俺がマギカなのか……?改   作:きのこ大三元

34 / 59
第29話 ワルプルギスの夜・二度目

 空が、鉛色に沈んでいた。

 

 数分前まで残っていた晴れ間が嘘みたいだ。街の向こうから吹きつける風が植え込みを根元から揺らし、避難を促す放送が同じ言葉を繰り返している。さっきまでいた人影は、もう一つもない。

 

 この空も、この風も、遠くから近づいてくる巨大な気配も、前に一度見ている。最強クラスの魔女、ワルプルギスの夜。

 

 でも、画面越しに知ることと、その真下に立つことはまるで違う。何が飛んでくるか分からず、逃げたつもりでも届く。判断が一拍遅れただけで、隣にいた誰かがいなくなる。今の俺は、それを知識じゃなく経験として知っていた。

 

「マギカさん」

 

 呼ばれて顔を上げると、少し前にマミさんが立ち、その左右にまどかとほむらが並んでいた。四人。前回とは違う。ここへ来るまでに、できる準備は全部してきた。

 

「最後に確認するわ」

 

 強風の中でも、マミさんの声ははっきり聞こえた。

 

「鹿目さんは距離を保って遠距離から援護。無理に前へ出ないこと。暁美さんは時間停止を温存して、回避と切り札に使う」

「はい」

「分かりました」

 

「マギカさんは私より少し前。ただし追いすぎないで。あなたの役目は張り付くことじゃなくて、こちらへ向いた攻撃を乱すこと」

「了解」

 

 マミさんは三人の顔を順番に見てから、自分の髪飾りへ軽く指を添えた。

 

「それと、ソウルジェムのこと。身体は魔力でいくらでも繋げる。でも、これを砕かれたら終わり。誰かを庇うのは構わないけれど、自分のジェムだけは必ず守って」

「……はい」

 

 三人の返事が揃う。

 

「作戦が崩れたら、私の指示を待たなくていいわ。目の前で一番危ない人を助けて」

 

 そう言って、マミさんはほんの少しだけ口元を緩めた。

 

「全員で帰るわよ」

 

「うん」

 

 まどかが一番先に答え、ほむらも強く頷いた。俺も刀の柄へ手を掛ける。

 

「当然」

 

 その直後、遠くから甲高い笑い声が響いた。

 

 空気そのものを震わせる声に身体が先に反応し、背筋が強張る。荒れた空の向こうから現れたのは、歯車と人形が入り混じり、逆さまに吊られたような巨大な異形。街のビルと並んで初めて、その冗談みたいな大きさが分かった。

 

ワルプルギスの夜。

 

 二度目だった。

 

「来るわ!」

 

 マミさんの声と同時に、戦闘が始まった。

 

 ◇

 

 最初に降ってきた瓦礫は、俺たちに届かなかった。マミさんのリボンが空中へ幾重にも走り、巨大な破片へ絡みつく。止めきれなくても軌道は逸れ、その隙間を桃色の矢が駆け抜けた。光が瓦礫を撃ち抜き、砕けた破片が雨のように細かく散る。

 

「右!」

 

 言われるより先に身体が動いた。横へ踏み込み、刀を振りながら魔力を前方へ広げる。

 

「スペッキオ・ファントム!」

 

 ワルプルギス本体にどこまで通じるかは分からない。それでも、こちらへ向かっていた飛来物の群れが見えない手に押されたように針路を曲げた。ほんの数度の差だが、それだけで人一人分の隙間ができる。

 

「暁美さん!」

 

 ほむらの姿が消え、次に見えた時には飛来物の死角へ抜けていた。別の位置へ移動するなり盾から爆発物を引き抜く。

 

「下がって!」

 

 俺たちが距離を取った直後、白い閃光が巨体の脇腹で弾けた。腹へ響く爆音と肌を叩く熱風。前回みたいな無茶な威力ではないが、それでも巨大な魔女の身体が大きく揺れ、そこへまどかの矢とマミさんのマスケットが立て続けに突き刺さる。

 

