俺がマギカなのか……?改   作:きのこ大三元

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第30話 勝った……のか?

 あれから、どれくらい経ったのか分からなかった。十秒かもしれないし、一分も経っていないのかもしれない。時間を確かめる余裕なんてなかった。

 

 さっきまで四人で見上げていた空には、まだワルプルギスの夜がいる。耳障りな笑い声も、街を叩き続ける風も、倒れたマミさんのために止まってはくれない。当然だ。あれは魔女だ。こっちが一人死んだからといって、待ってくれる理由なんてない。

 

「――っ!」

 

 頭上から落ちてきた瓦礫を刀で受け流す。いつもなら弾ける程度の破片なのに腕が押し負け、刃を斜めに滑らせてどうにか軌道を変えただけで、足が半歩後ろへ下がった。

 

 ティロ・フィナーレの連射に、成り代わり、時間停止への長時間同行。その後も戦い続けたせいで、魔力も体力も前回以上に削られている。身体は重い。それでもまだ動くなら、止まっているわけにはいかなかった。

 

「ほむら!」

 

 少し離れた場所で、ほむらがマミさんを見ていた。盾へ手を添えたまま動かず、視線だけが倒れた身体へ縫いつけられている。

 

「私が……私を助けたから、巴さんが……」

 

 小さな声だった。

 

 また瓦礫が飛んでくる。今度はまどかの矢が途中で砕いた。

 

「ほむら!」

 

 俺はもう一度名前を呼ぶ。ほむらがようやくこちらを見る。

 

「今は前見ろ!」

 

 出てきたのは、それだけだった。慰める言葉なんて今は思いつかないし、マミさんの死を誰のせいにもしたくない。それを説明している時間もなかった。

 

 ほむらは唇を噛み、一度だけマミさんへ視線を戻した。それから自分で前を向き、震える手で盾を構える。

 

「……はい」

 

 声はまだ揺れていた。それでも立った。

 

 その横では、まどかが泣いている。頬には涙が残り、弓を握る指まで震えていたが、手放してはいなかった。

 

「……まだ、終わってない。マミさんが、ここまで作ってくれたんだもん」

 

 自分へ言い聞かせるように呟いてワルプルギスを見上げ、弓を持ち直す。

 

「終わらせないと」

「……ああ」

 

 俺も刀を握り直した。

 

四人だった戦場に、残ったのは俺たち三人だけだった。

 

 ◇

 

 最初の数分で、マミさんがいなくなった意味を嫌というほど思い知らされた。

 

「まどか、右!」

「うん!」

 

 まどかが飛び退いた直後、別方向から瓦礫が落ちる。

 

「ほむら!」

「っ……!」

 

 ほむらが時間を止め、数メートルだけ位置を変えた。解除と同時に俺が前へ出る。

 

「スペッキオ・ファントム!」

 

 攻撃方向を逸らす。そこまでは間に合ったが、その分だけ次への対応が遅れた。

 

 マミさんがいた時は違った。誰かが一つの攻撃へ対応している間に、次の危険を見ていた。まどかの位置も、ほむらの残り魔力も、俺が前へ出すぎていることも、一人でまとめて把握していた。

 

 今は三人とも、自分と目の前の敵を見るだけで精一杯だった。

 

「マギカちゃん!」

 

 まどかの声に振り返る。

 

 大きな瓦礫がこっちへ来ていた。

 

「ぐっ……!」

 

 刀で受けると腕が痺れるほど重い。横へ流して何とか避けたが、その間にほむらが別の攻撃を受けそうになる。俺が声を出すより先にまどかの矢が飛び、ぎりぎりのところで軌道を逸らした。

 

 全部、ぎりぎりで繋いでいる。

 

「……違う」

 

 息を吐く。

 

 こんな動きじゃない。マミさんなら、誰かが危険になってから助けるんじゃなく、その前に位置を変えて危険そのものを潰す。もっと早く次を見る。

 

 俺は、それを知っている。

 

 なら、使える。

 

 胸元へ手を当てた。

 

「成り代われ――巴マミ」

 

 魔力が一気に抜ける。銀白の衣装へ再び黄色が混ざり、刀の輪郭が崩れてマスケットへ変わった。足の置き方が変わり、視線の運び方まで少しだけ別人のものへ寄っていく。

 

 目の前の敵だけじゃない。まどかとほむらの位置、ワルプルギスの向き、飛んでくる瓦礫、退路。その全部が一度に視界へ入ってきた。

 

――見える。

 

 一瞬だけ、いけると思った。

 

