ワルプルギスの夜が来る。
それ自体は、もう分かっている。問題は、今度こそどうやって生き残るかだった。放課後、マミさんの部屋へ集まった俺たちは、いつものお茶会とは少し違う使い方でテーブルを囲んでいた。中央には見滝原の地図、その横にはノートと筆記用具。端には当然のように紅茶と小さな焼き菓子まで並んでいる。雰囲気だけ見れば勉強会だ。話している内容は、近いうちに街へ来る超弩級の魔女への対処法だけど。
「まず、前提を整理しましょう」
マミさんが地図の上へ指を置いた。
「相手は普通の魔女とは比べものにならない規模。私たち四人で正面から戦っても、短時間で倒せるとは考えない方がいいわ」
まどかもほむらも真剣な顔で聞いている。俺も地図へ目を落とした。前の世界では、こんなふうに四人揃って作戦を考えることすらできなかった。今はマミさんがいて、まどかがいて、ほむらがいて、俺もいる。しかも今回は、ほむらがすでに魔法少女になっていて、時間停止も訓練だけじゃなく実戦で使えるところまで来ていた。条件だけを見れば、ずっといい。
「鹿目さんは、できるだけ距離を取って射線を確保して」
「前みたいに、後ろから狙えばいいんですよね?」
「ええ。でも同じ場所に留まり続けないこと。相手がこちらの位置を把握したら、そこへ攻撃を集中される可能性もあるから」
「はい」
まどかが地図の端へ小さく丸を付ける。
「マギカさんは前衛寄り。ただし、相手へ張り付かないこと」
「そこ強調する?」
「強調するわ。あなた、自分が前に出れば何とかなると思った時、周りが見えなくなることがあるもの」
「……否定しづらい」
「事実だと思います」
隣でほむらまで小さく頷いた。
「暁美さんまで頷くなよ」
「最近普通に言うようになったな……」
マミさんが少し笑ってから、今度はほむらへ向き直る。
「暁美さんは時間停止を使って位置の調整。必要なら爆発物も使って」
「はい」
「ただし、前回より距離は取ること」
「……はい」
「ほむらちゃん、ほんとに気をつけてね」
「分かっています……」
今度はまどかまで頷いた。爆弾で魔女ごと足場まで吹き飛ばしかけた件は、しばらく擦られそうだ。
「それから、マギカさんのスペッキオ・ファントム。あれは相手の認識を少しずらせるのよね?」
「今のところは、そんな感じ」
「ワルプルギスの夜そのものを大きく誤認させるのは難しくても、一瞬だけ攻撃の向きを逸らせるかもしれない。直接倒すためじゃなくて、鹿目さんや暁美さんが動く隙を作る使い方も考えておきましょう」
「了解」
俺も頷く。問題は、相手があまりにも大きいことだ。使い魔や普通の魔女と同じように効く保証なんてないし、一度目で通じたから二度目も同じ、なんて考える方が危ない。
「あと、一番大事なこと」
マミさんが鉛筆を置いた。
「魔力を使い切らないこと。倒せるかどうかだけを考えないで、撤退する余力も必ず残しましょう」
その言葉に、ほむらが少しだけ目を伏せ、俺も何も言わず地図を見る。前の世界では倒すことしか考えていなかった。逃げるかどうかを考え始めた頃には、もう全員が追い詰められていた。今は最初から「逃げる」という選択肢が地図の上にある。それだけでも、前とは違う。
「ワルプルギスの夜が、こっちの想定通りに動いてくれるとも限らないわ。作戦を立てるのは大事。でも、予定が崩れた時にどうするかまで決めておきましょう。一つの作戦に全員で固執するのが一番危ないわ」
さすがだ。前回のことを何も知らないのに、俺が一番忘れちゃいけないことを普通に言ってくる。原作知識も、前周回の経験も攻略本じゃない。俺たちが変われば、相手の動きまで同じとは限らない。
「退路は二つ以上あった方がいいと思います」
ほむらが地図の一点を指した。
「一つ塞がれても、別方向へ逃げられるように」
