
「家の中でも仮面なんだね」
「まあ……いろいろあるんだよ」
ほむらもこちらを見ているし、マミさんまで紅茶へ伸ばした手を一度止めた。頼むから、そのまま流してほしい。
「素顔、見せたくないの?」
まどかの声に悪意はなかった。本当に気になったから聞いただけなのだろう。
だから余計に答えづらい。
「その……まあ、そんな感じ」
「そっか」
意外にも、まどかはそれ以上聞いてこなかった。
そこへマミさんが、カップへ紅茶を注ぎながら自然に続ける。
「誰にだって、知られたくないことくらいあるものね。本人が話したくなるまで、無理に聞かなくてもいいんじゃないかしら」
まどかもすぐに頷いた。
「うん。ごめんね、マギカちゃん」
「いや、別に謝るほどじゃない」
ほむらも何も言わない。ただ一度だけ仮面へ目を向け、それきり視線をカップへ戻した。
気になっていないわけじゃない。それでも追及しないでいてくれる。
ありがとうマミさん。一生ついていきます……は少し重いか。少なくとも今日の紅茶は文句を言わずに飲もう。
その後もマミさんは何も聞かなかった。ただ、俺のカップへ紅茶を足した時に一度だけこちらを見る。ほんの少し考えるような目だった。
気づいていないわけじゃない。それでも待ってくれている。その距離の取り方が、少しだけありがたかった。
◇
話題はすぐに、どうでもいい方向へ流れていった。
「みんな、朝強い?」
まどかが唐突に聞く。
「私は普通ね。目覚ましが鳴れば起きるわ」
マミさんの答えに続いて、ほむらが少し申し訳なさそうに口を開いた。
「私は……あまり」
「やっぱり?」
まどかが笑う。
「この前も眠そうだったもんね」
「それは……」
爆弾作ってたからだろ。
俺は黙って紅茶を飲んだ。
「マギカちゃんは?」
「朝?」
「うん」
「起きられるけど、起きたいとは思わない」
一瞬だけ間があって、まどかが吹き出した。
「それ答えになってる?」
「なってるだろ」
「なってないと思います」
ほむらまで参加してくる。
「じゃあほむらはどうなんだよ」
「私は……目覚ましを二つ使います」
「弱いじゃん」
「マギカさんに言われたくありません」
普通に言い返された。少しずつ強くなってない?
マミさんは口元へカップを寄せたまま、笑いを隠している。
そのまま話題は学校へ移り、今度は苦手な教科の話になった。
「体育かなあ。嫌いじゃないんだけど、そんなに得意じゃなくて」
まどかが困ったように笑う。
「私は体育、苦手です」
ほむらは迷いなく即答した。
知ってる。今は前よりかなり動けるけど、元が元だからな。
「マギカちゃんは?」
「……数学」
「意外」
「何が?」
「なんとなく得意そう」
まどかの中で俺はどういう存在なんだ。
「計算できそうな顔してるの?」
「仮面で顔見えないよ」
「じゃあ何でだよ」
三人が笑ったので、俺もつられて笑った。
そこから好きなお菓子、テレビ、最近見た店の話と、話題は何の脈絡もなく飛んでいく。誰かが一つ喋れば別の誰かが思いついたことを挟み、さっきまで何を話していたのか分からなくなる。それでも誰も困らない。
気づけば、髪型の話になっていた。
「まどかさんは、今の髪型がよく似合ってるわね」
マミさんが言うと、まどかは少し照れながらリボンへ触れる。
「えへへ……ありがとう。ほむらちゃんも髪長いから、いろいろできそうだよね」
「私ですか?」
ほむらも自分の三つ編みに触れた。
「ほどいたら雰囲気変わりそう」
「そうでしょうか……」
まどかが少し身を乗り出す。ほむらも嫌がってはいない。
いいぞ、もっとやれ。
俺は紅茶を飲みながら、完全に外野の気分で二人を眺めていた。そのまま二人だけで盛り上がってくれればいい。
「マギカちゃんも髪長いよね」
飛び火した。
「俺?」
「うん」
まどかが椅子から立ち、俺の後ろへ回る。気配が背中へ近づいたと思った直後、銀色の髪へ指先が触れた。
「きれい」
「ちょ、近い」
「え?」
「いや、何でもない」
女子の距離感、未だによく分からない。
まどかは気にも留めず、髪を少し持ち上げる。引っ張られているわけでもないのに、誰かに髪を触られる感覚が妙にくすぐったい。
「これなら、いろいろできそう」
ほむらまでこちらを見る。
「確かに……少し結ぶだけでも変わりそうです」
「ほむらまで?」
「似合うと思います」
マミさんも普通に俺の髪を見ながら考え始めた。
「片側だけ編み込むのもいいかもしれないわね」
「何で俺の髪型会議になってんの?」
まどかが笑う。
「マギカちゃん、嫌?」
「嫌っていうか……」
別に嫌ではない。ただ、何でこうなった。
「仮面に合う髪型って難しいね」
「そこ基準なの?」