 マスケットを三本展開する。

 

「まどか、左へ! ほむらは一度後ろに――」

 

 言いかけたところで判断が遅れた。

 

「っ!」

 

 まどかが自分で飛び退き、その直後に地面が抉れる。

 

 見えてはいる。でも、その全部から一番いい答えを選ぶまでに一拍かかる。マミさんなら、その一拍すらほとんど作らなかった。

 

「……違う」

 

 また声が漏れる。

 

 マスケットは出せる。リボンも使える。立ち方も構え方も、身体のどこへ力を入れるかさえある程度分かる。でも、巴マミが何度も一人で魔女と戦いながら積み上げてきた判断まで、俺の中へ全部入っているわけじゃない。

 

能力を借りられることと、その人になれることは違う。

 

「マギカちゃん!」

「分かってる!」

 

 まどかの前へリボンを伸ばし、飛来物へ巻きつけて軌道を逸らす。

 

 その瞬間、胸の奥から妙に強い感情が湧いた。

 

鹿目さんを守らないと。暁美さんにも無茶をさせちゃいけない。私が二人を――。

 

「……っ」

 

 思考の途中で、自分のものじゃないと気づく。

 

 俺自身だって二人を守りたい。でも今のこれは、それだけじゃない。誰かを守る時の焦り。後輩を見る時の距離。自分が前へ立つことを当然だと思う感覚まで、マミさんのものが混ざっている。

 

「……今それどころじゃねえだろ」

 

 自分へ言い聞かせる。口調まで一瞬揺れた。

 

 長く使うな。この状態は便利すぎる。だからこそ、危ない。

 

 ◇

 

 戦いは少しずつ、街の中心から河川敷側へずれていた。

 

 俺たちが押したのか、ワルプルギス自身が移動したのかはもう分からない。ただ、街は明らかに壊れていた。遠くで建物の一部が崩れ、道路には倒れた電柱と飛ばされた車が転がっている。火の手が上がっている場所もあり、強風に混じってサイレンが途切れ途切れに聞こえた。

 

 避難は前回より早く進めていた。それでも無傷では済まない。ワルプルギスの夜は、戦う相手である前に災害だった。

 

「……倒せる?」

 

 まどかが息を切らしながら聞いた。

 

 すぐには答えられなかった。さっきまでより高度は落ちているし、集中攻撃も効いた。それでも、まだ動いている。まだ笑っている。

 

「分からない。でも、このまま街へ進ませるのは駄目だ」

 

 ほむらも息を整えながら頷く。

 

「……押し返す」

「うん」

 

 まどかがワルプルギスを見上げる。

 

「倒せなくても、これ以上来させない」

 

 いつの間にか目標は変わっていた。ワルプルギスを倒すことから、見滝原から遠ざけて生き残ることへ。今できる最善を取る。

 

 マミさんなら、そう判断したかもしれない。

 

 そう考えてから、すぐに打ち消した。

 

今決めたのは俺たちだ。三人で決めた。

 

 ◇

 

「……もう一度だけ、止めます」

 

 ほむらが言った。

 

 俺はすぐに顔を見る。

 

「無理だろ」

 

 顔色が悪い。時間停止を何度も使い、さっきは俺とマミさんまで長時間巻き込んだ。

 

「できます」

「できるかじゃなくて――」

「やります」

 

 今度は、ほむらが俺を見る。

 

 眼鏡の奥の目は疲れていた。でも、逃げてはいない。

 

「これ以上は使いません。最後です」

 

 盾へ手を添えるほむらを見て、少し黙った。止めたい気持ちはある。それでも本人が自分で決めたことまで、俺が勝手に奪うわけにはいかない。

 

「……分かった」

 

 それなら、こっちも最後だ。

 

「まどか」

「うん」

 

 まどかも分かっていた。弓を握り直す。

 

「最後に一回、大きいの撃てる?」

 

 まどかは自分のソウルジェムへ一瞬だけ視線を落とした。かなり濁っている。戦っている最中は、まともに確認できなかった。

 

「まどか、それ以上は――」

「でも」

 

 まどかが俺を見る。

 

「ここで止めないと、また街に行っちゃう。私、まだ撃てるよ」

 

 声は震えていなかった。

 

 たぶん、俺が止めても撃つ。

 

「……一発だけ」

「うん」

「それで終わり」

「分かった」

 

 ほむらが俺へ手を伸ばす。俺は成り代わりを維持したまま、その手を取った。

 

「いきます」

 

 ◇

 

世界が止まった。

 