 前は、一つの攻撃に対応している間に次が来た。今は誰かが防げば別の誰かが撃ち、死角へ攻撃が回れば、その前へ誰かが割って入る。俺が軌道を乱し、まどかが射線を通し、ほむらが時間停止で危険な位置を潰す。その全部を、マミさんが中央から繋いでいた。

 

 押されてはいる。それでも、何が起きているかも分からないまま潰されてはいない。前回とは違う。ちゃんと戦えている。

 

 その時、風を裂く音がした。

 

 細い鉄片が一つ、マミさんの髪飾りをかすめる。黄色い宝石の縁に、白い線が一本だけ走った。

 

「マミさん!」

「平気よ。かすっただけ」

 

 指先で傷をなぞり、マミさんはすぐ前を向く。大丈夫だと言い聞かせて、俺も視線を戻した。

 

「マギカさん、戻って!」

 

 後ろへ跳んだ直後、さっきまで俺のいた地面を巨大な破片が抉った。見覚えのない攻撃だったが、避けられたのはマミさんが全体を見ていたからだ。

 

「助かった!」

「前に出すぎない!」

「はい!」

 

 普通に怒られた。でも、その程度で済んでいる。

 

 笑い声が再び響き、巨体がさらに高度を落として街へ迫る。

 

「鹿目さん!」

「うん!」

 

 まどかが弓を大きく引き絞った。放たれた光が一直線に空を裂き、巨大な身体の中心へ突き刺さる。衝撃でワルプルギスがぐらりと傾いた。

 

「……効いてる」

 

 思わず声が漏れる。前回より、明らかに押せている。それでもマミさんだけは表情を緩めなかった。

 

「まだよ! これくらいで止まる相手じゃないわ!」

 

 次のマスケットを展開しながら声を飛ばす。その判断は正しく、数秒もしないうちにワルプルギスは再び動き始めた。攻撃は通っている。でも、決定打にはなっていない。

 

「通常攻撃だけじゃ足りないか」

 

 俺と同じ判断をしたのか、マミさんの視線がほむらへ向いた。

 

「暁美さん」

 

 ほむらが頷く。

 

「……やりますか?」

「ええ」

 

 事前に一度だけ、短時間で試した方法だ。直接手を繋がなくても、魔力を通したマミさんのリボンならほむらとの接触を維持できる。つまり、時間停止の中へ複数人を連れて入れられる。

 

 その分ほむらの負担は大きく、何度も使える方法ではない。だからこそ、ここまで温存していた切り札だった。

 

「鹿目さん!」

「準備する!」

 

 まどかが一気に後方へ下がり、俺も刀を握り直す。

 

「マギカさん」

 

 マミさんの視線だけで意味は分かった。

 

「分かってる」

 

 胸の奥へ意識を沈める。自分以外の誰かへ近づく感覚。立ち方、呼吸、魔力の流れ。知らないものじゃない。何度も練習した。

 

 けれど、本番でここまで深く使うのは初めてだった。

 

「成り代われ――巴マミ」

 

 魔力が身体の奥から引きずり出される。銀白の衣装に黄色が滲み、袖口から胸元、足元へ広がっていく。握っていた鏡面の刀は輪郭を失い、代わりに一本のマスケットが手の中で形を取った。

 

 同時に、頭の中へ別の感覚が滑り込んでくる。銃身の長さ、引き金にかける指、相手との距離の測り方。どれも俺が覚えたものじゃないのに、身体の方が先に答えを知っている。

 

マミさんなら、こう構える。

 

「……よし」

 

 マミさんのリボンがほむらの左腕へ巻きつき、もう一本が俺へ伸びる。俺も再現したリボンをほむらへ繋ぎ、三人分の魔力が一本の線になった。

 

「暁美さん」

 

 マミさんが静かに言う。

 

「お願い」

「はい」

 

 ほむらが盾へ手を掛けた。

 

「止めます!」

 

 ◇

 

世界から、音が消えた。

 

 吹き荒れていた風も、空中を舞う瓦礫も止まっている。少し離れたところでは、まどかの髪もスカートも風に煽られた形のまま固まっていた。

 