「そうね。ここから河川敷へ抜ける道と、反対側の大通りを候補にしましょう」
マミさんが鉛筆を走らせる。まどかも地図を覗き込み、自分の射線が通りそうな場所を探し始めた。
「私、少し高いところから撃った方がいいかな?」
「高い場所は有利だけど、固定されるのは危険ね。移動できる範囲で考えましょう」
「じゃあ、この辺?」
「そこなら悪くないわ」
四人で一枚の地図へ顔を寄せる。避難経路、高台、まどかの射線、マミさんが前へ出る位置、ほむらが時間停止から戻ってきた時に孤立しない範囲。線を追っているうちに、前の世界の光景が少しずつ頭の中へ重なっていった。
あそこは駄目だった。
こっちへ追い込まれた。
マミさんが――。
「マギカちゃん?」
まどかに呼ばれて顔を上げる。
「ん?」
「大丈夫?」
「……大丈夫。ちょっと考え込んでた」
マミさんも少しだけこちらを見る。
「何か気になるところがある?」
「地図だけだと、実際の距離が分かりにくいなって。建物の高さとか、逃げる時にどこまで見えるかも」
「それは私も思っていたわ」
マミさんが頷き、少し考えるように地図へ目を落とした。それから視線がほむらの左腕の盾へ向く。
「一度、現地を見た方がいいかもしれないわね。暁美さん、前に試した方法、覚えてる?」
「……マギカさんと一緒に、止まった時間へ入る方法ですか?」
「ええ。時間停止中なら、人目や交通を気にせず戦場予定地を歩いて確認できるでしょう? マギカさんは近接戦が多いし、実際にどこまで移動できるか見てもらった方がいいと思うの」
合理的だった。
「二人で見てきてもらえる?」
ほむらが俺を見る。俺も頷いた。
「分かった」
◇
場所は、ワルプルギスの夜との戦闘候補にしていた河川敷の近く。前に時間停止の実験をした場所からも、それほど遠くない。違うのは、今回は能力確認ではなく、本番を前提にした偵察だということだった。
少し離れた場所では、マミさんとまどかが待っている。
「それじゃあ、前と同じで」
ほむらが右手を差し出した。
「接触していれば、私の時間停止の中でも動けます」
「分かってる」
俺もその手を取る。前世で生きていた頃、中学生女子と手を繋いで戦場の偵察へ行く未来があるなんて想像もしなかった。まあ、人生なんてそんなものか。
「いきます」
ほむらの左手が盾へ触れた。
さっきまで聞こえていた車の走行音も、遠くの話し声も、風の音も一瞬でなくなった。道路を走っていた車はその場で止まり、歩道を歩いていた人も片足を浮かせたまま動かない。風に飛ばされていた小さな紙切れまで、空中へ貼り付いたみたいに静止している。
その中で、俺とほむらだけが歩き出す。
「……何度入っても変な感じだな」
「はい」
返事がある。前に一緒に入った時は、動けるか、手を離したらどうなるか、どれくらい維持できるかを確かめるだけの実験だった。今はこれからどこで戦うか、誰をどこへ置くか、どうすれば全員生きて帰れるかを確かめるために、二人で止まった街を歩いている。
「まず、川沿いから見ましょう」
「了解」
手を繋いだまま歩き出す。最初の頃ほど意識はしなくなった。不便ではあるけど、今はもう戦術の一つとして割り切っている。ほむらも同じらしく、時々こちらとの距離を気にしながら自然に歩幅を合わせていた。
◇
「ここなら鹿目さんの射線は通りそうです」
ほむらが堤防の上から街を見る。
「遮る建物も少ないしな。マミさんを少し前に置けば、まどかの方まで見られる」
「巴さんなら、ここからでも前へ出られると思います」
「問題は、敵が横へ回った時か」
二人で地形を確認する。止まった世界では、普段なら車を避けながら歩かなければならない道路まで好きに使える。交差点の中央から建物の位置を見たり、河川敷へ降りて視界を確認したり、実際の距離を歩いて測ったりできるのはかなり便利だった。