四人でどうでもいい話をして、どうでもいいことで笑う。魔女の話なんて、いつの間にか誰もしなくなっていた。
◇
しばらくすると、テーブルの上には空になった袋や半分残ったクッキー、紅茶の入ったカップが雑然と並んでいた。
まどかは買ってきた苺味の菓子を気に入り、ほむらは最初に買うか迷っていたクッキーを結局一番食べている。
「それ、結構食べてるよな」
指摘すると、ほむらの指がクッキーの手前で止まり、頬がほんの少し赤くなった。
「美味しかったので……」
「買って正解だったね」
まどかが嬉しそうに言うと、ほむらも小さく頷いた。
その向こうで、マミさんが静かに笑っている。
最初は俺たちを何となく眺めているだけだと思った。でも少し違う。カップを両手で包みながら、まどかを見て、ほむらを見て、それから最後に俺を見る。いつもより、ずっと柔らかい顔だった。
「こうしてみんなが一緒なら……」
マミさんがぽつりと言った。
一拍置いて、穏やかに笑う。
「…………」
俺だけ固まった。
マミさん、それはやめてくれ。本当に。
本人は何も知らず、普通に紅茶を飲んでいる。まどかも特に気にせず頷いた。
「うん。私も、みんなと一緒なら心強いな」
ほむらも少しだけ目を伏せ、それから頷く。
「……はい」
意味を知っているのは俺だけだった。
「マギカちゃん?」
まどかが覗き込んでくる。
「……何でもない」
「本当?」
「本当」
フラグとかいう概念を説明したところで通じるはずもない。だから黙って紅茶を一口飲んだ。
前と同じ言葉でも、今は前と違う。マミさんはここにいて、まどかも、ほむらもいる。俺もいる。
少なくとも、そう思うことにした。
◇
それからしばらくして、ふと気づけば座る位置が変わっていた。
右にまどか、左にほむら。
何でこうなった。
横目で見ると、まどかがほむらへ何か話していて、ほむらも身体を少しそちらへ向けてちゃんと聞いている。距離も近い。
よし、かなりいい。あとは俺が消えれば完璧だ。
「俺、ちょっとマミさんの手伝ってくる」
適当な理由を作って立ち上がろうとした瞬間、袖を掴まれた。
「マギカちゃん、どこ行くの?」
まどかだった。
「いや、ちょっと向こうに」
「ここにいればいいのに」
「いやでも――」
「……ここでいいと思います」
今度は反対側からほむらまで口を挟んできた。
「お前まで?」
「え?」
ほむら本人も、自分で言ってから少しだけ不思議そうな顔をした。でも訂正はしない。
「別に、巴さんは今片づけをしているわけでもありませんし」
確かにマミさんは台所にいるけど、困っている様子はない。理屈としては正しい。
でも、そうじゃない。俺の計画では、お前ら二人がくっつくんだよ。
「ほら」
まどかが袖を軽く引く。
結局、俺はそのまま座り直した。
「……はいはい」
満足したのか、まどかが手を離す。ほむらも少しだけ表情を緩めた。
何だこれ。俺、外野じゃなかったの?
少し離れた台所から、マミさんがこちらを見ていた。
目が合うと何も言わず、ただ少しだけ笑う。そのまま新しい紅茶を持って戻ってきた。
「楽しそうね」
「俺は若干納得してない」
「何が?」
「何でもない」
またまどかが笑い、今度はほむらもはっきり分かるくらい笑った。
◇
外へ出る頃には、空がすっかり夕方の色になっていた。
四人でマミさんの家を出て、途中まで同じ道を歩く。話しているのは今日の魔女でも、次の戦いでもない。
「結局、どのお菓子が一番だった?」
まどかが聞く。
「私はクッキーかな」
マミさんが答え、ほむらも少し迷ってから続く。
「……私もです」
「やっぱり一番食べてたもんな」
「マギカさん」
少しだけ睨まれた。
「悪い悪い」
「マギカちゃんは?」
「ポテトのやつ」
「紅茶に合わないって言われてたやつ?」
「うまかったからいいんだよ」
マミさんが小さくため息をつく。
「次は合う紅茶を考えてみるわ」
「合わせる側なんだ」
そんな話をしながら歩いていると、少し先でまどかとほむらが自然に隣へ並んだ。
俺は気づかれない程度に歩く速度を落とす。今度こそ邪魔しない。少し後ろから二人を眺めていたら、まどかが振り返った。
「マギカちゃん、早く!」
隣にいたほむらも足を止め、何も言わないままこっちを待っている。
「……はいはい」
仕方なく歩幅を広げて追いつくと、まどかは満足そうに前へ向き直った。
結局、四人で並んで帰った。
最初は、マミさんに連れられて戦っていただけだった。それが今は、戦いが終わっても一緒にいる。お菓子を選んで、くだらない話をして、帰り道まで同じになる。
そういう時間が増えていく。
今日は。
周りの一般人からは多分、マギカが変身状態でも普通の他人に見える設定です…