 目の前では、ワルプルギスの夜さえ空に縫い留められている。あれだけ巨大で理不尽に動き続けていたものが、今は精巧な置物みたいに見えた。その世界で、俺たち三人だけが息をしている。

 

「……成功」

 

 ほむらの声が聞こえる。ただ、俺一人を入れた時よりも明らかに苦しそうだった。

 

「長くはもちません」

「十分よ」

 

 マミさんが前へ出て両腕を広げると、黄金の銃身が一斉に展開された。発砲音も風の音もない世界に、銃身だけが次々と並んでいく。

 

「マギカさん、合わせて!」

「了解!」

 

 俺も魔力を流す。一つ、二つ、三つ。マミさんとは比べものにならない。数も少なく、一本作るだけで銃身の端が揺らぎ、形を保つだけでも魔力が削れていく。

 

 完全な巴マミにはなれない。それでも、二人分なら足しにはなる。

 

「まず正面!」

 

 マミさんが撃った。

 

 発射された砲撃は音もなく進み、ワルプルギスへ届く直前で静止する。俺も続けて引き金を引き、二発の光を同じように途中へ置いた。

 

「移動するわ!」

 

 リボンを繋いだまま、ほむらを中心に三人で側面へ回り込む。再びマスケットを並べて撃ち、後方へ移動してもう一度。正面、右、左、斜め下。逃げ道まで潰すように、止まった世界へ砲撃が一発ずつ置かれていく。

 

 本来なら一瞬で通り過ぎるはずの火力が、その場へ全部残っている。異様な光景だった。

 

「……まだ」

 

 マミさんが次の銃を作る。

 

「マミさん」

 

 呼びかけた声が少し掠れた。

 

「まだいけるわ」

 

 強がりではない。ただ、余裕があるわけでもなかった。ソウルジェムの輝きはさっきより鈍く、俺の胸元にも熱が溜まっている。再現している魔法が、自分の内側へ食い込んでくる。

 

もっと銃を。もっと正確に。ここなら、あと三本――。

 

 そこまで考えたところで、自分の思考じゃないと気づいた。

 

今の考え方は、俺じゃない。

 

「マギカさん?」

 

 ほむらに呼ばれる。

 

「大丈夫」

 

 返した声が、ほんの少し柔らかかった。自分でも分かる。マミさんの口調に近い。

 

 まずい。長く使いすぎている。

 

「あと一回!」

 

 マミさんの声が飛ぶ。

 

「合わせる!」

 

 最後の位置へ移動する。リボンの向こうでは、ほむらの手も震えていた。二人を止まった世界へ入れたまま、ここまで歩き回っている。限界が近いのは俺たちだけじゃない。

 

「これで終わりよ」

 

 マミさんの前に、いつものマスケットより遥かに大きな砲身が形を取った。

 

 俺も同じものを作ろうと魔力を集めるが、一度は形になる前に崩れた。

 

「無理しないで!」

「いや……ここまで来たら!」

 

 もう一度魔力を叩き込む。マミさんのものより小さく、形も歪んでいる。それでも何とか砲身の形にはなった。

 

 マミさんがこちらを見て、一瞬だけ笑う。

 

「いくわよ、マギカさん」

「いつでも」

 

 二つの砲口が、止まったワルプルギスへ向く。

 

「「ティロ・フィナーレ!」」

 

 マミさんの声と同時に俺も引き金を引いた。二つの砲撃が飛び出し、巨大な魔女へ届く直前で静止する。その瞬間、膝から力が抜けかけた。

 

「っ……」

 

 ほむらも肩で息をしている。

 

「暁美さん!」

「……戻します!」

 

 盾が動いた。

 

 ◇

 

音が、爆発した。

 

 止まっていた世界が一斉に動き出し、四方へ置いた砲撃がほぼ同時に殺到する。一発、二発――途中から数える意味もなくなり、連続する爆発が巨大な姿を煙の中へ呑み込んだ。

 

 その外側から、まどかが時間停止の前から引き絞っていた矢を放つ。

 