ただ、何か所か見て回るうちに、別の問題が出始めた。
「……ここは使わない方がいい」
左右を建物に挟まれた道路へ入った瞬間、ほとんど考えずに口から出た。前の世界では、ここで巨大な瓦礫に逃げ道を塞がれ、その後は別方向へ押し出されるように戦線が崩れていった。
「どうしてですか?」
ほむらがこちらを見る。
「左右を塞がれたら抜けにくいだろ。相手の攻撃範囲も分からないし」
完全な嘘ではない。ほむらも周囲を見回してから、小さく頷いた。
「……私も、ここは避けた方がいいと思います」
それならまだ、地形を見た判断で説明できる。
次の場所では、マミさんを置く予定だった位置を見て、また口が先に動いた。
「ここも少し前すぎるな。マミさんはもう少し後ろでいい」
「巴さんなら、ここからでも戦えると思います」
「戦えるけど、まどかの援護へ戻るのに時間がかかる。ほむらが時間停止で離れた時、マミさんまで前にいたら後ろが空くし」
今度は自分でも、それなりに理由を組み立てられた。ほむらは少しだけ考えたあと、地図へ書き込むためのメモへ位置を残す。
「……そうですね」
ただ、その声にはほんの少しだけ引っかかりがあった。
俺たちはそのまま次へ進んだ。
◇
停止した街は、どこまで行っても静かだった。信号も変わらず、木の葉も落ちてこない。俺たち二人の足音だけが、普段よりずっと大きく聞こえる。
「……変ですね」
突然、ほむらが言った。
「何が?」
「誰かとここを歩くのは。前は、止めた時間の中にいるのは私だけでした」
そうだ。この子にとっては、時間停止は最初から一人になる能力だった。まどかがすぐ近くにいても動かず、マミさんへ話しかけても返事はない。どれだけ長く止めても、その時間だけは自分一人しかいない。
「前にも一緒に入っただろ」
「はい。でも、あの時は実験だったので」
「今日は違うって?」
「……少し」
ほむらの手が僅かに握り直される。
「相談できますから」
それだけ言った。
「便利だな」
「はい」
たぶん、それだけじゃない。でも今は、それでいい。
次の角を曲がった。
そこで、俺とほむらの足がほとんど同時に止まった。
目の前にあるのは、ごく普通の道路だった。脇に低い壁があり、少し離れたところには街路樹。道路幅も広く、逃げ道もある。見通しだって悪くない。
今の世界では、何もない。
でも俺には、その上へ別の景色が重なって見えた。
瓦礫。
壊れた道路。
炎。
その先にいたマミさん。
喉の奥が少しだけ詰まる。前回、戦線が大きく崩れた場所だった。
隣を見ると、ほむらも同じ場所を見たまま動いていない。握っている手の力が、ほんの少しだけ強くなっていた。こいつも覚えている。当然だ。同じ世界で、同じ失敗を見たんだから。
数秒、どちらも喋らなかった。
先に視線を逸らしたのは俺だった。
「……ここも避けよう」
ほむらがゆっくりこちらを見る。
「どうしてですか?」
今度ばかりは、地形では説明しづらい。道路は広く、逃げ道もある。見晴らしだって悪くない。今の状態だけを見れば、ここを外す理由なんてほとんどなかった。
「……勘」
ほむらはすぐには返事をしなかった。
「また、ですか」
「まただよ」
「前も、そう言っていました」
「結構当たるんだよ、俺の勘」
軽く言ってみたが、ほむらは笑わなかった。俺ではなく、もう一度何もない道路を見る。
「……私も、ここは嫌です」
その言葉に、今度は俺がほむらを見る。
「理由は?」
聞いてから、少し意地が悪かったと思った。
ほむらは一瞬だけ黙り、それから小さく首を振る。
「……私も、勘です」
同じ言葉を返された。
「そっか」
「はい」
それ以上は聞かなかった。聞けるわけがないし、ほむらももう何も言わなかった。ただ、再び歩き出してからも、繋いだ手の力だけはしばらく戻らなかった。
◇
「戻します」