 さっきより静かに感じた。いや、俺たちが疲れすぎているだけかもしれない。

 

「長くは無理です」

「位置だけ変える」

 

 俺はワルプルギスを見る。完全に動かない巨大な姿を前にしても、もう驚く余裕はなかった。

 

「正面は避ける。右へ」

「はい」

 

 二人で移動する。

 

 足が重い。マミさんの感覚が残っているせいで、身体だけはもっと綺麗に動こうとする。でも実際の俺はついてこない。それでも、まどかからの射線が通る位置まで進んだ。

 

「ここ」

 

 ほむらが盾から残っていた爆発物を取り出す。数はもう多くない。

 

 俺もマスケットを展開した。一本、二本、三本。それ以上は輪郭を保てずに崩れる。

 

 さらにリボンを張る。直接ワルプルギスを縛れるほど強くはないから、狙うのは飛来物と周囲の瓦礫だ。解除直後、まどかの射線へ入りそうなものを先にずらしておく。

 

 その上へ残った魔力を重ねた。

 

「スペッキオ・ファントム」

 

 視界が一瞬霞む。

 

 ワルプルギスの認識へ触れた瞬間、広すぎる感覚に頭が押し返されそうになった。人間相手みたいにはいかないし、全部を誤魔化すなんて無理だ。

 

 それでも一瞬だけなら、どこから攻撃が来るのか、どこへ反撃するのか、その向きだけならずらせる。

 

「……これで」

 

 胸が痛い。ソウルジェムが熱い。明らかに魔力が足りていない。

 

 それでも、最後まで繋ぐ。

 

「ほむら」

「はい」

「戻した瞬間、全部撃て」

「分かりました」

 

 俺も構える。止まった向こう側で、まどかが弓を引いている。

 

 時間が動けば、全部重なる。

 

「戻します」

「頼む」

 

 ◇

 

 世界が動いた。

 

 ほむらの爆発が弾け、俺のマスケットが火を噴く。先にずらしておいた瓦礫がまどかの射線から外れ、スペッキオ・ファントムでワルプルギスの反応がほんの僅かに遅れる。

 

「――お願い!」

 

 まどかの声と同時に、桃色の光が空を裂いた。

 

 今までで一番大きい。矢というより、巨大な光の塊だった。俺たちが作った僅かな道を真っ直ぐ通り、ワルプルギスへ突き刺さる。

 

視界全部が白くなった。

 

 遅れて衝撃が来た。

 

「――っ!」

 

 身体が浮いた。地面がどこにあるのか分からなくなり、何かへ背中から叩きつけられた瞬間、肺の中の空気が全部押し出される。

 

 耳鳴りで音が消えたように感じたが、実際には聞こえていないだけだ。口の中には鉄の味が広がっている。

 

 動こうとする。右腕は動く。左も動いた。片方の足が痛いが、たぶん折れてはいない。

 

 視界の端で、衣装に混じっていた黄色が消えていく。

 

 成り代わりが解けた。

 

 マスケットもリボンも、衣装へ混ざっていた色も消える。それと同時に、頭の中へ残っていたものまで少しずつ遠ざかっていった。

 

銃の握り方。リボンを操る感覚。鹿目さん。暁美さん。二人を守らなきゃという、あの強すぎる感情。

 

「……マミさん」

 

 何で今、と思う。

 

 それでも、薄れていく感覚を追いかけるように、少しだけ寂しいと思った。

 

 すぐに頭を振る。

 

 今はそれどころじゃない。

 

「まどか……ほむら……」

 

 身体を起こす。全身が痛むが、まだ動ける。

 

 少し先に、ほむらが倒れていた。

 

「ほむら!」

「……大丈夫、です」

 

 大丈夫そうには見えない。呼吸は荒く、盾へ添えていた手も震えていた。もう時間停止を使える状態じゃない。

 

 その向こうでは、まどかだけが立っていた。弓を下ろし、肩で大きく息をしている。

 

「まどか!」

 

 呼ぶと、こちらを見る。

 

「大丈夫……」

 

 声は弱い。それでも立っている。

 

 そこでようやく、誰も次の攻撃を避けていないことに気づいた。

 

 来なかったからだ。

 

「……?」

 

 俺は空を見る。

 

 煙と埃で何も見えない。それでも、ワルプルギスの笑い声が聞こえなかった。最初は耳鳴りのせいかと思ったが、それだけじゃない。

 

 風も弱くなっている。さっきまで身体ごと持っていかれそうだった暴風が、普通の嵐と呼べる程度まで落ちていた。

 