「――っ!」

 

 桃色の光が爆煙を貫いた。俺、マミさん、ほむら、まどか。四人分の攻撃がほとんど同時に重なり、遅れて押し寄せた衝撃波が地面ごと足元を震わせる。

 

 爆煙が風に引き裂かれ、その向こうで巨大な影がゆっくりと傾いた。ワルプルギスの夜が、後ろへ押し戻されている。

 

 前回にはなかった光景だった。あのワルプルギスが、俺たちの攻撃ではっきりと押されている。

 

「やった……?」

 

 まどかが小さく呟く。

 

「まだ!」

 

 マミさんがすぐ遮った。その声にもわずかに喜びが混じり、ほむらも目を見開いたまま煙の向こうを見つめている。

 

いける。

 

 そう思った。

 

 ◇

 

 当然、それで終わる相手じゃなかった。爆煙の中から笑い声が響き、俺たちは合図も待たず一斉に散る。

 

 そこからは、残った魔力を削り合うような戦いになった。さっきの集中攻撃が強かった分、こちらの消耗も大きい。マミさんのソウルジェムには濁りが目に見えて増え、ほむらも時間停止の連続使用を避け、本当に必要な瞬間だけ短く止めるようになった。

 

 俺もすぐに成り代わりを解く。衣装から黄色が消え、手の中に鏡面の刀が戻った。それなのに指先にはまだ銃の感覚が残っていて、刀の柄を握りながら引き金を探してしまう。

 

 でも、今は構っていられない。

 

「マギカさん、左!」

「分かってる!」

 

 瓦礫を斬り払い、そのまままどかの前へ入る。

 

「ありがとう!」

「まだ余裕ある?」

「うん!」

 

 強がりではなさそうだった。まどかのソウルジェムにも濁りはあるが、まだ戦える。

 

 ワルプルギスは先ほどより明らかに低い位置まで押し込まれていた。こちらも消耗しているが、向こうも無傷ではない。

 

 勝てる。

 

 そう思った、その時だった。

 

 視界の端に妙に見覚えのある位置関係が入る。マミさん。ワルプルギス。傾いた身体。そして、俺のいる位置。

 

「――っ」

 

 血の気が引いた。

 

前回、ここだ。このあと、マミさんが死ぬ。

 

 この距離。この向き。

 

「巴さん!」

 

 ほむらの声が重なる。見ると、向こうも俺を見ていた。

 

それだけで分かった。こいつも気づいている。

 

世界が止まった。

 

 ◇

 

「マミさん!」

 

 俺は走った。ほむらも一緒だった。今度は迷わない。何が起きるのか知っている。

 

 止まった瓦礫の間を抜け、マミさんのところまで駆け寄る。俺が腕を掴み、続いてほむらの手が肩へ触れた瞬間、硬直していたマミさんの身体がびくりと動いた。

 

「えっ――?」

 

 突然、風も音も消えた世界へ放り込まれたマミさんが目を見開く。

 

「説明は後! こっち!」

「巴さん、急いで!」

 

 マミさんは何かを聞き返しかけた。けれど俺たちの顔を見て、次に空中で静止した瓦礫とワルプルギスへ視線を向ける。

 

「……時間停止?」

 

 一瞬だった。

 

「そうです。ここから離れます!」

 

 ほむらが答えると、マミさんはもう動いていた。俺たちに引きずられるのではなく、自分の足で地面を蹴る。

 

 必要なのは、ほんの数メートルだけ。前回は間に合わなかった、その数メートル。

 

 三人で一気に射線から外れる。

 

「ここまで!」

 

 ほむらが足を止めた。顔色がさらに悪くなっている。短時間とはいえ、立て続けの時間停止だ。

 

「暁美さん」

 

 マミさんがほむらを見る。

 

「……戻します!」

 

 盾が動いた。

 

 ◇

 

 轟音とともに、巨大な一撃がほんの一瞬前までマミさんのいた場所を貫いた。道路が抉れ、破片が跳ね上がる。衝撃に煽られ、三人揃ってさらに数歩後ろへ下がった。

 