一通り確認を終え、最初の場所まで戻ってきた。
ほむらが盾へ手を掛け、俺も頷く。
「頼む」
時間が動いた。
止まっていた車が走り出し、風に浮いていた紙切れが地面へ落ちる。遠くの話し声やエンジン音まで、一斉に耳へ押し寄せてきた。
「どうだった?」
まどかがすぐに聞いてくる。向こうからすれば、俺たちが手を繋いだと思った次の瞬間には戻ってきたようにしか見えていないのかもしれない。
「使えそう。かなり見て回れた」
「……大丈夫です」
俺とほむらが答えると、まどかが二人を見比べた。
「何か、二人とも疲れてない?」
「歩いたからな」
「結構見て回りました」
「時間止まってたのに?」
「止まってるのは外だけだから」
「あ、そっか」
まどかは納得すると、鞄から飲み物を二本取り出した。
「はい」
「俺にも?」
「二人ともでしょ」
ほむらも少し驚いた顔で受け取る。
「ありがとうございます」
俺も一本もらった。お前が一番無茶するんだけどな、とは思ったけど、今は言わない。
◇
もう一度マミさんの部屋へ戻り、現地で見たものを地図へ落とし込む。
「この辺りは避けた方がいいと思う。左右が狭い」
俺が印をつけると、ほむらも同じ場所へ頷いた。
「こちらもです。巴さんは、もう少し後ろにいた方がいいと思います」
「なるほどね」
マミさんは俺たちの話を全部聞いた。ただ、そのまま採用はしなかった。
「二人の意見は分かったわ。でも、この配置だと鹿目さんの射線が途中で切れるの。それに暁美さんが時間を止めて移動している間、私たちには何が起きているか分からない。前へ出すぎると、戻ってきた時に連携が切れるわ」
ほむらも地図へ身を乗り出す。
「では、この辺りなら?」
「そこなら悪くないと思う。マギカさんは?」
「俺もそれでいい。前へ出る時も戻りやすい」
まどかも自分から別の地点を指した。
「私、ここなら両方見られるかな?」
「ええ。でも固定しすぎないこと。狙われたらすぐ動くのよ」
「分かりました」
四人で一枚の地図を覗き込む。俺とほむらが持ち帰った情報を、マミさんが戦術へ組み直していく。まどかも自分で射線や移動先を考え、ほむらは時間停止から戻った後まで含めて自分の位置を確認していた。
前回にはなかった準備が、少しずつ形になっていく。これなら、と思いかけて、最初にマミさんが言ったことを思い出した。
相手が、こちらの想定通りに動くとは限らない。
浮かれすぎるな。それでも、少しくらい期待してもいいだろう。
◇
作戦が決まった後は、不思議なくらい普通の時間へ戻った。地図を畳み、ノートを閉じる。さっきまで戦場の配置を書き込んでいたテーブルの上へ、紅茶と残っていたクッキーが戻ってきた。
「今日はこれで終わりにしましょう。これ以上考えても、今できることは増えないわ。ちゃんと休むのも準備のうちよ」
「はい」
ほむらは真面目に頷いた。その横で俺もカップを取る。確かに、これ以上作戦を増やしても頭が混乱するだけだ。
「ほむらちゃん、今日はちゃんと寝るんだよ」
「……寝ます」
「本当に?」
「寝ます」
二回言った。信用されてない。
「爆弾作らない?」
「作りません」
今度は少し強かった。
マミさんまで笑う。
「暁美さん、前科があるものね」
「巴さんまで……」
ほむらが少しだけ肩を落とした。こうして話していると、明日大きな戦いがあることまで一瞬忘れそうになる。それくらい、いつも通りだった。
◇
翌日の学校でも、日常は何事もなく続いていた。教師がホワイトボードへ文字を書き、窓の外では運動部の声が聞こえる。さやかは授業中から眠そうな顔をしていて、その横では仁美が真面目にノートを取っている。ほむらも教科書を開き、まどかも少し離れた席にいる。
俺も田中として、その中にいた。ワルプルギスの夜が近づいていることなんて、教室にいるほとんどの人間は知らない。