「……いない?」

 

 まどかが呟く。

 

 煙が少しずつ流れていく。

 

 その向こう、空のかなり遠い位置に黒い影があった。

 

 さっきまで街の上を覆っていた巨大な姿が、今は小さく見えるほど遠ざかっている。

 

「ワルプルギス……?」

 

 ほむらも何とか身体を起こして見る。

 

 影はさらに遠ざかっていった。

 

 追える状態じゃない。それ以前に、本当に逃げているのかさえ分からなかった。最後の攻撃が効いたのか、一定時間が経っただけなのか、もともと別の方向へ移動するつもりだったのか。目的を終えたのか、それともただ一時的にここから離れているだけなのか。

 

「……終わった、んですか?」

 

 ほむらが聞いた。

 

 俺は答えられなかった。

 

 グリーフシードはない。核を砕いた感覚もない。普通の魔女を倒した時みたいに、結界が崩れたわけでもない。

 

 ただ、あいつはいなくなった。

 

「……分からない」

 

 それしか言えなかった。

 

 ◇

 

 数分待っても、何も来なかった。

 

 ワルプルギスの笑い声は戻らず、強風はさらに弱まり、空を飛んでいた瓦礫も落ち着いていった。

 

 遠くではまだサイレンが続いている。火事もあるし、建物も壊れている。街は酷い状態だった。それでも新しく何かが壊される音はなく、避難している人たちの方へ攻撃が飛ぶこともなかった。

 

 結果だけを見れば、押し返した。撃退した。そう言ってもいいのかもしれない。

 

「……やった?」

 

 まどかが、疲れきった顔でほんの少しだけ笑った。

 

 ほむらも、信じられないものを見るように空を見ている。

 

「前は……」

 

 言いかけて、止まる。

 

 俺には意味が分かった。

 

 前は、ここまで行けなかった。ワルプルギスを遠ざけるところまで辿り着けなかった。

 

 今回は違う。ちゃんと進んだ。やり直した意味はあった。

 

ほんの一瞬だけ、勝ったのかもしれないと思った。

 

視線を下ろすまでは。

 

 ◇

 

「マミさん……」

 

 三人で戻った。

 

 正確には、俺とほむらはまともに歩けず、まどかに何度も支えられながらだった。

 

 安全な場所へ移したマミさんは、そのままだった。金色の髪も、閉じた目も、何も変わっていない。

 

 起きるはずがないことくらい分かっている。戦っている間は考える暇がなかったから動けていただけで、今はその余裕ができてしまった。それが一番きつかった。

 

 まどかがマミさんの横へしゃがむ。

 

「……マミさん」

 

 一度呼んだ。

 

 返事はない。

 

 まどかの肩が小さく震え、ほむらも少し離れた場所で立ち尽くしている。俺も何を言えばいいのか分からなかった。

 

 不意に、マミさんの部屋で過ごした夜の光景が頭に浮かぶ。

 

 テーブルに並んだお菓子。紅茶。そこで笑っていたマミさん。

 

『こうしてみんなが一緒なら……もう何も怖くないわね』

 

 あの時は、やめてくれと思った。フラグだって。

 

 今思えば、そんなことはどうでもよかった。ただ嬉しかったんだ。一人じゃなくなったことが。

 

「二人とも……大丈夫?」

 

 まどかの声で顔を上げる。

 

 何でお前がこっちを心配してるんだ。さっき一番大きな魔法を撃ったのは、お前だろ。

 

「俺より……」

 

 言いかけて、気づいた。

 

 まどかの胸元にあるソウルジェム。その色がおかしい。

 

 桃色だったはずの輝きはほとんど見えず、端に僅かに残った色以外は、ほぼ全部が黒く濁っていた。

 

「……まどか」

 

 声が出た。

 

「え?」

 

 まどかがこちらを見る。

 

 ほむらも俺の視線を追い、同じものを見た瞬間に固まった。

 

 まどか自身は、まだ分かっていない。

 

「どうしたの、マギカちゃん?」

 

 少し疲れた顔で、それでもいつものように聞いてくる。

 

 俺は答えられなかった。

 

 ワルプルギスはいない。風も弱くなった。街への攻撃も止まった。俺たち三人は生きていて、前回より先へ進んだ。

 

 それでも、俺は知っている。

 

その黒の先に何があるのかを。

 

 ついさっきまで胸の中にあった「勝ったのかもしれない」という感覚が、一瞬で消えた。

 

「……まどか?」

 

 もう一度、名前を呼んだ。

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