「っ……!」

 

 マミさんが息を呑む。

 

 抉れた道路を見る。その位置と、たった今まで自分が立っていた場所を見比べ、ようやく何を避けたのか理解したらしい。

 

「今の……私を狙って……」

 

 俺は答えるより先に、マミさんのソウルジェムへ視線を走らせた。

 

 ある。

 

 壊れていない。身体も無事で、ちゃんと息をしている。

 

「……間に合った」

 

 喉から勝手に声が出る。

 

「間に合った……!」

 

 ほむらも目の前のマミさんを見つめたまま、唇を小さく震わせていた。

 

 前回と同じ瞬間を変えた。失敗を覚えていたから、今度は救えた。その事実だけで、胸の奥に溜まっていた何かが一気に軽くなる。

 

「二人とも……」

 

 マミさんが俺とほむらを交互に見る。

 

 突然時間停止へ巻き込まれ、何の説明もなく数メートル走らされ、その直後に自分のいた場所が消し飛んだ。聞きたいことはいくらでもあるはずだった。

 

 それでも、今ここで聞くことではないと判断したらしい。

 

「……ありがとう」

 

 それだけ言った。

 

「マミさん!」

 

 まどかが駆け寄ってくる。目が赤い。

 

「泣くのは終わってからにしなさい」

 

 そう言いながら、マミさんの口元はやわらかく緩んでいた。

 

 まどかが何度も頷き、ほむらもようやく小さく息を吐く。

 

四人が、また揃っている。

 

 前回は救えなかった。今度は救えた。それでいいと思った。

 

「戻りましょう」

 

 マミさんが立ち上がる。ワルプルギスの笑い声は、まだ遠くで響いていた。

 

「うん」

 

 四人で戦場へ戻る。

 

ここから先は、俺も知らない。

 

 ◇

 

 その意味に気づいたのは、少し遅れてからだった。

 

 マミさんが生きている。前回は、この時点でもういなかった。つまり俺たちは今、前回には存在しなかった時間を進んでいる。

 

「マギカさん!」

「っ!」

 

 マミさんの声で我に返る。

 

 ワルプルギスの位置が違っていた。高さも向きも、記憶の中のものと一致しない。大きく押し戻し、そこからさらに長く戦った。その積み重ねで、戦場そのものが前回とは違う形になっている。

 

 知らない角度。知らない距離。

 

「来るわ!」

 

 ワルプルギスの身体が大きく傾いた。

 

 嫌な感じがした。でも、何が来るのか分からない。

 

前の周回を覚えているのに、初めて答えを一つも持っていなかった。

 

 直後、

 

空全体が弾けた。

 

「――っ!」

 

 前からじゃない。全周囲へ瓦礫と衝撃が円を描いて弾き出される。

 

「散って!」

 

 マミさんのリボンが伸び、俺も横へ飛んだ。まどかの姿が瓦礫の向こうへ消え、ほむらも別方向へ吹き飛ばされる。

 

「まどか!」

「大丈夫!」

 

 声は返ってきた。

 

 着地した瞬間、別の音がした。リボンが切れ、陣形が崩れる。

 

 破片の向こうで、ほむらの眼鏡が一瞬だけ光った。地面に膝をついている。時間停止を使いすぎたせいで反応が遅く、その頭上から巨大な破片が落ちてくる。

 

「ほむらちゃん!」

 

 まどかの声。

 

 俺も走る。でも遠い。

 

 その前に、黄色いリボンが飛んだ。

 

「暁美さん!」

 

 ほむらの身体へ巻きつき、一気に横へ引き抜く。巨大な瓦礫が落下する寸前、マミさん自身は後輩を助けるため、その場へ迷わず踏み込んでいた。

 

「マミさん!」

 

 瓦礫が地面へ叩きつけられる。

 

 ほむらは助かった。マミさんも、直撃は避けた。

 

 まだいる。大丈夫だと思った。

 

 次の瞬間、横から何かが飛んできた。

 