昼休みになると、いつものように机が寄せられた。
「今日のおかず何?」
さやかが俺の弁当を覗き込む。
「普通」
「普通って何?」
「普通は普通」
「説明する気ないでしょ」
その横でまどかが笑う。ほむらも弁当を開きながら、一度だけこちらを見た。昨日の作戦会議を思い出しているのかもしれないが、何も言わない。俺も言わなかった。
「そういえば、明日も購買見に行く?」
まどかが何気なく聞く。
「私は構わないけど」
さやかがパンを齧りながら答え、仁美も微笑む。
「ご一緒しますわ」
「……はい」
「俺も」
それだけの会話だった。明日も学校へ来る。その前提で交わされる、何でもない約束なのに、今は少しだけ重く聞こえた。
◇
放課後、校門を出る頃には空が少し曇り始めていた。昨日より風が強い。それでも、まだ普通の帰り道だ。
さやかと仁美が途中で別れ、残ったのは俺とまどかとほむら。
「今日は寄り道しないで帰ろうか。マミさんも、ちゃんと休もうって言ってたし」
「そうですね」
「俺も今日は帰るよ」
田中としては。その後の予定は、また別だけど。
三人で歩く。特に話題はなかったけれど、気まずくもない。それが最近では普通になっていた。
少し前を歩いていたまどかが、ふと思い出したように振り返る。
「明日も一緒に帰ろうね」
一瞬だけ、足が止まりそうになった。隣を見ると、ほむらもほんの僅かに反応していた。でもまどかは気づかず、いつもの顔で笑っている。
「……はい」
「うん」
明日も学校へ来て、明日も一緒に帰る。本当なら、それだけの約束なのに、今は妙に遠く感じる。
準備ならした。前回と同じじゃない。マミさんもいるし、ほむらも戦える。まどかも、俺も、前よりずっと動ける。それでも絶対なんてものはないからこそ、帰る。
そう決めて、俺は前を向いた。
◇
――暁美ほむら視点
その日の夜、机へ向かっていても、昨日のことが何度も頭に浮かんだ。止まった世界を、マギカさんと一緒に歩いた時のこと。
『ここは使わない方がいい』
『マミさんは、もう少し後ろでいい』
そこまでは説明できる。地形を見れば危険だと分かる場所だったし、巴さんの位置についても、戦い方を考えた結果だと言われれば納得できる。
でも、最後の場所だけは違った。
あの道路は広く、逃げ道もある。今の景色だけを見れば、戦場として悪い場所ではなかった。それでも私は、あそこでは戦いたくなかった。前の時間軸であそこで失敗し、戦線が崩れ、巴さんを失い、最後にはみんないなくなったからだ。
だから、私が足を止めた理由は分かる。でも、どうしてマギカさんまで同じ瞬間に止まったのだろう。
『……ここも避けよう』
眼鏡の縁へ指を触れる。理由を聞くと、マギカさんはまた「勘」と言った。
前にも、似たことがあった。初めて見るはずの魔女を前にした時、何かが起こるより先に動いた時、知らないはずのことへほんの一瞬だけ反応した時。今までなら、それぞれ別の違和感として流せた。でも今日、同じ場所で同時に足を止めた。
もし、本当にただ勘がいいだけなら、どうしてあんな顔をしたのだろう。何もない道路ではなく、その向こうに別の何かを見ているような顔を。
「……マギカさん」
小さく名前を口にする。
田中さんと似ていることとは、また別の疑問だった。
マギカさんは、ときどきまだ起きていないことを避けようとしている。そんなふうに見える。
今日は聞かなかった。聞いても、きっと同じ答えが返ってくる気がしたから。でも、もし次も同じことがあったら、その時はもう「勘」で終わらせたくない。
教科書へ視線を戻したものの、文字はほとんど頭へ入ってこなかった。明日はもう一度、ワルプルギスの夜が来る。前の世界では私は何もできなかったけれど、今は巴さんがいて、鹿目さんがいて、マギカさんがいる。そして私も、もう戦える。