 小さい。さっきまでの巨大な瓦礫とは比べものにならない。煙と破片の隙間を抜けてきた、鋭い欠片。

 

前回の記憶のどこにも、あんなものはなかった。

 

 マミさんが振り向く。

 

「――」

 

ぱき、と乾いた音がした。

 

 戦場の轟音に紛れそうなくらい小さな音だった。それでも俺には聞こえた。

 

 黄色いソウルジェムの縁、さっき白い線の入ったところから、細い亀裂が走る。

 

「……え?」

 

 理解するより先に亀裂が広がり、光が消えた。

 

 金色の衣装がほどけるように消え、マミさんの身体から一気に力が抜ける。

 

「マミさん!」

 

 飛び込み、地面へ落ちる直前で何とか抱き止めた。

 

 軽かった。あまりにも軽い。

 

「マミさん?」

 

 返事がない。

 

 反射的にソウルジェムを探して胸元へ視線を落とし、すぐに違うと気づく。マミさんのは、そこじゃない。

 

 分かっている。見た。

 

今、砕けた。

 

「……え?」

 

 同じ声が、もう一度漏れた。

 

 だって、さっき助けた。前回の攻撃は避けた。間に合ったし、マミさんは生きていた。

 

 それなのに、今は俺の腕の中で動かない。

 

「巴さん……」

 

 ほむらの声がした。

 

 振り返ると、地面に座り込んだままこちらを見ている。顔から血の気が引き、唇の色まで失せていた。

 

「私が……私を、助けたから……」

 

 声が細く震える。

 

「違う」

「でも、巴さんは私を――」

 

 それ以上、ほむらは言葉にならなかった。盾へ添えた指が、カタカタと音を立てて震えている。

 

 違う、と言い切ってやりたかった。でも俺だって、その場にいた。マミさんがほむらを助けるために踏み込んだのも見ている。

 

 それでも、今ここで立ち止まるわけにはいかなかった。

 

「ほむら」

 

 肩を掴む。

 

「後で、いくらでも聞く。今は立ってくれ」

 

 ほむらは血が滲むほど唇を噛んだ。

 

「……分かってます。分かってるんです。今は、戦うしかないって……」

 

 その目から涙が落ちる。それでも、震える脚で自分から立ち上がった。

 

「マミさん……?」

 

 まどかが来て、足を止める。

 

 俺の腕の中のマミさんを見たまま、何か言おうと口を開く。でも声が出ない。

 

「マミさん」

 

 もう一度呼ぶ。

 

 返事はなかった。

 

 まどかの目から涙が零れる。それでも手から弓は離さず、震える指でもう一度しっかり握り直した。

 

「……まだ、いるんだよね。ワルプルギスの夜」

「ああ」

 

 俺が答える。

 

 まどかは袖で涙を拭った。

 

「じゃあ……戦わないと」

 

 誰かに言われたわけじゃない。まどかが、自分でそう決めた。

 

 さっきまで四人だったのに、今ここに立てるのは三人だけだ。作戦を考え、戦い方を教え、俺たちをここまで繋いでくれた一人はもう動かない。

 

 俺はマミさんを抱え、安全そうな壁際まで運んだ。ゆっくり身体を横たえると、金色の髪が頬にかかる。

 

 直そうとして、指が止まった。

 

 手の中には、まだマミさんの魔法を使っていた時の感覚が残っている。

 

銃の重さ。リボンを伸ばす時の感触。後輩を見る時に自然と取る距離。

 

 俺のものじゃない感覚が、まだ身体の中にいる。

 

 今は考えない。

 

「……行ってくる」

 

 返事はない。

 

 立ち上がり、鏡面の刀を呼び出す。

 

 まどかが隣へ来て、ほむらも反対側に並んだ。三人で空を見る。

 

 ワルプルギスの夜は、まだ笑っていた。

 

 さっきまで間に合ったと思っていた。実際に、間に合った。だからこそ、その先が分からなくなった。

 

 俺は刀を握り直す。

 

「……続き、やるぞ」

 

 まどかが頷き、ほむらも続いた。

 

 三人で、もう一度前を向いた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。